イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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 前回で終わっとけば綺麗だよねと自覚はしている。


EXTRA
第一話 異変の後は宴会を


 

 

 

 真冬の幻想郷――迷いの竹林。

 暦は2月16日。

 

 鬱蒼と竹が生い茂り、様々な要因で人間も妖怪も迷わせる幻想の土地。

 昼間だというのに立ち込める霧と、陽光を遮る葉によって薄暗い。

 同時に食材の宝庫でもあり、兎や鳥、野草にキノコも豊富だ。

 もちろんタケノコもいっぱいある。竹の種類も様々なのでタケノコ食べ放題だ。

 

 そんな竹林の奥底には、最低限迷わぬ者が隠れ家を構えている。

 お伽噺で謳われる雀のお宿。月から来たお姫様が住まうという館。

 ――そして、俗世から離れて暮らす世捨て人の家屋。

 木造の質素な佇まいで、ここ一ヶ月ほど放置されていたためすっかり冷え切ってしまっていた。

 

 ほんの今朝までは。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

「えー、では、聖杯戦争終了を祝して……カンパーイ!」

「カンパーイ!」

 

 小さな家の中、四人のサーヴァントが囲炉裏を囲んで竹製のコップを掲げていた。

 偽アヴェンジャー藤原妹紅、蒼衣のランサー、赤衣のアーチャーがあぐらをかいて座っている。

 腰巻き一枚のバーサーカーも身を縮こませ、竹のコップを指先でつまんでいる。――天井を高く作っておいて助かった。

 なお戸口からは入れず、縁側から上がってもらった。

 

 お酒は妹紅の家に備蓄されていたもので、簡単に酔えるようという理由から度数が高いものばかり揃えられている。安酒も多いが今回は宴会、奮発して一番いいものを選んだ。

 

「ふむ……意外と悪くないな。惜しむらくは、満足な肴を用意できなかった事か」

 

 つまらない愚痴を漏らしたのはアーチャー。

 囲炉裏を囲む四人の前には、お酒の他、簡素な料理が並んでいる。

 焼き魚。ニンジンステーキ。キノコソテー。そしてタケノコご飯だ。

 ――料理の腕の問題ではない。単に材料と調味料が不足していただけだ。

 

「畑が無事だったのと、タケノコ採れる明け方に目を覚ましたのがラッキーだったな」

 

 笑いながら、妹紅はキノコソテーを箸でつまんだ。

 セラもこういう料理作ってたなと懐かしみながらパクリ。

 

「んっ、美味い。なんだアーチャー、意外とやるな」

「フン――満足に食材を確保できない状況下での料理も心得ている。それに比べれば米と調味料が揃っているならばこの程度、容易い」

「そういえばお前、料理できるとか言ってたもんなぁ。――まっ、()()()()()()()()()

 

 その瞬間、アーチャーの眉間のシワが一層深くなり、ピリリと空気が張り詰めた。

 しかしこの場にいる歴戦すぎる戦士達はまったく意に介さない。

 

「――待て。聞き捨てならんな。私があの男より劣ると?」

「お前は士郎の飯を食べてないから知らないだろうけど、あいつ凄い料理上手だぞ」

 

 自慢気に言いつつ、妹紅はタケノコご飯のお椀を手に取った。

 これもアーチャーが作ったものなのだが。

 

「うん、これも美味い。……美味いが……結局、士郎のタケノコご飯を食べ損なっちゃったなぁ。楽しみにしてたのに」

「っ……」

 

 なぜかアーチャーは震えるほどの怒りを示した。

 こんな短気な奴だっけと妹紅は首を傾げるが、そういえばマスターの同盟相手を平然と斬り捨てるような奴だった。是非もないね!

