イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第38話 最後の夜へ

 

 

 

 ギルガメッシュと組んでいた黒幕だ、と聞かされたばかりの言峰綺礼の誘い。

 ふざけるなと憤る妹紅の背中で、イリヤは微笑した。

 

「レディの誘い方がなってないわね。でも――聞いて上げる」

「――おい、本気か? ギルガメッシュはお前を殺そうとして、そのマスターがこいつだぞ」

「あの時とは状況が違うわ。そうでしょう?」

 

 肯定するように言峰は笑む。

 途端に、不吉という概念が滲み出たように妹紅は錯覚した。

 妹紅の前に立つセイバーと士郎も、同じように感じていた。

 言峰綺礼とは――これほどまでに邪悪な存在だったか?

 

「フッ――簡単な話だ。そちらにいては各々の願いが衝突し、身動きが取りにくかろう。しかし君がこちらに来るのならすぐにでも聖杯の降霊を開始できる。なにせ英雄王ギルガメッシュの魂だ。残り四騎のサーヴァントを生贄に捧げずとも、()()()()()()()()

 

 ゾクリと、士郎とセイバーが震える。

 汚染された聖杯の降霊などアンリマユの召喚にも等しい。

 それがもうできる? サーヴァントが四騎も残っている現状で?

 

「それに、君をさらって無理やり聖杯を使おうとしたところで――三騎のサーヴァントと、一人の魔法使いが敵に回る。だから必要なのだ。()()()()()()でこちらを選ぶ事が」

「――なるほど。()()()()()()()()()()ね。でも貴方のメリットが分からないわ。そんな事をして何が得られるというの?」

「私の願いは聖杯によって叶えられるが、わざわざ聖杯に願う類のものではない。君が第三魔法を行使するついでに叶えさせてもらうさ」

 

 二人の会話は順調に進んでいた。そう、順調に。

 この場合の順調が何を意味するのか、分からないほど愚かな者はいない。

 しかし――分かりたくないと思ってしまう者ばかりだった。

 

「イリヤ。こんな奴の誘いに乗る事なんかない。どうせ旦那に勝てる奴なんかいない」

「そうだ、イリヤは渡さない。どんな道を選ぶにせよ、お前に委ねたりするものか」

 

 妹紅と士郎が獣のように牙を剥くが、言峰の笑みは崩れない。

 

「いいのかね、このままでは彼等に聖杯を壊されかねんぞ。アインツベルンの祖が作り上げた大聖杯を」

「…………」

「私と共に来い、イリヤスフィール。天の杯(ヘブンズフィール)に至るにはそれしかない」

 

 差し出される手。

 大きく、力強く、しかし不吉な手。

 イリヤの視界から様々なものが消えていく。

 冬木の景色。妹紅の後頭。士郎とセイバーの背中。言峰綺礼の姿さえも。

 ただ、差し出された手だけを瞳に映して。

 

 

 

    ――どうせすぐに終わってしまう夢なら――

 

 

 

「その誘い、受けさせてもらうわ」

 

 信じられない、あるいは信じたくないと、士郎とセイバーは振り返り、妹紅はわずかにうつむきながらイリヤの足を掴む腕に力を込めた。

 行かせない。渡さない。許さない。

 そんな我儘を押し通そうとする。

 同じ気持ちを抱く士郎は妹紅へとにじり寄り、セイバーは言峰ににじり寄り――。

 

「バーサーカー」

「ランサー」

 

 イリヤと言峰が同時にサーヴァントを呼ぶ。

 直後――妹紅の背後に光が集まり、バーサーカーが実体化を果たす。

 それに合わせて言峰の背後の曲がり角から蒼き疾風が飛び出してきた。ランサーだ。

 セイバーが飛び出して不可視の剣を振るい、ランサーの朱槍を受け止める。

 

「ランサー、貴方は――!」

「悪いな、これも仕事なんでね」

 

 電光石火の打ち合いが繰り広げられる。剣の騎士と槍の騎士の近接戦。磨き抜かれた力と技が、火花と共に戦歌を高らかに奏でた。

 

