イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第17話 悩ましガールズ

 

 

 

 深山町の商店街、マウント深山の近くにある公園に、一組の男女がいた。

 赤毛の少年と、銀髪の少女。

 衛宮士郎とイリヤスフィール・フォン・アインツベルンだ。

 並んでベンチに座っているが、士郎はわずかに身を引いて困り顔、イリヤは露骨に寄りかかって満面の笑顔。

 

「ふふっ……お兄ちゃんとお喋りだー」

「……あーっと、お喋り……って、イリヤは何の話があるんだ?」

「え? 無いけど」

 

 無いのか。

 結構緊張していた士郎の肩から力が抜ける。

 

「何だよそれ。そんなんで話をしようって連れてきたのか? 俺はてっきり……聖杯戦争の事とか色々、結構真面目に話すつもりなのかと身構えてたのに」

「あら、シロウはわたしと戦いたいの? それならバーサーカーとアヴェンジャーを呼んで殺して上げてもいいんだけど、昼間は戦っちゃいけないし……」

「呼ばなくていい呼ばなくていい! 俺も、できればイリヤとは戦いたくないから……っていうか昨日の夜、イリヤは俺を助けてくれたんじゃないのか!?」

「お兄ちゃんだって、セイバーからわたしを守ってくれたじゃない。だからそのお返し」

 

 令呪を使った夜を思い出す。あの後、セイバーの怒りっぷりは怖かった。

 しかし一番怖いと感じたのは、きっと、イリヤが見せたあまりにも無邪気な殺意だろう。

 

「そうか……ありがとう、おかげで助かった」

「えへへ、どういたしまして」

 

 少女は無邪気に笑う。しかしその無邪気さは殺意と直結している。

 そこに在る歪さは、どのように培ってしまったのだろう。

 

「でも、お喋りか……イリヤから声をかけてきたんだから、話題くらい用意してきて欲しかった」

「むー。そう言われても、お兄ちゃんとお喋りしたかっただけだし……それにわたし、あんまり人と話したコトってないの。だからなに話していいか分かんない」

「……アヴェンジャーとは、話とかしないのか?」

 

 問われ、頬に指を当てて天を仰ぐイリヤ。

 思い出しながら数え出す。

 

「んーと……聖杯戦争の打ち合わせとか、弾幕とか、ご飯とか、お伽噺とか……は、するかな」

「なんだ、結構話してるじゃないか」

 

 半分ほど物騒だが、半分ほど穏当だ。

 あのアヴェンジャーにもそういう面があるのだなと思うと不思議に感じる。

 なにせ士郎のイメージとしては、笑いながら炎を撒き散らしたり、血と内臓を撒き散らせながら平然と復活して戦い続ける、バーサーカーとキャスターを足したような存在なので。

 そんなアヴェンジャーが、ご飯にお伽噺ときたもんだ。

 

「ご飯か……アヴェンジャーも飯を食べるのか? サーヴァントは基本、必要ないって聞くけど」

「食べるわ。バーサーカーもね。みんなで食べると楽しいし、美味しいもの。フフン。こないだなんか、アヴェンジャーとランサーの三人でお寿司屋さんに行ったんだから!」

「……ランサーも?」

「アヴェンジャーがお寿司を食べたいっておねだりするから、連れてって上げたんだけど……偶然ランサーとも会ったの。驚いたわ。あんな単純な料理なのにとっても美味しいんだもの。アヴェンジャーもランサーも大喜び」

 

 士郎は想像力を精いっぱい働かせてみたが、両者に対するイメージが物騒すぎて巧くいかない。

 いや、しかし、昨晩の柳洞寺ではバーサーカーとアサシンの決闘を見守るなど英雄らしい言動もあったし、プライベートでは快活なのだろう。

 

「……シロウは食べた事ある? お寿司」

「そりゃ、日本人だからな。スーパーでパック詰めのを買ったり、回転寿司に行ったり――」

 

 藤村組での祝い事で、上等なお寿司をご馳走にもなったりもする。

 

