7月を迎えた、日本の夏――。
ギラギラと光る太陽の暑さの心地よさが、じめじめと這い寄る湿気によって蹂躙される季節である。暑さは耐えられても湿気に耐えられないと言う人もいる。サウナ風呂に入り続けるような生活なんてツライだけだ。
さらに虫が騒々しい。セミが元気いっぱいにミーンミンミン、ジワジワジワジワ、ツクツクボーシツクツクボーシ、カナカナカナカナ、イアイアテケリリとうるさいのだ。
うるさいと――ランサーは思う。
しかし日本人は虫の音を風流と感じ、愛でる感性を持っていた。
アーチャーの野郎も同様で、バーサーカーは気が狂っているから平気で、ランサーは四面楚歌となってしまった。
麦わら帽子をかぶり、香霖堂で購入したアロハシャツを着て、煙管をふかしながら家の前の渓流で釣り糸を垂らす。せめて水場の近くにいないと暑くてやってられない。
さわさわと流れる川に裸足の足を浸して涼みつつ、今日も夏の暑さをやり過ごそうとがんばっていた。
「こんにちは、ランサーさん」
「おう、巫女の嬢ちゃんか」
そこに、博麗の巫女である博麗霊夢がやって来た。
アヴェンジャーと違い日本人らしい黒髪黒眼だが、アヴェンジャーのような紅白衣装に身を包んでいる。この国のシャーマンが着る伝統的衣装らしいが、なぜか腋の部分がカットされている。
日本文化に疎いランサーでも、間違っているのは霊夢の方ではないかと察せられた。
「なんか用か?」
「なんか知らないけど、大事な話があるから妹紅の家に集合しなさいって言われて。ランサーさんも来てくれる?」
「あー? 何で俺が」
「サーヴァントと関係ある異変が発生したみたいなのよ。アーチャーさんにはもう声をかけたわ」
なるほど。集合場所がアヴェンジャーの家になる訳だ。
バーサーカーを竹林の外に出したら色々と騒がしくなるし、神社に招き入れる訳にもいかないだろう。ご利益に問題はないが参拝客が怖がるし、何かトラブルがあって神社を壊されたら幻想郷の結界に悪影響が生じてしまう。
「分かった、アヴェンジャーの家だな。すぐ行く。…………霊夢は一人で行けるのか?」
「いや、そもそもあいつの家がどこにあるか知らない。ランサーさんなら案内できるって聞いたから、お世話になろうかと」
「そうか。待ってろ、ちょいと釣り具を片づけてくる」
川から足を出し、釣り具を持って家に戻ろうとするランサーの背中に、霊夢は自然な口調で訊ねた。
「ところで、いつまでアヴェンジャーなんて呼んでるの?」
聖杯戦争は終わった。
だが聖杯戦争の最中、アヴェンジャーの正体と真名をイリヤスフィールから聞いた後も、彼は頑なにアヴェンジャーという呼称を貫いた。
その理由に、自覚はある。
「――あいつはアヴェンジャーだろう」
第二の生なんかに未練はない。
しかし、自分も意外と未練がましいところがあるらしかった。
◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇
反英雄。
それは"座"に記録されながら、人類に仇なす悪とされ、倒されるために存在する英霊。
神話の怪物であったり――凶悪な殺人鬼であったり――人々を呪う復讐者であったり――。
明確な定義はともかく、反英雄とは概ねそういうものだ。
召喚者や環境によっては巧くやっていける可能性もあるが、そもそも反英雄なんか呼ぶような召喚者は普通じゃない。基本的に悪性を増長し、共に崖を転げ落ちるような関係となる。
「そんな反英雄の侵入を昨晩、探知しました」
藤原妹紅の家は小さい。バーサーカーを詰め込む事はできるが、大幅にスペースを取られてしまう。
なので会議は庭で行われていた。
家主である藤原妹紅と、巫女である博麗霊夢は縁側に座り、ランサーとアーチャーは庭に立たされ、バーサーカーは庭の隅に立たされ、庭の中央では八雲紫が宙に浮かべたスキマに腰掛けて優雅なポーズを取っている。
「別に藤原妹紅が良からぬ企みをしている、と疑っている訳ではありません。しかしアラヤと関わりを持ってしまった人間は、幻想郷に貴方しかいないのです」
「つまり、私を
面倒くさそうに妹紅が問う。
いつも通りの紅白衣装だが、夏という事もあってブラウスは半袖となっており、髪の毛も後頭部で結い上げて活発なポニーテールとなっている。
冬場はセルフバーニングして暖を取れるが、夏に涼もうとなると能力は役に立たない。お手製の竹の扇子でパタパタとみずからに送風していた。隣に座っている霊夢は紙製のうちわだ。
紫も紫で優美な扇子でパタパタと自分をあおいでいる。
「いいえ。アラヤの介入なら純正の英霊を送り込んでくるでしょう。反英雄はむしろ、我々妖怪に近い属性の存在ですので」
「で、英霊同士、責任取って反英雄退治しろと?」
「早い話がそうです。霊夢にも手伝わせますし、私も手伝いますが」
戦闘好きの妹紅だが、今回の件はたいして興味を引かれなかった。
反英雄だかなんだか知らないが、こっちにはバーサーカーとランサーがいるのだ。ついでにアーチャーも。勝敗の心配なんて必要ないし苦戦すらしそうにない。つまらなそうだ。だが――。
「――アンリマユ」
