イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第二話 幻想入りダイナミック

 

 

 

 外の世界に迷い込み、聖杯戦争なる催しに参加してきた事。

 決着をつけて帰還したが、サーヴァントと呼ばれる彼等もくっついてきてしまった事。

 とりあえず今日は家に泊めて、明日にでも人里に案内しようとしていた事を、妹紅は慧音に説明したのだが――。

 

「酔った勢いとはいえ、婦女子の前で半裸になるような男を妹紅の家に泊められるものか!」

「仕方ない、旦那以外は野に放つか」

「放つな!? …………くっ、分かった。こっちの二人は私が引き取ろう」

 

 非の打ち所のない倫理的事情により、アーチャーとランサーは慧音が面倒を見る流れとなった。今日はひとまず人里に連れていき、幻想郷の成り立ちやルールを教えてやらねばなるまい。

 

「しかし……そちらの御仁はどうしたものか」

「あー? 旦那……バーサーカーを人里に連れてくのはさすがに無理がある。うちで預かるよ。向こうじゃ一緒に暮らしてたし平気平気」

 

 同じく一緒に暮らしていた経験のあるアーチャーが、助け舟を出すように告げる。

 

「その男の忠実さは信頼していい。――第一、相手が妹紅では色気のある話になろうはずもない」

「くっくっ……確かにな」

 

 ランサーも同意するのを見て、ちょっとだけムッとなる妹紅。1300年も生きてるとはいえ女の子なのだ。士郎相手に色々無防備を晒しはしたり、自虐だってするが、馬鹿にされるのは気に食わない。

 ともあれバーサーカーを藤原妹紅の預かりとするのは満場一致で決まったが、やはり、ひとつ屋根の下で常時半裸の筋肉モリモリマッチョマンと寝泊まりするというのは倫理的によくない。慧音の不安が晴れるはずもなかった。

 

「ほ、本当に大丈夫なのか? そちらのバーサーカーという男、明らかにその……なんというか、腰巻き一枚だし……妹紅と一つ屋根の下なんて、心配で心配で……」

「じゃあ、旦那は庭で寝てくれ」

「真冬の寒空!?」

 

 慧音びっくり仰天。そして芽生える罪悪感。

 真面目で優しい性格の持ち主にはついていけないノリがある。

 

「い、いや妹紅、さすがにそれは無体ではないかと……」

「大丈夫。外の世界にいた時も庭に放置してたから」

「筋金入りの虐待案件ンンンッ!?」

 

 実際平気だから困らないのだが、このままでは慧音が罪悪感で胃痛になってしまう。

 思い悩みつつ妹紅は提案する。

 

「じゃあしばらくは家に泊めつつ、近い内に旦那用の小屋でも建てるか。雨露をしのぎつつ、両手両足を広げて眠れる……旦那サイズだと十二畳くらいは欲しいな。それくらいのを」

「うっ、むう……それなら、まあ……」

「よし決定。じゃあ慧音――――ランサーとアーチャーを頼む。二人とも悪い奴じゃないから安心してくれ」

「…………ああ、任された」

 

 一応の納得した慧音は、ランサーとアーチャーを連れて妹紅の家を後にした。

 真っ昼間からの宴会に、酔い覚ましに、外の世界での体験やサーヴァントについての大雑把な説明に、幻想入りした英霊達の扱いにと、結構な時間を食ってしまった。

 日没の早い冬――あまりのんびりしていては、夜道を歩いて帰らねばならない。

 慧音ならそのくらい何とかなるが、英霊とはいえ幻想郷ビギナーを連れているのであれば、安全を取るのは当然の事だった。

 

 それを見送った妹紅は――ある問題に気づく。

 夕飯の材料が無い。尽き果てている。

 仕方ない。竹林の妖精にバーサーカーの顔見せをするついでに、食材探しでもしてこよう。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

「未だ、聖杯戦争についてよく分かりませんが――それはもう終わったのですから、幻想郷で暴れたりはしないと思っていいのですね?」

「それくらいは弁えてるさ」

 

 迷いの竹林を先導する慧音と、後をついて行くランサーとアーチャー。

 景色は一向に変化せず堂々巡りをしているようにしか思えないが、慧音の歩みに迷いはない。

 藤原妹紅の隠れ家と行き来する道だけはよく覚えているらしい。

 ――よくできた娘だと、ランサー達は思う。

 だからこそ藤原妹紅のような者と親しくしているのが不思議でもあった。

 

