イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第3話 バーサーカーとバーベキュー

 

 

 

 藤原妹紅が()()()()()()()()()()になった事を祝して宴会が開かれた。

 主に妹紅の独断で。

 

 正式な偽サーヴァント……正式な偽サーヴァントってなんだ……。

 高度な哲学問題が提唱され、これを解決するには哲学系偉人サーヴァントを召喚して議論を交わす必要があるかもしれない。

 

 イリヤがあまりにも奇妙な言葉を使うもので、セラとリズは混乱100%に陥ってしまう。

 

「あ、あのう……お嬢様? そやつは追い出すのではなかったのですか?」

「偽サーヴァントの偽アヴェンジャーにするって約束しちゃったのよ」

「なんでそんな!?」

「わたしのミスよ。言い訳はしな…………言い訳を並べたいわ、本一冊分くらい」

 

 ぐぬぬと歯噛みするイリヤと面白そうに笑う妹紅。

 瞬間的にセラの脳内で様々な物語が構築される。

 

 悪逆非道なモコウに焼印を押しつけられながら恫喝され、涙目になって唯々諾々と従うお嬢様。

 傍若無人なモコウに捕まって下半身をひん剥かれペシンペシンされ、赤面して従うお嬢様。

 品性下劣なモコウにハメられてハメ倒されて瞳の色を無くし、無気力に従うお嬢様。

 

「こ、こ、この……破廉恥性犯罪者ー!!」

「いったい何を想像したのー!?」

 

 あまりの豹変っぷりと妙な言葉の組み合わせに、かばわれたイリヤの方こそが狼狽してしまう。

 セラの脳内でイリヤが名誉を損ないに損なって損ない尽くしているのは明らかだった。

 実際、妹紅相手にしてやられたせいで損なってはいるのだが、別ベクトルでより最悪な損ない方をしているに違いなかった。

 

 仕方なく渋々と、イリヤは経緯を説明する。

 ルール決めた決闘で妹紅を負かせてやろうと思ったら、約束の揚げ足を取った挙げ句お空に誘拐されてしまい、さらに揚げ足を取って従属させてやろうとしたら流石は見事な第三魔法、あえなく失敗してしまったと。

 約束してしまった以上、それを破るのは沽券に関わるため、仕方なく、ああ仕方なく――。

 それらを聞き終えて、セラは吼えた。

 

「こ、こ、この……卑劣漢詐欺師ー!!」

「結局こうなるのー!?」

 

 落ち着いて話ができない。

 興奮状態に陥ったセラを相手にイリヤが四苦八苦しているのを見て、長くなりそうだなと思った妹紅は、傍観しているリズに気安い態度で声をかけた。

 

「歓迎会やろう」

「やろう」

 

 あっという間に通じ合った二人は、ご馳走の準備をするべく森へと出かけてしまった。

 イリヤ達がそれに気づいた頃には、二人はもう大きな鹿を仕留めているのだった。

 

 

 

       ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 鹿を解体するや、肉が新鮮なうちに――という事で早目の夕食となる。

 しかもせっかくだからバーベキューでわいわい食べようと言われた。冬の寒空の下でだ。

 

「大丈夫大丈夫。私が周りに火を敷いてやるよ」

 

 という妹紅の配慮で、炎のリングに包まれて肉を焼くというエキセントリックなバーベキューが実行された。中庭は修繕中かつ花壇に引火する危険があるため、城の外周の開けた場所を使う事になった。幸いバーベキューセットは倉庫にしまってあったためリズが持ってきてくれた。完璧。

 炎のリングの中央、鹿肉の焼かれる匂いを嗅ぎながら、イリヤはぼやいた。

 

「バーベキューってより、デスマッチさせられてる気分……」

 

 鹿一頭を焼き切るための大型鉄板。その隣にはイリヤのためのミニテーブルが用意されており、焼けた鹿肉をセラが配膳している。鹿狩りにリズが参加していなければこんなもの出さずにすんだのに、という苦渋の表情が見て取れた。

 リズは解体済みの肉、及び臓物をノリノリで鉄板に載せている。

 鉄板を熱する火も自前の魔術でやっている妹紅は、バランスを考えろと言いながら椎茸とタマネギとピーマンを焼いている。

 ピーマン……なぜあんなものを焼くのかイリヤには分からなかった。

 

