今は昔、竹取の翁といふ者有りけり。野山にまじりて、竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり。名をば、
――そんな出だしで始まった物語。イリヤとセイバーにはチンプンカンプンだった。
イリヤがふいに読んでみたいと言った『かぐやひめ』は、絵本など子供向けの本に使われる題名であり正しくは『竹取物語』と言う。平安時代初期に書かれたと伝えられている。
「まあ、昔話ってのは魔術とも関係があるから、うちにも揃ってると思うけど――」
なんて言いながら、士郎が書斎から持ってきた竹取物語。
座卓の前に座って本を広げたので、イリヤはその右隣に詰め寄った。すると左隣にセイバーも詰め寄ってきた。挟み撃ちのような状態に士郎は困惑しながら、律儀に読み始めたのだが。
「むー。なんて言ってるのか分かんない」
「ごめんごめん。現代語訳も載ってるから、そっちだけ読むよ。でも何で急にかぐやひめを?」
「アヴェンジャーがね、寝る前に日本のお伽噺を色々聞かせてくれるんだけど、かぐやひめは……よく覚えてないからって」
「んー……五つの難題のあたりとか、ちょっとややこしくて面倒くさいからかな?」
「ふーん……あまり頭がよくないから、そうなのかもね。シロウ、早く読んで」
急かしてやると、士郎は現代語訳のページを開いて読み始める。
「昔々あるところに、竹取の翁というお爺さんがいました」
「うわっ……かぐやひめもそういう出だしなの? 昔々あるところにお爺さんとお婆さんがいすぎよ! どんだけお爺さんとお婆さんが好きなの日本人!!」
「いや、昔話ってのはそういうもんだから――」
士郎は戸惑いながらも現代語訳を読み進める。
絵本と違って表現が堅苦しいし、わざわざ解説文が記されている部分もある。
それでもイリヤとセイバーは真面目な顔で物語を聞いた。
竹から出てきたお姫様が、お爺さんとお婆さんに育てられた事。
竹から砂金が出るようになり、大金持ちになった事。
わずか三ヶ月で見目麗しく成長した姫に、なよ竹のかぐや姫と名付けた事。
その美貌の評判を聞きつけ数多の男達が群がってきた事。
五人の貴公子に言い寄られ、五つの難題を出して断った事。
それでもあきらめきれずあの手この手で難題に挑んだ貴人達。
右大臣
大納言
中納言
五人の貴公子を袖にしたかぐや姫に興味を持った帝との出会いと拒絶。けれどもその後、三年間も文通をして心を通わせた事。
月からの使者が迎えに来て、地上の軍勢では為す術もなかった事。
あきらめながらも覚悟をすませていたかぐや姫が、お爺さんとお婆さんと名残惜しくも別れをすませた事。
催促する月の使者にも毅然と応じ、帝への手紙も残した事。不死の薬を残した事。
天の羽衣を着て人の心を忘れ月へと還っていった事。
その後、帝は不死の薬を富士の山で燃やすよう、
山頂で薬を焼いて出た煙は、未だ雲の中に立ち昇っていると伝えられている事。
それらの物語を、イリヤスフィールは知った。
教訓があるのかないのかもよく分からないお伽噺。
一人のお姫様の物語。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇
――不死の薬。
士郎はその言葉にイリヤの不死身のサーヴァントを想起した。
だが、ただ、それだけだった。
結局かぐや姫は月に帰ってしまったし、地上に残された薬は誰も手をつけようとせず、富士山で燃やされてしまった。
モコウという言葉はもちろん、吾亦紅の花すら出てこない。火の鳥だって出てこない。
まあさすがに、正体不明のサーヴァントの正体に繋がるようなものを、わざわざ読ませはしないだろう――と士郎は結論づけた。
セイバーも似たような結論に至りつつ、物語の感想を口にする。
「分不相応の女性を求めて不幸になる……か」
どうもかぐや姫よりも帝と五人の貴公子に思うところがあるらしいセイバー。
彼女の正体はブリテンの騎士王、アーサー・ペンドラゴンである。
妻を部下の騎士に寝取られたアーサー王である。
しかもそのアーサー王の性別が実は女だったとあっては、随分と面倒な事情があったのだろう。むしろ女性に嫁いだ王妃ギネヴィアこそ最初の被害者だったと言える。
宮廷内のデリケートな恋愛事情……それに思いを馳せ、何やら表情を暗くしてしまっている。
士郎も竹取物語の感想を述べる。
日本人なら誰でも知ってるくらい有名な話だが――。
「こうして腰を据えて読んでみると、かぐや姫の印象も変わってくるな。悲劇のヒロインって思ってたけど実際は気位が高くてわがままで、だけど善いところも悪いところもある。それが少しずつ成長して人間の情愛を学んだのに、羽衣を着て全部忘れちゃうなんてな」
チラリと、イリヤを見る。
気位が高くて、わがままで、善いところも悪いところもある少女。
竹取物語を読んでどういう感想を抱いたのだろう?
