イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第30話 ハートキャッチ☆イリヤ城

 

 

 

 射出――中庭の中央、石像の上に屹立する黄金のサーヴァント、その周囲に浮かぶ黄金の波紋から無数の宝具が射出される。

 不死殺しの宝具、その原典である多種多様な剣が次々に迫りくる。

 

 アインツベルンのサーヴァントとなった白髪(はくはつ)少女。

 アヴェンジャーを名乗って聖杯戦争を惑わした咎人。

 第三魔法天の杯(ヘブンズフィール)を宿した蓬莱人。

 藤原妹紅。

 

 イリヤを裏切り、バーサーカーを焼き殺し、不死殺しの宝具を物ともせず蘇り英雄王を侮辱し、あらん限りの蛮行を見せつけた女が次に見せたのは、あまりにも美しい動きだった。

 己に向けられる武器、その切っ先の角度、射線、それらを見極め――――身を投じる。

 

 前傾姿勢となって前面投影面積を減らしつつ身を捩り、鮮やかに宝具の隙間を潜り抜けた。

 それを知覚できたのは屹立する英雄王と、地べたに縫いつけられた騎士王だけ。

 中庭の隅に引き下がっている間桐慎二はもちろん、守るべき者を抱いている士郎も、抱かれているイリヤにも、まるで身体を宝具が通り抜けたように錯覚した。

 

 ――グレイズは弾幕少女の嗜みだ。だが宝具の嵐、迂闊にかする訳にはいかない。

 

 なびく髪の毛の一部を消し飛ばされながら、妹紅は疾駆しながら両手に火力を集中させた。

 随分と硬そうな鎧だ。セイバーの鎧すら切り裂けないこの火爪が通じるとは思えず、狙うなら剥き出しの顔。

 強く、鋭く、激しく――渾身を込めて繰り出す。

 

「デスパレートクロー!!」

 

 火爪が奔る。今まで使っていた火爪より強力で巨大な火焔斬撃が、空を切り裂いて降り注ぐ。

 ――ギルガメッシュは表情すら変えず、スッと左腕をかざした。

 甲高い金属音が響く。三筋の斬撃は黄金の小手に触れるやあっさりと四散し、その衝撃は内側の肉体へまったく届いた様子がない。

 ならばもう一撃とばかりに妹紅はもう片方の手を振り上げる。大地を切り裂いて立ち昇る第二の火爪。それもまたギルガメッシュの右腕によって遮られてしまう。

 

「――ほう? 素手にしてはやる。凡百の英霊なら切り裂けるであろうよ」

「そのツラ切り裂いてやるよ凡百野郎ッ……!」

 

 英雄王を感心させる火爪も、今は黄金の小手を奏でさせる楽器にすぎない。だがわざわざ防御するという事は、剥き出しの顔面に叩き込んでやれば通用するという事。

 

 火の粉が舞い散る中、着地した妹紅は石畳を蹴って左方向へ急転換しながら両脚を炎上させる。

 顔の見える角度から回転蹴りを繰り出そうとするも、ギルガメッシュの背後――死角にあった剣が射出され、妹紅の首を鮮やかに切り飛ばした。

 赤い噴水を散らしながら倒れた死体を、ギルガメッシュはじっくりと観察する。

 

 不死殺しは何も、道具のみで行うものではない。行為によって成される事もある。

 たとえば首を落とす、死体を焼き払うなどは、不死殺しの常套手段だ。

 しかしその程度の死、聖杯戦争の中だけでもとっくに味わい尽くしている。

 妹紅の肉体が光となって四散し、ギルガメッシュの背後に無傷の姿で出現する。

 

「死体を焼いて灰にしても、意味は無さそうだな」

 

 よくある不死殺しの方法、そのひとつを口にした途端、地面から漆黒の剣が突き出された。

 蘇ったばかりの隙。妹紅は腹部を貫かれ、直後、その全身を白く染めながら凍結した。

 冷たき剣によって血管、神経に至るまで凍りつく激痛は絶叫すらも凍てつかせる。妹紅は、不意打ちしようと腕を振りかざした姿勢のまま地に落ち、凍った身体を不格好に砕いて死んだ。

 直後、氷の欠片すべてが爆散して消えるのをギルガメッシュは呆れた目で見やる。

 

「まだ息があるのか。生き汚いな、娘」

 

 今度は距離を取って復活する妹紅。

 今にも崩れ落ちそうな城の壁を背にして蘇り、割れた窓枠に足をかける。

 悔しいが攻撃力、防御力の差は明らかだ。弾速も速いしこちらの隙を的確に狙ってくる。

 だというのに、小馬鹿にする表情を作って鼻で笑う。

 

「はんっ、剣ばっかでバリエーション不足だな。お前の宝具もたかが知れる」

「我が財こそ世界のすべて。真作と贋作の区別もつかぬ愚か者よ、()くと滅せい」

 

 チラリと横目で獲物を捉えながら、ギルガメッシュは次なる弾幕を繰り出した。

 剣ばかりと言われて癪だったのか、今度は槍や矢はもちろん、斧や棍なども交じっている。

 窓枠を蹴って回避するや、それらの宝具は壁へと吸い込まれて瓦礫を撒き散らし、大気を震わせながら城はますます崩壊した。

 

 妹紅はお得意の飛行能力によって空を旋回すると、夕焼けが背となる空間に身を潜ませて不死鳥のオーラを広げた。

 途端に白色の魔力弾が数珠なりになって撒き散らされ、ギルガメッシュもろとも庭園を絨毯爆撃して石畳をガリガリ削り取っていく。

 

「キャッ――!」

「イリヤ!」

 

 巻き添えになってはたまらないと士郎は庭園の端まで逃げた。慎二とは反対側だ。

 取り残されたセイバーは鎖に繋がれながらもみずからの魔力を高め、対魔力の障壁によって白の光弾を跳ね飛ばす。

 ギルガメッシュは相変わらず石像の上に立ったままで、その頭上に円形のシールドを出現させて光弾の嵐をしのいでいた。

 

 ――雨の日に傘をさすような気軽さだ。

 

 これ以上は無駄と光の雨が止んだその時、太陽の中にすでに妹紅の姿は無かった。

 だがギルガメッシュは崩落しかけのロビーへと視線を移す。

 かつてアーチャーが空けた風穴を降りてロビーへと移動した妹紅は、動きが読まれていた事に舌打ちをしながら両手をかざし、大型の火球をぶん投げる。

 

凱風快晴(フジヤマヴォルケイノ)オオオオオオッ!!」

 

 英雄王を討つべく火力を重視した大玉の一撃は、新たに放たれた宝具の一撃によって爆発を起こしてしまう。だが妹紅はあえてその爆炎に身を投じ、全身を焼きながらギルガメッシュに迫った。

 爆炎を抜けた瞬間、両者の視線がぶつかる。

 同時に空中で急制動をかけた妹紅は、どこからか無数の札を取り出し、円形に投げ飛ばす。

 無差別発火の符によって幾重もの小爆発が巻き起こり、さらにみずからの脚を炎上させて突進。火力によって自傷するほどの火脚を英雄王の顔面に叩き込もうとする。

 が、それもまた間に出現した盾によって弾かれてしまう。あまりにも硬い衝撃に骨が異音を立てて痛み、身体も暴風にさらされたかのようにふっ飛ばされてしまった。

 

「くっ……ガキみたいにオモチャを投げまくりやがって!」

「どうした不老不死。そのような非力でバーサーカーを嘲笑(わら)ったか」

 

