イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

31 / 57
第29話 斜陽に沈む

 

 

 

 夕焼けの空の下、半壊したアインツベルン城はまさに斜陽へと沈んでいた。

 崩れた瓦礫が内外へと乱雑に広がり、美しかった中庭も半分ほど埋もれてしまっている。かつてアーチャーとバーサーカーが死闘を演じたロビーも壁が崩れ落ち、中庭直通という有り様だ。

 かつて、アイリスフィールと共にこの城に訪れた日々を思い返しながらセイバーは双眸を鋭くさせる。

 

「ギルガメッシュ……この惨状は、貴方が……!」

「まったく……まさかこんなところまで追いかけてくるとはな。そんなに早く(オレ)のモノになりたいのか? ハッハッ、()い奴よ」

 

 アインツベルン城中庭、その中央の石像の上に我が物顔で立っているギルガメッシュ。

 笑いながら、掲げていた手を振り下ろした。

 手元に浮かんでいだ光の中から剣が射出される――イリヤにではなく、イリヤに駆け寄ろうとした士郎の脚へ。

 反射的に飛び出して剣を振るうセイバー。射出された剣を弾き飛ばしマスターを守る。

 狙われた事に気づいた士郎はたたらを踏んで立ち止まり、ギルガメッシュを睨んだ。

 これでは迂闊にイリヤに近づけない。

 

 イリヤが無事だった、間に合った――それはいい。

 だがそれ以外は想像以上に最悪だった。

 セイバーは信じられないといった風にバーサーカーを見る。無敵の強さを誇った大英雄が、全身を宝具に刺されて半死半生となっている。これでは協力して英雄王を倒すどころではない。

 せめてこうなる前に合流できていれば勝機もあったのに。

 そして士郎とセイバーが当てにしていた戦力は、もう一人いる。

 

「イリヤスフィール、アヴェンジャーはどうしたのです!? まさか彼女もすでに……」

「い、いないの……街に、お兄ちゃんをさらいに行って……まだ、帰ってきてな……」

 

 その時、セイバー達の後ろ、半壊したロビーの天井の一部が崩れた。

 瓦礫が床に落ちて音を立てる。たったそれだけの事がイリヤの言葉を途切れさせる。

 

「ひうっ!」

 

 イリヤは驚いて目を閉じ、身をすくませてしまった。

 あの強気な少女が、たったそれだけの事で怯えるほど精神を追い詰められてしまっている。

 忸怩たる思いが士郎とセイバーの胸中に迫りつつ、自分達が未だロビーの中にいる事を不安に思わせた。

 先日のアーチャーとの戦いですでに天井には穴が空いており、今回のこれだ。もういつ完全倒壊してもおかしくない有り様。ギルガメッシュがちょっと天井目掛けて宝具をひとつ放てば、それで士郎は瓦礫の下だ。

 

「セイバーのマスターはそこで待つがいい。そこなら、埋葬の手間も省けよう」

 

 ギルガメッシュは小馬鹿にしたように言った。

 崩落寸前のロビーの中、そこから出たら士郎はきっと殺される。

 宝具で串刺しになって殺される。

 中庭にて震えている小さな少女に、駆け寄る事すらできない――。

 だから、代わりにセイバーが前に出た。

 ロビーを出て、中庭に踏み入る。

 そんなセイバーをあざ笑う声。中庭の隅っこ、無傷の壁に背中を預けている間桐慎二だ。

 

「あれあれぇ? なんか残念そうにバーサーカーを見てると思ったら、そうかぁ……セイバーだけじゃ勝てないから、アインツベルンの連中とつるもうとしてたって訳だ! 残念だったな衛宮……こいつらはもうおしまいなのさ! 乱暴なメイド共は宝具と瓦礫に埋もれてくたばっちまったし、アヴェンジャーは小便チビって逃げちまった。衛宮ぁ、お前もチビってんじゃないのか?」

 

 慎二の周囲はギルガメッシュの攻撃範囲に入らないよう加減されていたため、崩れかけのロビーと正反対の安全地帯である。

 そんなところに縮こまっている彼を、士郎もセイバーも気に留めない。

 慎二がギルガメッシュを使役している――そんな風に解釈する者は誰一人いなかった。

 騎士王と英雄王が睨み合う。

 

