イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第26話 月下狂乱

 

 

 

 戦力差が――覆されつつあった。

 セイバーは魔力切れでまともに戦えず、衛宮士郎は戦力外の三流魔術使い。遠坂凛は才気豊かなれどまだ若い。アヴェンジャーの引いた灼熱のデッドラインを越えられるはずもなかった。

 だが、アヴェンジャーが唯一殺してはいけない衛宮士郎の奮闘によって足止めは成功。セイバーが前聖杯戦争の記憶を頼りにアインツベルンの自動車を盗み出し、駆けつけた。

 しかもアヴェンジャーを轢いて重傷を負わせるオマケつきだ。

 その戦果がもたらした活路を前に、士郎はよろよろと立ち上がった。自動車は目の前に停車し、ドアを開いてくれている。

 凛も殴られて痛む腹を抑え、よろめきながら自動車に懸命に駆け寄っていく。――なぜサーヴァントであるアヴェンジャーが、車に轢かれてあれほどの重傷を負っているのか。騎乗スキルに合わせて魔力を車にまとわせていたなら話は分かる。だが今のセイバーにそんな余力は無い。

 だがそんな疑問を考察している暇は無い。車にたどり着き、士郎に肩を貸して助手席を覗き込み――毒づく。

 

「っ……この車、後部座席がないじゃない!?」

「遠坂……お前が、乗れ……」

 

 自分の命を勘定に入れない馬鹿の説得は手間だ。

 しかし、即座に。

 

「――――セイバー、トランク開けて! 私はそっちに乗って援護する!」

 

 凛は解決策を提案して士郎を助手席に押し込める。

 セイバーはすぐトランクのロックを外した後、身を乗り出して士郎のシートベルトを閉める。

 凛はその間にトランクに自身を押し込んで、アヴェンジャーへと指先を向けると、有無を言わさず赤い宝石を投げ放った。

 

 アヴェンジャーはすでに、士郎によって両腕を切断された挙げ句、セイバーによって轢かれており腹が潰れて臓物を撒き散らせている。満身創痍――しかしそれがまったく当てにならない相手なのだから、手加減や同情などしていられない。

 腕を切り落とす前に、手を切り裂いた時に、周囲に散らばったアヴェンジャーの発火符。

 それらはまだ、ボロ雑巾のような彼女の周りに落ちている。

 そこに赤い光弾を撃ち込んでやった。

 発火符に引火し、派手な爆発を引き起こす。

 

「――――ッ!?」

 

 灼熱が五体を引き裂いていく。

 リザレクションする間もなく、アヴェンジャーの全身は爆炎の中に消えた。

 どうせ復活されるなら、自分の意思で死なれるのではなく撹乱をさせてやるという狙いだ。

 

「出して!」

 

 メルセデス・ベンツェのエンジンが唸る。

 ライトで夜の闇を照らしながら、時速五十キロほどのスピードで走り出した。

 夜の森、しかも舗装されてないとなれば、そんな速度で走るのは自殺行為だ。

 しかしそれを可能とする高い騎乗スキルを、セイバーはクラススキルとして持っている。

 

()()()の愛馬は凶暴です! 振り落とされないようご注意を!」

「アイリ――って、誰よ!?」

 

 シートベルトなんてもの、トランクには当然ついていない。

 必死に車体にしがみつきながらも、凛は後方への注意を怠っていなかった。

 だから当然、最初に目撃する。

 爆心地から飛び出してくる追跡者の姿を。

 

「泥棒ぉぉぉー! それは()()()の愛車だぁぁぁ!」

 

 アヴェンジャーは紅いコートを喪失しており、普段通りの紅白衣装となっている。

 その表情は怒りに染まっている。背中から翼状に炎を噴出させて推進力とし、さらに木々より高く飛翔する事で一切の障害物を排していた。

 木々を避け、蛇行しながら逃亡するセイバーのメルセデスと違い、アヴェンジャーは直線!