 盾が消え、黄金の波紋が浮かび、また殺戮の弾幕が放たれる。

 妹紅は折れた脚の痛みを意識の外に追いやって、空中で大道芸のように身体を回転させた。

 股の間、脇腹の横、頭の肩の間、ギリギリのラインを宝具が突き抜けていく。

 わずかにかすった片耳が、ちぎれて宙に舞った事など些末。

 

 ――遠距離なら宝具弾幕を避けられる。

 だが格闘戦を仕掛けたらこちらに隙が生じ、反撃を受けてしまう。

 かといってこのまま遠距離から攻めていても埒が明かない。

 何とか隙を作って近づかねば。

 

 ギルガメッシュは嘲笑を浮かべた。おどけるような声色で告げる。

 

「よく避ける。なるほど、人形どもに動きを仕込んだのはお前だな?」

「ああ? ……あいつらと遊んだのか。楽しかったか?」

「なかなか美しく舞い踊り、散っていったぞ。貴様のような愚物には過ぎた人形であったわ」

「っ……そりゃ結構!」

 

 妹紅は怒気とともにフェニックスのオーラをまとい、赤い光弾を過剰なほどばら撒きながら燃え盛る炎を鳥の形にして撃ち出した。一度に五羽。大空を覆わんばかりに飛翔する。

 嘲笑を浮かべた英雄王は大型トラックほどはあろうかという巨大な石弓を出現させると、超高速のホーミングレーザーを九本同時に放った。

 五つの閃光が五羽の火焔鳥を射落とし、残る四つの閃光が妹紅に迫りくる。

 あまりにも速すぎる自機狙い攻撃の四重!

 一本、二本、かろうじて避けるも、右足の痛みに一瞬視界がかすむ。

 三本目と四本目――それぞれが右肩と左足を射抜き、四肢の半分がちぎれ飛ぶ。

 右足はすでに骨にヒビが入っている。唯一無事な左手で果敢に火球を投げ飛ばすも、狙いがそれて石畳を浅く砕いた。

 

 

 

 

 

 

「くっ――イリヤ、城の外に車が停めてある。それに乗って一人で逃げろ!」

 

 苛烈する弾幕合戦を見て、士郎はついにイリヤを手放した。

 自分の身を盾にしているだけでは守れない、そう悟って。

 嘘か真か、イリヤは車の運転ができる。だったら一人でも逃げられるはずだ。

 しかしイリヤは戸惑い、動こうとしない。

 

「えっ……お、お兄ちゃんは?」

「俺はセイバーを助ける」

 

 未だ鎖に囚われたままのセイバー。流れ弾程度なら対魔力でしのげるが、あんな不安定な状態で大火力の弾幕を浴びでもしたらどうなるか分からない。

 鎖さえ外せば、アヴェンジャーが戦っている隙に逃げられるかもしれない。

 

「無理よ! 流れ弾に当たったらシロウなんか……それにあいつはまだセイバーを殺す気は無い。シロウが行くことないじゃない!」

「それでもセイバーを見捨てるなんてできない。あんな奴にセイバーは渡さない」

「……だめ、そんなのダメよ。シロウはわたしの側にいないと駄目なんだから!」

「俺もイリヤと一緒にいたい。だから、昨日みたいな事はもう勘弁な――!」

 

 言って、士郎は火の雨の中へと身を投じた。

 幸い火力重視の大玉はギルガメッシュに向けられており、舞い散る火の粉が服や肌を焦がす程度ですむ。ギルガメッシュはこちらに興味を示さない。

 幾つかの火傷を負いながらセイバーの元にたどり着いた士郎は、鎖を掴んで剥がそうとする。

 

「シロウ――! 何をやっているのです、イリヤスフィールを連れて逃げてください!」

「馬鹿言うな、セイバーを置いていけるか!」

「彼女なら車を運転できる、二人でならまだ逃げられるのです。凛と合流を!」

「くっ……素手じゃ無理だ。投影開始(トレースオン)

 

 白と黒の双剣を投影し、その負担に喘いで身をよじる。

 それでもと踏ん張って鎖に刃を立てるがびくともしなかった。

 

「なんて頑丈な……」

「シロウ!? 鎖に掴まってください!」

 

 セイバーが叫ぶや、その身を強烈な風圧が包む。

 ――頭上が赤く染まる。

 士郎は双剣を地面に突き立て、急いで鎖にしがみついた。頭上で風の防壁が火焔球と衝突し、熱気が肺に流れ込んでくる。

 光が収まって見上げれば、地上から放たれる黄金の軌跡と、天から降り注ぐ無数の紅蓮がぶつかり合っていた。数で上回る炎はギルガメッシュには届かず、悪戯に中庭を焼くだけだった。

 

「シロウ――!」

 

 そんな中に、幼い声が響く。

 振り向いてみれば、イリヤが火の雨の中に飛び出していた。

 

「イリヤ!?」

 

 士郎は叫び、視界の端に新たなる炎を見つけるや、狼狽しながらも双剣を引き抜いて投擲する。

 イリヤに当たりそうだった火球は回転する白の中華剣によって切り裂かれた。

 

「あうっ……!」

 

 火の粉と熱風に巻かれながらもイリヤは立ち止まらない。

 士郎は両手を広げて少女を迎え入れながら叱りつける。

 

「バカ! 何で来た!?」

「だって、わたし……」

 

 上空で大爆発が起こり、大地を揺るがす爆音がイリヤの声を途切れさせた。

 灰燼と化したアヴェンジャーは肉体を復元させながら爆炎の下を飛び交い、ギルガメッシュに目掛けて機関銃のように光弾をばら撒きながら怒鳴る。

 

「物陰で縮こまってろ! お前はッ! ()()使()()んだからなぁ!」

 

 黄金の王にいいように殺され続けながらも傍若無人に振る舞う紅白の少女。

 イリヤはそれを見上げ、何かを堪えるように歯噛みする。

 その姿が痛ましく思え、士郎は盾になるようにして前に出る。

 

「あんな奴に構うな。車までお前を担いで行く、そこからは一人で逃げろ」

「――それはできない。しちゃいけないの」

 

 しかしイリヤは、決意みなぎる眼差しで天を見据える。

 不尽の炎を翼としてまとい、荒々しくも美しい弾幕を演じて英雄王に挑み、殺されて殺されて殺されながらも戦いをやめようとしない、不死身の少女をまっすぐに見据える。

 

「わたしは――この戦いを見届けなきゃいけないの」

 

 その真摯な姿に士郎はためらう。

 イリヤは何を見届けるつもりなのだろう?

 バーサーカーを殺した裏切り者の惨めな末路か、アヴェンジャーが英雄王を滅ぼす姿か。

 いずれにせよ、これでは仮に車まで連れて行ったとしても運転などすまい。

 見届けるため、きっとここに戻ってくる。

 

「ああ、もう――俺から離れるなよ!」

 

 セイバーの対魔力、及び風王結界(インビジブル・エア)の範囲内にいれば、いっそ崩落の危険があるロビーよりは安全かもしれないし、いざとなれば士郎が盾となる事もできる。

 防ぎ切れないような流れ弾が来たら、負担を覚悟で宝具を投影し、迎撃しなければならない。

 そのような決意をする士郎に、セイバーが声をかける。

 

「シロウ。傷が癒えて魔力が回復すれば、鎖を無理やり引きちぎれるかもしれません。何とか持ちこたえてください」

 

 魔力のパスはすでに繋ぎ直してある。

 時間をかければセイバーも回復していく。

 しかしセイバーも士郎も防御のため魔力を使わざるを得ず、回復する時間的余裕など無い。

 それでも士郎はうなずいた。

 

「――ああ。イリヤもセイバーも、俺が守る」

 

