イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第18話 夢を見ていたのかも知れない

 

 

 

 2月7日の朝。

 パン、ウインナー、目玉焼き、フルーツといったシンプルな朝食を終えた妹紅は、セラと一緒に皿洗い諸々をすませると、日課の弾幕ごっこへ向かいながら言葉を交わした。

 

「なあ。イリヤの士郎に対するスタンス、セラはどう思う?」

「……殺すべきだと思います。しかし捕らえるというなら従うまでの事。エミヤキリツグの息子に相応しい末路を迎えるよう願うだけです」

「しかし、考えてみれば私もセラも、衛宮士郎についてはよく知らないんだよな。私もちょっと話したくらい……だし……」

 

 復讐相手の事をよく知らない。

 それは別に珍しくもない事だ。

 顔しか知らない、名前しか知らない――そんな相手に復讐する人間もいる。

 顔も名前も分からない――そんな相手に復讐する人間もいる。

 とはいえ。

 衛宮士郎はすぐ近くにいて、調べようと思えば調べられるし、話し合いだってできそうだ。

 

 城壁外にはすでに臨戦態勢のリズと、いつからか設置されているベンチに座ったイリヤが待っていた。バーサーカーもだ。

 マーキングのためイリヤの髪を一本植えつけられるのも、朝の日課のこの場で行うのが習慣になっている。

 準備がすべて完了すると、セラは意気揚々と魔力を高める。

 

「さて――馴れ合いはここまでです。モコウ! 今日こそその首、貰い受ける!!」

「セラは元気だなぁ」

 

 乗り気で勝ち気。

 お目当てのサーヴァントはちっとも来ないが、こうしてセラと遊べるのは素直に楽しい。

 乗り気で勝ち気に藤原妹紅もスペルを放つ。

 

 

 

「月のいはかさの呪い――!」

 

 

 

 自分を中心に八方向に緑光の魔力弾を放射しつつ回転し、近づく者を薙ぎ払おうとする。まるで扇風機だ。さらに合間を縫って無数の短剣を投げ放つ。

 

「今日は随分と安直なスペルですね!」

 

 セラも魔力弾を放って妹紅の魔力弾を迎撃。その間にリズが前に出てハルバードを振り回し、短剣を弾き飛ばす。形勢はあっという間にメイドチーム優勢となった。

 

「お得意の炎に切り替えるなら今のうちですよ」

 

 不定形の炎ならば、余さず薙ぎ払うには相応の力を要するため、今のように魔力弾を打ち込むだけではしのげない。だというのに魔力弾に短剣などと対処しやすい攻撃をするのは驕りと受け取られたのだろう。セラの唇が喜悦に歪み――。

 

「セラ~、後ろ後ろ」

 

 イリヤが楽しげに忠告し、セラが振り返ってみれば背後にも飛び回っている短剣があった。

 

「んなっ――どこから!?」

 

 画面外とでも呼ぶべき外部からの攻撃はセラのメイド服をズタズタに引き裂いて、乙女の柔肌を寒空の下にさらけ出す。

 魔力弾迎撃の手が止まれば、前線に立つリズも短剣ばかりを払い落としている訳にはいかない。ハルバードを振るう速度が加速し、金属の竜巻となって光弾も短剣も薙ぎ払っていく。

 これならばとリズは接近を試みたが、近づけば弾幕の密度は上がる。

 結局手数が足りなくなって後退したリズは、力いっぱいハルバードをぶん投げてきた。

 不死身相手は手加減無用! されど分かりやすいその攻撃はあっさり回避。

 モーションが大きく直線的。なんとも分かりやすすぎた。

 これで雌雄は決したなと妹紅が笑うと、リズが、何か振りかぶっていた。

 

「あっ」

 

 それは妹紅が無数に放った短剣の中の一本だった。

 リズはメイド服を切り裂かんとする破廉恥な短剣を一本掴み取っていたのだ。

 果たしてそれは、油断していた妹紅の額へと直進し――。

 

 スコーンと小気味いい音を立てて眉間に命中、右脳と左脳の合間へ綺麗に滑り込んだ。

 哀れ藤原妹紅は絶命して負け犬となり、人生の勝利者はリーゼリット!