 追いつくのは時間の問題。しかも、さらに、進行方向の先を狙って高速の魔力弾を放った。

 

 セイバーはハンドル、アクセル、ブレーキ、ギアのすべてを駆使して自由自在にメルセデスを操作し、追跡者の弾幕を回避しながら背筋を冷たくさせる。判断ミスひとつが敗北に繋がる。

 信じるのはAランクの直感と魔力の気配、そしてサイドミラーにチラチラと映る妹紅の姿。バックミラーは使用できない、トランクが開きっぱなしで後ろの様子がまるで分からない。

 車体全体を魔力で覆って防御できればいいのだが、今のセイバーにそれほどの魔力は残っておらず、エンジンに当たりでもしたら逃亡は失敗に終わるだろう。

 

 メルセデスが細い道に入り、左右への回避が不可能となったタイミングでアヴェンジャーの弾丸が迫る。セイバーは即座にブレーキを踏んでやりすごし、直後にアクセルを踏み込んで加速。

 その急激な動作についていけず、凛は大きく体勢を崩してトランクの蓋に頭をガツンとぶつけていた。しかし涙目になったのは痛みのせいではなく、きっと残り少ない宝石のため。

 

「こぉんのぉぉぉ!」

 

 アヴェンジャーの弾幕を阻止するため、出し惜しみせずガンドを連射する。

 だが障害物のない空を自由に飛び回るアヴェンジャーに当たるはずもない。

 

「このままでは追いつかれます!」

 

 セイバーが叫ぶ。

 助手席の士郎は疲労困憊して動けず、トランクの凛はろくな牽制すらできない。

 

 破滅が刻々と迫っていると自覚し、凛は心臓が物理的に圧迫されていると錯覚した。

 

 遠からずアーチャーも倒されるだろう。

 そうしたらバーサーカーも追ってくる。

 車がこの速度を維持できれば逃げ切れるだろうけれど、それはアヴェンジャーが許さない。

 予想外の活躍をした士郎もすでにダウンしている。

 右手の甲を見る。

 アーチャーの令呪がまだ残っている。まだ生きている。

 だから、あきらめる訳にはいかない。

 

 考えろ――生存の手段を!

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 粉塵の舞う荒涼とした大地に、多種多様な無数の剣が突き立てられている。

 暗い夕焼け空を背に、巨大な歯車が回り続ける異質な世界。

 

 その戦場で相対するは赤衣のアーチャーと、巌の如きバーサーカー。

 そして銀色の少女イリヤだった。

 

 アインツベルンの城ではない"別の空間"に三人はいる。

 

 サーヴァント二人はすでに満身創痍。

 アーチャーは致命傷を幾度も避け続けているが、暴風の如き斧剣の乱舞がほんの少し身体をかすめるだけで、体力も魔力も痛ましいほど削ぎ落とされてしまう。

 バーサーカーも重傷だった。両足は融解しかけており、首には切断された跡があり、腕はかろうじて肘についている。肩から股下までを貫かれ、胸からは大量に血が流れている。

 

「なん……で……」

 

 イリヤは震えていた。驚きが、怒りが、悔しさが、まさしく腸を煮えくり返らせていた。

 あんな無名のサーヴァントに。どこの誰とも知らない英霊に。

 妹紅ですら、全身全霊をかけた自爆攻撃でようやく1回殺すのがやっとだったバーサーカーを。

 アサシンですら、集団戦の最中で隙を突いて1回殺すのがやっとだったバーサーカーを。

 キャスターですら、殺せなかったバーサーカーを。

 

 こんな奴に一対一で、5回も殺されてしまうなんて。

 

「フッ――もはやこれまでか」

 

 足から血を流し、もはや立ち上がる事さえできないアーチャー。

 額から流れた血に片目を塞がれながらも、剣を携えて悪あがきを続けようとしている。

 

「せめて、もう1つはもらっていく」

「……ふざけないで……何でよ、何でお前なんかに……わたしのバーサーカーが……!」

 

 イリヤの怒りは収まらない。

 涙ぐみながらアーチャーを見据え、精いっぱいの意地を張り続ける。

 

「フンッ。()()()()に引きずり込んだまではよかったけど、所詮はこんなものね。……弓兵じゃなく、魔術師だったのには驚いたわ。つまり貴方はアーチャーとして半端者、出来損ないのサーヴァントよ!」

 

 なじりも、そしりも、慣れているのかアーチャーはどこ吹く風だ。

 言われずとも分かっている。そんな態度がますます気に入らない。

 

「宝具を持たず、宝具を()()して戦うなんて……そんな英霊! わたしは知らない! そんなの許さないんだから……バラバラに引き裂いて殺して上げる!!」

 

