イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第41話 雪下の別れ

 

 

 

 冬木市の住人にとって、その日は静かな夜だった。

 柳洞寺に蔓延する邪悪な気配は結界によって隠され、人々は平穏な日常を謳歌している。

 十年前の大災害が再び――それ以上の規模で今夜、起きてしまうかもしれないなんて誰も想像だにしない。

 

 そんな町を、息を荒くしながら歩く幾人かの影があった。

 ボロボロの衣服をまとい、全身を土や埃で汚した姿で、静まり返った夜を歩く。

 

 夜風が冷たく吹きすさび、そのうちの一人は首に巻いた紅いマフラーが飛ばされないようギュッと握りしめた。

 

 ようやくここまで来た。

 しかし状況が分からない。

 どうすればいいのか分からない。

 どこに行けば、いいのかも――。

 

「…………エミヤ……」

 

 一縷の望みを託して、ひとつの名前を口にする。

 あの男の家なら、もしかしたら手がかりがあるかもしれない。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

 剣の丘――。

 

 草一本すら生えぬ荒野、巨大な歯車の浮かぶ空。

 アーチャーの心象風景によって塗りつぶされた世界、固有結界。

 

 そこで、死闘が展開されていた。

 

 赤き弓兵、アーチャーの意志ひとつで出現し、射出される無限の剣。

 名剣があった。

 宝剣があった。

 業物があった。

 神剣があった。

 魔剣があった。

 妖刀があった。

 鋭刃があった。

 (なまくら)があった。

 

 一切の区別なく、すべてが切り払われていく。

 それらはすべて偽物。単なる模倣にすぎない。

 究極の一には届かない。

 

「オラオラオラ、どうしたアーチャー! 御大層な手品を見せておきながら、虚仮威しかッ!?」

 

 真を極めし者。蒼き槍兵、ランサーの振るう朱槍には届かない。その卓越した技量には届かないのだ。

 ドーム状に剣を配置し一斉射撃をしても、ランサーは迷わない。

 敵に囲まれたなら一点突破して脱出すればいい。そんな戦場の論理を、剣の包囲網にも迷わず決行し、最小限の剣だけを破壊して突破してのけた。

 獲物を追尾する剣を、弓に番え、放っても――。

 それは確かにランサーへと向かったものの、朱槍の一撃によって打ち砕かれてしまった。

 

 ランサーをルーンによる強化を敷いた土地から引き離したものの、令呪による強化は未だ消えておらず、そもそも強化抜きの地力で遥かに劣っている。

 アーチャー自身の固有結界の中だというのに、劣勢は確固たるものだった。

 

「クッ――――」

(おせ)ぇ!」

 

 剣の丘を駆け上がったランサーの刺突を、アーチャーは咄嗟に投影した夫婦剣で防ぐ。

 干将莫耶。彼の愛用する防御に優れた剣、しかしそれは刀身が翼のように肥大化していた。

 

「トレース――オーバーエッジ!!」

「ほう、ちょいと頑丈にはなったか。だがなぁ――!」

 

 朱槍が踊る。

 誇り高き戦の歌、剣戟の金属音を雄々しく奏でる。

 散る火花の向こう、クランの猛犬が獰猛に嗤う。

 それでも――退けない闘いのため、アーチャーは決死の覚悟で干将莫邪オーバーエッジを振るい続ける。

 

 極限まで研ぎ澄ませ。

 一手一手が致命。一瞬一瞬が必死。

 余分な思考は殺せ。

 彼が見るべきは生と死の境界。

 読み切れ。

 そして勝ち取れ。

 五秒後の生存を――。

 

「オラァッ!!」

 

 ランサーの一撃を受け、干将オーバーエッジが打ち砕かれる。

 指先が痺れ、額に汗が滲み出る。――頼むから瞳に落ちてくれるなよ。祈りながらアーチャーは剣を振るい続ける。

 

「ハッ――!!」

「オオッ――!!」

 