 妹紅は振り返りながら、困ったようにバーサーカーの面差しを見やる。

 荒々しくも忠実なる最強のサーヴァント。その眼光が再び自分に向けられるとは。

 

(――結構仲良くなったつもりだったんだけど、ま、こんなもんか)

 

 結局、本物のサーヴァントと口約束のサーヴァントは違ったという事だ。

 本物はどこまでも忠実に、偽物は身勝手に反抗して敵と見なされた。

 即座に飛翔し、士郎を置いてきぼりにする覚悟で逃げようとする。

 だが戸惑いがわずかに行動を鈍らせてしまい、その間にバーサーカーの手が妹紅の頭を鷲掴みにしてしまった。相変わらず巨体に似合わぬ素早さとセンスだ。かなわない。

 

 ゴキンと、異音を立てて妹紅の首がありえぬ方向に曲がる。

 グラリと、その身体が倒れる中、バーサーカーの手はイリヤを摘み上げる。

 バタリと、藤原妹紅は絶命してアスファルトに転がる。

 

「イリヤ――!」

 

 だから叫んだのは士郎だ。最強のバーサーカーに向かって駆け出し、イリヤを取り戻そうと空の手を広げる。

 その無謀、一秒以内に挽き肉にされてもおかしくはなかった。だが。

 

「ダメ。――神父に合流なさい」

 

 イリヤに指示を出され、バーサーカーは跳躍して言峰のかたわらへと移動する。アスファルトの地面がクッキーのようにひび割れた。

 

「――妙な真似をしたら、殺すから」

「分かっている。だからこそこうして迎えに来たのだ」

 

 イリヤとて言峰綺礼を完全に信用した訳ではない。

 ギルガメッシュはイリヤを殺そうとしていた。つまりはそういう事だ。小聖杯の機能となる心臓さえ手に入れられるのなら構わない。

 しかしイリヤにはバーサーカーがついている。迂闊に心臓を狙っても返り討ちは必定。

 そのために拉致や殺害ではなく、打算に依る協力を申し出たのだ。

 聖杯降霊の妨害をされない戦力を整えるためだけに。

 

「ではまずセイバーから仕留めるとしよう。君は随分親しくしていたようだが、手伝ってくれるかね?」

「――ランサーを下がらせなさい。巻き添えになっても知らないわよ」

「フッ、そうだな。ランサーよ、戻って私を守りたまえ。どうやら()()()()()()()

 

 その言葉と同時に、その場が眩い光と熱に晒された。

 セイバーは咄嗟に士郎の前に飛び出て盾となる。

 光の正体は炎。藤原妹紅の遺体が爆発すると同時に、言峰綺礼達を包むよう広がった爆炎だ。

 炎など平気なバーサーカーも、イリヤを抱えたままでは下がるしかない。

 言峰も油断なく飛び退きながら、右手の指の合間に三本の剣――黒鍵を挟んで構える。

 そんな中、炎が真っ二つに両断されて内側からランサーと妹紅が飛び出した。二人は距離を取って向かい合い、ギラギラと攻撃的な笑みを浮かべる。

 

「ハッ! バゼットはどうしたランサー! あっさり鞍替えしてるんじゃあないッ!」

「悪いなアヴェンジャー。俺は聖杯戦争を降りる訳にゃいかねぇんだ」

「――バゼットは生きてるのか!? その神父に殺されたんじゃあないのかッ!!」

「――そうだ。それでも、あいつが聖杯戦争のために俺を召喚した以上、退けねぇよ」

 

 理解しがたい愚直な道理。

 しかし、こういうタイプの馬鹿には覚えがあった。

 ()(もと)でも"武士道"が大流行したもので、マキリもあいつら頭おかしいと呆れていた。

 嗚呼――呆れるくらい美しい生き様だ。

 簡単に命を使い捨てるあまり、永遠に命を使い捨てられない妹紅には真似できない。

 冬木に迷い込んで、美しいモノをたくさん見た。

 だから、自分の醜さを自覚してしまう。

 不老不死なんてくだらない、でも、不老不死にかまけて遊び半分で聖杯戦争に挑んだ自分に比べれば、アインツベルンの悲願のため不老不死を目指すイリヤの方がよっぽど――。

 

