イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第15話 月下の夢人

 

 

 

「■■■■■■■■――ッッ!!!!」

 

 赤化バーサーカーの振り下ろす斧剣の軌跡、そこに尾を引く焔の形はまるでフェニックスの翼のようだった。

 剛なる一撃が大地に叩き込まれるや天地をつんざく大爆発が起こり、その震動は大地を激しく揺るがしてサーヴァント達の足を封じた。そこに強烈な爆風が叩きつけられ、地上のサーヴァント達は柳洞寺の塀までふっ飛ばされて衝突する。

 ランサーは血反吐を吐き、ライダーはバイザーがひび割れる。

 アーチャーは額から血を流し、アサシンは壁際でうずくまっている。

 あの振り下ろしが直撃していれば、身体は塵ひとつ残さず消滅していただろう。いや直撃でなくとも至近距離で受けるだけで危なかった。

 

 爆発の火柱は天高く、月を目指すかのように高々と昇っている。

 赤化バーサーカーはあそこだ。みずからが生み出した火柱に呑まれてまたもや姿を消した。

 まさか、みずからの攻撃で自爆などしてはいないだろう。

 バーサーカーというクラスを鑑みればそのような失態もありえるかもしれない。

 だがヘラクレスの名が、ヘラクレスの力が、そのような失態などあるはずがないと確信させる。

 

 唯一、事前に剣を地面に刺して支えとし、風の防壁をまとっていたセイバーだけがその場に留まる。かたわらの士郎は未だ重傷であり震動と熱風による負担は大きかったが、傷口は再生を続けていた。

 

 上空にいたキャスターは爆風と火柱の熱風により制御を失い、空中で振り回されていた。

 それでも魔力障壁のおかげでダメージは受けずにすんだ。ともかく体勢を立て直す。

 渾身の魔力砲撃も通じないあんな化物と、もう戦ってなんかいられない。

 ヘラクレスに対抗できる手札――思い当たるのはひとつ。

 なんとか境内に着地したキャスターは、懐から異様な形の短剣を取り出した。

 これさえあれば、まだ、なんとかなる。

 

 キャスターが動き出そうとした瞬間、境内中央近くで噴き上がっていた火柱が唐突に四散した。

 同時に、大きなクレーターから二つの人影が飛び出す。

 

「キャスタァァァッ!!」

「■■■■――ッ!!」

 

 妹紅がキャスターに、バーサーカーがアーチャーに。

 疾風怒濤となって強襲する。

 

 執拗に目の敵にされる不幸を呪いながら、アーチャーは巨大化した干将莫耶で応戦する。

 同時に、アーチャーと近い位置にいたアサシンがバーサーカーに斬りかかる。バーサーカーと全力で戦えという令呪の力は、身の安全を優先させてはくれない。

 境内の一角で再び激しい戦闘が再開され、もう一角では荒々しいキャットファイトが始まっていた。弾幕戦では埒が明かないと判断した妹紅が、両手両足を炎上させながらこれでもかと振り回して格闘戦へと持ち込んだのだ。

 純粋な魔術師であるキャスターに肉弾戦などできるはずもなく、飛行魔術で回避しながら魔力障壁を張って防御するしかなかった。

 

「くっ――アヴェンジャー!」

「どうした! 魔女なら箒を振り回すなり、蹴りつけるなりしてみろ!」

 

 削られ、押され、追い詰められていくキャスター。

 距離を取ろうにも取れず、弾幕勝負に持ち込もうにも持ち込めず、空間転移する暇もない。

 挙げ句、短剣を握った手を掴まれてしまった。すぐにでも焼かれてしまうだろう。

 もはやできる事はない。

 故に、己の疑問を吐露した。

 

「貴女まさか、()()()――――!!」

 

 続く言葉は出なかった。しかし、妹紅は驚きから一瞬動きを止める。

 ここだ、ここしかない。

 キャスターは左手から咄嗟に魔力光を放出した。

 それはアヴェンジャーの脇腹を削り取り、臓器を露出させる。

 瞬間、それを目撃したキャスターの記憶が震えた。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「蓬莱の薬?」

 

 遠い、遠い、遙か神代。

 遠い、遠い、ギリシャの果て、コルキスの国で。

 遠い、遠い、砂浜の向こうに広がる海を眺めながら。

 

 清廉なる真っ白なキトンをまといながら、頭に『地球』を載せた青髪の女神は困ったようにうなずき、愛弟子の少女の髪をそっと撫でた。

 

「ええ。コルキスは東の果てなんて言われてるけど、さらにもっと東の果ての地域で作られた、不老不死の薬よ」

「それは黄金の林檎のようなものですか?」

 

 白百合のような衣装をまとった幼き王女は、純粋な眼差して女神に訊ねる。

 女神は、首を横に振った。

 

