イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第12話 天と地の星

 

 

 

 ランサーと一緒に寿司を食べたその日。

 特上寿司をお土産に持って帰ると、セラはあれこれ文句を言いながら寿司の美味しさを認め、リズは普通に美味しい美味しいと食べ、バーサーカーもひとつ食べるごとに喜んでくれた。

 そしてその晩、作戦会議が開かれた。

 

「モコウの火力は認めますが――致命的に耐久力がありません。すぐ生き返ると言っても隙ができるのは事実。その間にお嬢様を狙われたらどうするのですか」

 

 と、セラが言い出した。

 実際セイバーにイリヤを狙われる失敗をしている妹紅としては反論しにくい。

 

「という訳でお嬢様はアインツベルン城でバーサーカーに護衛してもらい、モコウは森で敵を迎え撃つというのはどうでしょう?」

「うーん……敵を探すのも面倒だし、お城で待ち構えるのはいいと思うけど……」

 

 イリヤとしては街にも行きたい。戦いではなく遊ぶために。

 それを言ったらセラは怒るだろうと察してるから言わないけど。

 

「なんなら、日が暮れたら私一人で街に行こうか?」

 

 妹紅が新たに提案してくる。

 

「元々、単独行動のが得意だし向いてる。一人なら空を飛んで移動できるから、森も一直線に飛び越えられるし、敵同士が戦ってるのを見かけたらすぐ駆けつけられる。後は観戦してもいいし乱入してもいいし――マーキングすれば視界共有もできるんだろ?」

「それなんだけど、アレ、モコウが一回死んだら解除されるから迂闊に死なないでよね」

 

 妹紅が情報収集というのはよさげな作戦ではある。

 知識不足はイリヤが補えばいいし、死ぬまでなら視界共有できるのだし。

 突発的な戦闘を起こして、他のサーヴァントを倒してくるのも一向に構わない。

 ランサーと決着をつけるなら応援もする。

 

「ただし」

 

 イリヤは念を押すように言った。

 

「セイバーを倒した時はシロウを連れ帰ってね。――わたしのサーヴァントにするんだから」

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 作戦会議終了後、セラは荷物の整理のため冷え冷えとした地下室にやってきており、妹紅も手伝う名目でついてきていた。名目通りにちゃんと働きつつ妹紅は問う。

 

「なあ。なんか衛宮士郎に対するスタンスが、想像と全然違うんだけど」

「あ、あれは……そうです、死など一時の苦痛にすぎませんし、捕らえて生き地獄にですね」

「士郎が令呪使ってセイバーからかばってから、イリヤ、妙に上機嫌なんだよなぁ……今日、寿司屋に連れてってくれたのも、上機嫌が継続してるおかげっぽいし。ホントに士郎憎んでる?」

「憎んでますとも絶対に!」

 

 セラの態度に妹紅は違和感を抱いた。ついこの間までは、衛宮切嗣に向けるのと同じ純粋な憎悪を衛宮士郎に向けていた、と思う。

 しかし今は、イリヤと仲良くしている妹紅に対する憤りを、さらに激しくしたような情動を士郎に向けている、ように思えなくもない。

 気のせいでないのなら、変化のきっかけは何だろう。

 士郎が令呪を使ってイリヤをかばったと聞いてから?

 かばわれたイリヤが士郎への好意を表沙汰にするようになってから?

 そこまで考えて、改めて理解する。

 

「イリヤの奴――衛宮士郎が好きなのか?」

「そんな事あってたまりますか!」

 

 ムキになって否定するセラ。

 しかし流れがまったく違ってきてしまった戸惑いは、セラも確かに抱いているようだ。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「さあランサーよ、存分に食え」

「――ゴバァッ!? ゲホッ、何だこりゃあ!? かっ、からっ……」

「ハムッ、ハフハフ。――美味い。む、どうしたランサー。レンゲが止まっているぞ」

「くっ――こいつぁ新手の嫌がらせか? それとも挑戦か? チッ。赤枝の騎士に敗走はねぇ! 舐めるなよ言峰! うおおおっ…………んぐっ!?」

 

