イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第五話 ぐだぐだ幻想郷

 

 

 

 ランサーの隠れ家は人里からやや離れた森の陰にある。

 丁度誰も使っていない古びた小屋があったので、これ幸いと妹紅にも手伝わせて改築し、大人が本気で作った秘密基地のようになっている。

 妹紅の家よりは小さいが、凝り性なランサーによって日々改造されており居住性は高い。

 近くには渓流が流れており、気軽に魚釣りを楽しめる素晴らしい立地だ。

 

 その日、ランサーは朝食の魚をうっかり釣りすぎてしまった。一人でガッツリ頂いてもいいが、せっかくだしアヴェンジャーとバーサーカーにお裾分けしてやろうと思い立つ。

 ワイルドに川魚の塩焼きをかじるのもいいが、女の手料理は男に活力を与えるのだ。

 アヴェンジャーから作り方を習って自作した竹製の魚籠(びく)に魚を入れて迷いの竹林に向かう。来訪者を惑わす竹林もルーン魔術を駆使すればある程度の対処はでき、アヴェンジャーの家なら七割方は迷わずたどり着ける。三割方は迷う。

 もう朝飯をすませてないだろうなと案じながらアヴェンジャーの隠れ家にたどり着くと、何やら聞き覚えのある男の声がした。

 わずかにげんなりしつつ、あいつの料理も美味いから催促してやろうかと企み、声のする庭側へと回り込む。

 縁側にはお目当てのアヴェンジャーが気怠げに座り込んでいた。寝間着の浴衣姿のまま、猫背になってぼんやりと庭を眺めている。

 そしてその後ろには――。

 

「まったく、様子を見に来てみればこのような無精を……。君も女性なのだから、もっと身だしなみに気を遣いたまえ」

 

 などと言いながら、黒い着物姿のアーチャーの野郎が、アヴェンジャーの髪を櫛で丁寧に梳いていた。春の日和に頭をやられたのだろうか。

 

「うるさいなー……今の私はぐだぐだモード、ほっといてくれ」

「不老不死だからと言って、家事も食事も怠けるのはさすがに問題があると思うぞ」

「別に餓死しても平気だし。旦那も運動しない限り魔力不足にならないから、なにか食べさせる必要もないし……」

「……食欲はあるのか? 雑炊ならばどうだ」

「あー…………可愛いメイドさんお手製のステーキとパインサラダなら食べられそう……」

「昨日も何も食べていないのだろう? それなのにステーキなど、胃が受けつけんぞ」

「知らんのか? 飢餓の時こそ肉を貪り食うもんだ。民草がよくどこからか肉を確保してたなー。私は食べずに餓死したけど」

「……何の肉かは聞かないでおこう」

 

 仲良くなっている、というか、アーチャーの世話焼き対象になぜかアヴェンジャーが加えられてしまったように見える。

 記憶の限り、あの二人は相性が悪かったはずなのだが……。

 しかもせっかく魚を持ってきてやったのに食欲の萎える話をしている。

 どうしたものかと困っていると……。

 

「ん、ランサーか。千客万来だな」

「なに、ランサー?」

 

 アヴェンジャーがこちらに気づき、アヴェンジャーの髪をポニーテールにして御札のリボンを結び終えたアーチャーもまたこちらを見、途端に狼狽する。

 

「きっ……貴様、いつからそこに!?」

「あー……邪魔したな、ごゆっくり」

 

 あえて勘繰りをし、わざとらしく生温かい笑みを浮かべて背を向ける。

 魚は一人で食べる事にしよう。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 ランサーが立ち去るのを見て、アーチャーは力無くその場にうなだれた。

 今更ながら、客観的な光景を意識して頭を抱えてしまう。先日の一件以来、すっかり覇気を失った妹紅を案じてついつい世話を焼いてしまった。

 マスターの髪を梳いてやった事を思い出し、こちらも満更でもない気分になってしまうとはなんたる不覚! こんな可愛気のない女に――!