子供らしく、かぐや姫や他の登場人物をただ可哀想と憐れむのか。
あるいは、かぐや姫は嫌味な女だから自業自得だと馬鹿にするのか。
それとも、魔術師の視点からあれこれと考察をするのか。
イリヤはしばし黙考し――。
「フジワラっていなかった?」
そんな質問をした。
「ふじわら……?」
「うん。お爺さんかミカド、フジワラって苗字だったりしない?」
登場人物の名前を思い返してみても苗字らしい苗字が出てこなかったように思える。
というか名前がややこしすぎて苗字と名前どころか、身分や称号との区別すらつかなかったというのがイリヤの感想だ。
「いや、帝に苗字はないし、竹取の翁は……えっと、
「そうなんだ。…………どこかで聞いた気がしたんだけどな……」
と言いながら、イリヤは手を伸ばして竹取物語のページを勝手にめくる。
日本語は読めるが、難しい言葉や漢字は分からない。
現代語訳でも分からないところがあり、士郎にさらに分かりやすい言葉で言い直してもらいさえしたのだから。
「ええっと、ちょっと待ってくれよ」
心当たりがあるのか、士郎はイリヤの手をのけると、ペラペラとページをめくる。
竹取物語の解説や分析が載っているページに視線を走らせ、一点で止まった。
「ああ、あったあった。五人の貴公子……これ、実在の人物がモデルになってて、政治批判の意図で書かれたって説もあるんだ」
「実在……モデル? じゃあ竹取物語って完全に作り話なの?」
「まあ、そうだろうな。神話や伝承とは違うから。でも英霊なんてのが実際にいるんだし、もしかしたら俺達が知らないだけで、竹取物語も本当にあった出来事かもしれない。実在の人物そのままで書いたら問題になるから、あえて違う名前をつけた――とかさ」
本当にあったんだろうとイリヤは思う。
確証はまだない。しかし確証の切れ端はもう目の前だ。
士郎は解説文の中にある『藤原』の文字を指さした。
「藤原ってのは、蓬莱の玉の枝を持ってきた
「…………ふーん……」
「それから、
律儀に五人全員のモデルを教えてくれたが、日本人の名前なんてただでさえ聞き慣れないのに、昔の日本の貴人はますます奇っ怪な響きでありまったく頭に入ってこなかったし、そもそも覚える気もなかった。
なよ竹のかぐや姫。
不老不死の薬。
覚えておくのは、その四つくらいでいいだろう。
それにしても、まったく、なんというか。
(素性を語ろうとしないくせに、ガードはスカスカなんだから)
イリヤは苦笑しながら、今朝の弾幕を思い出す。
月のいはかさの呪い、だったか。
フジヤマヴォルケイノ――富士の火山なんてスペルも使っていた。
…………隠す気あるんだろうか。
…………もしかしたら正体を察してアピール?