「しっかし、幻想郷か……俺達ゃどうなるんだかねぇ」

「大人しく"座"に帰るのが在るべき姿なのだろうが……」

 

 思いがけず聖杯戦争終了後まで生き残ってしまったが、ランサーもアーチャーも、第二の生なんて興味が無い。とりあえず状況把握と宴会のためノリノリで行動してはしまったが、このまま幻想郷での生活を謳歌していいものか。

 その気になれば、みずからの魔力を燃焼し切って現界を保てないようにもできる。そうなれば聖杯戦争で魔力切れになった時と同様、消滅すると考えるのが妥当だ。

 

「ところで、英霊というのはよく存じ上げないのですが――人間に味方する亡霊の類と考えてよろしいのでしょうか?」

「亡霊ねぇ……まっ、いいんじゃねぇの?」

 

 せっかくこうして気遣ってもらっているのに、ちょっと消滅してみます、なんて言うのも馬鹿らしい行為だ。

 

「ふむ……人間の味方であり、死後、英雄の霊として確立された存在……人里に案内するのは問題ありませんが、定住となると難しいかもしれませんね」

「ほう?」

「人里は人間が暮らす里ですから。――例外も無いわけではないのですが、私も半人半獣ですし。ただ、人間を超えた種族というのは人里で暮らさないものなのです。仙人や天人、魔法使いなどがそれに当たります」

「魔法使いねぇ……」

 

 魔術と魔法の区別をつけているランサーとアーチャーは曖昧な表情を浮かべる。

 言葉通り魔法使いが本当にいるのか、それとも魔術師と区別をつけていないだけなのか。

 どちらにせよ、なかなか面白そうな世界だ。

 ランサーは冒険心を小さく駆り立て、アーチャーは面倒そうにため息をつく。

 

「――っと、そろそろ竹林から出ます。ああ、西の空がもう紅く染まっている」

 

 竹林の端が近づいてきて、竹の合間から空の色が見え始めた。

 左手側の空が確かに紅い。幻想郷の夕焼けだ。

 まず慧音が竹林の外に出て、ランサーとアーチャーも並んで外に出て、夕焼けに照らされた野山や小川、広々とした草原といった日本の原風景の美しさに感嘆の息を漏らそうとし――。

 

「――――ッ!!」

 

 朱槍が閃き、迫り来る銀閃を打ち払った。

 竹藪から飛び出してきた小柄な襲撃者は、右手に長刀、左手に短刀を握りしめていた。

 銀色の髪に黒のリボンを巻き、緑の服を着た女の子。しかしその眼差しは鋭く、仕損じた怒りに歯を食いしばっていた。

 

「なっ……?」

 

 慧音が当惑する横を、無数の光弾が通り抜けていく。

 

「チッ――!」

 

 白と黒の夫婦剣が鮮やかに光弾の嵐を切り払ったアーチャーは襲撃者を睨みつける。

 竹林の外に待ち構えていた――道士服の女。輝くような金毛の美女で、その背後には九つの尾が花のように広がっていた。

 

「いきなりなご挨拶だな。これが幻想郷流という訳か」

 

 皮肉を言いながらも、アーチャーはこれが異常事態であると察しつつあった。

 確かに藤原妹紅から聞いた幻想郷は物騒で、皆、喧嘩っ早いらしい。だが――これほどまでに敵意を漲らせて不意打ちを仕掛けてくるようなイメージは抱かなかった。

 何より、自分達を案内してくれていた上白沢慧音が完全に戸惑っている。

 

「あ、貴女は八雲の式神――それに冥界の庭師? いったい何を」

「人里の教師には関係ありません。大人しく下がっていなさい」

 

 金色の九尾が眼差しを鋭くしてランサーとアーチャーを交互に睨む。

 敵意は、サーヴァント二人にのみ向けられていた。

 

「我が名は八雲藍。幻想郷の賢者、紫様に代わり――貴様達を始末させてもらう」

「私は魂魄妖夢。なんだか分かりませんが、招かれざる客らしいので斬ります」

 

 そして妖夢と名乗った二刀剣士は、真面目で鋭い表情とは裏腹に、とても頭の悪そうな台詞を吐いた。

 おかげでランサーとアーチャーは顔を合わせ、恐るべき可能性に気づいてしまう。

 