「あと、ちらし寿司や巻き寿司なら家でも作ったりするぞ」

「えっ!? シロウってお料理できるの!?」

「そりゃまあ一人暮らしだし、自炊してるからな。結構自信ある」

 

 それを聞いてイリヤは心底感心したようだ。

 含み笑いを浮かべたり、うんうんと頷いたり、ポジティブな百面相をしている。

 

(下手したら、藤ねえみたいにご飯をたかりに来るかもしれない……)

 

 そんな予感をしてしまうも、イリヤのような少女があの武家屋敷で一緒に朝食という光景は想像しにくかった。なにせ純和風である。西洋風は似合わない――。

 と、そこまで考えたところで、茶碗片手に箸を器用に動かす金髪碧眼の女性の姿が思い浮かぶ。

 もちろんセイバーだ。彼女の食事姿はとても様になっていて、だからその隣にイリヤの姿を想像するのはとても容易かった。

 だから、二人の対面には自分も座っている。

 

「うん、いいわ。シロウにはわたしにご飯をご馳走する栄誉を与えます」

「なんでさ」

 

 いや、流れからそういう風になるとは思っていたけど、あまりにも上から目線なイリヤの言葉に思わずツッコミを入れてしまう。

 

「あら、自信ないの? 料理の腕がアヴェンジャー以下だったとしても許して上げるわよ」

「アヴェンジャーが……料理……?」

 

 スッとイメージできた。

 火事になっている台所が。

 それを察してかイリヤは一瞬噴き出してしまうも、すぐ自慢気に語り出す。

 

「アヴェンジャーはね、ああ見えて料理が上手なのよ。和食しか作れないけど、わたしは和食なんて初めてだから新鮮だったわ。特にタケノコ料理がね、すっごく上手なの」

「和食……やっぱり日本の英霊なのか?」

「――日本出身のはずだけど、詳しい事はわたしも知らない」

 

 

 

 イリヤは思い返す。妹紅とはよくお喋りをするが、素性を語られた事はない。

 最初に出会った夜、口の軽くなる薬と、強烈なブランデーを飲ませた時はペラペラと語ってくれたが、基本的には語ろうとしないタイプなのだろう。

 不老不死の秘密も、こちらが察しをつけていると勘違いして当たり障りのない範疇で答えただけだ。

 ――イリヤと妹紅の関係は未だ浅く、しかし今更、酒や薬や魔術を使って聞き出そうなんて思えるほど軽くもない。

 

 

 

 イリヤは士郎の腕を離すと、スッとベンチから立ち上がった。

 数歩前に出て上を向いたせいで、士郎からは表情が見えなくなる。

 白雪のような少女は、天気でも訊ねるように言った。

 

「ねえ。モコウ――って名前、日本人としてどうなの? 普通?」

「いや……俺が無知なだけかもしれないけど、数百年前ってのを鑑みても変わった名前だと思う」

「ふぅん、そうなんだ」

 

 小さなイリヤの背中。

 こんな少女が、アヴェンジャーにバーサーカーを従えているなんて、悪い夢のようだ。

 

「……なあ、いいのか? アヴェンジャーの真名を言っちまって」

「アサシンにバラされちゃったから、今更隠したってねぇ……それにそれが真名とも限らないし」

「うっ……」

 

 確かにそうだ。あれが単なるあだ名だったら調べるのはますます困難になる。

 

「名前と言えば、イリヤの名前って貴族っぽいよな」

「アインツベルンは貴族よ? 寒くて古いお城で生まれたわ。いっつも雪が降っていて……だから日本はすごしやすいわね。わたし、寒いの苦手だから」

「アヴェンジャーがいると暖かそうだな」

「そうなの。体温が高いのかしらね、お母様より暖かいわ……だから適温じゃないのが残念」

 

 イリヤの言う適温というのは、そのお母様がそうなのだろうか。

 赤ん坊は母親のぬくもりを無意識に識別し、安心感を覚えると言う。

 ――士郎はもう、母親の顔も、名前も、ぬくもりも、思い出せない。

 

「母親……か」

 

