イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第四話 春風の邂逅

 

 

 

「冥界に近い丘の上の一本桜の下にいるとは殊勝な心がけですね、アーチャー」

「…………顔を合わせて早々、何の話かね? 魂魄妖夢」

 

 桜の花びらが春風にさらわれ、幻想郷の空を舞う。

 美しき日本の原風景の中、人里を一望できる丘の上に一本の桜が咲いていた。

 そこから人里を眺めていたアーチャーの元に、魂魄妖夢が空からやって来た。

 

「貴方には冥界に来ていただきます」

「…………英霊は亡霊ではないのだが」

 

 アーチャーは特定の住居を持たず幻想郷を放浪しながら人助けやアルバイトなどをしており、たまに気のいい人間や妖怪から誘われる事もある。

 うちで正式に働かないかとか、赤いんだから従者として仕えろだとか。

 それらを断っているアーチャーが、冥界逝きなど了承するはずもない。

 

「いえ、冥界に来ていただくと言っても幽々子様に料理を作って欲しいだけです。お花見をしながらアーチャーの料理を食べたいと言い出して……」

「突然言われてもな」

「私も突然言われました。()()()()()、アーチャーを連れてこいと」

「…………悪いが断る。幻想郷に英霊が居るというだけでも障りがあるのに、冥界にまで踏み込んではな」

「では斬ります」

「――――何故だ!?」

 

 チャキッ。魂魄妖夢は英霊特攻の楼観剣を抜刀する。

 幻想郷にはアラヤも聖杯もマスターも無い! 現世に繋がる力が弱すぎて"座"に送り返されてしまうのだ。

 

「男の貴方にスペルカードルールで戦えなどとは言いません。純粋な剣の勝負と参りましょう」

「待て、待ってくれ。二刀使いとして切磋琢磨したい心意気は買うが、さすがに楼観剣と白楼剣を相手にするのは心臓に悪い」

 

 弾幕ごっこは少女の遊びだが、戦うならむしろ弾幕ごっこで臨みたい。

 霊撃ならば致命傷にならないし、こちらも投影した剣を射出する形で弾幕を出せる。

 ――もっとも、そんな光景を妹紅にでも見られたら馬鹿笑いされてしまうので避けたい。

 

「幽々子様のご命令ゆえ致し方なし! 成仏したくなければ料理を作ってください!」

「分かった! 冥界に料理を作りに行く、だから剣をしまってくれ……」

 

 料理を断ったために申し込まれた剣の勝負を断るために料理を了承する。

 なんともややこしい状況に陥ったアーチャーは、ため息交じりに冥界へ向かうのだった。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 冥界――閻魔の裁きを受け終え、転生を待つ魂を預かる場所。

 そこには西行妖(さいぎょうあやかし)という大きな桜の木がある。――ただ、この大樹が花を咲かす事はない。あってはならないのだ。

 なので、冥界を彩るのはそれ以外の桜だ。

 すでに暦は四月に入り、春真っ盛り。

 墨染めの桜が空を覆わんばかりに咲き乱れ、極楽浄土のような景色になっている。冥界なのに。

 某バビロニア方面の冥界の女神が聞いたら羨ましがりそうだ。

 

 幻想郷の冥界には白玉楼(はくぎょくろう)と呼ばれる立派なお屋敷があり、冥界の管理人である西行寺幽々子が住んでいる。

 ふわふわしたピンク髪のおっとりとした女性だ。

 

 幽々子は妖夢を伴い、白玉楼の庭で花見を楽しんでいる。

 その場に、花見の料理と呼ぶには有り余るほどの料理を運んでいるのは赤衣姿のアーチャー。

 和洋を問わず様々な料理を作っているのは、とにかく色んなものが食べたいという幽々子のリクエストに応えてのものだ。

 

「くっ……なぜ私がこんな真似を」

 

 強要めいた成り行きでありながら真面目に働いてしまうあたり、根っからの世話焼きである。生前はさぞや滅私奉公に励んだのだろう。

 花見席と台所を行ったり来たりを繰り返し、自慢の料理を完成させる。

 

「特製ハンバーグ、出来上がり」

「おや……なんだか懐かしい匂いがするな」

 

 と、そこに白玉楼で働く召使いの男が台所を覗き込んできた。

 

「むっ? よかったら少し食べて――」

 

 誘おうとして、アーチャーは固まる。

 

 召使いの男は、酷くくたびれた面立ちをしていた。

 陰気臭いほど黒い髪に、穴が空いたかのように深い瞳。

 少々頬がこけており、不吉をまとっているかのよう。

 衣装は幻想郷らしい着物姿――というより、真っ白な死に装束だ。

 

「……あんた……は……」

「ああ、すまない。この白玉楼で下働きをしている者だ」

 

 目の前に居る男が、死んでいる事は分かっていた。

 しかし白玉楼にいる魂は、基本的に人魂となっている。

 なぜ、人間の姿のままで、この男が――?

 

「お誘いはありがたいけど、施しは不要だ。――僕は罪人でね、本来は地獄に落ちるはずなんだ。幽々子様の料理を分けてもらうなんて罰当たりはできないよ。匂いだけでも楽しませてもらった、ありがとう」

 

 そう言って苦笑し、男は去っていった。

 しばし呆然と、アーチャーは、その男がいた場所を眺め続けてしまう。

 ……ハンバーグの焦げる匂いで、正気に返った。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

「下働きの男? ()()の事ですか。陰気臭くて自虐的なのが難ですけど、真面目で働き者なので助かってますよ」

 

 幽々子の花見を終えた後、お礼の茶菓子を振る舞われながら、アーチャーはさっきの男について訊ねていた。

 

「切嗣……彼は、なぜ人魂になっていないんだ?」

「人の姿じゃないと下働きできないじゃないですか」

「みずからを罪人だと言っていたが……」

「なんか生前、とんでもない事しちゃったみたいで本来は地獄逝きなんですけど、なんだか複雑な事情があるらしく、閻魔様から押しつけられてしまったんです。外来人はうちの管轄じゃないんですけど、何やら彼岸の都合がどうのこうのと」