 夕焼けが次第に昏く沈んでいく。

 絶望の闇が降りて来ようと、行く道が見えずとも。

 あきらめてしまえば、そこが終点だ。

 士郎とイリヤは身を寄せ合い、不死鳥と英雄王の戦いを見つめた。

 

 

 

 

 

 

 ランサーのゲイ・ボルクを思い出す。治癒を阻害する呪いの槍の痛みのきつさ。

 ギルガメッシュの放つ数え切れないほどの不死殺しの宝具は、大半が意味のないものだった。死のロジックが働かずただ刃物で刺されただけの痛みですんでいる。

 

 死という概念を与える武器は怖くない。

 だが――致死量の苦痛を与える類の武器はそうもいかない。

 

 休み無く放つ弾幕、繰り返される死と再生。

 死んで死んで生まれ生まれ、輪廻から外れて閉じた小さな環を巡り巡り回る。

 それらは凄まじい速度で藤原妹紅の体力を削り落としていた。

 

「ハッ――慣れてるんだよ、お宝頼みの弾幕は!」

 

 それでも妹紅は笑う。

 避け続けるほどギルガメッシュの攻撃は激しさを増す。

 

 数が増える。

 速度が上がる。

 角度が多彩になる。

 前から。横から。頭上から。足元から。背後から――。

 もはや妹紅を踊らせる事よりも、不死の正体を暴く事を目的とした英雄王は、逃げ道を塞ぐように宝具を放ってくる。

 

 

 

 ――ルールの無い世界で弾幕はナンセンスである。

 そんな事を言っていた幻想郷の魔女を、妹紅は思い出した。

 スペルカードはルールがあるが故に多彩だ。しかし何の制限も無いという事は最適解を求め、余計な事はしなくなるのだ。

 弾幕に置き換えて言えば、出来るだけ隙間の無いように撃つか、出来るだけ速く、大きな弾を撃てば良いだけなのだ。

 ――確かに、隙間を潰して速いだけの弾幕なんてつまらないなと実感した。

 

 

 

 迫りくる刃の合間に身を滑り込ませれば、その穴を塞ぐよう新たな刃が放たれる。一見弾幕ごっこに似ているせいで、妹紅は条件反射でその穴に飛び込んでしまい幾度かの死を味わった。

 せめて迎撃か防御ができれば切り抜けられもするが、生憎こちらの手札は炎と魔力弾ばかり。

 たまらず泣き言が漏れかけ――。

 

「クッ。こんなの巫女でも――いや、あいつなら避けるか」

 

 火力はともかく、自分よりよっぽど弾幕ごっこが上手な連中を思い出して苦笑した。

 日頃から不死身にかまけた戦いをしているせいで、攻めるのは得意だが避けるのは駄目。肝試しの時も散々ショットを撃ち込まれた。

 異変解決の専門家連中の回避技能は本当にすごい。リプレイして眺めたいほど鮮やかだ。 

 仮に異変解決する側になったら、やっぱり自爆しながらステージを進むのだろう。無限に死んだり、死にまくったり、残機が無いゲームになってしまうと、どっかの神主が言いそう。

 幻想郷に帰ったらノーミスクリアの練習でもしてみるかと、場違いな思考が浮かんでしまう。

 

 集中力を乱すな。

 英雄王の不可能弾幕を前に、妹紅は己を叱咤しながら吼える。

 

「だいたい、何が世界の財のすべてだ! 大法螺を吹いてんじゃない成金野郎!」

「すべての起源は我が国ウルクに帰結し、シュメールの叡智によって()()()()()()()()()が造られた。それ以後の世にある万物はすべて転輪し劣化した複製にすぎぬわ!」

「だったら聖杯戦争に首を突っ込むな! 聖杯の元ネタとやらで満足してろ!」

「この世の財はすべて(オレ)の物。それを掠め取ろうとする盗人に罰をくれてやるのが王たる(オレ)の敷いた法よ! さあ、己が罪を自覚するがよい!」

「お前から――盗んだ覚えはない!」

 

 どこからか無数の短剣を取り出し、負けじと妹紅も投擲する。

 その金属の刃は妖力を帯びてはいたものの、輝ける神秘の刃によってことごとく砕け散った。

 そんな中、漆黒の剣が妹紅に突き刺さる。

 剣はみずから歌声を上げ、妹紅の全身がドクンと脈動した。

 

「むっ。魂を喰らう魔剣すら干渉できぬのか?」

「ぐっ……聖杯に、託す願いもないのか! ハッハッ、成金趣味のくせに欲が無いな。いや、さては相当恥ずかしい願いだから人に言えない訳か! さては恋人(おんな)だな? お前みたいな悪趣味野郎に惚れる女なぞ、古今東西どこを見渡しても存在しないだろうからなぁ!!」

 

 漆黒の剣を掴み、引き抜こうとする。

 しかし意志を持って妹紅の肉体に喰らいついているのかびくともしない。

 

「馬鹿め、(オレ)の花嫁はセイバーと決まっておるわ。それに聖杯の使い道も決めてある」

「ほう!? 言ってみろ、笑ってやる!」

「人類の一掃だ」

 

 あまりにも馬鹿げた使い道に、妹紅は思わず崩れかけの尖塔へと飛び移って動きを止めた。

 ボタボタと赤い血が零れ落ち、身体が冷たくなっていく。

 

「――ハハッ。なんだ、随分と安っぽい願いだな。悪の親玉ごっこか?」

「今の世は無駄が溢れすぎている。人類も思っていよう、どうやら自分達は増えすぎたようだと。故に(オレ)みずから間引いてやろうというのだ。神代において人の命は尊く、美しいものだった。奴隷にすら役目があり不要な者などはいなかった……貴様も見ているのではないか? 夜の闇の中、光を灯して蠢く虫ケラの如き人間の姿を」 

 

 天の星空が霞むような、地の星空。

 人工の光で夜を満たし、ビルの窓から漏れる光は星となって、道路を行き交う自動車のランプは幾重もの流れ星となる。

 文明は進歩するものだ。しかしほんの数百年の間に、文明はあまりにも進みすぎた。

 人も――増えすぎたのかもしれない。

 

「クッ――クックックッ、今度こそ本当に、化けの皮が剥がれたなぁ」

 

 願い。望み。

 己の主義。信じる正義。

 そういうものをあの男も持っている訳だ。

 妹紅は一旦、身体を光の粒子へと変えて消滅する。漆黒の剣だけがその場に残り、尖塔を滑り落ちて下にいた間桐慎二のかたわらに突き刺さった。小さな悲鳴が上がる。

 再び復元した妹紅は尖塔のてっぺんに立ち、尊大にギルガメッシュを見下す。

 

 

 

「要するにド田舎暮らしの猿山の大将が世界の広さにビビってるだけか。威張れるのは人の少ない狭い国の中でだけ。世界なんて大きなものは、自分のチッポケな器じゃどうにもできないと。ハッハッ――身の程を知ってるから恥ずかしくて誤魔化してる訳だ」

 

「世界を俯瞰で見られぬ有象無象には分かるまい。そもそもこの地上、宇宙の果てまですべてがこの(オレ)の庭。花壇に湧き出た害虫を駆除するのは当然であろう」

 

「太古の英霊なんて言っても実際に生きた年数は数十かそこら、よくて三桁ちょいだろう。それっぽっちの人生でよくもまあ思い上がれたもんだ。千年も生きてない餓鬼が戯言(たわごと)をほざくな!」

 

「フッ――我が(まなこ)は未来を見通す。たかが数百、あるいは数千年の人生……さぞくだらぬものばかり見てきたのであろう。言動から矮小さが滲み出ているものなぁ!」

 