 

「モコウ、討ち取ったり」

「わーい。リズ、よくやったわ」

 

 勝利の拳を掲げるリズに、イリヤは拍手を送る。

 妹紅は派手にリザレクション。期せずしてご祝儀代わりの花火になった。

 

 この件で一番悔しがったのは、もちろんセラだ。

 

「ぐぬぬ……次こそは私の手でモコウを殺してみせます。それもリズの手を借りぬ単独撃破を目指します! 首を洗って待ってるがいいですわー!」

 

 当初はちゃんと連携していたものの、リズの逆転劇が始まった時にはセラはコテンパンにやられていたのだから。

 故にこれは実質、リズの単独勝利と言える。

 

 確かな上達!

 確かな特訓成果!

 

 それらを認め、妹紅も、イリヤも、リズを褒めてチヤホヤする。

 今回全然役に立てなかったセラは口惜しそうに歯噛みして、バーサーカーに肩を叩かれて地面に突っ伏すのだった。

 あまりにも踏んだり蹴ったりな有り様を見て、妹紅は今日の仕事は目いっぱい手伝ってやらねばと決意する。

 セラにとってメイド仕事を取られるのは屈辱であるというのに。

 親切心のすれ違い、これはきっと悲劇だ。

 

「――あ、そうそう。弾幕ごっこで死んだからマーキングし直さないとね。()()()()()()、連絡できないと困るし」

 

 最後に、イリヤは再び妹紅の白い髪を梳かすようにして自身の銀色を埋め直す。

 その手つきの優しさは、妹紅の表情を柔らかくさせ――。

 

「それと、リズに負けたから罰ゲームね」

「…………は?」

 

 柔らかくなった表情が、困惑に塗り替えられた。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 で。

 マスターの突発的な罰ゲーム発案により、妹紅はリズの仕事をものすごい手伝わされる事になってしまった。

 アインツベルン城の広い広いロビーを一人で掃除の刑だ。

 

「納得いかない。いや私が掃除させられる事じゃなく、こんなだだっ広いお城をなんでメイド二人で管理できちゃってるの? 毎日お掃除完璧なの? 時間でも止めてお掃除してるの?」

「たかが掃除で時間停止などと馬鹿言ってないで、早く働きなさい」

「モコウ、がんば」

 

 セラとリズから掃除道具一式を渡され、哀れ妹紅、ロビーの掃除を押しつけられた。

 モップを使ってえーんやこら。

 アインツベルン城に厄介になってもう二週間。掃除の手伝いなど慣れたものではあるが、単独でこの規模となると重労働だ。

 ああ、メイドってすごいんだな。人間離れした人間じゃないと務まらないな。

 

 しばらくして人間離れしたホムンクルス、セラが様子を見にきて。

 

「モコウ。こっちは終わりましたが、そっちもそろそろ……」

「終わってる訳ないだろ……」

 

 呆れられた。

 さらにもうしばらくして人間離れしたホムンクルス、リズが様子を見にきて。

 

「モコウ。イリヤ来てない?」

「来てない」

 

 当然手伝ってくれるはずもなく。

 低空飛行の高速移動でモップがけするなどの手抜きもとい効率化をしても結局、昼までかかってしまった。

 

 さあリズの手料理だと、意気揚々とサロンに向かった段になってようやく――。

 妹紅達は、イリヤがいなくなっている事に気づいた。

 

 

 

「まー、どーせ衛宮士郎のトコだろ」

 

 空っぽのガレージを覗き込みながら、妹紅はあっさり結論づける。

 同行していた銀髪メイド二人組もあっさり認める。片方は憎々しげに。

 

「私達がエミヤシロウを嫌っているから、黙ってコッソリと……ですか。ぐぬぬ……まさかお嬢様が下賤の者にたぶらかされるとは……!」

「イリヤがエミヤシロウをたぶらかしに行ってるんじゃないの?」

 

 もう片方は相変わらず淡々としている。危機意識は感じていないようだ。

 それもそうだろう。イリヤには最大最強のボディーガードがついて――。

 

「ごああー」

 