「モコウ」

 

 恐らく、言峰綺礼以上にこの場の主導権を握っている少女、イリヤの呼び声。

 バーサーカーの腕の中から、少女は手を差し伸べていた。

 まっすぐ、妹紅に向かって。

 

 

 

「最後にもう一度だけ誘うわ。わたしのモノになりなさい」

 

 

 

 背後で、士郎とセイバーが息を呑むのが分かった。

 それはそうだ。イリヤが敵に回って、最大最強のバーサーカーも敵に回った。

 目の前にはランサーもいる。

 挙げ句、妹紅まで裏切ってしまったら面白いくらい絶体絶命だ。

 おや、と興味深そうに見つめてくるのが言峰なら、裏切ってくれるなよ、と攻撃的に睨むのがランサーだった。

 士郎とセイバーはどんな顔で自分の後ろ姿を眺めているのだろう。信用できず不安いっぱいなのだろうとは想像できた。

 イリヤは、()()()()()()で誘う。

 

「――シロウは連れていけない。でも貴女なら。すでに天の杯(ヘブンズフィール)に至った貴女なら連れて行けるはず」

 

 途端、腑に落ちる妹紅。

 ああなんだ、そういう事かと。

 

()()()のお誘いは、そういう意味か」

「そうよ。モコウ、永遠の人生が苦しいんでしょう? さみしいんでしょう? だから――わたしが一緒に居て上げる。宇宙が終わるその時まで、ずっと一緒に居られるわ」

「ああ――それはなんとも、魅力的なお誘いだ」

 

 不老不死は()()()()()()()()()()()にし、()()()()()()()()()()()()()にされる存在だ。

 しかし蓬莱の薬を地上に残し、みずからも服用したお姫様には薬師がいて、薬師にはお姫様がいる。比翼の鳥のように、あの二人は永遠にずっと一緒なのだろう。

 永遠の孤独など、患いはしないのだろう。

 

 あの手を取れば解放される。

 イリヤについて行けば永遠の孤独を癒やす事ができる。

 わがままで、身勝手で、無邪気で、けれど気高く美しい、あの少女と永遠を生きる。

 それならば、高位の次元とやらで暮らすのも悪くないのかもしれない。

 

「――――夢みたいだ。死ぬ以外の形で救われる方法があるなんて」

 

 花開く。パッと、白い花が咲くのが見えた。

 まったく、あんな嬉しそうに笑って。

 まったく、あんな幸せそうに笑って。

 妹紅は苦笑する。イリヤの笑顔を見てしまったから。

 ああ、そんな顔をされたら――。

 

 

 

「でもごめん、断るよ」

 

 

 

 そんな顔をされたら()()()で腹が重たくなってしまう。

 スッと、潮が引くように。

 スッと、水が凍るように。

 イリヤの可憐な面立ちから色が消える。

 

「――――どうして」

「生憎、私は俗物なんでね。肉欲からは逃れられないんだ。飯も無ければ酒も無い、殺し合える敵すらいないとなると……」

 

 思わず笑みがこぼれる。

 滑稽な自分に呆れながら、皮肉たっぷりに笑って見せて。

 

 

 

退()()()()()()()()()()

 

 

 

 そう、告げる。

 分かるぜ、とばかりにランサーが口角を上げてくれたのが、小さな救いだった。

 そして絶対に悲しんだりしないというイリヤの在り方こそが悲しかった。

 

「――ランサー。モコウは不死身だけど体力に限界がある。削るのを優先なさい」

「――あいよ」

 

 イリヤの指示にランサーが従う。その光景もまた滑稽で愉快だった。

 ああ、愉快に感じなきゃやってられない。

 

「バーサーカーはセイバーを殺しなさい。どうせモコウの攻撃は()()()()()()()()んだもの。無視していいわ」

「■■■■――!」

 

 狂化を施されたバーサーカーが猛る。

 ただでさえサーヴァント随一の屈強を誇るステータスがさらに強化されてしまう。

 バーサーカーとランサー、ついでにただ者じゃなさそうな言峰綺礼。

 まとめて相手したらセイバーは無事ではすまないし、士郎だってどうなるか分からない。

 だから。

 