「そう……か」

 

 声を沈ませるアーチャー。

 せっかく妖夢の手入れした庭の風景を楽しめる縁側に腰掛けているのに、その心は晴れない。

 妖夢はわずかに訝しく思ったが、料理が大変で疲れているだけだろうと納得した。

 ――と、そこに。

 

「お疲れ様、アーチャーさん。ごめんなさいね、亡霊と英霊じゃ管轄が違うのに」

 

 庭から西行寺幽々子がやってきた。

 後ろに切嗣を控えさせて。

 

「あっ、ああ……いや、構わない。私は本来、すでに生を終えた身だ。亡霊という表現も的外れではあるまい」

「あらあら。よかったら、貴方も冥界(うち)で働く? とっても美味しい料理だったもの、また食べたいわ」

 

 アーチャーはチラリと、切嗣を見やる。

 彼はここで働いている。ここで暮らしている。

 

「いや……せっかくのお誘いだが、遠慮させていただこう」

「あら残念。ところでこれから切嗣をお使いに行かせるのだけど、よかったらアーチャーさんにもお願いできないかしら」

「――は?」

「行き先は迷いの竹林にある永遠亭よ。ほら、貴方は竹林の案内人と親しいでしょう?」

 

 ――別に親しくはない。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 迷いの竹林に向かって、幻想郷の野山を歩く二人の男。

 英霊と亡霊。アーチャーと切嗣だ。

 

「すまない。幽々子様はどうもマイペースな方でね」

「……いや、案内くらい構わない。貴方は、冥界の外に出た事は?」

「無いな。そもそも、人目につくところには出してもらえなかった。せいぜい白玉楼に来た人間を物陰から眺めるくらいさ。だっていうのに、どんな風の吹き回しなのやら」

 

 切嗣自身、この状況には困惑しているらしい。

 彼の冥界における事情、背景を見通せないアーチャーとしては、その困惑もさらに深いものとなり、あれこれ頭を悩ませてしまう。

 それは眉間のしわとなって露骨に現れた。

 

「やれやれ。英霊様は、罪人の魂がお気に召さないらしい」

「っ――――いや、そんなつもりは」

「しかし何でまた英霊が幻想郷なんかにいるんだい? 完全に管轄外だろう」

「……一仕事を終えて"座"に帰ろうとしたのだが、なんの因果か、迷い込んでしまってな」

「って事は外の世界で戦ってたのか? まさか……いや、()()()()()()()()

 

 何やら黙考を始めてしまう切嗣。

 アーチャーも会話のネタには困るので、その方が都合がいい。

 それより問題は妹紅の家だ。

 道は覚えている。だがきっと、記憶の通りに歩いてもたどり着けない。迷いの竹林とはそういう場所だ。そしてそもそも妹紅と切嗣を会わせたくない。

 竹林の歩き方は多少学んでいるため、永遠亭へ行くだけなら何とかなるはずだ。多分。10回に1回くらいはたどり着けるはずだ。

 

「ん? なんだい、あれ」

 

 竹林に近づいたところで、切嗣が疑問を口にする。

 竹林の手前で何やら赤い光がまたたき、重低音が響いていた。妹紅とバーサーカーが何やら戦っているが、ちょっとした運動気分なのだろう。しかもこちらに気づいたようで、戦闘を中止してしまった。

 妹紅の家を訪ねる振りをして自力で永遠亭に案内しようとしていたアーチャーの目論見はあっさり崩れた。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 手合わせに興じていた藤原妹紅とバーサーカーに渋々声をかけ、永遠亭への案内を頼む。

 妹紅は面倒くさがったが、用があるのはアーチャーではなく()()()()という事もあり、竹林を先導してくれる事となった。

 

 竹林は相変わらず鬱蒼と茂って見通しが悪く、歩けども歩けども先に進んでいる気がしない。

 竹藪の奥からは時折、人ならざる気配が漂ってくる。蟲か、鳥か、獣か、妖精か、妖怪か……。

 だがそれらの気配を日常茶飯事とばかりに気にも留めず、マイペースにてくてく歩く妹紅と、マイペースにズシンズシンと大地を揺らすバーサーカー。この二人に任せておけば道を迷わす妖精も絶対に手出ししてこないと安心できる絵面だ。

 竹林の迷い人に親切な妹紅だが、迷い人の話を好んで聞く事はあっても、自分から必要以上の事を訊ねたり、自分について語る事は基本的にない。だが、アーチャーが連れている亡霊相手となればその氏素性を不審に思ったらしい。

 

()()()()()()()()、オバケだろ? 薬なんて飲むの?」

「いや、僕が飲む訳じゃない。妖夢ちゃんやお客さんのための買い置きで、普段は妖夢ちゃん自身に買いに行かせてるんだけど、今日に限って料理もアーチャーに任せてたし……まさか休暇のつもり、なんて事が白玉楼にあるはずもないし……」

「ふーん」

 

 それだけで興味が尽きたのか。妹紅は知らないおじさんに声をかける事もなくなり、アーチャーとも未だ馬が合わないので、必然的に口数も減った。

 だから声をかけてきたのはむしろ、バーサーカーに視線を向けた切嗣の方だ。

 

「ところで、そっちの彼も英霊なんだろ? ……しかも生半可なもんじゃない。神代の英雄? 彼もアーチャーと同じく外の世界から来たのか?」

「あー、まあ、うん、そう」

 

 聖杯戦争の事情なんか事細かに話すのも面倒だし、思い出を吹聴する趣味もない妹紅は、最低限の返事しかしなかった。

 言葉を濁されていると察した切嗣も、余計な詮索をしようとはしなかった。

 

 そしてアーチャーは胃をキリキリと痛めていた。 

 迂闊だった。妹紅と切嗣を会わせては、二人が共通で知る少女を巡ってややこしい事になりかねない。このまま放置していい問題ではないかもしれないが、もう少し心の準備などをしたかった。