 妹紅達が集まってるのを見て、バーサーカーも様子を見にきた。

 ズシンズシンと足音を立てながら、ガレージの手前にやって来た。

 イリヤは一人で車に乗って街に行ってしまったようだ。

 髪と瞳の色が似通った三人はそれぞれを見合わせる。

 そして。

 妹紅はみずからの髪に手を突っ込んだ。

 長さだけでなく数も多くボリュームたっぷりの白髪(はくはつ)。そこから的確にキラキラ光る銀色の髪の毛を一本だけ引っ張って顔の前に毛先を持ってくると、大口を開けて怒鳴り出す。

 

 

 

「おのーれぇー衛宮士郎ォー!! イリヤを! マスターをかどわかすとは太ぇ野郎だ! 真っ昼間は聖杯戦争しちゃダメなんだぞーう! もう怒った今すぐ衛宮の家に飛んでいって空から爆撃してやーるぅー! 焼き討ちだァー! 今日中にッ! あいつの家を! 焼きに行くぅぅぅ!!」

 

 

 

 毛根から生えている訳ではない銀色の一本をプツンと引っこ抜き、指先に妖力を込めて炎上させてやればあっという間に灰と化す。

 マーキング解除完了。

 これでイリヤはもう妹紅の状況が分からない。

 果たして今の焼き討ち宣言が聞こえたのか聞こえなかったのか、妹紅には判別がつかない。

 だが! きっと聞こえていると信じて――。

 

「じゃ、お昼ご飯にしようか」

「待ちなさい。モコウ、待ちなさい。エミヤを焼き討ちに行くのでは?」

「いやー、自分でやっといて何だけど、あんなの真に受けないだろ。衛宮士郎もセイバーも柳洞寺の貸しがあるからイリヤに危害は加えないだろうし、ほっといていーよ」

 

 聞こえていると信じて、放置プレイを敢行だ!

 ガレージから出た妹紅の後を、メイド二人とバーサーカーも追いかけてくる。

 

「何を言っているのです。お嬢様がお一人で街へ行ってしまったのですよ!?」

「セラは過保護すぎ。それで痛い目に遭うなら仕方ない。いざとなれば令呪で旦那呼べばいいし」

「お嬢様がエミヤシロウに手篭めにされてしまうかもしれないのですよ!?」

「セラは妄想力たくましすぎ。それで痛い目に遭うなら――まあ人生経験って事でひとつ」

 

 リズとセラの手料理を食べようと思っていた口に、セラのかかとがめり込んだ。

 ロングスカートからは想像できない見事なハイキックだった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 別に信じた訳じゃないけれども!

 ヘッッッタクソな演技を真に受けた訳じゃないけれども!

 わざわざマーキング解除するとかただの嫌がらせだと分かってるけれども!

 藤原妹紅というサーヴァントは過激で苛烈で勝手なので、どうしようもないほど不安だ!

 だって妹紅だもん!

 妹紅だから!

 妹紅が!

 

「あううっ……お、お兄ちゃんの家……いやでも……」

 

 ――商店街と衛宮邸の合間にある小さな公園のベンチにて、ここならお兄ちゃんを見つけられるかもと思っていたイリヤは、頭を抱える事になった。

 

「俺の家がどうかしたのか?」

「うひゃい!?」

 

 淑女にあるまじき面白愉快な悲鳴を上げて、ピョンと飛び上がるイリヤスフィール。

 格好悪いところを見られてしまい思わず赤面。

 

「おっ、おおお、お兄ちゃん! 驚かせないでよ!」

「いや、具合でも悪いのかと……大丈夫か?」

「なっ……何でもない。平気」

 

 とは言うもののテンションはだだ下がりだ。

 おのれ妹紅。あの不良サーヴァント。後でお仕置きしなくては。

 顔を伏せてあれこれ企んでいると、士郎はますます誤解を深める。

 

「――うちで休んでくか?」

「えっ」

 

 具合が悪いのなら、こんな寒空の下に放置しておけない。

 そんな優しさからの言葉だったが、イリヤは明らかな戸惑いを見せてしまった。

 

「ん……けど、わたし……シロウの家にお邪魔していいのかな」

「大丈夫だよ。セイバーにも言い聞かせる。絶対にイリヤを襲わせたりしない」

 

