イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第39話 絶対英霊戦線

 

 

 

 冬木の霊地、円蔵山、柳洞寺――かつてギルガメッシュ以外のサーヴァントが全員集合し、キャスターとアサシンを倒した場所。

 そこから漂う邪気を感じ取り、今、冬木の地を守るため……愛しき少女を取り戻すため……勇士が夜の深山町を歩いていた。

 夕食時をすぎた時間、夜の帳はすでに下り、寒風は人々を屋根の下へと追いやっている。

 彼等の足取りは重く、しかし力強い。空高くに輝く月と星を背負っているかのようだ。

 

 衛宮士郎。

 セイバー。

 アーチャー。

 藤原妹紅。

 

 決戦の予感、そして"終わり"の予感は彼等の表情を険しくさせる。

 特に一際、妹紅の表情は険しい。

 

 最終決戦を前に吐露せざる得ない想いがあった。

 

 

 

「――士郎のタケノコご飯、食べ損なった」

 

 

 

 がっくりとうなだれながら、心底真剣な、シリアスな表情で言いやがります。

 間桐さんちの帰り道でタケノコを買い、お昼ご飯をタケノコご飯にする予定だったのに!

 急転直下のジェットコースター展開のせいで昼飯どころか夕食まで()()()()()になる有様。

 そんな嘆きを鼻で笑ったのはアーチャーだ。

 

「ハッ――こんな半人前の料理など、そう嘆く価値もあるまいよ」

「うるさい。ラストステージ前、最後の晩餐が梅茶漬けだった悲しみが分かるか」

 

 ぐぬぬと呻きながら拳を握りしめる。

 音声オフにすればシリアスな葛藤をしているビジュアルだ。

 申し訳なさそうに苦笑する士郎だったが、アーチャーは構わず陰険な眼差しを妹紅に向ける。

 

「誰のせいで夕食の支度をする時間が潰えたのだったかな――?」

「喧嘩売ってきたのはお前だ」

「先に手を出したのは君だ」

「先に悪口言ってきたのはお前だ」

「悪口ではない、理路整然とした問題点の指摘だ」

「打開策を提示せず駄目出しばっかするのは、行動できない無能のする事だ」

「だからとて奇をてらった策ばかり挙げられてもな。しかも私を捨て石にする策が妙に多かったように記憶しているが?」

「士郎を捨て石にする訳にはいかないし、セイバーは()()()()()()()があるし、私は捨て石になり切れない体質だから仕方ないだろ」

「途中からいかに面白おかしく私を始末するかにシフトしていた気がするのだがね」

 

 妹紅はビシッとアーチャーを指差す。

 

 

 

「私の考案したアーチャー最終極義、"無限の流星一条(アンリミテッド・ステラ)・オーバーエッジ"が決まれば勝ったも同然なのに――」

「決まってたまるか、そんな曲芸」

 

 とてもすごい斬新な戦術だった。

 達成は天文学的難易度なれど、実現するならとてもすごいはずだった。

 

「理論上は大地を割る究極破壊の連撃で、燕だって射抜けるぞ」

「燕と言われてもな――」

「じゃあ私とお前の合体絶技"鳳翼三連・デスパレートオーバーエッジ"で旦那を十七分割――」

「息が合わず自滅するのが目に見えている!」

 

 これもとてもすごい斬新な戦術だった。

 達成は天文学的難易度なれど、実現するならとてもすごいはずだった。

 

 

 

「まったく、この期に及んで何をしているのですか貴方達は」

 

 せっかくの緊張感を台無しにされたセイバーが抗議する。

 適度な緊張は戦いに不可欠であり、心の乱れは敗北に繋がる。

 

「お茶漬けは素早く調理でき、即効性の栄養補給として申し分ありません。戦場に赴く前に食べる兵糧としては十分な代物。――確かにシロウのタケノコご飯が食べられなかったのは残念ですが、それは、イリヤスフィールを連れ戻してから改めて食せばよい」

 

 ――結局ご飯の話だった。

 マイペースというか、食いしん坊というか、セイバーもだいぶ柔らかくなった。

 ただ、このまま戦術について論じるのは不毛であるとの判断もある。

 何せ柳洞寺の異変を察知するまで、ぐだぐだと、ぐだぐだと、それはもうぐだぐだと、作戦会議という名の口論と喧嘩と愚痴を繰り返していたのだから。

 

 方針は立てられてはいるのだ。

 妹紅はランサーを受け持ち、アーチャーはバーサーカーを受け持つ。ただし状況次第で柔軟に対応という、酷く大雑把なものだが。

 遵守すべきとされたのは――セイバーの宝具の温存のみである。

 