 

 

 ギリッ――妹紅は奥歯を噛みしめる。

 復讐のためさすらった千年の歳月、出遭った怨敵への終わらぬ復讐劇。

 何も築かず、何も生まず、何も託さず――きっと、無為な人生だったのだろう。

 あんな傲慢でいけ好かない野郎だというのに、賢者の説教に通じる鬱陶しさがある。

 そんな妹紅を嬲れていると自覚して、ギルガメッシュは愉悦の笑みを浮かべた。

 

「ククッ――つまらぬ挑発ばかりではあるが、王に向けるのであれば極刑に値すると知れ」

「ハッ、王様らしくギロチンで殺してやろうか?」

「……しかし、未だ殺し切れぬとはどういう事だ?」

 

 顎に手を当て、訝しげな眼差しとなった英雄王は、改めて思案する。

 物事の筋道を立て、幻想と非常識のベールを覗き込む。

 

「こんな俗物がこれほどまでの不死性を得るなど道理に合わぬ。あの無知蒙昧な感性、生まれついての不死ではあるまい。あれほどの不死を得る道程となると只事ではあるまいに。……(オレ)は何か見誤っているのか?」

 

 面倒くさそうに唇を歪める英雄王。

 今まで的確に妹紅の謎を暴き続けてきた見識者ですら首を傾げる深奥の秘密とは。

 

 

 

「何やら()()()()がしてきたぞ……」

 

「みずからの死を予感でもしたかぁッ!」

 

 

 

 気合を入れて全身を発火させ、火力を充実させていく。

 荒々しい熱風に尖塔が崩れ、下方にいた慎二が慌てて逃げ出した。

 すぐさま鎖の外側に肉体を復元した妹紅は、攻撃的な笑みを浮かべながらがむしゃらな火焔攻撃を再開する。

 火焔鳥、火焔球、火炎放射。

 炎のオンパレードが中庭全体に降り注ぐ。周囲の壁や瓦礫もお構いなしに焼き払っていく。

 爆風が周囲に渦巻き、アインツベルン城を包まんばかりに展開される火焔弾幕空間。

 しかし――イリヤ達の周りだけは決して炎は降ってこなかった。

 妹紅の事情を鑑みればイリヤを巻き込む訳にはいかず、ギルガメッシュという強敵に苦戦しながらも注意力を割いている。

 

「ひぃぃぃ! ギルガメッシュ! 早くなんとか――うわっ!? あぁぁぁ……」

 

 爆炎の向こうに慎二の姿と悲鳴が呑まれる。

 マキリの孫だが、ギルガメッシュを引き連れてきた以上、そうそう気遣ってもやれないし、気遣う余裕もない。イリヤを巻き込まないようにするだけで精一杯なのだ。

 

 悲鳴のあったあたりをチラリと見たが、尖塔の瓦礫がガラガラと降り積もっていた。焼け焦げて死んだか、瓦礫に押し潰されて死んだか、あるいはロビーの中にでも逃げ込んだか。

 分からないが、間桐慎二なんて邪魔なだけだ。

 最悪の場合マキリには――――――知らんぷりしよう。

 

 意識を切り替えてギルガメッシュへの攻撃に集中する。

 とにかく、隙を作らねば何も始まらない。

 降り注ぐ炎の大嵐など物ともしないギルガメッシュ。

 

「ええい、おぞましい! その正体、是が非でも暴いてくれよう!」

 

 妹紅の全方位に黄金の波紋が浮かび、幾重もの刀剣が一斉に発射される。

 もう何度目の光景だろう。さすがにきつくなってきた。

 弾幕の最中だったため大回りで避けるゆとりは無い。どうせ狙い撃たれるのを承知で、わずかな隙間を見つけて飛び込む。

 数多の弾幕遊戯を潜り抜けた妹紅だからこそできる神業であった。

 だが。

 鋭い槍、細身剣、一対の短剣が新たに飛来し、狙いすましたように四肢へと突き刺さる。その勢いの苛烈さにふっ飛ばされ、城に壁へと縫いつけられてしまった。

 不可能弾幕。スペルカードルールではなく聖杯戦争なのだから、やるに決まっている。

 

「ガッ――!!」

「此度は急所を外してやった。不死を生き地獄へ招くヒュドラの毒矢、()く味わうがよい」

 

 黄金の波紋に、一本の矢が番えられる。

 毒矢――漂う瘴気に猛烈な悪寒が走った。

 アレを受けて死ぬか死なないかなんてどうでもいい。

 ただ、アレがもたらす苦痛など味わいたくないと直感する。

 

 

 

 かつて、神より不死を継ぎし半人半馬の賢者がいた。

 彼の"教え子"はとある戦いの最中、ヒュドラの毒矢を誤って彼に当ててしまった。

 不死ゆえ賢者は死なず、されど不治の毒は決して癒えず永遠の苦しみへと陥ってしまう。

 半人半馬は苦痛に耐えきれず、ついにみずからの不死を神に還す事によって安らかな死を迎えたという。

 その死は神々にすら悼まれ、彼の姿は星座となって夜空に輝く事となった。

 ――"教え子"は今も、その悲劇を悔やんでいる――。

 

 

 

 異国の神話などそう詳しくない妹紅だが、それでも本能を刺激する恐怖から即座に全身を焼却する。矢が、風圧で灰を撒き散らした。

 不治の毒を受けて、半人半馬のように復活しても永劫に毒に苛まれるかは試してみなければ分からない。あちらと違って妹紅は毒に侵された身体を捨て去り、無垢な肉体をゼロから創生できるのだから。

 だが、仮に一度の死しかもたらさないとしても――その苦痛からは逃れられない。

 

「流石に逃げるか」

 

 英雄王が馬鹿にするように言うが、そんなの知ったこっちゃない。

 体力と気力を根こそぎ奪われる危機を回避してのけた妹紅は肉体を復元させず、あえて魂のみの紅きオーラとなってギルガメッシュに迫る。

 パゼストバイフェニックス。バーサーカーでさえ為す術のなかった妹紅の闘法。限界ある肉体を捨てて不滅の魂のみで憑依し、終わらぬ攻撃を繰り返す耐久スペルだ。

 時間制限を設けなければ、それこそ勝つまで終わらない。

 

「フンッ! 剥き出しの霊体など殺してくれと言っているようなものよ! 喰らえ、死神が振るうとされる刃の原典を!」

 

 ギルガメッシュの手元に禍々しい大鎌が出現し、喜悦の笑みと共に投げ放たれる。

 命を刈り取る概念――その恐るべき刃は紅いオーラに触れた途端、お互い反発するように弾き飛ばされてしまう。鎌は地に落ちたが、紅き魂は空中をよろめくだけで一切の損傷が無い。

 その光景が、ひとつの解をもたらす。

 

「物質化した魂――だと!?」

 

 聖杯に生贄すべてを焚べて完全起動させねばたどり着けぬほどの奇跡――第三魔法。

 そんなものに至っているものがなぜ、アインツベルンの人形などに取り入っていたのか。

 当惑したギルガメッシュは迫りくる紅き魂を睨み、憑依されてはかなわぬとついに石像の上から飛び退いた。焼け果てた花壇、その土で靴底を汚してしまう。

 

「おのれぇ……!」

 

 不滅のレッドソウルはしつこく黄金のサーヴァントを追いかけながら、純粋な魔力と生命力を色とりどりな光弾に変えて射出する。

 ギルガメッシュは軽やかに跳躍し、半壊したアインツベルン城を駆け上がりながら次々に宝具を射出する。それらは妹紅の魂に一切の傷をつける事はできなかったが、幾つかの宝具は先の大鎌と同じように妹紅の魂を弾き飛ばした。