 ――幻想郷には、妹紅より残念な奴が普通にいるみたいだぞ、と。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 迷いの竹林。来訪者のみならず、住む者すら迷わせる魔性の地。

 その割と浅目の領域にて、一羽の夜雀(よすずめ)が足を縄で縛られ、竹から逆さ吊りにされていた。

 取り囲んでいるのは無数の兎と、輝くような黒髪を伸ばした絶世の美女。

 

「さあ白状なさい。妹紅が最後に戦ってたのは貴女だとイナバ達から聞いているわ。つまり――」

 

 黒髪の美女はビシっと逆さ吊り夜雀を指さして。

 

()()()()()()()()

 

 翡翠色のキメ台詞をキメ顔で言い放った。

 なにか誤字している気がするが、確実に絶対にキメ台詞だった。

 

「ひぃぃぃ! 知らない、知らなーい! 私、誘拐も監禁もしてないよぉぉぉ!」

 

 悲鳴を上げる夜雀は、その名の通り雀色の衣装に身を包んだ少女で、背中からは鳥類の翼が生えている。逆さ吊りなのでスカートがめくれそうになり、必死に手で押さえていた。

 

 黒髪の美女の名は蓬莱山輝夜――妹紅の怨敵であり、竹取物語に謳われる『なよ竹のかぐや姫』その人である。

 逆さ吊りの鳥の名はミスティア・ローレライ――焼き鳥撲滅運動を志し、妹紅に喧嘩を売ったせいであらぬ誤解を受けている妖怪である。

 

 哀れ、このまま鶏肉にされてしまうのか。

 ミスティア絶体絶命の状況に異変が生じる。

 ズシンズシンと大地を揺らし、竹藪から何かが迫ってきたのだ。

 竹林は動物もいっぱいいる。なにか大型動物が鶏肉の気配に引かれてやって来たのか?

 二人と野次馬の兎達は不審に思ってそちらを見る。

 

 竹藪から、ニュッと、鉛色の肌を持ついかつい筋肉の塊が、ものすごい強面で現れた。

 インパクト! 鬼か、悪魔か、巨人なのか。とにかくとんでもない怪物だ。

 

「えっ!? ど、どちら様!?」

「ぴゃぁぁぁ!? 食べないでぇぇぇ!!」

 

 ――少女達が怯えている。

 筋肉怪物はのそのそと少女達に歩み寄り、手を伸ばす。主にミスティアの方へ。

 足首を縛る縄へと指が触れようとしたその時。

 

「待ちなさい。その子にはまだ用があるの」

 

 蓬莱山輝夜は、毅然とした態度で筋肉モンスターの前に立ちはだかった。

 手には輝くように美しい"燕の子安貝"を持っている。

 筋肉巨人が輝夜を見下ろし、小さく唸る。

 これほどの威圧を前にして、輝夜は一歩も引かなかった。

 ――――別に、本気でミスティアが犯人だと疑っていた訳ではない。しかしそれでも自分の獲物なのだ。後から来た奴に渡す道理は無い。

 空気が張り詰めていく。ミスティアは悲鳴すら上げられなくなり、野次馬していたペットの兎達も身を寄せ合って震えている。

 

「おーい旦那ー。何かあったかー?」

 

 と、そこに。

 とてつもなく脳天気な声が空から降ってきて、筋肉屹立怪異の肩に着地した。

 

「――――って、輝夜とミスティアじゃないか。何してんの?」

 

 三週間ほど行方不明になっていた藤原妹紅、とてもあっさりした再会を果たす。

 輝夜はまばたきをして、妹紅と筋肉巨人を見比べた。

 

 別に全然心配してなかったけれども。

 夜雀を捕まえたのだって、ちょっとしたお遊びだったけれども。

 輝夜はちょっとだけムッとなった。

 

「妹紅っ、今までどこ行ってたのよ」

「外の世界で戦争してた」

「戦争? ()()()を連れて?」

 

 輝夜は心底呆れたように、しかし深く、巨漢の正体を推察する。

 だがその言葉は妹紅には伝わらなかった。

 

「抑止……? いや、こいつはバーサーカー。これから竹林で暮らすと思うからよろしく」

 

 これが、竹林に。

 野次馬モードの兎達がガタガタと震える。

 吊るされた夜雀ミスティアもガタガタと震える。

 あんな化け物に襲われたらひとたまりもない。頭からムシャムシャ食べられてしまう。

 誰か! あの化け物を退治してください! 紅白の巫女さん! 今すぐ来てー!