 激情に身を焦がしてイリヤは吼える。

 全身から純粋な殺意を撒き散らし、憎悪すらも抱き始めてしまう。

 しかし。

 

 

 

「相変わらず容赦が無いな……イリヤ」

 

「っ…………」

 

 

 

 イリヤ、と呼ぶ声に、聞き覚えがある気がした。

 誰かが、同じような声色で、イリヤを呼んだ事があった気がした。

 でも、こんな男は知らない。こんな英霊は知らない。

 悪戯に惑わす嫌な奴。

 抹殺し、抹消せねばならない。

 

「――馴れ馴れしく、わたしの名前を呼ばないで! わたしのサーヴァントでも、()()でもないくせに!!」

 

 数々の侮蔑や罵倒。バーサーカーの猛攻。確約された死を前にしても。

 闘志と使命によって屹立していた男の貌に、わずかな影が差す。

 泣きたいのに泣けないような、遠い過去へ想いを馳せるような。

 分からない。

 気に入らない。

 そんな顔をするアーチャーが許せなかった。

 そんな顔を見せるアーチャーが疎ましかった。

 

「――今すぐ殺して! バーサーカー!!」

「■■■■――ッ!!」

 

 小さき主が嘆いている。

 小さき主が命じている。

 なれば、命を五度(ごたび)奪われ、傷ついた身体であろうと。

 その役目を果たすため前へ、前へ、前へ。

 猛る狂戦士は、死の暴風となってアーチャーに迫る。

 もはやこれまで。観念し、覚悟し、アーチャーは最後の一刀を構える。

 

 思い出すのは、月明かりを背に立つ金砂の髪。

 借り物の夢を見て、借り物の理想を歩まんとする、古い鏡。

 凛々しく、気高く、憧れを抱く――そんな少女。

 

 凛の声が、聞こえた気がした。

 

 

 

『令呪を以て命じる! 今すぐ来て、アーチャー!』

 

 

 

 凛の声が、聞こえた。

 

 お蔭で迎撃のタイミングを見失い、意識の空白へとバーサーカーが突っ込んでくる。

 回避も、防御も、迎撃も、もう何もできない。

 だというのに、アーチャーの身体はみずからの放つ光の中へと溶けて消えた。

 同時に、世界が崩壊する。

 アーチャーの魔術によって生み出されていた風景が消滅し、イリヤとバーサーカーは冬の城のロビーへと放り出される。

 あの空間に引きずり込まれる以前、アーチャーが照明器具を壊し、上階すらもぶち抜いてバルコニーにまで通じる風穴を開けてくれたお蔭で、スポットライトのように射し込む月明かりが二人を照らしていた。

 

「…………えっ?」

 

 間の抜けた声を漏らし、イリヤは呆然とする。

 敵を見失ったバーサーカーも戸惑いながら周囲を見回すが、小さき主以外の気配は感じられず、その場にガクリと膝をつく。

 アーチャーにつけられた無数の傷によって体力と魔力を大きく削られていた。

 

「リンの仕業ね。もう少しのところで、邪魔を――!?」

 

 そこでようやく、イリヤは気づく。

 アーチャーに逃げられたというだけではすまないと。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 追いつける。遠坂凛を狙いやすい。

 そう判断して、アヴェンジャーは振り上げた右腕に火力を慎重に調整する。

 闇夜を照らす紅蓮の不死鳥。こいつをトランクの中に撃ち込んでやれば、凛は蒸し焼きになって絶命する。しかし自動車が爆発しない程度に加減しなくてはならない。謎の回復魔術を使う衛宮士郎と言えど、あの負傷で爆発に巻き込まれたら死んでしまう。

 

「鳳翼――」

 

 火の鳥を繰り出そうとした瞬間、凛のかたわらに光があふれた。

 光から、赤い衣が出現する。

 狭苦しいトランクの内側に、もう一人、見知った男が押し込まれた。

 

「――アーチャー!?」

 

 バーサーカーと戦っているはずの男。

 まだ生きていたのも驚きならば、こんなところに転移して来るのも驚きだった。

 同様に、アーチャー自身も驚いていた。

 三画目、最後の令呪。

 それを抱え落ちしてしまうほんの一秒前という絶好のタイミングで切られるとは。

 

「これは――?」

「アーチャー! アヴェンジャーを迎撃!」

「ッ! 了解した――!」

 

