お昼になってサロンに集合するイリヤ、セラ、リズ――そして妹紅。
妹紅に三食目を振る舞ってしまったセラの機嫌はますます悪化していた。花壇の修繕を手伝ってもらった感謝の気持ちなど一切ない。そもそも、花壇を焼いた元凶に感謝する道理は無い。
元々花壇の手入れをしていたのはセラだったので、ここから先はセラも参加した方がいい。つまり妹紅と共同作業をしなければならないのか? その思考は絶対零度の表情を現出させた。
「邪魔だから手を出さないでください」
声色も絶対零度だ。花にかけたら塵になって散り散りになる。
寒空の下で作業したリズのために作られた温かいシチューも、妹紅の分だけ絶対零度のオーラがまとわりついている。もちろんそれはセラの放つ感情がという意味であって、シチューを冷やして出したり、手抜きして出したりなんてしない。相手が誰であろうと不味いシチューなんか出したらアインツベルンのメイドの腕が悪いという事になってしまう。
そういった事情があるのだが、シチューを食べながら妹紅は親しげにほほ笑んだ。
「あんた、いい奴だな」
「……客人をもてなすのはメイドの義務ですから」
「ほんと、いい奴だな」
オモテナシを重んじる日本人ゆえ、セラの気配りに『和』を感じてしまった。
とびっきりのビーフシチュー。最高級の牛肉はトロリと柔らかく、ちょっと噛むだけで肉汁が溢れ出してくる。味がたっぷりと染み込んだニンジンもまた柔らかく、スッと喉に入っていく。
パンも焼き立てのクロワッサンで、外はカリカリ、中はフワフワ、一口かじるごとに香ばしさが鼻孔をくすぐる。
シャキシャキしたサラダには絶妙な味加減のドレッシングがかかっている。おかげで飽きずに全部食べられるし、口の中がサッパリして心地いい。
そんな脳天気な妹紅に、イリヤはお誘いを申し出る。
「食べ終わったら決闘するわよ」
「むぐむぐ。私が勝ったらマスターかサーヴァントにしてくれるのか?」
「ええ、わたしのサーヴァントにして上げるわ。ただし、わたしが勝ったら――今後、聖杯戦争に関わらないと約束なさい」
◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
放り出してマスターになられたら厄介。
サーヴァントの振りをさせて参戦させるのは戦術的に有効だが、信用できないし仲間にしたくないし誇りが傷つくし、そもそもバーサーカーだけで戦力は十分なので不要。
どう足掻いても聖杯戦争に首を突っ込んできて面倒になるのなら、突っ込ませなければいい。
食後、アインツベルンの森にやって来た三人。
再びコートを身にまとい、実体化させたバーサーカーを侍らせたイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
一方、藤原妹紅は相変わらず薄着だったが、手元に火球を浮かべて暖を取っていた。
「……モコウって、なんでそんな薄着なの?」
「いや、上着は着てたんだ。でも戦うのに邪魔だから脱いで……戦い終わったら無くなってて……仕方ないから家に帰ろうとして……濃い霧に包まれて……なんだかんだあって……気づいたらこの森にいた」
なんだかんだ。
それが幻想郷から冬木に迷い込んだ理由である。
特に深い事情とか重大な異変とかは一切無い。
「幻想種の世界なら、そういう不可思議な事も起こるのかしら。いったい誰と戦ってたの?」
「焼き鳥の材料が焼き鳥撲滅運動をしていてな、お前は焼き鳥屋だからと絡まれたんで焼き鳥攻撃で焼き鳥にしてやったんだ。リズの西洋料理もいいが焼き鳥もいいぞ」
焼き鳥を連呼する不明確な言葉は意味がよく分からず、イリヤは興味を失して聞き流した。
森の中、開けた場所に到着する。ざわめく木々を歪なリングとした決闘場だ。
空は鉛色に垂れ込み、肌を切るような風が銀髪と黒髪と
「さあ。ここで決闘と行きましょうか。条件は忘れてないでしょうね?」
「そっちが勝ったら私は大人しく退散する。聖杯戦争にも関わらない。ただし、私が勝ったらサーヴァントとして参加させてもらって、
「サーヴァントにするとは言ったけど、