「ほらイリヤ、肉ばっかりじゃ身体に悪いぞ。ピーマンも食え」

「モコウが焼いたんだから、モコウが食べなさいよ」

 

 野菜ならサラダやスープで食べればいいのだ。

 なんで焼いたピーマンなんか食べなければならないのだ。

 

「鹿肉を詰めてあるからジューシーで美味しいぞ。子供でも食べやすいはずだ」

「ピーマン抜きなら食べて上げる」

 

 焼き肉のみを単独で食べる。臭みが取れており下ごしらえの丁寧さがうかがえ、焼き加減も絶妙だった。脂肪が少なくあっさりした味わいでありながら肉汁はたっぷり。

 ピーマンの肉詰めは妹紅が箸で摘むが、イリヤがそっぽを向くとあっさりあきらめ――なぜか様子を見ていたリズの口へと運ばれる。

 

「あーん」

 

 なんて言って、リズはピーマンの肉詰めを食べてしまった。

 イリヤのサポートのためのホムンクルスなのに、なぜあんなものを食べられるのだろう。

 セラはイリヤのための新しい肉を取ろうと鉄板に戻ると、妹紅が勝手に皿に肉を載せた。

 

「ちょっとモコウ! これはニンニクで味付けしたものでしょう!? 臭いがきついのでお嬢様に相応しくありません。そちらの塩コショウだけで味つけした肉を寄越しなさい」

「ニンニクは精がつく。ほら、モツも持ってけ」

「ゲテモノは貴女が食べなさい」

「はいリズ、モツあーん」

「リーゼリットも食べるんじゃありません!」

「つーかセラも食べろよ。イリヤの世話してばっかりじゃないか」

「主に奉仕せずして何がメイドですか」

 

 喧嘩のせいでお肉が運ばれてこない。

 妹紅はセラとリズにも振る舞いつつ、自身もしっかり肉を食べていた。

 ニンニクの臭いなんか気にしないとばかりにパクパク、モグモグと。まあリザレクションすれば臭いなんか一発で綺麗に取れるでしょうよ。そりゃ気にしないでしょうよ。

 

「ほらほら、女四人で鹿一頭なんて食べ切れないんだから、お前等もっとがんばれ。イリヤもこっち来て一緒に焼こうぜ。自分で焼いた方が楽しいし美味しいぞ」

「油が跳ねるからイヤ」

「ピーマンなら油は跳ねない」

「ピーマンは食べない!」

 

 なんて言ってると、セラが皿を持って戻ってきた。

 鹿の背肉にもも肉。椎茸とタマネギ。

 どれも焼き加減はいいのだが、どうも味つけが単調だった。塩メインが多い。

 

「モコウらしい粗野な料理ね」

「よく分からん調味料ばかりで何を使えばいいかチンプンカンプンなんだ。せめて味噌と醤油があればなー……」

「どうせ負け惜しみでしょう。塩振って焼くくらいしかできないくせに」

「むっ。そんな事はないぞ」

「どうだか」

 

 妹紅は忌々しそうな表情を浮かべながら、生ピーマンに焼きたてのつくねを詰め込んでいた。悪趣味な食べ方をするなぁと思っていたら、わざわざそれを持ってやって来て、イリヤの皿に載せるという謎の行動を取った。

 これを、食べろと?

 

「焼いたピーマンが駄目なら、生ピーマンでどうだ」

「好き嫌いはダメよ、自分で食べなさい」

 

 フォークで刺し、妹紅の顔の前に突き出してやる。

 何が意外なのか、驚いたように眉根を寄せられてしまうも、ジロリと睨みつけてやると観念したのか「あーん」と馬鹿みたいに口を開いて、生ピーマンの肉詰めとかいう不気味な料理を食べた。

 味覚の違いを実感しつつ、イリヤは普通の焼き肉を食べる。ジューシー。

 どうせ料理下手なんだから、肉だけ焼いていればいいのだ。

 などと思っていると、妹紅がすり寄ってくる。

 