紫の呟きに、妹紅、ランサー、アーチャーが強く反応する。
「貴方達と縁のある反英雄と言えば恐らくそれでしょう。藤原妹紅の炎はアンリマユの呪いを祓ったと聞きます。霊夢の退魔の力も役に立つはず。つまり本命はそちらの紅白コンビであって、他は読みが外れた時のための保険でしかありません。呪いが怖いなら辞退しても構いませんよ?」
乗せられている。
そう自覚しながらも、そんな風に言われてランサーが退く訳がなかった。
アーチャーもまた守護者の使命としてアンリマユを見過ごせず、バーサーカーは妹紅の行くところならば地獄だろうとついてくるだろう。
反英雄に対抗する戦力は整った。
「よろしい。――別に殺してしまっても構いませんが、出来るなら生け捕りにしてくださいね。侵入経路の調査とか色々したいですし」
必殺の槍を持つランサーと、手加減無用なバーサーカーには面倒くさい注文だった。
なんだろう。聖杯戦争に参加したサーヴァントは、全力の戦いを滅多にさせてもらえない呪いでもかけられてしまうのだろうか? ランサーはついつい気分を落としてしまう。
「それにしても――
ただ一人、霊夢だけは初耳の名前を勘違いし、羽のように軽い気持ちで呟いていた。
◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇
さて肝心のアンリマユだが、潜伏されてしまってどこにいるのかまったく分からなかった。
「昨晩の間は、確かに反英雄の気配がありました。しかし夜明け頃になると気配そのものが消えてしまった。どのような隠遁を使っているのかは不明ですが、探すなら夜がいいでしょう。貴方達はそれまで待機してなさい。私も私で色々やるから」
そう言って八雲紫がスキマへと身を投じ、姿を消すや――。
「じゃ、夜になったら各々勝手に反英雄探しをしましょう」
霊夢は呑気な口調でそんな事を言い出した。
反英雄アンリマユ――あの呪いの恐ろしさを知っている妹紅としては、自分か霊夢がサーヴァントに付き添ってないと危険なのではと案じたが、アーチャーが解説を始めた。
「あの呪いの泥は、あくまで聖杯と混ざり合った結果だろう。アンリマユ本体が泥の塊という訳ではないし、泥を撒き散らす訳でもない。しかしそれは英霊としての能力を備えているという事でもある。ステータス、スキル、宝具の一切が不明。侮らぬ事だ」
それを聞いて藤原妹紅は一安心。しかし心配になってしまう相手もいて。
「じゃあ旦那とランサーなら一人でも問題ないな。アーチャー、付き添ってやろうか?」
「――結構だ」
割と真面目に親切心からの発言だったが拒否されてしまった。
春以降、なんだかんだ世話になっているから、お返しをしてやろうと思ったのに。
そこでふと、霊夢がある問題点に気づいた。
「ところで、サーヴァントはサーヴァントの気配が分かるんだっけ?」
「さあ? うちのサーヴァントは旦那だから、そういうのアテにならなかったし。どうなの?」
頼りにならない妹紅はランサーにパス。
「ああ、分かるぜ。――アヴェンジャーと霊夢じゃサーヴァントの気配が分からないってか。なあアヴェンジャー、付き添ってやろうか?」
「別にいいよ。サーヴァントとは散々やり合ったし、怪しいの見つけたらとりあえず襲ってみる」
なんとも殺伐とした方針を聞かされ、ランサーは呆れる。
なんで幻想郷の少女達はこうも好戦的なのか。ケルトって紳士的な文化だったのではとさえ思えてくる。
妹紅は行動に問題ありそうだが、索敵は問題なさそうだ。そうなると残るは霊夢である。
「私もとりあえず、悪霊っぽいの見つけたら手当たり次第退治してみるわ」
「通り魔かよ」
なんとも殺伐とした方針を聞かされ、ランサーは呆れる。
なんで幻想郷の少女達はこうも好戦的なのか。ケルトって紳士的な文化だったのではとさえ思えてくる。
霊夢は行動に問題ありそうだが、索敵は問題なさそうだ。そうなると残るは倫理である。
「お前等さぁ……もう少し大人しく調査する気はねぇのか?」
「無い。つまらん」
「無い。面倒」
倫理は少女の我儘に敗北。
ランサーとアーチャーは共闘すべき仲間の頼もしさに、たっぷり頭を抱えるのだった。
――バーサーカーの肩に雀が止まった。ちゅんちゅん。
◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇
夜になって、自信過剰で自分勝手な反英雄対策チームは本当に各々バラバラに幻想郷を調べ回った。ランサーはとりあえず襲われやすそうな場所を適当に練り歩いた。
蒼衣に朱槍という分かりやすい姿を晒してやれば、反英雄が釣れる可能性は高い。
こんな聖杯やアラヤと関係ないところに反英雄が現れるとしたら、狙いは聖杯戦争関係者である可能性が高い。つまりサーヴァント三騎か、アヴェンジャーだ。
丑三つ時まであちらこちらをのんびり歩き回って草原に出ると、適当な丘の上に生える一本桜の根本に腰を下ろす。
桜と言っても今は夏なので、生い茂っているのは瑞々しい緑の葉だ。
遠い空には満天の星々が輝いており、夜風も涼しく気分がいい。