「……ギルガメッシュ……!」

()()()()()()()()――という訳ではないようだな。慎二の言った通り戦力目当てか?」

「……聖杯がここに……?」

 

 第四次の聖杯は、セイバーとギルガメッシュを残す二人となった段で不完全ながらも出現していたが、今回は偽物と判明したアヴェンジャーを除いても、サーヴァントは未だ四人が健在。

 聖杯を取るなど不可能なはずだ。

 

「やれやれ……聖杯が何であるか、未だ理解しておらぬのか」

「なんだと」

 

 瞬間、イリヤの表情が青ざめるのに士郎は気づいた。

 その傍らでバーサーカーが低く唸り、立ち上がろうとする。両足に突き刺さった剣の合間から噴水のように赤が流れ、イリヤが慌てて制止する。

 もはや戦意は無く、ただただ信頼するサーヴァントの身を案じていた。

 善悪の垣根を持たない純粋な少女。

 昨日の恐るべき殺意よりも、目の前に優しさを尊びたい。

 

「……セイバー。イリヤを連れて逃げられるか?」

「……無理です」

「でも、俺とバーサーカーで時間を稼げば……」

「シロウを殺さぬよう加減していたアヴェンジャーとは訳が違います。……我々は判断を誤った。むしろシロウだけでも逃げてください」

 

 ほんのついさっき、エアの前に敗れたばかりのセイバーだからこそ、勝機の無さを痛いほど理解できてしまっていた。

 ギルガメッシュは背を向けて逃げる者がいても、容赦なく射殺すだろう。その行為は決闘や戦争ではなく、単なる処刑、あるいはゴミの処理でしかないのだから。

 

「勘違いするなセイバー」

 

 ギルガメッシュがあざ笑う。

 

「ほんのついさっき、見逃してやったばかりではないか。構わぬ。そこな雑種を連れて逃げ帰るがよい。いずれ(オレ)みずから迎えに行ってやる。光栄に思えよ? 本来なら貴様から(こうべ)を垂れて(オレ)にかしずくべきなのだからな」

「戯れ言を――!」

 

 セイバーの剣が渦巻く風を振り払い、黄金色に輝き叫ぶ。

 同時に足元から風を放ち、全身を矢のように飛ばして一直線に英雄王の首を狙う。

 ギルガメッシュは悠々と一本の剣を取り出し、セイバーの聖剣と正面から打ち合った。

 力は、セイバーが上回っているはず。

 だのに敵の剣を折るには至らず、セイバーは大きくのけぞった。

 

「くっ――」

「ほう、この剣が欠けるか。流石は音に聞こえし聖剣よ。だが――」

 

 ギルガメッシュの背後に黄金の波紋が無数に浮かぶ。

 セイバーは数歩の後退でなんとか踏み止まり、腰を落として聖剣を構え直した。

 宝具が飛来する――古今東西に名を馳せた数多の宝具、その原典が惜しみなく騎士王を襲う。

 翡翠の瞳は的確にその射線を見切り、踊るように聖剣を振るい次々に弾き飛ばしていく。

 弾き飛ばすたび、セイバーの身体は後ろへと押されていく。

 

「傷も癒えぬまま(オレ)に挑んでは聖剣が泣くぞ。今のお前はエアを抜く価値もない」

 

 英雄王の語調が強まると同時に、宝具射出の勢いも強まる。

 ギルガメッシュはニヤリと笑って手に持っていた剣を消し去ると、即座にそれは弾丸として光から射出された。

 神話を彩る宝具の原典が迫る。セイバーはエクスカリバーで何とか弾き飛ばすも、自身もバランスを崩して大きく後退し、続けざまに飛来する数多の刃を身体の端々に受けてふっ飛ばされた。

 

「ぐあっ――!」

「セイバー!」

 

 わざわざ身体に刺さらないよう加減されるという醜態をさらしながらセイバーは石畳を転がったかと思うと、突如その周囲に浮かんだ黄金の波紋から無数の鎖が飛び出してくる。

 

「これは――!?」

「そこで見ているがいい。後で、お前が望んだ聖杯の正体を教えてやる」

 