 莫耶オーバーエッジをゲイ・ボルクの穂先に叩きつける。

 ランサーの反応は素早く、望むところと言わんばかりに黒の刀身へと突き返してきた。

 バキンと、甲高い悲鳴を上げて砕かれる。

 構うものか。

 バランスが崩れるのを承知でアーチャーは痛烈に蹴り上げた。爪先がランサーの顎をかすめる。浅い、浅すぎる。だが致命的なミスではない。

 二人の距離は近く、槍の間合いの内側であるが故の反撃だ。

 故に、ランサーの反撃もまた槍ではなく拳だった。

 アーチャーの頬に叩き込まれた一撃は奥歯をへし折り、強烈な痛みと共にアーチャーを後退させようとする――下がれば死ぬ、槍の間合いだ。

 

「――トレース、オン」

 

 両手に干将莫耶を投影。至近ゆえオーバーエッジを施さない短い刀身。それを素早く振るう。

 嵐のような剣舞は、青い残像を相手に虚しく空を切った。

 恐るべき俊敏性によってランサーは既に射程の外へと逃れ、勝ち気な笑みを浮かべている。

 

「ヘッ……思ったよりやるじゃねぇか。お前の剣から戦士の誇りは感じなかったが――大切なものを守ろうという"意志"を感じる」

「――フッ。守ろうという"意志"だと? 笑わせてくれる。我等はすでに死人(しびと)。今更何を、誰を守れというのだ」

「そんなモン――テメェの胸に! 訊いてみなッ!!」

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

 胸の内に――冷たいものがひらり、ひらりと、舞い落ちる。

 自分が何のために戦っているのか。

 それを知りながら、目を背けている自分が滑稽だった。

 

 大のために小を殺し、正義と理想を信じて罪を犯す愚か者。

 今まで切り捨ててきたものをこそ、救いたかったのだとも気づけずに。

 正義も理想も朽ち果てて、後に残った自分がどうしようもなく許せなかった。

 

 しかし今、朽ち果ててしまった心が――――白い――。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

 踊る剣戟。不思議だ。自分はなぜ、こんなにも持ちこたえられる。

 ランサーは日本でこそ知名度が低いものの、アイルランドでは知らぬ者がいない大英雄だ。

 力も、技も、何もかも、何もかも、彼が上回っている。

 己の敗北は免れない。

 己の死は免れない。

 

 だというのになぜ――自分は持ちこたえている。

 

 剣を生み出し続ける。心に刻まれた無数の剣。無限の剣。

 そのすべてを駆使して朱き槍に対抗する。

 白と黒の双剣。使い慣れたそれに魔力を込めて強化改造を施し、一撃一撃に全霊を込めて迎撃する。筋肉が捻れ、骨が軋み、神経が張り詰める。走る激痛。縮まる寿命。

 ――まだだ。まだたいして時間を稼げていない。ランサーに衛宮士郎の後を追わせる訳にはいかない。あの未熟者は、あの半端者は、セイバーと妹紅に助けられて尚、手こずるであろう。

 

 なにせ、"彼女"ときたらそれはもう頑固だから――。

 

 フッと、笑みがこぼれる。

 こめかみを朱槍がえぐり、癒えぬ傷が浅く刻まれる。

 骨までは達していないが、この位置はマズイ。下手したら目尻に血が入ってくる。

 

「オオオォオォオオオォォォォォォッ!!」

 

 誰かが吼えている。

 クランの猛犬が、犬らしく吼えているのか。

 いや――それは妙にすぐ近くから聞こえてくる。

 ああ、自分が吼えているのかと遅まきながら自覚し、自虐した。

 これほどの熱情がまだ自分に残っていたなど、思いもしなかった。

 

 アーチャーは衝動に身を任せ、練り上げた術と技で食い下がる。

 ケルトの大英雄、クー・フーリンに食い下がる。

 

 ――これほどまでを尽くしているのに。限界を超えた強さを振り絞っているのに。

 ――食い下がるしか、できない。

 

 朱閃が無数に走ると、アーチャーの身体にも灼けるような痛みが走った。

 斬られた。左腕の肉を削ぎ落とされ、右の脇腹と肋骨の一部を持っていかれ、両足から踏ん張る力が虚脱していく。

 このまま倒れてしまいたい。

 