「それよりずっと危険なものなの。まあ、私も噂でしか聞いた事がないんだけど……これを飲んだ人間は、生と死が無くなって絶対に殺せなくなる。いえ、概念的な死を与えたとしても、だからどうしたってものよ。生きていないのだから何も変わらないわ。そして同時に死んでもいない」

 

 まるで哲学の問答だ。

 魔術の女神から数多の叡智を学んでいるとはいえ、未だ未熟な少女には理解できない。

 

「はぁ……つまりどういう事なのですか?」

「人間が飲めば永劫に苦しむ事になる。神にも魔物にもなれず、永遠に人間のままね。だからね、メディアちゃん。もしどこかで蓬莱の薬を見つけてしまっても、絶対に飲んじゃダメよ」

 

 永劫の苦しみ。

 それは幼い少女の想像力では、いまいち実感の持てないものであった。しかし。

 

「我が師ヘカーティア様がそう仰るのなら、心に留めておきますわ」

 

 純粋であるがゆえに、疑いなど持ちはせず、素直に従う。そのような美徳が少女にはあった。

 

「ですがいくらその薬が強くても、魔術を司り、冥界の女神でもあらせられるヘカーティア様ならどうにかできるのではないですか?」

 

 オリンポス十二神に名を連ねておらず、冥王ハデスに仕える身の上であろうとも、最高神ゼウスですら敬意を持って接するほど偉大な女神である。――怒らせたら恐いし。

 オリンポスの神々より古き起源を持つとも言われる女神の"権能"は、神の力では倒せないとされる巨人すら()()()()()()()()()()()()()。もしかしたら"権能"と関係ないただの身体能力による物理パワーかもしれない。――なおヘラクレスも一緒に戦いました。

 そんな女神ヘカーティア様ですら困り顔になってしまう。

 

「無理無理。私やハデス様でも無理。滅ぼしようがないから、せいぜい殺し続けて無力化した状態でタルタロスに投げ込むくらいしか打つ手がないわねぇ、今のところ」

 

 魔術を司り、冥界の神でもある彼女がそうまで言う。

 しかも冥界より深き奈落、タルタロスと言えば、神々ですら恐れる世界であり、神々ですら手に負えない怪物を幽閉する場所でもある。故に、冥界の王ハデスが常に監視している。

 

「た――タルタロスに!?」

「それでもそのうち這い出て来るでしょうから、そのたび叩き落とさないと」

「ええっ!?」

「永久不滅とはそういうものよ」

 

 海の向こうのどこかにそんな代物がこの世にあるという恐ろしさに震えた少女を、女神は優しく抱き寄せる。

 波の音が聞こえる。東の果て、コルキスのさざなみが聞こえてくる。

 遙かなる故郷での、穏やかな日々。

 

「私もね、蓬莱人を滅ぼす方法をちょーっと調べてはいるんだけど、アレは古き賢者の作った禁断の薬。オリンポスの神々ですら手に余る代物。だから関わらないようになさい」

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 関わらないよう――奴が聖杯戦争に参加している以上、どうしようもない。

 あまりにも遠く、あまりにも古い記憶。

 魔術の女神ですら手に負えないと言ったものを、どうすればいいのか。

 殺さず、眠らせて隔離などをすれば――しかしもう、そんな悠長な事ができる状況でもない。

 

「クッ――このぉ!」

 

 さすがに内臓を露出したままの取っ組み合いは分が悪いと判断したアヴェンジャーは、魔力を高めて気軽な自爆を決行する。――右手首を掴む力がゆるんだ。

 キャスターは慌てて腕を捻り、短剣を握った手を自由にする事に成功する。

 だが、その短剣で何かするより先にアヴェンジャーの自爆は完了した。

 魔力障壁を素早く展開してギリギリ爆炎を防ぐも、不完全な障壁は砕け、髪の毛先を焦がし、視界を白濁させながら無防備に落下する。

 威力の減衰はできた。しかし相応のダメージを負いながら地面へと叩きつけられてしまう。

 

 ほうほうの体となったキャスターは、土埃にまみれながらも必死に起き上がり、眼前にある青い影に気づく。

 セイバーとそのマスターが、戸惑いながらこちらを見下ろしていた。

 

 セイバー。最優のサーヴァント。

 彼女さえ手に入れれば。

 自分の魔術でたっぷりと魔力供給してやれば、ヘラクレスにだって対抗できる!

 自爆を受けながらも手放していなかった短剣を振り上げ、キャスターは飛びかかった。

 

「セイバァァァー!」

 

 破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)。この短剣こそキャスターの宝具。

 あらゆる魔術を破壊する能力を持ち、サーヴァントを縛る契約や令呪すら断ち切る。

 これさえあればセイバーの契約を初期化し、己が強制契約によってマスターとなる事が可能。

 この状況を逆転しうる唯一の一手!