 夕暮れ時、紅洲宴歳館・泰山にて。

 ランサーが激辛麻婆豆腐を食わされて戦闘不能に陥った。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 夜になって、妹紅はランサーの来訪を待ちわびていた。

 あいつと心ゆくまで殺し合えば、この心のモヤモヤも多少は晴れるだろうに。

 しかしやって来たのは、パジャマ姿のイリヤだった。今日も妹紅の客室を訪れて寝物語と添い寝を要求してくるのか。

 

「あら? まだ着替えてないんだ」

 

 ランサーとの戦いを期待してたため、妹紅はブラウスにサスペンダーつき袴のままだ。

 

「――昨日は部屋に来なかったから、添い寝は卒業したと思ったんだけどな」

「ベッドで寝られないモコウのために、わたしが添い寝して上げてるのよ」

「だから、布団で寝る事もあるってば。特に冬場は」

 

 とは言ったものの、色々と考えたい事があるため一人の時は座って寝てばかりだ。

 ベッドだと素早くグッスリ眠りにつけてしまって考え事が捗らない。

 

「ホラ、早く着替えてこっちに来る」

「……はいはい、了解しましたマスター」

 

 我が物顔でベッドに入ったイリヤが、ポンポンと枕を叩いて呼ぶものだから、妹紅も仕方なくピンクのパジャマに着替えてやわらかベッドに潜り込む。

 さて、今日の寝物語は何にしようかと思案していると。

 ぎゅっと、手を握られる。

 

「えへへ……お寿司、美味しかったね」

「あー、そうだな」

「幻想郷には海がないから、海のお魚はご馳走なんだよね」

「ああ」

 

 小さな手から伝わる体温。最高級のベッドよりずっとあたたかく感じられる。

 歳相応、あるいは歳より幼い仕草に、妹紅の気持ちもほぐれていく。

 優しくされるのが好きと言った少女は、仇から優しくされたら、すぐに尻尾を振るのだろうか。

 妹紅は想像する。怨敵のあいつがフレンドリーにお月見に誘ってきたらどうするか?

 

 ――私にデレ期は無いのポーズを取って断るに決まってる。

 

 しかし、最早なりふり構わず復讐に身を焦がすような間柄ではない。

 定期的に殺し合ってはいるが、どうせどちらも死なないのだ。永劫の暇を潰す娯楽でしかない。

 ……冬木に迷い込んでもう十日以上経つ。

 永劫の暇を持て余す身の上と、あいつののんびりした性格ならば――藤原妹紅が一週間や一ヶ月くらい姿を見せなくても、どうという事もないのだろう。

 

「ねえモコウ。幻想郷の住人は普段なにを食べてるの? 貴女以外にも人間いるんでしょ?」

「んっ……そうだな。米、味噌汁、漬物……この辺が基本で、畑には野菜があるし、山には野草や山菜があって、果物も柿とか林檎とか苺とか、まあ色々。魚は川魚、煮たり焼いたり。鰻、泥鰌、八目鰻なんかも美味しーぞ。肉は……鹿や猪や兎や狸を狩ったりする。鳥も色々。養鶏してるから卵も取れるし、ああ、朱鷺鍋とかよく食べる」

「トキ……それって、日本じゃ絶滅危惧種だったはずじゃ」

「外の世界で数を減らした動物は幻想郷で増えたりするから、朱鷺料理はメジャー」

「じゃあ幻想種だけじゃなく、絶滅したって言われてる動物も――違う世界で生きてるんだ」

 

 イリヤは嬉しそうに笑った。リョコウバトやドードーなんかもいるのだろうか? マンモスは?

 純粋に、絶滅種がどこかで生きているという事実を喜んでいる。

 その優しさは幼く、そして尊い。

 

「ねえ、モコウってなんか焼き鳥にこだわってるよね? 焼き鳥も人気なの?」

「ああ、酒飲みばかりだからな――でも夜雀の妖怪が、焼き鳥撲滅運動とかいって近頃騒いでる。これ、前にも話したっけ?」

「ちょっとだけ聞いた。よすずめ。雀の妖怪?」

「そいつの歌声を聞くと鳥目……暗いところが見えなくなる。奴の狙いはそこだ。暗闇の中に提灯を光らせて、やってきた人間を……」

 

 イリヤがごくりと息を呑む。

 怪談の定番ではあるが、定番は定番だからこそ美しい。

 

「八目鰻の屋台に引きずり込む。八目鰻は鳥目に効くし、蒲焼にすると酒によく合うんだ」

 

 欠片も定番じゃなかった!

