イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第27話 夢見るように眠りたい

 

 

 

 衛宮士郎を捕らえておきながら、凛達を誘い込んでおきながら――。

 結局全員に逃げおおせられるという大失態を演じた翌朝。

 イリヤは、妹紅の前に姿を見せなかった。

 

「セラ。イリヤは……?」

「……お嬢様は自室で朝食をすませています。リズもそちらに」

 

 露骨に避けられている。

 せっかくのリズの手料理も、今朝は味気なく思えてしまった。

 さみしい食事を終え、今日も今日とて日課に励もうとするが。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 天井に穴が空き、瓦礫が散らばったロビー。

 そこにいるのは妹紅と、セラと、バーサーカーだけだった。

 弾幕ごっこの観賞を喜びとしていた少女は見当たらない。

 

「……イリヤはまだ来ないの?」

「部屋に閉じこもってます」

「……リズはどうしたの?」

「お嬢様に付き添っています」

「……マーキングしなくていいの? アレしとかないと困るだろ、色々」

「別に必須という訳ではないでしょう、それに――」

 

 軽やかにターンし、メイド服のスカートをなびかせるセラ。

 ビシッと妹紅を指さして、自信たっぷりの笑みを浮かべる。

 

「リザレクションしたらマーキングの髪も燃えてしまうのですから不要! 今日こそその命、この手で散らして差し上げます!!」

「リズ抜きじゃ無理だろ……旦那も参加する?」

「不要! 不要です! 今日こそは、私一人でモコウを殺す! 殺して見せます!」

「すごい張り切ってるね」

「昨晩、醜態を晒した貴女へのお仕置き。そしてアインツベルンのホムンクルスの素晴らしさを立証する事によってお嬢様を励ますという完全で瀟洒な作戦です!」

 

 瀟洒(しょうしゃ)――垢抜けてる様。洒落てる様。

 幻想郷には完全で瀟洒な従者と呼ばれるメイドがいるらしい。

 

「瀟洒である必要はあるのか」

「ロビーはすでに防火仕様。存分に弾幕を放ち、そして首を出しなさい!」

 

 やる気満々。闘志の瞳が真っ赤に燃えて、メイド魂がオーラとなって揺らめいている。たとえるなら暗殺教団を統べるセクシーボイスの翁めいた雰囲気。

 これはアレだろうか。

 もしかして励ましてくれてるのだろうか。

 

「クッ――くくく、はぁっはっはっはっ。この身の程知らずめえ。上等だぁかかってこーい!」

 

 だったら仕方ない。

 妹紅もテンションを上げて、楽しく美しい弾幕ごっこを演じようじゃないか!

 

「いっくぞぉー! 今日のスペルは! インペリシャブルシューティング!!」

「うおおー! モコウ覚悟ぉー!」

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 ルールの無い世界では弾幕はナンセンスである。

 

 破壊と再生を繰り返す弾幕。

 隙間なく円形に広がった光弾が、さらに花のような形に広がった。

 さあ、おいでなさい。

 生まれた隙間に飛び込めば、弾幕は一度、元の形に戻って逃げ道を塞ぐ。

 けれどそれらはすぐに外へと弾け、円に入らなかった相手を拒絶し、撃ち落とす。

 後はそれの繰り返し。

 円は無数に誕生する。

 ひとつずつならともかく、二重、三重と重なれば、それを避け続けるのは大変だ。

 ペースも上がる。円の配置も変わる。

 次から次へと繰り返される目まぐるしい弾幕世界。

 死んでは蘇る弾幕劇場。

 

 もし入る隙間が用意されていなければ、弾幕は存在意義を失う。

 後は幽霊だけが住まう墓場となるだろう。

 

 弾幕の隙間は心の隙間。

 妹紅は踊る、弾幕の中で。

 セラは踊る、弾幕の中で。

 二人は踊る、弾幕の中で。

 心を重ねて二人は踊る。

 

 インペリシャブルシューティング。

 不滅の弾幕、永遠の弾幕、無限の弾幕。

 いつまでも、いつまでも。

 一緒に踊ろう踊り合おう。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 ロビーを彩る美しき弾幕の乱舞。

 その隙間に飛び込んだセラは渾身の力で魔力弾を放ち、眩き光が妹紅の顔面で炸裂する。

 

「あっ――」

 

 十分に威力の乗った殺傷力抜群の一撃は、ついについに念願の、藤原妹紅の絶命を達成した。

 妹紅の肉体が弾け、弾幕も弾け、すべては雲散霧消し決着の幕が降りる。

 観戦していたバーサーカーも思わず立ち上がり、セラは呆然と立ち尽くす。

 ――光の粒子が集まって、セラの前で不老不死の人間が復活した。

 

「イタタ……むう、とうとう抜かれたか」

「……えっ? あ、私……勝った?」

 