 刃が走る。

 異形の刃は振り上げられたまま静止し、透明の刃がキャスターの胸元を袈裟斬りにした。

 鮮血が舞い、糸の切れた人形のようにキャスターは倒れる。

 

「あっ――」

 

 それは、どちらの声だったのか。

 ともかくここに、最初に脱落するサーヴァントが決定した。

 

 

 

「キャスターがやられたか!」

 

 アーチャーは干将莫邪をバーサーカーに投げつけると、即座に爆発させる。

 攻撃と目くらましを兼ねた攻撃の直後、一目散に山門へと駆けた。

 先程までキャスターの砲撃によってセイバーは動きを制限されていた。アヴェンジャーもだ。

 だがそれが無くなった。

 敵の敵がいなくなり、敵が残った以上、状況は不利。

 アーチャーは素早く見切りをつけて、山門の向こうへと姿を消した。

 

 

 

「ここまでのようですね」

 

 同じような判断をしたサーヴァントがもう一人。ライダーだ。

 大英雄ヘラクレスを倒すチャンスではあったが、こんな状況で宝具は使えず、勝機も無くなったように思える。蛇が這うように大地を駆け抜け、アーチャーとほぼ同時に山門から脱出する。

 無論、この状況でアーチャーと諍うほど愚かではない。そんな事をしている間にバーサーカーが追いかけてきたら目も当てられないのだから。

 

 

 

 バーサーカーとアサシンは向かい合ったまま動きを止め、ランサーはどうしたものかと頭を掻きながらキャスターを眺めた。

 霊核を砕かれている。まだ息はあるがもう助からないし、遠からず消滅するだろう。

 

 そこに、光の粒子が集まって妹紅が肉体を復元させた。

 息絶えようとするキャスターの隣で膝をつき、声をかける。

 

「お前は――――の薬を知っているのか?」

「…………昔……師から、聞いた事があった、だけよ……ふふっ、神々でさえ手に余る……禁断の…………もっと早く、分かっていれば……」

「お前の魔術、すごかったぜ。まさかこんな楽しい弾幕勝負ができるとは思わなかった」

 

 慰めなのか、称賛なのか。

 キャスターにも、近くにいたセイバーにも判断はつかなかった。

 しかし皮肉や嫌味ではないのだろうとは察せられた。

 

「最後にひとつ。お前のマスターは誰だ? この寺の人間か?」

 

 キャスターは大規模な魔力集めで、衰弱事件を多発させていた。

 マスターが同罪なら放っておく訳にはいかない。

 ――今際の彼女は自虐気味に笑うと。

 

「フフッ……私の()()()は、とっくに殺したわ。すべては、私の独断……」

「そうなのか」

「……私の聖杯戦争は、終わりました……だ、だからもういいのです……そう、い……」

 

 最期は、ここにいない誰かに呼びかけるように。

 そうしてキャスターの身体は光の粒子となって夜の闇へと散って消えた。

 

 バーサーカーは敵と相対しているのにも関わらず、そんなキャスターの最期をじっと見つめる。

 遠い、遠い、あの光景。

 口の達者なあの男に侍る、無垢で健気な少女の姿を。

 可憐な花のような笑顔を、思い出していた。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇

 

 

 

「セイバー。衛宮士郎はまだ生きてるか?」

 

 強敵を看取った後、妹紅はセイバーの抱えている青年の様子を確認する。

 士郎はすでに意識を取り戻しており、気まずそうに見つめ返してきていた。

 傷口の出血が止まっている事も確認できた。

 

「……いつの間に手当てしたんだ?」

「……アヴェンジャー。なぜ我々を狙わなかったのですか?」

 

 士郎が一命を取り留めたとはいえ、この状況では戦うも逃げるも困難なまま。

 セイバーは言葉に賭けた。

 

「言ったろう? 衛宮士郎はアインツベルンの獲物だ。こんなところで勝手に死ぬな」

「……この場は礼を言っておきます」

 

 詮索したいあれこれを抑え、セイバーは目を伏せた。

 このまま騒動を起こさず衛宮邸に帰り、士郎を休ませる。そのためにわざわざ藪をつつく必要はない。

 

「小僧ー。キャスターなら死んだぞ、見逃してやるから刀をしまえ小僧ー」

 

 妹紅も疲れており、バーサーカーを連れて帰ろうとする。

 だが、アサシンの闘気は静かに研ぎ澄まされていた。

 

「フッ――マスターが死んでも令呪の力からは逃れられぬらしい」

「仕方ない。無理やりにでも旦那を連れ帰るから、小僧は……」

「それに、な」

 

 真っ直ぐにバーサーカーを見据えたまま、アサシンは微笑した。

 

「すでに命は尽き、時の果てまで迷い込んでようやく巡り得た戦場(いくさば)……生前叶わなかった真の武人との死合。これこそ我が悲願よ」

「お前に旦那の相手は無理だ。それにマスターがいなきゃ存在保てないんだろ? なんならうちに来い。私からマスターに頼んで、お前を――」

「やれやれ……あのような星空を描いておいて、雅を解せぬ訳でもあるまいに」

「むっ」

 