…………間が抜けているだけの可能性が高い。
やっぱりよく分からないサーヴァントである。
しかしとうとう見つけた。
お姫様、父上の復讐、飲むだけで第三魔法に至るふざけた薬、フジヤマ――。今まで漏れ聞いた情報を『竹取物語』と一緒に組み立てれば、ひとつの筋道ができあがる。
(――物語の外に貴女が居た)
胸の奥がトクンと疼く。
竹取物語の中に藤原妹紅はいない。
だけど、イリヤスフィールは藤原妹紅を知ってるから。
短いながらも同じ日々を過ごし、少ないながらも過去を語り合った仲だからこそ――。
イリヤにだけは見つけられた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇
「本当にいいのか? 夕飯くらいご馳走するし、なんなら送ってっても――」
「日が沈んだら聖杯戦争の時間でしょ。シロウはわたしに殺されたいの?」
せっかくの誘いを断って、イリヤは靴を履いて玄関を出た。
士郎も律儀に靴を履き、わざわざ外まで見送りに来てくれる。
「……イリヤとは、戦いたくないな」
「もう日が沈みかけてるから、戦ってもいいんだけどね。――今日は楽しかったから、見逃して上げる」
言葉こそ上から目線で恩着せがましいが、声色は正反対。
今は、戦いたくないという気持ちがにじみ出ていた。
「――イリヤスフィール」
別れの言葉を言おうとしたところで、玄関からセイバーが駆けてきた。
気まずそうに難しい顔をしているが、戦意は感じない。
「……すみませんでした。貴女が本物のイリヤスフィールかどうか、疑ってしまって」
「そんなコトをわざわざ? 別にもう気にしてないのに」
最初はカチンときたけれど、最初だけだ。
むしろからかうネタを確保できて愉しくさえある。
だが。
「キリツグの件は、何も言う事はありません。しかしアイリスフィールの娘である貴女を、出来得るなら斬りたくはない」
「……ふーん……まあ、わたしを殺さなくても、サーヴァントさえ倒せばいい話だけど……」
ニッと、意地悪に嗤う。
嗜虐心と優越感が同時に湧き上がって、お腹の奥がうずいた。
「セイバーに倒せるかしら? わたしのバーサーカーとアヴェン…………あっ」
そういえば、妹紅はどうしているだろう。
空を見渡してみても人影なんて浮かんでいない。
楽しくてすっかり忘れていたが、焼き討ち予告を冗談交じりにされていた。やはり冗談。いやでも妹紅だし信用ならない。
「……イリヤスフィール?」
「……みんなにナイショで来ちゃったから、アヴェンジャーがね、わたしがシロウにさらわれたと勘違いして焼き討ちに来るかもしれないけど――その時は適当に追い払っていいから」
「は?」
唐突な焼き討ち予告にセイバーは目が点になる。
「わたしがもう帰ったのを知れば大人しくなるでしょうし、聞き分けが悪いようなら殺していいから。どうせ生き返るし遠慮しないで」
「待て待て待て」
士郎も慌てて青ざめる。
割としんみりした空気だったはずなのに舵がおかしい。会話が座礁した。
「い、イリヤのサーヴァントだろ? なら襲わないよう言い聞かせて――」
「帰り道、会ったら連れ帰るけど、すれ違っちゃうかもしれないし。なんなら旗でも掲げとけばいいわ。白旗に"焼き鳥撲滅運動"って書いとけば、焼き鳥にされないと思う」
「"焼き鳥撲滅運動"ってなにさ!?」
会話が炎上しながら大空へと飛び上がった。これぞまさに焼き鳥だ。
「それじゃお兄ちゃん、セイバー。今夜は気をつけてね? バイバーイ」
日が完全に暮れたら、イリヤとしては戦わなければならない。
だから強引にでも会話を打ち切って、とっととその場を立ち去った。
と言っても徒歩だが。
後ろから士郎とセイバーが騒いでるのが聞こえたけど無視無視。
メルセデスの停めてある商店街のパーキングへと向かうのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇
比喩表現として爆弾を投下された士郎とセイバー。
本当に爆弾のようなものが降って来るかもしれないとなれば大慌てだ。
「アヴェンジャーが焼き討ち? 空を飛びながら、大量の火焔をばら撒くアヴェンジャーが?」
「シロウ、私が空を見張ります。もしもの時は火事に巻き込まれないよう安全な――そうですね、土蔵なら火の手も回ってこないでしょう」
「くっ――こうなったら白旗を」
「降伏するというのですか!? イリヤスフィールとの因縁は一言で語り切れぬ複雑怪奇なものではありますが、だからとてアヴェンジャーに白旗を上げるなど――」
「今日だけ! 今夜だけだから!」
ああだこうだ言い争うも、結論が出てこない。
だって相手はアヴェンジャー。取り扱い注意というか、取り扱い不明な存在だ。
あんなエキセントリックなサーヴァントに目をつけられた不幸を嘆いていると――。
「ただいまー。二人とも、玄関前で何してるの?」
エキセントリックな魔術師、遠坂凛が帰還した。
学校帰りにしては遅い時刻で、しかもここは遠坂ではなく衛宮の家。
士郎は一瞬瞠目してから思い出す。
「そうだ。昨日から遠坂が泊まってるんだった――」
「凛と鉢合わせていたら問答無用で戦っていたかもしれません」
士郎とセイバーがささやき合う。