「えっ」
なぜ驚くのか。
イリヤは呆れ顔を浮かべた。
『食べ終わったら決闘するわよ』
『私が勝ったらマスターかサーヴァントにしてくれるのか?』
『ええ、わたしのサーヴァントにして上げるわ。ただし、わたしが勝ったら――今後、聖杯戦争に関わらないと約束なさい』
「――っていう約束でしょ」
「じゃあ私になんの得もないじゃないか」
「そうね。でもサーヴァントとしての働き次第で考えて上げてもいいわ」
「考えるだけでやっぱり駄目って言うオチが見える」
「そりゃ、バーサーカーだけで聖杯は手に入るんだもの。モコウが他のサーヴァントを倒すくらいの活躍をしたところで、露払いご苦労様くらいの働きでしかないわ」
妹紅はバーサーカーを見上げた。その巨体、筋肉、斧剣、覇気――どれをとっても桁違い。まさに神話の住人である。イリヤの言葉が大言壮語ではないと本能で理解できるはずだ。
しかしそれでも。
「それを覆すくらいの活躍をすれば、聖杯を使わせてくれる可能性もあると考えていいか?」
「そうね、でも――考える必要なんてないわ。貴女が聖杯戦争で腕を振るえば、まあ、相応の活躍ができるでしょうけど……そもそも、わたしのサーヴァントになれると思ってるのかしら」
ギラリと朱眼を鋭くするイリヤ。
それを合図にバーサーカーは斧剣を構えて腰を落とし、低い唸り声を漏らす。
数メートル離れた位置で妹紅はやや前傾姿勢になるが、ポケットに手を突っ込んだままで隙だらけだ。もっとも、隙を突いて粉砕したところであっさり復活してしまうが。
「とりあえず目の前の決闘か。それで、勝敗はどうするの? お互い不死身じゃ長引くぞ」
「貴女が
「殺せばいいのか。今度は最初から加減なしで殺してやろう。それで、私の負けはどう決める? 1回でも死んだら負け?」
「モコウは貧弱だから、そこら辺は融通して上げる。でも長引くのもなんだし、10回死んだら負けでいいかしら」
「10回か。分かった」
先の戦いで妹紅が死んだ回数は10回ですまない。
しかしバーサーカーの殺し方はもう心得ているという自信が条件を快諾させた。
10回死ぬ間に1回勝利する。たやすい事だと思っているのだろう。
「思い知らせて上げる。モコウはもう、バーサーカーには絶対にかなわないんだから。さあ、始めましょう。バーサーカー! あいつを10回殺しなさい!!」
始まりのゴングは美しくも残酷な歌声。
マスターの命令を果たすべく、バーサーカーは大地を揺らして疾駆する。
同時に妹紅の背中に炎の翼が燃え上がり、揺れる大地から離れるように飛び立つ。
「■■■■――ッ!」
「攻略法はすでに承知、瞬殺してやるぞ筋肉達磨ァー!」
イリヤのサーヴァントに相応しいのはどちらか! 雌雄を決するべく、今、激突!!
「あーれー。強すぎるぅぅ」
激突はバーサーカーが制した。
それはもうあっさりと制しまくった。
藤原妹紅は斧剣で首を刎ねられて紅い噴水にされ。
踏み潰されて紅い押し花にされ。
バーサーカーアッパーでお星様にされ。
バーサーカーキックで木々のリングまですっ飛ばされてモズの早贄。
「くっ……殺された!」
予想外の苦戦に妹紅は毒づき、しかし戦意はいささかも衰えず火矢となってリングの中へとカムバックする。地面スレスレの低空を高速飛行しながらバーサーカーの周りを旋回し翻弄する。
イリヤは広場の端に移動しており、静かな笑みを浮かべながら二人の戦いを観ていた。
昨日の時点でバーサーカーは妹紅の動きを学習と対応をしていた。それは妹紅も承知だったはずだ。その想定を超えるバーサーカーに連殺され、無謀な接近を控えたらしい。
妹紅が奔る。飛翔の軌跡に焔の飛沫を舞い散らせながら。
飛沫が踊る。螺旋を描くように、模様を描くように、絵画を描くように、魔術式や攻撃方法としてどういう意図があるのか分からないが、美しいパターンを作ってバーサーカーを包み込む。
「…………きれい……」
我知らず、イリヤは呟く。
焔となって妹紅が踊っている。
焔の中でバーサーカーが踊っている。
焔の中で二人一緒に踊っている。
その時、イリヤはこれが決闘であると忘れていた。