 呆れたような物言いに、妹紅は唇をきつく結ぶ。

 アサシン――あの日、あの時、共にあった子供。

 それを無為に死なせたくないという情があった。

 しかし彼はすでに死んでおり、マスターを失った今、まさしく無為に消えゆく身だろう。

 戦う事の楽しさは理解している。

 侍や武士(もののふ)の挟持も知ってはいる。

 

「せっかくの奇縁……見届けてはくれぬか、妹紅」

 

 あの日、あの時、燕相手に刀を振っていた馬鹿な子供がいたのを覚えている。

 けれど顔も、名前も、まったくもって思い出せない。

 ああ、それでも。

 ああ、それでも。

 数百年の時を経て、こうしてまた巡り逢ったのであれば。

 その奇縁――最後まで美しくあれと、願わずにはいられない。

 

「旦那と小僧の決闘か……いいさ、好きにしな」

「感謝する」

 

 その一瞬、彼は子供のように無邪気な空気を漂わせた。

 燕に向かって一心不乱に刀を振っていた子供も、こんな風だったのかもしれない。

 

 

 

「アサシン、佐々木小次郎――それが今の私の名。秘剣の限りを尽くさせていただく」

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンのバーサーカーだ。悔いの残らないよう全力で相手してやってくれ、旦那」

 

 

 

 アサシンが名乗り、妹紅が代理で名乗り、バーサーカーが覇気を漲らせて斧剣を構える。

 風は止み、木々は眠り、星々はまたたきを忘れる。

 セイバーも、士郎も、ランサーも。

 戦場跡地にて繰り広げられる決闘を黙って見守る。

 邪魔をしてはいけない。

 邪魔をしては誇りを失う。

 

 ――合図は無かった。

 しかし向かい合う者同士、通じるものがあったのか。

 寸分の狂いなく、二人は同時に動き出した。

 大地を蹴り、刀剣を振り、奥義を放つ。

 

「秘剣――」

 

 神速の一撃が、三撃に分裂する。

 ひたすらに、ひた向きに、振り続けた極地から放たれる次元屈折の奥義。

 魔法の域に達した三方同時の剣舞。

 しかもキャスターの大魔力による令呪で強化され、さらなる高みに押し上げられている。

 人体を斬る事に特化した刀もまた、未だ残る強化の残滓により淡くきらめいていた。

 生前にも至れなかった最大最高の刹那がここに在る。

 

「――――燕返し!」

 

 防御(あた)わず、回避(あた)わず、見切る事のできない剣の極地。

 究極の剣技が一瞬早くバーサーカーの肉体に切り込まれる!!

 決まった。

 誰もがそう思った。伝説に謳われる英霊も、未熟な魔術師も、剣を放った当人も。

 ただ、妹紅だけが、ほんのわずか、瞳に悲しみをたたえた。

 バーサーカーの宝具を、知っているから。

 

 三本の剣は同時にバーサーカーの身体に切り込み、同時に、その筋肉によって押し止められた。

 十二の試練(ゴッド・ハンド)――バーサーカーの宝具の力によって。

 七人のサーヴァントが一堂に介していた最中、アサシンはすでに一度、バーサーカーに致命の一撃を与えてしまっていた。喉を綺麗に切り裂いてしまっていた。

 だからキャスターの閃光を跳ね除けて蘇った時にはすでに、令呪と魔術で強化されたアサシンの剣への耐性を得ていた。

 

「■■■■――ッ!!」

 

 暴風と化した斧剣が振り抜かれる。

 物干し竿と呼ばれる長刀も、それを握るアサシンも、諸共に吹き飛ばした。

 身体の半分を喪失した彼は、山門まで石ころのように転がっていく。

 

 妹紅はすぐさま無言で駆け寄った。

 すると、身体を光の粒子へと変えながらアサシンはほほ笑み返した。

 

「聖杯戦争か……夢か真実(まこと)か、摩訶不思議な成り行きもあったものだ。懐かしい顔を見れたし、死合も堪能させてもらった」

「そうか、よかったな」

「すまないが、起こしてもらえるか……最期に月を見たい」

 

 言われて、妹紅はアサシンの半身を抱き起こした。

 腕の中で消えていきながらも、確かな動作で顔を上げ、夜空を見上げる。

 視界の端には、月から逃れるように伏せられた妹紅の、表情。

 

「ああ……やはりこの山門から眺める()()()は美しい」

 

 その言葉を最後に、アサシンは不可思議な夢を終えた。

 遥か遠く、遥か高く、月は白く輝いている。

 悠久とも言える長き時を、花は紅く燃えている。

 

 数百年の歳月を経てなお変わらぬ姿の、月と花に抱かれながら――。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 手のうちからぬくもりが消えた。