 

 しばらくして四人は永遠亭へと到着する。

 代わり映えのしない竹林の中を右へふらふら、左へふらふら歩いていたようにしか思えないが、ともかく永遠亭に到着した。

 

「ここに来るのも久し振りだな……」

 

 妹紅は我が物顔で外壁の門を開くと、バーサーカーともども入っていく。

 玄関の前で大声で呼びかけた。

 

「おーい、客を連れてきたぞー。鈴仙ちゃん案内してやってー」

「む……鈴仙ならば今は手が離せぬ。儂が案内しよう」

 

 ガラリ、と。

 玄関の戸を開けて、白髪に白いヒゲをたっぷりと伸ばした老人が現れた。

 白いローブ姿は医者のような雰囲気があるが、どちらかというと西洋の魔術師のように見える。

 顔立ちも明らかに西洋の異人だ。妹紅は眉根を寄せて訊ねる。

 

「あんた誰?」

「儂か? 儂は――」

 

 老人は名乗ろうとし、妹紅の後ろにいる三人の姿に気づき、言葉を止めた。

 三人のうち、二人は明らかに見覚えのある老人の姿に困惑する。

 そしてほぼ同時に相手の名を呼んだ。

 

 

 

「衛宮切嗣にバーサーカー。なぜ永遠亭(ここ)にいる」

 

「ユーブスタクハイト!? なんであんたが幻想郷(ここ)にいるんだ!!」

 

「■■■――ッ!?」

 

 

 

 訂正、バーサーカーだけ名前を呼べなかった。喋れないもので。

 そして妹紅もまた、因縁浅からぬ名前に反応してゆっくりと振り向く。

 

「衛宮切嗣……だと?」

「えっ? 僕が、どうかし――」

「てめぇこの野郎! よくもイリヤ捨てやがったなこの野郎! 死ねこの野郎!!」

 

 もう死んでる亡霊に向かって、藤原妹紅、渾身のドロップキック。

 胸を強打した切嗣は盛大に体勢を崩し、倒れようとしたところをアーチャーに抱き支えられた。

 

「ま、待て! 待つんだ妹紅!」

「ええいどけアーチャー! お前も多少は事情を知ってるだろ!」

「君より詳しく知っている!」

 

 イリヤが真実に気づく様を――アーチャーは見ていたのだから。

 しかし妹紅は見ていなかったし聞かされてもいない。

 彼女にとって切嗣とは未だ、可愛いイリヤを無責任に捨てたクソ親父である。

 

「ゲホッ、ゴホ……ま、待ってくれ……君は、イリヤを知ってるのか?」

「イリヤは私のマスターだ! サーヴァント契約延長戦突入、マスターに代わって復讐だあ!」

「サーヴァント……君が!? いや、どう見ても英霊じゃ……」

「もはや問答無用! 地獄へ落ちろ衛宮切嗣――――ッ!!」

 

 すでに地獄逝き決定済みだ。

 当惑する切嗣の前に、アーチャーが壁となって立ちはだかる。

 

「……何の真似だアーチャー」

「……イリヤにあれほど入れ込んでいた貴様だ、気持ちは分かる。だがまずは話を聞け。イリヤはみずから真実に気づいた」

「何をごちゃごちゃと……ふんっ、冬木での続きをやってやろうか?」

 

 妹紅は聞く耳を持たず、手のひらの炎を宿してにじり寄る。

 マズイ。妹紅の炎は広範囲攻撃。切嗣を狙われたら守り切れるかどうか――。

 

「玄関先で騒がないの」

 

 不意に、庭から澄み渡った声が奏でられた。輝くような黒髪をなびかせる美女が、神秘的な空気をまといながら歩み寄ってきていた。

 空気が静謐さを増し、アーチャーも切嗣も安らぎ覚えるほどの存在感が彼女にはあった。

 だが妹紅は、厄介な邪魔者の登場に歯を剥く。

 

「――――輝夜。邪魔するな」

「妹紅こそ、そっちの"守護者"の話くらい聞いて上げたら? 真実がどうのと言ってるわ」

「……………………」

 

 妹紅はイリヤのために怒った。ならばそれを鎮めたのもイリヤの存在だった。

 渋々ながら炎を消して引き下がるも、その眼光は敵意を孕んだままだ。

 アーチャーはそんな視線から切嗣をかばうようにしながら身体を支える。

 

「……大丈夫か」

「ああ、酷い目に遭った……」

「凶暴な女ですまない。アレの扱いには私も手を焼いていてな」

「いいさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()んだろう?」

 

 そう吐露する切嗣の表情は、柔和なものだった。

 輝夜は場が落ち着いたのを確認すると、老人に告げる。

 

「"お爺さん"もちゃんと説明しなさい」

「心得た」

 

 一同は、永遠亭の客間へと案内される。

 広々とした畳の和室で、棚には花も飾られており、心地いい空間だ。

 そんな中、妹紅だけがギスギスとしたオーラを発していた。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 衛宮切嗣の言い訳――。

 

 第四次聖杯戦争終盤、聖杯が呪われている事に気づいて破壊するも、呪いに侵されてしまった。

 士郎を引き取って育て、イリヤも迎えに行ったが――呪いで弱った自分ではアインツベルンの結界を突破できず、ついぞ会う事ができないまま、呪いによって死を迎えた。

 そして――。

 

『まさか、閻魔様が実在するとはな。それも、こんな女の子だったとは』

『貴方の想像する閻魔は十王の方々でしょう。私は地蔵から出世した閻魔ですので』

 

 死後、彼の魂は閻魔大王の裁判所へ連れてこられた。

 そこにいた閻魔様はなんと年若い少女だった。

 

『私は幻想郷担当の閻魔。四季映姫(しきえいき)・ヤマザナドゥと申します』

 

 自己紹介をした四季映姫は、持っていた鏡を切嗣に向けてその姿を映す。

 