 激戦の中、セラはだいぶボロボロだった。

 スカートはミニスカートにされてしまったし、上半身は右肩だけ露出する奇抜なファッションとなり、頭巾は綺麗さっぱり脱げて銀色の髪がさらさらと流れている。

 真っ赤な瞳には戸惑いが浮かび、その奥からお星様のようなキラキラが飛び出してくる。

 思い出すのは、敬愛するお嬢様のお言葉。

 

 

 

『妹紅の弾幕を攻略して、負かせてやりなさい! これは訓練であると同時に、アインツベルンの誇りを賭けた実戦なのよ!』

 

 

 

 成し得たのだ。リズと違い戦いに不向きな自分が、失敗作である自分が、ついに。

 天の杯(ヘブンズフィール)で、推定幻想種で、サーヴァントの偽アヴェンジャーを務める、藤原妹紅を!

 

「やっ……やりましたー!! ついに、ついに念願の! モコウ打倒達成ー!」

「ハッハッハッ……そんなに喜ばれると悲しくて泣きそうだ」

 

 などと言いながらも、妹紅の口元には微笑が浮かんでいた。

 心なしかバーサーカーも和んでいるように見える。

 

「うふ、うふふふふ。さっそくこの戦果をお嬢様とリズにも報告しなくては」

「ハッハッハッ……今まで負けっぱなしだったのに、信じてもらえるかなー?」

「…………モコウ、バーサーカー! ちゃんと証言してくれますね!?」

 

 ビシッと指差し確認をされ、妹紅とバーサーカーは顔を見合わせる。

 

「……旦那は喋れないぞ?」

「モコウ! モコウはちゃんと証言しますよね? 誤魔化したら食事抜き!」

「はいはい、するする」

 

 さすがにこんな事を誤魔化すほどケチな人間じゃない。

 しかしここまで念入りに頼まれると、むしろ誤魔化してみたくなるのが人情だ。

 けれどセラの、花開くような笑顔を見ていると、そんな意地悪考えられない。

 

「フフッ――これでお嬢様が元気になられるといいのですが」

「――そうだな」

 

 ホムンクルス――心と知識を持って生まれ、作られた忠誠心を頑なに貫く生き物。

 ああ、なんて美しいのだろう。

 ひたすらに、ひた向きに、己の使命をまっとうしようとする生き様。

 歯車ひとつ間違えれば無残な事になりそうな存在だが、今、ここにいるホムンクルス達の在り方は美しい。イリヤという主のため、懸命に、できる事をやるその姿。

 

「……私も、もう少しがんばってみるか」

 

 妹紅はそう呟いた。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 中庭――かつて妹紅とバーサーカーが乱闘し、荒れに荒れてしまった場所。

 今はもうすっかり修繕され、以前のような美しさを取り戻している。

 そこに、妹紅はいつもの衣装――白いブラウスと紅い袴姿で立っていた。

 それを、セラが見送りに来ていた――メイド服に不釣り合いな、紅いマフラーを首に巻いて。

 

「モコウ、本当にコートはいいのですか? 私の物でよければ貸しますが」

「いいさ。ちょいと手柄を立てて、そのご褒美に買ってもらう。遠坂凛とは違うデザインのを」

 

 購入したコートは二着。一着目はセイバー達との初戦でイリヤに預け、発火符を起爆させて焼滅した。二着目は昨晩、士郎に斬られ、セイバーに轢かれ、凛に爆破された。

 おかげで真冬だというのに妹紅は軽装だ。セルフ暖房できるからたいして問題はないが。

 

「せめてお昼くらい食べていけばいいのに。今日は祝勝を兼ねて、血の滴るステーキと、新鮮で美味しいパインサラダにしようと思ったのですが……」

「おっ、おお……何だその食欲をそそる組み合わせは」

「……夕食に回しますから、それまでには一度、帰ってきなさい」

「うん、そうする」

 

 和気藹々としたやり取りをしながら、ふと花壇を見る。

 初めてここに来た時からは、こんな関係、とても考えられなかった。

 お互い信用せず、無関心だった。

 けれど料理担当のリズだけじゃなく、セラのご飯だって美味しいし、妹紅はご飯を美味しそうに食べるし、一緒に料理もした。

 弾幕ごっこは楽しいし、セラも熱心に打ち込んだ。

 ああ――人の縁とはなんと不可思議なものか。

 微笑を浮かべた妹紅の首元を、ふわりと温かい物が包む。

 おや? と思って視線を向ければ、セラが巻いていたはずの紅いマフラーが、妹紅の首に巻かれているではないか。

 

「――コートが不要なら、せめてマフラーくらいは着用なさい。その姿は見ている側が寒々しい」

「………………趣味に合わないマフラーしてるなと思ったら、もしかしてこれ……」

「たまたま! テキトーに購入した防寒着の中に紛れていただけの不要物を持ってきただけですしせっかくだから処分ついでに貴女に差し上げます感謝なさい」

 