 山門に座り込みながら、月を見上げている少女のかたわらに――ランサーが並び立つ。

 

「今夜はこれでお開きってところか」

「……なんだ、やらないのか?」

「悪いが、そんな気分じゃねぇよ。いいモン見させてもらったしな」

 

 情報収集を任務とするランサー。

 今宵、得たものはあまりにも大きい。

 そしてアヴェンジャーを名乗った少女に問うべき事も山程ある。

 だが、あえて何も問わず、ランサーは石段を降りていった。槍を握りながらだ。

 先んじて撤退したアーチャーとライダーが待ち伏せしてないとも限らない。

 いい死合が見れた。ならば余計な茶々など入れる気はないし、入れようとする奴は逆に茶々を入れてやる。理由としてはそんなところだ。

 

 ズシンズシンと足音を響かせながらバーサーカーが歩み寄ってきて、ようやく妹紅は立ち上がると、そのままふわりと浮かび上がってバーサーカーの肩に乗った。

 迎えが来るのか、自力で帰らなきゃならないのかは分からないが、疲れた事だし元気いっぱいの旦那に任せようという怠け心である。

 バーサーカーが長い長い石段へとかけようとした時。

 

「アヴェンジャー!」

 

 傷の痛みを押して士郎が叫んだ。

 

「ひとつだけ聞かせてくれ」

 

 気配りの紳士バーサーカーが律儀に立ち止まったので、面倒そうに妹紅も振り向く。

 セイバーに肩を借りたままの士郎が、息も絶え絶えになりながら訊ねる。

 

「イリヤは……イリヤは本当に、俺を……」

「私にもよく分からん」

 

 続く言葉を遮って妹紅は答えた。

 イリヤは士郎を生かして捕らえるだの、サーヴァントにするだの言ってはいる。

 だが妹紅にはよく分からないのだ。

 あれが口先だけなのか、気まぐれなのか、真剣なのか、本心なのか。

 

 今なら士郎を捕まえるのも簡単だが、興が乗らなかった。

 それにどういう理屈で治癒しているのかも分からないし、下手に拉致して傷が悪化されて死なれたら困る。間違いなく大目玉だ。

 マーキングも切れているため、イリヤの指示も請えない。

 

 話はこれまでとばかりに妹紅がバーサーカーの頭をポンと叩くと、盛大なジャンプをして一気に石段を飛び降りる。誰かが待ち伏せなんかしてたら踏み潰してしまえばいい。

 

 後に残された士郎は、セイバーの手を借りながら時間をかけて自宅へと帰った。

 その頃には傷口はほとんどふさがっていたが痛みは続いており、包帯を巻いてすぐに休む。

 これが衛宮士郎、セイバーの夜の終わり方だった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 教会に帰還したランサーはさっそく柳洞寺での戦いを報告した。

 ライダーとの遭遇。

 キャスターとアサシンの主従。

 八人目のサーヴァント、バーサーカーの出現。

 それがアインツベルンのアヴェンジャーと同一勢力だという事。

 バーサーカーがヘラクレスだという事。

 アヴェンジャーがアサシンからモコウと呼ばれていた事。

 キャスターの死。

 アサシンの死。

 どのような戦いがあったのかを話し終えると、言峰綺礼は暗い洞穴のような眼で言った。

 

「では、柳洞寺には巨大なクレーターができている訳だ」

「ん? ああ。バーサーカーとアヴェンジャーの合わせ技でな」

「ガス会社の仕業に……いや、境内の真ん中というのは些か……いっそ早々に埋めて何も無かった事に……」

「ん? ああ。そういや聖杯戦争の隠蔽工作もあんたの仕事だったか」

 

 柳洞寺の住人は眠りの魔術でもかけられているのだろう。

 だからそんな戦いがあった事など気づいていないのだろう。

 でも朝になったら気づくのだろう。

 

「フッ……今夜は徹夜だ」

 

 言峰綺礼はさっそく柳洞寺に向かおうとする。

 

「おい。サーヴァントの人数、アヴェンジャーとバーサーカーについては後回しでいいのか?」

「構わんさ。どうせたいした事ではない。それに――」

 

 暗い微笑の訳知り顔で、言峰はささやくように言った。

 

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       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

「令呪を以て命じる! アーチャー! 私の! 休戦相手に! 手を出すなぁぁぁ!!」

 

 遠坂邸では、帰還したアーチャーから事情を聞き出した遠坂凛が怒髪天。

 問答無用で即座に二画目の令呪を切るのだった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

「――という事がありました」

「ふぅん。八人目のサーヴァントねぇ……アインツベルンもやるじゃないか」

 

 間桐邸では、慎二はつまらなそうにぼやいた。

 御三家、アインツベルン。

 どんな裏技・反則を使ったのか、サーヴァントの制限数を越えて召喚するなんて。

 