 

「八目鰻を食わせた後に鳥目を解除してやれば、八目鰻で治ったと勘違いする。なんか悪どい兎の入れ知恵で、最近そういう商売を始めたみたいで……」

「それ商売っていうか詐欺だよね!?」

「所詮は妖怪のやる事だしなぁ」

 

 幻想郷に幻想を抱いていたらしいイリヤは、思わぬ俗っぽさに落胆の色を見せる。

 

「ううー、もっと幻想的なお話にしましょう。妖精とかいっぱいいるんでしょ?」

「ああ、どいつもこいつも悪戯好きの悪ガキばかりだし、異変が起きるとボウフラみたいに湧いて出て喧嘩売ってきて鬱陶しいんだよな。たまに焼き払ってるよ」

「なんでそんな殺伐としてるのー!?」

 

 可憐な妖精達の戯れるのどかなお花畑を、高笑いしながら意気揚々と焼き払う邪悪極まる藤原妹紅の姿が脳裏に浮かぶ。…………うーん……アヴェンジャー!

 幻想ってなんだっけ。

 

「どうせ生き返るから平気平気。あいつらからしたら死なんか『一回休み』なんだそうだ」

「幻想郷って命が軽い世界なのね……モコウが気軽に死ぬのも頷けるわ……」

 

 その晩はお伽噺ではなく、幻想郷に関するアレやコレやソレが寝物語となった。

 凄いようでしょうもない話もいっぱい出てきて、まさしくこれが言葉による壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 2月4日、月曜日。

 学校に登校した衛宮士郎は遠坂凛に襲われた。

 休戦はあくまであの晩だけ。だというのにノコノコとやってきた士郎は、凛の癪に障ってしまったのだ。放課後に凛の襲撃を受け、なんとか逃げ回っていると、魔力を抜かれて倒れている生徒を発見。さらに何者かに短剣を投げられて士郎は傷を負う。

 女生徒を凛に任せて第二の襲撃者を追ってみれば、雑木林にてライダーのサーヴァントが待ち構えていた。

 黒衣に身を包んだ妖艶な美女で、目元を隠し、薄紫のストレートヘアーを地につかんばかりに伸ばしている。高い身長もあって、小柄なアヴェンジャー以上の髪の質量だ。

 未熟なマスターがたった一人でやって来たとなれば、当然、為す術もなく追い詰められる。

 今まさに殺されんとしたところで、敵対していたはずの凛が駆けつけ、宝石魔術により光弾でライダーを攻撃してくれた。

 その程度でダメージを負うライダーではないが、マスター二人を同時に相手取る事はせず即座に撤退した。二人が同時にサーヴァントを呼びでもしたらたまったものではない。

 士郎は助けてくれた凛に感謝したが、凛は、あくまで一般人が巻き込まれた今の事態を解決するために動いたにすぎなかった。それでも騒動を避けるためという名目と、今は学校に設置された魂喰いの結界への対策を優先すべきという冬木の管理者としての判断から、衛宮士郎は見逃される。

 

 だが士郎は、学校のみんなが危険に晒されるなら黙って見ていられないと申し出る。

 こうして、衛宮士郎と遠坂凛は一時的に休戦協定を結ぶ事となった。

 情報交換や治療のため、士郎は遠坂邸へ赴く。

 

 すっかり日が暮れて――。

 

 凛と休戦したはいいものの、アーチャーは露骨に不満を示す。

 戦力は自分一人で十分であり、手を組むにしても衛宮士郎のような半端者などありえない。

 帰宅する士郎を護衛するため衛宮邸まで同行するも、二人は互いの思想を否定し合った。

 

 正義の味方――そんな馬鹿げた理想を掲げる衛宮士郎を、アーチャーは認めない。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 一方、藤原妹紅はイリヤにマーキングされた状態で単身冬木市を訪れ、偵察行動を行っていた。

 衛宮士郎の身の回りに起きたその出来事――。

 

 その一切合切を!