 

「プッ……クックックッ……」

 

 そんなアーチャーを見て、ランサーが腹を抱えて笑いを堪える。

 ジロリと、アーチャーが睨みつけた。

 

「……何か言いたい事があるのか?」

「いやぁ、別にぃ? そうだなぁ、坊主の飯は俺も食ってみたかったなぁ」

 

 アーチャーの真名に察しがついている男、ランサー。

 ニヤニヤと笑いながら、箸で器用に焼き魚の身を取って食べる。

 

「うんうん、おめーの料理もうめーよ。いやぁ、坊主とどっちが料理上手なんだろうなぁ」

「くっ……貴様……」

 

 何だか分からないうちにアーチャーがやり込められていた。

 その光景に妹紅は満足気に頷く。

 

「やっぱりランサーとアーチャーなら、ランサーの方が強いんだな」

「――妹紅。君は色々と大口を叩いていたが、結局、誰かサーヴァントを倒せたのかね?」

 

 アーチャーに痛いところを突かれ、妹紅は口ごもった。目の敵にしていたこのサーヴァントを殺す機会はついぞ訪れなかったどころか、共闘までしてしまった。

 セイバーも仕留める絶好の機会を仕損じるや、車で轢かれてしまった。

 ランサーとは決着をつけられないままだし、最終的に三人がかりでも勝てなかった。

 アサシンは相性有利ではあるが、死合をしたのはバーサーカーだ。

 キャスターとも楽しく戦ったものの、トドメはセイバーに持っていかれた。

 ライダーは石化で死ねるか興味深くて試してる間に、セイバーに持っていかれた。

 ギルガメッシュは――二回ともバーサーカーとの共同撃破だろう。

 

「あれ? 単独だと私、初対面の旦那を焼き殺したくらいしか戦果無し?」

「…………バーサーカーを初対面で焼き殺すというのも大概な気はするがな」

「そういうお前は一人で旦那を5回も殺したそうじゃないか。自慢か、自慢なのか」

 

 最終決戦ではしっかり共闘したくせに、やっぱり相性の悪い妹紅とアーチャー。

 あれはライバル同士が共通の敵を前にして仕方なく組むようなものだったのだろうか?

 そんな二人をランサーが恨めしそうに見る。

 

「ったく、贅沢な喧嘩しやがって。こちとら柳洞寺に集まった時はアサシンにいいところ持ってかれるわ、その後ようやく仕事かと思ったら同じ陣営になるわで、バーサーカーを1回も殺せてねぇんだぞ」

「旦那を瓦割りみたいに扱うな」

「最初に回数いじりしたのテメェだろうが」

「そういえばそうだった。はっはっはっ」

 

 同じようにランサーから苦言をぶつけられても、妹紅の態度は気安いままだった。アーチャーと何が違うのだろう。

 殺し合いを楽しむケルト脳と、殺し合いを楽しむ不死脳が噛み合ったせいなのか。

 妹紅はしばし、からからと笑い――。

 

「――そうだ、忘れるとこだった。これ返すよ」

「ん? 返す?」

「これ、落ちてたから拾っといたぞ」

 

 と、妹紅はルーン石のイヤリングをポケットから出した。

 ランサーの心に、一瞬の空白が生まれる。

 肩を並べて共に戦ったマスター。

 言峰の裏切りから守れなかったマスター。

 

「……そうか、拾っといてくれたのか。ありがとよ」

 

 自分に受け取る資格があるのか。ランサーは逡巡したものの、ここは幻想郷。自分以外に受け取り手などいない。

 外の世界だったのなら、遠坂凛あたりに託してバゼットの実家に送ってもらうなどできたかもしれないが、これも巡り合わせだろう。

 ランサーはイヤリングを受け取った。

 

 ――もしかしてこれが"縁"となって、妹紅の幻想郷帰還に巻き込まれたのか?