ランサーは笹の葉の包みを取り出すと、笑みを浮かべながら解いた。中には大きなおにぎりが三つも入っている。事情を聞いた上白沢慧音が差し入れにと皆に用意してくれたものだ。
それぞれ梅おにぎり、胡麻おにぎり、山菜おにぎりと分けられている心配りが嬉しい。
梅干しの酸っぱさには少々面食らったが、戦場で食べる保存食のようなものだし、慣れればなかなか癖になる。今はもう普通に食べられる。胡麻おにぎりはツブツブした食感が楽しく、山菜おにぎりはほろ苦さが大人の味。
一通り食べ、竹の水筒を開けて麦茶をゴクゴクと飲み干して一服する。
反英雄退治のはずなのに、まるでキャンプにでも来たような気分だ。
「…………何やってんだかなぁ、俺はよ……」
幻想郷での生活は穏やかで楽しい。しかしどうも、自分の立ち位置というものが分からない。
反英雄退治――サーヴァントらしい事をすれば、多少は気持ちの整理もつくのだろうか。
「今度は西の方に行ってみるか? ……いや、あっちは太陽の畑があるからなぁ……風見幽香に目をつけられたら、反英雄探しどころじゃなくなっちまう」
アーチャーの野郎も反英雄釣りに勤しんでいるのだろうか? そもそも反英雄の狙いがサーヴァントというのが見当違いだったのかもしれない。受肉して第二の生を謳歌だとか、無力な民を貪り喰らいたいといった可能性もある。
「逆に反英雄が行きそうにねぇ場所っつーと……」
宗教施設。
ランサーが思い浮かべたのは冬木教会、柳洞寺、そして博麗神社だ。
反英雄にそぐわない場所だが、神を呪ってやるなんて理由で足を運ぶかもしれない。博麗の巫女は反英雄探しのため外出中であり、博麗神社はもぬけの殻になっているはずだ。敵味方が入れ違いなんて珍しい事ではない。
「試しに覗きに行ってみるか」
ランサーは包みをしまうと、博麗神社に向かって移動を始めた。
◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇
「――ッ!」
境内からサーヴァントの気配。
神社のある山の麓まで来ていたランサーは、相手にも気づかれた可能性を考えて一気に石段を駆け上がる。
参拝客を遠ざけてしまう要因のひとつでもある、長く険しい石段を踏破するのにかかった時間はほんの数秒。
朱色に塗られた鳥居を潜る。これは境界だ。外界と神域を分ける扉である。
瓦屋根の神社が中央に座す境内、その中央に二つの人影があった。
その姿を、星の光が照らしている。
「――――なん、だと?」
見知った女が、そこにいた。
「あっ――」
赤い髪に、スーツ姿の、凛々しい女がいた。荷物を足元に落とし、両腕を抱くようにして困惑している。
その隣には全身真っ黒な人影が佇んでいた。本当に真っ黒で、目以外は影としか言いようのない不気味な姿をしていた。恐らくこちらがアンリマユ。
だが――なぜ彼女が、アンリマユと一緒にいる。
「アヴェンジャー」
バゼットが因縁ある名前を口にする。
アヴェンジャーがここに? 疑問に思いながらも、ランサーは異常事態から目を離す愚は犯さない。バゼットは言葉を続ける。
「――アレは、何だ」
「何ってサーヴァントだよ。一目瞭然じゃないか」
黒い影が答える。バゼットはあの影をアヴェンジャーと認識している?
そういえば、アヴェンジャーの奴はアヴェンジャーを名乗っているだけの人間だった。
反英雄アンリマユ。奴こそ真アヴェンジャーだというのか。
黒い影の答えは、バゼットを狼狽させていた。
「そんなはずはない。あんなサーヴァントは今までいなかった。アレは何のサーヴァントだアヴェンジャー。セイバーでも、アーチャーでも、ライダーでも、キャスターでも、アサシンでも、バーサーカーでもない。アレは――」
「それこそ一目瞭然だ。なあマスター。
ケラケラと影が笑う。バゼットは明らかに戦意を失っていた。
かつてのサーヴァントを目の前にしながら、それが誰なのか分からない。
わからないのに――泣きそうになる一歩手前だった。
「チッ――そういう事か」
大まかに察し、ランサーは朱槍をバゼットに突きつける。
互いの距離は十メートルと行ったところ。それでもその槍先は、一寸の狂いもなくバゼットの心臓に向けられていた。
「タチの悪いものに取り込まれちまったらしいな」
「え――?」
「俺はどうやら、アンタを殺すため此処に迷い込んじまったらしい」
守れなかったマスターに、騎士としてのケジメをつけさせるために。
死者を弄ぶふざけた影から解放するために。
「待って――待ってください。私は――貴方と戦う理由はない。貴方だって、私と戦う理由は」
「筋道を違えるな。アンタは聖杯戦争に勝つために来た。サーヴァントすべて倒すまで戦いは終わらない。俺はランサーのサーヴァントで、アンタはアヴェンジャーのマスターだ」
「ちが――わた、私は貴方とは戦わない……! そうだ、貴方とは戦わない。だって、だって――貴方、私のコト――知って、る……?」
あの凛々しく、逞しく、気の強かったバゼットが随分と弱気になったものだ。
アンリマユに汚染された――というより、心にまとう鋼の鎧が脱げ落ちて、臆病な素顔が覗き出てしまったのか。