『浄玻璃の鏡。貴方ならこれがどういうものか存じているでしょう』

『ああ。死者の犯した罪を映し出すっていう鏡だろう? おかげで一切の偽証ができず、嘘をついたら舌を引っこ抜かれてしまうって訳だ』

『衛宮切嗣、貴方は罪を犯しすぎた。その理想が美しかったとしても地獄逝きは免れません。それは貴方自身よく理解している』

『…………ああ、その通りだ』

 

 衛宮切嗣は傭兵として、数多の人間を殺してきた。

 多数の命を救うため、少数の命を切り捨ててきた。

 殺人――それは現世で与えられる罰より、死後に与えられる罰の方がずっと重たい。

 

『ここまで来たら言い訳はしないさ。とっとと地獄に落としてくれ』

『そうはいきません。このまま地獄に落とすには、貴方の魂は穢れすぎている』

『……? 地獄逝きの罪人なんだから、そりゃ穢れてるんじゃないのか?』

『貴方は"呪い"に触れました』

 

 憐れむように、四季映姫は首を振る。

 

『しかもこの世全ての悪(アンリマユ)から名指しで、魂まで呪われてしまっている。貴方は確かに大罪人ですがそれと呪いは別問題。地獄に呪いが広まってしまっては迷惑です』

『僕は伝染病のキャリアーって訳かい?』

『そんなようなものです。それを解決するため、幻想郷担当の私へと回されてきたのです。衛宮切嗣。貴方の呪いはこちらで解かせていただきましょう。ただしその手間賃として、冥界での奉公を命じます。そこでみずからの行いをしっかりと反省しながら、改めて沙汰を待ちなさい』

 

 そのように言われて、衛宮切嗣は幻想郷の冥界――白玉楼で下働きをする事となった。

 十年間、外界と接する事もなく、ずっと。

 心残りであるイリヤの身を案じながら――――。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 藤原妹紅の補足説明――。

 

「……聖杯を汚染したアンリマユとかいうのは、第三次聖杯戦争で、アインツベルンが呼んだってのを……イリヤとマキリが言ってたな」

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンの言い訳――。

 

 聖杯を破壊してアインツベルンの悲願成就の邪魔した裏切り者を迎え入れる道理など無い。

 聖杯が呪われてたのは知らなかった。それでも天の杯(ヘブンズフィール)は起動はできるのだから問題無い。悪いのは衛宮切嗣である。

 ついでに切嗣に捨てられた事にしてイリヤを教育した。勇ましく育ったので大成功。

 そのイリヤでも聖杯を得る事はできなかった。

 間違いなくアインツベルンの最高傑作であり、最強のサーヴァントを召喚したというのにだ。

 故に、ユーブスタクハイトは大聖杯の起動が失敗したのを知るや、機能を停止する事にした。

 

 イリヤがどのような結末を迎えたかまでは、彼は知らなかった。

 奇跡の再現ができなかった。その一点が明らかとなった時点でもう、他の情報は無価値だった。

 

 彼は人間ではなく、アインツベルンを運営するために製造されたゴーレムである。

 アインツベルンの悲願達成のためだけに存在し、それが成らぬのであればこの世に存在する理由も無い。

 家電製品の電源を切るように、ユーブスタクハイトは機能を終えて――。

 

「気づいたら永遠亭で再起動されていた」

 

 輝夜は()()()()()()()()()()()()を拾って永遠亭に帰宅し、人間でない事を見抜いて再起動を命じた。どのような理由で機能停止し、どのような理由で竹林に迷い込んだのかも分からなかったもので。

 

「何でも、現世で不要になったものは幻想郷に流れ着くと聞く。儂もそうだったのだろう。そしてそこで出会ったのだ。天の杯(ヘブンズフィール)に至りし輝夜と永琳に」

 

 すでに存在意義がなくみずからを抹消しようとしていたユーブスタクハイトも、流石にこれには関心を示した。第三魔法に至りながら、なぜ肉体を持ったまま地上にいるのかを訝しんだ。

 永琳が言うには。

 

『この薬は月の民が地上の人間を試すために存在するのです。星幽界に行く機能までは追求していません』

 

 追求していたら、届いたのだろうか――。

 ユーブスタクハイトは永琳の知識に興味を持ち、輝夜は()()()()()()()()()()という存在をどうにも放っておけなかった。

 

「今は永琳の下で薬学と錬金術の知識交換をしながら、アインツベルンの錬金術を改良し第三魔法に至る手段はないか試しておる」

 

 魔術師は自分の一族の研鑽によって根源に至る事を目標としている。

 蓬莱の薬を飲めば第三魔法一直線だと言って渡されたとしても、それを口にするような魔術師は三流以下だ。誇りある魔術師なら薬を研究し、自身の魔術に活かす道を探すだろう。

 ゴーレムであるユーブスタクハイトもまた、そういった道を選んだ。

 第三魔法に至るのは、あくまでアインツベルンの錬金術であるべきだ。

 それはそれとして八意永琳の薬学も取り入れる。

 なに、どうせ一度は外来の魔術師殺しの種を受け入れているのだ。これくらいの妥協はする。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 永遠亭の客室――広々とした部屋の中央、敷き詰められた畳の上で両者の話を聞き終える一同。

 アーチャーは鉄面皮をかぶり、衛宮切嗣は難しい表情を浮かべ、バーサーカーはじっと老人を見つめ、輝夜は自分を仇と狙う少女を見つめ、妹紅は老人を睨んだ。

 

「話を総合すると――お前が()()()()って事でいいんだな?」

「そのような呼び方もされておる」

 

 瞬間、妹紅の手が燃え上がる。

 

「つまりお前がイリヤを泣かせた元凶か――!!」

「人形相手に熱くならないの」

 

 今にも飛びかからんとした妹紅を、いつの間にか隣に移動していた輝夜が肩を掴んで止めた。

 歯を剥いて妹紅は睨みつけるも、輝夜はどこ吹く風。おっとりとした態度を崩さない。

 