 しかし後ろ姿を眺めてみれば、顔が隠れてしまうせいで――真っ白なストレートの髪が、ある少女を彷彿とさせて――ついつい手が出てしまったのだ。

 あの二人とは全然違う、相性の悪い少女だというのに。

 

「……なんだ、照れてるのか? こんな年寄り相手に気色悪い奴め」

「……年寄りの癖に、イリヤの前では随分と子供っぽかったな」

「お姉さんモードで接してたつもりだけどなー……士郎も今頃、お兄ちゃんモードでがんばってるのかなー……」

 

 ぼやきながら、ぐったりとその場に横になる妹紅。

 木張りの硬さも気にせず、整えてもらったばかりの髪で二度寝に洒落込もうとしている。

 

「朝飯は要らない、でも作るなら旦那の分もヨロシク。私は当分ぐだぐだモードだ」

 

 そう言って妹紅は瞼を閉じると、生きているのか不安になるほど呼吸を静かなものにする。竹の葉を縫って降り注ぐ春の陽射しの中、アーチャーはどうしたものかと視線をめぐらし――。

 離れの小屋の半開きの戸から、ジロリとこっちを睨んでいるバーサーカーに気づいた。

 

 ――――変なコトしたらコロす。

 狂戦士の瞳がそう告げていた。

 

 ――――するか!

 鷹のような瞳がそう返した。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 アーチャーをからかうネタを得たランサーは、意気揚々と帰宅して魚を塩焼きにして腹に収めた後、浅葱色の着物を羽織って人里に向かった。

 木造りの多様な建築物が並び、和装の老若男女が道を行き来する。

 このオリエンタルな雰囲気にもすっかり慣れて、人里の市へと向かう。

 立ち並ぶ茶店や飯屋を眺めつつしばらく歩き、お目当ての花屋を来訪する。

 

「おはようさん。ランサー、仕事の手伝いにやって来たぜ」

「ランサーさん、おはよーございます!」

 

 出迎えてくれたのはアヴェンジャーのマスターよりちょっと幼いくらいの女の子だ。

 花屋の娘さんで、慧音先生の寺子屋に通っている。

 女の子に案内されてランサーは店内に入った。まだ開店準備中で花も並べられていない。奥には店主さんがいて、右手に包帯を巻いていた。なんでも熱々のお茶を引っくり返して火傷してしまったらしい。痕が残るほどのものではないが仕事ができるコンディションではなく、困っていたところ上白沢慧音がランサーを紹介した流れだ。

 花屋というのは結構な重労働である。店の前に立って、お客さんの応対をしてお花を渡していればいいというものではない。その点、ランサーの体力なら申し分がないし、こう見えて手先も器用だ。花の手入れくらい、店主が横から口出しするだけで概ねこなせる。愛想が良いから客引きだってバッチリだ。

 こうしてランサーはお店のエプロンを借りて、アルバイトに精を出すのだった。

 

 

 

「やあ、ちゃんとやっているな」

「おう、先生じゃないか。何かご入用かい?」

「いや。紹介した手前、様子を見に来ただけだ」

 

 働き出してしばらくすると、店先で客引きをしているランサーに上白沢慧音が声をかけてきた。彼女には幻想郷に来てから世話になりっぱなしで、頭が上がらない相手第一号となっている。

 人里で信頼の厚い慧音の口利きは、人里で仕事探しをする上で大きな効果があった。

 慧音がいなければ『幽霊だか亡霊だかよく分からない胡散臭い異邦人』という身の上から、裸一貫で仕事探しをしなければならなかっただろう。

 なので、ランサーは恩義に応えるため今朝の事を伝える。

 

「むう……妹紅がぐだぐだモードに? いかんな。長引くと厄介だ」

「前にもあったのか?」

「去年は三日ほど、三年前には三ヶ月ほど続いた。ひたすら家でゴロゴロし続けて衰弱死したり、料理を面倒がって生米や生野菜をかじったり、餌をつけず釣りをしたり……とにかく、ありとあらゆるやる気を喪失してしまう」

「そりゃ面倒くせぇ」

「私も心配になって面倒を見に行っていたが、教師の仕事があるし毎日通う訳にもな……」

「だったら、アーチャーにでも面倒見させるか? なんか、髪を梳いてたぞ」

「……髪? アーチャーがか? わ、私だってたまにしか梳かせてもらえないのに……!」

 

 悔しそうに憤る慧音。

 なんだか不憫になって、ランサーは商品である鈴蘭を一輪見繕った。

 

「ほらよ。こいつは俺からのサービスだ」

「うっ……いや、そういう訳には」

「先生にはいつも世話になってるからな。下心はねぇよ、受け取ってくれ」

「むう……では、いただいておこう。感謝する。…………ところで、アーチャーは何か良からぬ事をしたりはしないだろうか?」

「はっはっはっ。アヴェンジャー相手にそれはねーよ」

 

 と言いながら、ランサーはアーチャーの女の趣味を考える。

 あいつの周りにあった女の影と言えば、あの少女を除けば――遠坂凛とセイバーだ。どちらも発育がいいとは言えない体型であり、セイバーとアヴェンジャーの身長差は5cm程度だろう。

 ……………………許容範囲内…………か!?