意外と可愛いところがあったものだ。湧き上がりそうになる未練を捻じ伏せてランサーは双眸を鋭くさせる。
「知らねえよ。アンタみたいな負け犬に覚えはない」
「――――では、貴方は私の敵か」
バゼットの面構えが変わる。心のスイッチを切り替えた。
魔術師として当たり前に持つ冷酷さと合理性、心に鎧をまとって奮起する。
――それでこそ、自分を召喚したマスターだと安堵する。自分もバゼットも幻想郷の部外者だ。そして彼女の"切り札"は強力であり、間違っても博麗の巫女や妖怪の賢者相手に使わせる訳にはいかない。アーチャーの野郎に押しつけるのも寝覚めが悪い。
ここで戦えば、他の連中も異変に気づいて駆けつけるだろう。アンリマユは援軍に任せ、自分は決着をつけさせてもらおうと決意し――。
「筋道を違えるなよ、ランサー」
空からひらりと、紅白衣装の女の子が舞い降りてきた。
「
「えっ……あ、あれ……?」
よく見知ったその少女の仮の名をランサーが口にするや、バゼットはまとったばかりの心の鎧から呆気なく素顔を出してしまった。
「バゼットには私が先約を入れてるんだ。交ざりたいなら、お前があっち側に付け」
「バカ言え。そう何度も鞍替えできるかよ」
ああ、そうだ。確かに約束をしていた。
一緒にアヴェンジャーを倒そうと、バゼットと約束をしていたのだ。
偽アヴェンジャーもそのつもりで、こちらに決着をつける約束を取りつけていたのだ。
柳洞寺の戦いにて、偽アヴェンジャーが決闘より大切なものを選んだがために破られた約束が、こんな形で再び顔を出すとは。
「あ……アヴェン……ジャー? なんで……だって、アヴェンジャーは、私の……」
「おいおい、アヴェンジャーは正真正銘このオレだぜ? 向こうが
二人のアヴェンジャーに挟まれ、バゼットは敵陣真っ只中だというのに、無防備に視線をめぐらせて両者の姿を確かめている。
ランサーの事を思い出せないよう、偽アヴェンジャーと戦った記憶も曖昧になっているらしい。
「改めて名乗らせてもらおう。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンのサーヴァント、アヴェンジャーだ。といっても、そちらが本物らしいな? アンリマユ」
「ヒヒヒッ。こっちの真名もお見通しって訳か。まったく、再現された存在って訳でもないのに、何で部外者が交ざったままなんだか。どうなってんだろうね、この世界」
「ここは幻想郷。部外者はお前だ。また灼き祓ってやろうか? ――もう焼け焦げる余地がないほど真っ黒だが」
「おお怖い怖い。こちとら文句無しの最弱サーヴァント。もっと労ってくれませんかねぇ」
みずからを最弱と名乗りながら危機感は皆無。むしろ余裕さえ見せる態度は、何か裏があると赤裸々に示していた。だとしてもやる事は変わらない。偽アヴェンジャーがバゼットをやるなら、ランサーが相手取るべきは――。
「なんだ。サーヴァントって言うから手強いのかと思ったけど、自分から雑魚を名乗る低級の悪霊じゃない。急いで戻ってくる必要、なかったわね」
空からふらりと、紅白衣装の女の子が舞い降りてきた。
「――霊夢も来たのか」
「いやー、面倒くさくなって一休みしに戻ってきたつもりだったんだけど、まさかビンゴとは」
同じ紅白衣装ながら、
サーヴァントを前にしながらも、気安い態度を崩さず、握ったお祓い棒を肩にかけていた。
そして、幻想郷でもう数ヶ月も過ごしていれば、ランサーだって空気が読める。
「おいおい、最初に見つけたのは俺だぜ? 二人そろって横取りする気か」
「だから、バゼットに先約入れてるのは私だって言ってるだろ」
「悪霊退治は私の仕事。ランサーさんは邪魔だから下がってて」
酷い扱いだ。せっかくの見せ場だと思ったのに。
あるいは、サーヴァントと反英雄を関わらせまいとする配慮なのか?
「こりゃまた可愛らしいお嬢さんが出てきたもんだ。毒舌シスターとどっちが怖いかねぇ」
「ふふん。二人一緒に戦うなんて、いつかの夜を思い出すわね」
アンリマユの言葉を気にも留めず、霊夢は楽しそうに笑った。
偽アヴェンジャーも同じように笑い返す。
「あの時は二対一だから不覚を取っただけだからな。しかも四連戦」
「はいはい。あっちの人間の女の人は任せちゃっていいの?」
「ああ。もうずっと予約済みの相手さ。――私が死ぬまで横槍入れるなよ?」
「あんた死なないでしょ」
横槍。ランサーに対しても言っているのだろうか。
渋々ながら朱槍を下ろすランサーを、バゼットは未練がましく見つめていた。
「――バゼット、気ぃ抜いてると死ぬぜ。こいつの炎は、サーヴァントすら焼き尽くす」
「…………ほの、お……」
額に手を当て、ぼやけた記憶をバゼットは手繰る。
分からない。アヴェンジャーは隣にいる。しかしあの紅白の女をアヴェンジャーだと認識している自分がいる。知っている。あのランサーと同じく、自分はあのアヴェンジャーを知っている。
いったい何が起こっているのか。
自分は聖杯戦争のため、夜の冬木市を散策していたはず。アンリマユの宝具で何度も、何度も、夜の聖杯戦争に挑んでいたはず。