「アァアァァァ――ッ!!」

 

 それでも男は吼え続ける。

 形振り構わず、ランサーの左右と頭上に剣の群れを投影、展開、射出させる。

 瞬間、ランサーはすでにもう、地を蹴って後方に飛んで回避行動を取っていた。

 ――後方にも剣を展開すべきだったと内心毒づきながら、アーチャーはもう、そんな大規模な投影ができる余裕は無いと理解していた。

 この固有結界も、どれほど持つだろうか――。

 

「まだ立つかアーチャー」

 

 不治の傷口から血と魔力が流れ落ちるのを見つめ、ランサーは目を細めた。

 足の震えを意志で捻じ伏せながら、誰にともなくアーチャーは答える。

 

「まだだ……まだ、倒れる訳には……」

「……解せねぇな。なぜそうまでする。何を守ろうとしている」

()()()()()()()()()()――」

 

 ――その口調は。

 普段の皮肉屋なアーチャーのものと、だいぶ違っていて――。

 

 一瞬、きょとんとするランサー。

 思い当たる節があったため、わずかに目を伏せる。

 

 

 

「お前がどこの誰だか、分かった気がするぜ」

 

「――――そうか――」

 

 

 

 どこの誰なのかまでは――ランサーは言わなかったし、アーチャーも答えなかった。

 そんな事は全然、重要じゃあない。

 これから殺し合うだけの二人にとって、アーチャーの真名など些末。

 

 けれど、ランサーは感じていた。

 冷たくも心地いい空気が流れてくるのを。

 

 そして、アーチャーも感じていた。

 あの日の冷たさを。

 あの日の空気を。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

 ――雪が降っている――

 

    ――月は無く、星も無く――

 

          ――ただ、雪だけが――

 

 かつてあの男が座っていた場所に、少女がちょこんと座っている。

 しんしんと舞い落ちる雪を見上げて、少女の横顔がほほ笑んでいる。

 

「…………ねえ、■■■」

 

 旧い名だ。あの頃はそう呼んでくれる優しい人々に囲まれていた。

 しかし名前を呼んでくれる人々に背を向けて、遠く離れてしまったのは自分。

 

 大切だった人はもういない。

 引き継いだ誇りだけを胸に歩き続けてきた。

 

「わたしね……ここで一緒に居られて、本当に幸せだった」

 

 ほんの一年かそこらの、夢のような日々。

 もっと早く、こうしている事はできなかったのか。

 もっと長く、こうしている事はできなかったのか。

 

 あの日は月が綺麗だった。

 この日は雪が綺麗だった。

 綺麗だと、思えるものの終わりを見た。

 

「ああ、でも」

 

 あの日、あの時、あの場所で。

 父と慕った男が逝ったのと、まったく同じ場所で。

 この日、この時、この場所で。

 ■として慕った少女は――。

 

「…………もう少し、生きていたかったなぁ……」

 

 今にも泣き出してしまいそうな顔で、ほほ笑んだ。

 それが終わりの光景。

 

 雪下の別れ――――。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

「トレース……ッ!」

 

 アーチャーの周囲に出現する剣の群れ。そのすべてが次々に射出されていく。

 荒野を翔ける流星群を、蒼き戦士が朱き槍で潜り抜ける。

 刹那の時に命を懸ける、雄々しき戦士の生き様を垣間見た気がした。

 喉元を狙う刀をかわし、足首を絡め取ろうとする曲刀を飛び越え、心臓を狙い穿つ魔剣を魔槍で打ち払い、アーチャーの意志をランサーの意志が捻じ伏せていく。

 

 その光景を、美しいと思った。

 剣の弾幕の隙間でランサーが笑う。

 

 決着を予感しながらもアーチャーは後方へと飛んで逃れた。たいした速度ではない。ランサーなら一足飛びに距離を詰めるだろう。

 右手が重い――握っている白い剣、干将を力いっぱい投げつける。

 回転しながら飛来するそれは正確にランサーの首を狙い――蒼き残影をすり抜けて、彼方へと飛んでいってしまった。

 それでもかろうじて、ランサーの首筋に一本の赤い線が刻まれる。だがあまりにも浅い。戦局にまったく関わらない程度の小さな傷だった。

 左手が重い――握っている黒い剣、莫耶を振り上げる。

 戦え。抗え。アーチャーは自分に言い聞かせるが――。

 