 

 一方、バーサーカーの出現に驚きはしてもまったく臆さないのが我等が姫様、輝夜様。月育ちは伊達じゃない。

 

「ここで暮らす? ……()()()の英霊って幻想郷にいてもいいの?」

「アラヤ? 誰?」

 

 人里に荒耶(あらや)って苗字のおっさんが暮らしてるけど関係無さそうだ。無いからね。

 

「うわ……本当に何も知らないの?」

「お前こそ何か勘違いしてないか? 聖杯戦争の『せ』の字も知らないだろうに、知ったかぶりするな」

「聖杯――えっ、あの聖人また何かしたの? セイヴァーで降霊した?」

「セイバー? なんでセイバーが出てくるんだ。さっきから訳の分からん事ばかりペラペラと……よぉし、久々に死ねい!」

 

 笑って、藤原妹紅は高らかに舞い上がった。

 背中から炎の翼を生やして、生き生きとした炎を両手に握る。

 

「もう。すぐそれなんだから」

 

 クスクスと笑いながら、輝夜も楽しそうに空へと舞い上がる。

 手元の燕の子安貝が白く輝き、無数の白い光線が四方八方へと照射された。

 妹紅も火焔の渦を巻き起こして応対する。

 空では不死鳥と月の姫による弾幕遊戯。

 

 とっても綺麗で楽しいので、野次馬していた兎達もやんややんやと騒ぎ出す。応援するのはもちろん輝夜である。妹紅なんかやっつけちゃえ!

 兎が輝夜を応援するならば、妹紅を見守るのはバーサーカーだ。

 弾幕ごっこは参加するよりも、見学する方が多かった。――楽しげに笑う小さきモノがよく肩や膝に座っていた。

 

「ハァーッハッハッハッ! 死ね死ね死ねぇ!」

「殺意が鋭い――久々に()()()()()()()をしてきたのかしら? 私も張り切らないと」

 

 そして、藤原妹紅はとても楽しそうに笑っている。

 小さきモノの従者達と戯れていた時よりずっと高らかに、激しく、美しく――小さき友は笑っていた。

 

 

 

「どーでもいいから早く下ろしてよー……しくしく」

 

 すっかり忘れ去られてしまったミスティア。

 濡れた目尻から、涙がおでこへと流れた。逆さ吊りだもの。仕方ないね。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 妖狐と剣士と相対しランサーは面白そうに口角を上げたが、アーチャーは僅かに声を強張らせて忠告する。

 

「――あいつが持っている刀は、どちらも霊を斬るのに特化している。特に短刀には絶対に斬られるなよ。アレは、我々英霊にとって致命だ」

「へぇ……そいつは怖い」

 

 ますます口角を吊り上げるランサー。生粋のバトルマニアである。

 一方、妖狐である八雲藍は目つきを鋭くしてアーチャーを睨んだ。

 

「ほう。楼観剣(ろうかんけん)白楼剣(はくろうけん)の特性を見抜くか。楼観剣は一振りで幽霊10匹分の殺傷力を持ち、白楼剣は霊の迷いを断ち切り()()()()()()()。迷わず英霊の"座"に還るがいい」

 

 効力が露見してしまっているなら、隠し立てする必要はない。脅威を喧伝し、警戒心を過剰に煽り、動きに恐怖を与えて束縛してやるまで。

 そのような計算によって剣の効力を告げると、藍の隣にいた妖夢が目を丸くした。

 

「なんと、彼等は亡霊の類!? ならば我が楼観剣と白楼剣で斬れぬ道理はない! この戦い勝ったも同然! ラッキーですね!」

「いや説明したでしょ!? ()()()()した英霊を退治しに行くって!」

 

 藍も驚いた。特攻武器を持ってるから誘ったのに、その自覚が無かったなんて。

 この半人半霊はなんでこうも未熟なのだろう。彼女の師匠はもうちょっと色々教育してから去るべきだった。

 剣士の若さを目の当たりにして、ランサーは思わず苦笑してしまう。案外、ああいう奴こそ将来すごい戦士になったりするものだ。そんな将来性のある奴が英霊特攻武器を持っているとなれば確かに脅威。未熟だからと侮っていられない。