 ではアーチャーは? ランサーと組みついた状態で死んだから巻き込まれたと考えると辻褄が合いそうで気色悪いので、これらの推論をランサーは飲み込む。

 

「確かに渡したぞ。……そういえばランサーとアーチャーの戦いってあの後どうなったの? 結局どっちも死んだというか、私達みたく泥に呑まれたんだろ?」

「ああ、そうだな……それが俺達の共通点だ。()()()()()()()()()()()()()()()()なのかねぇ」

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 冬木市で行われた聖杯戦争、その最終決戦の地は柳洞寺だった。

 そこで妹紅もバーサーカーも、アーチャーもランサーも、最後は泥に呑まれて消えた。

 

 ――――かと思ったら、幻想郷にいた。

 

 妹紅の認識としては大聖杯内部で泥を灼き祓い、イリヤの大人版みたいな女を見かけたと思ったら、背後からエクスカリバーの光が流れ込んできたというものだ。

 光の奔流にふっ飛ばされた妹紅の魂は、大聖杯の中のなんだかよく分からない空間を押し流されてしまい――記憶自体はそこで途切れている。

 だが漠然とした感覚として、大聖杯の奥から座に帰ろうとしていたバーサーカー、アーチャー、ランサーの魂と衝突事故を起こしこんがらがって、妹紅の幻想郷強制送還に巻き込んでしまったような気がするようなしないような。

 

 ――この表現が正しいかどうかは分からない。あくまで妹紅の主観でそのように感じただけである。第三魔法の体現者と言えど、研究者でも専門家でもないのだから。

 

 そして目を覚ましてみれば、明け方間近の迷いの竹林で、こいつら三人と一緒に転がっていたのだ。まったくもって意味不明だった。

 まあ考えてみればアインツベルンの森に迷い込んだのも、迷いの竹林を歩いている最中、霧に包まれていつの間にか――というものだった。

 長い人生、そんな事もあるだろう。

 運命や必然とは無縁の、事故や偶然にまみれた異変など。

 

 そうして、妹紅は他の三人を我が家に案内しつつ、三週間放置したせいでろくに食材が無い事に嘆き、食材集めをしようという話になって、じゃあ宴会しようと飛躍した。

 妹紅はバーサーカーを連れ、近場でタケノコ掘りとキノコ狩り。

 ランサーは釣り竿を借りて、すぐ近くの川で釣り。――なお、絶対に道に迷うからと釣り場から動かないよう厳命されたが、ルーン魔術を使いつつ自力で戻ってきた。

 アーチャーは居間と台所の掃除をさせられた後、集められた食材を使って宴会用料理を作る流れとなった。

 幸い米と調味料は無事であり、酒の備蓄もあったため、ささやかな宴会は可能だったのだ。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

「つまり聖杯に消化される前に、エクスカリバーでボディブローされて吐き出された?」

「飯食ってる時に汚い表現すんじゃねーよ」

 

 カラカラと笑う妹紅に、ランサーがもっともな苦言を漏らす。

 なお、ネタが血しぶきや臓物といったスプラッター系の場合、特に気にしない。死体の前で飯を食べるくらい戦場では普通だし、自分の臓物を獣や妖怪に食われるのだって普通。

 

「で、結局勝敗はどうなったの? 途中で泥に落ちて終了?」

「あー、いや、一応泥に呑まれる前に決着はついたが…………相討ちだよ相討ち」

「ほへー。令呪補正かかったランサーをよくもまあ……」

 

 一応あの時、妹紅の味方はアーチャーであり、敵がランサーだったはずである。

 しかし聖杯戦争が終わった今、いけ好かないのはアーチャーで、好ましいのがランサーなため、自然とランサーに肩入れしてしまう。

 とはいえ、イリヤのため一緒に戦ってくれたアーチャーに感謝していない訳ではない。

 

「アーチャー。おかげでイリヤ奪還に集中できたよ、ありがとな」

「…………イリヤはどうなった?」

「ああ。旦那に任せた後は知らん」

 

 妹紅の言葉から視線を集めてしまったバーサーカーだが、彼はゆったりとした仕草でマイペースに食事をしつつ、お酒を飲んでいた。

 どうも狂化が薄れて穏やかになっているようにも見える。

 

「――まっ、イリヤを助けられなかったなら、旦那がこんなのんびりするはずない。大丈夫さ」

「ごあっ」

 