イリヤを斬りたくない、というのはセイバーの本音だった。
アイリスフィールの忘れ形見本人だと分かった以上、どうしても情が湧いてしまう。
無論、これは聖杯戦争。いよいよとなれば致し方ないが、無邪気にじゃれている間は、そっとしておいてやりたい。
そんな事情などつゆ知らず、遠坂凛は眉根をひそめて訊ねてくる。
「ん? どしたの?」
「いや、何でも――なくも、ないけど」
士郎はどう誤魔化そうかと思案したが、アヴェンジャーの件は伝えた方がいいだろう。
何も言わず無防備にすごしているところを、突然焼き討ちされたらたまったもんじゃない。
「実は……今夜、アヴェンジャーが攻めてくるかもしれないんだ。多分、単独で」
「ハァ? それどこ情報よ」
聖杯戦争なんだから襲われるのは当たり前。
しかし時間も場所も相手も察しがついているというのは、不自然に映るだろう。
「…………いやその……イリヤが警告してくれて……」
「……? マスターの命令じゃなく、サーヴァントの独断で?」
「ああ」
遠坂凛は考える。
アヴェンジャーはイリヤの命令には従っているが、命令以外は奔放に振る舞っているようだ。
そういう事もあるのか。
「やれやれね。サーヴァントの手綱を握れないなんて、案外――」
愚痴を言おうとしてすぐ、言葉に詰まった。
手綱という点では凛も大きな事は言えない。アーチャーは忠実ではあるが嫌味で勝手なところもあり、命令の揚げ足を取ろうとさえする。おかげで令呪を二つも行使してしまった。
戦闘と関係ないところで二つもだ。
「――まあ、いいわ。そういう事ならアーチャーに見張らせましょ。目がいいし狙撃もできるし、睡眠も必要ないもの。セイバーより適任でしょ」
そう言われるや、霊体化していたアーチャーが実体化して姿を現す。
赤衣の英霊は心底面倒そうな表情をアピールしながら、わざとらしいため息を吐く。
「私は便利屋ではないのだがな」
「あら。便利屋は仕事を断る権利だってあるでしょう? サーヴァントには無いわ」
「やれやれ……了解だマスター。アヴェンジャー相手となれば私が適任なのも事実。枕元にバケツを用意して眠るといい」
嫌味たっぷりに告げ、アーチャーは衛宮邸の屋根の上へと跳躍した。
それを見送ってから凛は玄関に入り、士郎の鼻先に指を突きつける。
「で――いつどこでアインツベルンのマスターからそんな忠告をもらったのか、聞かせてもらいましょうか」
家に招き入れました。
なんて言ったら確実に叱られるんだろうなと、士郎は気持ちを沈ませてしまった。
予想通り、凛からはたっぷり絞られてしまった士郎。だが。
「イリヤに何か仕込まれりしなかった?」
「いや、何もされてないし、イリヤはそういう事をするような子じゃない」
「じゃあ、家の案内以外に何かお願いをされたりとか」
「えっと……そういえば、かぐやひめの本を読んでみたいって言うから、うちにあった竹取物語の本を読んでやったな」
「…………ふーん。竹取物語……ね」
凛は何か思うところがあったらしく、口元を隠して意味深に考え込んだ。
――さらにその晩、凛から魔術の教えを受けたのだが。
士郎が魔術回路を構築し、強化魔術を使う姿を見せたところ、凛は戸惑いながらあるものを差し出した。
「衛宮くん、これ口に入れて」
「なんだこれ? 飴か?」
凛から渡された飴らしきものを口にし、舐めても味がしない。
「呑み込んで」
「んぐっ……ごくん。呑んだけど、これ何だ? 薬?」
「宝石」
イリヤを勝手に招き入れた事へのお仕置きかとも思ったその行為は、士郎の魔術回路を矯正するためのものだった。
魔術回路は本来、構築してしまえばスイッチのオン、オフを切り替えるだけでいい。
だが士郎は魔術を行使する際、毎回、魔術回路を構築している。
それはパソコンを起動する際、いちいち組み立てからやっているようなものであり、構築に失敗すれば命の危険もありえるものだった。
衛宮切嗣という魔術使いが、正しいやり方を知らない半端者だったのか――。
遠坂凛は不審がるも、ともかく、こうして士郎は魔術師として成長させられていくのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇
イリヤがアインツベルン城に帰宅した頃にはすっかり日が沈んでいた。
昼食はマウント深山ですませたからいいが、メイド達か妹紅の作ったちゃんとした夕食を食べたくてしょうがなかった。
士郎からの、夕食の誘い。
心揺らぐものがあった。
でもイリヤにはセラがいる。リズがいる。妹紅がいる。バーサーカーがいる。
五人一緒にご飯を食べられるから、さみしい事なんて何もない。
メルセデスを車庫にしまい、出迎えがない事を不満に思いながら正面口へ向かう。
扉を開いて、妹紅に掃除を任せたロビーへと入ってみれば。
「うおりゃああ! ラストワード・フェニックス再誕で焼け死ねぇぇぇ!!」
「■■■■■■――ッ!!」
「ええい! バーサーカーもリズもモコウを殺せているのに、どうして私だけぇー!」
「セラ、今は避けるの専念」
妹紅が火の鳥をいつも以上のペースで連射しまくっていた。
尾羽根も火の粉も盛りだくさん。どこもかしこも火だ! 炎だ! 焔だ!