 狭苦しいトランクの中、肌を密着させている凛のぬくもりを感じながら、アーチャーは愉快そうに笑って弓を投影し、剣を矢へと変化させて番える。

 片目が塞がり、狙いをつけにくいという理由で選んだこの剣――なんとも都合がいい。

 

赤原猟犬(フルンディング)!!」

 

 超高速で射出され、流星と化した剣がアヴェンジャーを狙う。

 視認後に避けるなど不可能な速度。故に、アヴェンジャーが回避に成功したのは事前に射線を読んでいたからだ。弾速の余波によってかき乱れた気流でバランスを崩しながらも、右手で燃え盛るフェニックスは火力を些かも衰えていない。

 

「次はこちらの番だ! 今度こそ死ねぇ!」

 

 第二射も、七枚の花弁の盾も、もう間に合わない。

 負傷したアーチャーならばこの火力でも焼き殺せるだろうと、火の鳥を繰り出そうとし――。

 

「魔力を溜める時間は足りなかったが、お前ならばこれで十分だろう」

「なに――!?」

 

 アヴェンジャーの胸元から、骨肉を破って紅い光弾が飛び出した。

 衝撃の方向から、それが背後からの狙撃だと気づいたアヴェンジャーは、そのトリックに気づいて忌々しげに表情を歪める。

 

「追尾……弾……!」

「御名答」

 

 アヴェンジャーの死体はそのまま地面に墜落し、ゴロゴロと数メートルほど転がる。

 不死性はバーサーカー以上だが、耐久力は人間レベルという短所を鮮やかに狙い撃てた。

 その間にセイバーはメルセデスの速度を上げ、一気に距離を稼ぐ。

 一際大きく車体が揺れる中、アーチャーは会心の笑みを浮かべる。

 

「――フッ。無事で何よりだ、マスター」

 

 それに対し凛は、馬鹿を見るような目で睨み返した。

 

「あんたねぇ……相手はアヴェンジャーなのよ? どうせすぐ復活するんだから余所見なんかしてんじゃないの! ほら、第二射構えて!」

「…………凛。もう少しこう、ねぎらいとかは……」

「車を壊されたら、今度はバーサーカーも追いついてくるわよ! それとも何? 宣言通り、バーサーカーを倒せちゃった訳?」

「…………冷静で判断力に優れるマスターで助かるよ」

 

 ぼやきながらも、アーチャーは嬉しそうに弓を構えた。

 ――目元に浮かんでいた涙には、気づかない振りをしておいてやる。

 こんな可愛い照れ隠しを見られただけでも僥倖というものだ。

 

 一段落ついたのを察し、セイバーは安堵のため息をつく。

 隣で眠っている士郎も、剥き出しになった腹の火傷が少しずつ治癒を始めている。命に別状はないだろう。

 その後も追っ手は向かってこず、四人は無事に森を抜け出した。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 メルセデスで夜の国道を突っ走り、無事、深山町へとたどり着く。

 衛宮邸のすぐ手前の道路にメルセデスを駐車し、ほうほうの体で家に上がる。

 

 士郎は投影の反動と、胸部の裂傷に腹部の火傷。

 セイバーは魔力切れ寸前。

 凛は宝石の九割、そして令呪を使い切った。

 アーチャーは重傷。

 

 被害は大きいが、誰一人として喪う事なく生還した。勝利と言っていい。

 士郎も車の中で数時間の休息を取ったためか、謎の治癒能力によってすでに腹部の火傷は回復している。投影の反動も思ったより深刻ではなかった。凛に呑まされた宝石のおかげだろう。

 

 だから結局、一番つらい状況なのは依然セイバーのままだった。

 すでにいつ消えるか分からない状況だというのに、唯一の騎乗スキル持ちとして数時間の運転をしたのだ。

 ――逃亡には役立った。しかしもう、セイバーは完全に戦力外へと落ちてしまった。

 しかも。

 

「まさかアヴェンジャーだけじゃなく、バーサーカーまで蘇生能力を持ってるなんてね……」

 

 アーチャーから報告を受けた凛は、その恐るべき事実に戦慄する。

 命を奪っても自動蘇生する脅威の宝具。一か八かの博打や特攻が成功しても、命をひとつ削るだけに終わってしまうという悪夢のような能力。

 