ところがある日、訳の分からない土地に迷い込み……。
迂闊に人目につくのも不味いと慎重に行動し、強い霊脈の上に建てられた神社の様子を探りに来ただけだというのに……。
「行くぞバゼット! 鳳翼天翔ー!!」
「悪霊退散! 夢想封印・瞬!!」
混乱したままのバゼットと、けらけら笑うアンリマユに、眩き弾幕が襲いかかる――。
◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇
「あっ、やべえ。これ相性最悪だわ」
開幕一番、アンリマユは劣勢を悟った。
この巫女、退魔に特化した攻撃をしてきてる。自分は魔だ。無理すぎる。
それでも一応、サーヴァントらしく戦うべく抜刀。
眩く輝きながら追尾してくる霊力の塊を地面にぶつけさせ、軽やかな回避。
そんな中、アンリマユは訳の分からないものを目撃していた。
「ちょっ、ソレ、どーなってんの!?」
博麗霊夢は空を飛んでいた。それは分かる。空飛ぶ巫女さんって可愛いよね。
おかしいのは飛行速度と軌道だった。
残像を残しながら一瞬で視界の端から端へと飛翔するのは、自分と同じ敏捷Aかなって解釈ですむかもしれない。
しかし霊夢は、視界の左端から現れ、視界の右端に消えた直後に、視界の左端からまた現れるのを繰り返していた。
――後ろに回り込んでグルッと一周している訳ではない。右端から左端に再登場する際、タイムラグが皆無なのだ。
これこそ霊夢の『空を飛ぶ能力』の真価の一端である。――こんなふざけた能力でもまだ一端。
空を飛ぶとは単純な飛行魔術ではない。重力はおろか、何者にも縛られなくなるという事。空間すら飛び越えているのだ。細かい論理とか技術とか無しに才能だけで。
そんな異次元機動をしながら霊夢は絶え間なく弾幕を放っている。
いくらアンリマユが敏捷Aといえど、こんなのいつまでも避けていられるはずがない。そもそも飛び道具がないから反撃しようもない。迂闊にジャンプしたところで返り討ちになるだけだ。空中戦なんて空を飛べる者同士でやっていればいいのだ。
「チッ――こうなったら、あえて攻撃を受けて――」
やり返す手があるとすれば宝具――
これはみずからの受けたダメージをそのまま相手に与えるというものだが、傷が浅すぎては効果が薄く、傷が深すぎて死んだらそもそも使用すらできず、使用したからと言って自分のダメージが消える訳でもないという、非常に使い勝手の悪い宝具だ。
あの霊力の球を受ければ、そりゃもう自分の身体は酷いコトになるだろう。
だがそれでいい。浄化の力で焼かれる痛みを、巫女のお嬢さんにお返しするってのも洒落が利いてて面白い。――と思っていたのだが。
「はい、捕獲完了」
「――へっ?」
ぶわっと、アンリマユの足元から数え切れないほどの御札が舞い上がった。
御札は無数の縄のように連なってたちまちアンリマユを縛り上げると、魔力を封印してまったく身動きできなくなってしまう。唯一の自慢の敏捷Aもこうなっては意味が無い。
「なんてこった、ウソだろ!? オレの出番これで終わり!?」
「紫の注文通り生け捕り完了。後は妹紅に任せましょうか」
この世の"悪"であれと願われた存在が、異変を解決する"主人公"と戦うなら、こうなるのがお約束ってもんである。正義は勝つ!
――霊夢が正義? 世も末だ。
◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇
迫りくる火の鳥――硬化のルーンを刻んだ手袋で風圧を起こすようにして殴って四散させる。しかし炎という不定形の熱気はバゼットの身に降りかかり、息を苦しくさせる。
偽アヴェンジャーはフェニックスのように空を飛び交い、次から次へと炎の弾幕を放ってくる。初めて戦うはずの相手なのに、覚えがある。
この弾幕と、誰かが戦っているのを――見守っていた?
思考のノイズを必死に押しのけながら反撃の手を考える。敵は空を自在に飛び回っており、格闘特化の自分が相手取るのは難しい。
これほどの炎の乱舞を避け続けるのは困難で、拳で迎撃しても火の粉によって体力を削られる。
そんな事は先刻承知。バゼットは戦闘の最中、ズボンのポケットに素早く手を突っ込んだ。
そこにはあのフェニックスの如き敵と戦うための策が――――無い。
「――あっ」
あるはずが、ない。
なぜ都合よく、火除けのルーンを刻んだ石を持ち歩いていると思ってしまったのだろう? 自分の周りに火除けの陣を敷き、強力な弾幕を放つくせに格闘戦を好むあの女を誘い込んで――。
チグハグな思考が生んだ隙を狙い、偽アヴェンジャーが脚を燃やしながら突っ込んでくる。
格闘戦――自分の専門分野だ。絶好の機会なのにどうして、ポケットに手を突っ込んでしまっているのだ。
偽アヴェンジャーが己の脚を焦がしながら繰り出す火脚がバゼットの腹に突き刺さる。
鋭い衝撃に加え、灼熱の苦悶が視界を赤く染め上げていく。
さらに偽アヴェンジャーは軽やかにもう一方の火脚でバゼットの顎を蹴り上げた。火と血の味が唇を熱くさせる。
――こんな、訳も分からないまま、負けるのか?