 おかげで現実的ではない突飛な作戦、戦術、連携を言い合う不毛な会議へと突入してしまったのは、セイバーにとって頭の痛い出来事だった。

 だから、ご飯の話題にそらせるならそれでいいというのがセイバーの本音だった。

 アーチャーは当然乗ってこなかったが、妹紅はあっさり食いついてきた。

 

「けど、そうもいかないかもしれないだろ?」

 

 否定的なスタンスで、だが。

 意外な反応にセイバーも眉を寄せる。

 

「確かにイリヤスフィールの奪還は困難な道ですが――」

「いやそうじゃなくて、聖杯が出現したらそのまま最終決戦に雪崩れ込みそうじゃん?」

 

 ピンと、妹紅は指を立てる。

 

「聖杯が出現したらぶっ壊すしかない。そうしたらサーヴァントみんな消えちゃうだろ? 旦那もセイバーも消えちゃったら、タケノコご飯、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただ、望んだ料理を食べるだけでは意味がない。

 みんなで一緒に食べなきゃ意味がない。

 イリヤスフィールだけでは足りない。

 バーサーカーとセイバーも大事だと、妹紅は言っている。

 

 そのような心配りを感じて、セイバーは静かにうなずいた。

 確かに、みんな一緒に食べてこそだと。

 そして、みんなから自然に爪弾きにされているだろう赤衣の男が紅白の女を睨みつける。

 

「別に仲間意識など持ってはいないが、露骨に爪弾くのはどうかと思うがね」

「ああ……ランサーともお別れだな……」

「いっそ君とランサーで合体技をし、盛大に自爆してくれ」

 

 もしかしたらとてもすごい有効な作戦かもしれなかった。

 ただし完全に敵対関係となったランサーが調子よく合体技を披露してくれるかと言えば無理。

 

「みんな、もうちょっと真面目にできないのか……」

 

 とうとう士郎が音を上げた。

 白黒のジャージを着た姿はあたたかそうで、妹紅はいっそ凛のコートを無断で借りればよかったかもと思案する。確実に焼却処分してしまうだろうけれど。

 鼓舞するよう、士郎の胸を手の甲で軽く叩きながら、妹紅は笑って見せた。

 

「これが最後かもしれないんだ……楽しく行こうぜ」

「妹紅……」

「それともセイバーとロマンチックしたいなら、私とアーチャーだけで先に行っててもいいぞ」

「…………いや……そういう訳じゃ……」

 

 戸惑いがちな声を受け、セイバーはわずかに紅潮した頬を隠すよう、うつむいてしまう。

 そんなセイバーを見て今度はアーチャーがわずかに表情を険しくする。

 三角関係、という言葉が妹紅の脳裏に浮かんだが、アーチャーでは二人の間に割って入るなど絶対に不可能だろう。

 凛なら、可能性は少しくらいあるだろうか?

 

 ――聖杯戦争の終わりの後まで残れるのは――

 

 思うと、切なくなる。

 はてさて、何の因果か妙な成り行きに巻き込まれた、一番の部外者は。

 聖杯戦争が終わった後、いつか帰るにしても、多少はここにいられるのだろうか。

 

 そのような思索や雑談をしながら、四人の道中は着実に、終着点へと近づいていた。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

 円蔵山――龍が棲まうとされる霊地。

 柳洞寺――その長き石段に至り、ようやく、四人は言の葉を忘れた。

 各々、みずからの覚悟を確認しながら、山門を見据えながら、一段一段、登っていく。

 天へと続くかのような、天へと至るような道のり。

 

 自然、四者は言葉を失い、みずからの心との対話を始めた。

 自分自身の生き方。マスターとサーヴァントの絆。

 ――正義――理想――後悔――憎悪――。

 イリヤスフィールという少女の運命。

 石段をひとつ登るたび、想いを心に刻んでいく。

 一瞬ごとに更新される世界の中で、為すべき事を為すために天へ挑む。

 

 もうじき終わる。もうじき始まる。

 きっと、これが最後の――。

 

 山門へ到着し、潜るや――世界が一変した。

 

 宵闇であるはずの空が、毒々しい赤い光によって照らされている。

 同じく赤い燐光が宙を漂い、境内の奥から吹く風に乗ってゆらゆらと流れている。

 空気は悪意を孕んで濁り、嫌な予感というものが物理現象となって肩に伸し掛かるようだ。

 

 そして月が。

 月が、闇に喰われていた。

 黒々と染まった月、その輪郭のみが血の色に輝いている。

 