 なんだか物凄い早口で言うもので、妹紅は二の句を告げなくなってしまい苦笑する。

 自分よりも十数センチも高い位置にあるセラの頬が、少しだけ朱に染まっているのは――気のせいという事にしておこう。

 

「わお。セラとモコウが仲良しだ」

 

 と、そこに。城内からリズがやって来た。

 ぎょっとして赤面してあわあわして、セラは一歩後退する。なんだこの可愛い生き物。顔が赤すぎてもう気のせいにできないじゃないか。

 

「り、りり……リゼーリトトッ! 何ですか急に。お嬢様のお加減はどうですか」

「イリヤ、もう怒ってないよ」

 

 リゼーリトトッ、もといリーゼリット、もといリズがあまりにも自然に言うので、妹紅はむしろ戸惑ってしまった。

 昨日あんなにも癇癪を起こしていたのに、どういう風の吹き回しだろう?

 

「そうか……イリヤ、どうしてる?」

「不貞寝。邪魔だから出てけって言われちゃった。モコウ、出かけるの?」

「ああ、ちょいと衛宮士郎さらってくる」

 

 昨日の今日、なんてのはお構いなしだ。

 イリヤがさらって、妹紅のせいで逃げられてしまった。

 だったら今度は妹紅がさらってくればいい。簡単な理屈だ。

 

「行ってらっしゃい」

「ああ、夕飯までには帰るよ。ステーキとパインサラダが待ってるからな」

 

 そう言って軽やかに、アヴェンジャー妹紅は歩き出した。

 イリヤのサーヴァントとして、やれるだけやってやりたい。

 そんな気持ちを胸に抱いて、アインツベルンの美しき庭園を踏みしめて――。

 

「――あっ。モコウ、そこは」

「えっ?」

 

 ガコンと、足元で音がして。

 庭園を彩る石畳がパックリと開いた。

 

「侵入者対策の落とし穴が」

「あーれー!」

 

 セラの注意虚しく、妹紅は真っ逆さまに落ちていく。

 ぐしゃりという人間として駄目な音がした後、フラフラと妹紅が浮かび上がってきた。

 真っ白な髪を、真っ赤に染め直した姿で。

 

「せっかく格好をつけたのに……締まらない人ですね」

「モコウ、どんまい」

 

 セラとリズに呆れられ、妹紅は顔すら紅く染めながら精いっぱい強がった。

 

「こんなのかすり傷さ」

「いいから一度死になさい」

 

 セラが冷たい。そりゃまあ死ねば綺麗さっぱりリセットできるけれども!

 妹紅は情けなくも涙ぐんでしまうのだった。ぐっすん。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 アインツベルン城から奇跡の大脱出を果たした翌日、2月11日の月曜日。

 朝から衛宮士郎の周りは騒々しかった。

 魔力供給を果たしたセイバーが妙に恥ずかしがっているし、凛も強がっているのかいつもよりツンケンしている上、昨日の投影魔術の件で詰問が始まった。

 

 投影魔術で作られた物体は通常、大幅に劣化する上にすぐ消滅してしまうのだ。

 しかし士郎の投影はアーチャーの宝具をかなりの精度で再現した挙げ句、士郎がダメージを負うまで消えなかった。

 というか子供の頃に士郎は無意識に物体の投影をしており、それがいつまで経っても消えなかったという。

 

「なんてインチキ……」

 

 とは凛の談。

 そしてアーチャーが宝具を次々と取り出し、使い捨てているのも、投影魔術だからではないかという疑いが出て、アーチャーはあっさり認めた。

 

「業腹だが、()()()()()()()()()という事か。まったく()()とは恐ろしいものだな」

「……………………ふーん。……ところで、自分がどこの誰なのか思い出せた?」

「いいや全然」

 

 凛から意味深な目で見られても、アーチャーはどこ吹く風を決め込む。

 凛は、色々と考えて……考えて……ひとつの解を思い描いた。

 しかし、それを口にする事はなかった。

 それに、それよりも優先すべき事案もある。

 

「さて、アインツベルン対策会議。アヴェンジャーとバーサーカーのインチキ蘇生組を倒す手段、ある?」

「ない」

「ない」

「ありません」

 

 事案終了。士郎とアーチャーはまったく同じ返答をし、セイバーも冷静に答えた。

 四人の未来も閉ざされている。

 セイバーの魔力は回復したが、それでもバーサーカーの宝具が強力すぎるのだ。

 アヴェンジャーは殺すより無力化を狙うべきだが、キャスターレベルの魔術や専用の宝具でもなければ難しそうだ。魔術で眠らせて放置なんて手が通用すればいいのだが。

 