 避けていた話題を致命的なまでにかすめる言葉。

 確かめなければならない。しかし、無遠慮に踏み込んでいいものか。

 何か言わねば。たたらを踏んでいると、イリヤが先に口を開く。

 

「キリツグは」

 

 士郎の養父の名前が、出てきた。

 

「わたしの髪を褒めてくれたわ。真っ白で雪みたいで、お母様にそっくりだって――」

「…………それは……」

「本当はね、言うつもりは無かったんだ。変に気を遣われるのもイヤだったし……でも、止める間もなくアヴェンジャーが言っちゃったから。ほんと、困ったサーヴァントね」

 

 赤い目を伏せ、唇をぎゅっと閉じるイリヤ。

 秘め事を明かされた不平不満が、感情のコップから少しずつ溢れ出している。

 それでも、アヴェンジャーへの嫌悪は感じられないのは、士郎の願望なのだろうか。

 

「…………イリヤは……切嗣に復讐しに来た……のか?」

「……うん、そう……だったんだけどね。キリツグはいないから、もう、シロウを殺すくらいしかする事がないの。マスターとしての目的が聖杯なら、イリヤとしての目的が復讐だから」

 

 贔屓目を抜きにしても、イリヤは士郎を慕っている。

 そして同時に大きな殺意を抱いている。

 あまりにも矛盾した在り方は、イリヤの行く末を不幸にしてしまう予感がした。

 しかし、だからこそ分かる事もある。

 

 

 

 イリヤスフィールを模して作られたホムンクルスなどでは、決してない。

 彼女こそが切嗣の娘だ。

 彼女こそがイリヤスフィールだ。

 

 

 

 それを強く確信する。

 こんなにも思い悩んでいる少女が、模倣品であるはずがない。

 彼女は確実に衛宮切嗣を慕い、衛宮切嗣を恨んでいる。

 だから、イリヤの声は小さくなってしまう。

 

「やだな……こういうつまらない話になりそうだったから、知られたくなかったのに」

「俺は……知れてよかったと思ってる。だって、切嗣の娘って事は、俺の……」

 

 俺の、何だと言うのか。

 聖杯戦争で敵同士となり、命を狙ってきている少女が、いったいどういう存在なのだ。

 

 ――お兄ちゃん。

 

 イリヤは士郎をそう呼んだ。

 それが二人の関係なのだろうか。

 同じ父を持つ、血の繋がらない子供と、血の繋がった子供。

 

「イリヤ。聖杯戦争をやめる訳にはいかないのか?」

「それはダメ。わたしは願いを叶えなきゃいけないの。邪魔をするなら――殺しちゃうから」

 

 イリヤは笑う。

 雪のように白く、雪のように冷たく。

 士郎がゾッと背筋を震わせると、イリヤの笑顔がクシャリと崩れた。

 

「だからイヤだったのよ、キリツグのコト知られるの」

 

 そう言って、イリヤは公園の外へと歩いていく。

 てくてくと、急がずマイペースに。

 

「もっと楽しくお話できると思ってたんだけどなぁ……」 

 

 追いつくのは容易だった。

 しかし士郎は、追いかける事ができなかった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 想像してたのと、だいぶ違うお喋りになってしまった。

 妹紅が悪い。妹紅のせいだ。

 憂さ晴らしすべくマーキングを追っかけてみると、反応はその辺の道をテキトーにブラついていた。すぐ見つかった妹紅は買い物袋をぶら下げつつ、何やら紙袋も抱えて、呑気にクレープなんかかじりながら歩いている。

 イリヤに気づくと屈託のない笑顔を浮かべ、紙袋からクレープをひとつ差し出す。

 

「――――食べる?」

「…………んもぉぉぉ! このおバカァァァ!」

 

 切嗣がイリヤのお父さんだとバラしてくれやがった戦犯があまりにも空気を読まないので、堪忍ならなくなったイリヤは両手を振り回してポカポカと妹紅の頭を叩く。

 ()()な身体能力を有していないイリヤのポカポカパンチなど全然痛くないどころか、むしろ心地いいような塩梅である。なのだが。

 