「もきゅもきゅ……ごくん。イリヤ。よかったら明日、街まで買い出しに行かないか? 料理下手と思われたままってのは気に入らない」

「むにゅむにゅ……ごくん。モコウ、お金持ってるの?」

「マスター。お金ちょーだい」

 

 サーヴァントの面倒を見るのはマスターの義務だ。

 食事が必要なサーヴァント、なんてものが存在するなら、賄うのがマスターの役目だ。

 この偽サーヴァントは不死身だから食事なんて必要ないはずである。

 

「ふーん。モコウは街に行きたいんだ……」

 

 そう口にしてしまって、イリヤは強く自覚した。

 自分が街に行きたいのだと。

 聖杯戦争のバトルフィールドとなる冬木の街。下見のため足を運んだ事はある。

 車に乗ってセラ達と一緒に大まかにだ。たったそれだけの退屈な体験だった。

 

「まあ、必要なものがあるなら用意していいわ。貴女はわたしのサーヴァントなんだからね」

「やった。ついでに色々と見てみたいんだ。数百年振りの娑婆だからな」

 

 子供のようにはしゃぐ妹紅を見て、イリヤは密かに優越感に浸る。

 偉いのはこっち。大人なのはこっちだ。

 鹿の背肉を食べる。さっぱりして美味しい。

 妹紅は火の元に戻り、一際大きな……肉か内臓の塊の焼き加減をうかがい、にんまり笑う。

 

「――よし、焼けた焼けた。バーサーカーの旦那は近くにいるのか?」

「えっ? いるけど」

「鹿の肺が焼けた、食ってもらおう」

「……はい?」

 

 イリヤの目が点になる。

 そんなものまで焼いていたのかこいつは。

 

「鹿一頭なんて私達だけで食べ切れる訳ないんだから、旦那にも手伝ってもらわないとな。肺は美味いんだが、イリヤ達は食べたがらなそうだし。おーい旦那ぁ、出てこーい」

「いや。いやいや。何を言ってるの? バーサーカーに食事の必要はないわよ」

「それでも美味いものは美味いだろう? バーサーカーの旦那ー。おーい。出てこないとイリヤに食わせるぞ」

 

 呼びかけに応じて、デスマッチめいた炎のリングに包まれたバーベキュー会場に、バーサーカーが実体化してエントリー。きつく口を結んだまま妹紅と焼き立ての肺を見つめた。

 まさか食べるために現れたのか。それとも焼いた肺を食べさせる発言が敵対行為とみなしてイリヤを守るため現れたのか。

 後者だと思いたいイリヤだった。

 そんなマスターの心中を察せもせず、妹紅は脳天気に笑う。

 

「ほら、旦那も食べなって。ちゃんと肉もあるから安心しろ」

「…………」

「……なんだ、そんな格好してるくせにお上品なものしか食べられないのか?」

「……………………」

「仕方ない。ほら、こっちの肉はどうだ。ニンニク使ってるから栄養たっぷりだぞ」

「……………………………………」

「マスター。バーサーカーがご飯食べてくれない」

 

 巌の巨人を前にまったく臆さず肉と肺を勧めた妹紅は、困り顔になって助けを求めてきた。

 イリヤも眉をひそめる。どうせ食べ切れない量だし、すでに焼いてしまったものだ。

 とはいえ、バーサーカーがこんなもの食べるはずがない。

 だから投げやりにテキトーにイリヤは告げる。

 

「バーサーカー。食べたかったら食べていいわ」

「ごあっ」

 

 何の反応もしないだろうと思っていたのに、どこかから愛嬌のある返事が聞こえた。

 それは重々しく、野太い声色だったが、確実に狂戦士らしからぬノリがあった。

 

 ギョッと目を丸くして声の発生源――バーサーカーを見る。

 笑顔の妹紅から無表情で肉の載った皿と、串に刺さった肺を受け取っている。

 そしてそれを豪快にガブリ! 獣のように喰らう、喰らう、喰らう!