「……実は一番有効かつ、一番簡単な方法もあるんだけど……」

「なんだって!?」

「本当ですか凛!」

「……やめておけ。反対されるのは明らかだ」

 

 希望にすがろうとする士郎とセイバーを他所に、アーチャーは困ったように顔をそむける。

 凛も反対されるのを承知済みでそれを口にする。

 

「マスターであるイリヤを倒せば、バーサーカーも消えるはずよ」

「それは駄目だ、イリヤは傷つけさせない」

 

 間髪入れず士郎が拒絶する。

 セイバーもうつむいて黙り込んでしまった。出来得るならイリヤを殺したくはない。しかし、いざ聖杯が目の前となった時、あるいは士郎の命が危うくなった時、きっと自分は――。

 アーチャーもしばし黙考する。

 凛の言葉には抜けている部分があった。

 

「アヴェンジャーも消えると、なぜ言わない?」

 

 指摘され、凛は頬杖を突いてため息をひとつ。

 

「……正直、よく分かんないのよね。もしかしたらあいつ、マスター無しでも平気かもしれない」

「……私のように単独行動スキルを保有している、という意味ではないのだろう?」

「そもそも、サーヴァントが八騎召喚されてるってのがおかしいのよ。もしかしたら、英霊じゃないナニカが聖杯戦争に紛れ込んでいるのかも。今まで出会ったサーヴァントの中で、そのナニカに該当しそうなのはアヴェンジャーよ」

「……サーヴァントではないかもしれない……以前もそう言っていたな。しかし、だとするならばあいつは何だと言うんだ?」

「…………真祖とか、第三……ううん、確証も無しにいい加減な事は言えない。アインツベルンが人数オーバーの召喚をやってのけた可能性だってまだあるもの」

 

 自動車に轢かれて瀕死に陥ったアヴェンジャー。あの時、セイバーが無意識に魔力を込めていた可能性は? あるいは、強力な不死性と引き換えに物理的な攻撃が通用する弱点を背負っている可能性は?

 無論それらの可能性は低い。アレは肉体を持つナニカだと凛は考えている。

 だが下手に断定しては、士郎とセイバーが真に受けて迂闊な行為をしかねない。

 

 結局、作戦会議はろくな進展がなく――。

 凛は宝石の補充のため一度家に帰ると言って終了させた。

 

「いっそ現状がぶっ壊れるくらいのイレギュラーでも起きないかしら」

 

 などという身も蓋もない愚痴と共に。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

「ハッ――!? 今、凛が愉悦フラグを立てた気配が」

「なに言ってんだオメェ」

 

 教会で言峰綺礼が謎のボケをし、ランサーが呆れた。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 士郎もセイバーも回復はしたが、まだまだ十全とはいかない。

 それでもやるべき事はやらねばならない。

 道場で日課の鍛錬を行い、竹刀で打ち合う。士郎の剣は師であるセイバーよりも、アーチャーに似通ってきていた。おかげでセイバーが可愛い嫉妬などをしてしまう。

 熱中している間に昼食の時間となって、支度をすっかり忘れていた事に気づく士郎。

 前日の逃亡劇と、たった今の鍛錬による疲労――それらを鑑みてセイバーは無理をしないよう忠言し、いやいや飯を食べないと力が出ないと士郎に主張され――。

 最終的に、外食に行こうという形で落ち着いた。

 

 士郎はコートを着て、セイバーはマフラーを巻いて家を出た。

 わざわざ新都まで遠出し、オシャレな喫茶店で優雅なひとときを過ごした二人。

 デートみたいだ。途中でそう自覚した士郎は緊張してしまった。

 

「とても美味しかったですけれど、私にはやはりシロウのご飯が合います」

 

 などという殺し文句も言われ、すっかりのぼせてしまう。

 昨日の出来事が夢だったかのように思えてしまうほど平穏で幸せな時間。

 そのギャップを自覚し、だからこそ守りたいと彼は願う。

 行く先は戦いの荒野だと知っていながら。

 

 その後もしばらく、二人は街を歩く。

 休息という理由のためセイバーも大人しく従い、現代の街並みを謳歌した。

 

 

 

 海浜公園――。

 冬木市を分断する未遠川に面する、冬木市一番の公園である。

 周辺には娯楽施設も多数あり、デートスポットとしての人気も高い。

 だが平日の月曜日、昼食時も過ぎた時間帯のせいか、たまたま人気がなかった。

 だからだろう。

 士郎はつい、訊ねてしまった。

 

「聖杯戦争をやめる訳にはいかないのか」

「――何を馬鹿な。私は聖杯を手にするため、この戦いに身を投じたのです」

 

 そんな事は分かっている。

 今までの日々で。

 夢で垣間見た彼女の人生で。

 そんな事は分かっているのだ。

 