バーサーカーの勝利条件、妹紅を殺した回数、勝った時の約束、負けた時の約束。
何もかもを忘れ、花火の咲き乱れるダンスパーティーを特等席で観覧していた。
――視線が走る。
バーサーカーの鋭い双眸が、飛び交う火羽根のひとつひとつを、それを放つフェニックスを、それらを観て笑う小さきモノの姿を捉える。
今まで見た事のない、マスターの無邪気な姿。
殺戮を命じておきながら、あの眼差しは、あのほほ笑みは、いったい何なのか。
雪のように冷たい心の向こう側――時折、少女はそれを垣間見せた。
でも今はそれが。
一瞬、一点、その空白、藤原妹紅は即座に突っ込んできた。
あの時と同じだ。命を顧みない無謀な戦い方をしながらも動きには無駄が無く、隙を見つけるや容赦なく喰らいついてくる。恐るべき百戦錬磨の担い手。
バーサーカーの胸に去来したのは称賛だった。
不死の肉体による反則めいた戦闘経歴だとしても、数多の苦痛と死を味わい、それでも折れず、それでも挫けず、ここまで積み上げた事実は認めねばならない。
なればこそ、こうしてバーサーカーの懐に潜り込んでいるのだから。
「燃え尽きてしまえ――!!」
再び、最強の大英霊を灼き殺した白炎が大地を照らす。
一生涯、一度切りしか許されぬ、全生命を燃やし尽くす事で放たれる自爆攻撃。それを同一人物から二度も受けるなど二度と無いだろう。
眩いほどの白光。まるで小さな太陽がバーサーカーを包み込む。
しかしイリヤの表情には一点の曇りすら無い。
眩しく、眩しく、銀色の笑顔が輝いた。
妹紅の光が綺麗だから。
そして。
バーサーカーを案じる必要が無いからだ。
光が静まり、全身あますところなく焼滅してしまった藤原妹紅の肉体が復元される。サーヴァントが実体化するように、光の粒子が集まって人の形を作り出す。
「残念だったな。お前を殺せる火力はもう知っている」
勝ち誇って唇を吊り上げ、妹紅は上から目線でバーサーカーの焼死体を確かめようとした。
焼け焦げた大地から立ち上る煙の中、大岩の如き斧剣が跳ね上がる。
困惑も驚愕もする暇を与えられず、妹紅は股間から脳天まで真っ二つに両断された。
煙が晴れる。
かつて不死身の自爆によって黒焦げの焼死体となってしまった大英霊は、鉛色の肌のあちこちに多少の焦げ跡を作ってはいるものの――万全と言っていい状態で立っている。
必勝を確信したはずの妹紅は惨殺死体となり、その肉体を弾けさせて再び無傷の姿で復活して後ずさる。バーサーカーから逃げるように間合いの外へと、表情を強張らせながら。
「…………どういう事だ?」
「言ったでしょう? 貴女はもう
酷薄にイリヤが告げる。
妹紅はまた一歩後ずさりながらイリヤを見やった。
「火の効きが悪くなってるな。…………防火剤でも塗ったのか?」
「
ポカンと、馬鹿みたいな顔になる妹紅。
そして露骨に、嫌そうに、表情を歪めて喚く。
「何それズルい!」
そうだ、その顔が見たかった。
負け惜しみが聞きたかった。
「貴女が何度蘇生できても関係ない。こっちはもう蘇生の必要すらないもの。手の内が知られても問題ない。対処法なんて無いんだから」
我が事のように自慢して胸を張り、勝ち誇り返すイリヤ。
自分はバーサーカーより強いなどという思い上がりを、真正面からぶち折ってやる快感が脳髄を駆け巡りる。小さな復讐が完了し、蜜の甘さが心に沁み入った。
下腹がぽうっと熱くなる。これこそまさに愉悦の味。
一方、妹紅はしくじったとばかりに頭を抱えて失態を悟る。
「道理で一度でも勝てば勝ちなんてぬるい条件つける訳だ」
「モコウは6回死んだわ。5回はバーサーカーに、1回は自爆で。残り4回でチェックメイトね。さあ遊びは終わりよ! 決着をつけなさいバーサーカー!!」
どこまでも忠実に、マスターは命令を実行すべく殺戮を再開する。
妹紅はさらに後退した。勝ち目がないのを理解している。イリヤが理解させたのだ。
「ひええ~っ! どうすればいいんだー!?」
「■■■■――!!」
直線移動ならバーサーカーの方が速い。