 普段は魔力節約のため狂化レベルを抑えているとはいえ、なんだこの、なんだこれは。

 

「さすがバーサーカーの旦那、いい食べっぷりだ。ほら、ワインも持ってきてある。瓶ごと行け瓶ごと」

「ごああっ。ごあー」

 

 あっという間に皿の肉を片づけたバーサーカーは、空いた手でワインボトルを掴んでラッパ飲みする。ゴクゴクと喉を鳴らし、やはりこちらもあっという間に空にする。

 

「そら、イリヤが食べたがらなそーなのを片づけてくれ。モツとか」

 

 ガブリ。ムシャリ。バーサーカーの食べっぷりは凄まじかった。

 思えば召喚してから二ヶ月近く、一切の飲食を行っていないのだ。

 狂化しているとはいえ、英霊も記憶と心を持つ存在。これも当然の反応かもしれない。

 だとしたら――。

 

「バーサーカー」

「ごあ?」

 

 呼びかけると、食事の手を止めて振り返る。

 イリヤが許可を出すまで食事をしようとしなかったのは、妹紅を敵ではないと認めつつも、マスターはあくまでイリヤであり、イリヤの命令こそ優先すべきという意志の表れだろう。

 だから、こんな命令をしたっていいはずだ。

 

 

 

「――ピーマンを全部食べちゃいなさい!」

 

「あっ、こら! 嫌いなものを押しつけ……うおお!? やめろバーサーカー! ピーマンを独り占めするなぁー!」

 

 

 

 バーサーカーはバーベキューでも最強だった。

 イリヤの敵であるピーマンをあっという間に殲滅し、イリヤの喝采を一身に受ける。

 本物のサーヴァントが偽サーヴァントに遅れを取る訳がないと、イリヤの自尊心もお腹いっぱいになった。

 

 始まりこそ面倒だったが、なかなか楽しいバーベキューだった。

 

 

 

       ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 バーベキューが終わるとすぐリズは眠ってしまった。

 十二時間活動し、十二時間休息する。リズにはそれが必要なのだ。

 ホムンクルスとしての性能を高くした反動であり、それは妹紅にも伝えられた。

 正直に言えばイリヤもセラも、まだ妹紅を信用した訳ではない。

 だが偽サーヴァントとして仲間に迎え入れた以上、最低限の情報共有はしておかねばならない。

 リズに休息が必要な事を知らず連れ回されては迷惑だ。

 また、アインツベルン城も一部の重要な場所を除いて歩き回る許可を与えた。不死身だから罠にかかってもいいや、なんて理屈で罠や結界を消費してしまうのは避けたい。

 もっとも妹紅を嫌っているセラに城の案内をさせなくてはならないのは不安だが、イリヤみずからやる気にもなれない。

 

 ベッドに潜り込んだイリヤは、目を開けたまま暗闇を眺める。

 

 バーサーカーと妹紅が繰り広げた、炎のダンス。

 妹紅に拉致されて体験した、生身の身体での空。

 バーベキューで愛嬌ある姿と声を晒したバーサーカー。

 

 なんだか、いっぺんに色んなものが引っくり返ってしまったように思える。

 でもそれは決して不快ではなくて。

 

 ――ドキドキした。

 

 冬木にはふたつの目的を持ってやって来たのに。

 どちらでもない、不意打ちのような出来事が。

 心を兎のように跳ねさせる。

 

 イリヤは目を閉じる。

 今朝は嫌な夢を見てしまった。

 今夜はいい夢を見られたらいいのに。

 

 今日は、せっかく……。

 

 

 

       ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 イリヤもリズも眠っている。

 バーサーカーは睡眠の必要がなく、霊体となって人知れずイリヤの警護を行っている。

 だから廊下で人がすれ違うとしたら、この二人しかありえなかった。

 

「――モコウ、まだ起きていたのですか」

「セラはまだ仕事か? 大変だな」

 

 美術館の一角かと思えるような、美しい調度品や絨毯に包まれた廊下。

 明かりとなるのは窓から射し込む月明かりと、セラの手にあるランプのみ。ゆらゆら揺れる橙色の光はその場にある白を等しく妖しく染め上げる。メイド服の白を。長い白髪(はくはつ)を。

 

「大まかな案内はすみ、夜も更けた今、貴女が出歩く理由は思い当たりませんが」

「花を摘んでただけだ」

「ありきたりな言い訳ですね」

「ありきたりじゃないと困るだろ」

 

 我慢しすぎると病気になる。特に冬場はつらいものだ。お酒も入ってる。

 