 いやいや、いやいやいや。

 スタイル的にOKだったと仮定しちゃったとしても、性格的にありえない。アーチャーのノリもだらし無い娘の面倒を見るお母さんめいたものだったし、アヴェンジャーはそもそも興味無さそうというか、枯れてそうだ。ああ見えて1300歳くらいと聞くし。

 

「ランサーさーん、そろそろ配達の……あっ、先生こんにちは」

「こんにちは」

 

 店の奥から花屋の娘がやって来て、慧音にペコリと頭を下げる。

 長居して仕事の邪魔をしてはいけないと、慧音も短い挨拶を交わして帰路へとついた。

 ランサーはサービスで渡した花一輪の代金を補填しつつ、花屋の娘と一緒に店の奥へと向かう。配達は体力だ。

 幻想郷には自動車なんて無いのだから。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 自動車のボンネットを開いたアーチャーは、エンジンのコンディションの悪さに息を吐いた。そもそも必要なパーツを幾つか抜き取られており、修理のしようもない。それを伝えると、自動車の持ち主である森近霖之助は残念そうに頭を振った。

 

「そうか。外の世界の技術に詳しいサーヴァントがいると聞いて、期待したのだけど……」

「さすがに専門的すぎる。現代の機械工学や電子技術は非常に複雑であり、専門家以外は手が出せないものと思ってくれていい」

「という事は、コンピューターを動かすのも無理かな?」

「無理だとは思うが、一応見ておこう」

 

 

 

 香霖堂。魔法の森の入口辺りにある古道具屋で、幻想郷で唯一、外の世界の品物を取り扱う店である。

 と言っても、外の世界の品物を輸入して販売している訳ではない。

 外の世界で忘れ去られ、不要とされ、幻想郷に流れ着いたガラクタを拾い集めてコレクションしているだけである。気に入った品物は手元に置いておく。売るのは不要なものだけだ。

 そんな風変わりな店を開いているのは森近霖之助といい、銀色の髪にメガネをかけたなかなかハンサムな男だ。ちなみに純粋な人間ではなく、妖怪とのハーフらしい。

 彼は『道具の名前と用途が分かる能力』を持っており、流れ着いた様々な道具の名前と用途から使い道や使い心地などを好き勝手に考察――もとい妄想している。

 名前と用途は分かっても、使い方までは分からず、使えないものばかりだからだ。

 だから外の世界の人間に会うと道具の使い方を訊ねたりするのだが、外の世界の人間はどうも道具の仕組みを全然理解していないらしい。

 壊れてる、電池が切れてる、電気が無い。だいたいそんな理由で使えない。

 仕組みが分からないから修理もできないし、どんな原理で動いているかすら分かっていない。

 

 だが、風の噂でアーチャーなるサーヴァントが、外の世界の道具を修理していた経験があると聞いて興味を持ち、わざわざ香霖堂へ呼び寄せたのだ。

 アーチャーもまた香霖堂に興味を持った。

 香霖堂の店外にはすでにガラクタが積まれており、いかにも昭和の遺物と思われるものが盛りだくさん。中には自動車もあったのだが、さすがのアーチャーでも手が出なかった。

 

 店内に案内されたアーチャーは、やはり所狭しと並ぶガラクタの山に目を回す。

 古い洗濯機や掃除機、古いゲームハードとゲームソフト、古臭い壺、古臭い柱時計、昭和時代に出版された漫画、レーザーディスクと再生機器、ブラウン管のテレビ、虎のマスク。

 ――ゴミ屋敷と勘違いしてしまいそうだ。

 しかしアンティークなティーカップや、名札に村正と書かれている日本刀といった美術品。他にも多種多様なマジックアイテムなど、目を見張る品が交ざっているから侮れない。

 聖晶石なる虹色に輝く星型の石や、呼符なる金色の札を見ていると妙に気持ちがざわつくのはなぜだろう?