 違う。そんな理由ではなかった。

 イリヤは背筋を正し、まっすぐにシロウを見据える。

 

「わたしはシロウとキリツグを殺しに来たのよ。そのわたしが、シロウの家に上がっていいの?」

 

 感情を殺した声で、告げた。

 シロウを隷属させたい気持ちも、シロウを殺したい気持ちも、本物だ。

 それを――きっと、彼は理解した上で。

 

「――ああ。今は昼だろ? マスターも何も関係ない。俺はイリヤに来て欲しいだけだ」

 

 油断とか、いい加減とか、懐柔のための策とか、そういうのでなく。

 決意らしきものを動機として答えた。

 だからイリヤも。

 

「――――うん! ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 弾けるようにほほ笑んで、士郎の腕にしがみつく。

 買い物袋に身体がぶつかって、士郎はバランスを崩しかけてしまった。

 でもそんな些細、今はどうでもよかった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

「そういえば、イリヤってどこに住んでるんだ?」

「郊外の森よ。柳洞寺よりずっと西の」

「あの森って車でも一時間もかかるだろ。そこから一人で来てるのか?」

 

 衛宮邸への道中、二人は肩を並べて歩いていた。

 大きな身長差。買い物袋を持つ士郎。手ぶらで呑気なイリヤ。

 傍目からはどう見えるだろう。少なくとも兄妹や家族には見えないだろう。

 

「うん。こっそり抜け出してきちゃった」

「いいのか、そんな事して」

「いいのよ。お兄ちゃんに会おうとするとみんな不機嫌になって鬱陶しいんだもの」

「みんな……」

 

 士郎の脳内で殺意バリバリのバーサーカーとアヴェンジャーがガン飛ばし。

 ただの想像なのに怖い! 狂戦士と復讐者だもん怖いよ!

 

 実際のところ、一番大人しいのはバーサーカーである。

 セラは言わずもがなだし、リズも士郎自体はともかくエミヤキリツグの息子という記号を好んではいない。

 妹紅に関しては、どうも復讐という行為にこだわっているように思える。

 

 酒と薬で聞き出した情報。

 ベッドの上で聞き出した情報。

 などを鑑みれば大まかに察する事はできた。

 

 それにしてもいかがわしい聞き出し方ばかりである。

 イリヤが見かけ通りの年齢だったら色々ヤバかった。色々。

 いや、むしろ見かけ通りの年齢じゃないからこそ余計にヤバイのではないか。

 

「――っと、着いたぞ。ここが俺の家だ」

 

 お互いアレコレ考えてる間に衛宮邸に到着。

 古式ゆかしい武家屋敷を前にイリヤは瞳を輝かせる。

 

「ただいまー」

 

 士郎に先導されてイリヤは玄関に入り、ちゃんと靴を脱いで上がり込んだ。

 

「シロウ、お帰りなさ――」

 

 居間から廊下へと顔を出し、主を迎えようとするセイバー。

 その表情が固まり、直後身構える。殺気はほとんど無いが完全に臨戦態勢だ。

 

「イリヤスフィール――何故ここに」

「お兄ちゃんが誘ってくれたの」

 

 蟲惑的な笑みで答えてやると、セイバーの表情があっという間に冷えていく。

 士郎の肝も冷えていく。

 

「――ほう?」

「いや、ちょっと具合悪そうにしてたから、うちで休ませた方がいいかな――と」

「元気いっぱいに見えますが」

 

 実際元気いっぱいだ。勝ち誇った顔で挑発さえしている。

 そんなイリヤのフォローを、士郎はしなくてはならない。

 

「いやでも、ほら、イリヤだってわざわざサーヴァントを置いてきてて……だから安全だし、結界も無反応だろ? 害意だって全然ないさ」

「ああ、あの結界ね。警報が鳴るだけなんて変なの」

 

 無論、イリヤは結界の存在に気づいていた。

 衛宮邸の結界は来訪者を拒むものでも、迎撃するものでもない。ただ悪意の有無を感知して知らせる、ただそれだけのものだ。

 つまりどういう事かというと。

 防衛拠点の情報を目の前で見抜かれてしまって、セイバーの機嫌はますます最悪って事だ。

 