 

 

「逃げろッ! 凛と合流しろぉおおおー!!」

 

 

 

 妹紅は全身を爆炎で包み、白熱する巨大火球へと変貌する。

 視界を眩ませる狙いもあるその攻撃の裏側で、セイバーは士郎を抱きかかえて脱兎の如く逃亡する。士郎の荒ぶる抗議の声が遠のいていく中、市街地の一角を灼熱地獄へと変貌させた妹紅の単独戦闘が開始される。

 セイバー達を追おうとしたバーサーカーに回り込み、イリヤを巻き込む勢いの炎を撒き散らす。期待通りバーサーカーは我が身を盾としてイリヤをかばってくれた。お人好しめ。

 迂回して追おうとしたランサーには隙間無しの不可能弾幕をお見舞いしてやる。

 さらに嫌味な笑みを浮かべている言峰綺礼にもだ。

 

 ――灼熱のデッドライン。かつて士郎達に乗り越えられはしたが、今度こそ誰も通さない!

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

 逃亡に成功した士郎とセイバーが自宅へ駆け込むと、濃密な血の匂いが漂った。

 安堵の息をついた途端、警戒心をマックスに引き上げたセイバーが先んじて血の匂いをたどる。場所は凛に使わせている離れだ。ドアの前でセイバーが剣を握りしめる。

 

「……戻ったか」

 

 中から覚えのある男の声がして上がり込んでみると、そこには血まみれになった遠坂凛と、その治療をしているアーチャーの姿があった。

 凛は痛みに喘いでいるものの、気を失っているらしく士郎達に気づいた様子は無い。

 蒼白になった士郎の代わりに、セイバーが動揺を抑えた声で訊ねる。

 

「何があったのですか、アーチャー」

「言峰綺礼にやられた。――イリヤ達はどうした?」

 

 

 

 治療を続けながら情報交換を始める。

 凛は教会で言峰綺礼と話をしていたが、何かに気づいた言峰は突然、凛を手にかけたらしい。

 マスターの異常を察知したアーチャーが駆け込み凛を救出するも、ランサーの追撃を受けて治療もできないまま逃げ回っていたそうだ。

 その間、言峰綺礼がどうしていたかは知らない。

 ただ、何とかランサーを撒いたアーチャーは、遠坂邸より衛宮邸の方が近かったため、こちらに避難して凛の治療をしていたそうだ。

 

 その間、言峰綺礼が何をしていたか――その答えは士郎側にあった。

 待っていたのだろう。イリヤが間桐邸から出てくるのを。

 間桐臓硯から聞かされた聖杯汚染の真実。

 言峰綺礼の誘いに乗って敵になってしまったイリヤとバーサーカー。

 そしてイリヤの誘いを断り、足止めを買って出た妹紅。

 

「――まったく、仕方のない奴だ」

 

 話を聞いたアーチャーの、そう漏らした言葉は果たして、誰に向けたものだったのか。

 士郎達には分からなかった。

 

 

 

「ただいまー。いやぁ、死んだ死んだ。……って凛が死んでる!?」

 

 凛の治療が一段落した頃、ほうほうの体となった妹紅が衛宮邸に帰還した。

 殿(しんがり)の犠牲、なんて美しく残酷なシチュエーションと無縁で空気の読めない人選なので無事を喜びながら抱き合ったりする必要は無かったが、とりあえず凛が生きてる事を伝えると妹紅はホッと胸を撫で下ろした。

 

「すまん。さすがにあの面子、足止めしながらお喋りする余裕、なかったし、士郎達を逃したと悟るや、あいつら、手際よく撤退しちゃった。……どこに逃げたかは分からないが、さすがに教会は安直すぎるかな。……いや案外、地下ダンジョンとかこしらえてる可能性も……?」

 

 不死身の能力のおかげで傷一つない姿ではあるが、顔色が悪く、息切れを起こしていた。

 凛の手当ての次は妹紅の看病だ。

 と言っても単に疲労しているだけ。居間に寝転がらせつつ、士郎が卵を中心とした質素なお雑炊を作ってやった。

 