 今夜の戦いは、こちらの勝利だ。

 しかしもう勝てない。

 圧倒的な戦力不足。勝機はもはやゼロに等しい。

 次に襲われたとして、果たして生き延びられるかどうか。

 仮に降参したとしても、イリヤは決して許さないだろう。個人的怨恨から必ず士郎と凛を狙ってくる。四人の命は風前の灯なのだ。

 

「こうなったら――セイバーに魔力を供給する以外にないわね」

 

 各々、居間でぐったりとしている中、凛はそう切り出した。

 

「遠坂。セイバーに魂喰いは――」

「召喚時にセイバーとパスは通っている筈なのよ。霊的なだけじゃなく、肉体的にも。だから魔力供給に難しい魔術は要らないわ。活力(エネルギー)を分け与えればいいんだから」

「……? だからその方法が……」

 

 士郎が首を傾げていると、不意にアーチャーが立ち上がった。

 顔をそむけたまま、妙に不機嫌な口調で言う。

 

「今夜はさすがにもう、イリヤとて攻めては来ないだろう。私はどこか適当な場所で休み、治癒に専念する。邪魔をするなよ」

「あ、ああ……」

 

 そう言ってアーチャーは外へと出て行ってしまった。

 方向的に土蔵にでも行ったのだろうか? 士郎の魔術工房でもあるあの場所なら、サーヴァントにとっても使いやすい環境ではあるのだろう。

 そして、三人切りになったのを確認した凛は爆弾発言を投下した。

 

「肌を重ねさせて魔力を同調させるわよ」

「なっ――!?」

「私も、サポートするから」

「なんでさぁぁぁ!?」

 

 士郎の絶叫が、夜の静寂(しじま)に響き渡る。

 いかに魔力供給のためとはいえ、そんな破廉恥な真似を、セイバーにするなんて……。

 だが、当のセイバーは。

 

「――シロウ、私は構いません」

 

 恥じらいに頬を染めながらも、あっさりと、その提案を受け入れてしまった。

 騎士として、サーヴァントとして、役に立てないという屈辱。聖杯を手に入れるため力が必要だという合理的判断。それから。

 きっと、理屈ではない想いもそこに。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 自爆及びリザレクション回数、5回。

 不意打ちで頭部爆発、セイバーにカウンターするための自爆はたいした死じゃない。

 だが霊刀による両腕欠損からの車で轢かれた挙げ句に爆殺と、背後から心臓を木っ端微塵にぶち抜かれた衝撃は相応の激痛と消耗があった。

 しかしバーサーカーやランサーの時に比べれば軽いものだ。

 せっかく買ったコートが台無しになってしまったが、凛とお揃いなのは格好悪いので構わない。

 体力の消耗はそれほどでもなく、まだまだ戦闘できるコンディション。

 

 それでも追撃を断念したのはアーチャーのせいだ。

 強力な射撃に炎を防ぐ花弁の盾まで使いこなす弓兵に守られた自動車を停止させるとなると、それはもう爆発させる勢いで攻撃するしかない。衛宮士郎も殺してしまう。

 

 イリヤの強い執着を思えば、そんな真似はできない。

 イリヤの強い執着を思えば、逃してしまった自分はこっぴどく叱られてしまう。

 

 ――妹紅の足取りは重い。

 

 城に戻ってみれば、アーチャーとの戦いのせいだろう、ロビーはボロボロに半壊していた。天井に空いた穴はてっぺんのバルコニーまで届いており、月明かりの中、全身傷だらけのバーサーカーが惨めに這いつくばっていた。

 

「この――役立たず! ノロマ! 木偶の坊! お前がもっと早くあいつを殺していれば!」

 

 そんなバーサーカーの頭を、イリヤが何度も蹴りつけている。

 赤い瞳は炎のように揺らめき、激しい怒りが怒声と共に撒き散らされている。

 ――これほどまでに怒っているイリヤを、見た事はない。

 できれば今すぐ逃げ出したいが、バーサーカーの有り様を見ていれば放っておけない。

 

「ただいま」

 

 声をかければ、烈火の眼差しが鋭く妹紅を射抜いてくる。

 ほんの数瞬、拳を握りしめて堪えながら、妹紅の周囲に他の人影がない事を確かめる。

 誰もいない。妹紅だけだ。

 イリヤはブルブルと震え出した。

 