 余すところなく!

 

 

 

「今日は戦ってるサーヴァントも見当たらないし、平和だな」

 

 

 

 見逃しまくっていた。

 冬木大橋の真っ赤なアーチの上でタコ焼きなんか食べながら、深山町と新都の両方を遠目に眺めてはいたのだが、遠見の能力なんて持ち合わせておらず、派手な戦いでもない限りサーヴァントが小規模な小競り合いをしようが、魂喰いのため一般人を襲っていようが、気づく余地はなかった。

 

「イリヤには悪いが、単独行動だと移動が楽だな」

 

 歩の遅いイリヤとゆっくり歩くか、メルセデスで他の車や信号につっかえながら走るか。

 それに比べれば空を移動するのはなんと快適な事か。

 あえて高々度を飛んで移動しているため、地上の人間に見られても赤っぽい鳥らしき影のようなものが飛んでる程度の認識ですむだろうし、サーヴァントに見つかったら戦えばいいだけだ。

 

「それにしても、外の世界の夜は」

 

 

 

    ――暗いな――

              ――明るいな――

 

 

 

 相反する感想を、天と地に抱いた。

 夜の街に来たのは、別に初めてじゃない。

 しかしイリヤがおらず、戦いもなく、一人で橋のアーチに陣取っていると、感じ入ってしまう。

 天の星は少なく、月の光がくすんで見える。

 地の星は数え切れず、道路に沿って無数の流れ星が規則正しく行き交っている。

 

「仕方ないよな、あれからもう千年も経ってるんだから」

 

 こんなところで何をしているのだろう。

 聖杯戦争のための偵察。イリヤのサーヴァントをやっている。願いを叶える。

 それらの様々がふいに空虚に思えてくる。

 

(ここはもう、私のいた世界じゃないのか)

 

 元々、訳も分からず迷い込んでしまっただけだ。

 帰り方は分からないが、アテがまったく無い訳じゃあない。外の世界にも神社があるはずだ。そこに行けさえすればきっと幻想郷に帰れる。

 けれど。

 自身の手のひらに視線を落とせば、不思議とぬくもりが蘇ってくる。

 身を焦がす烈火の熱とは違う、か細くで弱々しい、小さなぬくもり。

 

『――アヴェンジャー』

 

 どこか遠くからの声が意識に響き、妹紅は顔を上げた。

 マーキングを利用した遠隔通信――念話だ。

 

『今日はもう帰ってきていいわ』

「今何時?」

『九時くらい』

「じゃあまだ早いだろ。これから動き出す奴もいるんじゃないか?」

『退屈なの』

 

 妹紅はグルリと冬木市を見回す。

 

「ライダーもキャスターもアサシンも、まだ姿すら確認してないんだぞ?」

『別にいいわよ。そんなのセイバーかアーチャーが掃除してくれるわ』

「アーチャーねぇ……」

 

 妹紅としてはアーチャーに掃除してもらうより、アーチャーが掃除されてもらいたい。

 どうもイリヤはアーチャーを高く評価しているようだ。宝具を爆発させて使い捨てる特異性に興味を惹かれたらしい。

 

「帰りがてら、遠坂の家にでも放火してこようか?」

『そういう品のない事はしないの。貴女もアインツベルンのサーヴァントになったのだから、そういうところもちゃんとなさい』

 

 マスターにこうまで言われては仕方ない。

 妹紅は偵察を打ち切り、大橋の上から星の海へと飛び込んだ。道に縛られぬ直線飛行ならばメルセデスをかっ飛ばすよりずっと早く帰還できる。

 そう、偵察を打ち切って、帰還している最中なのだ。

 

 そんなタイミングで妹紅は発見した。

 大橋のすぐ西側にあるビル街の一角から漂う瘴気を。

 

「悪い、ちょっと寄り道する」

 