 野太いながら和やかな返事をし、バーサーカーは空の竹コップを差し出した。

 妹紅はくつくつと笑いながら酒を注いでやる。

 

「ところでお前等、聖杯無くなったのになんで消えてないの」

「知るか。つかマスターとの契約も綺麗さっぱり消えてやがる」

 

 答えたのはランサーだ。

 彼もまた空の竹コップを差し出したので、なみなみと注いでやる。

 

「マスターねえ……その辺の感覚は分からん。私の契約は口約束だったしな」

「――でもまあ、幻想郷つったか? ここはマナが濃いからな。聖杯やマスターのバックアップ無しでも現界できるって事じゃねえの?」

「あー、幽霊とか亡霊とか普通にいるし」

「英霊をそんなもんと一緒にすんじゃねえよ」

「いやいや、幽霊とか亡霊とか結構怖いよ? すごい弾幕ばら撒いてくるよ?」

「……どういう世界なんだここは。()()()か」

「まあ、話すと長くなるからなー……面倒くさいから今度、説明上手な奴を紹介するよ」

「いやしろよ説明、今お前が」

 

 二人のやり取りにアーチャーが失笑しつつ、空の竹コップにみずから酒を注ぐ。

 妹紅に注いでもらおう、という期待はまったくしていないようだ。

 

「フッ……妹紅の説明ではますます混乱してしまうかもしれん。大人しく説明上手とやらを紹介してもらった方がよさそうだ」

「……まー、それでいいけど……お前等、迂闊に暴れるなよ? 幻想郷には幻想郷のルールがあるし、狭い世界だ、お尋ね者になったら厄介だぞ」

「ふん。無用な騒ぎなど起こさんさ、どこぞの戦闘狂とは違うのだからな」

「幻想郷は顔を合わせたついでに襲いかかってくるような連中も多いぞ」

「……………………なんだと?」

「人間は妖怪を怖れ、妖怪は人間を襲うもの。それが幻想郷の不文律だ。そして妖精は悪戯好き。この辺は私の縄張りだから安全だけどな」

 

 竹林で迷う要因のひとつに、妖精の悪戯というものがある。

 自然から発生した妖精の持つ多種多様な能力に対処できなくては迷わされてしまうのだ。

 

「……もしかしてだが、我々は酒盛りしている場合ではないのではないか?」

 

 神妙な顔になってアーチャーが言うと、珍しくランサーも同意するように頷いた。

 なにせここは幻想種が跳梁跋扈する謎の異世界。

 しかも予想以上に好戦的な連中が多そうだ。

 代表例が藤原妹紅だ。アヴェンジャーを名乗って聖杯戦争に混ざり込んで散々大暴れした挙げ句に大聖杯に特攻するような奴が馴染んでいる世界なのだ。

 素直に"座"に帰ってた方がよかったんじゃないかとさえ思えてきた。

 

「平気平気。とりあえず今日はうちで食べて飲んで寝て聖杯戦争の疲れを落として、明日あたり、人里に連れてってやる」

「……こんな世界にも人は暮らしているのだな」

「人里に入っちゃえば安心だ。妖怪は、人里には手を出さない」

 

 タケノコご飯をかっ込む妹紅。コリコリとした歯ごたえが心地いい。

 イリヤはもう士郎のタケノコご飯を食べただろうか? アレからまだ一日も経ってないし、まだかもしれない。

 一緒に食べたかったな、と思いながらチラリと隣を見る。

 バーサーカーが杓子でタケノコご飯を食べていた。――箸を使えるかどうかは分からないが、少なくとも彼の巨体に合うサイズの箸はこの家に無い。

 

「……まあ、ランサーとアーチャーは放り出せばいいとしても……旦那はどうしよう」

「バーサーカーか……」

「どうにもならんな……」

 

 元は大英雄ヘラクレスと言えど、バーサーカーというクラスで現界し、狂化が施されているのでは、人間社会の中で暮らすのは難しい。

 いっそ野山に放って獣のように生きてもらうべきか?