 ――本物の月、という訳ではあるまい。

 月は赤い光に呑まれて見えなくなっているだけで、境内の奥に浮かんでいる闇色の円こそ、恐らく大聖杯に違いない。

 

 まるで天に開いた"孔"だ。

 何もかもが反転した月。

 ――"逆月"が、闇を振りまいていた。

 

 魔界の如き光景の中、境内の中央、石畳の上に一人の男が立っている。

 蒼き衣をまとい、闘志を漲らせる雄々しき英雄。

 朱き呪いの槍を振るうケルトの戦士。

 ランサー、クー・フーリン。

 

 その姿を認め、士郎達の盾になるよう妹紅が前に進み出る。

 

()()()みたいに旦那と二人がかりで襲ってくると思ったが一人とはな――好都合でありがたいがいったいどうした、捨て石でも命じられたか?」

「そんなようなもんだ。だが、捨て石になる気はさらさらねぇ」

「そこをどけランサー。もう戦争ごっこにつき合う気は無いし――」

 

 チラリと、逆月を見上げる。

 

「モタモタしてもいられない。袋叩きにしてもいいんだぜ?」

「望むところだ。生憎ここを()()()()()()()()()()()()。誰一人、先に進めると思うな」

 

 三人がかりでとっとと潰すべきか?

 いや、事は一刻を争う状況かもしれない。

 あの不吉な月。あそこにイリヤがいると直感し、妹紅は背中に炎の翼を羽ばたかせた。

 

「どうせ旦那相手じゃ役に立てそうにないからな。ランサーは私が引き受けた。お前等はとっととイリヤさらって来い」

「――分かった。頼んだぞ、妹紅」

 

 士郎の応じる声を受け、ニッと笑って妹紅は地を蹴った。

 同時に翼から無数の火焔弾を射出させ、人間が通り抜ける隙間が無いほどの密度を作り上げる。

 

「無限の弾幕で死ねッ! ランサー!」

「赤枝の騎士を舐めるなッ! アヴェンジャー!!」

 

 背後で士郎達が駆け出す気配を感じながら、妹紅は獲物の得物を鋭く見据える。

 あの槍――ゲイ・ボルクだけは警戒せざるを得ない。宝具展開でもされない限り、最大限に集中すれば一度は回避できる。懐に飛び込んで盛大に爆ぜてやる。

 

 ランサーは右手に朱槍を持ったまま、左手を地面に叩きつけた。

 瞬間、光の線が稲妻のように大地を走った。

 境内に広がる砂利――その中に転がる小石――その幾つかに光は行き着く。

 石は、妹紅を囲うように配置されていた。

 

(――罠ッ!)

 

 そう悟った瞬間、周囲に薄い光の膜が広がったかと思うや、膜に触れた火焔弾のことごとくが四散してしまった。

 それどころかブースターとして使用していた背中の炎まで消え、飛翔速度を落としてしまう。

 身ひとつとなった妹紅はそれでも構わず突っ込んだ。

 即座に、ランサーが朱槍を振るう。

 最大限に集中すれば一度は避けられる。攻撃の手を読んで、合わせて回避行動を取りながら突っ込もうとするも――不意に悪寒に震え急制動をかけ、前ではなく後ろへと避けた。

 瞬間、電光石火の槍が妹紅のいた場所と、避けて潜り込もうとした場所を斬り裂く。

 咄嗟に下がっていなかったらどうなっていた事か。

 戦慄し、意識が槍へと集中させられる。続けて攻撃されても、再度避けられるように。いやむしろあえて受けて、槍が体内にある状態で自爆してやれば――。

 

(アメ)ェ!」

 

 だがランサーは素早く踏み込んで妹紅の無防備な足を引っ掴んできた。力いっぱい振り回され、妹紅の意識が脳みそより高い頭蓋の頂点まで押しやられる。

 一回転か、二回転か、ともかくたっぷり遠心力を乗せられて、妹紅はぶん投げられた。

 

「なっ――!」

「シロ――!」

 

 声がし、直後、誰かの人体に衝突する。いや抱き留められる。

 身体に腕を回されて、しかし勢いに耐え切れず、受け止めた誰かもろとも地面を転がる。

 視界の端に焦り顔のセイバーとアーチャーが見え、どうも柳洞寺の奥へ向かっていた彼女達への投擲武器として利用されたらしいと悟る。では、抱きとめてくれたのは士郎か。身体に触れている腕はあたたかそうなジャージの長袖だ。

 

「――下がれッ!」

 