 ――本当なら間桐邸からの帰り道で、マウント深山に寄り、タケノコを買っていたはずなのに。

 

 妹紅は「ありがとう」と感謝しながら雑炊を食べる。

 蓬莱人の回復は早い。食べ始める前と、食べ終える後で、妹紅の顔色はまったく違っていた。

 

 

 

 それから、居間で作戦会議が始まる。

 知識豊富で頭脳明晰な参謀役、遠坂凛を抜きで行わねばならない。

 最初に口を開いたのは妹紅だ。

 

「今後、私達がどういう行動するにせよ、旦那やランサーとの戦いは避けられないと思う。……旦那の十二の試練(ゴッド・ハンド)は1日2回のペースで回復する。今は7~9回くらい。で、一度殺した攻撃には耐性つくから、私の攻撃はもう何も通用しないし、セイバーも明らかに殺害手段が足りんだろう。アーチャー、お前一人で5回も殺したんだって? 勝てる?」

「――無理だな。セイバーと二人がかりだとしてもきつい。しかし、僅かでも勝ち目があるとしたら私だけか」

「じゃあ、いざという時はアーチャーが旦那担当、セイバーも必要か。じゃ、ランサーは私が殺るか。回復阻害は厄介だが近接戦しかできないなら、相討ちの自爆でダメージ刻めるしな」

「貴様、すでにランサーと幾度も戦っているのだろう。そう単純な手がいつまでも通用すると思うか?」

「じゃあどうする? 士郎じゃ勝てないぜ。アーチャーが旦那、セイバーがランサー、私と士郎が神父って風に分ける? 一人で旦那なんとかできる?」

「――無理だな」

 

 誰と誰を戦わせるか。勝ち目はあるのか。

 そんな話はすぐ行き詰まってしまう。

 バーサーカーが強すぎて手に負えない。

 総力戦を挑んでも、言峰とランサーがそれを見逃してくれるはずもない。

 セイバーも幾つか提案を述べるがその口調は重い。

 

「……バーサーカーも聖杯の起動も同時に止める一手……無い訳ではありませんが……」

 

 ついには、そんな言葉さえ漏らしてしまうセイバー。

 妹紅は聞き流して反応すらしなかったが、アーチャーは。

 

「聖杯が起動し、泥があふれればどれほどの災厄が撒き散らされるか分からん。多を救うため、いよいよとなればそれも――」

 

 苦悶を抑え込んだ声色でうなずこうとする。

 アーチャーだってそんな解決手段は望んでいないと分かっていた。

 だがそれでも、それしかないのなら、決断するのだろう。

 セイバーもアーチャーも、世界を守護すべき英霊なのだから。

 そんな中、士郎は頑として告げる。

 

「イリヤを連れ戻す」

 

 どう戦うか、ではない。

 どうするか、その一点においてだけ結論は出ていた。

 

「イリヤを連れ戻せれば、バーサーカーだって矛を収めてくれる。聖杯だって止まるはずだ」

 

 それは道理だ。しかしと妹紅は問う。

 

「イリヤは頑固だ。連れ戻せると思うか?」

「――分からない。でも、あきらめたくない。俺はイリヤの――」

 

 お兄ちゃん。

 あの少女は、士郎をそう呼んでくれた。

 初めて会った、父親を奪った、敵マスターの、衛宮士郎を。

 お兄ちゃんと、呼んでくれたのだ。

 

 セイバーもアーチャーも複雑そうに顔を伏せるも、妹紅は、やわらかな微笑みを浮かべていた。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

 白い光。

 穢れを知らぬ、純粋で、無垢で、綺麗な光。

 その光が天に至りさえすればすべてが報われる。

 

 それが、すべて。

 それだけが、すべて。

 

 なのにある日、火の粉が降り注いだ。

 朱に交われば赤くなる――という言葉のように、染まってしまった訳ではない。

 ただ、そんな熱もあるのだと知っただけ。

 本当にただそれだけの事なのです。

 けれど、でも、ああ、しかし――。

 光は以前より眩しさを増したようにも、見えるのです。

 