 そうしたら怪物退治の英霊らしく、勝手に幻想郷の妖怪を退治して回って大惨事になるかもしれない。それに、彼の強さを疑う訳ではないが――能力相性の関係で不覚を取るのはありえる。

 実力差がどれだけあろうと引っ繰り返ってしまうのが相性の恐ろしさだ。

 

「…………私が面倒見るしかないのかなぁ……」

「あー……がんばれ」

「竹林に放り出して筋肉の妖精って事にするのはマズイよね?」

「あー……やめとけ」

 

 幻想郷事情に全然詳しくないランサーでも、それくらいの判断はつく。

 妹紅の竹コップに、ランサーが酒を注いでくれた。

 ありがたい。グイッと一気に飲み干してしまう。アルコールの熱が喉から腹へと流れ落ち、頭蓋の内側のグルグル回転率が上がるんるん。

 

「海の幸ももう、気軽に食べらんないんだよなぁ……」

「ほれ、俺が釣ってきた魚があるだろ。食え食え」

「うちの裏の川で釣ったもんだろ? いつも食べてるよう……モグモグ……うまーい!」

 

 アーチャーの料理の腕前により、味付け、焼き加減が絶妙に仕上がっている。

 悔しいけど美味しい。酒が進む。もう一度ランサーに注いでもらい後押しする。

 

「くはぁーっ。これは本格的にアーチャーを見直さないといけないかも」

「フッ……この程度、造作もない」

「この調子で精進すれば、()()()()()()()()()()()()()かもな!」

「…………ここでは、調理器具や調味料の質がだな……」

 

 妹紅は掛け値ない賞賛を贈ったというのに、なぜかアーチャーは機嫌を悪くし、ランサーがまたもや腹を抱えて笑い出した。

 妹紅は首を傾げて訊ねる。

 

「ランサー、さっきからどうしたの?」

「ククク……いやな、なんつーか……」

 

 言葉を遮るように、アーチャーがランサーの竹コップに酒を注いだ。

 

「フン、杯が止まっているぞ。それともケルトの英雄殿は下戸であられるのかな?」

「ああっ!? テメーこそチビチビ飲みやがって。よぉし、こっちの酒瓶も開けるぞ」

 

 悪酔い用の安酒を持ち出し、二人はガブガブと酒盛りを始める。

 これを犬猿の仲と呼ぶのなら、ランサーは間違いなく猛犬なので、アーチャーが猿か。

 犬と猿が揃ったならば、雉は妹紅が適任? フェニックスだもの。

 バーサーカーは桃太郎か。怪物退治の英雄らしくていいかもしれない。いやむしろ初めて会った時に勘違いしたように、鬼の役目をやってもらおうか。

 ――などと、妹紅の思考も脇道にそれて妙な事になり始めていた。

 いかんな、と思い気を紛らわせるため、ランサー達とは別の酒瓶を開ける。

 

「ほれ、旦那も飲め飲め。今日は無礼講だ。あー、真っ昼間からこんなに飲んで、悪い子だなー」

「ごあああっ」

 

 妹紅も飲酒ペースを上げつつ、バーサーカーにはもう酒瓶を直接渡してしまう。

 ――酔った勢いで色々やらかした逸話があるヘラクレス。

 だが生憎、妹紅はその手の神話に疎かった。

 

「ささっ、グイッと。ラッパ飲みしちゃえ。雀のお宿の限定特産品、銘酒雀酒だ!!」

「ごあああーっ」

 

 全員の飲酒ペースがどんどん加速していく。

 酒、酒、酒! 幻想郷だから恥ずかしくないもん!