 焦りに満ちた声でアーチャーが叫び、即座に白黒の夫婦剣を投影して胸の前で交差し、一秒と経たずに砕け散った。弾丸のような勢いで突っ込んできたランサーの朱槍を受けたせいだ。

 

「くっ――!」

 

 アーチャーがやられる。そう瞬間的な判断を下したセイバーが不可視の剣で割って入る。

 ランサーは即座に剣の間合いから逃れ、槍の間合いから連撃を繰り出した。

 セイバーも素早くそれに応じて無数の火花と金属音をけたたましく散らせる。

 妹紅もじっとしていられないと起き上がり、ランサーの横合いへ回り込んだ。全身を捻りながらの強烈な回転蹴りで側頭部を狙う。

 刹那だけ、ランサーはこちらを見やった。それだけで蹴りの動きを見切り、セイバーの剣を打ち払いながらみずからも身体を旋回させ、妹紅の足を逆に蹴り落とす。

 その隙を狙ってアーチャーが新たに夫婦剣を投影して肉薄するも、ランサーはそれ以上の速度で後方に飛んで退避。崩れた体勢を綺麗に立て直す。

 妹紅は即座に右手をかざし、無数の魔力弾を放出した。

 同時にアーチャーも双剣を投擲した。高速回転しながら弧を描いて迫ったそれは、ランサーの槍がそれ以上の速度で振るわれる事で撃墜される。

 だがそのおかげで動きが止まったところに、先の妹紅の弾幕が迫る。

 威力は控え目だが弾数は豊富な魔力弾が、マシンガンのように注がれ――ランサーを避けるようあらぬ方向へとそれてしまう。

 

 ――今更、妹紅の弾幕の腕前を疑うものなどいない。

 だからこれは、ランサーの仕業なのだ。

 侮っていた訳ではない。しかしかつてしのぎを削ったランサーはこれほどの相手だったか!?

 アーチャーが舌打ちする。

 

「妹紅――!」

「行け! お前は、旦那の担当だろ! ランサーは私が抑える!」

 

 火焔弾も魔力弾も使えないなら肉弾だ。

 今度はランサーの異様な身体能力も計算に入れて攻める。

 

「できると思ってるのか、たわけ!」

「なぁに――旦那より非力さ」

 

 つまり絶体絶命だ。比較対象にバーサーカーを持ち出さなきゃならない英霊相手に肉弾戦を挑まねばならないのだから。

 妹紅が飛び出すと同時にアーチャーも飛び出した。すでに自陣の圧倒的な劣勢を悟り、後にバーサーカーが控えていると分かっていても、ここで全力を尽くさねばどうにもならないと理解していた。

 唯一、セイバーは士郎を守るためその場に留まった。慎重に不可視の剣を構える。

 

「ハッ――三人がかりでもいいんだぜ? こっちは元よりそのつもりだ!」

 

 ランサーが吼え、妹紅とアーチャーの連撃をまとめていなす。

 すでに、ゲイ・ボルクの治癒阻害の呪いで体力を削られるのが弱点だと知られてしまっている妹紅は、いつもの相討ち上等の捨て身戦法を取っていなかった。

 冷静に、繊細に、朱槍の穂先を避けながら、目いっぱいの身体強化を施した拳と蹴りを放ち続ける。血肉を焦がしながら神経をヒートアップさせていく。

 同じように、朱槍の呪いを受けてはたまらないとアーチャーも似たような戦術を取っていた。とにかくゲイ・ボルクを振るわせない。再投影した双剣でゲイ・ボルクの軌道をそらす事に専念。

 それでもランサーは一歩も引かないどころか、徐々に二人を押し返す。

 その攻防を見て、セイバーが士郎の手を掴んだ。

 

「シロウ、今です」

「でもセイバー……!」

「この異様な空気、聖杯の儀式を進めさせてはなりません。一刻も早くイリヤスフィールの元へ行かねば!」

 

 冷静かつ冷徹な判断を下すセイバー。

 二人が駆け出そうとした直後、ランサーは唇を素早く動かして地面を踏みつける。

 途端にセイバー達の進行方向にあった小石のひとつが強烈な光を発して爆散する。それは士郎とセイバーのみならず、妹紅とアーチャーも思わず警戒姿勢を取ってしまった。

 その間隙を突いてランサーはニヤリと笑って疾駆し、セイバー達の進行方向へ回り込みつつ槍を振るう。――直感のみでセイバーはそれを迎撃。見事、甲高い剣戟と共にランサーの攻撃を防いでみせた。

 