 それこそしばらくここで暮らしたいくらい好奇心を駆り立てられる。

 

 だがひとまず、今日は招かれた身。森近霖之助の好奇心を優先してやる。

 案内されたテーブルの上には、型遅れのデスクトップコンピューターとモニターとスピーカーが置かれていた。キーボードとマウスもある。

 一通り揃っているのは結構だが、ケーブルの類は一切繋がっていない。

 

「コンピューターに宿っていた式神を復活させれば、使用者の命令を聞いて飛び回ってくれるものと期待しているんだけど……マウスやキーボードでコンピューターを叩いても反応が無くてね」

「パソコンはそういうものではない」

 

 この勘違いっぷり……何をどう説明しても通用しないのではないか?

 アーチャーはどうしたものかと頭を悩ませながら、パソコン関連のガラクタが収められた棚を見つけて歩み寄る。紐でまとめられたケーブルの束なども見つけたが、果たして役に立つやら。

 そんな中、比較的品質のいいノートパソコンを見つける。

 これならモニターもスピーカーもキーボードも元から内蔵されている。インターネットへの接続は無理だとしても、バッテリーさえ何とかすれば動くのではないか?

 壊れていなければという前提がつくが、デスクトップパソコンを動かすより現実的に思えた。

 

「――霖之助。この店に発電機はあるか?」

 

 

 

 発電機は一部故障していたが、昔取った杵柄でアーチャーは見事に修理完了。

 幸いノートパソコンの側に充電用のケーブルもあり、バッテリーの充電も果たした。

 後は電源が点く事を祈りながら電源スイッチを入れると――モニターが明るくなる。

 初めて見るパソコンの起動に霖之助は興奮し、努力の甲斐あってアーチャーも達成感あふれる笑みをこぼす。

 しばらくしてデスクトップ画面が表示された。デジタルな光によって生み出される映像情報に、霖之助の瞳はキラキラと輝く。

 デスクトップ画面の壁紙は当たり障りのない風景の写真で、画面の端にはフォルダやプログラムのアイコンが並んでいた。

 

「ここにカーソルがあるだろう。これはマウスと連動している、動かしてみろ。後は起動したいアイコンを選んで左のスイッチを二度、素早く押せばいい」

「ふむふむ……おお、なるほど。これは目録のようなものか。ごみ箱、メール、メモ帳、画像、音楽……英語でなんて書いてあるか分からないものもあるな。おや、これはなんだろう?」

「むっ……月姫? ショートカットアイコンだな」

 

 そのアイコン名からアーチャーが連想したのは、永遠亭にいた黒髪のお姫様だ。

 霖之助は深い考えもなく、適当にそのアイコンにカーソルを合わせ、左のボタンを二度押した。

 

 ――男達の熱い時間が今、始まる――。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 花屋のバイトを終えたランサーは賃金をもらうと、煙草の葉を購入し意気揚々と帰路についた。彼は喫煙者であり、のんびり釣りをする時などは煙管をふかす事も珍しくない。

 その帰り道、人里の外の野山を歩いていると――少女が一人、前方から歩いてきた。

 緑の髪に赤い服で、日傘をさした普通の女性に見える。しかし何か底知れないものを感じた。

 見かけと中身が一致しないのは、人外の者にはよくある事だ。最低限の警戒だけして横合いをすれ違うと――。

 

「花を愛でたいのであれば、煙草はやめておきなさい」

 

 柔らかな口調で注意をされた。

 一応ランサーは立ち止まり、女に向き直る。女もそれを察知して立ち止まり、振り返った。

 

「生憎、こいつをふかしながらの釣りが楽しみでね」

「……随分と多様な花の香りに包まれているわね」

「ちょっくら花屋を手伝った帰りでな」

「そう」

 

 つまらなそうに言い、女は日傘をクルクルと回す。

 わずかに空気が妖力を帯びた気がするのは、気のせいだろうか?