 そんな調子で飲んでいては、アーチャーの作った料理もすぐに尽きてしまう。

 仕方ない。料理が無い分は酒で補おう。

 酒の合間に酒を飲むのだ。酒を肴に酒を飲め。

 怒涛の勢いで飲酒ペースを加速させる四人。妹紅が溜め込んだ酒など、日が暮れるまでに飲み尽くされてしまうだろう。

 

 

 

「ウワーッハハハハハ! イリヤの奴、今頃は士郎に甘えてんのかなー」

「■■■■……」

「オラオラどうした! そんなもんかアーチャー! 俺はまだまだイケるぞぉ!」

「フッ……なんのこれしき。ええい、それよりもっと食材があれば……水汲みの時に見かけた鳥を射っておくべきだったか。焼き鳥によく合う酒ばかり備蓄しおって」

 

「おー、焼き鳥かぁ? 最近は撲滅運動がうるさくってなー。いっそあの夜雀を焼いて食っちまおうかと……」

「■■■■――」

「いよぉ、アヴェンジャーよう。また魚釣ってきてよぉ、寿司にしちまうのはどうだ」

「たわけ。川魚の寄生虫を侮るな。しっかり火を通して食すべきだ。うむうむ、ワカサギの天ぷらなど作りたいものだ。ワカサギ釣りはいいぞワカサギ」

 

「あーまったく。旦那はいったい何食べてこんな大きくなったんだ! 正直うちに住むの無理あるぞこれ。増築するのも面倒だし庭で暮らしてもらおうかなー。この筋肉達磨ァ!」

「■■■■――ッ!!」

「おおう、どうしたバーサーカー。そんなマッスルポーズ取りやがって。負けねぇぞオラ!」

「脱ぐなランサー。一応、女の目があるのだぞ」

 

「ほー。ランサーもなかなかいい筋肉してるじゃないか。でも旦那にはかなわないな」

「■■■■■■――ッ!!」

「俺も叔父貴くらいガタイがありゃあな……だがしかし! ケルト男児はガタイだけじゃねえってのを教えてやるぜぇ! シュッシュッ。しなやかな筋肉はすなわち速度! 俺は風だあ!」

「風邪でも引け半裸男め。まったくどいつもこいつも静かに飲めんのか」

 

「おうおうアーチャーすましてんじゃあないぞぉこのー。私の酒が飲めねーってのか」

「■■■■■■■■――ッ!!」

「ケッ。所詮はアーチャー、見せかけだけの筋肉なんだろうよ。ステゴロならアヴェンジャーのが強いんじゃねえの?」

「なんだと? 聞き捨てならん。この筋肉を見せかけだけと言ったか、ランサー!」

 

「おおう、アーチャーもなかなかいい筋肉してられるぅ。弓矢の家に生まれた男子(おのこ)! かくあるべしってぇもんだなーアハハハ」

「■■■■■■■■■■――ッ!!」

「クハハハ。随分と立派な筋肉しちゃあいるが、テメー筋力ランク低いだろ。見せ筋かよ」

「筋力など幾らでも魔力でブーストできるのだから仕方あるまい! セイバーの細腕がどれほどのパワーを生み出すか、それはまさしく魔力の賜物!」

 

「こんだけ筋肉そろってりゃ、幻想郷でも十分やってけそーだなー。いやまあ私は弾幕ごっこ派だけど、お前等アレか、幻想郷でも戦争するのか? 異変起こす時はルール守れよー」

「■■■■■■■■■■■■――ッ!!」

「ほほう、ここでも戦争できるのかぁ? 聖杯戦争はお前等の勝ちだったが、またやるってんなら相手してやるぜ。フンッ! トリャッ! ハッ!」

「ええい、人前でポージングをするな! 筋力自慢か! 心は硝子だぞ!」

 

「おーおー、元気だねぇ。旦那もなんかやりたい事ないの? 聖杯戦争終わったんだし、好き勝手やっちゃっていいんだぞー」

「敬愛するお嬢様を衛宮士郎に託した今、共にお嬢様を愛した戦友たるレディーの孤独と苦悩を少しでも癒やしたく思う次第。気高く心優しいお嬢様もきっと、そう願っておりましょう……」

「おうおう言うじゃねえかバーサーカー! いよっ、男だねぇ!」

「フッ……さすがはイリヤスフィールのサーヴァントだけあって誇り高い。……って、ん?」

 