 鎖はセイバーの四肢、胴体、首へと絡みつき、その身体を石畳へと縫いつける。

 それでもと抵抗しようとするや、首の鎖がぎりりと絞めつけを強くして窒息の苦悶に陥ってしまう。――抵抗をやめれば、それは鎮まった。これでは抵抗しようとしたら無駄に体力を消耗するだけになってしまう。

 

「そんなっ、セイバーが……」

「クッ。エアを抜かせなければ、あるいは、抜く瞬間の隙を突ければと思ったのですが……甘かったようです……シロウ、逃げてください」

 

 ギルガメッシュはセイバーを花嫁とする事にこだわっている。

 少なくとも当分殺される事はないだろうし、反撃のチャンスも訪れるかもしれない。

 だからせめて、士郎だけでも逃げ延びてくれれば――。

 

「駄目だ! あいつにセイバーは渡さない。イリヤも殺させない!」

 

 猛り、士郎は魔術回路を起動する。

 両手に光が迸り、白と黒の双剣が握られる。

 それを見てイリヤは嘆くように表情を歪め、ギルガメッシュは不快げに眉を寄せた。

 

「そのような贋作で……」

「うおおおぉぉぉ――!」

 

 士郎は無謀にも英雄王に向かって駆け出した。入場を禁じられた中庭に、焼け果てた花壇を乗り越えようとして――黄金の一閃。

 双剣を交差させて受け止めるも、たった一発の宝具によって双剣はまとめて砕け散った。

 両腕が衝撃で痺れ、焼けてしまった花壇の上に転がり(すす)まみれになってしまう。

 駄目だ。戦力が違いすぎる。

 

「――お兄ちゃん!」

 

 イリヤが悲鳴を上げる。

 ひたすらに、ひた向きに、兄と慕う少年のみへと向けた心の叫び。

 それを聞き届けたのは巌の巨漢。未だ復元の間に合わぬ身体に鞭打ち、立ち上がらんとする。

 

 ――あの少年が傷つくと、小さきモノが悲しんでしまう。

 

 ならば打ち払おう。この生命、燃え尽きても。

 あの黄金の英霊を打ち倒さねばならない。

 

「……貴様も存外、つまらぬ英霊であったな」

 

 落胆を口にしながら、ギルガメッシュは新たなる宝具をバーサーカーに射出しようとする。

 士郎もセイバーも動けず、イリヤは無力だった。

 死ぬ――。

 一秒後に、バーサーカーは死んでしまう。

 そこにいる誰もがそう確信した。

 

 

 

「おい金ピカ」

 

 

 

 赤く染まった空から、声が降ってきた。

 半壊したロビーの上に位置するバルコニー。本来中庭と繋がっていなかったその場所に、紅白姿の復讐者が立っていた。紅いマフラーをなびかせながら、暗い瞳で見下ろしている。

 ガラリと、四階ほどの高さから小さな瓦礫が落下した。

 ギルガメッシュは眉根を寄せる。

 

「お前がアヴェンジャーを名乗っている()()か」

「私はイリヤのサーヴァントだ。お前こそ誰だ。これはお前の仕業か」

 

 目に余る惨状を前にして、アヴェンジャーは天気でも訊ねるような気安さで訊ねた。

 

(オレ)の名を知らぬ――それこそが不敬よ」

「おいイリヤ。この頭のめでたそうな成金野郎はどこのどいつだ」

 

 どうでもよさそうに視線をそらし、小さきマスターを見やるアヴェンジャー。

 するとイリヤは、今にも泣きそうな声で怒鳴り返した。

 

「ば――バカモコウ! 何で、もっと早く帰ってこなかったの!?」

「おーい衛宮士郎。そっちの金ピカくんはお前の友達?」

 

 イリヤはもう、アヴェンジャーの素性を取り繕う余裕もないのか"モコウ"と名前呼びになってしまっている。

 色々と問いたい事はあったが、士郎はぐっとそれを飲み込んだ。

 今はそんなものは後回し。今はこの場を乗り切るべく、彼女を頼らねばならない。

 