 高度を落とし、ビル上層部の窓にへばりつく。ガラスに手を当てて影を作り、明るい室内を覗き込んでみればスーツ姿の会社員達が一様にぐったりしていた。

 だらしなく椅子の背もたれに身を預ける者、机に突っ伏す者、床に寝そべる者。

 みんなお仕事が大変で疲れたのかな? と解釈するには不穏すぎる。

 

「これはあれか、魂喰いって奴」

『死んではいないみたいね』

「死ぬまでやるほど非道じゃなかったのか、単なる下手っぴか。これ助けた方がいい?」

『教会がやるからほっといていいわ』

 

 ここしばらく、謎の衰弱事件が冬木市で頻発している。

 ガス漏れや食中毒など、あれやこれや理由をつけられてはいるが、彼等にはどんな理由がつけられるのか。過労? まあなんでもいい。アインツベルンには関係ない。

 

「サーヴァントがまだ近くにいるかもしれない。ちょっと見回るぜ」

 

 妹紅は高度を上げ、ひとまずビルの屋上へと着地する。

 こういう建物に出入りするなら、地上の入口より屋上の方が便利だ。空を飛び回ったり、ビルを駆け上がったりできる、不法侵入者からしたらという視点では。

 それはまさしく図星であり、屋上には黒いローブをまとった人影があった。

 しかも妹紅に気づいて、ビクリと身体を震わせている。

 マスターかサーヴァントか、妹紅には判断がつかない。

 堅気ではない、妹紅にもそれくらい判断できる。

 

「こんばんは。死ね!」

 

 問答無用の奇襲。床を這うような低空飛行で急接近しながら掌を振り上げてやる。

 闇が火爪によって切り裂かれた、一瞬照らされた黒ローブの口元、艶やかな唇が異様な速度で言葉を紡いでいるのが見えた。反撃上等、相討ち歓迎。妹紅は構わず突っ込んだ。

 火爪が黒いローブに届いた。そう思った刹那、ぐにゃりとローブが歪んだように見え、そのまま夜の闇へと溶けて消えた。火爪は虚しく空を切る。

 

『空間転移――!?』

 

 何が起こったのか、分かりやすい解説が脳内に響く。

 ああ、分かりやすい。珍しくもない。巫女やスキマ妖怪みたいなものだ。

 新たに、近くに、出現した気配に向かって振り向いてやればホラ、背後の空に奴が浮いている。

 

「――こんばんは、アヴェンジャー」

 

 どうもこちらの素性はバレているようだ。偽の素性が。

 つい先日セイバーとアーチャー相手に大きなスペルを使ったから、そりゃバレるか。

 

「貴女、()()()()()()()()()?」

 

 しまった偽の素性が暴かれそうだ。

 

()()()()()()()()()がするのだけれど……」

 

 しまった真の素性が暴かれそうだ。

 そうなる前にやり返さねば。妹紅は当てずっぽうで指摘してやる。

 

「そう言うお前は、()()()()()()()

 

 黒いフードの女は、嫌そうに唇を歪めた。

 

「……なぜ、アサシンだと?」

「そんな陰気臭い外套をまとってるんだ、アサシンっぽいじゃないか」

「……………………」

 

 推定アサシンは、露骨なまでに不機嫌になって肩をいからせた。

 臨戦態勢に入ったのなら好都合。マスター狙いをもっとも巧みにやってのけるのがアサシンだ。マスターが遠く離れたアインツベルン城にいる今が好機。始末してやろう。

 

『……ねえ。そいつ、キャスターだと思うんだけど……』

「……キャスター? こいつが?」

 

 露骨なまでに呆れ返ったイリヤの声が響き、妹紅は眉根をひそめて推定アサシンを見やる。

 陰気臭い。ああ陰気臭い。なんだあの黒いローブは。ゴミ袋か。

 陰気臭いそいつは馬鹿にした声色で語りかけてきた。

 

「まさか、アサシン如きと間違われるとは思いもしなかったわ。私のクラスがなんなのかマスターから教えてもらえたようね。クスクス。そう、私はキャス――」

「いやキャスターじゃないだろ」

 

 マスターと、敵サーヴァント本人からの言葉を、あろう事か妹紅は否定してしまう。

 だって、絶対おかしい。

 妹紅の知識と一致しない。

 