 

「確かに――サーヴァントを世界に留める聖杯もマスターもいないとなりゃ、そんなもんで斬られたら一発で"座"に還されちまうわな」

 

 聖杯とマスターがいたなら気合と根性である程度は耐えられるかもしれない。

 

「しかし解せねぇ。()()()()ってのは何の事だ?」

 

 今すぐにでも刃を交えてみたくもあったが、ランサーは慎重に探りを入れる。

 もちろん、質問は妖夢ではなく藍に向けて言った。

 妖狐は不審を感じながらも、毅然と己が正しさを語る。

 

 

 

「――幻想郷は()()()()()()()だ。人々から忘れ去られた世界に、人理に刻まれた英霊が土足で上がり込んで何とする。例外条件"ビースト"も発生していない」

 

 

 

 思った以上に英霊や世界の法則に精通してる。

 ランサーとアーチャーは、みずからの立場の危うさを理解し始めた。

 

「ハッ――参ったぜ。おい、どうするよアーチャー」

「大人しく"座"に還るべきなのだろうな。しかし、まだ状況が不明瞭だ。我々は、なぜこの世界にいるのかさえ分かっていないのだからな」

「アヴェンジャーに巻き込まれただけで、特に意味なんか無いんじゃねぇの?」

「――確かにな」

 

 ニヒルな笑みを浮かべつつも、夫婦剣を構え直すアーチャー。

 このまま大人しくやられる気は無いようだ。

 ランサーも同感である。わざわざ不意打ちで歓迎してくれたのだから、相応の"礼"をしなければ英霊として立つ瀬がない。

 空気が張り詰める中、四人は油断なく睨み合って機をうかがう。

 まさに一触即発の状況の中――。

 

「ま、待ってくれ! 落ち着いて話し合おう」

 

 上白沢慧音が、英霊二人をかばうようにして前に飛び出した。

 その行いに八雲藍は害意を昂ぶらせていく。

 

「何の真似? それは幻想郷と対極に存在するアラヤの英霊。アラヤの論理でこの楽園の秩序を壊させる訳にはいかない」

「彼等は迷い人だ、幻想郷をどうこうするつもりはない」

「存在自体が害悪なのだ」

「存在しているだけで毒を撒き散らす訳でもあるまいし、秩序を乱さぬよう自重してもらえばいいだけでしょう! 確かに幻想郷は特異な社会を成しているが、こうして言葉が通じて、心も通じているんです」

「――アラヤの侵入を確認したのは今朝の事。たったそれっぽっちの時間で何を論じられる」

「妹紅は彼等を信用しているッ!!」

 

 毅然と、慧音は言い放った。

 真摯なる献身を向けられた英霊二人もまた、戸惑いを見せる。

 ついさっき会ったばかりの女が、こうまでかばってくれる理由。それが――。

 妖狐の双眸がギラリと輝く。

 

「……()()()()()()()()()()()()?」

「っ……分からない。本人もよく分かっていないらしいが、でも、外の世界で彼等と戦って、信用し合える関係になれたようだ」

 

 信用し合えるか? 英霊達は思わず顔を見合わせてしまい、ランサーは思わず苦笑いを浮かべ、アーチャーは面倒臭そうに視線をそらした。

 藍はそれらの機微の内実を悟れはしなかったものの、胡散臭さは感じ取る。

 

「あの蓬莱人に英霊の価値や在り方を差配できるとも思えないが」

「……妹紅は、人とつき合うのが苦手なんだ。迷い人に親切にしたり、助けたりしても、他人事と線を引いてしまっている」

 

 友人の内面を勝手に語る行為に慧音は恥を感じた。

 特に妹紅と来たら、他人に内面を見せるのを拒みたがるので。

 ――妹紅が本音を打ち明けられる相手なんて、幻想郷には慧音と輝夜くらいしかいないのではないか?