赤枝の騎士の誇りに問われ、バゼットは瞳をギラつかせて偽アヴェンジャーの足首を鷲掴みにした。硬化のルーンを施した手袋越しとはいえ、燃える足を掴んでただですむはずがない。それでも構わず偽アヴェンジャーの足首を力いっぱい捻り上げて、その場で振り回してやると、力いっぱい地面に叩きつける。
その瞬間、偽アヴェンジャーは両手にありったけの火焔を集めると、叩きつけられる我が身もろとも両手で地面を叩いた。
石畳の上を炎の渦が這い回り、バゼットの両足を根本から焼き上げる。
偽アヴェンジャーも同じく身体を焼かれながら、叩きつけられた反動を利用して飛翔し早々に撤退。宙に静止してバゼットを見つめる。
「腹、顎。キッチリやり返させてもらったぞ」
「うっ、うう……お前は……誰だ……!」
「今夜はお前のためのアヴェンジャー。不死の弾幕、存分に味わっていけ」
「……アヴェンジャー……」
見れば、自分の相棒であるアヴェンジャー・アンリマユは全身札まみれになって捕まっていた。ギャーギャーと口汚い文句を紅白の巫女に投げつけている。
明らかにこちらが劣勢。アンリマユの能力に頼ってやり直すしかない。
しかし、このまま負けたくはなかった。
蒼衣のランサーが、手出しをせずバゼットの戦いを見守っている。
なぜだろう。肉体のダメージと無関係に、胸が、苦しい――。
そんなバゼットに偽アヴェンジャーは忠告する。
「余所見なんかしてるんじゃない。思いっきりやらなきゃ、貴女の人生ゲームオーバー」
「くっ……」
ゲームオーバー。聖杯戦争からの脱落。
分からない。分からない。聖杯戦争はまだ続いているはずなのに、何かが手遅れになっている気がする。
「一方通行の丑三つ時。蘇るたびに強くなる伝説の火の鳥。小宵の弾、手向けとして受け取れ!」
星空を背負った少女は、さらに炎の翼を背負って眩く燃え上がる。
強烈な熱気がここまで伝わってくる――此処だ!
「
足元に転がっていたバゼットの荷物から金属の球体が飛び出し、バゼットの構えた拳の手前に浮かぶ。
神代から続く宝具を、現代まで伝えてきた規格外の魔術特性。
これこそ
相手が何者であろうとも、この切り札が決まれば――。
「フェニックス再誕!!」
「――
鳳翼天翔と同じ火の鳥が放たれる。しかし今度は、無数のフェニックスが束になってだ。
ひとつやふたつ迎撃したところで、残るフェニックスに全身を焼かれるのは必定。
しかし臆する事なくバゼットは右の拳を振るい、神の剣を放った。
球体は先端を鋭利に変形させて刃の形となり、偽アヴェンジャーの放つ火の鳥を貫いて飛ぶ。
細く、鋭く、正確に――偽アヴェンジャーの心臓を貫くと同時に、他の火の鳥を消失させた。
逆光剣フラガラック。
敵の切り札より後に発動しながら、時間をさかのぼり切り札発動前の敵の心臓を貫く神秘。どんな強力無比な攻撃も不発になってしまえば脅威ではない。人間の身でありながらサーヴァントすら必殺する恐るべき宝具。
「――好きだねぇ、主従揃って心臓狙いか」
「――えっ」
主従揃って、心臓。
なんの事だ。アンリマユは心臓狙いの技や宝具など持っていない。
持っているのは……持っているのは……。
「返礼する。これが、私の"切り札"……パゼストバイ……フェニックス……」
当惑するバゼットの視界の中、不意に、偽アヴェンジャーの肉体が焼滅した。
サーヴァントが消滅した時のような現象。敵はサーヴァントなのだから当然の――アレは本当にサーヴァントなのか? アヴェンジャーは自分のサーヴァントで、アレがアヴェンジャーではないとしたら、いったいなんなのか。
当惑の坩堝から意識を呼び戻したのは、バゼットを包む不死鳥型のオーラだった。
「はっ!? こ、これは――!」
紅いオーラ、翼のオーラ、そこから無数の光弾が内側に向けて放たれる。
すなわち不死鳥の檻に囚われたバゼット目掛けてだ。
訳も分からぬまま両の拳を振り回し、可能な限りの光弾を叩き落とす。しかしいくらバゼットが格闘の達人だとしても、圧倒的な面制圧に対処できるはずもない。
全身に光弾を浴びたバゼットは魔力が削り落とされるのを自覚し、咄嗟に硬化のルーンの効力を全身に広める。ほんのわずかダメージが軽減されたが、このままではいつか力尽きる。
そう思った直後――光弾の乱舞は停止し、代わりに火焔弾が嵐となって降り注いだ。
「火除けを――!」
火傷した足に力を込めて境内の石畳から飛び退いたバゼットは、土の地面にしゃがみ込んで素早くルーンを書こうとするも、すぐさまその指先に光弾が撃ち込まれた。新たなルーンを書かせまいという意思を感じる。
この敵は――ルーン魔術の脅威を知っている?