「言ったろ、死守を命じられてるってな。この先に行きたきゃまず俺の息の根を止めな」

「ランサー……!」

 

 足止めされた二人を加勢すべく、妹紅とアーチャーも素早く反転しランサーの背中を取ろうとするが、ランサーは軽く地を蹴ると四人の敵を見据えられる位置に移動した。

 サーヴァント二騎、魔法使い一人、ついでに半人前魔術使い一人で囲んでいるというのに――劣勢なのはこちらだと、どうしようもなく自覚させられる。

 だから妹紅は、かつて楽しく快活に殺し合った時と打って変わった態度で、情けなさを吐露しながら怒鳴る。

 

「いい加減しつこいんだよ! バゼットは死んだんだろ? だったらお前も潔く消えろ。未練がましく言峰綺礼なんぞに媚びへつらってんじゃあない!」

「つれねぇな……決着つけるって約束したろ」

 

 妹紅が心を剥き出しにしたせいだろうか、ランサーもまた自然な仕草で落胆の色を示した。

 ランサーは聖杯戦争に全力の戦いを求めており、ここにいるアヴェンジャーとセイバーこそ彼の認めた戦士なのだ。アーチャーは気に食わないので保留である。

 戦士の意――それを汲めない妹紅ではない。しかし今は。

 

「そんなもん破棄だ破棄! 戦士の誇りも、決着の約束も、聖杯戦争も知った事か!」

「ほう? 俺の前で戦士の誇りを嗤うか、アヴェンジャー」

 

 ランサーの声色に怒気が宿り、その表情が険しく張り詰める。

 まさにクランの猛犬。牙を剥き、今にも獲物の喉笛に喰らいつきそうだ。

 しかし今は――――。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 願うように。

 誓うように。

 見開いた眼に、いっぱいの気持ちを押し込めながら。

 藤原妹紅は、告げた。

 

「――――ハッ」

 

 嗤う――クランの猛犬が笑う。

 彼は知っている。そういう眼をする者の名を知っている。

 なるほど、今のアヴェンジャーは戦士ではない。

 ――弱く身勝手であるからこそ、欲深く往生際が悪いからこそ――。

 

 

 

 戦士も英雄も踏み越えていく"人間"の姿だ。

 

 

 

「流石、俺とバゼットが見込んだ女だ。それでこそ倒し甲斐がある」

「ランサー……!!」

「お前を倒す手段をバゼットと相談し、ずっと準備していた。ルーンを刻んだ石をそこらの砂利に紛れさせてある。俺自身にも火除け、矢避け、硬化、強化、加速……その他諸々、やれる限りの加護を出し惜しみなしで使わせてもらった」

「――――ッ」

 

 火除けなんて戦術を取られたら妹紅の戦闘力は激減する。

 魔力弾や道具の使用もできるが火力も手数も不足してしまうし、そちらも矢避けで対処されてしまう。至近で自爆炎上したとしても炎はすぐ散ってしまい大したダメージにはなるまい。

 以前の柳洞寺の戦いは突発的な状況だったため、昼間の足止めは手札を隠すため使わなかったのだろう。

 だが今は違う。確実に妹紅に勝利するためにすべての切り札(カード)を振るってきた。

 バーサーカーと共闘してこないのも、ルーン石の結界を踏み荒らされてはたまらないという事情と――ランサー単独で挑んだ方が()()という自負の現れか。

 

 たとえマスターの意図が捨て石だとしても。

 絶対に侵入者を阻むという、英霊の敷いた戦線がここだ。

 

「さらにここを"死守せよ"って令呪を使われててなぁ。たとえお前の命を奪い尽くせずとも、この戦い、俺が戴く――!!」

 

 道理で、たった一騎に歯が立たない訳だと改めて理解する。

 ここは陣地。ランサーの魔術工房の中と言ってもいい。

 妹紅対策のみならず自己強化にも余念がなく、光の御子が全霊を尽くすとあれば――。

 

(私にとっては、旦那以上の難敵って訳だ)

 

 

 

 完全に計算外だ。なりふり構わなければランサーは倒せると思っていた。そうでなくとも足止めはできると。

 それがバーサーカー相手に戦力にならない自分にできる、精一杯の仕事だと信じていた。

 だがどうも、それすらできそうにない。

 ()()()()と――強く自覚する。

 愚直に突っ込めば呪いの槍に殺し尽くされ、体力も尽きて戦闘不能に陥るのは目に見えている。

 遠距離戦に持ち込んでこつこつルーン石を砕く手もあるが、時間がかかりすぎて手遅れになる。

 パゼストバイフェニックスで憑依してやったとしても、今のランサーなら憑依弾幕を避けながら戦闘を続行し、士郎達を皆殺しにしてしまうだろう。

 

 時間さえあれば不死身の耐久戦に持ち込み、活路を見出だせるのだ。

 しかしその時間が無い。

 決着の約束を捨てるような自分が、決着のために身命を尽くした英霊に勝てる道理など無かったのかもしれない。

 

 

 

(――いっそ、みんな見捨てて一人でイリヤをさらうか?)