「イタい、イタい」

 

 妹紅は律儀に頭をかばってうずくまる。殴りやすいよううずくまる。

 うずくまりながらもクレープを食べるのをやめない。

 

「もぉー! モコウのせいで色々台無しよバカァー!」

「なに、なんの話? 私なんかした?」

 

 まったくもって訳が分からない妹紅は、兎にも角にもイリヤにクレープを食べさせてやらねばと決意した。そうすればきっと機嫌がマシになるはず。

 実際、三分ほどかけてようやくクレープを食べさせたら、少しマシになってくれた。

 チョコレートとクリームでふわふわした甘い味。でもそんなものでイリヤが満足するはずなんかない。

 

「モコウ。今日のおゆはんはタケノコご飯にする事。いい?」

「えっ――!? お刺身買ったから、白いご飯で食べたかったのにー」

 

 お小遣い制サーヴァントが! お金を出しているマスターに逆らえる道理無し!

 白いご飯とお刺身という黄金コンボは崩されてしまうのかー!?

 

 

 

 追加の買い物もすませた後、商店街のパーキングに預けておいたメルセデス・ベンツェでご機嫌なドライブに突入する。

 ベンツじゃなくベンツェと発音するのがクールであり、憂さ晴らしを兼ねたイリヤの運転はスタンピート! ドリフト決めてアクセル全開! クラッシュ寸前ギリギリ走行待ったなし!

 アインツベルン城に帰り着くまでの間、妹紅は窓ガラスに頭を3回もぶつけた。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 イリヤと公園でお喋りをした挙げ句、しばしその場に留まっていたため、衛宮士郎の帰宅は遅れてしまった。しかし別に誰かを待たせている訳でなし。問題はない。

 ところが。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい衛宮くん」

 

 玄関のドアをガラリと開けたそこには、笑顔の遠坂凛が立っていた。

 玄関のドアをガラリと閉めた衛宮士郎は目頭を抑え、しばし黙考する。

 玄関のドアをガラリと開けてみると、嫌味な顔の遠坂凛が立っていた。

 表情が変わっているのはなぜだろう。

 

「よぉ、遠坂」

 

 と声をかけるや、襟首を掴まれて引きずり込まれる。

 慌てて靴を脱いで、転ばないよう必死こいてついていくと、居間には困り顔のセイバーが待っていた。凛が座卓の前に座ったので、買い物袋を適当な場所に置いた士郎は台所に逃げようとする。

 

「衛宮くん、座りなさい」

「いやでも、お茶くらい……」

「座れっつってんのよ」

「はい……」

 

 どうして怒ってるんだろう。心当たりのない士郎はおっかなびっくりしながら席に着く。

 

「あのさぁ……何、勝手に学校休んでる訳?」

「……え?」

「私達、休戦協定を結んだわよね? 学校の結界対策とか、協力してやってる訳よね? しかも昨日、うちの馬鹿が休戦したはずの相手にやらかしちゃった訳よね?」

「あ、ああ……でもあれは、アーチャーと同盟を組んだ訳じゃないから、別に怒っては……」

「衛宮くんが休んだって聞いた時、私がどう思ったか分かる? アーチャーにやられた傷で寝込んでるんじゃないかって、ガラにもなく心配したってのに……呑気に買い物って」

 

 言われてみれば、確かに遠坂凛の視点での衛宮士郎は結構大変な事態だ。

 だというのに連絡のひとつも入れず、勝手に学校を休んでしまったのは迂闊だった。

 

「ごめんっ! せめて電話を入れとくべきだったな――」

「はぁ……まったくよ。藤村先生の前で恥かいちゃったじゃない」

 

 恥って、何があった。

 

「とりあえず、アーチャーは令呪で余計な事しないよう命令しといたから安心していいわ。その件については本当にごめんなさい。完全に私の監督不行き届きよ」

 

 ペコリと頭を下げる凛の姿はとても殊勝で、愛らしくさえ思えた。

 優等生だった遠坂凛。

 勝ち気な魔術師だった遠坂凛。

 それらと異なるギャップが、より彼女を魅力的に見せている。

 そんな遠坂凛は顔を上げると、驚きの発言をした。

 