「――モコウ。お兄ちゃんは、どこ?」

「…………逃げられた」

「そう。……セイバーとリンはどうしたの? 殺した?」

「………………逃げられた」

 

 イリヤは誓った。今日は一人も逃さないと。

 しかし蓋を開けてみればどうだ。

 バーサーカーはアーチャー如きに手間取り、命を5回も散らした挙げ句に仕留められず、妹紅もまた士郎を逃してしまった上、誰一人仕留められなかったとは。

 アインツベルンが誇る最高傑作、イリヤスフィールは、言い訳のしようがない完全敗北の屈辱に腸を煮えくり返す。しかし声色は冷たい。

 

「ふうん……空を飛べて、弾幕を放てるくせに……逃しちゃったんだ」

「……自動車、セイバーに盗まれた挙げ句、アーチャーも来て、それで……ごめん」

「…………盗んだ? あの車を?」

 

 イリヤの、わずかに残った冷静な心が思案する。

 第四次聖杯戦争でもあの車、メルセデス・ベンツェは使用された。セイバーならその存在や車庫の場所を知っていてもおかしくない。

 だがそれは十年も前の事だ。まだ同じ場所に自動車があるかも分からないのに――。

 そこで、イリヤは思い出してしまう。

 

「――モコウ。貴女、わたしが部屋から出てった後……お兄ちゃんとお話、してたよね?」

「ん、ああ……」

「その時、車でお兄ちゃんを運んだって……貴女が教えた」

「あー…………そう、だな」

「モコウ。こっちに来て」

 

 失態を悟り、観念してマスターの元へ向かう。

 一歩一歩が重たい。しかし、全身傷だらけで足蹴にされている旦那よりはマシなはずだ。

 妹紅と違って蘇生に手間取り、回数制限もあるのだから、ここは自分が身体を張らねば。

 

 イリヤの前まで行くと、パシンと、有無を言わさず頬をはたかれた。

 

「こ……の……バカモコウ!!」

 

 続いて足首を蹴られる。二度、三度と繰り返され、どうやら殴りやすいよう屈ませたいのだと気づいた。支える力を抜いてやれば足首は綺麗に払われ、わざとその場に尻餅をつく。

 イリヤの細腕が、今度はグーを作って妹紅の頬にペチペチと嬲る。本人は全力で殴っているつもりだろうが、憐れなほど非力だった。

 

「せっかく、せっかくサーヴァントにして上げたのに! 可愛がって上げたのによくも! 一番大事なところで、よくもこんな――不死身にかまけて強そうな振りをして、偉ぶっておきながらこんな醜態を――! 無能の、身の程知らずの、役立たず!! こんな有り様で聖杯の分け前が欲しいですって? ふざけないで! これから馬車馬みたいに働かせてやるんだから……!」

 

 髪を掴まれ、力いっぱいに引っ張られる。

 非力なイリヤの凶行であっても、さすがにこれは相応に痛い。

 思わず片目をつぶり、表情を歪めてしまう。すると今度は平手で頬をはたかれた。

 

「聞いてる? 反省してる? 死に損ないのセイバーに出し抜かれるなんて!!」

 

 髪を握る手によって、引きずり倒される。硬く冷たい床に側頭部を打ちつけ、眼前に靴が迫る。

 ――士郎は蹴らなかったな。

 そんな事を思い浮かべている間に、ガツンとした衝撃が眉間に激突した。眼球よりはマシだ。

 

「言い訳があるなら言ってみなさい! モコウがどんなに弱くて、情けなくて、格好悪いかを、わたしに説明してみなさい!!」

 

 仰向けにひっくり返されたところで、腹を痛烈に踏みつけられる。

 内臓を圧迫される苦しみが込み上がり、弁明より先に喘ぎが漏れた。

 苦しいという感覚がグルグルと腹の周りを回る。

 

「げほっ……! ……ごめん。役に立てなかった」

「この……!」

 

 イリヤはかかとに力を込め、これでもかとばかりに腹をねじってきた。

 容赦が無いな……しかし仕方ないと、妹紅は自嘲する。

 実際、今まで散々と大言壮語を吐いておいてこの有り様だ。

 有言実行もできない、弱っちい人間なのだ。

 

「説明しろって、わたしは、言ってるの!」

「セイバーには車で轢かれて、凛には宝石魔術とやらで爆破されて、士郎には両腕切断された。それとアーチャーの矢で心臓ぶち撒けた」

「はぁっ、はぁっ……お兄ちゃん……? お兄ちゃんが、何をしたの?」

 