 

「そんな妹紅が、彼等の来訪を歓迎した。幻想郷で暮らせるようにと、私に頼んできたんだ。彼女がそうまでする方々が、意図して幻想郷に仇なすはずがない。……何かあれば、私も責任を取らせてもらう。だからどうか……」

 

 慧音の真摯な言葉に、最初に降参したのはランサーだった。

 構えを解き、槍の柄を地面に突いて背筋を正す。英霊にとって致命の刃を前に無防備を晒したとも言える。

 

「ったく……やめだやめだ。先生にそうまで言われちゃ、朱槍を向ける訳にゃいかねぇな」

「ランサーさん……」

「大人しくお縄についてやる。この場はそれで勘弁してくれ」

 

 すっかり大人しくなってしまったランサーを見て、英霊特攻二刀流剣士妖夢は少しためらうと、ジロリとアーチャーを睨んだ。

 そっちはどうするの? 視線で問われたアーチャーは、どうせ自分がこの地でやるべき事など何もないという事実から、双剣を消滅させて構えを解く。

 英霊の武装解除を見届けた妖夢は刀こそしまわなかったが、やはり構えを解いてしまった。

 

「藍、どうするの? 紫様がお目覚めになるまで、どっか閉じ込めとく? それとも幽々子様に預けちゃう? 白玉楼の庭掃除くらいならさせてもいいけど」

「むう……」

 

 抹殺する気満々でやって来た八雲藍、予想外の事態に困ってしまう。

 彼女は妖怪の賢者の"式"であり、ある程度の権限は任されている。幻想郷のルールを破る馬鹿者や新参者や侵入者の排除も仕事のうちだが――。

 

(ルールを知らない新参者が多少やらかしたとしても、それを反省しルールを守るのであれば受け入れるのが幻想郷。し、しかしこいつらはアラヤの英霊。放っといたら手前勝手な論理で妖怪退治を始めかねないし、今後アラヤにつけ込まれる隙を作ってしまうかも……。だがわざわざアラヤの英霊が幻想郷にやって来たというのも、何か意味のある事なのか? いや、そうであるなら使命を理解し、そのために動くのが奴等サーヴァント。むうう……"グランド"でないなら…………いやいや"グランド"でなくともサーヴァントはサーヴァント! 難敵であるのは間違いない。どこの英霊かは知らないが、妖怪退治、怪物退治の逸話のある英霊なんか厄介極まる! お縄につくと言っているが、信じていいのか? 捕まった振りして内部から大暴れなんて英雄譚にはよくある話。よくありすぎて逆に胡散臭い。くっ……紫様が冬眠中だというのに、どうしてこんな……!!)

 

 頭脳をフル回転させる藍。

 ここは英霊二人を捕まえて厳重に封印してやるべきだと理性が告げるが、式の依り代としている妖狐が英霊への警戒心を必要以上に駆り立ててしまう。

 なにせ九尾の狐と来たら、悪い妖怪の代名詞のようなものだから。

 歴史に名を残す悪行をやってのけた九尾の狐もいるものだから。

 

 アーチャーなんか九つの尾を嫌そうに見たりしているもの。

 もしかして悪名高き九尾と会った事があったりしないだろうか? もしくはこれから会う予定でもあるのだろうか? 抑止力のお仕事とかで。

 

 正直、英霊なんか始末してしまいたい。

 しかしすでに、場の空気が戦いどころではない。

 妖夢もその気を失っているし、慧音は言葉が通じたとばかりに瞳をキラキラさせているし、お縄につくというのであれば、もうお縄につかせてしまえばいいのではないか。

 

「だ、だがしかし、理由もなく英霊が現界するなどありえない。アラヤが横紙破りをしたのでないなら、いったいなんだというのだ」

「なんだ……って言われてもな。元は冬木で行われた聖杯戦争に呼ばれただけだ」

「…………聖杯……戦争……?」

 

 ランサーの答えに、藍の表情が歪む。

 不理解への嫌悪ではなく、理解したがための嫌悪が滲み出ていた。

 

「聖杯戦争って、二百年前に"ゼルレッチ"が関わった魔術儀式がそんな名前の………………えっ、アレまだやってたの?」

 

 実感のこもった吐露に、ろくでもない過去があったのだろうと誰もが察する。これは雲行きが怪しいか? 巧くまとまりかけていたのにご破産となってしまうのか?