 戦いの才能に恵まれ、戦い抜いてきた彼女。

 聖杯のため、積極的にサーヴァントと戦おうとしてきた彼女。

 しかし、本当は戦いを嫌っている。

 本当は剣を取る事さえ嫌だったはずだ。

 しかし、それを認めてしまったら剣を持てなくなってしまう。だから誤魔化し続けてきた。

 

「王の誓いは破れない。私には王として果たさねばならない責務がある」

「セイバー。起きてしまった事をやり直すなんて出来ない。たとえどんな酷い結末だろうと、それを変えるなんて出来ない」

「シロウ――貴方なら、貴方だけは、分かってくれると思っていた」

 

 セイバーの願い。それは王の選定をやり直す事だ。

 聖剣を抜き、理想の王として生きてきた。しかし――剣は間違った者を王にしてしまったのではないか? だから祖国ブリテンは崩壊してしまったのではないか?

 もっと巧くやれる王がいたのではないか……。

 そのために彼女は世界と契約し、生きたままサーヴァントとなったのだ。

 死後に英霊の座へと導かれたのではなく、まさに己が生き、死のうとしている時代から時を越えて召喚されているのだ。

 そして聖杯を手にして願いを叶えた暁には、代償として世界の守護者となる。

 

 ()の王が死後に辿り着くと言われる理想郷――そこへ迎えられる事もなく――。

 

 それでもと、セイバーは選定のやり直しを願っている。過去をやり直したいと思っている。

 十年前、冬木を襲った大災害に巻き込まれすべてを失った士郎ならば、この気持ちを分かってくれると思いたかった。

 

 どうして分かってくれないのか。

 想いは違えど、同じ葛藤を抱きながら二人が向かい合っていると。

 

「あれぇ? 衛宮じゃないか」

 

 妙に浮かれた声を、かけられた。

 振り向いて、二人はほぼ同時に瞠目する。

 声をかけてきたのは間桐慎二。ライダーのマスターであり、間桐桜の兄であり、衛宮士郎の親友だった男だ。――今は、果たして友と言える間柄なのだろうか。

 一方セイバーは、慎二の隣に立つ男に目を奪われていた。

 金色の髪をした美麗な外国人で、白いシャツの上に黒いライダースーツという訳の分からない着こなしをしている。

 随分とチャラチャラした印象を受けて前髪も下ろしているが、その面差し、忘れるはずもない。

 

「アー……チャー……?」

「久しいなセイバー。いやはや、まったくもって奇遇よな。まだ会うつもりは無かったのだが、慎二めが声をかけてしまった故、このような華のない再会となってしまった。許せ」

 

 アーチャーと呼ばれた金髪の男は、なんとも尊大な口調で尊大な言葉を口にした。

 困惑した士郎は金髪の男を見やる。

 

「アーチャー……? 何を言ってるんだセイバー。アーチャーは、遠坂の……」

「ハハッ。紹介するよ衛宮」

 

 答えたのは慎二だった。

 自慢したくてしょうがないといった風で、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。

 

 

 

「こいつが僕の新しいサーヴァント――英雄王ギルガメッシュだ!!」

 

 

 

 堂々と、その真名を口にしてしまう慎二。

 マスターとして完全に愚かで馬鹿げた行いに、しかし黄金のサーヴァントは苦笑した。

 

「やれやれ……慎二よ、道化なら道化らしく演出というものを考えぬか」

「えー? いいじゃないか。お前に弱点なんて無いんだし、名前も分からないまま殺されたんじゃ可哀想じゃない?」

 

 焦りもせず雄大に構えるギルガメッシュと、道化のように笑う慎二。

 その登場はあまりにも唐突で、悪い夢を見ているようであった。

 

「な、何を言ってるんだ……? 九人目のサーヴァント? ギルガメッシュ……って、あの、古代メソポタミアに君臨したっていう――」

「――人類最古の英雄王ギルガメッシュ――それが貴方の真名なのか」

 

 呆然としたセイバーの声が、これは夢や冗談の類ではないと如実に示していた。

 

「……セイバー。こいつはいったい」

「……彼は、前回の聖杯戦争でアーチャーだったサーヴァントです。数多の宝具を湯水のように射出する恐るべき能力を有し、最後まで正体を掴めぬままでした。戦いは聖杯の破壊という形で終結しましたが……あれは、受肉している!? では、まさか……」

 

 ニヤリとギルガメッシュが笑う。

 

「然り。(オレ)はこの十年、人の世を享受しておった。セイバー。お前を待ちながらな」

「何だと……?」

「おいおい、忘れたなどと抜かすなよ? (オレ)からの求婚を」

「ふざけるな! そのような戯れ言、二度と吐けぬようにしてくれる!」

 