両脚の負傷も悪化し、逃げ回るのは困難。
もはや為す術の無くなったバゼットは、硬化のルーンを張りながら耐え忍ぶしかない。
しかしバゼットが相手取ったのはカードですらない、盤外の手札だった。
◆ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇
「弾幕ごっこなら時間制限のある耐久スペルになるんだけど……」
「実戦なら相手がくたばるまで、無敵のまま延々攻撃を続けられるって訳か」
霊夢の解説を聞き、ランサーが考えたのはあの戦法が聖杯戦争で多用されなかった理由だ。
確かにアレをタイマンでやられたら手のうちようがない。
だが――。
セイバーとアーチャーを相手取った時に使っていたら、セイバーは弾幕に耐えながらイリヤの首を落としに行っただろう。
柳洞寺での乱闘では一人に憑依して弄んでいる間に、バーサーカーが多勢に無勢で足止めされ、アーチャーが衛宮士郎を仕留めていただろう。
ギルガメッシュとの戦いでは不発に終わったが、もしイリヤと通じ合っていた事が露見していたらやはり狙われていたはずだ。
柳洞寺での最終決戦の場においてもそうだ。
ランサーに憑依成功したところで矢避けと火除けで防御しながら、令呪で強化されたステータスで回避しながら戦える。いつか力尽きてこちらが参ってしまうとしても、そうなる前に自分はセイバーとアーチャーを倒し、バーサーカーに挑んでいただろう。
守らなければならない誰かがいる時、不死身の捨て身で戦う少女は本領を発揮できないのだ。
そして今ここに、彼女が守らなければならない相手なんていない。
弾幕ごっことしては論外のつまらない行為だが、偽アヴェンジャーは今、聖杯戦争をしている。バゼットという再戦相手のため、幻想郷より優先してくれているのだ。
すでに一時間ほど、バゼットはパゼストバイフェニックスの攻撃に耐えている。殺傷を目的とした火力ではなく、体力と魔力を削って戦闘不能にする事を目的とした弾幕である事を差し引いても驚異的な奮闘だ。
「あら、まだ終わってないの?」
柔らかな声の後、神社の一角にスキマが開き、八雲紫が姿を現した。
同時に、その隣にアーチャーが実体化する。霊体化して同行していたらしい。
さらにドシドシと足音を立てて、バーサーカーが石段を登ってきた。
それらを見て霊夢は嫌味ったらしく訊ねる。
「もう終わるところよ。というか、紫とアーチャーさん達こそ今まで何してたのよ?」
「こっちもこっちで大変だったのよ。シャドウサーヴァントが三匹も出てきたんだから」
「ライダー、キャスター、アサシンを模したサーヴァントの出来損ないだ。恐らく、アンリマユの能力と幻想郷の結界が干渉した結果だろう」
アーチャーが補足をするが、聖杯戦争に疎い霊夢にはよく分からなかった。ただ漠然と、ラスボスの前に立ちはだかるお邪魔虫どもを掃除してきたんだろうなとだけ考える。バーサーカーも参戦していたならシャドウサーヴァントとやらも哀れな事だ。
そうして、反英雄対策のメンバーが見守る中、とうとうバゼットは倒れた。
偽アヴェンジャーは憑依状態を解除し、五体満足の姿でバゼットを見下ろす。
「ろくに実力を発揮できないままだったな。まあ、そういう事もあるさ。私も聖杯戦争中は苦労したし、ランサーも妙な苦労してたし、セイバーも弱体化してたそーだし、ライダーもなんか弱ってたし、おいアーチャーお前もなんかハンデ背負っとけよズルイぞ」
「……記憶喪失がハンデだったという事で納得してくれ」
やはり相性が悪いこの二人。しかし冬の頃に比べて互いの口調は気安く、悪友同士でじゃれ合っているような雰囲気だ。
聖杯戦争の日々で、幻想郷の日々で、誰もが大なり小なり変化している。
しかしここに、取り残されてしまった女がいる。
「で、バゼットはどうする? そっちの本物アヴェンジャーはどうでもいいけど、こっちも始末するって言うなら……」
「始末などしません。丁重に送り返すだけです」
ニッコリ笑顔で八雲紫は答える。
しかしどうにも胡散臭い。仮に裏のない真実だったとしても胡散臭い。だって胡散臭い妖怪の言う事だもの胡散臭いよ。
「送り返す……じゃあ、バゼットは外の世界で生き返れるのか?」
「生き返るもなにも、その娘、死んでませんし」
「そうなのか?」
と、不死者は槍兵に目を向けて訊ねる。
死んだはずだと、ランサーは険しい眼差しを返すが……。
「生と死の境界をさまよっているけれど、彼女は間違いなく生者。アンリマユの見せる夢の世界に囚われてさまよっていたところ、誰かとの縁を通じて幻想郷に迷い込んだだけのようね。仮死状態の肉体も回復しているようですし、そのうち現世でも目を覚まします」
てっきり死んだものとばかり思っていただけに、ランサーの驚きは大きなものだった。
そうと気づかず言峰なんぞの誘いに乗り、召喚者がアンリマユに囚われていたとは……サーヴァントとしてのプライドがズタズタになってしまう。
「アンリマユも、マスターである彼女が現世に帰れば役目を終えて消えてしまうでしょう。という訳で霊夢、この娘さんを外の世界に送り返しなさい。幸い、ここがどういう世界なのかも分かっていない様子。外の世界で囚われている悪夢の世界は覚えていても、
紫に言われ、面倒そうにしながらも――相手が人間とあれば巫女として放ってもおけない。
一同が見守る中、博麗霊夢はバゼットに歩み寄り、お払い棒を掲げた。
そこに。
「そういや、
槍兵が、朱槍の代わりに何かを――手のひらに収まるものを握り込んで近寄り、バゼットを抱き起こした。
「……忘れ物だ。これは、アンタに返しておく」