「――シロウ。今すぐイリヤスフィールを追い出してください」

「大丈夫だって! イリヤは何もしない。悪い子じゃないんだ」

「彼女に殺されかけた事をもうお忘れですか」

「柳洞寺でイリヤのサーヴァントに命を救われた」

「アインツベルンの獲物を他の者に渡したくなかっただけと、アヴェンジャーは言ってましたが」

 

 平行線の主従。

 やっぱり士郎は未熟なんだなぁと実感する。

 父親から何を教わっていたのか。サーヴァント一人、御せないなんて。

 イリヤのバーサーカーは忠実だし、自称アヴェンジャーもああだこうだ意見や愚痴や文句を言いまくりはするが指示には従う。

 さすがはイリヤ、最高のマスターだ。

 そして衛宮士郎は残念なマスターだ。相当に。

 そしてさらにセイバーは……。

 

「セイバーったら臆病なのね。この家に魔術的な価値が無いのは入った時点で分かったし、偵察されて困るようなものも無いんじゃない? それに、お日様が出てる間は戦う気なんて無い。わたしはちゃんとルールを守るもの」

「サーヴァントを二人も召喚しておいて、何を言う」

 

 辛辣に、責めるように、セイバーは言い放った。

 しかしイリヤはどこ吹く風。

 実のところ聖杯戦争開始前にバーサーカーを召喚したのは反則ではあるのだが、お爺様の命令でやっただけであって、イリヤの責任ではない。故に問題なし。

 もう一人は迷子を保護しただけだ。

 

「多重契約はルール違反じゃないでしょう?」

「――――」

 

 召喚。

 契約。

 その言葉の微妙な差異を感じ取り、セイバーは神妙な面差しとなった。

 アレやコレや、様々なケースを想像しているのだろう。

 

「まさか、はぐれサーヴァント? いやしかし、前回の聖杯戦争にあのような英霊は……」

 

 そういう方向に勘違いするのか。

 訂正して上げようかと一瞬考えたが、妹紅は、己の素性を語りがたらない少女だ。

 酒と薬で聞き出して鍵穴を緩めてしまったイリヤと、それ以外とでは、事情が違う。

 だから、勝手に想像させておこう。

 

「ねえシロウ。そんなコトより、わたし、家の中を見て回りたいわ。案内して」

「やはり偵察か――!?」

 

 切り替えて行こうと思ったのに、セイバーがしつこく絡んでくる。

 

「なんでそんな目の敵にするの? よっぽどアインツベルンがお気に召さないのかしら。――お母様を裏切った時も、そんな風だった?」

 

 過去の罪を掘り返してやると、セイバーは露骨にうろたえた。

 顔を蒼白にし、畏れるようにイリヤを見つめ返してくる。

 しかしすぐ、声を上ずらせながら弁明した。

 

「わ……私は、アイリスフィールを裏切ってなどいない!」

 

 ――苛立ちが、湧き上がってくる。

 目の前の騎士王が、まるでただの小娘だ。

 何一つ取り繕っていない、素のセイバーが垣間見えた気が、した。

 

「お母様が役目を果たしていれば、わたしが今、ここにいる事もなかった。アインツベルンの邪魔をした貴女が、いったい何を言っているのかしら」

「――私は、アイリスフィールを救えませんでした。それは事実です。しかしアインツベルンの邪魔をしたつもりはない。聖杯の破壊はマスターに令呪で命じられて、どうしようもなかった」

「ふーん……」

 

 やはり、あの男。

 あの男が悪いのだ。

 お腹の奥で何かが蠢いている。グツグツと煮えている。

 妹紅のように、炎を身体にまとえたならと――。

 

「――貴女は、本物のイリヤスフィールなのですか?」

 

 怒りと憎しみを中断させる奇妙な質問が、セイバーからなされた。

 意図が分からずイリヤは顔をしかめる。

 

「は……? えっと、どういう質問? わたしはわたしだけど」

「……キリツグとアイリスフィールの娘なのか、という意味です」

「空気の読めないお馬鹿アヴェンジャーが暴露した通りよ。何か勘違いする要素ある?」

「イリヤスフィールを模して作った、新手のホムンクルスではないと……?」

「……………………は?」

 