 

 

 寒さに凍えながら。

 土埃にまみれながら。

 耳障りな声を聞き流しながら。

 重荷に押しつぶされそうになりながら。

 それでも歩いて、歩いて、歩いて――。

 

 ちっぽけな廃墟で朽ち果てそうになっても。

 薄汚れた紅いマフラーを抱きしめながら。

 願わずにはいられないのです。

 

 たとえたどり着けなかったとしても。

 たとえ間に合わなかったとしても。

 

 もはや役目が果たせない以上、ただ、もう一度。

 もう一度だけ。

 

 あの光を見たくて――。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

 瓦礫を砕く。瓦礫を持ち上げる。瓦礫を放り投げる。

 寒空の下、黙々と働くのは巌の如きバーサーカーと、しなやかなランサーだ。

 アインツベルン城跡地――。

 イリヤとバーサーカー、言峰とランサーが訪れていた。

 妹紅にまんまと足止めされた彼女達がこんな場所にいる理由とは、捜し物の回収だ。

 

「おい、お嬢ちゃん。本当にこの辺にあるんだろうな?」

「そのはずよ」

 

 適当な瓦礫に腰掛けながら、イリヤと言峰はサーヴァント達の肉体労働を眺めていた。

 

「くっく――まさかサーヴァントに瓦礫撤去をさせるとはな」

「……文句ある?」

「まさか。麗しのレディには、それに相応しい()()()()が必要なのは分かっている」

「あら――わたしが着飾らない方が、貴方にとって都合がいいんじゃないの? ランサーに手伝わせちゃっていいのかしら」

「フッ。聖杯を守るにはバーサーカーの力が不可欠だ。君の不興を買うような真似はしないさ」

 

 正直胡散臭いし、信用もしていない。

 それでも、イリヤも、この男を頼らざるを得ない。

 ここで、言峰綺礼を殺すのは容易い。バーサーカーに一言命じるだけでいい。

 そうなればランサーとの敵対も免れないが、マスター狙いよりバーサーカーとの戦いを優先したがるだろう。ランサーも殺してしまえばいい。

 バーサーカーならセイバーとアーチャーにも負けはしない。妹紅なんて相手にもならない。

 それでも、サーヴァントが減るほどイリヤの負担は大きくなる。

 英霊の魂はもう十分だからと迂闊に聖杯を降霊しては、儀式の妨害という隙を与えてしまう。

 妹紅とアーチャーがバーサーカーを足止めし、その隙にセイバーが大聖杯を破壊――それくらいならできてしまうだろう。

 だから、必要なのだ。

 イリヤにはランサーという援軍が。

 言峰にはバーサーカーという援軍が。

 

 次々に撤去されていく瓦礫。

 撤去しているのは捜し物が埋まっているだろう一角のみだ。

 

 ――あの日の光景を思い返す。

 

 世界を斬り拓くような巨大な剣。

 世界を灼き祓うような巨大な剣。

 その向こうへと消えてしまった二人のホムンクルス。忠実なメイド達。

 どこに埋まっているのかも分からない。

 もしかしたら城の外まで吹っ飛んで、獣の餌になってさえいるのかもしれない。

 

(セラとリズを掘り返しなさい)

 

 そう、命じてみようかと――イリヤはぼんやりと思った。

 だがそんな無駄な事をしている時間はないし、今更死体を掘り返したところで得られるものは何も無い。失ったものはもう戻ってこない。

 

    ――降り積もる灰のような髪と、燃えるような瞳の――

             ――朝焼けのような髪と、眩しくきらめく瞳の――

 

 失ったものは戻ってこない。

 もう、イリヤが持っているモノはバーサーカーだけなのだと実感する。

 

「あったぜ。これじゃないのか」

 

 ランサーに声をかけられ、イリヤは()()を発見する。

 英霊三騎、そして英雄王ギルガメッシュの魂を身体に収めるのも慣れた。

 身体機能のオンオフはコントロールできる。

 大丈夫。調整すれば一人でできる。

 

 一人でドレスを着れる。

 