スペル、鳳翼天翔の強化版とも言える火の鳥の大嵐の中、イリヤの従者達が派手に戦っている。
バーサーカーは狂戦士という肩書きにそぐわず、火の鳥を斧剣で払い落とす事を優先して防戦に徹していた。
攻めあぐねている訳ではない。炎への耐性を持ったバーサーカーは、こういった手数重視の弾幕は物ともしないのだから。故に、これは飛んでくる火の鳥を撃ち落とすゲームだ。
とはいえ濃密な弾幕密度に斧剣だけでは対処できず、たびたび火の鳥が命中してしまっている。
もしこれがダメージの通るAランクやEXランクの宝具だったら大変だが、すでに耐性を得ている不死の炎なので全然平気。
セラとリズはというと、いつも以上の弾幕密度による火焔地獄にすっかり翻弄されている。
大きな火の鳥の弾幕は回避に専念し、一緒にばら撒かれている細かな火焔弾はなかなか避け切れず、魔術やハルバードで相殺をがんばっている。
それでもセラの頭巾はすでにふっ飛ばされ、銀糸の髪があらわになって熱風になびいていた。
リズはスカートを焦がしているが、ハルバードにも返り血がついている。すでに妹紅を殺せているようだ。
そんな大惨事な有り様が、室内で、ロビーで繰り広げられている。
炎があっちこっちへ飛び散って、床や壁や天井に衝突して紅くデコレーションしている。
「なっ、ななな……何してるのよぉぉぉぉぉぉ!?」
入口から悲鳴が響き渡り、全員の攻防の手がピタリと止まる。
一様にイリヤを見て、メイド達がペコリと頭を下げた。
それらを無視してまず、妹紅へと指を突きつける。
「モコウ! こんなところで弾幕ごっこなんて、どういうつもり!?」
「ロビーを防火仕様にしたから試してた」
あっさりと、割と納得できる理由を言われてしまった。
「仮に敵サーヴァントが攻め込んできた時、城内で戦場になる可能性が高いのはここだからな。それに私の炎抜きでも防衛力は上がるだろ。という訳で私達三人で防火剤を塗ったり耐火結界を貼ったり色々やってみた」
「…………なるほど、分かりやすいわね」
「どうせだからと弾幕ごっこで耐火性能を実験してたら盛り上がっちゃって、旦那に3枚、リズに2枚もスペルを破られちゃったよ」
セラとリズだけでは一勝するのも珍しいのに、バーサーカーが参戦した途端これである。
しかも見る限り、バーサーカーは防戦メインの手加減モード。
わぁい、さっすがー。バーサーカーは強いね!