 何を言っているのか、この最優サーヴァントは。

 馬鹿か馬鹿なのか。

 いったい何をどうしたらそんな発想に至るのだ。

 

「当たり前でしょ。何? わたしをコピーか何かだと思ってたの?」

「しかし、だとしたら年齢が――」

「悪かったわね、成長してなくて」

 

 ギクリとしてセイバーは目を伏せる。

 まあ、円卓の騎士の王様なんてやっていたのなら、そういう人間を知っていてもおかしくない。

 イリヤは小さくため息をついた。

 

「なんかもう面倒くさい。セイバーの相手するの面倒くさいわ」

「なっ――め、面倒!?」

「やり甲斐を感じなくなったって言うか……なんだか疲れたわ。シロウ、もてなしなさい」

 

 虚脱すると同時に、緊迫した空気がほぐれていく。

 セイバーは未だうろたえており、どう対処していいか分からなくなってしまったようだ。

 士郎に案内させ、居間に入ったイリヤは座布団に腰を下ろす。

 寿司屋の座敷と違ってあちこち野暮ったいし、座布団も硬いが、しかし、親しみを感じる。

 士郎が買い物袋を片づけ、お茶を入れている間、セイバーも気まずそうに座っていた。座卓を挟んだ対面に、無言で。

 面倒くさいなぁとイリヤは再度思う。

 せっかくお兄ちゃんの家にお呼ばれしたのに。

 

 少しして、士郎はお茶と水羊羹を持ってきた。

 お茶は日本茶で、苦くて全然美味しくなく、思わず呻いてしまう。

 士郎が慌てたけど、せっかく士郎が入れてくれたのだから粗末にはしたくなかった。

 代わりに、水羊羹はしっとりとした甘さに驚かされる。プリンやババロアとはまた違う食感。まさにアジアの神秘とも言える出来でありながら、コンビニで買った安物だというから驚きだ。

 ただ少々、甘さがしつこいなと思って口直しにお茶を飲んでみれば、甘さと苦さがいい具合に相殺して飲みやすくなっていた。なるほどと感心する。

 それらを、イリヤ以上に堪能しているのがセイバーだ。

 一口食べるごとに子供のように頬をほころばせる。

 食べ物に釣られまくるその姿は、イリヤのサーヴァントを想起させたが――。

 

(モコウみたい……いや、モコウより子供っぽいかも)

 

 妹紅はもっとストレートに美味しさを褒める。

 子供っぽいとも取れるが、むしろ意図的に盛り上げようとしているようにも感じられるのだ。

 自分はこんなにも食事を楽しんでいる。

 人生はこんなにも素晴らしいものだ。

 幸せだ――そうアピールしているようにも、見えるのだ。

 セラとリズへの感謝や称賛は本物だろう。

 だがそれ以上に、自分に言い聞かせているのかもしれない。

 

 それに引き換えセイバーは、澄まし顔で済まそうとして澄まし切れていないようだ。

 あるいは、イリヤがいるから澄まし顔を振る舞っているだけかもしれない。

 士郎と二人切りの時は、妹紅みたく馬鹿騒ぎしているかもしれない。

 そんな想像をすると、目の前のセイバーがとても可愛らしく思えてくる。

 

「フフッ――」

 

 思わず笑みがこぼれてしまうのを、士郎が優しい目で見ているのにイリヤは気づけなかった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

「シロウの家がどんなだか見て回りたいわ」

 

 というイリヤの提案は、やはり偵察かとセイバーの警戒心を煽ったが、士郎は気安い態度で了承した。そうなってはもうサーヴァントであるセイバーは何も言えず、邪魔にならないようにと居間に残ってしまった。

 幸い、士郎が買ってきた佐々木小次郎に関する本がある。暇つぶしには困らないだろう。

 

 さっそく居間から縁側に出ると、さっそくイリヤはカルチャーショック。

 

 

 

「狭い回廊ね。しかも外側がガラス張りって……脆いし丸見えじゃない」

「部屋の前には障子戸や襖があるから、丸見えって訳じゃないぞ。それに塀があるんだから、見えるのは庭からだけだ」

「庭……えっ? このガラスの向こうが庭なの?」

 

 ガラス戸にぺたんと手を当てて眺めてみる。

 さっきまでいた居間が幾つ入るだろうか? 少なくとも片手で数えられる程度?