あっという間に追いつかれ、暴風と化した斧剣が小さな獲物を叩き切る。炎ではない赤が煙のように舞い散った。これで7回。
リザレクションにより蘇った妹紅は即座に空高く飛び上がった。いかにバーサーカーが強大でも空は飛べない。その安直さをあざ笑うかの如く斧剣が投擲される。ブーメランのように回転しながら飛来するその速度は凄まじいものだったが、それでも妹紅は避けてみせた。飛び道具には慣れたものとばかりに。
その眼前に第二の飛来物が迫る。斧剣以上の質量を誇る大英雄が、純粋な脚力のみで跳躍したのだ。目と目が合う。片や戦慄し、片や獰猛にギラつき、剛腕が妹紅を捉える。
「がっ――」
空を飛べないバーサーカーはすぐに自由落下を始め、地響きとともに着地した。
右手で捕まえた妹紅を地面に叩きつけながら。
悲鳴すら上げられず妹紅は再び地面に紅い押し花を作る。これで8回。
地面と指の合間から光の粒子があふれ、手の甲の上に妹紅は肉体を復元させる。
二人の双眸がぶつかり、宙空に火花が散るのをイリヤは目撃した気がした。
あるいはそれは妹紅の放った術だったのかもしれない。
今度は炎ではなく魔力弾がばら撒かれる。整った円を描く弾幕が二重、三重と世界を彩って星のようにまたたく。構わずバーサーカーはもう片方の手を振り上げた。右の手の甲と左の手のひらにプレスされた妹紅は首をありえない方向に捻じ曲げ、すでに放った弾幕の後を追うように光の粒子となって四散する。9回目の死を迎えた。
――すでに放たれていた弾幕がバーサーカーの肉体に触れ、ピチュンと小気味いい音を立てて弾けたが、バーサーカーは歯牙にも欠けない。
最後の一殺を果たすため妹紅がどこに復活するか視線をめぐらせる。
――すでに放たれていた弾幕が未だ戦場を彩っている。
円を描いて飛んでいく。
イリヤの頭上すら越えて広がっていく。
美しき弾幕空間。
それに紛れて光の粒子が舞う。
これではどこで復活するのか分からない。
しかし何も問題はなかった。妹紅の攻撃はもうバーサーカーに通じない。小さな火傷を作るくらいはできるだろうが、命を奪う事は不可能なのだ。
イリヤの余裕は崩れない。
イリヤの笑みは崩れない。
イリヤの――――。
「つーかまーえた」
イリヤの脇の下を細い腕が潜り抜け、小さな胸を乱雑に抱きかかえる。
ギョッと身をすくませながら、聞き覚えのある声が背後からした事、見覚えのある白い長袖に包まれている事に気づき、その意味を考える。
弾幕の残滓の中でバーサーカーが振り向いた。こちらを見て、驚いてるようだ。
何が起こったのかを理解する前に、足が地面を離れた。
「ほーら、たかいたかーい」
持ち上げられたと表現するには安定感に欠けた。
あっという間にバーサーカーの背丈よりも高い視点となり、森の木々すら見下ろせてしまう。アインツベルン城も見える。セラとリズが中庭の手入れをしているのも見える。
青ざめながら振り返ると、悪戯っぽく笑う妹紅の顔が間近にあった。
「なっ――何してるの!?」
「イリヤを盾にしながら空中に拉致」
決闘の真っ最中にあるまじき卑劣が行われていた。
空中の妹紅をすでに仕留めた実績のあるバーサーカーだが、クラスの影響で技量を喪失しているため攻撃は大雑把なものになってしまう。盾にされたマスターを傷つけないよう、空を自在に飛び回る相手だけを倒すのは至難であった。
「お、降ろしなさい! こんなの卑怯よ、バーサーカーに勝てないからって――」
「考えてみたら、バーサーカーに勝つ必要なかった。ほら、思い出してみろ」
『食べ終わったら決闘するわよ』
『私が勝ったらマスターかサーヴァントにしてくれるのか?』
『ええ、わたしのサーヴァントにして上げるわ。ただし、わたしが勝ったら――今後、聖杯戦争に関わらないと約束なさい』
「――イリヤさ、
「そっ――そんな屁理屈!」
「しかもさらにこう言った」
『貴女が
「マスターを取られたサーヴァントは負けでいいだろう。ほら、マスターいないと存在できないって言ってたじゃないか。イリヤを殺せばあいつも消える。いや殺す気は無いぞ? 無いけど、いつでもマスターを殺せる状況にある以上、バーサーカーの命も私の手中。私の勝ちだ」