 馬鹿騒ぎをする酔っ払い軍団。

 そこいらに空の酒瓶を転がし、男共は半裸でポージングなどしている熱気の中――。

 元から半裸の巨漢に視線が集中した。

 今、会話の流れが何かおかしかった。

 ()()()()()()()()()な空気が流れ――。

 

「キェェェェェェアァァァァァァ!?」

「バァァァサァァァカァァァガァァァ!?」

「シャァベッタァァァァァァァ!?」

 

 妹紅、ランサー、アーチャーは、目ん玉をひん剥いて叫んだ。

 幻聴か、幻聴なのか。

 それとも! キャー、バーサーカーが、喋ったのかー!?

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 銀色の髪に、青い服と帽子を着用した女性が、迷いの竹林を歩いていた。

 名を上白沢慧音と言う。

 人里の寺子屋で教師を務める才女であり、藤原妹紅の数少ない友人だ。

 

 そんな彼女はここしばらく、暇を見つけては竹林にある妹紅の家を訪ねるようにしている。

 というのも、三週間ほど前から藤原妹紅が行方不明になってしまったからだ。

 当初はどこかをほっつき歩いて遊んでいるのだろうと思っていたが、連絡も無しにこんなにも家を空けるのは珍しい。何か事件に巻き込まれたのだろうか――?

 

 まあ、不老不死の身の上だ。命の危機に晒されていようが全然平気なのは目に見えている。

 けれどそれはそれとして、友人である以上、心配になってしまうのが人情だ。

 

 ――永遠亭のお姫様も、最近妹紅を見ないとぼやいていたし――

 

 

 

「キェェェェェェアァァァァァァ!?」

「バァァァサァァァカァァァガァァァ!?」

「シャァベッタァァァァァァァ!?」

 

 

 

 妹紅の家の方角から叫び声が聞こえ、慧音は慌てて駆け出した。

 ひとつは聞き間違えるはずもない、親友、藤原妹紅の悲鳴だ。

 さらに聞き慣れぬ男性の叫び。まさか――妹紅が襲われているのか? いや妹紅ともあろう者がそこいらの男に不覚を取るはずもない。

 ならば、よっぽどの緊急事態が発生したに違いない!

 慧音は全力で妹紅の家に走った。

 騒ぎ声はまだ続いているが、複数人の声が重なっているため何を言っているのか聞き取れない。

 そうして、状況を掴めないまま家にたどり着き、戸を開け放つ――。

 

「ハハハハハ! お前等がいかに筋肉を披露しようと、旦那に勝てる訳ないだろぉー! 旦那ァ、なんとか言ってやれ。喋れー! しゃべれんれー! ろれろホゲェ!」

「■■■■――ッ!!」

「筋肉ってのはデカけりゃいいってもんじゃねーのさ! うおーりゃあ! ふぇるぐぅーす!」

「たわけ! 正しく鍛えた筋肉はその造形もまた美しいのだ! ふぅんぬぅぅぅ……アンリミテッド・マッスル・ワークス!」

 

 親友、藤原妹紅が。

 腰巻き一枚のほぼ全裸の巨漢と、上半身裸の騒々しい男と、上半身裸で褐色肌の男に囲まれて、酒瓶をブンブン振り回しながら笑っていた。

 

「な、な、な…………」

 

 あまりにも退廃的であり、目に悪い光景。

 漂う濃密な酒の匂いに後ずさりしながら、上白沢慧音は叫んだ。

 

「真っ昼間から何をしているか――――ッ!!」

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 ――なお、バーサーカーが喋ったように聞こえたのはあの一回こっきりだった。

 何分、全員酷く酔っ払っていたので、集団幻覚でも見たのかもしれない。

 

 こうして、半裸で筋肉を晒した野良サーヴァント三騎の幻想郷生活は、()()()()()()()()()()()という最低な形でスタートを切ってしまうのだった。

 

 

 




 東方はエンディングの後にエクストラステージ。
 型月は後日談で全力でギャグ。
 挟み撃ちによるEXTRA編です。

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