「部外者はすっ込んでろ」

「お爺さんは私が拾い、私が再起動させたの。立派な関係者よ」

「こんな人の心の無い性悪爺なんて、焼却処分した方が世のためだ」

「人の心が無いから、性悪になんてなれないわ。彼は設定された命令通りに稼働していただけ。文句があるなら製造者に言いなさい」

「式神の類か。だとしても、道理で恨みつらみが晴れるか」

「アーチャーのサーヴァント。イリヤって子が真実に気づいたっていうのは?」

 

 怨敵の言葉なんかに聞く耳を持ってくれないので、輝夜は的確な助力を求めた。

 視線が集まるのを感じたアーチャーは、仕方なしに語り出す。

 

「イリヤは…………衛宮士郎から、父親が頻繁に外国に出かけていた事を聞き、アインツベルンが裏切り者を受け入れる事はないと感情的に反論した。そして口にした言葉こそが真実だと気づき、捨てられた訳ではないと理解したのだ」

「そう。それで、イリヤって子はお父さんを許したの?」

「…………許せない、大嫌いだと……力無くうつむいていたよ」

 

 その言葉を聞き、妹紅から力が抜けた。表情を押し殺して唇の端を歪める。

 衛宮切嗣もまた物悲しそうにうつむく。――イリヤもこんな表情を浮かべたのだろうか?

 輝夜は場が鎮まったのを確かめ、白い老人に訪ねた。

 

「ユーブスタクハイト。そこの男をお城に入れなかった判断は正しかった?」

「正しいとも。そやつは裏切り者であり、イリヤスフィールに固執していた。もし城に入れれば連れ去られていた可能性が高い」

「でも、そもそも、そっちの男は聖杯で願いを叶えるために戦争を手伝ったのでしょう? 聖杯が貴方のせいで汚染されて使い物にならなくなっていたのだから、それに気づかなかった貴方こそ責任を負うべきよ。契約不履行になっても仕方ないのではないかしら?」

「だとしても、第三魔法成就の障害となった衛宮切嗣を許す理由にはならぬ」

「だとしても、ちょっとくらい悪い事したなぁって思わないの?」

「そのような機能、儂にはついておらぬ」

 

 まったく悪びれた様子もなく淡々と答える老人の異質さに、妹紅は薄ら寒さを覚えた。

 感情の希薄なリズと違い、ユーブスタクハイトは感情そのものを持ち合わせていない。

 人形――輝夜がそう呼んだ意味を理解する。

 

「妹紅、ユーブスタクハイトはうちで保護してるの。勝手に壊さないでね」

「人の家の干し柿を盗み食いするよーな奴に言われたくない」

 

 居心地が悪くなったのか妹紅は輝夜の腕を振り払うと、そっぽを向いて退室してしまった。バーサーカーも後を追うように縁側へと行き、庭にゆったりと降りる。

 二人の背中を見送った後、輝夜は切嗣に訊ねた。

 

「貴方からお爺さんに言う事はある?」

「そうだね、文句のひとつも言いたいところだが――」

 

 くたびれた様子で彼は立ち上がると、妹紅の後を追うよう縁側に向かった。

 

「生憎、怒ったり憎んだりするほどの元気は残ってなくてね」

「そう。……注文の薬は用意させてるから、診察室に寄って受け取って行きなさい」

 

 衛宮切嗣が出て行こうとすると、今度はアーチャーも立ち上がる。

 

「邪魔をしたな」

「――お仕事ご苦労様。休暇だと思って、幻想郷での暮らしを楽しみなさい」

 

 二人の、どこか雰囲気の似た男達をも見送って、部屋には輝夜とユーブスタクハイトだけが残った。老人はしばし、輝夜を見つめて思案する。

 輝夜は催促せず言葉を待った。

 

「…………輝夜よ。あの白い髪の女が、話に聞いていた妹紅なのだろう?」

「ええ、そうね」

「頻繁に殺し合っているとは聞いたが、輝夜はあの者と和解したいのではなかったか? 以前も、花見に誘ったが断られたと言っておったろう」

「そうね」

「儂を差し出せば敵対関係を改善できたはずだ。なぜそうしなかった? 永琳や鈴仙はともかく、輝夜は儂の研究に興味が無いはずだ。なのになぜだ。人道に基づく判断か」

「時間は永遠にあるわ。急ぐ必要もないでしょう」

 

 輝夜は袖で口元を隠して微笑する。

 人間の心理というものに疎いユーブスタクハイトにとって、月のお姫様の心理など手の届かぬ幻想の如きものであった。

 

「ああ、そうそう――ユーブスタクハイト、永遠亭の主としてひとつ言っておくわ。いえ、ふたつかしら? まあいいわ、言っておきます」

「うむ、なんだ」

 

 クルリと回って向き直った輝夜は、常人ならば一目で籠絡されるような眩い笑顔を浮かべる。

 

 

 

「貴方が機能停止する時は――自分自身の魂で第三魔法に届いたか、自分の人生に納得した時になさい」

 

 

 

 そのどちらの言葉も、ユーブスタクハイトには理解の及ばぬものだった。

 しばし言葉を吟味し、疑問点をまとめ上げる。

 

「輝夜よ。儂は魂を持っておらぬ。第三魔法に至るには新しいホムンクルスを鋳造せねばならん」

「ホムンクルス作りに永遠亭の機材は貸しません。やるなら自分の魂でやりなさい」

「繰り返すが、儂は魂を持っておらぬ。天の杯(ヘブンズフィール)に至れる存在ではない」

「あら、知らないの? NPCでも魂を宿す事くらいあるわ」

 

 NPC……ノンプレイヤーキャラクター。

 なぜそんなキーワードが出てくるのかは不明だったが、どうやらそれが自分の事らしいとの判断はできた。

 

「ゴーレムである私に、誰かの魂を入れるという事か?」

「違う違う。貴方自身の内側から芽生えさせるものよ」

「不可能だ」

「可能よ。強い願いを持ったNPCが、魂を持ち、心を持ち、自分の人生を決める――それは、可能な事なの」

 