「あいつはギルガメッシュ――人類最古の英雄王だ! 第四次聖杯戦争の生き残りで、セイバーもバーサーカーでも歯が立たずやられちまった! 頼む、力を貸してくれ!」

「人類最古とはまた……だいたいいつ頃?」

「えっ、あ――紀元前2000か、3000か、それくらいだ」

「なんだ、()()()()()()()な」

 

 つまらなそうに鼻で笑うアヴェンジャー。最古という言葉が期待外れだったとでも言うように。

 それを見て、ギルガメッシュは露骨に機嫌を悪くしてアヴェンジャーを見上げる。

 

「話には聞いていたが随分と妙な結界をまとっているな。雑種どもがサーヴァントと見誤ってしまうのも百歩譲って分からなくはないが……何とも情けない話よ」

 

 やれやれとかぶりを振って、さらに深く、踏み込む。

 

 

 

「幻と実体、常識と非常識の結界を二重にまとっているのか……? ふむ、どこぞの幻想世界から迷い込んだか」

 

 

 

 ズバズバとアヴェンジャーの正体を暴いていくギルガメッシュ。

 アヴェンジャーはほんの僅か目を細めるも、それ以上の反応を見せずマスターに問いかける。

 

「それにしてもイリヤ。随分とこっぴどくやられたな。旦那も……死にかけじゃないか」

 

 さっきから妙に態度が軽い。

 もっと苛烈で攻撃的な人物だったはずだが。

 

「なに……言ってるのよ、バカモコウ! 早くそいつを殺して! セラもリズも、そいつに殺されたのよ!! バーサーカーだってもう……残り1回しか……!!」

「ッ――――そうか。セラとリズは死んで、バーサーカーも、もう()()……ね」

 

 アヴェンジャーは紅いマフラーを解いてその場に放ると、冬の風が強く吹き、マフラーを空へとさらっていった。

 それを視線で追った後、瞬きの間に視線をイリヤへと戻したアヴェンジャーは、ニヤリと笑いながらふわりと浮かび上がる。

 背中から紅蓮の翼を噴出させ、夕焼けの赤をますます紅く染めていく。

 

「――イリヤ、邪魔だから下がってろ」

「な、ナマイキなコト言って……あいつをやっつけないと、許さないんだから! バーサーカー、早く再生しなさいッ。モコウと一緒にあいつを殺すのよ!」

 

 そう言いながら、覇気を取り戻したイリヤは後ろへと下がっていく。

 バーサーカーも闘志を奮い立たせて、斧剣を握る手に力を込めて身を起こす。

 ――アヴェンジャーが戦ってる間にイリヤを保護できるのでは?

 士郎はよろめきながらも立ち上がり、事の成り行きをうかがう。

 

「いいやイリヤ、それには及ばない」

 

 アヴェンジャーは妙な事を口走ると、背中の炎を推進力として爆発させ、脚に業火をまといながら突進した。

 一直線に、バーサーカーに向かって。

 

 

 

「凱風快晴飛翔脚ッ!!」

 

 

 

 完全に不意を突かれたバーサーカーは血塗れの胸に強烈な蹴りを受けてのけ反り、身体を支えようとするも両足に刺さった剣の合間から血を噴き出させてしまい、その場に崩れ落ちた。

 訳も分からずイリヤが青ざめる。

 

「モコウ――!?」

「クックックッ……生半可な炎じゃびくともしないお前でも、傷だらけのその身体では耐えられまい! 燃え尽きて消え失せろバーサーカー!!」

 

 声を荒げるアヴェンジャーの周囲に熱風が吹き荒れたかと思うや、バーサーカーの倒れた地面が爆発し、猛烈な火柱が空を焼かんばかりに立ち昇った。

 全身を炎に包まれたバーサーカーが叫ぶ。

 

「■■■■――ッ!?」

「ハァーッハッハッハッ! この時を待っていたぞバーサーカー! 私の手で消し去ってやるこの時をなぁー!! 正規のサーヴァントだからとデカいツラしやがって……ざまぁーみろぉぉぉ!」

 

 

 

 ――それは。

 あまりにも唐突で、あまりにも残酷な裏切りだった。

 苛烈ながらも、イリヤのために身を挺していたアヴェンジャーが。

 こんな絶体絶命の窮地の中でまさか。

 士郎とセイバーの瞳が烈火に染まった。バーサーカーを包む炎を映したのではない、心のうちより燃え上がる感情によって。

 