 地べたにぶつかった魂は、跳ね上がりながら光を強めて人の形へと変化すると、身を翻しながら毒づく。

 

「ケホッ――埒が、明かない!」

「貴様ァ……どうやってその奇跡を宿した!」

「いい加減にお前も死ねぇ!」

 

 大玉の火焔を繰り出す妹紅。それはギルガメッシュの足元、まだかろうじて残っている城の屋根に当たって爆発し、足場を崩壊させた。

 ギルガメッシュは咄嗟に足元を蹴って跳び、空中から忌々しげに睨みつつ宝具を放った。妹紅の右肘から先が無くなり、血飛沫が舞う。

 それを見て嘲りを浮かべながら、中庭の中央近くに着地した。

 

「……今の炎、(オレ)を狙っていたと思ったのだがな? はて、何故足元などにそれたのか」

「……お前は地べたを這いずってるのがお似合いって事だよ」

「蘇生したばかりの五体満足で狙いを外し、こちらの単純な攻撃をまともに受けるか。どうやら蘇生に限界はなくとも、体力はそうではないらしい」

 

 今までの聖杯戦争において、妹紅は消耗し切る前に戦闘を終了していた。

 体力の限界という弱点を知っていたのはアインツベルンの面々のみ。

 故に敵は妹紅を殺し続けるだけでは意味がないと見誤ってきた。

 その不死身っぷりに辛酸を舐めさせられていた士郎とセイバーは、至極単純な弱点を目の当たりにして驚きを抱く。

 イリヤは唇をきつく閉じ、黄金の英雄を睨んだ。

 ギルガメッシュは訝しげに眉をひそめる。

 

「……この奇跡、貴様などのために用意されたものとは思えん。誰かから掠め取ったか」

「お前から掠め取るのは無理だな……この世のすべての財とやらを集めた王様は、どうやらその奇跡をお持ちじゃないようだ」

「下郎が……!」

 

 ちぎれた右腕をそのままに、藤原妹紅が疾駆する。面積が小さい方が避けやすいってもんだ。

 ギルガメッシュの周囲に数十の宝具が浮かび上がり――射出。

 生命の炎を燃やしながら、妹紅は苦笑した。向けられた刃の多さ。自分の小さな身体を滑り込ませる隙間はどこだ。

 かろうじて頭をねじ込める空白を見つけて無理やり飛び込む。

 

 ――グレイズは弾幕少女の嗜みだ。

 

 かすめた刃が頭皮もろとも、頭のリボンを切り飛ばす。

 胸から腹にかけて鋭く縦に切り裂かれ、肋骨に寒さを覚える。

 左腕も肩からちぎれ飛んだ。

 右の膝を何かがかすめてバランスを崩して転倒する。

 すぐさま背中に無数の刃が殺到し、腹の中で臓腑がぐちゃぐちゃにかき混ぜられた。

 すぐさま自爆してすべてリセット。痛みも傷も消し去って無傷の身体をその場に復元。

 

「ハァッ――!!」

 

 体力は戻らず息切れを起こす。

 もうほとんどやれる事が残っていない。密着して全生命力を燃やした自爆攻撃を叩き込んでやれば、あの生意気なツラをこの世から抹消してやれるだろうか。

 立ち止まる訳にはいかない。足元に広がる剣の群れをかき分けて進む。

 視界の左右に光が見えた。

 左右同時に見るなんて器用な真似はできないので、前だけを見て、前だけに走る。

 左から太ももに突き刺さった黒い剣に、左半身を凍結させられる。

 右から脇腹に突き刺さった黒い剣に、右半身を溶解されて苦悶が広がる。

 だから、かろうじて動いた両腕を斜め後ろに向け、手元で炎を爆発させる。

 みずからの爆風に焼かれながら前方に飛ぶ。ギルガメッシュの嘲笑が近づき、視界の外へと流れ出る。単に妹紅が地面に突っ伏しただけだ。頬を石畳で擦りながら、自爆だ。とにかく自爆する。

 自爆して肉体を再生させなきゃどうにもできない。痛い、苦しい、疲れる。そんな事実を言い訳にしている暇があったら前に進め。

 肉体を復元、同時に前面に展開される波打つ刃の長剣。避けてなんかいられるか。みずから飛び込み腹に突き刺す。

 急所は外れた。即死はしないが数分以内に死ぬ程度の負傷。だから急所じゃない。

 ニヤリと笑うと同時に左肩に細身の剣が突き刺さった。いったい幾つ宝具があるんだ。いや身体を凍結させる黒い剣は二度使われた。再利用してるのか。ズルい。キリがない。不死身の自分も人の事は言えないかと自嘲する。

 意識が切れそうになる。

 

「――モコウ!」

 

 イリヤの悲鳴が聞こえ、脳天まで突き抜ける痛みを受け入れて意識を覚醒させる。

 

「っ……()()! まだまだやってやる、英雄王ぉぉおおおッ!!」

 

 右手を伸ばす。引っ張ってくれ。連れて行ってくれ。

 願いを胸に抱いて心身に鞭を打つ。今回はまだ両足が無事だ。走れ!

 

「ええい、いい加減にせぬか! 醜悪な戦い方をしおって!」

「うるさいバーカ! 成金趣味の……くだらない、バカが! くたばれ!」

 

 ――語彙が尽きてきた。

 口喧嘩は得意なつもりだったが、そもそもよく知りもしない相手の悪口なんてたかが知れてる。

 だがあれほど規格外の英霊となると、立派な逸話がいっぱいありそうだ。ケチつけるのも大変かもしれない。いやむしろ立派な逸話にケチをつけてこそ小市民というものだ。

 

 それに――少なくとも性格は確実に悪い!

 輝夜より悪いかも……いや輝夜の方が悪い! しかし今は輝夜より悪いという想定で挑め!

 

 吼えろ、罵声を浴びせろ。あの偉大な力を貶めろ。

 怒れ、こっちを見ろ。こっちの意識はすでに焼きついてる。神経はもはや身体を動かすためではなく、痛みを伝えるためだけに存在し、呼吸とは肺の中の空気を絞り出すためにある。

 

 数本の剣が正面から飛来する。狙いが甘い。消耗した身体でも避けられると確信して合間をすり抜けようとするも、一本が左の太ももをかすめて血を滲ませ、一本が頭皮を削り取って血を噴き出させる。避けられると思った攻撃を避けられないほど弱っていたと自覚する。

 だが、立ち止まるほどの攻撃じゃない。

 額から流れ落ちる血が右目を塞いだが知ったこっちゃない。左の目は見えている。

 そら、もうすぐ右手が届く。

 

「ええい、おぞましい!!」

 

 空から馬上槍が降ってきた。

 鋭く重たい円錐は右側の二の腕の肉を半分以上えぐり取り、今にも届きそうだった右手がぐったりと垂れ下がる。

 ギルガメッシュが嘲りの笑みを浮かべ――。

 

「人間ってのは! おぞましいものだろ!!」

 

 ちぎれる寸前の右腕を振り上げる。

 指先にありったけの火力を込めて、大気を鋭い火爪が切り裂いていく。

 

 ほんの刹那であった。

 妹紅の右腕はもはや筋組織を喪失しており、振り上げる事は不可能である。しかしほんのわずか血肉が繋がっているのなら、妖力を通す事はできる。

 手の甲や肘から火炎を噴射させて推進力とし、無理やり腕を振るわせたのだ。

 その光景にギルガメッシュは身の毛を震わせてしまう。人間のおぞましさを肯定しながら、おぞましい特攻をしてくる藤原妹紅の姿を間近で見せられ、本能的な嫌悪が背筋を走ったために。