「キャスターって、魔法使いとか魔術師とか、そういうクラスだろ? だったらもっとフリフリした可愛い服装してるはずじゃないか」

「ふ――フリフリ!?」

 

 予想だにしなかった言葉を投げかけられ、推定キャスター以外の誰かさんは、あからさまにうろたえる。フリフリという言葉からイメージできる服装をイメージして頭をフリフリさせる。

 その仕草は少女らしく可愛らしいものだったが、外見年齢はどう見ても成人女性だ。

 

「くっ――まさか言葉で私を惑わそうとするなんて。卑劣な」

「いや、魔法……魔術師って、フリフリしたの着るだろ? フリルのついたスカートをはいて、いかにもなエプロンつけたりしてさ。あとなんか可愛い服を――」

 

 と、そこまで言って妹紅は自身の間違いに気づいた。

 これ、幻想郷の魔法使いの服装だわ。

 外の世界の魔術師の服装は、女なのにスーツ着てたり、下着が見えそうなくらい短いスカートをはいてたり、魔術師ならではの特色は見られない。むしろ世間一般に溶け込むような服装をしていたりする。

 

「――まあ、そうか、英霊だものな。生きてた時代も場所も違うんだから、服装だって千差万別だし、ひらひらしたローブってのもキャスターらしいよ、うん」

「その投げやりな態度……癪に障るわ」

「おっ? やるか?」

 

 嬉しそうに妹紅は笑い、右腕に焔をまとわせる。

 赤く赤く、身を焦がすほどに熱い不死の炎。

 キャスターは感心したように笑う。

 

「遠隔視ではよく分かりませんでしたが、不思議な炎を使うのですね。まるで、生命誕生を彷彿とさせる原初の炎のよう――」

 

 キャスターは身を翻すと、再びローブを闇へと溶け込ませた。

 気配は消え、しかしどこからともなく声が響いてくる。

 

「貴女には多少興味があります。いずれ解体して調べさせていただきますわ」

 

 それっきり、キャスターの声は聞こえなくなった。

 キャスターは陣地を作成し、力を蓄えるという。陣地の外での突発的戦闘など最初からする気はなかったのかもしれない。しかし、妙なのに興味を持たれてしまった。

 

「やれやれ。明日はキャスターの拠点探しでもするか?」

 

 ぼやきつつ妹紅は夜の空へと飛び上がった。

 天の星と地の星の狭間を泳ぎながら、まっすぐアインツベルン城へ向かう。

 着いたらセラにお茶でも入れてもらおう。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ――アインツベルン城に帰還した妹紅は、セラの入れてくれた紅茶を飲みながら、気分的に緑茶がよかったと愚痴を言ったせいで頭を小突かれた。生憎、アインツベルンに緑茶は無い。

 しかしセラの紅茶は絶品なので、一度口をつければ気持ちも切り替わるというものだ。

 毎度のように豪奢なサロンでの一服。

 報告を受けるためやってきたイリヤも紅茶を飲んでいるのだが、その横でバーサーカーもティーカップを持ってちょこんと床に座っている。

 ここのところ五人一緒に食事をするのが常になってしまったので、セラはついつい五人分の紅茶を用意してしまったのだ。なのでセラとリズも椅子に座って紅茶を飲んでいる。

 素晴らしき紅茶空間の中、イリヤは期待皆無の声色で訊ねる。

 

「で、たまたまキャスターと遭遇した訳だけど……モコウから見て何か気づいた事は?」

「キャスターは妙齢の異人ってところか」

「つまり何も分からなかったと。まあ、やった事と言えば高速詠唱と空間転移くらいだし」

 

 そう言いながらイリヤが手を振って合図をすると、リズがどこからか水晶球を取り出してテーブルの上に置いた。

 それにイリヤが手を載せて何事かを念じると、イリヤの身体が赤く発光した。

 全身に刻まれた無数の幾何学模様。それは神経の代わりに置き換えられた魔術回路であり、実に人体の七割を構成している。

 圧倒的魔力量。そしてイリヤの持つ特性により魔術理論を組まずとも結果が導き出される。

 すなわち、モコウの目を通して見た敵の姿、その記録を水晶球に映し出したのだ。

 