 

「島国で山だらけだから家も狭いって聞いてたけど、これじゃニッポンの魔術師はタイヘンね……バーサーカーがちょっと暴れるだけで壊滅するし、弾幕ごっこもできないじゃない」

「だ、弾幕ごっこ?」

 

 イリヤの脳内では色鮮やかな炎が、バーサーカーやメイドと美しく踊る光景が浮かんでいる。

 士郎の脳内では、兵士が機関銃を連射して硝煙の漂う光景が浮かび、いや魔術師の言う弾幕ならばと軌道修正したところ、遠坂凛が宝石魔術を連発するより恐ろしい光景になってしまった。

 赤い悪魔!

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 士郎の自室は私物が少ない。少なすぎると言ってもいい。余計なものが全然ない。

 というか。

 机と座布団しかない。一応机の引き出しの中には筆記用具やノートなど諸々もある。

 他には押入れの中に布団やら荷物やらもあるにはあるが……。

 

「えっ、ここがシロウの部屋!? うそよ、こんなトコに人なんて住めないんだからっ」

 

 イリヤの部屋に比べてとても狭い、という事を差し引いてもあまりにも異質すぎて、ついついそんな発言が飛び出してしまった。

 

「そんなコト言われても、一人暮らしだから家の部屋全部自由に使えるようなもんだし……自分の部屋なんて、こんなもんで十分だろ?」

「……お兄ちゃんって魔術師じゃなく、センニンとかシュギョーソーとか、そういう人?」

「違う!」

 

 自室という一番の見どころが一番つまらない。

 イリヤのテンションはだだ下がりになった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 イリヤのテンションはだだ上がりになった。

 いかにも和風な雰囲気。本宅とは別に建てられた道場、なんともエキゾチックだ。

 一面よく磨かれた木製の床で、空気も心なしか澄み渡っている気がする。

 

(セイバーみたいな場所)

 

 居間で暇を持て余しているだろう騎士王の姿を思い浮かべつつ、イリヤは靴下で上がる。

 

「知ってる。これドージョーよね? お爺様が言ってたわ。ここでは裸足で斬り合うんだって。外で戦う時はどうするのかしら。靴を履いたらバランスが変わらない?」

「いや……裸足なのは鍛錬だからであって、外では普通に靴を履く」

「服も着替えるんだよね? 着物とか、体操服とか、ブルマとか」

「ブルマ!? イリヤの日本観はどうなってるんだ……」

 

 頭を抱えた士郎はしばし硬直し、わずかに赤面したと思うや首を左右に振った。

 煩悩を払うかのような仕草に、イリヤはクスクスと笑う。

 

「あら? お兄ちゃんったら、ナニを想像したのかしら?」

「えっ!? いや、別に何も――」

「好きなの? 体操服とブルマ」

 

 意味深にほほ笑み、イリヤはスカートの裾をつまんで、ちょっぴり持ち上げる。

 ただでさえ膝小僧がチラチラと覗く長さだというのに、そんな事をしたら真っ白な太ももがあらわになってしまう。幼さを色濃く残しながらも、柔らかな感触を想起させるきめ細かい肌が。

 士郎は大仰に身をすくませ、真っ赤な顔を背けた。

 

「ばっ、バカ! ナニやってんだ!?」

「ごめんね。ブルマじゃないから、これ以上は"まだ"見せられないんだ」

「見せなくていい! 見せなくていいから!」

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 道場から本邸へ帰る途中、士郎は土蔵にも寄ろうとしたのだが。

 

「ドゾー……物置き……? 使用人の仕事場でしょ? 興味ないわ」

 

 イリヤはまったく興味を示さずお流れとなった。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 だいたいの場所を見て回った二人が居間に戻ると、なぜかセイバーの姿がなかった。

 居間で何もせず座りっぱなしで待っていなきゃならない訳ではないが、イリヤと士郎は軽く部屋を見回す。

 

「セイバー? どこ行ったんだろ。トイレかな」

 