「クソッ……馬鹿にしやがって。いいさ。僕の実力を見せつけてやる。衛宮にも、遠坂にも、アインツベルンにもだ……!!」

 

 あなたでは無理です。

 そう言いたいのをライダーはこらえた。

 

 

 

 その様子を影から見ていた老人がため息をつく。

 此度の聖杯戦争もやっぱり駄目だ。どうしようもない。

 大人しく静観を決め込むとしよう。

 ――莫迦の相手もしたくないので。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 アインツベルン城への道のりは楽なものだった。

 バーサーカーは猛スピードで走りながらも、肩に人が乗っているという事を理解し、揺れないよう走る配慮をしてくれた。と言ってもバーサーカーはバーサーカーなので結構な揺れではあった。

 日頃から空を飛び回って弾幕ごっこなんかしている人間でなければ、悪酔い不可避である。

 ――なお、イリヤが本気でメルセデスかっ飛ばした時はダウンする模様。

 

 お城では、イリヤが待ち構えていた。

 もう日付も変わった真夜中だというのにサロンへと通され、報告を求められる。

 妹紅が死んだ時、マーキングの髪は炎上して無くなってしまったため、その後の状況を知る事ができなかったのだ。

 ちなみに、バーサーカーは狂化の影響で感覚共有しにくいらしい。

 まず最初に士郎の無事を伝えると、イリヤはホッと胸を撫で下ろす。

 

「衛宮士郎の奴、再生能力でもあるのか? 治療された訳でもないのに勝手に傷が治ってたぞ」

「治癒の魔術を事前にかけてたのかしら。シロウったら、なかなかやるわね」

 

 うんうんと頷くイリヤに向かって、妹紅は冷めた声で言う。

 

「ところで他サーヴァント全員が揃ってる現場に、何の打ち合わせもなく唐突に、バーサーカーの旦那が出てきた訳だけど」

「ああ、うん」

「偽サーヴァント・アヴェンジャーで撹乱大作戦がご破産になった訳だが」

「そうね」

 

 まったく悪びれた様子のないイリヤ。

 これは責めるだけ無駄だなと察して、妹紅は深々と息を吐いた。

 

「まあいいか。私がサーヴァントに扮してってのも、イリヤに買ってもらうためアレコレ小細工を弄した結果だし。元々、正々堂々と戦う方が好みだからな」

 

 実際は買ってもらったというより押し売りだ。

 ギリギリ詐欺ではないと思う。思いたい。

 

「やーい、偽アヴェンジャーを名乗ってた卑怯者ー」

「やーい、偽アヴェンジャーを従えてた共犯者ー」

 

 お互い精神年齢を下げてベロを出し合うと、妹紅は失笑しながらバーサーカーを指差す。

 

「ところで旦那の真名をキャスターが暴露してたけど、ヘラクレスで合ってるの?」

「ええ、合ってるわ。さすがのモコウもヘラクレスは知ってるみたいね」

「ああ、漫画でヘラクレス座のキャラがいたから知ってる」

 

 漫画て。

 四桁の人生を歩もうとも、一般教養さえ身につかない変わり者もいるんだなとイリヤは理解し、そして呆れた。

 

「真名がバレると弱点とか露見するみたいだけど、大丈夫か?」

「平気よ。真名を知られたところで、わたしのバーサーカーに弱点なんて無いわ」

黄金聖衣(ゴールドクロス)に一蹴されない?」

「ゴールド……漫画の話? そんなのと一緒にしないでよね」

「それならいいんだが」

 

 実際、バーサーカーが負ける絵面なんて妹紅には想像できない。

 ほんの数回ばかり殺せはしても、殺し切れる英霊なんて柳洞寺にはいなかったと思う。撤退を許さず戦い続けたのなら、あの寺に最後まで残っていたのは自分とバーサーカーであるはずだ。

 何分、二人揃って不死身なもので。

 

「――で、お前結局、旦那を寄越したのは衛宮士郎を守るためって事でいいんだな?」

「ええ、そうよ」

「じゃあ士郎は殺さないんだな?」

「えっ? そんな事ないけど」

 

 …………妹紅は、頭を捻った。

 つまりどういう事なのだ。

 

「じゃあなんで旦那を寄越した。士郎を狙ってたアーチャーをやたら狙ってたから、そういう事なんだなと解釈したが」

「シロウはわたしのために令呪を一画使ってくれたわ。今夜のはそのお返し」

 

 貸し借りなしを好む、という理屈は分かる。

 その気持ちも真実なのだろう。

 だがそれだけなのか?