 

「貴方、人間じゃないわよね?」

「あー……ちょっと変わった亡霊みたいなもんだ。一応、人間の味方って事になってる」

「ふーん。じゃあ妖怪を虐めて回ったりしてるの?」

「しねぇよ」

 

 したら妖怪の賢者に叱られる。

 自衛以外ではできるだけ戦わないよう言い含められているのだ。

 

「私はするわよ、弱い者虐め。妖怪の嗜みよね」

「喧嘩売ってんのか? 生憎、今は手持ちが少なくてね」

 

 空気が妖力を帯びている。しかも相当に濃い。

 今までランサーに喧嘩を売ってきた妖怪は、アラヤだ英霊だといった事情を知らない一般妖怪ばかりであり、ゲイ・ボルクの柄で殴りつけてやれば退散するような奴等だった。

 だがこの妖怪は違う。八雲紫や八雲藍と同じ、力ある存在だ。

 

「私は風見幽香。どこにでもいる、ちょっとお花が好きなだけの妖怪よ」

「ほざけ。テメェみたいのが、どこにでもいるものか」

「あら嬉しい。女を見る目があるのね」

「気の強い女は好きさ。だが、ワガママで面倒くさい女はお断りだね」

「女のワガママは叶えるのが男の甲斐性でしょう?」

「それが惚れた女ならな」

 

 幽香が日傘を下ろし、盾のように構える。

 日傘は回り続ける。トンボを相手しているようにクルクルと。

 

「気の強い男は好きよ、這いつくばる姿が人一倍可愛らしいもの」

「ハンッ――どっかの女王を思い出すぜ」

 

 ランサーは煙草の入った袋をその場に下ろすと、魔力を集中させて朱槍を取り出そうとし――。

 同時に気配を感じて、脇道にある森を二対の目が睨む。

 何かが潜んでいる。異様な気配が機をうかがっている。

 

「……まあ、男相手にスペルカードルールという訳にもいかないか」

 

 面倒そうに幽香はぼやき、日傘を回す手を止め、頭の上にかざした。

 戦意の喪失を察し、ランサーも構えを解く。

 

「貴方、名前は?」

「ランサー」

「そう。夏になったら『太陽の畑』に来てご覧なさい。一面のひまわり畑を鑑賞できるわ。一輪でも折ったら殺すし、煙草の煙をひまわりに吹きかけても殺すけど」

 

 そう言い残し、幽香は立ち去ってしまった。

 場に満ちていた妖力は霧散し、静けさが戻ってくる。

 ランサーは煙草の袋を拾うと、森の奥に向かって声をかけた。

 

「そんな監視しなくても、幻想郷に迷惑なんかかけねぇよ」

「喧嘩っ早い妖怪が、貴方に迷惑をかけるのを止めただけですわ」

 

 気配の位置がランサーの背後へと瞬間移動し、耳元で囁かれた。

 振り返ればスキマ妖怪。

 賢者、八雲紫が扇子を片手にクスクスと笑っている。

 

「それにしても、厄介な妖怪に眼をつけられましたね」

「安心しな、女は殺らねぇ主義だ。……だが、ありゃどういう妖怪だ?」

「風見幽香。四季折々の花を愛でる妖怪だけど、弱い者虐めが好きで酷く好戦的です。妖力と身体能力が桁違いに高く、小細工を用いず純粋なスペックで蹂躙するタイプね」

「なるほど。英雄が化け物退治してこいと無茶振りされるタイプだ」

 

 それほどの化け物となれば、男だ女だ言うのは野暮。英雄として腕が鳴る相手と言える。

 だが不思議と――ランサーの胸に闘志は宿らなかった。

 自衛のためなら戦う、その程度の気持ちしか出てこない。

 幻想郷でのんびり暮らしている間に腑抜けてしまったのだろうか。聖杯戦争に応じた理由である『全力の戦い』とは程遠い、軽い小競り合いで弱小妖怪を追い払う日々。

 力の強い妖怪は知恵も高いので、わざわざアラヤの英霊なんかに喧嘩を売って厄介事を起こすよりは、幻想郷の決闘ルールに則って強い人間や同じ妖怪を相手に力を振るう。

 幻想郷に馴染んだと言っても、アラヤに属する英霊は住人から一線を引かれてしまっている。

 気にせず接してくるのは無知な者か、関係者であるアヴェンジャーくらいのものだ。

 

 現状を顧みて、なぜ自分達は幻想郷にいるのだろうとランサーは考える。

 意味など無く、ただ惰性で日々を過ごしているだけではないのか。

 そのような迷いを意識してか、八雲紫は穏やかな口調で告げる。

 