 アインツベルンの叡智でも及ばぬ、月の叡智の中で暮らしていた輝夜の言葉ならば、そのような例が過去に観測されたのだろうか。

 論理的な思考により、可能性のひとつとして処理する。

 

「もうひとつ。儂が人生に納得するとは、アインツベルンの錬金術では第三魔法に至れないと再確認する事か」

「そうじゃないわ。――まあ、のんびり考えてみなさい。時間はたっぷりあるのだから」

「……分からんな。輝夜の言葉もそうだが、なぜそうまで儂の在り方にこだわる?」

「あら、せっかく拾ったんだもの。色々と楽しみたいじゃない」

「儂が未練がましく第三魔法を追う姿を見て、遊興に耽っている……と?」

 

 単なる娯楽。言ってしまえばそれだけだろう。

 弾幕ごっこに興じるが如く。

 盆栽を眺めるが如く。

 永遠亭の皆といつまでも仲良く暮らすが如く。

 藤原妹紅と遊ぶが如く。

 蓬莱山輝夜は、ユーブスタクハイトという存在に興じようとしているのだ。

 

「私は不老不死、過去は無限にやってくる。変化するものを眺めていないと――」

 

 月のお姫様は笑う。

 無限にある"生"を楽しむ、はつらつとした笑顔で告げる。

 

退()()()()()()()()()()()()

 

 同じ言葉を妹紅が冬木の地で口にした事など、知る由もない輝夜だった。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 アーチャーが衛宮切嗣に付き添って永遠亭の玄関に行くと、妹紅とバーサーカーが待っていた。

 

「帰り、案内が必要だろ」

 

 ぶっきらぼうに言われ、実際その通りなので再び案内を頼んで帰路につく。

 薬箱を手にして歩く切嗣を、紅白の少女は無言で先導する。

 しばらく歩き、永遠亭からそれなりに離れたあたりで、妹紅は突然振り返った。

 

「ごめんなさい!」

 

 ぺこりと頭を下げる。

 突然の謝罪に、切嗣は目を丸くした。

 

「えっと……妹紅ちゃん、だったかな。急にどうしたんだい?」

「だって私、勘違いしたまま蹴っちゃって……」

 

 今度はアーチャーが目を丸くした。

 この殊勝な態度を取っている人間は誰だ。本当に藤原妹紅か。

 

「いいさ、僕は気にしてない。それより……結局、君がイリヤとどういう関係なのか、まだよく分からないんだが……」

「えっと……今年の一月下旬くらいに冬木に迷い込んで、イリヤのサーヴァントになってたんだ。口約束だけど。それから三週間くらい一緒に暮らしてた」

「……そうか。イリヤは、元気にしてたかい?」

「元気すぎて困るくらい。――毎日、とても楽しかった」

 

 この親しみやすい女は誰だ。アーチャーは顔を引きつらせながら後ずさりをした。

 もしや狐か狸が化けているのではないかとさえ思う。

 

「切嗣さん。よかったらイリヤの話、お聞かせしましょうか?」

「本当かい!? いや、僕も気になっていたんだが、すでに死人である僕が出しゃばっていいものかと悩んでしまって……」

「いいに決まってる、イリヤの父上なんだから」

 

 恐怖――底知れぬ恐怖がアーチャーを襲っていた。

 こんな妹紅を見続けるくらいなら、バーサーカーと一騎打ちする方がマシってものだ。

 もしやこの女、おじさん趣味か――!?

 身の毛を震わせるアーチャーの横で、切嗣は薬箱を持ち上げる。

 

「でもすまないが、お使いの途中でね。遅くなると叱られてしまうかもしれない」

「むう、冥界か……。あそこの亡霊は蓬莱人を嫌がるから、突然押しかけると面倒になりそうだ。それに三週間分の話となると結構長引いちゃうし……」

 

 困った様子の二人を見て、アーチャーのお節介な性分が湧き上がった。

 今の妹紅は大変気色悪いが、切嗣に、イリヤの話を聞かせてやりたくもある。

 

「では明日、改めて冥界を訪ねればよかろう。西行寺幽々子は英霊である私を冥界に招く程度には融通の利く女性だ。なに、手土産に茶菓子でも持って行けば問題あるまい」

「茶菓子……よし、そうしよう。それでいいですか?」

 

 ピンと何かを思いついた妹紅は意味深に笑い、アーチャーの案に乗った。

 

「もちろんだとも」

 

 切嗣も笑顔で了承し、その場の空気がパッと暖かくなった。

 これで自分の役目も終わったなと、アーチャーが一安心していると――。

 

「あ、そうだ。アーチャー、明日お前も来い」

 

 妹紅に声をかけられた。

 切嗣に対する気色悪いものとは違い、いつも通りの妹紅の態度で安心した。

 それはそれとして誘われた意図が分からない。

 

「……私の用はもうすんだのだが?」

「イリヤの話は私がするけど、士郎に関してはお前のが詳しいだろ」

 

 しろというのか、衛宮士郎の話を。

 切嗣が興味津々で質問する。

 

「そうなのかい?」

「ああ、こいつのマスターが士郎と同盟組んでてな、結構な期間一緒にいた。仲は悪かったみたいだから偏見まみれだろうけど、士郎もすごくいい男でなぁ。凛々しくて、優しくて、料理上手で、本当にいいお兄ちゃんだった」

 

 妹紅がベタ褒めするのを聞いて、切嗣は感慨耽るように目を閉じる。

 

「そうか、士郎が」

 

 立派になった息子の姿を想像したのだろう。

 とてもしみじみとした、感慨深い声色で、切嗣は心情を吐露する。

 

「――――ああ、安心した」

「グハッ!!」

 

 突然、アーチャーは胸を抑えてうずくまった。プルプルと震えながら、過去のアレコレが押し寄せて苦悶してしまう。

 まったくもって意味不明な反応を怪訝に思いながら、妹紅が声をかけてくる。

 