刺し穿つ(ゲイ)――」

 

 ランサーは既に()()()()()を踏み込んでいた。

 渦巻く魔力が呪いの朱槍を包み込み、音速すらも超えて突き出される。

 

死棘の槍(ボルク)!!」

 

 朱が散る。

 アーチャーの赤い外套を突き破り、背中から朱槍が長々と生え、紅い飛沫が舞い散った。

 放たれれば必ずや心臓を貫く因果逆転の魔槍が、その役目を完全に果たしたのだ。

 サーヴァントを現界させるための起点、霊核もまた打ち砕かれ――アーチャーの死は決定した。

 

「――――ッ」

 

 断末魔すら上げられないまま、アーチャーは振りかぶっていた黒剣、莫耶をその場に落とした。

 鋭利な刀身がアーチャーの足元へと突き刺さる。この黒剣が誰かの身体に突き刺さる事はもう、無い。

 

「…………これで、しまいだ」

 

 勝利を掴み取りながら、どこかさみしそうに、ランサーは告げた。

 この固有結界もすぐに消え、柳洞寺へと戻るだろう。

 そうなればアヴェンジャー達を追撃し――。

 

「……他のサーヴァントを全員倒した後で、俺が大聖杯を破壊してやる。安心して逝きな」

 

 アヴェンジャーと違い、馬の合わない敵だった。

 しかしランサーは今、このいけ好かない男を認めている。

 手向けの言葉を告げて、血塗れの槍を引き抜こうとし――。

 

 瞬間、アーチャーの瞳がギラリと輝く。

 ロウソクが燃え尽きる最後の揺らめきにも似たそれに、ランサーが息を呑んだほんの刹那、アーチャーの両手が前へと伸びた。

 右手はランサーの肩を掴み、左手は朱槍の柄を握りしめる。

 この場から逃すまいとするように。

 

「なっ――アーチャー、貴様!?」

 

 アーチャーが今際の笑みを浮かべ、その眼前へひらりひらりと白い粒が舞い落ちてくる。

 それは、ひとひらの雪。

 剣突き立つ荒野の世界にあるはずのない、冷たく儚い、ひとひらの雪。

 

 ――白が舞う。

 

 ランサーの背筋に悪寒が走ったのは、戦士としての直感のためであった。

 眼を剥いて振り返ったその時にはもう、ランサーの背中に向かって白い刀身が回転しながら迫ってきていた。先程回避したはずの白剣、干将。

 その軌跡はアーチャーの足元に突き刺さった黒剣莫耶に向かっており、その軌道上にはランサーの無防備な背中があった。

 

 干将莫耶――分かち難き夫婦剣は、手元から離れた際、互いに引き合う特性を持つ。

 これがアーチャーが命と引き換えに決行した最後の策。

 

 深々と、骨肉を切り裂いて干将が突き刺さる。

 アーチャーが心臓を貫かれた意趣返しとばかりに、ランサーの心臓へと喰らいついたのだ。

 

「ガッ――――」

 

 ランサーは身をのけぞらせ、眼を見開く。

 雲に包まれた空が、晴れていくのが見えた。

 雲の向こうは星空――柳洞寺の星空だった。

 

 ――二人の間を舞った雪が、白剣の代わりにアーチャーの足元の黒剣の柄へと触れる。

 

 ひとひらの雪が溶けて消えるのに合わせて、アーチャーの固有結界もまた溶けるように消失を始めた。互いに心臓を貫き合った二人は、柳洞寺へと帰還する。

 

 

 

       ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

「……あーあ……こう、なっちまったか」

 

 瘴気漂う境内にて、残り少ない命の中、ランサーはぼやいた。

 全力の戦い――彼の願いは相討ちという形で果たされたものの、相手はアヴェンジャーでもセイバーでもバーサーカーでもなく、いけ好かない赤い弓兵。

 