 

 それが一番現実的な案に思えてきた。

 セイバーを見捨てるのは心苦しく、アーチャーはどうでもいいが、しかし。

 衛宮士郎だけはそうもいかない。

 戦力的に一番役に立たないが、戦力的に一番重要なセイバー以上に、彼には成さねばならない使命がある。

 駄目だ。やはり士郎とセイバーだけは死守するべきだ。

 

 ――イリヤの元にいても、いなくても、どうやら自分は衛宮士郎を守るという宿命から逃れられないらしい。

 

 こうなったらバーサーカーがまだ控えているのを承知で、自分とアーチャーの二人がかりでどうにかランサーを封じ込めるしかない。

 最終的な勝利を掴む手立てがない以上、まずは目先の勝利を狙うしかない。

 

 妹紅がそのような思考に至る横で、アーチャーが嘲るような声で言った。

 

「ランサー、状況が分かっているのか? すでに呪いが広がりつつある。この事態を解決する事こそ英霊の本分だと思うのだがね」

 

 チラリと、アーチャーは境内の奥を見やる。

 そこには赤黒い粘液のようなものが、どこからか流れ込んできていた。

 呪われた聖杯が生み出したものだろう。あれが世に放たれたら終わりだ。――冬木の終わりなのか、日本の終わりなのか、世界の終わりなのかは、試してみないと分からないし、試す気にもなれないが。

 ランサーも泥を一瞥するも、たいして気にした素振りも見せず快活に答える。

 

「お前等を倒せば俺は自由になる。そうしたらバーサーカーを倒して、俺が聖杯を取り――壊す。そうすりゃ泥も消えるだろ? 何もおかしかねぇ、順番通りさ」

「そうか、では――――()()()()()()()()()()()()

 

 あまりにも剛毅なランサーの発言に対し、アーチャーは血迷ったとしか思えない返答をした。

 そこにいる誰もが驚いた。無謀を吐くアーチャーを凝視し、真意をうかがう。

 

「……ほう? まるで俺に勝てるって言い分じゃねぇか」

「この先、大英雄ヘラクレスが控えているのだ。節操なく主を替える"番犬"の相手など、俺のような"凡百"で丁度良かろう?」

「――――ほざいたなアーチャー。いいぜ、殺すのはテメェからだ」

 

 矛先を向けられたアーチャーはニヤリと笑み、小声でかたわらの紅白少女へ告げる。

 

「――時間を稼げ、炎が奔ったら離れろ」

「――ああ」

 

 火除けのルーン使われてんのに、炎なんか奔るか馬鹿。ちゃんと説明しろ――!

 

 そう言いたいのをこらえながら、妹紅も小声で応じた。

 やるしかない。これで駄目だったらアーチャーのせいだ。

 責任を背負った男は精悍な面差しで、衛宮士郎を見つめた。

 

「……お前は邪魔だ、そこから動くな」

「なんでさ、俺だって――」

「たわけ。貴様如き未熟者、死力を尽くしてようやく"一人"を守れるかと言ったところだ」

 

 一人。それが誰かなんて誰もが分かっている。

 

 

 

「――――イリヤの兄を名乗りたくば、"我儘(ねがい)"を()()()()()()

 

 

 

 ――誰だろう、こいつ。

 妹紅はその時、正体不明のサーヴァントの正体なんかどうでもよかったくせに、その真名を――いや、その()()を覗いてみたいと思った

 言葉を向けられた士郎は身をすくませ、けれどまっすぐにアーチャーを見つめ返す。

 力強い意志を抱いた瞳と瞳。

 恐らく――当人同士にしか伝わらないものが今、伝わっている。

 邪魔をしてはいけない。

 立ち入ってはいけない。

 そう直感し、静観する。令呪によって"死守"を命じられたランサーでさえも。

 瞳の語り合いは果たして何秒ほどの出来事だったのか、それを猛る声が打ち切る。

 

「――では行くぞ! 妹紅!!」

「――気安く呼ぶな! アーチャー!!」

 