 ひとつ、大きな違和感を抱く報告にイリヤは食いついた。

 たとえ士郎のような三流魔術使いに失態を犯したとしても、妹紅が両腕を切断されるなど、いったい何がどうなれば起こるのか想像できなかった。

 

「アーチャーから、魔術だか、技だか習ってたのかな……白黒の双剣、あれって何なの?」

「……なんですって?」

 

 イリヤの暴行が止まり、腹の上の足がわずかに軽くなった。

 何か気にかかる事でもあるのだろうか。

 

「いやだから、アーチャーが使ってた白黒の双剣、士郎も使ってた。手ぶらだったんだけど、どこからか取り出して、不意突かれたせいで両腕落とされたわ。……あれって分裂したり、受け渡したり、取り出し自由な宝具だったりする?」

「…………まさか……投影……?」

「……ああ、そういや遠坂凛の奴も、そんなようなコト言ってたかな。……イリヤ?」

 

 月光の中から、月光の外へとよろめき出るイリヤ。

 その表情が闇に隠れる。

 暗く暗く、世界が沈む。

 深く深く、推測を覗く。

 

「――フンッ。アーチャーが誰だろうと、わたしには関係ないわ」

 

 月明かりの中にバーサーカーと妹紅を残し、イリヤはその場を後にした。

 背中を向け、振り向きもせず。

 サーヴァント達を置いてきぼりにする。

 

 残された二人はしばしそのままの姿勢でいた。

 床に這いつくばる巨漢と、床に寝転がる紅白少女。

 月明かりと共に降りてくる冬の外気が心身を嬲っていく。

 

「……旦那」

「…………」

「……私とイリヤ、どっちが可哀想に見えた?」

「………………」

 

 バーサーカーは答えない。理性や思考能力も狂化のせいでおかしくなってるし、質問の意味さえ理解できていないかもしれない。しかし。

 多分、同じ答えを抱いているはずだと妹紅は思う。

 どこかで、女の子が泣いている気がした。

 

 夜は深まっていく。

 冷たく、暗く、夜が這い寄ってくる……。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 ――冬木市ハイアットホテル。その最上階のスイートルームには夜景を冷たく見下ろす金髪の青年と、ソファーに背中を預けて偉そうに踏ん反り返っている間桐慎二の姿があった。

 力に酔いしれている間桐慎二は、砕けた態度で己の新しいサーヴァントにアレやコレやと自慢話や自分語り、他者への侮蔑や文句を言い続けており、敵勢力の話題へと移行した。

 

「それでさぁ――そのアインツベルンのマスターってのがホント生意気なんだよ。サーヴァントを二人も連れてるからっていい気になって、自分のサーヴァントが一番強いって思い上がってる。こんなの許せないだろ? だって、一番強いサーヴァントはお前なんだぜ!? だから……」

 

 地上に蔓延る雑多な命、消費文明の光。

 それらを効率的に裁定すべく、金髪の青年には聖杯が必要だった。

 だが、サーヴァント同士の殺し合いなどといった座興は雑種同士でやればいい。己が相手をするのは真なる英雄のみ。

 今のところ、お眼鏡に適う相手は二騎。――セイバーとバーサーカー。

 後者はまだ直接見た訳ではないが、情報通りギリシャの英雄ヘラクレスならば相手取る資格はあると判断する。神々に振り回された半神という身の上にも幾ばくかの共感を覚えた。

 また、アヴェンジャーを名乗る不届き者がどのような神秘を宿しているのかも少しばかり興味がある。ゲイ・ボルクに心臓を貫かれながら平然と生き返る奇跡が、今の地上に現存するというのも不可解だ。

 

「よかろう。――特別に(オレ)みずから間引いてやるか」

 

 金髪の青年の唇が、酷薄な弧を描く。

 

 

 




 士郎達が物凄いがんばって、巡り合わせもあり原作以上の成果をもぎ取った。
 第25~26話はそういうお話のつもりで書きましたが、妹紅を冷遇してるように見えたのなら申し訳ありませんでした。
 イリヤ狂乱は妹紅との熱烈な絡みでありつつ、妹紅の心情に強い影響が……。
 次回から金ピカ編になります。
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