 ――思い通りにいかないのが戦場。これもまたひとつの結末。

 

 だから、悔いなんてない。

 倒れ込んできたアーチャーを抱き止めた指先が、光の粒子となって消失していくのをランサーは知覚した。アーチャーもまた光の粒子となって消えようとしている。

 十秒とかからず、二人揃ってこの世からいなくなる。

 

 ――それはいい。

 戦士が命を懸けて戦った結果だ。

 

「……糞が」

 

 気に入らない事があるとすれば、境内にはすでに聖杯の泥が蔓延っており、臓腑のように蠢動を繰り返しながら、無防備な獲物を見つけて這い寄ってきた事だ。

 このまま死んでも、泥に呑まれて死んでも、結果は同じと言えよう。

 だが、アーチャーを殺したのはランサーだし、ランサーを殺したのはアーチャーだ。

 その決着を穢されるのは腹が立った。

 

「っとに、思い通りにならねぇもんだ………………なあ、バゼット……」

 

 膨れ上がった泥が、高波となって覆いかぶさってくる。

 ――ドプンと音を立てて、二人の英霊は聖杯戦争から脱落した。

 

 

 

       ◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇   ◆◆◆

 

 

 

 ――――入ってくる。

 

 大きな魂が、大きな魂が、ふたつ、入ってくる。

 

 伝わってくる、片方の魂から。

 

 雪下の別れ。

 

 悲しくて、寂しくて、切なくて。

 

 そんな想いを抱いてくれるのが、嬉しかった。――――苦しかった。

 

 

 

       ◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇   ◇◇◇

 

 

 

「は――はぐっ!? うっ、あああぁぁぁあぁあぁぁぁッ!?」

 

 士郎の言葉が届き、少年と少女の"我儘(ねがい)"が重なったその時――戦いを終えた二人の英霊の魂が、小聖杯へと流れ込んだ。

 ――イリヤを想う英霊の魂が、崩壊の後押しをしてしまった。

 

 宙に磔になったままのイリヤが、我が身を引き裂かんばかりに絶叫する。

 背筋を引きつらせて、天を仰いで朱き双眸を見開いて震わせて。

 尋常ならざる事態が、少女の肉体と精神をねじり潰していく。

 

 ――ドクンと、世界が胎動した。

 

 深く暗い闇の孔、大聖杯の奥底から、ズルリと何かが這い出てくる。

 重く、暗く、深く、おぞましいものが、黒き肉体を世界に晒した。

 

「アンリマユ? ――いや、これは」

 

 泥の陰から様子をうかがっていた言峰ですら当惑し、後ろへと下がる。

 孔から這い出てきたのは、黒く濁った巨大な異形だった。

 どういう形をしているのかよく分からない不定形のそれは……十メートルほどはあろうか、鈍重な動きで孔からこぼれ落ち、泥まみれの大地を這い回る。

 その異形の左右からは、大樹のようにな大きさの腕が生えていた。

 腕は――イリヤに向かって伸ばされる。

 

「セイ……ハ……!」

 

 地獄の釜の底から響くような、常軌を逸した声を、それは発した。

 どこか覚えのある声色から、正体にすぐ気づけたのは一人だけ。流れ落ちる泥の影に隠れる男、言峰綺礼だ。

 

「ギルガメッシュ! 霊核を砕かれながらも――妄執のみで在り続けていたというのか!?」

 

 かつて聖杯の"泥"すら飲み干した英雄王は、霊核を砕かれたがために聖杯に囚われていた。しかし炉に焚べられながらもなお、燃やし切れぬ自我が己を取り戻さんがため這い出したのだ。

 事態はさらなる混迷へと落ちていく。

 すべてを呑み込み、絶望で彩らんとするように。

 

 

 




 ぶっちゃけると『プリズマ☆イリヤ ツヴァイ』のラスボスです。
 向こうがまとってるのは霧だけど。
 設定をぼんやりさせた状態で参戦させたので、こんなんありえねーよと思っても各々都合のいいよう想像しましょう。ガチ考察はしない方がいい。

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