 セイバーの手元に風が渦巻く。不可視の聖剣が現れたのだ。

 それと同時に光の粒子が集まって鎧を形成した。

 日中の公園がいつの間にやら戦場へと変貌する。

 

「フッ――貴様は最後のとっておきだというのに、そんなに早く(オレ)のモノとなりたいか」

 

 ギルガメッシュが苦笑しながら手を軽くかざすと、そこに黄金の光が波紋となって広がり、剣が一本飛び出してくる。

 それが――邪気をまとった男の手に握られた。

 

 円柱のような剣。

 三つのパーツで造られた刃がそれぞれ別方向にゆっくりと回転し、まるで岩盤をえぐる削岩機のようだった。

 

「エアよ。此度はほんの戯れにすぎぬ、存分に手を抜け」

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

「何だ留守か」

 

 庭に上がり込んで、縁側に膝だけ上がり込んで中の様子をうかがった妹紅は、つまらなそうに鼻を鳴らした。せっかく衛宮士郎を誘拐しに来たのに留守とは何事だ。

 せめてセイバーか遠坂凛のどっちかくらいいればいいのに。

 アーチャーは要らない。

 

 どうしたものかと庭に戻り、ふわりと浮かび上がって屋根に登る。

 衛宮邸のすぐ外にはイリヤのメルセデスが駐車されているが、これだけ持ち帰ろうにも鍵が無いし、そもそも他の車が行き交ってる道路なんかで運転したら確実に事故を起こす。

 別に妹紅は何ともないがメルセデスは壊れてしまう。

 

 参ったなぁ、なんて思っていると、はるか東の空から異変を感じた。

 おや? と視線を向けてみれば、なにやら魔力の乱気流のようなものが立ち昇っている。

 アーチャーやランサーの能力ではない。風となればセイバーだ。

 アーチャーと戦ってるとは思えない。つまりあそこでセイバーとランサーが戦っている。

 衛宮士郎もきっといる。

 

「よしよし、見つけたぞー」

 

 妹紅はウキウキ気分で飛び出し、長い髪と一緒に暖かなマフラーをなびかせた。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 慎二が笑っている。ボロ雑巾のように転がったセイバーを見て嘲笑している。

 

「見たか! これが僕のサーヴァントの力だ! お前なんかとは格が違うんだよぉ!」

「セイバー……!」

 

 構わず、士郎はセイバーに駆け寄る。

 息はある。傷はそう深くはないが軽くもない。

 これが。

 これが()()()()()()()()()()なのか。

 聖剣で受け止めたのにこの有り様なのか。

 その現実は信じがたく、しかし、非現実とも言えるあの剣ならばと納得ができた。

 アレは聖剣や魔剣などといった次元のモノではない。

 アレに打ち勝てる剣なんてきっと、どこにもない。セイバーのエクスカリバーを含めても。

 

 愕然とする士郎、その表情を見て――間桐慎二は喜悦の笑みを浮かべる。

 いやらしく、浅ましく、うっとりとした声色を奏でる。

 

「フフッ……いーいぃ顔だぁ……衛宮、命乞いするなら今のうちだぞ?」

「ふざけるな、誰が……! お前なんかにセイバーは渡さない!」

「ふうん、そういうコト言っちゃうんだぁ。ギルガメッシュ、やっちゃえよ」

 

 あまりにも軽薄な死刑宣告を受け、士郎は歯噛みしながら立ち上がった。

 両手を開き、魔術回路を開こうとする――。

 

「慌てるな慎二。そこな雑種を殺せば、セイバーも消えてしまうではないか」

 

 天気でも話すかのような気安さとともに、ギルガメッシュはエアを光の中にしまった。

 屈辱的状況ながらも命拾いできたのか。そう思った刹那――。

 

「セイバーを"泥"で侵すのは最後のお楽しみよ。まずは邪魔者を間引かねば」

「ああ――そうだった。あのクソ生意気なガキに、お仕置きしてやらないとな」

 

 ゾッとするような会話が、聞こえた。

 邪魔者を……間引く……? クソ生意気なガキ……?

 この聖杯戦争に関わっている子供なんて、そんなの一人しかいない。

 

「……待てよ、慎二。それって、誰の……」

「インチキしてサーヴァントを二人も召喚した、卑怯者のアインツベルンだよ。あいつら、人を馬鹿にしやがって……」

 

 アインツベルン――嫌な予感が的中する。

 あの二騎のサーヴァントに勝つ手段なんてないと、ついさっきまで思っていた。

 しかしそれをいともたやすく行えるのではないかという英雄が今、目の前にいる。

 それほどまでにエアという宝具は格が違った。

 黄金の英雄王は呆れた調子で苦言する。

 

「慎二よ。アヴェンジャーはサーヴァントではないぞ」

「えっ? そうなのかい?」

 

 士郎と、その足元のセイバーもわずかに身じろぎする。

 凛でさえ確証を得られず言葉を濁した謎が、こんな形であっさりと暴露されるなんて。

 

「でもあいつ、死んでも生き返るって聞いたぜ?」

「ハッ――不死身の人間など()()()程度のものよ。直接見ておらぬ故、正体までは知らぬが……まさか人間と英霊の区別もつかぬ愚か者ばかりとは、流石の(オレ)も呆れておる」

 

 話にまったくついていけない。

 不死身? 珍しい程度?