「アヴェンジャー! どういうつもりだ、何やってやがる!」

「貴様――イリヤスフィールを裏切るのか!?」

 

 怒りを込めた詰問。

 しかしアヴェンジャーはどこ吹く風。炎に巻かれるバーサーカーを見て愉しげに笑っている。

 そんな二人のサーヴァントを、イリヤは呆然と眺めていた。

 

「えっ……? な、なんで…………」

「ククッ――イリヤ、今までアレコレ命令しやがって。これからは()()()()()()()()()

 

 アヴェンジャーはみずからの髪を一房つまむと、唇の前に持ってきて指で弄び始めた。

 挑発するような態度に、イリヤは困惑を深める。

 

「モコウ……?」

「これから最大火力でバーサーカーを跡形もなく消し去ってやる」

 

 眼を細めて、冷淡に告げるアヴェンジャー。

 口元の髪をバサリと放り、イリヤはハッとしてバーサーカーを見る。

 炎の壁の向こうで、猛獣の如き瞳と視線を交わした。

 だが今際の別れなど許さないとばかりにアヴェンジャーは全身に炎をまとう。

 バーサーカーを包む火柱に匹敵するほどの大火力が巻き起こる。

 

「自滅火焔大旋風――ッ!!」

「バーサーカー!」

 

 アヴェンジャーは火焔の竜巻と化して、バーサーカーを包む火柱へと突っ込んだ。

 ふたつの業火が混ざり合い、猛烈な業火が視界を赤く染め上げていく。

 

「――――ッ!!」

 

 イリヤの叫びは轟音に呑み込まれ、士郎達の耳に届く事はなかった。

 代わりにギルガメッシュの感心したような声が届く。

 

「ほう? 珍しい炎を使う……純粋な生命力を完全燃焼させた自爆攻撃か。隙は大きいが、これならばサーヴァントであろうと無事ではすむまい」

 

 残酷な死亡宣告。

 そんな事あって欲しくないと士郎は願うも、赤々と燃える大旋風が収まったその場には――紅白衣装の少女、アヴェンジャーしか残っていなかった。

 バーサーカーはいない。

 渦巻く紅蓮の業火に巻かれて、消えてしまった。

 その光景を見て、イリヤは瓦礫の上に膝をつく。

 苦しげに胸を抑えながら息切れになっており、見開いた目でアヴェンジャーを見つめている。

 

「はぁっ、はぁっ…………モコウ……」

「ご苦労だったなぁ、イリヤ」

 

 ズカズカと無遠慮な足取りで歩み寄ったアヴェンジャーは、右手でイリヤの襟を掴むや乱暴に持ち上げる。

 その凶行に我慢ならず士郎は飛び出そうとしたが、アヴェンジャーは即座に左手を払い、無数の魔力弾を投げつけてきた。それらは士郎の脚に命中し、再び地べたに転がさられる。

 

「うぐっ――!」

「お兄ちゃ――あうっ!?」

 

 アヴェンジャーがイリヤに顔を突きつけ、嫌らしい笑みで語りかける。

 

「これでお前はもう――私に頼る以外の道が無くなった! 最後に残ったサーヴァントをぶち殺して聖杯を横取りすれば、聖杯は私のものだ! クッククク……安心しろ、分け前はくれてやるよ。余ったらな」

「うぐっ、くっ……!」

 

 イリヤが何か喋ろうとするたびアヴェンジャーは襟を握った手で絞め上げる。

 弱い者を嬲って悦に浸るその所業に、士郎の腸は煮えくり返った。

 アヴェンジャーはまたもや自身の髪を一房掴むと、その毛先で筆のようにイリヤの頬を撫でながら小馬鹿にしたように囁く。

 

「大人しく従ってもらうぞ」

「…………っ」

「あのサーヴァントは、隙を見てぶっ殺してやるつもりだったが――」

 