 

「シロウがわたしのモノにならないなら、無理やりにでもサーヴァントにするし、殺しもするわ」

「……殺すも殺さないも自分の手で決めたい。他の奴にはやらせない。って事?」

「うーん、どうなんだろう……そうなのかな?」

 

 イリヤは口元に指を当てて考え込んでしまった。

 復讐。殺害。

 それらについて考えているはずである。

 だというのに、イリヤはとても無邪気な様子だ。

 天使のような。

 悪魔のような。

 とらえどころのない少女に、妹紅は戸惑った。

 

 

 

「――面倒くさいな。殺るなら殺れよ」

 

 ほんの一瞬、輝くような黒髪を思い浮かべながら、自虐するように妹紅は言い捨てた。

 殺意と苛立ちの入り混じった声色は、イリヤの肩をすくませた。

 

 

 

「モコウ、どうかしたの?」

「疲れてるだけだ。サーヴァント全員集合の大乱戦だったからな」

 

 妹紅が急に荒れた理由が見当つかず、イリヤは探るように言う。

 

「サーヴァントが二人脱落したのは()()()()()わ……キャスターとアサシンよね?」

「ああ。アサシンと呼んでいいのか困る奴だったけどな」

「あのお侍さんか。多分キャスターがルール破って呼んだのね。日本人の英霊なんておかしいし」

「私の名前を呼ばれてたけど、大丈夫かな」

 

 柳洞寺に入った後は会話がよく聞こえなかったし、途中でマーキングも解けてしまった。

 しかし山門を潜る前の会話はしっかりイリヤにも聞こえていた。

 

「あー……まあ、英霊と違って名前を知られてもデメリット無いでしょ?」

「そうだな。けど他の連中からしたら、アインツベルンもルール破って、アサシンと同じ時代からアヴェンジャーを召喚した、って解釈になるのかな?」

「サーヴァントって勘違いしてる間は、そういう解釈をされるでしょうね」

 

 思い当たる苛立ちポイントはひとつしかない。

 妹紅の名を呼んだ、あのお侍のサーヴァント。

 妹紅は生前の彼と交流があったのだ。

 イリヤは悪い事しちゃったなと小さく自戒した。

 

「モコウがアサシンを殺したの?」

「旦那がやった」

 

 違った。自戒損だった。

 

 それに帰宅時、妹紅はバーサーカーに寄りかかっていて、確執は見て取れなかった。

 アサシンを殺した事を恨んでいる、という訳ではないようだが。

 

「じゃあ、キャスターを殺したのがモコウなのね」

「あー……いや、追い詰めはしたけど、殺ったのはセイバーだ」

 

 実際、キャスターを追い詰めはしたものの、あのまま仕留められたかというと分からない。

 妹紅もリザレクションで隙を作ってしまっていたので、あの間に空間転移で逃げられる可能性もあった訳だ。なぜかセイバーに無謀な突貫をして返り討ちにあってしまったが。

 何を思って近接特化のクラスにキャスターが近接戦など挑んだのか。

 あの奇っ怪な形の短剣が鍵だとは察せられるが、効果は謎のままだ。

 

「普段から大口を叩いてる割には、一人も倒せなかったからイライラしてるの?」

「別にイライラなんかしてないぞ?」

 

 実際、妹紅の癇癪は瞬間的なものでしかなかった。

 妹紅は、イリヤが士郎を本当はどうしたいのか分からず。

 イリヤは、妹紅がどうして急に荒れたのか分からず。

 お互い距離を掴みあぐねてしまう。

 

 だからだろうか、イリヤはややトンチンカンな発言をしてしまった。

 

「――モコウ。詳しい戦闘の流れなんかはベッドの上で聞くわ」

 

 まるで夜伽を命じているようだ。

 しかし妹紅は気にした風でもない。

 

「今夜の寝物語か? 途中で寝られたら、報告が二度手間になる」

「さすがに全部聞くまで寝ないわよ……」

 

 などと言いながら席を立ち、妹紅にはパジャマに着替えて自室に来るよう命じると、一足早く自室に戻ってパジャマに着替えてベッドイン。

 なんだか不安だった。

 妹紅はイリヤのサーヴァント。

 だから一緒にいる。守ってくれる。戦ってくれる。

 でも……。

 その先は、考えないようにしている。

 考える必要もない。

 どうせ聖杯戦争の結末は決まっているのだから。

 

 しばらくして、ピンクのパジャマ姿になった妹紅がやって来て。

 ベッドの中で姉妹のように身を寄せ合いながら、イリヤは柳洞寺での戦いを聞かされた。

 

 バーサーカーの猛々しさと、キャスターの弾幕の美しさと、アサシンの剣技の美しさ。

 妹紅が重点的に語ったのは、この三点だった。

 

「そうそう。旦那が1回アサシンに殺された。初日に私がやったのも含めて2回目だ。仮にさ、他のサーヴァント全員に不覚を取ったら、10回殺されてアウトになったりしない?」

十二の試練(ゴッド・ハンド)の蘇生回数は魔力で回復できるから平気よ。そうね、1日で2回分はいけるわ」

「何それずるい。適度に殺されてけば耐性蒐集できちゃうじゃないか」

「フフン。だからわたしのバーサーカーは最強なのよ」

 