「……どうしたアーチャー? トイレでも我慢してる?」

「妹紅、貴様…………実はランサーから聞いていないだろうな……」

「ランサー? 何を?」

 

 頭にクエスチョンマークを並べる妹紅を、アーチャーはそれはもう憎々しげに見つめる。

 やはり、アーチャーと妹紅の相性はとても悪いらしい。

 

「ええい、遅くなると西行寺幽々子の機嫌を損ねかねんのだろう? とっとと行くぞ」

「あっ、おい待てよアーチャー。そっち行くと迷うぞ」

 

 しかし――気分は悪くなかった。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

「それじゃ切嗣さん、また明日」

「ああ。妹紅ちゃん、また明日」

 

 竹林を出て、そのように和やかな別れをすませた切嗣を伴って、アーチャーは冥界を目指した。

 冥界に近い位置にある小高い丘の一本桜を経由して、死者の住まう冥界へと移動する。

 入り口は空の上にあるが、すでに霊となっている衛宮切嗣は飛べるし、アーチャーも霊体化すれば問題なく行ける。

 

 白玉楼へと続く長い長い石段を、アーチャーは衛宮切嗣と一緒に登った。

 柳洞寺の石段を登った日の事を思い出す。

 

「悪いねアーチャー、こんなところまでつき合わせてしまって」

「私も幽々子に挨拶をしておきたいからな。――貴方は罪人で、下働きをしているのだろう? 明日、妹紅と話す時間をもらえるとも限らん。私も説得を手伝ってやろう」

「随分と面倒見がいいんだな。……いったいどこの英霊なんだい?」

「……さて、な」

 

 明日も料理を作るから、とでも頼めば、幽々子ならあっさり切嗣に休暇を出しそうでもある。

 アーチャーは楽観し、桜に囲まれた石段を登り続ける。

 さわさわと柔らかな風が吹き、花びらが二人の頭上を流れていく。

 とても――いい気分だった。

 

 そうして、石段を登り終え――。

 

 

 

「迎えに来ましたよ衛宮切嗣。奉公の時間は終わりました、閻魔の沙汰を受けて頂きます」

 

 

 

 幻想郷の閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥが白玉楼の前で待ち受けていた。

 悔悟の棒を手にした少女の姿をしており、気品と厳しさを兼ね備え、冷たい瞳を衛宮切嗣に向けている。

 その左右には白玉楼の主である西行寺幽々子と、大きな鎌を持った赤毛の死神が立っていた。

 アーチャーは思い出す。衛宮切嗣はアンリマユの呪いを解いてもらう代わりに、幻想郷の冥界で奉公をしていたのだと。そして、それが済めば――。

 

「――そうか。もうそんな時期か」

「ま、待て! 待ってくれ!」

 

 あきらめたように呟く切嗣の隣で、アーチャーは我が事のように叫んだ。

 四季映姫の眼差しが、スッと向けられる。

 

「アラヤの契約者ですか。どうしました?」

「っ……もう一日、待ってやる訳にはいかないのか?」

「いきません。今、この場で、彼を連れて行きます」

 

 屹然とした態度で告げる四季映姫の姿に、アーチャーは肩を震わせる。

 なぜだ。ほんのついさっきまで、明日を楽しみにしていたのに。

 あっという間に夢のような時間は崩れ去ってしまった。――そんな事があってたまるか。

 

「ほんの一日、奉公を余分にさせてくれるだけでいい。なんなら私も手伝おう」

「無用です。奉公は呪いを解く代価。必要以上を要求するのは冥界の法に反します。必要以上に猶予を与えるのも然り」

「馬鹿な……よりにもよって、こんな……()()()()()()()()()()()()()で……!!」

 

 アラヤと契約したアーチャーは、世界の法則との契約の重さを重々承知している。

 閻魔の沙汰ともなれば、まさに世界の法則にも等しい正しさと強制力を持つ。

 下手に逆らっては、衛宮切嗣の立場が悪くなるだけだ。しかし……。

 

「……まさか、迎えのタイミングを狙っていたのではあるまいな?」

「…………藤原妹紅。輪廻の理から外れたあの少女と会った事は確認しています」

「イリヤの話を聞けるとぬか喜びさせて、目前で取り上げる。それが閻魔の下す罪人の罰し方とでも言うのか……!」

 

 だとしたら、なんと悪趣味極まるのか。

 アーチャーは痛むほどに拳を握りしめる。幻想郷に迷い込んでさえ、世界の定めに従い続けねばならないのか。

 我知らず、アーチャーは一歩踏み出る。

 たとえ自分の宿命がさらに過酷なものになろうと、明日の一日だけは守り通したかった。

 

「下がりなさい抑止の守護者。アラヤと契約した貴方は、その職務に忠実でなければなりません」

「クッ――そうだったな。世界の法則に慈悲などあるはずもないか」

 

 自嘲気味に笑い、アーチャーはぶらりと両手を下げた。

 投影は一瞬でできる。だが身勝手な論理で閻魔に剣を向けるのは畏れ多い。今すぐ衛宮切嗣を連れて迷いの竹林にとんぼ返りし、藤原妹紅に送り届けてやれば――。

 そのような企みをするアーチャーの肩が、後ろからポンと叩かれる。

 

「もういいよ、アーチャー」

「切嗣っ……」

「イリヤと士郎の無事を知る事ができた。それだけでもう、身に余る僥倖なのだから」

 

 子供に言い聞かせるような微笑を浮かべた切嗣は、そのまま前に出るとまず幽々子の元に向かった。頼まれていた薬箱を渡し、恭しく頭を下げる。

 

「十年間、お世話になりました」

「あらあら。むしろお世話させた方なのだけど……」

「妖夢ちゃんにもよろしくお伝え下さい」

「ええ。さようなら、切嗣」

 

 それを別れの挨拶とし、切嗣は四季映姫に向き直る。

 