 髪を放し、空いた左手でイリヤの脇を掴んだアヴェンジャーは、チラリと士郎を見やる。

 怒りを込めて睨み返しながら、士郎は脚の痛みをこらえて立ち上がる。

 たいして魔力を込めず放たれた光弾だったらしく、痛みは大きいが怪我には至っていない。

 ――双剣を投影してイリヤを取り戻す。士郎の思考は一色に染まった。

 取り戻せるかなんて分からない。取り戻せた後どうするかなんて分からない。

 ただ、アヴェンジャーの魔の手から一刻も早く解き放ってやりたかった。

 

「金ピカのおかげで手間がはぶけたな。――そら、預かってろ小僧!」

 

 しかしアヴェンジャーはみずからイリヤを投げ捨てた、士郎に向かって。

 慌てて双剣を捨てて両手を差し出し、イリヤの小さな身体を抱き留める。

 脚の痛みが再燃した。いかにイリヤが軽いとはいっても、今の士郎には立っていられないほどの衝撃だ。

 せめてイリヤが傷つかないようにと、あえて後ろに倒れる。

 今度は土ではなく石畳の上に尻餅をつき、肉を通り越して坐骨にまで痛みが走った。

 

「ぐっ――イリヤ!!」

「ケホッ、コホッ……」

 

 咳き込むイリヤをいたわるように抱きしめながら、士郎は裏切り者を睨みつけた。

 愉しげに笑い返される。この状況でまったく悪びれていない。

 

「アヴェンジャー……お前がそんな奴だったなんて……!」

「そいつにはまだやってもらう事があるからな――しっかり守ってやれよ、()()()()()

 

 からかうように言い、アヴェンジャーは改めて敵へと向き直る。

 中庭の中央に立つ黄金のサーヴァント、ギルガメッシュへと。

 

 

 

「フンッ――何とも見苦しく、身の程知らずな女よ。いったいどこから紛れ込んだ」

「うるさい期待外れ。何が人類最古だ、億年前から出直してきな」

 

 ギルガメッシュの戦闘力を分かっているのか、いないのか。

 アヴェンジャーはあまりにも安すぎる挑発を吐き出した。

 

「何たる思い上がり……不老不死に胡座をかいて、己の価値を過信しているのか」

「程度が知れたな英雄王。不老不死に胡座をかく? そんな発想する時点で俗物なんだよ。口先でなんと言おうが実際は羨ましがってる証拠だ。ああ、浅ましい。聖杯の願いは不老不死か?」

「馬鹿め――不老不死など蛇にくれてやったわ。第一、不老不死など神話を見渡せば()()()程度のものだ。そして不老不死が死ぬのは()()()()()()()()()()()()()()()()よ」

「つまりお前は本物の不老不死を知らん訳だ。ハハッ、物知り顔でも所詮はそんなものか」

「では試してやろう――何で殺せば死ぬか、どのように殺せば死ぬのかを!」

 

 嘲笑し、ギルガメッシュは両腕を広げた。

 途端にその周囲に無数の黄金の光が波紋となって現れ、その内より無数の宝具が出現する。

 

「古今東西、不死殺しを成した宝具――その原典の数々だ!」

 

 アヴェンジャーはそれを見て感心したように笑うと、身体を大の字に広げた。

 すると彼女の周囲にフェニックスのオーラが浮かび上がり、その雄々しき翼のあちこちに妖力が集中して熱を帯びる。

 

「つまり肝心の不死殺しができないガラクタか。採点してやるからかかってきな」

 

 互いの笑みが攻撃色に彩られる。

 ほんの数秒の静寂の後、示し合わせた訳ではなく同時に二人は行動を起こした。

 ギルガメッシュが手を振り下ろす――黄金の光から数多の武器が放たれる。

 アヴェンジャーが手を振り払う――紅蓮の光から無数の火焔が放たれる。

 狭間の空間が金と紅に彩られ、けたたましい爆音と共に世界が紅に染まっていく。それはアヴェンジャーの火焔弾がことごとく打ち砕かれ、火の粉となって周囲に散らばった事を意味した。

 バーサーカーの肉体すら物ともしなかった英雄王の蹂躙は、アヴェンジャーの小柄な身体へと群がって炎とは違う紅を噴水のように撒き散らす。

 あっという間に肉塊と化したアヴェンジャーは断末魔の叫びすら上げられず、その場に崩れ落ちてしまった。

 

 士郎は息を呑む。ここまでは想像していた通りだ。

 アヴェンジャーは何度も蘇ってきた。首を落とそうとも、心臓を貫かれようとも、木っ端微塵に砕けようとも。

 しかし此度、彼女の命を奪ったのは英雄王の誇る不死殺しの原典。

 

「…………モコウ……」

 

 腕の中でイリヤは身をすくませると、恐怖をあらわにして震えた。

 しかしそれでも狂乱は鎮まり、すがるような眼でアヴェンジャーの死体を見ていた。

 あれほど手痛い裏切りを受けたのに、まだ彼女の命を案じているのだろうか?