 不死殺しでも肉体が死ぬだけ、魂殺しも無効という妹紅も大概だが、バーサーカーも心底大概な不死身っぷりだった。どうすれば負けられるのかすら想像できない。

 こんなのを二人も御せているイリヤが一番すごいのかもしれない。

 そして妹紅の報告は続き――。

 

「パゼストバイフェニックス……憑依能力にそんな使い方があったんだ」

「別に旦那の基本スペックが上昇した訳でも、魔力供給とやらができてた訳でもないぞ」

 

 永久機関の妹紅を魔力供給源にすれば、それはそれで便利そうだ。

 十二の試練を短時間で全回復できるかもしれない。

 

「じゃあ、憑依して何をしたっていうのよ」

「間違えて旦那を燃やしてただけだ」

 

 あまりにもあんまりな言葉に、イリヤは呆けてしまう。

 

「…………バカなの?」

 

 妹紅はおどけるように笑うと、言い訳を始めた。

 

「混乱してたし、旦那なら巻き添えにしちゃっても問題ないなと思ったら……なんかユカイな事になってた。初めて会った時に焼き殺しといてよかった。耐性なかったら不死の炎で1回焼死してたかもしれないし」

「エンチャントファイアって言うか、フレンドリーファイアだったー!?」

 

 まさに不死身の捨て身のごり押し戦法。

 不死身のサーヴァント同士でなきゃ出来ないような芸当だ。

 

「でもまあ、耐性のおかげで燃えながら全力で暴れられるってのは面白いよな。私も旦那に合わせて炎をコントロールできるから、パワーアップってよりコンビネーション? 攻撃に合わせて爆発させたり、動き合わせて噴射で後押ししたりするだけ。あの馬鹿でかい剣を常時燃やして炎の剣にするのも格好いいな」

 

 全身を赤熱炎上させながら炎の剣を振りかざし、ジェット噴射で突っ込んでくるバーサーカー。

 凄まじくホラーな光景ではあるが、それを従えるイリヤとしては頼もしいだけである。

 

「むう……見たかったな、それ」

「確かに火力は上がるが、総合的には別々に戦った方がいいぞ。個別に戦っても火力は十分あるんだし、取れる戦法も多い。()()()()()()()()()にならない限りわざわざ使わなくてもいい」

「……ふーん」

「でもアレだな、機会があればまたやりたいところだ。格好いいからな!」

「そうね、格好いいのは大事よね」

 

 妹紅とバーサーカーが偶発的に放ったという合体技。

 柳洞寺にクレーターを作り、月まで届くような火柱を巻き上げたという武勇伝。

 ――フェニックスの弾幕に魅了されているイリヤとしては、本当に、見ておきたいものだった。

 

「スペルとして名付けるならどんなのがいいかな。パゼストバイフェニックス・バーサーカー?」

「もう一捻りしなさいよ。そうね、たとえばパゼストバイ――――」

 

 思わずひとつの提案を口にしてしまい、ノリノリで名付けに参加してる自分が急に恥ずかしくなり頬を染めた。

 だが妹紅は感心したようにほほ笑みながら、布団の中ですり寄ってくる。

 

「いいな。不死の炎が月まで届きそうだ」

「やっぱりダメ。モコウに使わせるには大仰すぎる」

 

 イリヤは唇を尖らせて前言撤回をする。

 アインツベルンの敗北を喧伝するようなネーミングはよくない。

 

「大仰ねえ。私を()()()()()のはイリヤだろうに」

「あー、もう。疲れたからもう寝るわよ!」

 

 妹紅の腕を引きずり出して枕にしたイリヤは、夢の中でその火柱を見れたらいいのにと思った。

 マスターはサーヴァントの過去の出来事を夢で見る事があるという。

 どうせなら今日あった出来事を、バーサーカーを通じて夢見る事ができたなら。

 

 

 

 ――月は輝く、遙か天高く。

 まるで地上の出来事など歯牙にもかけないかのように、変わらぬ光をたたえている。

 

 愛しきサーヴァント達の不死の炎は、果たして月まで届くのか。

 願いを掴み取る事ができるのか。

 

 イリヤは眠る。夢を見る。

 家族の夢を見たはずなのに、家族の姿は白く霞んで見えなかった――。

 

 

 




 第一部、終了。
 第二部は色々と広がったり激しくなったりします。


※追記。同じ誤字報告が以前からいっぱい来るので。

「まあいいか。私がサーヴァントに扮してってのも、イリヤに買ってもらうためアレコレ小細工を弄した結果だし。元々、正々堂々と戦う方が好みだからな」

 の「買ってもらう」は、自分を「雇ってもらう」ため、多少自分の主義に反してもあれこれ有利な作戦を提示するなどして押し売りしたという意味、「勝ってもらう」の誤字ではないです。

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