「という訳で、今日から私もここに泊まる事にしたからよろしく」

「――なんでさ」

「セイバーに剣を教わってるんでしょ? じゃあ私も魔術を教えて上げる。今日から衛宮くんは私の弟子ね」

「――なんでさ」

「休戦から一歩踏み込んで同盟を組みたいの。その方が都合いいでしょ? アーチャーにはもう、お泊りセットを取りに行かせたわ」

「――なんでさぁぁぁ!!」

 

 こうして衛宮士郎の受難の日々はさらなる深みにハマるのであった。

 だが深みに飛び込まなければ、押し寄せる炎の嵐に跡形もなく蹂躙されてしまう。

 戦わなければ生き残れない。戦う力が足りない。戦う力を束ねなければ抗えられない。

 

「アインツベルン――はっきり言って戦力過多にもほどがあるのよ。不死身のアヴェンジャーだけでも厄介だってのに、ヘラクレスをバーサーカーで召喚してるってどういう事なの? 綺礼は何も問題ないとか言ってくるし……どんな裏技を使ったか知らないけど、とにかく、まともにやったところで勝ち目は無いわ」

「……確かにな。あのバーサーカーの覇気は尋常じゃなかった」

「バーサーカー単騎にすら、アーチャーとセイバーの二人がかりでも勝てるかどうか分からない。それでも一人より二人の方がマシよ。……休戦は学校に張られた結界に対処するためのものだったけど、イリヤの相手をするなら戦力の増強は必須」

「……戦力…………」

「ええ、だから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、明確な同盟関係を築いておきたいの」

 

 士郎は思案する。

 圧倒的弾幕量を誇り、何度殺しても復活するアヴェンジャー。

 複数のサーヴァントに囲まれながらも優勢に立ち、さらにはキャスターの極大魔術と、アサシンの秘剣が直撃しても物ともしなかったバーサーカー。

 勝ち目なんてあるのか? だが――。

 

『イリヤ。聖杯戦争をやめる訳にはいかないのか?』

『それはダメ。わたしは願いを叶えなきゃいけないの。邪魔をするなら――殺しちゃうから』

 

 あの二騎がいる限り、イリヤは聖杯戦争から決して降りないだろう。だが逆に言えばあの二騎さえ倒せば聖杯戦争を降りてくれるかもしれないのだ。

 そうすればもう争わずにすむかもしれない。切嗣の娘と、平和的な道を歩めるかもしれない。

 それに凛の出した条件に、イリヤを害するという項目は含まれていなかった。士郎を気遣ってくれている、あるいは揉め事を避けるための配慮。信用していいはずだ。

 

「分かった。その話、受けるよ」

「じゃ、同盟締結って事で」

 

 ニコリと笑う凛はとても頼もしくて、この絶望的な戦力差も最終的にどうにかできるのではないかと期待させるものがあった。

 

「じゃ、とりあえず対策会議。昨晩の戦闘で新たに分かった情報を整理しましょう。バーサーカーの正体はヘラクレス。ステータスは桁外れで、宝具は不明。そしてアヴェンジャーは……」

「モコウ。――アサシンから、そう呼ばれていた」

 

 モコウという名前についてセイバーは手がかりを掴めなかったし、士郎の買ってきた本にも見当たらなかったし、凛のお泊りセットを運んできたアーチャーもやはり知らないと答えた。

 凛も当初は心当たりがなかったが、頭を悩ませながら記憶を手繰り寄せていく。

 

「あー、でも、モコウって響きの日本語はあったような……いや、なんか途切れてるような、何かの名前の一部みたいな……って、そうだ、吾亦紅だ」

「われもこう……?」

「そういう名前の花があるのよ。変わった形に咲く、真っ赤な花」

 

 書斎には植物図鑑もあり、どのような花か確認はできたが、かといってアヴェンジャーの手がかりには繋がらなかった。そもそもモコウという名が吾亦紅に由来するのかも分からないのだ。

 ああ!