 即座に干将莫邪を投擲するアーチャー。もちろん、即座にゲイ・ボルクの描く朱閃によってそれらは弾き落とされる。

 ほぼ同時に妹紅が疾駆し、前方に大きな爆炎を巻き起こした。それは周囲のルーン石によって打ち消されるも、一瞬の目くらましの間に妹紅は大地を這うような低空飛行にシフト。ランサーへの肉薄に成功しながら足払いを仕掛けるも、跳躍されて逃げられた。

 

「手伝えセイバー!」

 

 助力を頼みながら、頭上のランサーに向けて無数の魔力弾をぶち撒けてやる。

 矢除けの加護? 至近距離の散弾ならばどうだ! ――しかしそれらはすべて天へ昇る流星と化し、無傷のランサーが槍を振り下ろしてきた。僅差で避けつつ宙に浮かびあがって札をばらまく。

 いかに火除けが施されていようと、身体に貼りついた状態で発火符が爆発すれば通じるはずだ。

 その危うさを悟ったのかランサーは素早く発火符を切り刻む。

 散発的に爆炎が舞った。

 その炎を対魔力によって弾きながらセイバーが突貫し、ランサーを楽しげに笑わせた。

 聖剣と魔槍が火花を散らす――。

 

 

 

 

 

 境内の中央付近まで下がったアーチャーは、ゆるやかに手をかざす。

 かつて最大の難敵に見せた奥義を今、再び行使する。

 

「―――体は剣で出来ている(I am the bone of my sword.)

 

 詠唱、開始。

 アーチャーの心が、内側へと向けられる。深く深く、深層意識が浮かび上がる。

 

血潮は鉄で 心は硝子(Steel is my body, and fire is my blood.)

 

 思い出すのは危なっかしいマスターの姿。

 随分と滅茶苦茶な召喚をされ、随分と無茶苦茶な令呪も下された。

 

幾たびの戦場を越えて不敗(I have created over a thousand blades.)

 

 あの夜、運命に再会した。

 たとえ地獄に堕ちても忘れないであろう、もっとも美しき光景を思い出した。

 

ただの一度も敗走はなく(Unknown to Death.)

 

 正体不明で意味不明な乱入者は、正体が分かっても正体不明で意味不明だった。

 けれど、あの少女を想う気持ちが本物であると信じられる。

 

ただの一度も理解されない(Nor known to Life.)

 

 誰よりも、何よりも、最初から最後まであの娘の味方だった者。

 雄々しき大英雄の在り方は、羨ましいとさえ思う。

 

彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う(Have withstood pain to create many weapons.)

 

 否定したいものがあった。抹消したいものがあった。

 そんなものの味方をしている自分が酷く滑稽だった。

 

故に、その生涯に意味はなく(Yet, those hands will never hold anything.)

 

 摩耗し、朽ち果ててしまった記憶が蘇る。

 こんな愚かな男を■と慕ってくれたあの少女に、自分は何ができただろうか。

 

 

 

 

 

 

 あの手この手で時間を稼ぐ妹紅とセイバー。

 バーサーカーの顔面にぶちかませば目くらましになると踏んで温存していた発火符は、ランサーを足止めするため完売御礼と相成った。

 なので強がりを吐いて誤魔化す。

 

「どうだ? 自爆特攻しなくても、結構戦えるもんだろ!」

「それも慣れたぜ」

 

 とランサーは言うものの、攻めあぐねていた。

 アーチャーを守るように立つアヴェンジャー、士郎を守るように立つセイバー。

 二人に挟み撃ちされるような位置に誘導され、片方に槍を振るえばもう片方に背中を狙われるという状況に陥っている。

 だがその均衡も、妹紅の発火符が尽きたため決壊した。

 次の攻防で露呈する。

 発火符が尽きた事などセイバーは知るよしもなく、それを当てにした連携は確実に乱れる。

 こうなったら何がなんでもランサーにしがみつき自爆するしかない――そう妹紅が決断し――。

 

 

 

その体は、きっと剣で出来ていた(So as I pray, UNLIMITED BLADE WORKS.)――!!」

 

 

 

 アーチャーの詠唱は完成した。

 瞬間、彼の足元から炎が巻き起こる。

 まるで妹紅の火爪のように大地を這いながら、世界を切り取っていく――。

 

「――――ッ!!」

 