 その刹那に、火爪が炸裂する。

 

「なにい――ッ!?」

 

 指の届かぬ距離まで伸びた斬撃はギルガメッシュの顎をえぐり、頬骨を削り、その断面を炎で焼いて激痛を与えた挙げ句、未来を見通す(まなこ)の左側に、内側からめり込んだ。

 頬骨の亀裂から割って入った火爪が、後ろから眼球を押し出すようにして貫き、眼球内部におぞましい熱気が注ぎ込まれる。眼球内の水分が沸騰し、あらゆる宝石に勝る美しき紅眼は、紅色の血と炎を吐き出して破裂した。

 同時に、妹紅のえぐられた右腕は伝わる炎の威力に耐えられず、二の腕からちぎれ、どこかに飛んで行ってしまった。

 

 ――黄金の鎧が無ければ、今ので心臓をえぐれていたかもしれない。邪魔な首鎧が無ければ、首を切断できていたかもしれない。しかしそれを言うのは贅沢だろう。

 殺されて、殺されて、殺されて、殺されてなお、喰らいつき続けた執念が英雄王へ届いた。

 

 隻腕となった妹紅は絶好の機を掴んだと自覚し、左腕を振り上げて火爪をまとわせた。

 右目を潰せば無力化できる。首を刎ねてやれば殺せる。頭蓋を引き裂いて脳みそを沸騰させてやるのもいい。だが手段を選んでいられるほどこちらにも余裕は無い。とにかく確実に火爪を叩き込まねばと決意し――。

 

「――エルキドゥ!」

 

 ギルガメッシュが吼える。

 指先がギルガメッシュの顔に触れようとした直前、左手首を鎖に絞め上げられた。

 さらに右肩、右足首、左の太ももと足首と、四肢を厳重に絡め取られ、バランスを崩してその場に崩れ落ちる。まるでギルガメッシュに(こうべ)を垂れるように。

 空間から飛び出した鎖によって、とうとう不死鳥は捕らえられてしまった。

 

「こんな鎖――!」

 

 消耗を差し引いても、鎖を引きちぎるような腕力は元々持ち合わせていない。一度魂と化してから脱出すべきだ。

 だがそうはさせまいとギルガメッシュは禍々しい剣を取り出し、踏ん張ろうとした妹紅の右脚にスッと突き通した。太ももを貫通してふくらはぎを、そして地面にまで届いて縫いつけられる。

 

「クッ――よもやこのような下郎に玉体を傷つけられるとは。(オレ)とした事が遊戯に耽りすぎてしまったようだ。――そうら、死なぬよう痛めつけられ、自爆する気力すら剥奪された気分はどうだ?」

 

 力が抜けていく。

 宝具の力で呪いでもかけられたか? だとしたらどれだ? まだ身体に刺さってる剣か?

 それとも出血と消耗で朦朧としているだけか?

 だとしたらリザレクションできてもすぐには回復しない。

 血のしたたるステーキとパインサラダを食べて、とびっきりの抱き枕と一緒にぐっすり眠りでもしないと――。

 

「あっ、ぐ……」

「無駄だ。自爆すれば鎖から逃れられもしようが、もはや貴様にそんな力は残っておらん。肉体の死を待つより他にない」

 

 この距離ならイリヤを巻き込まず強力な自爆でダメージを与えられそうだが、確かに大規模なスペルを使う体力はもう無い。ギルガメッシュもそれを分かっているから、この距離を許している。

 まだ左腕に火爪の妖力は残っているが、鎖に捕らわれてしまった。

 虚仮威しに炎翼を広げるくらいはできそうだ。

 太陽は没しつつあり、夜の帳がゆるやかに下り始めていた。

 

 

 

 

 

 

「アヴェンジャーが……やられた……」

 

 二人の斜め後ろ方向にいる士郎達は、ついに屈した不死身の少女の背中を絶望的に見つめる。

 士郎と、地面に鎖で縫いつけられたままのセイバーは打つ手がないと理解してしまった。

 常識外の不死性を以て、あそこまで喰らいついても。

 バーサーカーを圧倒したように、幾らでも殺し尽くせる圧倒的火力を持っているのが英雄王。

 あれはもはや個による武力ではない。

 どんなに優れた兵士も、騎士も、魔術師も、個で戦争そのものに勝つのは不可能だ。

 あれは――そういう類の英霊だ。

 結局、鎖をちぎるほどの回復はできないまま。

 きっと最善手はセイバーを見捨て、イリヤだけでも連れて逃げる事だったのだろう。士郎みずから車を運転するか、あるいは徒歩でこの森を駆け抜けるか、そのような無謀をしてでもだ。

 

「モコウ……」

 

 イリヤはみずからの腕を抱いて震えている。

 今にも泣き出しそうな、今にも叫び出しそうな、そんな顔で。

 じっと、妹紅とギルガメッシュを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 捕縛完了した妹紅の左腕を高々と吊り上げて見せしめにするようにし、左顔に醜い傷跡を作ったギルガメッシュは憎々しそうに唇を歪めつつ、獲物の肢体を舐めるように見回した。

 

「フンッ。安い挑発で(オレ)に隙を作ろうとしていたようだが、それを成したのは貴様の目に余るほどのおぞましさによるものだ。(オレ)を不快にさせ、左眼を奪った罪、万死に値する」

「……ハッ、ようやく……あんたの大事なモノを盗めたって訳か」

 

 ざまあみろと心中で毒づく。

 宝を有り余るほど持っていて、偉そうで――ああ、大嫌いなタイプだ。

 正直かなわない。なぜこんな奴が聖杯戦争に交ざってるんだ。話が違う。やってられない。

 すべての宝具の原典を持ってるなんて眉唾だと思ってはいるが、これだけ雨あられと惨殺されては疑う気持ちも萎えていく。

 

「貴様自身に価値など無いが、不死の正体には興味がある……ふむ、()()か?」

 

 隻眼のギルガメッシュは今すぐ妹紅を惨殺したいのを堪えながら、真相究明のため鋭い貫手(ぬきて)を放った。

 今まで膨大な宝具に頼り、湯水の如く使ってきた男が、素手を使った理由。

 それは、妹紅の身体からある()()を引きずり出すため。

 

「――ゴポッ」

 

 右胸の、やや下のあたり。

 肋骨を突き破って、赤々とした生き肝が抜き出される。そのショックで妹紅の右腕の切断面からも血がドクンと漏れた。

 縛られたままのセイバーと、それに寄り添う士郎とイリヤは、一様に息を呑んで成り行きを見守る。おぞましさに身の毛を震わせながら。

 ギルガメッシュは紅い管で繋がったままの生き肝を右眼の前まで持ち上げると、眉をひそめる。

 

「やはり妙だ。魂を物質化させる奇跡が、なぜ生き肝なんぞに溜まっている? …………いや、待て、これは……」

 

 語尾が乱れ、ギルガメッシュの右眼はますます大きく見開かれていく。

 生き肝を凝視し、唇を歪に歪めていく。

 

 

 

「ばっ――莫迦な! ()()()()()()()()()()が、なぜここにある!?」

 

「――――ッ」

 

 

 

 妹紅の生き肝を抜いたギルガメッシュが、逆に度肝を抜かれてしまっている。

 その思索ははるか神代、シュメールの都市国家ウルクにまで遡っていた。

 蛇にくれてやった不老不死の霊草――あのおかげでギルガメッシュは真の意味で人となった。

 不老不死を追い求めて旅をした男は、不老不死など不要であるとの結論に達したのだ。

 だが、それはそれとしてレアな一品であるがゆえ、改めて不老不死の霊草を回収して宝物庫へと収めた。

 その霊草を他の神秘と混ぜ合わせ、正しく加工できたなら――より高次へ至る究極の不老不死の霊薬を作れるのではないか。そのような興味もあったが、結局それが実現する事はなかった。