 サーヴァントが八人いるという謎!

 アヴェンジャーの謎!

 モコウという名前の謎!

 なにもかも、なにもかも、遠坂凛の頭を悩ませる――!!

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

「――と、凛は頭を悩ませているだろうな」

 

 教会では。

 愛弟子の現状を正しく想像しながら、言峰綺礼が自室でワインを愉しんでいた。

 

(オレ)としては、お前以外にあの麻婆豆腐を気に入る者がいたというのが驚きだ。いや本当に驚いたぞ。この(オレ)を呆けさせるとはアヴェンジャーめ、なかなかの道化よの」

 

 同じくワインを傾けている金髪の青年は、別の意味で呆れていたが。

 

「フッ――かつて不老不死を求めて旅をした英雄王として、他に言う事はないのか」

「直接見た訳ではないしな。それに――」

 

 ゆらりと、グラスの中の紅色を揺らして彼は唇を吊り上げる。

 

「神話を見渡してみれば、不老不死など珍しい程度のものだ」

 

 彼の言葉を聞き、言峰は己の胸に手を当てて自嘲気味に笑った。

 

「ああ――確かに、死んだ人間が生き返るというのも珍しい程度のものか」

 

 彼等は慌てない。アインツベルンを脅威とすら思わない。

 故に、余裕を持って優雅なひとときを送るのだった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 アインツベルン城。今日も今日とて寒々としているが、サロンは暖炉で暖かい。

 今日の夕食当番である妹紅の手料理がテーブルに並び、皆で楽しく食べている。

 

 イリヤのリクエストしたタケノコご飯。今日は鶏肉と油揚げが入っていてちょっと贅沢仕様だ。味のたっぷり沁み込んだ米と一緒に、鶏肉、タケノコの食感をたっぷり楽しませてもらう。

 素朴ながらも奥深い味わい。

 

 セラはとても真剣な面差しで味噌汁を飲んでいた。下ごしらえ、出汁の取り方、具材のバランスなど様々な案件を吟味して評価をつける。

 

「フム……今日の味噌汁は丁寧ですね。モコウの料理は気分次第で雑になりがちです」

「セラはいつも丁寧だな」

「いいですか。料理の腕が私に! 及ばないのは! 当然としても! 丁寧に作るよう心がけるのです」

「セラやリズの料理にはかなわないからなぁ。明日はトマトスープ飲みたい」

 

 セラは相変わらずだ。嫌味にはしっかりやり返すはずの妹紅も、セラが相手だと媚びてるんじゃないかってくらい従順で素直。完全に餌付けされてしまっている。

 

 妹紅とリズは刺し身を醤油にひたし、口に運んでご満悦。これは料理したものではなく、すでに切り身となっているものを買い物かごに放り込んだだけのものだ。

 しかし海の幸に飢えている妹紅にとっては大ご馳走!

 

「ああ美味い、美味い。海の魚ってのはどうしてこんなにも……タコも寿司の時と違って分厚くて歯ごたえバッチリ。くぅ~、たまらない!」

「サーモン、とろーりした食感が好き」

 

 マグロやハマチのさっぱりとした味、サーモンのトロトロとした旨さ、タコの食感。どれもこれもたまらない! やはり食事の主役は肉だ。獣でも、鳥でも、魚でもいい。肉があれば人は幸せになれる。少なくとも妹紅とリズは確実に絶対に幸せだった。

 バーサーカーも巨体には明らかに不足な、女性にとっての一人前にすぎない料理を食べている。表情は変わらないし、あっという間に食べ切ってしまうが、どことなく嬉しそうだ。

 そんな彼の態度を、可愛いなとイリヤは感じる。

 

「ああ~……お刺身美味しいよぉ~。サーモンなんて昔の日本には無かったよぉ~」

 

 サーモンを食べて蕩けている妹紅に対しては、呆れを抱くのみであるが。

 

「せっかく料理上手なのに、なんでお店で買ってきただけのお刺身でそんなに喜ぶのよ」

「自分の料理なんかいつでも食えるからな……海の幸、外の世界ならではの料理、それからセラとリズの料理はここでしか食べられないし……」

 