 人間と英霊の区別を、あの遠坂でさえ見誤った?

 

「さて、腹ごなしの運動もすんだ事だしそろそろ行くとするか」

「そうだな。バーサーカーとアヴェンジャーの死体を並べてやろうぜ。あのガキ、馬鹿みたいに泣き喚くんだろうなぁ。楽しみ――」

 

 言葉の途中で、慎二の足元に黄金の光が出現した。

 それはまるで落とし穴のように慎二を吸い込んでしまう。

 

「ひあああぁぁぁぁぁぁ……」

 

 遠のいていく悲鳴が聞こえた気がした。

 

「ククッ――ではなセイバー」

 

 そうしてギルガメッシュは軽く跳躍し、その場から立ち去ってしまう。

 残された士郎はセイバーを抱き起こした。

 

「セイバー、立てるか?」

「ええ……何とか」

 

 鎧を消し、身軽になるセイバー。

 やはり傷自体はそう深くはない。

 肩を貸したまま、士郎は早足に歩き出した。すでに野次馬が集まってきており、注目を浴びつつある。

 

「セイバー。あいつらはアインツベルンに向かった。追うぞ」

「――シロウ、まさか」

「あんな桁違いの英霊に襲われたら、バーサーカーやアヴェンジャーだってかなわないかもしれない。だから――イリヤを助けに行く」

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 公園にたどり着いた妹紅はキョロキョロと見回すが、何か大きな力によって削られた地面に野次馬が集まっているだけだった。

 人目を気にして、公園に近づくにつれ地上に降りて移動したのが失策だったか。

 サーヴァント同士の戦いがあったのは確かだが、セイバーもランサーも見当たらない。

 

 どこに行ってしまったんだろう?

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 なんとか調子を取り戻したセイバーと共に我が家まで駆け戻るも、凛とアーチャーはまだ戻ってきていなかった。遠坂邸まで相談に行くか? いや、もしすれ違いになったらどうする。

 セイバーは居間に置いておいたメルセデスの鍵を持ってきて、士郎に問う。

 

「勝算も無しに、本気で行くつもりですか」

「ああ」

「イリヤは貴方をかどわかし、無理やりサーヴァントにしようとしたのですよ?」

「それでも、イリヤは見捨てられない。イリヤは俺の――」

 

 続く言葉を口にする資格は、果たしてあるのだろうか。

 分からない。しかし立ち止まってなんかいられない。

 士郎の真摯な眼差しを見て、セイバーの胸に愛しさが込み上がってくる。ついさっきまで意見の相違で争っていたのにだ。

 

「――分かりました。ギルガメッシュを倒すには、私だけでは力不足なのも事実。バーサーカー、アヴェンジャーと一時でも共闘できれば活路が拓けるかもしれません」

「そうか、それなら何とかなるかもしれない。急ごう。一刻も早くイリヤ達と合流するんだ」

 

 確かにあれほどの英雄が相手となれば、共闘の目もあるかもしれない。

 いかにギルガメッシュの宝具が強力かつ膨大であろうと、不死身の命を持つサーヴァントが二人もいてくれれば――。

 また、一時でも協力できればイリヤと落ち着いて話ができるかもしれない。

 

 想いに、合理的な理由をかぶせてセイバーは敗戦早々の再戦に臨む。

 二人はメルセデス・ベンツェに乗り込み、郊外の森へと出発した。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

「――車が無い」

 

 衛宮邸に戻ってきた凛とアーチャーは異変に気づいた。

 士郎は運転ができない。免許を持たないセイバーに運転を任せてドライブをするほど平和ボケしてはいないはずだ。つまり緊急事態があったという事。

 書き置きの類でもないかと家に上がってみても、何も見当たらなかった。伝言を残す暇が無かったというより、どうせそこまで頭が回らなかっただけだろう。

 士郎とセイバーが車で出かけたのはいつだ? 十分前か、一時間前か、もっと前か、それすら分からない。セイバーの魔力供給はできているから、そうそうピンチにならないとは思いたい。しかし残っているサーヴァントはアインツベルン組とランサーだけだ。ピンチになるかもしれない。

 そうこう悩んでる間に。

 

「――凛、アヴェンジャーだ」

 

 アーチャーの報告を受け、凛は音を立てないよう注意しながら玄関から出た。

 そして敷地の外をこっそりうかがってみれば。

 