唯一戦績なしのセラが口惜しそうに拳を握る。
「ぐぬぬ……わ、私だって何発かモコウにかすらせましたのに……」
「
グレイズ――僅差で避けた方が隙は小さいし、見栄えもいい、というのは分かる。
得点ってなんだ。
妹紅を撃ち落としまくってるバーサーカーは得点王か。
「むう……防火ねぇ……」
ぐるりとロビーを見回してみれば、何箇所か壁にススがついているものの、炎上しているものは何も無かった。汚れたら困る調度品は片づけられているが、階段に敷かれた赤いカーペットもススで汚れているだけで、燃えてはいない。
威力重視のスペルだったらどうなるかは分からないが。
「あー、でも、さすがにもうしばらくスペル続けてたら不味かったか?」
「実験だと忘れて馬鹿火力を披露するからです」
「本気でやれって言ったのセラ」
「火力を上げろとは言ってません! 弾幕ごっこなのですから、低火力でも当たればそれで決着でしょう? 殺し合いではありません。それにスペルの美しさを競うものならば、アインツベルンに相応しき優雅で華麗な――」
乱れた髪をかき上げながら、セラは弾幕ごっこの自論を並べ始めた。
弾幕ごっこの本家本元は幻想郷で、妹紅は幻想郷から来た蓬莱人で、セラはその妹紅とここ最近弾幕ごっこしているだけなのに。
ああだこうだ言い合ってるセラと妹紅を放って、リズは主の元へと歩み寄ってくる。
「おかえり、イリヤ」
「うん、ただいま」
「ごめんね。イリヤ、弾幕ごっこ見るの好きなのに」
「んっ、別にいいよ」
以前、弾幕ごっこを見逃した時は悔しかった。
あんなにも楽しくて美しいものを、見逃したくはなかった。
でも今日は。
弾幕ごっこよりステキな時間をすごせたから。
「それに、防火仕様にするのは悪い事じゃないし」
「これなら明日から、寒い外に行かなくても弾幕ごっこが見れるね」
「ああ――うん、そういうのもあるか」
「思いついた時、セラもモコウも嬉しそうだったよ」
寒いのには慣れているけど、寒いのは苦手。
そんなイリヤを気遣うのは従者として当然の事。
それでも、その心配りを素直に嬉しいと感じられる健全さが今のイリヤにはあった。
でもわざわざ表に出したりはしない。
「どういう経緯で防火しようなんて事になったの?」
「モコウが掃除して、セラがチェックして、なんか言い争ってたらいつの間にか」
「まったく、こっちはいつ焼き討ちに来るかヒヤヒヤ――」
ヒヤヒヤは別にしていなかった。
すぐに忘れて衛宮邸散策に夢中になって、思い出したのは帰り際だったので。
今頃、セイバーが屋根に登ってアヴェンジャー襲撃に備えているのだろうか。想像すると滑稽で笑えてしまう。
そうなったら夕食も屋根の上で食べるのかな?
「――そういえば、みんなでずっと耐火改造と弾幕ごっこをしてたのよね?」
「うん、楽しかった」
「…………夕食はどうなってるの?」
思いも寄らぬ事を言われたとばかりにリズは
10秒ほどかけて復活し、トコトコとセラと妹紅のところへ歩いて行き会話を中断させる。
何事かを伝えると、妹紅は首を横に振ってセラを指差す。
直後、セラも首を横に振ってリズを指差す。
リズも首を横に振った。
そうやってしばしの間、三人は見つめ合っていた。
「……リズ! セラ! モコウ! 夕飯の支度、遊び呆けて忘れてたのね!?」
「楽しくて忘れてた。ごめんなさい」
「もっ――申し訳ありませんお嬢様! ただちに! ただちに支度を――!!」
「イリヤこそ街帰りならなんか買ってきてないの? タコヤキとか」
この期に及んでふてぶてしい妹紅。
そしてやっぱり海の幸をご所望か。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◇
夕飯の準備も下ごしらえも何もしていなかったため、セラと妹紅の共同戦線かつ雑な夕食が出来上がってしまった。パパっと食べておしまい。特筆する事もない。
――士郎達の夕食は何だったのだろう。
その後、適当にくつろいだり、お風呂に入って疲れを流し落としたりする。
その間、アインツベルンの森に来訪者は無かった。
やはりバーサーカーとアヴェンジャーの二枚看板に、他の連中が恐れ慄いてるのだろうか。柳洞寺では五人がかりで袋叩きにしておいて、二人も返り討ちに遭いもすればそうなるか。
聖杯戦争をどう戦うかは、お城でのんびり
士郎に会うなら昼間に行けばいい。
だから今の状況は予定通りではあるのだが。
セイバー組もアーチャー組もランサー組もちっとも来ない。ちょっぴり退屈だ。
無為な睨み合いが続くようなら、軽くつついてやるのもいいかもしれない。
けれど今つつきたい相手は、むしろ――。
夜が更けた頃、イリヤは熱情に浮かされて自室を抜け出した。
他の誰でもない――これは、自身がやらねばならぬ事だ。
忠実で無垢なメイドも、忠実で力強いバーサーカーも頼れない。
イリヤ一人で勝ち取らねば意味がないものだ。
さあ行こう。
――――物語の外に隠れていた少女を、捕まえるために。