 イリヤが大好きになったタケノコご飯を、あろう事か不満気に食べる妹紅。

 お刺身はもう全部食べてしまっていた。

 

「料理下手って誤解を解くために料理しただけだし、できればセラとリズに任せっ切りにしたい」

「リズ達じゃ和食作れないじゃない」

「厄介になってる身だから、作れって言うなら作るけどさ。和食食べたければ、街に料亭とかあるじゃん」

「外食はまた別でしょ」

 

 餌付けしすぎたせいか、すっかり堕落してしまったようだ。

 しかし、楽しそうに食事をする妹紅を見るのが楽しいのも事実である。

 どうしたものかとイリヤはため息をつき、思わず、言葉を漏らす。

 

「シロウも和食が得意なのかな?」

「何で士郎?」

「シロウは自炊してるの。腕に覚えもあるみたいよ」

「どこで知ったのそんな事」

「今日、公園で――」

 

 うっかり口走って、失言に気づいた。

 妹紅は露骨に面倒そうな顔をし、セラは一緒に街に行ったはずの妹紅を睨みつけている。

 

「モコウ。お嬢様がエミヤシロウと不義密通している間、貴女はナニをしていたのですか」

「不義密通て」

 

 流石にそんな卑猥は行われていないと思いたい。

 イリヤは実年齢はともかく、肉体的には10歳かそこらの少女なのだ。

 それを衛宮士郎のあんちくしょうが手篭めにするなど、人間としてもサーヴァントとしても捨て置けない。股間を焼却処分して市中引き回して監獄塔送りだ。

 それはそれとしてセラの妄想は相当たくましいようだ。以前も妄想を暴走させ、妹紅をしばいていたからそういうものと割り切ろう。

 今回の場合、風評被害を被るのは衛宮士郎だ。

 

「私はアレだよ、監督役の神父さんにご飯ご馳走になってた」

 

 セラの詰問にあっけらかんと答える妹紅。

 一方イリヤは目を丸くして硬直する。

 

「何それ初耳」

「あー、大丈夫、心配するな。英霊じゃないってのは見抜かれちゃったから、ルール違反で責められる心配はないし、中立なら他所の陣営に告げ口とかもしないだろ。多分。それよりもだ。街で一人になりたいなんて言うから一人にしてやったのに、衛宮士郎と会ってたのか」

「うん、会ってた」

 

 妹紅の詰問にあっけらかんと答えるイリヤ。

 面倒くさいから黙っていたけど、知られたなら堂々とするだけだ。

 

「イリヤ。あいつは敵だろう? 殺すにしても捕まえるにしても……」

「お昼だから関係ないわ」

「だからって馴れ合ってどうする」

「モコウだってランサーをお寿司に誘ったくせに」

「あー、や……まあ、んんっ……敵と言っても楽しく殺し合おうって関係だし、仇とか復讐とかそういう相手じゃないし……」

 

 ちょっと苦しい言い訳だけど、一応成立はしている。線引きはできている。

 しかしそれは妹紅独自の線引きだ。イリヤの線ではない。

 

「モコウ。貴女のマスターは誰?」

「……イリヤ」

「セラ。貴女が従うべきは誰?」

「……お嬢様です」

 

 文句のありそうな二人を苛烈に睨みつけ、冷たく言い放ってやる。

 誰が主か再認識させてやったが、不承不承という態度が全然隠せていない。

 

「シロウをどうするか、シロウと何をするかは、わたしが決める。貴女達はそれに従っていればいい。わたしはまだ、お兄ちゃんとの()()がすんでないの」

「なりませんお嬢様」

 

 セラが喰い下がってくる。

 わずかに身を引き締めたのは、テーブルの下で拳でも握っているのか。

 