「知らない! そんなの知らない、バーサーカーは負けてないもん!」
「コラ暴れるな、落ちる落ちる」
ハッと地面を見下ろせばすでにアインツベルン城よりも高々と飛んでいた。
翼を持たない生き物が本能的に抱く恐怖が背筋を這い上がる。
しかし同時に奇妙な心地よさ、高揚感が生まれていた。
こんなにも高いところに、自分はいる。
使い魔越しに見る空ではない。
自分自身が空にいるのだ。
下ではなく前を見る。
――広い。アインツベルンの森が遠くまで広がっている。
――遠い。本当に遠くに、冬木の街並みが見える。あそこのどこかに、いるはずだ。
「そうそう、そうやって大人しく……ん? あれが人里か。遠いからよく分からないが随分と……なんだ、どうなってるんだ。建物が縦長いぞ」
日本の都市としてはそう特色がある訳ではないが、妹紅には見慣れないものらしい。
幻想種の世界に行ってしまったというのが真実なら納得できる話でもある。
だがそんな事より今は、空の高さがもどかしい。
妹紅の腕はイリヤの胸の前で組まれている。それをぎゅっと掴む。お尻にゾクゾクが収まって空気の冷たさが思考を冷やす。
「……マスター狙いしないといけないって事は、バーサーカーには勝てないって認めたのよね?」
「はあ? いや、そんな事は――」
「じゃあ勝てるの? わたしを狙わず、バーサーカーに勝てる?」
「…………やるならやってやってもいいんだからな」
とは言うものの、妹紅の態度はどこか投げやりだった。
妹紅が他にどんなカードを残しているのかは知らない。しかしこうしてイリヤをさらった以上、決闘中に逆転する手段は持っていないに違いない。
改めて下を見る。
バーサーカーがこちらを見上げているが、焦っているようには見えない。
戦うとか、守るとか、取り戻すとか、そういう意図を感じないのだ。
「もうっ、バーサーカーったら……マスターがさらわれたっていうのに何してるのよ!」
「降参だろう。つまり私の勝ちだ。今日から私はイリヤのサーヴァント。聖杯を使わせてもらえるかどうかは今後の活躍次第。オーケー?」
「………………………………そうね……モコウを、わたしの
口喧嘩するにしても状況が悪い。
しかし、妹紅の発言からある発想に至ったイリヤは快く了承した。
「ああ。よろしく頼む。それじゃあ降りるとしよ……か……」
妹紅の、紅の瞳を、覗き込む。
妹紅の、紅の瞳の、焦点が合わなくなる。
妹紅の、紅の瞳が、覗き返してくる。
「そう、貴女はわたしの
「なに……言って……」
「魔術師と不用意に契約した貴女が悪いのよ? これでもう、モコウの魂はわたしの――」
そう、イリヤは魔術をかけた。
サーヴァントにするという
故にもう逆らえない。逆らおうとしたら魂が拒絶する。すでに彼女の魂はイリヤのモノだ。
そう……第三魔法に至った……
「あ、あれ? もしかしたら――」
マズイかも、と思うと同時に妹紅は力を無くし、イリヤを抱きとめる手を解けかけ、完全に手放す直前で――爆散した。
手放すどころじゃなく、手が消えて無くなったのだ。
当然、重力に従ってイリヤは真っ逆さまに落下する。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!?」
使い魔契約の魔術程度で
魔術が精神にだけ半端にかかってエラーを起こし、妹紅の肉体が機能不全に陥ったと思われる。空が遠のいていく中、光の粒子が収束して肉体と精神の
10回目の妹紅殺しは、イリヤスフィールみずから成した事になる。
一方、空を飛べないイリヤはこのまま地面に激突する。
――死ぬ。
バーサーカーが1回死ぬどころじゃない。イリヤが1回死ぬ。
こんなところで、何も果たさないまま、死んでしまう。
そう、思った直後に。
ふわりと、大きな手に包み込まれる。
視界に鉛色のいかつい顔が入ってくる。
「バーサーカー!」
マスターの落下を目撃するや、忠実な守護者はすぐさま救助に来てくれたのだ。
跳躍し、狂戦士とは思えぬ繊細さと優しさでイリヤを抱きとめ、可能な限り衝撃を殺して着地する。それでもお腹の底までズシンと響いて、心臓と精神が同時に跳ね上がる感触を味わった。