 ギルガメッシュの宝物庫に不老不死の霊草はある。

 だが、この世のすべてを蒐集し、あらゆる道具の原型を作り尽くしたあの時代に、この世に生み出すべきではないとあえて()()()()()()()があるのなら――。

 

 

 

「クッ――ククク、そういう()()()()か」

 

 左眼の傷に手を当てながら、ギルガメッシュは声色を冷たくさせた。

 生き肝を見据える眼差しもまた不快そうに冷えていく。

 享楽や遊びに耽っているどころではない。

 

「成る程、道理である。その不可解な不死性、我が財をも退ける魂の力にもようやく得心がいったわ。()()()()()()()()()()であれば(オレ)の蔵にも入っておらぬ訳だ。まさか後の世で作っていようとはな」

 

 見抜いていく。暴いていく。藤原妹紅の不死の秘密を。

 そして、苛立たしげに舌打ちをし。

 

 

 

「……賢者XXめ、ふざけた真似を」

 

 

 

 ギルガメッシュは何やら奇っ怪な言葉を口にした。

 人間の舌では発音すらできず、人間の耳では正しく聞き取る事すらできない言語。

 賢者XXなる者への憤慨が英雄王の語気を乱す。

 

「こんなものが地上にあれば、宇宙はいずれ不死者によって埋まってしまう。生きても死んでもいない幽霊の如き連中が未来永劫と蔓延(はびこ)る……なんともおぞましい光景よ」

 

 怒気をあらわにして、ギルガメッシュは生き肝を妹紅の足元に投げ捨てた。

 ぐちゃりと音を立てたそれは潰れる事なく、未だ脈動を続けている。

 妹紅の視線が落ち、みずからの生き肝を眺める。

 そして。

 妹紅はすぐ視線を上げた。ギルガメッシュが新たな剣を取り出していたから。

 

「起きろエア、仕事の時間だ」

 

 それは――円柱のような黒い剣。

 ただそこにあるだけで、生けとし生きる者に根源的畏怖を与える剣だった。

 妹紅は呆然とそれを見上げ、喉を震わせる。

 

 永劫の呪いをその身に宿した時、宇宙の始まりか、あるいは終わりの光景を垣間見た。

 自分はそこへ行くのだと。永遠の生命を背負った者の末路がそれだと本能で理解した。

 その光景が、目の前に再び。

 

 みっつのパーツがそれぞれ別方向に回転を始め、風が吸い込まれていく。

 世界が軋みを上げていく。

 ギルガメッシュは静かに告げた。

 

「勘違いするなよ()()()。この剣は貴様に向けるのではない、裁定者としてその忌まわしき"薬"をこの世から排するためのものと知れ」

 

 

 

 この剣を受けたらどうなるのだろう。

 死ぬような気もするし、死なないままここではないどこかへ落とされて二度と帰ってこれないような気もすれば、やはり何てことなくいつも通りこの場で死んでこの場で蘇るだけな気もする。

 不死殺しの宝具が通用しない、なんて前科と醜態をこの男は晒しているのだし。

 

 

 

 でも結局は――受けてみなければ分からないのだろう。

 受けてみるのも一興、しかし。

 

「クッ――クッククク」

 

 それはそれとして妹紅は笑う。笑わずにはいられない。

 肩を揺らして笑いながら、妹紅はギルガメッシュの面差しを見上げる。

 

「――気でも触れたか?」

「流石の私も、()()は勘弁してもらいたいな――――()()ッ!!」

 

 血濡れの唇を目いっぱい開いて、風通しのいい腹からあらん限りの声を上げる。

 同時に背中に火力を集中。燃え盛る真紅の翼を出現させる。

 鎖に囚われ、空も飛べない不死鳥が、炎の翼を羽ばたかせる。

 

 

 

「今すぐ殺して!」

 

 今にも尽きそうな命を、渾身の力で燃やしての目くらまし。

 燃え盛る炎の音に紛れて、幼き声が真摯な願いを紡ぎ奏でる。

 燃え盛る炎の紅の向こうで、赤い光が幾何学模様を描いて輝く。

 

「バーサーカー!!」

 

 

 

 瞬間――エアを振りかざすギルガメッシュの背後に、眩い光が生じる。

 最悪の光景を予測して英雄王は首だけで振り返った。

 身体は、エアの風圧を支えるべく動かない。

 残された右眼に映ったのは、巌の如き剛体を誇る巨漢が背後に立つ姿。未だ傷の残る姿で屹立しながら、溢れんばかりの闘志を燃やしている姿。

 イリヤスフィールの令呪によって実体化と転移を最短最速で果たしたのだ。

 闘争心に満ちた眼光は爛々と輝いて、まっすぐに獲物を狙い定めている。

 無骨で大雑把な斧剣を、すでにもはや、振り上げている。

 

「■■■■■■――――ッ!!」

 

 天地砲哮、生けとし生きる者に根源的恐怖を与える膨大なプレッシャー。

 質量を伴った暴風がこれ以上なく鋭く、小さきモノの命令通り振り下ろされる。

 金属が引き裂かれる轟音を響かせて黄金の甲冑が砕け散り、もろともに骨肉を断ち切った。

 ギルガメッシュのすぐ手前にあった藤原妹紅と天の鎖ともども。血肉と臓腑が舞い、砕けた鎖が散り散りに弾け、目眩ましのための炎翼も呆気無く消失する。

 

「ガッ――!」

 

 刃はギルガメッシュの右肩から左の脇腹へと突き抜け、上半身と下半身を分割。

 合間からは血飛沫が漏れ、ギルガメッシュは断末魔の声と共に崩れ落ちる。

 エアを握った右腕は肩の根本から弾け飛び、執行者を失った剣は機能を停止していく。

 上半身と、右腕、分かたれた二つが各々地面に落下していく中、ギルガメッシュの瞳がギョロリとバーサーカーを睨み上げる。

 同時に、英雄王のかたわらに出現する黄金の波紋、そして槍の切っ先。

 バーサーカーの宝具十二の試練(ゴッド・ハンド)はもはや尽きている。もう死は覆せない。撃たれれば死ぬ。今度こそ死ぬ。

 

 

 

「死ねッ!」

 

 刹那の空白、妹紅が叫んだ。

 もろともに上半身を両断された身でありながら、鎖が緩んだために動くようになった左手が弧を描き、ギルガメッシュの胴体の()()()へと滑り込む。

 炎をまとった貫手(ぬきて)は邪魔な内臓を乱雑に押し分け、激しい苦痛を残酷なまでに与えながら、目当てのものを掴んで引きずり出した。

 

 それは心臓。

 生き肝を引きずり出してくれた礼とばかりに、英雄王の心臓をえぐり出したのだ。

 

 伸びた血管により未だ胴体と繋がったまま、弱々しい炎によって焼かれている。

 弱々しい握力によって圧迫され、神経を通して狂おしいほどの苦悶を与えている。

 

「――――ッ!!」

 

 もやは悲鳴すら上げられない英雄王にできる事と言えばもう、装填した槍を発射するだけ。しかしバーサーカーは死に際の反撃に慣れていた、妹紅が好んで使う闘法だ。槍の発射が一瞬遅れた事もあり、巌の巨人は寸前で槍を回避する。刃は――彼の黒髪を一部切り飛ばすのみに終わった。

 