「我々は、アハト翁からお嬢様のお世話を命じられています。高貴なお嬢様が下賤な人間と必要以上に関わるなど到底認められるものではありません」

「モコウとはもう、必要以上に関わってる気がするけど」

「モコウは! 詐欺まがいの決闘で揚げ足を取られてしまっただけで……それに、態度はともかくサーヴァントとしての仕事は果たそうとしています。掃除や洗濯なども手伝いますし、酷く偏ってはいるものの魔術師としては非常に優秀ですし……ああ、いえ、第三魔法を宿した人間を聖杯戦争をしている冬木の真っ只中に放り出す訳にもいきません。モコウを確保するのはアインツベルンとして妥当と言いますか…………」

 

 なぜ早口になるのか。

 真面目で、アインツベルンへの裏切りなど絶対にありえないという思想ゆえか、あれやこれやと言い訳作りに余念がないようだ。妹紅に一番入れ込んでるのは、実はセラなのではないか?

 

「わたしは、まだまだシロウと遊び足りないの。邪魔しないで」

「あぐっ……り、リーゼリットも何とか言いなさい!」

 

 助け舟を求められたリズは、相変わらずの無感情な表情で平坦に答える。

 

「イリヤがシロウを好きなら、わたしもシロウが好き」

「リーゼリット……!」

 

 助け舟はセラの前を通り過ぎ、イリヤを乗せてしまった。

 バーサーカーはこの手の話題に参加できないし、妹紅は好き勝手こそ多いが立場が弱い。

 アインツベルンの主は間違いなくイリヤスフィールだった。

 

 

 

 こうして、楽しい夕食はぎくしゃくしたままお開きとなる。

 妹紅とセラは一緒に食器を片づけ、肩を並べて洗ったが、その間、会話らしい会話は無かった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 夜更けになって、妹紅は暇を持て余していた。

 セイバーが来ないのは仕方ない。マスター同士が馴れ合っていてよく分からない流れだから。

 ランサーが来ない。殺し合えばもっともスカッとする相手なのに。

 ライダーも来ない。臆病風にでも吹かれたか。

 アーチャーはどっかで適当に死んでいて欲しい。

 

「はぁ……」

 

 パジャマ姿のまま窓際に寄りかかって、外の風景を眺める。

 森にかかる暗緑色の屋根は闇夜に溶け、果てしなく広がる夜空には静かに輝く月。

 あの月を幾度見上げただろう。

 千年を経ても変わらぬ月。

 アサシンはあの月を見上げて逝った。数百年前と変わらないと感慨深げに。

 時と共にうつろう者にとって、うつろわざる者は畏怖の対象となる。

 それを美しいと称える者もいるが、大半はただの世間知らずだ。永久不変の生命のおぞましさを知らないから、浅ましい羨望だけを抱いていられるのだ。

 アサシンはどうだったのだろう――。

 枯れない花を見て風情が無いと否定するか、あるいはいつでも花見ができて愉快だと笑うか。

 

 過去の自分を知る者と外の世界で再会するなんて、夢にも思わなかった。

 燕に向かって剣を振っていた小僧――そんな奴がいたなんて完全に忘れていたし、言われて思い出したものの、顔と名前までは思い出せなかった。

 そんなどうでもいい奴が、まさか、燕を斬るに至っていたなんて。

 そんな離れ業を目撃できていたなら、顔や名前を今でも覚えていたかもしれない。

 だからアサシンという存在は今度こそ、記憶に強く残った。

 いつか、無限の過去に埋もれてしまうとしても――当分は忘れないだろう。千年くらいは確実に覚えてるはず。燕を斬り、バーサーカーも一度は斬ったのだから。

 

 まったくもって、人生とは何があるか分からないものだ。

 愉快なサプライズではあったが、最初に思い浮かべていた聖杯戦争とは随分と趣が違う。

 アレやコレや考えず、気ままに戦争を吹っかけて暴れられると思っていたのに。

 

 思考はめぐる。グルグルめぐる。

 ――その夜、イリヤは部屋に来なかった。

 一人寝をするには、客室のベッドは大きすぎる。寝床なんて一畳あれば十分だ。

 

 

 




 ミスティアが可愛すぎて焼き鳥ネタをやりにくい。やむを得んタケノコを食え。
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