 なんて呟きながら、真っ先に台所を確認する士郎。

 生憎、何かを盗み食いしているサーヴァントはいなかった。

 

 その間、イリヤはじっと座布団を見る。

 形が歪み、まだ僅かにへこんだままの座布団。

 座卓に置かれた本には『佐々木小次郎』の文字が見える。

 セイバーがいた残滓が、ここにはあった。

 士郎の部屋も、何もなかったけれど、士郎の気配は感じた。

 でも。

 あの男の気配はもう、どこにもない。

 

 いるべきはずの人がいない。

 それを意識した瞬間、ふいに冷たい風が胸を吹き抜ける。

 

「疲れちゃった。だって、誰もいないんだもん」

 

 風が、胸からせり上がってくる。

 冷たい風がうなじを這い、脳髄の温度を下げて目頭へと流れ込む。

 

「わたし、復讐に来たのに……その相手がもういないのって、悲しいね」

 

 冷たい空気が質量を伴って頬を伝い落ちる。

 

「…………イリヤ……」

 

 士郎の案じる声に、ようやくソレが何か気づく。

 

「……あれ? わたし、何で泣いてるんだろう……」

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 ――夢を見ていたのかもしれない。

 

 

 

 あの男は死んでいなくて。

 あの男は死んだ振りをしていただけで。

 あの男は生きていて。

 あの男は此処に隠れていて。

 

 イリヤに会いたくないから逃げ回っていただけで。

 イリヤがとうとう見つけ出して、追い詰めて。

 10年――降り積もった憎しみをぶつけて、罵倒して、怒鳴り散らして。

 

 復讐を果たせるんじゃないかと。

 殺してやれるんじゃないかと。

 逢えるんじゃないかと。

 

 

 

 ――夢を見ていたのかも知れない。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 服の袖で涙を拭い、気持ちを落ち着かせるよう励む。

 あんな裏切り者のせいで泣いてしまうなんて嫌だ。

 士郎の前でそんな醜態を晒したくない。

 

「――イリヤ」

 

 すぐ後ろに、士郎の気配を感じた。

 何故だろう。士郎が手を伸ばしているのが分かる。

 背中の出来事なのに、士郎が肩を抱こうとしてくれているのが分かる。

 イリヤはじっと、それを待って――。

 

「おや、戻ってましたか」

 

 セイバーが居間に戻ってきた。

 同時に士郎の気配が遠ざかる。

 

「わっ! せ、セイバー。どこ行ってたんだ?」

「書斎ですが。日本の歴史には疎いので色々と分からない事が」

 

 そう言うセイバーに視線を向けてみれば、何冊かの和書を持っていた。

 徒労をしている――それが狙いのひとつだったのに、イリヤはポロリとこぼしてしまう。

 

「…………ササキコジロウなんか調べても、モコウの正体にはたどり着けないわ」

「……そうなのですか?」

「無駄なコトしてないで、セイバーはシロウを守ってればいいのよ。――わたし以外からね」

 

 自分勝手を言いつつ、気持ちを切り替えるイリヤ。

 迂闊にも頬を濡らしてしまったが、セイバーの前でそんな醜態を続ける訳にはいかない。

 ――イリヤは強いんだから。

 涙はもう止まっていた。

 戸惑いがちな士郎と、本を持ったまま思案しているセイバーを見て、どうにも居心地の悪さを覚える。せっかくここに来たのに、優しくされるならともかく同情されるなんて嫌だ。

 

「だからそんなつまらない本なんかしまって、もっと別の事を――」

 

 本。

 日本の歴史や昔話、お伽噺が記された――本。

 ふいに脳裏に閃く、小さな違和感の記憶。

 モコウの正体を調べるために、日本の歴史を調べていたのなら。

 

「…………ねえ、シロウ」

 

 もしかしたら()()にいるのではないかと思い、訊ねる。

 

「かぐやひめの本ってある?」

 

 

 




 FGOの正月イベントが『雀のお宿』で『閻魔』で『紅』で、ミスティアとか四季映姫様とか妹紅とか、色々な歯車が新年早々噛み合いまくって妄想が暴走気味です。
 が、本編はマイペースに更新しつつ『舌切り雀』より『かぐやひめ』のターン。
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