 右腕を喪失し、上半身のみとなったギルガメッシュが前倒しに地面へと転がる。機能停止したエアを握る右腕もろとも。

 右腕を喪失済みで、さらに上半身のみとなった藤原妹紅が横倒しに地面へと転がる。右腕の断面図がぐちゃりと地面に密着した。

 

 もはや満身創痍の二人。

 だが妹紅の左腕は、掴んだ心臓を見せつけるように力強く掲げられていた。

 

 妹紅の生き肝は、未だ血管で繋がったまま、妹紅と同じく地面に転がっている。

 ギルガメッシュの心臓は、未だ血管で繋がったまま、妹紅の手中で鼓動している。

 

 ギルガメッシュは右眼を歪ませながら己の心臓を見、妹紅は酷薄に笑って指先に火爪を灯した。針を刺すようにして心臓の表面を突き破ると、最後の力を振り絞って内側へと炎を注ぎ込み、これでもかと膨張させてやる。

 ギルガメッシュから奪ってやった左眼にした事を、もう一度、今度は心臓にしているのだ。

 ほんの一瞬、心臓はその容量を倍ほどに膨らませ――風船のように弾け飛び、炎と血によって編まれた花を鮮烈に咲かせた。

 

 さしもの英雄王も、致命傷の二重奏から生き残る術など持っていなかった。

 

 

 

 ギルガメッシュの上半身と、機能停止したエアを握る右腕、そして不意打ちに巻き込まれた藤原妹紅の上半身と生き肝、血塗れのまま立ち尽くすバーサーカー。

 ほんの数秒ほどであるが、その場にいる全員が時間が静止したかのような錯覚に陥った。

 妹紅の死体、及び転がっていた生き肝が光の粒子となって弾け、その場に五体満足で復活する。地べたに座り込み、疲労によってうなだれた姿で。

 

「――お前も大概強かったが、覚えておけ英雄王」

 

 今までの荒々しい声色ではなく、英雄王への畏怖を孕んだ神妙な口調。

 されど、より強く信じた力のために勝利の言葉を毅然と告げる。

 

「私と旦那がタッグを組んだら、誰にも負けたりなんかしないんだよ」

 

 蓬莱人、藤原妹紅。

 大英雄、ヘラクレス。

 今まで醜態を晒しもしたが、この勝利は二人だからこそもぎ取れた。

 

 果たして妹紅の宣言は、英雄王の今際に届いたのだろうか?

 最後にギルガメッシュは赤眼を動かし、藤原妹紅の姿を見上げた。

 英雄王に計算外のものがあったとすれば、それは蓬莱の薬であり、その呪いの中で足掻き続ける不尽の炎であった。

 すでに日は没し、夜の帳が訪れ、暗く溶ける視界の中――。

 

 夕焼けのように輝く少女の姿を見つめたまま、決して瞼を閉じようとせず――十年間受肉していた肉体が光の粒子へと還り、風に溶け始める。

 同時に、妹紅の周りに落ちている鎖や刀剣、またセイバーを拘束していた鎖も光となって消え始めた。セイバーはむくりと上半身を起こし、バーサーカーを見やる。

 

「……生きていたのですか。では、アヴェンジャーは」

 

 

 

 あれらの裏切りは演技だった。

 バーサーカーを焼き殺す時『消えろ』と言ったのは、炎で目くらまししている間に霊体化させて隠すよう言いつけていたのだ。

 ――実のところバーサーカーを包んだ火焔の竜巻も、内側は空洞となっていた。霊体化した英霊を焼いて大丈夫なのか不安だったので。

 そして『あのサーヴァントは、隙を見てぶっ殺してやるつもりだった』というのもバーサーカーの事と思わせておいて、ギルガメッシュに隙を作るからその間に倒せという意味だったのだ。

 アヴェンジャーの遅参は予定されていたものではなく、事前の打ち合わせなどはできなかったはず。だというのに即興で作戦を通じ合わせ、見事にやり遂げたのだ。

 

 

 

 イリヤは二人のサーヴァントに駆け寄っていく。

 まるで迷子の子供が、父と母を見つけたかのように。

 

「バーサーカー! モコウ!」

「――ああ。お疲れ様」

 

 さっきまでの横柄な態度はどこへやら。

 屈託のない、いつものアヴェンジャーの姿がそこにはあった。

 地べたに腰を下ろしたままイリヤにほほ笑む。

 

「それにしても、よくあんなので作戦分かったな……」

「だって、傷だらけのバーサーカーを焼き殺すなんて――最初の日にやってるじゃない。同じ手はもう通じないのに、あんな真似する訳ないって……見え見えよ、バカ」

「正直ギルガメッシュからイリヤ達を守りながら戦える気がしなかった。だったら旦那にやってもらうしかないだろ。なにせ最強のサーヴァントだからな。…………よい、しょっと」

 

 妹紅は立ち上がろうとするもフラフラとよろめいてしまい、バーサーカーの腰にもたれかかると苦しげに喘いだ。

 体中の風穴も、生き肝を引きずり出された腹も、服ごと復元しているが――やはり体力は戻っておらず、一人で立つ事すらままならない。

 

「あー、しんど……すまん、流石に疲れた。細かい話は後にしよう」

「…………っ……」

「でもひとつだけ聞かせてくれ。セラとリズは――――イリヤ?」

 

 声を沈ませる妹紅の目の前で、イリヤは不意に胸を抑えてうつむいた。

 顔は蒼白になっており、よろめきながら後ずさる。

 

「やっ……こんな!? ……()()()()()……!」

「お、おい!」

 

 ぐらりとバランスを崩し、瓦礫まみれの硬い石畳に倒れようとするイリヤ。

 妹紅は支えようと飛び出そうとし、つまづいてしまう。

 

「イリヤ!?」

 

 士郎も駆け寄ろうとするが距離が遠い。

 だが、あわやというところで大きな鈍色の手がイリヤの身体を支えた。バーサーカーだ。

 いったい何事かと、妹紅と士郎はイリヤの顔を覗き込む。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 苦しげに喘ぎながらぐったりと虚脱しており、急な病気にかかってしまったように見える。

 英雄王のプレッシャーに心身を損ない、緊張の糸が切れたせいで表面に噴出したのか?

 

「何だか分からんがマズイ。どっかで寝かせないと」

「城はこの有り様だぞ? ああくそ、このままじゃ身体が冷える」

 

 士郎はところどころ焦げ跡のできたコートを脱ぐと、イリヤの身体にかぶせてやる。

 ほんの少し、表情が楽になったように見えたのは気の所為だろうか?

 これからどうすべきか、どうすればいいのか。

 疲れ切った頭で思考を巡らせようとしていると。

 

 

 

「バーサーカーは残り1回。アヴェンジャーは体力の限界」

 

 凛々しい、女性の声が。

 即座にセイバーは剣を手にして構えた。

 士郎、妹紅、バーサーカーの三名も声の方向を見やる。

 イガリマによって押し潰された城の一角、瓦礫の山の上に、赤い影が立っている。

 

 赤い衣のサーヴァントを従えた、赤いコート姿の魔術師。

 聖杯戦争のマスター、遠坂凛。

 

「――今ならまとめて片づけられるわね」

 

 その瞳は冷たく輝きながら、イリヤ達を見下ろしていた。

 

 

 




 妹紅が単独でGOB回避し切ってギルガメッシュを華麗に倒すの期待してた方々、申し訳ありませんでした。
 バーサーカーにUBWルートのお返しをさせつつ、妹紅に熱烈なハートキャッチをさせつつ、快勝ではなく、敗戦濃厚な死闘の果てに二人だからこその勝利をやりたかったんです。

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