 藍は頭から煙が出そうになるほど深々と悩んだ。

 あの魔術儀式で召喚されたのならアラヤの意志は介在していないのだろう。それに、宝石翁が関わっているなら自分で判断するより主に任せてしまった方が……。

 

「……………………分かった。ゼルレッチもアラヤもびた一文信用できないが、そこの英霊達は話が少しは通じるようだし、大人しく捕まってくれるなら、沙汰が下るまで悪いようにはしない」

「本当か!? ああ、よかった――」

 

 ついに藍も観念するのを見て、慧音は花開くようにほほ笑みながら振り向いて――。

 

 

 

 その顔面に火焔弾が炸裂した。

 

 

 

「ぐはっ!?」

 

 帽子をふっ飛ばされて引っくり返る慧音。

 思慮外の奇襲に慌てたランサーとアーチャーは即座に武器を構え直し、後方――竹林を睨む。

 続けてさらに、無数の火焔弾が彼等を無差別に襲った。

 その攻撃手段に心当たりがクリティカルヒットし、二人は混乱に陥ってしまう。

 

「まさかアヴェンジャーが……!?」

「妹紅め、何の真似だ……!」 

 

 藍と妖夢も同じように混乱しながら、竹林の奥を睨む。メキメキと竹が倒れる音が響き、竹藪の向こうから赤い光が近づいてきていた。

 

「あの蓬莱人!? くっ――やはりアラヤを使って異変を起こすつもりだったのか!」

「え、えっと――とりあえず斬れば分かる!」

 

 丸く収まりかけた場があっという間に緊張状態。

 そんな中、倒れたままの慧音がか細い声を震わせる。

 

「ち、ちが…………今の、サラマンダー……シールド……」

 

 か細い声が震えたのだけど、メキメキと竹の折れる音がやかましくて誰にも聞こえなかった。

 そして竹林の奥から、輝くような黒髪を伸ばした美女が飛び出してくる。

 右手に赤く輝く布を持っており、左手に握った輝く貝殻から白い光線を発射して、竹林の奥にいる何者かを攻撃していた。

 

「まったくもう……変な遊びを覚えてきて! ……あら? こっちにも抑止力?」

 

 黒髪の美女は五人の姿を認めると、するりと藍と妖夢の背後へと逃げ込んだ。

 

「お前は……蓬莱山輝夜!?」

「何です? どうしたんです?」

 

 返答は、竹藪の爆散と共に訪れた。

 

 

 

 

「■■■■■■■■――――ッ!!」

 

 

 

 燃え盛る巨大な猛獣が飛び出してきた。

 隆起した筋肉に身を包み、巨大な斧剣を振り上げた怪物が、全身に炎をまとって吼えていた。

 背中からは一対の炎翼を噴出させており、その勢いによって化け物じみた脚力を後押しされ、火山の噴火の如き凄まじさによって六人に向かって突っ込んでくる。

 これこそ合体スペル"月まで届けバーサーカーロケット"である。

 

「んなっ――!?」

「バーサーカー!?」

 

 たまたま目の前にいた。たったそれだけの理由でランサーとアーチャーは撥ね飛ばされて空中を錐揉み回転。顔面から落下して地面をガリガリ削る。

 さらに輝夜によって盾にされた藍と妖夢も、バーサーカーの背中の炎翼から飛び出た巨大な火焔弾を浴びて爆発。空中を錐揉み回転しながら地面に頭からズギャンと落下する。

 輝夜はその隙に逃れて距離を取ると、赤い布をしまって今度は御石でできた鉢を取り出す。

 

「■■■■――ッ!」

 

 理性なき狂戦士は、そこで突然追撃をやめて足を止める。

 足元には、傷つき倒れた上白沢慧音の姿。

 

 

 

 ――バーサーカーは知っている。

 小さき友は気安い態度を取ってはいるが、小さきモノと心を許し合うまで幾ばくかの時間を要した。小さきモノに仕えた二人の従者に対してもそうだ。

 小さき友の見せる信頼を――小さきモノは心から喜んでいた。

 この地にて出会ったこの少女は、小さき友から全幅の信頼を寄せられていた。

 小さき友にとっては、小さきモノに匹敵するか、それ以上に大切な存在なのだろう。

 その者が倒れている。

 その者を囲んでいたのは、ここにいる五人だ。

 バーサーカーは激怒した。

 小さき友と再び憑依合体を果たしはしたものの、彼に黒髪の姫君と戦う意志はなかった。そうしたら背中から炎の翼でかっ飛ばされて肉体を砲弾とされてしまい、転ばぬよう走りながら黒髪の姫君を追いかける形にはってはしまったが――。

 姫君の放つ火焔弾も、()()()()くらいしかしなかったのに――。

 そんな手加減をしていたせいで、この事態を招いてしまったのだとしたら。

 振るわねばならない。ここにいる連中全員、ぶちのめしてやらねばならない。

 

 

 

「■■■■■■■■――――ッ!!」

 

 不死鳥の天衣(パゼストバイ・ヘブンズフィール)バーサーカー! 幻想郷に来て早々、義憤の戦いに挑む!