「ランサーもアーチャーも意外と紳士的で、バーサーカーも意外と大人しいですし……助かっています。妖怪は並大抵の事では死にませんが、英雄ともなれば致命となり得る宝具や概念を持っている事もありますし」

「アラヤに介入される可能性を少しでも排したいって訳か。それとも、俺の朱槍からあの妖怪をかばったか?」

「まさか。あれは非常に強力な力を持った妖怪。アレがスペルカードルールを守らず暴れ回りでもしたら、この一帯が焦土になってしまうかもしれない。貴方達の勝敗なんてどうでもいい。それより幻想郷という土地を乱さないよう注意なさい」

「へいへい。賢者様は働き者だねぇ……」

「……まあ、軽く槍を振るい、武芸を競う程度なら構いませんよ。良識ある英霊と信じてはいますので」

 

 ケルトの戦士にそんな事を言ったら大惨事を招きそうなものだが、藪蛇になっても面倒なのでランサーは忠告をせず、素直にその心遣いを受け取った。

 わざわざ迷惑をかける気はないが、幻想郷への義理より大切なものもある。それを懸けて戦わねばならぬ時が来たら、自分は戦士の誇りを選ぶだろう。

 ――ふと、西の空を見る。

 すでに茜色に染まっており、ランサーは夕陽のようなスペルを使う少女の姿を思い出した。

 

「それでは、私はこれで」

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 

 立ち去ろうとする紫を止めて、ランサーは訊ねる。

 

「幻想郷に、料理上手なメイドっているか?」

 

 すっかり気の抜けたアヴェンジャーだが、ステーキとパインサラダを食べたがっていた。

 それを食わせてやれば、少しは元気が出るだろうかと思っての発言だった。

 しかし八雲紫は表情を冷たく凍てつかせ、冷え冷えとした声色で言う。

 

「………………………………………………そういう趣味なの?」

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 霖之助とアーチャーは、ビジュアルノベルというものに没頭していた。

 BGMが鳴らない、演出を楽しむために必要なはずだ。この月姫というゲームのソフトはどこかにないか? あったよ月姫って書いてある薄っぺらいケース! 中には輝かしい円盤。それをノートパソコンにINすれば無事BGMが鳴り始める。

 死の線を見る事ができる少年が、真祖の姫君と出会い、町に潜む闇を暴いていく伝奇物語。

 二人は熱心にそれを読み進めた。

 

「なるほど……絵と音のある小説のようなものか。しかし声は無いんだな」

「音声データは容量を食うからな」

「パソコンは喋るのが苦手という事か。確かに口も舌も無いんじゃあな……しかしそうなると、どうやって演奏しているんだ? 小型の楽器が入っているのかい?」

 

 霖之助の電子機器への理解は滅茶苦茶なもので、アーチャーはかつてのマスターの機械音痴っぷりを思い出す。しかし、あちらは仕組みも理解できなければ使い方も理解できないのに対し、こちらは仕組みは意味不明な解釈をするものの、使い方は正しい手本さえ見せれば問題なさそうだ。

 異世界の半人半妖より劣る現代人、というのも稀有である。

 

 二人は順調にゲームを進める。ゲームと言っても途中で出てくる選択肢を選ぶだけであり、セーブ機能もあるのでやり直しも容易。難易度という点ではイージーにすら達しておらず、誰もがクリアし、物語を堪能できるよう調整されているのだろう。

 シナリオが進めばキャラクターも増える。

 主人公の妹は少々ツンケンしているが、時折覗かせる可愛気が愛らしい。

 甲斐甲斐しい二人のメイドも個性的だ。

 学校で出会った先輩の女性を見た時、アーチャーは摩耗された記憶を揺さぶられた。自分が身にまとう赤い衣装――『赤原礼装』と呼ばれる聖骸布を自分に授けてくれたのは、いったいどんな相手だったか。思い出せそうで思い出せないモヤモヤした気持ちが湧き上がる。

 

 日が暮れる頃、モニターを長時間眺める行為に慣れない霖之助が疲れを口にし、ゲームプレイは中断となった。

 アーチャーはとびっきり美味しいカレーライスを作り、霖之助はビジュアルノベルの感想を語りながら夕食を摂る。

 そして、主人公の家に仕えるメイドの話題になった時――アーチャーはふと閃いた。

 