 火除けのルーンの中で奔る奇っ怪な炎はランサーを動揺させ、そのわずかな隙に妹紅は全力で駆け出していた。

 身体強化を両脚に集中し、前のめりに転びそうなほどの前傾姿勢でランサーに迫る。

 アーチャーの詠唱を止められなかったランサーは、これを二人の策略と読み、迎撃という判断を下した。ゲイ・ボルクの先端をアヴェンジャーに向ける、それだけでいい。

 そのまま突っ込んでくるつもりだろうが、刺さった瞬間、槍ごと振り回して後方のセイバーにぶつけ、アーチャーの首を一直線に獲ってやればいい――。

 だが、槍が触れる直前で妹紅の身体は爆発四散した。

 

「何――ッ!?」

 

 光の粒子がランサーの後方へとすり抜けていく。

 後ろを取る気か。だが再生の瞬間は無防備。――だからこそ無視する。

 不死身につき合うのは後でいい。がら空きになったアーチャーへとランサーは疾駆した。

 その間に妹紅は即座に肉体を復元し、疾走の勢いそのままにセイバーへと飛びついた。

 セイバーは驚き戸惑いながらも、妹紅の行動を信じて身体を預ける。妹紅は跳躍と飛翔を同時に行い、セイバーの身体を担いでただひたすらにアーチャーから距離を取った。

 

「アーチャー!!」

 

 ランサーが叫び、アーチャーが笑う。

 境内を縦横無尽に走り回る謎の炎。その内側に立つのは、赤と青のサーヴァントのみとなった。

 

 ――妹紅は振り返る。

 アーチャーとランサーが炎と光に呑まれ、世界が歪む様を見た。

 そして。

 炎と光が縮小して消え去ると同時に、二人の姿もまた消えていた。

 

 何が起こったのか。

 衛宮士郎にはとんと理解できず、藤原妹紅は漠然と予想をつけ、セイバーは正しく理解した。

 

「この魔術は――」

 

 かつて、第四次聖杯戦争におけるライダーが行使したモノと同じ。

 それは精神(こころ)を舞台とする戦場への招待状。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

 黄昏の空に巨大な歯車が浮かび、回り、回り、回る――。

 生命の絶えた荒野に突き刺さる無数の剣、剣、剣――。

 

 柳洞寺で、戦っていたはずだ。

 突如、訳の分からない世界に放り出されたランサーは当惑しながらも、これがアーチャーの仕業であると確信し、油断なく槍を構える。

 

「個と世界、空想と現実」

 

 夕焼けを背負い、歩く一人の男。

 赤い外套をまとい、日に焼けた肌と、疲れ果てた老人のような白髪(はくはつ)の男。

 

「内と外とを入れ替え……現実世界を心の在り方で塗りつぶす」

 

 その言葉、その足取り、ひとつひとつに決意が満ちている。

 その眼差しはただひたすら、まっすぐに"敵"を睨む。

 

「魔術の最奥――"固有結界"」

 

 みずからの能力を明かす事で、アーチャーはこれが最後の戦いだと宣言した。

 命を賭して戦う男の顔を見、ランサーは獰猛な笑みを深くする。

 

「クッ――魔術の最奥と来て、周りは剣ばかり。まったく、とんだアーチャーがいたもんだぜ」

「ここには貴様が入念に準備したルーンの石などひとつも無い。()()()()()()()()()()()()

「それしきで俺に勝てると思い上がったか? せっかくアヴェンジャー対策を置き去りにしたってのに、肝心のアヴェンジャーがいないんじゃ片手落ちだぜ」

「あちらには三人待ち構えているのだから、こちらも三人送り込むのが道理だろう?」

「生憎、いけ好かねえマスターの令呪は機能したままだぜ。お前を全力で討ち倒し、寺に戻ってアヴェンジャー達を追わせてもらう」

「それをさせないために、俺はここにいる――」

 

 アーチャーは刀身の捻れた剣を地面から引き抜き、ニヒルにほほ笑んで見せる。

 すでに己の末路を理解しながらも、未来を託すため引く訳にはいかない。

 

「悪いがつき合ってもらうぞ、俺の剣が尽きるまで……!」

 

 アーチャーの周囲に光が集まり、無数の剣を形作る。

 それらは空中にピタリと静止したまま、その切っ先と殺意をランサーに向けていた。

 しかしランサーは臆するどころか、望むところと言わんばかりに駆け出した。

 無数の剣が射出される。それはまるで英雄王ギルガメッシュの宝具のような光景だった。

 朱槍が踊る。迫りくる剣の雨をことごとく薙ぎ払い、打ち砕き、アーチャーの命に向かって疾走する。

 

 両雄激突。

 ランサーの敷いた防衛ラインは、アーチャーの防衛ラインによって上書きされ、英霊同士の一騎討ちが幕を開いたのだ。

 

 

 

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