「……あ、ありが……」
未だ興奮状態から覚めないまま、イリヤはお礼を言おうとした。
しかしバーサーカーはすぐにイリヤを地面に下ろすや、上を向いて両手を掲げた。
どうしたのかと思って見上げてみると、リザレクションの完了した妹紅も自由落下で迫ってきていた。野球でフライになった球のように妹紅をキャッチして、イリヤの隣に下ろす。
「あーうー……目が回る。すまん、助かったよ」
頭を抱えてフラフラとよろめいた妹紅は、細めた視線をジロリと向けてくる。
「このちみっこめ。まさか洗脳してくるとは卑怯だぞ」
「ひ、卑怯じゃないもの。サーヴァントにするって約束、守っただけだもの」
「洗脳していいなんて約束はしてない! マスターじゃなかったら焼いてるところだ」
「誰がマスター……って、しまった」
「もう勝敗や約束の内容をごねる必要はないぞ。10回目の死の直前に、サーヴァントにするって言質を取れたからな。ヨロシク、マスター」
やってしまった。
イリヤは頭を抱えてうずくまる。
これだけ騒いでしまった以上、約束を反故するのは沽券に関わる。
聖杯戦争に関わらせないという作戦は失敗に終わった。
ならばいっそサーヴァントとして逆らえないように縛ってしまえばいいという思いつきは、第三魔法によって跳ね除けられた。
バーサーカーはよくやってくれた。妹紅を8回も殺してくれた。妹紅に一度も負けなかった。
イリヤスフィールのミスにより、イリヤスフィールが負けてしまったのだ。
「しかしイリヤだけじゃなく私も助けてくれるとは、あんたいい奴だな」
バーサーカーは無言だ。
しかしもはや戦意は無く、静かに佇むのみである。
「イリヤが空の散歩ではしゃいでたせいで、決闘じゃなく遊んでるだけって解釈でもしたのか?」
「わ、わたし、はしゃいでなんか――」
「私の弾幕も楽しそうに見てたろう」
ピョンと、心臓が兎のように跳ねた。
空を飛んでいた時の事は正直よく分からない。しかし妹紅の操る炎は、綺麗だと思ってしまったのを自覚している。それをよりにもよって妹紅に気づかれてしまった。
羞恥によって頬が熱くなる。
「違っ……あ、あれはバーサーカーの勇姿を見てたの!」
「そういや、バーサーカーも途中からは結構楽しんでたな」
と、妹紅はバーサーカーの腹をドンと叩いた。
するとバーサーカーは肯定するように小さく唸る。
「えっ……まさかバーサーカー、遊んでたっていうの!?」
「手加減、手抜きはされてないぞ。真剣勝負は楽しいからな。なんならマスターも今度やってみるか? "
「
「イリヤは元気だなぁ。子供はこうでなくっちゃ」
ポンポンと、気安く頭を叩かれる。
ロシア帽越しに伝わってくる親しさは、イリヤの心を逆撫でした。
「モコウなんて……モコウなんて、大ッ嫌いなんだからー!!」
「うーん、なんて刺々しいマスター」
◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
こうして、藤原妹紅がサーヴァントとしてアインツベルンに迎え入れられた。
イリヤは刺々しいマスターだ。トゲだらけだ。いばら姫も真っ青だ。
しかしバーサーカーにはこう感じられた。
この小さきモノは、小さき不死鳥のおかげで少し――トゲが抜けたのではないか、と。
そうであるならば。
あの
バーサーカーは命令以上の役目を果たせたのだと確信した。
「ああもう、バーサーカーが10回殺すのに手間取るからこんな事に! 反省なさい!」
そしてイリヤにスネを蹴られた。
――物凄いハイペースで殺したため、手間取らなかったはずなのに。
Fate世界は基本的にSN時空にしてるんだけど、気を抜くとすぐロリブルマ、プリズマ☆イリヤ、ギャグ時空イリヤが領空侵犯してきて困る。
なお妹紅は服装こそ永夜抄だけど、性格は深秘録・憑依華ベースにしている(つもりな)ので口調もそっち寄り。
ただ成分表はさらに混沌としている。
永夜抄や儚月抄は勿論、隙あらば二次設定や独自設定やフェニックス一輝が混ざる。鳳翼天翔!