 

 士郎としても、アヴェンジャーには蘇って欲しい。悪辣な裏切り者だったとしてもこのまま蘇らないのであれば、次に狙われるのはきっとイリヤだ。

 チラリとセイバーを見る。未だ鎖によって床に縫いつけられている。

 自分達はもう詰んでいるのだろうか。

 唾液がすべて蒸発してしまったかのように、口の中はカラカラだ。

 士郎が一歩、後ずさったその時。

 

 剣の刺さったままのアヴェンジャーの肉体が光となって弾け、すぐさまその場に五体無事の肉体を復元させる。

 腕の中でイリヤが弛緩するのを感じた。

 

「ふむ? 不老不死には各々異なる論理があり、そこを突かねば果てぬものだが……」

 

 自慢の不死殺しで仕留められなかったにも関わらず、ギルガメッシュのプライドは微塵も傷つけられた様子がない。

 それどころか興味深げにアヴェンジャーを見つめつつ、みずからの周囲に新たな武器を再装填する。不死殺しの武器の原典が、あれっぽっちの数であるはずがない。

 

「幻と実体、常識と非常識、二重結界をまとったその身の内側――()()()()()()()()

「やっぱり不老不死に興味があるのか? 卑しい男だ」

「不老不死の霊草ならば、とっくに我が財の中にあるわ。一度は蛇にくれてやったが、なかなかにレアな一品ゆえ蒐集家の血が騒いでな。さてアヴェンジャー。貴様の不死の秘密はなんだ? (オレ)の眼にかなえば財に加えてやってもよい……不死の起点となる物のみをな」

「…………。こんなガラクタと一緒にされてもなー。成金趣味すぎて審美眼が腐ってるのか? 草の他には何が入ってる? ビー玉? セミの抜け殻?」

 

 

 

 アヴェンジャーは元々、攻撃的な言動を繰り返す性質の持ち主だった。

 それでもイリヤを労ったり、相手の実力を認める面もあったはずなのに。

 

 ――それらはすべて演技だったのか、裏切りによって本性を曝け出したのか。

 

 ギルガメッシュの実力を目の当たりにしながら、一切の評価をしようともせず、馬鹿にし続けるほどに愚かなのか。それほどまでに悪辣なのか。

 あんなモノを見て、イリヤはどんな気持ちでいるのだろう。

 

 

 

「……真作と贋作の区別もつかぬ愚物めが」

 

 ギルガメッシュは顎を上げてアヴェンジャーを見下しながら、赤き双眸が鋭さを増す。

 強まっていく怒気は空気を張り詰めさせ、その場にいる者達の呼吸を苦しくさせた。

 隅っこでヘラヘラ笑いながら見ていた間桐慎二も、畏怖して黙り込んでしまっている。

 

 今まで散々死んできたアヴェンジャーが、かつてないほど惨殺される。され尽くす。

 そう確信させる恐ろしさがあった。

 

 

 

「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く死に死に死に、死んで死の終わりに冥し」

 

 しかしアヴェンジャーは猛獣のような笑みを浮かべて前へと踏み出す。

 双眸を見開き、吊り上げ、まっすぐにギルガメッシュを睨む。

 唇を吊り上げて白い歯を剥き出しにし、背中から紅蓮の炎を噴出させて翼とする。

 

「暗い輪廻から解き放たれた亡者は! 大人しく"英霊の座"とやらに還るがいい!」

 

 

 

 斜陽に沈む城――無垢なるメイドが心を込めて咲かせた庭園の花はすべて焼け落ち、夕陽と火焔の紅が痛々しいまでに照らしつける。

 不死鳥と英雄王の眩き激突が始まった。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。