「さあ、どこへなりとも連れてってくれ」

「…………良い心がけです。小町、移動の準備を」

 

 小町と呼ばれた死神が四季映姫と衛宮切嗣の間に入る。すると周囲の距離感が曖昧になり、アーチャーから遠く離れてしまったような錯覚がした。

 

「待て……待ってくれ!」

「アーチャー、君にも世話になったね。妹紅ちゃんには、君から謝っておいてくれ」

「イリヤは! イリヤは幸せになったはずだ! 衛宮士郎と兄妹として、あの家で――――」

 

 一緒に暮らしているはずだと続ける前に、三人の姿は景色に溶けるようにして消えてしまった。

 春風が吹き、さっきまで切嗣がいた場所に桜吹雪を舞い散らせる。

 アーチャーは己の無力さを痛感しながら、その場に立ち尽くした。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

「以前にも言いましたが、私は幻想郷の閻魔。呪いを解く都合で貴方の身柄を預かっていたにすぎません。ですので、これから外の世界担当の閻魔に引き渡します。沙汰はそちらで改めて」

 

 彼岸にある裁判所の廊下を歩きながら、四季映姫は淡々と語る。

 その横で衛宮切嗣は、これから地獄に落とされるというのに微笑を浮かべていた。

 

「――どうしました?」

「ククッ……いや、アーチャーが言ってたろう? ()()()()()()()()()()()()()って」

「…………ええ、そうですね」

「実際、狙ってたんじゃないのかい?」

「はて、なんの事やら」

 

 切嗣は砕けた態度で言うが、四季映姫も立場がある身なのでおいそれと肯定しない。

 構わず罪人は続ける。

 

「おかしいと思ったんだ。僕は奉公のため白玉楼から出られない身。だってのに、わざわざ英霊を招き入れて、迷いの竹林まで案内させた。――イリヤと一緒にいてくれた子に、会わせるために」

「…………随分と想像力が豊かですね」

「……奉公の期日終了と、裁判所への出頭時刻。その間のわずかな時間を捻出してくれる優しい誰かさんがいたんじゃないかと思うんだが」

「……………………」

 

 ピタリと、四季映姫は立ち止まる。

 眼前には重々しいドアがあった。

 この先はもう四季映姫の管轄外であり、衛宮切嗣が裁かれる場所である。

 最後に、四季映姫はほんの少しだけ、眼差しを柔らかなものにし――。

 

「さようなら、衛宮切嗣。貴方の行いは間違いだらけのものでしたが――世界平和を真剣に夢見る人間と言葉を交わすというのは、なかなか稀有な体験でした」

 

 旅立つ罪人に、最後の別れを告げた。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 風が吹いている。

 幻想郷の晴れ渡った青空に、柔らかで暖かい、春の風が吹いている。

 

 そんな中、包みを持った藤原妹紅が野原を歩いていた。

 長い髪は後頭部で結い上げてポニーテールにしており、紅白色の着物なんかを着ている。

 薄化粧も施しており、唇には薄い紅も塗られていて、いかにもお嬢様といった雰囲気だ。

 

「フフッ……イリヤの父上か」

 

 天気は快晴、気分は上々。

 藤原妹紅は冥界近くにある小高い丘までたどり着き、そこにある一本桜の下に、見知った人影を見つけた。赤衣に褐色肌の男。どうやらサボらず、ちゃんと来たらしい。

 

「アーチャー、いい天気だな」

「…………妹紅、か?」

「いやぁ、昨日のコト慧音に話したら、ちゃんとした服装してけって言うからさ」

 

 そう言われて本当にちゃんとした服装をする事など稀だ。

 稀に値する用事と相手なのだ。

 

「そういえば冥界の入り口って空の上だろ? お前、飛べるの?」

「…………」

「飛べないのか? だったら私が担いでってやるから、お土産はお前が持てよ」

 

 と、妹紅は包みをアーチャーの前に突き出した。

 ほんのりと、甘い香りが漂っている。

 

「…………これは?」

「ドイツ、ママの味、アプフェルパンクーヘン……だったかな? 向こうにいる間、メイドから教わった洋菓子でな。リンゴとバターをたっぷり使ったケーキで、あれからちょくちょく練習してたんだ。今日は上手に焼けたけど、切嗣さんって甘い物大丈夫かな? ほら、大人の男って甘いの苦手な人もいるだろ? まあ、いざとなったら腹ぺこオバケに押しつけてやればいいか」

 

 切嗣との語らいを心から楽しみにしている妹紅の姿を見、アーチャーは表情を険しくしてうつむいてしまった。なぜそんな態度を取るのか分からず妹紅は眉を寄せる。

 

「どうしたアーチャー。今日は特別にお前にも食べさせてやるぞ」

「…………」

「ほら、モタモタしてないで行くぞ。切嗣さんが首を長くして待ってる」

 

 妹紅は急かすようにアーチャーの胸板をゲンコツで叩いた。

 もちろん、軽い挨拶のようなものなので力は入れていない。

 だがアーチャーはそんな妹紅の手首を鷲掴みにした。

 意図が分からず妹紅は訊ねる。

 

「何だ、どうかしたのか」

 

 まるで、この場から行かせまいとするような行動だ。

 怪訝そうにアーチャーを見るが相変わらずのしかめっ面で何を考えているのか分からない。今更冥界に行きたくないとだだをこねている訳でもなさそうだ。

 見つめ合う二人の間に風が吹いた。

 桜の香りの、柔らかな春の風だ。

 

「…………アーチャー?」

 

 風は一本桜の枝をザワザワと揺らし、幾ばくかの花びらをさらって蒼穹へと昇っていく。

 本当に心地のいい、絶好の春日和であった。

 

 

 




 本来は妹紅が「これは切嗣の恨み! これは士郎の恨み! これはイリヤの恨み!」とアハトに鳳翼天翔してジャイアントスイングしてキン肉ドライバーするはずでしたが、アハトと姫様の関係を補強したら姫様が止めてくださりました。カリスマッ!
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