「着替えるわ。貴方達は下がってなさい」

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

 妙な成り行きになってしまった。

 しかし、この波に乗ればランサーは望みを叶えられる。

 全力の戦い――それがランサーの望み。

 バゼットの令呪を言峰に奪われ、主替えと偵察を命じられ、長らく全力を出せずにいた。

 だが遠からず決戦が訪れる。

 

 敵はセイバー、アーチャー、そしてアヴェンジャーの三人だ。

 三人とは半端な戦いしかしておらず、決着をずっと望んでいた。

 こちらにはバーサーカーもいる。故に、どのようなマッチングになるかは分からない。

 しかし互いに退路を捨てた全力の戦いになるはずだ。

 そしてもしこちらの陣営が完全勝利したのなら――最後はバーサーカーと一騎討ちとなる。

 それすらも乗り越えたなら。

 最後にケジメをつけたいと思っている。――問題は令呪だ。言峰はまだ一画残しているはず。

 結末は近い。しかしどんな結末を迎えるのか、まったくもって分からない。

 

「ククッ――さて、どうなるか」

 

 ゲイ・ボルクを杖代わりにして、瓦礫の上に突っ立ちながら東の空を眺める。

 森の木々の向こうが赤く焼けている。

 夕焼けの美しさは、この遠き東方の地でも変わらない。

 息を潜め、耳を澄まし、目を細める。

 静かな森だ。

 故郷アイルランドにもこんな森があり、獣や怪物を狩ったものだ。

 自慢の槍を振り回し、高らかに笑いながら。

 

「――――――――」

 

 ふと、視線を落とす。

 しばし、墓石のように立つ大きな瓦礫を見つめる。

 チラリと振り向くと、言峰は相変わらず瓦礫に座ったまま黙考していた。

 イリヤスフィールとバーサーカーの姿は見えない。

 あの()()()への着替えは手間取っているようだ。

 

「…………」

 

 ランサーは屹立する瓦礫に近づき、手をかけて裏側を覗き込む。

 丁度そのタイミングで。

 

「ランサー、何をしているの」

 

 天から響くような声が降ってきた。

 ランサーは姿勢を正して振り返る。

 半壊したロビーの中に、見事な()()()で着飾った少女が立っていた。

 その美しさに――ランサーは息を呑む。

 女としては未成熟極まりない、幼い子供だと言うのに――――この美しさは何だ。

 

「――いや、瓦礫の裏に下りの階段があってな」

「その位置なら、地下倉庫への階段ね。価値の低い魔術道具や未使用の家具、保存食くらいしかないわ」

「ふーん」

 

 興味を失したランサーは後ろに下がり、じっとイリヤを見る。

 この誰よりも美しい少女に、最強のバーサーカーが守護する少女に――。

 

「なあ。アヴェンジャーの奴は、お前にたどり着けると思うか?」

「……いつまでその呼び方する気? 彼女はアヴェンジャーじゃないわ」

「俺が刃を交えたのはアヴェンジャーだ。不死身にかまけて自分の命を軽んじちゃいるが、仲間のため身体を張って血を流す戦士さ」

「――――」

 

 イリヤスフィールはきょとんとして、ランサーを見つめる。

 ずっと一緒にいたくせに、身を挺して戦う姿を見ていたくせに、アヴェンジャーがこんな評価を受けるなんて夢にも思わなかったらしい。

 

「クッ――ハハハハハ!」

 

 そんな少女が滑稽で、ランサーは笑い声を上げた。

 イリヤも、言峰も、馬鹿を見るような目をしている。

 構わず笑う。まったく、人の世ってものは面白い。

 

 どれだけ神秘的で、どれだけ美しくとも。

 イリヤスフィールは意志を持たぬ人形ではなく、人生経験の浅い小娘に過ぎない。

 だからこそ眩しい。

 

「だったら、まだ分からねぇよなぁ? アヴェンジャー」

 

 期待に満ちた声色で、ランサーははるか遠くの宿敵へと呼びかけた。

 ――最後の戦いが、始まる。

 

 

 




 主人公が敵になって次回から最終決戦です。

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