「――車が無い」

 

 凛とまったく同じセリフをアヴェンジャーが口にしていた。

 メルセデスが駐車していた場所でだ。

 どうする。このまま隠れているべきか、声をかけるべきか、宝石をぶち込むべきか、アーチャーに狙撃させるべきか。

 考えている間に、アヴェンジャーは人目も気にせず空へと飛び上がってしまった。

 車が無い以上、衛宮邸の中にお目当ての人物はいないと踏んだのか。

 

「まったく……いったい何が起こってるのよ」

 

 ぼやきながら、今度は追うべきか追わざるべきかを悩み始めた。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

 アインツベルン城、中庭の花園――セラとリズは再びそこにいた。

 仕事の合間の一休みを、花壇を眺めながら二人は楽しく語らっている。

 というか自慢話だ。セラがいかに妹紅の弾幕、インペリシャブルシューティングを攻略したか胸を張って語り聞かせていた。

 そんなセラが可愛くて、リズも楽しげに相槌を打っている。

 ――イリヤはまだ不貞寝しているが、アインツベルンの空気は明るい。

 多少つまづきはしたけれど、まだまだこれから、幾らでも挽回できる。

 アインツベルンの五人組が一緒ならば、どんな障害だって乗り越えられる――。

 

「――そして、華麗に弾幕の隙間に飛び込んだ私の瞳に、妹紅の姿が映りました。好機とばかりにありったけの魔力を込めて放つと見事! モコウの顔面に命中したのです!」

「おおー。……ん? セラ、上」

「はい?」

 

 頭上で何かが光る。まさかもう妹紅が帰ってきたのか?

 訝りながら二人のメイドが見上げてみれば――金色の波紋が、浮かんでいた。

 見知らぬ魔術的現象に慌てる事なく、リズはハルバードを手に取る。

 直後、波紋の中から一人の青年が真っ逆さまに降ってきた。

 

「わあああああ――!?」

 

 侵入者なのになぜ悲鳴を上げるのか。

 そいつは石畳に激突する直前に一時停止してから、バタリと倒れる。

 

「もがっ!? くっ……どこだよここ! 本当にアヴェンジャーとバーサーカーの居場所か!?」

 

 侵入者なのに全然忍ぼうとしない。馬鹿なのか。

 リズは眼差しを鋭くする。

 

「イリヤが寝てるのに、うるさい」

 

 最優先すべきは常にイリヤ。バーサーカーもモコウもエミヤシロウも、イリヤが欲する大切な存在であるとリズは認識している。

 これは確実に違う。というか視界に入れず処分した方がいい部類のものだろう。

 セラも間桐慎二に対して同じような感想を抱いていた。

 

「人畜無害の小物ですね。さっさと片づけてしまいますか」

 

 そんな冷酷思考にまったく気づいていない慎二は、メイド姿の二人を見るや、統べる者として偉そうな態度になる。

 

「ん? お前達、召使いか? 丁度いい、アヴェンジャーとバーサーカーの……」

 

 言葉を遮るようにリズはハルバードを突きつけた。

 

「うわあああ!?」

 

 侵入者――間桐慎二は奇跡的にその先端を掴んで止める。リズがハエを落とすような力加減で突き出したのが幸いした。

 その間にセラは慎二の背後へと回り込む。

 

「大人しく逃げ去るか、ここで鉄塊の餌食になるか、10秒のうちに決めなさい」

「ちょちょ、待て、ちょっと待てぇぇぇ!!」

 

 侵入者の抗議など聞く価値なし。セラは冷淡に10秒を数え始めた。

 時間以内に退去しなければ殺す。そういった冷酷さは実にホムンクルスである。

 そこに、一陣の風。

 強烈なプレッシャーを帯びた風は花壇から幾ばくかの花びらをさらいながら、しっかりかぶっていたはずのセラの頭巾を宙に舞わせた。

 腰まで届く銀糸の髪をなびかせながら、セラは赤い瞳を風の発生源に向ける。

 

 城の屋根の上に、第二の侵入者――黄金のサーヴァントが座していた。

 

「何かと思えばホムンクルスか。フッ、悪くない出来だ。人型でありながら自然の嬰児として成立している。良い鋳型で造られたのであろうよ」

 

 

 

 ――冬の城、アインツベルン。

 聖杯戦争のために獲得した拠点、ただそれだけの場所。

 

 でも今は違う。美しい花が咲き誇り、毎日美味しい料理を食べたり、美しい弾幕が踊り――少女達が笑い合う。

 めぐる日々が、冬の城に幸せな夢を運んできた。

 

 それが、いつか終わる夢だとしても。

 この夢を少しでも長く――見ていられたなら――――。

 

 

 




 UFO版UBWで見た光景。
 第二部クライマックス開始。

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