「ところで霖之助。話は変わるが、この幻想郷に料理上手なメイドはいないか?」

「おや、意外だな。君はそういう女性が好みだったのかい?」

「そうではない。実は、私の知人がな――」

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 紅魔館――霧の湖に建つ真っ赤な洋館の主は、強力な魔力を持った吸血鬼レミリアである。

 彼女には完全で瀟洒なメイドや、居眠り好きの門番、そして大勢の妖精メイドが仕えている。

 日が暮れ、ベッドの上の棺桶から目を覚ました吸血鬼は、のんびりと館内を歩いていた。

 すると、親友の魔女パチュリーがパタパタと駆けてくる。

 

「どうしたの、パチェ? 貴女が走るなんて珍しい。槍の雨でも降るのかしら」

「それどころじゃないわよ、レミィ。冬から幻想郷に英霊が暮らし始めたの、知ってるわよね」

「ええ、霊夢から聞いたわ。それが?」

「門前で、美鈴がランサーのサーヴァントと戦っているわ。警備用の槍を持ち出して、ノリノリで打ち合ってる」

「…………は?」

 

 紅美鈴。紅魔館の門番を務める中華系の妖怪である。

 弾幕ごっこは不得手だが拳法の達人であり、中国武術の常識として剣や棍、槍といった武器の扱いも習熟している。その美鈴が、ランサーと打ち合っている? 槍で?

 

「それからアーチャーのサーヴァントにはすでに侵入されて、今は咲夜と撃ち合ってるわ」

「…………は?」

 

 十六夜咲夜。紅魔館が誇るパーフェクトメイドである。種族は人間。紅魔館唯一の人間だ。

 時間を停止する能力を駆使して紅魔館の家事をこなしにこなす超有能人材であり、弾幕ごっこの腕前も抜群で、異変解決に乗り出した経験もある。

 得物はナイフ。大量のナイフを雨あられと投げるスタイルだ。

 

「なんか、アーチャーはいっぱい剣を出現させて発射する能力を持ってるらしくて、咲夜も対抗してナイフを投げまくって、ロビーが刃物だらけになってるわ」

「えっ、待って。ねえ、うち、サーヴァント二騎に襲撃受けてるの? どういう事?」

「……気をつけなさい。わざわざ英霊が攻めてくるって事は、吸血鬼の首級が目的である可能性が高い。英霊の宝具で殺されたら生き返るのに手間取るから注意するのよ」

 

 

 

 こうして――メイドさんにステーキとパインサラダを作ってもらいたかっただけの英霊二人は、ちゃんと目的を告げたにも関わらず、中国拳法の槍術やら気弾やら、時間停止からのナイフの束やら、紅魔館従者の弾幕を目いっぱい味わうのだった。

 さらに紅魔館の奥で魔女が警備体制を敷き、吸血鬼がカリスマボスモードで待ち受けたりしていたのだが――。

 

 メイドに料理を作ってもらうお願いは断られたので、すごすご帰った模様。

 吸血鬼と魔女、出番無し!!

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇

 

 

 

 一方、藤原妹紅はというと――。

 

「ほら妹紅、ちゃんと起きて」

「あー、うー」

「夕飯に肉じゃがを作って来たんだ。さあ、温め直して一緒に食べよう」

「うん、食べる」

 

 面倒を見に来た上白沢慧音と、平穏な夕食タイムを送っていた。

 もちろんバーサーカーの分もあるので、狭い家に巨体を詰め込んで縮こまっているバーサーカーも一緒に、三人仲良く白いご飯と肉じゃがをモリモリ食べる。

 

「ふー。なんだか生きる気力が出てきたよ。ありがとう慧音」

「よかった。今回のぐだぐだモードはあっさり終わったようだな」

 

 そう言って笑い合う少女達の食卓には、竹の花瓶に一輪の鈴蘭が飾られていた。

 めでたしめでたし。

 

 

 




 ようやく妹紅とアーチャーの仲が改善された模様。

 掛け替えのない思い出も、無限の時間に埋もれてしまう妹紅。
 掛け替えのない思い出も、摩耗してしまったアーチャー。
 ある意味この二人も似た者同士。
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