 ――自分の撃ち返した弾が慧音をぶっ倒した原因だと、全然ちっともまったく気づかぬままに。

 憑依状態の妹紅も彼の覇気を感じ取って火力を力いっぱい押し上げる。

 

(なんだか知らんが旦那がその気になったな。輝夜とはまたいつでも殺し合えるし……よし、派手に幻想郷デビューさせてやるか!)

 

 要らぬお世話を焼き始めてしまった。

 事態は確実に悪化へと向かっていた。

 

 ランサーは起き上がると、呼応するように瞳をギラギラ輝かせながら朱槍を握りしめる。

 

「クッ――そっちの隠し玉とはやらずじまいだったな。上等ッ、やってやるぜ!!」

 

 アーチャーも双剣を投影し、ギリギリと歯を食いしばる。

 

「ええい、話がまとまりそうなところで邪魔をしおって。いい加減にせんか妹紅ぉぉおお!!」

 

 さらに妖夢も双剣を構え直しちゃったりなんかして。

 

「どうやらこいつこそアラヤとかいう妖怪のようですね。いいでしょう。妖怪が鍛えたこの楼観剣に斬れぬものなど、あんまり無い!」

 

 さらに藍も起き上がって牙を剥き出しにする。

 

「真正の怪物殺しのトップランカーな気配がひしひしとぉぉぉ!? これだからアラヤは! これだからアラヤはぁぁぁ!!」

 

 そのような光景を目の当たりにし、蓬莱山輝夜は両手に持った宝をしまう。

 

「抑止力の相手をしてくれるの? それならお任せするわ」

 

 さすがにあんな火焔筋肉魔人が相手では興が乗らない。だってお姫様だもん。

 こうしてまとまりかけていた場は、大乱闘スマッシュサーヴァント幻想郷会場と化す。

 

「…………もう……好きにして……」

 

 地面に倒れたままの上白沢慧音は、力無く呟いた。

 こうなったらもう、暴れ疲れるまで暴れさせねば収まらないだろう。

 諦観に至った慧音を安全地帯と判断した輝夜も寄ってきて、二人はのんびり弾幕鑑賞だ。

 

 燃え盛る斧剣が振り回され、火の鳥が縦横無尽に駆け巡る。

 蒼衣の槍兵が疾風となって草原を駆け巡り、朱き残光が尾を引いて奔る。

 半人半霊の庭師もまた疾風となって草原を駆け巡り、桜色の残光を舞わせる。

 赤衣の弓兵が無数の剣を投影し、大地に幾重もの剣を突き刺していく。

 九尾の狐が衝動のままに荒ぶって、クルクルと大回転しながら宙を舞って弾幕をばら撒く。

 

 ――その日は夕陽が沈んでもなお、竹林の手前だけは真っ赤に燃えて眩しかったという。

 この難易度ルナティックの馬鹿騒ぎは、異変解決に出撃した"博麗の巫女"が全員まとめて八方鬼縛陣で制止させるまで続いた。全員体力と魔力を使いすぎて疲労困憊だったため割とあっさり動きを封じられてしまった。

 流石に何やってるんだと皆が落ち着いた後、バーサーカーから分離した妹紅に慧音がお仕置きの頭突きを決めて終幕となった。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 その後、藤原妹紅及びサーヴァント三名は逮捕。

 主犯である藤原妹紅氏は「旦那を使って大暴れするのすごい楽しかった。輝夜を殺せなかったのが心残り」と供述。情状酌量の余地は無く、慧音から頭突きのおかわりを叩き込まれる。

 こうしてサーヴァントによる幻想郷デビューは『変態半裸集団の幻想入り』で最低なスタートかと思いきや、さらなる最低記録『幻想郷騒乱罪で全員逮捕』を樹立してしまうのだった。

 

 

 




 本編で全然語られなかった幻想郷のクロスオーバー設定が次々に語られる。
 アラヤも聖杯もマスターもいないサーヴァントは大変。それはそれとして大乱闘スマッシュサーヴァントしちゃう。

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