「フンッ。卑怯な手でお嬢様に取り入った貴女を、信用する訳には参りませんので」

「構わないさ。私は私で好き勝手やらせてもらう」

「我々を裏切った時には相応の覚悟をしていただきます」

「覚悟と言われてもな。お前等に何ができる?」

 

 言われて、セラはギリリと歯を食いしばった。

 バーサーカーを一度とはいえ葬った戦闘力と、バーサーカーですら殺し尽くせない不死身の魂。

 天の杯(ヘブンズフィール)に至れなかったホムンクルスが、天の杯(ヘブンズフィール)に至った人間に勝てる道理は無い。

 アインツベルンの沽券に関わる女が、こんな品性の欠ける日本人だとは!

 一歩踏み込んで、セラの赤い瞳が妹紅の紅い瞳を睨みつける。

 

「どうして貴女のような愚か者が、第三魔法になど……!!」

「愚か者だからこうなったのさ。もう少し賢ければ、こんな身体になる事もなかった」

 

 自嘲気味に笑うと、妹紅は会話を打ち切って歩き出した。

 方向は、妹紅に与えられた客室である。

 

「……侵入者と間違われたくなければ、大人しく()()()()()()()()()

「はいはい」

 

 セラの刺々しい言葉の真意を分かっているのか、いないのか。いい加減な受け答えをして妹紅は去っていった。

 理由は分からないが妹紅は昨晩、ベッドを使わなかった。

 夜通し何か謀をしていたのか、日本人らしく床で寝ていたのか。

 どんな理由があるにせよ、セラを惑わせる不埒者という評価はすでに覆しようがなかった。

 

 

 

 客室に戻った妹紅はベッドではなく、窓際へと向かってカーテンを開けた。

 人里離れた森の奥深くだけあって暗いが、その分、月と星がよく見える。

 

 白く儚く闇夜に浮かぶ月――。

 

 幻想郷から見るより、光が弱い気がする。いや弱い。月の魔力もあまり感じない。

 妹紅が暮らしている迷いの竹林は、幻想郷の中でも一際、月の光が濃い土地だ。

 原因は恐らく"あの女"だろう。

 

「聖杯戦争に参加するって事は、当分、あいつとも……」

 

 最大の生き甲斐は、この地で成す事ができない。"あの女"は幻想郷にいたのだから。

 聖杯戦争が終わったら、自分は幻想郷に帰るのだろう。

 帰り方は分からないが、まあ、何とかなるはずだ。

 時間は無限にあるし、こっちの世界にも"例の神社"はあるはずだ。探してみるのも悪くない。

 とはいえ、今は聖杯戦争に集中せねば。

 

 ――願いが叶うかもしれないのだから。

 

 とはいえ、期待しすぎないようにもしなければ。

 願いの叶う道具が期待はずれだった、なんてよくある話。実体験もある。そもそも分け前をもらえない可能性も高いのだ。

 バーサーカーだけじゃ勝てなかった、なんてシチュエーションを覆すくらいの貢献をしなければならないが、あるのか、そんなシチュエーション。

 

 なので適度にこの聖杯戦争を楽しもう。

 イリヤにはちょっと興味があるし、バーサーカーは強くて格好いい。セラとリズもいい奴だ。

 ご飯だって美味しいし、明日は街へお出かけ。いったい何があるのかワクワクしている。お金もイリヤが出してくれるだろう。タダ飯万歳。

 ちょっとした観光旅行を、思う存分楽しんでやろう!

 

 そう決意した妹紅はベッドに赴き――掛け布団を引っ掴んで、後ろに下がった。

 

 

 

       ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 ――くろいおとこ、しろいおんな。

 

 真っ白な夢の中に、その二人はいて。

 

 真っ白な夢の中にしか、もう、いなくて。

 

 いやだ、いやだ。

 

 こんなの、やだよ。

 

 どうしてこうなってしまったのか。

 

 くろいおとこが、遠ざかっていく。

 

 しろいおんなが、闇に沈んでいく。

 

 こんなの、やだよ。

 

 冷たい冷たい雪の中、少女の慟哭は、無音の吹雪に呑み込まれて消えた。

 

 

 




 今回は短め。次回は長め。
 冬木の街をエンジョイ&エキサイティングします。

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