 黒いローブの内側、焔によって照らし出された妖艶なる女の顔。

 情報共有のため妹紅以外にも見せておかねば、という程度の軽い魔術行使であった。

 セラとリズはさして興味を示さない。これがお嬢様のサーヴァントに殺される敵の姿かと事務的に記憶するだけであり、万一アインツベルン城に忍び込もうものなら然るべき対応をするのみだ。

 だが、一人だけ――。

 

「――――ッ」

 

 バーサーカーが身を乗り出して、水晶球を覗き込んだ。

 女の顔にじっと、狂戦士らしからぬ静かな眼差しを向ける。

 

「……バーサーカー、どうしたの?」

 

 イリヤが訊ねるも、理性も言葉も持たぬバーサーカーに答えるすべはない。

 ただキャスターの姿に対し哀愁の情を湧き上がらせているようだった。

 

「なんだ。もしかして旦那の知り合いか?」

「えっ? そうなの?」

 

 妹紅の推察は、恐らく的外れではない。

 バーサーカーは神話の時代の大英雄であり、彼と繋がりのある英雄もまた多い。

 同じ神話、同じ時代の英霊が呼び出されていたとしても不思議ではない。

 

「だとしたら、こいつは私が片づけた方がいいな」

 

 聖杯戦争に疎いながらも、百戦錬磨の経験を持つ妹紅は素早くロジックを組み立てた。

 

「旦那が戦ったら正体や弱点がバレる可能性がある。いや、バレたところで全然平気というか、どうせ圧勝できちゃうんだろうけど――」

 

 別にロジックを立てなくても問題なかった。バーサーカーが強すぎるからしょうがない。

 とはいえ石橋を焼いて渡る程度の安全策にはなる。

 

「相手はキャスターよ?」

 

 イリヤが苦言する。

 

「モコウが魔術師と比べて規格外に強いのは認めるけど――それでも、サーヴァントと正面切って戦ったら押し負けちゃうじゃない」

 

 ランサーにもセイバーにもアーチャーにも、実際に押し負けている。

 それでも敗北に至らなかったのは完璧完全な不死性のおかげだ。

 

「飛行魔術と膨大な弾幕――その長所は恐らくキャスターとかち合ってしまう。わざわざ敵の得意分野で競い合わなくてもいいんじゃない?」

「私はバーサーカーを殺した事があるんだぜ?」

 

 妹紅は快活に笑って、バーサーカーに親愛のウインクをして見せた。

 殺された経験のある彼はわずかに口元を引き締めるが、敵意や怨恨の色は皆無だ。

 

「それに得意分野って話なら、キャスターなんか肉弾戦で蹴り飛ばしてやるよ。英霊じゃないにしても、私はイリヤのサーヴァントなんだ。もうちょっと信じろ」

「……そうね。それに、もし本当にキャスターがバーサーカーの知り合いなら……」

 

 イリヤは思い出す、生前のバーサーカーの身に起こった悲劇を。

 彼は正気を奪われ、狂乱し、みずからの愛する者を惨殺させられた。

 その悔恨と贖罪ゆえに、十二の試練を乗り越える事となった――。

 

 バーサーカーとして召喚され、正気を奪われ、狂乱し、旧知の仲であるキャスターを殺させるというのは――彼の人生を弄んだ神々と同じではないか。

 

「モコウ。キャスターは任せ――」

「そうだ。どうせならキャスターとアーチャーで同士討ちになってくれないかな?」

「働きなさいバカ」

 

 

 

 妹紅、お仕置きとして抱き枕の刑に処される。

 ついでにあれやこれや、幻想郷の魔法使いについてお話をさせられた。

 だいたい空を飛んでビームを出す。そういう世界である。

 キャスターも空を飛んでビームを出すのだろうか。

 

 もっともビームを出したところで魔術は魔術。魔法使いではない。

 幻想郷とは文化が違うのだ。

 

 

 




 キャスターさんは可愛い女の子だし、空を飛んでビームを出す。
 つまり弾幕少女。

 追記――魔法少女と弾幕少女はまったく違うものです。
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