そうして、ランサーはバゼットの耳にイヤリングを着けてやった。
英霊クー・フーリンを召喚するための触媒、フラガの家に伝わるルーン石の耳飾りを。
その優しい手つきは、気絶していたバゼットの意識を僅かに呼び起こした。
「……あ、貴方……は……」
「バゼット。聖杯戦争はとっくに終わってる、負けたんだよお前は。――だが、
朦朧としているバゼットの瞳に、小さな光が灯る。
生き残ったという言葉が、不思議と心に沁み入っていく。
「俺達は戦争やってんだ。負ける事もあれば、生き恥を晒す事もある。だから――」
「…………知ってる、貴方は……」
「次は勝てよ。赤枝の誇りを忘れるな」
「…………ランサー……」
かつての主従が別れをすますのを見届けた霊夢は、厳かにお払い棒を振り始めた。
星々のような輝きがバゼットの身を包み始め、ランサーがそっと身体を離すと、バゼットは眠るように瞼を閉じた。
――目を覚ます時間だ。
光の抱擁に溶け、バゼット・フラガ・マクレミッツは幻想郷からいなくなった。
「やれやれ、まだ死んでねぇってバレちまったか。バゼットが夢を終わらせようとした時、オレがサプライズで教えてやろーと思ったんだがな」
マスターの退場を見届けたアンリマユが、本気なのか冗談なのか分からないふざけた口調で笑い始めた。そしてその身体は博麗の札によって封じられていながら、サーヴァントが消滅するように光の粒子となって溶け始めていた。
「まっ、向こうに戻ったら最後に口喧嘩のひとつもしてからお別れと参りましょーかね」
「アンリマユか……最後までよく分からん奴だな。お前、実は銀髪の美女だったりしない?」
アヴェンジャーを騙った偽物の紅白女が訊ねると、本物のアヴェンジャーはケラケラと笑った。
「前回は似たような皮を被った事もあったが、お前さんが見たのは"始まりの聖女"だ。愛しいマスターちゃんの母親じゃねーよ。姿形は同じだがな」
「フンッ。お前のせいで切嗣さんもアイリさんも迷惑したんだ。とっととくたばれ」
「残念ッ! オレはとっくにくたばりまくってるぜ。オレの総数とアンタの人生、死亡回数を競い合ったらどっちが上だろうねぇ? まっ、最終的に勝つのは無限の時間があるアンタだろうよ。がんばって記録更新しといてくれ。アバヨ」
光に溶ける最中、一瞬、アンリマユの素顔がチラリと覗いた気がした。
褐色の肌に奇妙な紋様を浮かべた、若い男の――。
「――って、ありゃ? なんかバグって――ぐへっ!?」
見覚えがあるような気がした顔は、最後の最後に驚愕の変顔を決めて消滅してしまい、いったい誰に似ていたのか気づけないままの別れとなった。
ランサーとバゼットはいい感じに別れたのに、アンリマユはなんだ、ふざけてるのか。
――向こうの世界で改めて、バゼットと真面目な別れをすればいい。
こうして、幻想郷に侵入した反英雄とそのマスターはいなくなり、異変は解決した。
博麗神社に残っているのは博麗霊夢、八雲紫、藤原妹紅、バーサーカー、ランサー、アーチャーの六人のみ。
代表して八雲紫が後始末を取り仕切る。
「ふう……これで一安心ね。皆さんご苦労様でした。今宵はこれにて解散としま――」
「■■■■……」
ふいにバーサーカーが唸り、まだ終わってないとばかりに空を見上げた。
「……旦那、どうした?」
一同、同じく空を見上げる。
人影が三つ、降ってきていた。
「ほわぁっ!?」
妹紅は目を丸くした。なんか着物姿の見覚えある奴が自分に向かって真っ逆さま。慌てて両手を広げて受け止めて、受け止めきれず、ぐしゃりと潰されて肉のクッションとなってしまう。
バーサーカーは慌てず両手を広げた。紫のローブに身を包んだ旧き友を優しく受け止め、その面差しを眺める。
紫は目を点にした。薄紫色の長髪をなびかせる美女が自分に向かって降ってきている。咄嗟にスキマを開いてその中に落とし、地面から這い出るように出現させてやる。
「イタタ……いったい何がって、うわ!? アサシン!?」
「……どうやら我々が戦ったシャドウサーヴァントではないようだな」
「って、ちょっと待てや。こいつらも幻想郷に迷い込んだってのか?」
聖杯戦争参加者三名。妹紅、アーチャー、ランサー、まさかの再会にびっくり仰天。
追加された三騎のサーヴァントは全員眠っているようで今は大人しい。
「……って事はセイバーも……いや、ギルガメッシュ! ギルガメッシュは!? あの野郎が幻想郷に来たら大惨事だぞ!」
「シャドウサーヴァントとして出現したのはこの三人だけだ。恐らく、そっちの二人は再召喚されていまい。セイバーには行くべき場所があり、ギルガメッシュは不完全な形で復活した霊基を妹紅達が再び破壊したのだろう? おいそれと復活などできるものか」
「……つーかよぉ……俺達三人が幻想郷に来ただけで結構問題あったのに、大丈夫なのかこれ?」
ランサーが不安を口にすると、呼応するように八雲紫がプルプルと震え始めた。
サーヴァントが六騎……アラヤに登録されている英霊が、六騎も幻想郷に……。
そういえば去り際のアンリマユが「なんかバグって」とか言っていた。
彼が幻想郷を去る際に一瞬だけ"座"と幻想郷が繋がってしまい、再現したシャドウサーヴァントを触媒にし、こちらにバーサーカーとランサーとアーチャーがいるからと、忘れ物をお届け気分で誤作動してくれたのか。
八雲紫は、星々に向かって叫ぶ。
「ア――――――――ラ――――――――ヤ――――――――ッ!!」
その怒りはきっと、英霊の"座"まで届いただろう。
ようやくバゼットと決着をつけられた…………が……精神ガタガタの不完全燃焼。呪われてるのかな? 真アヴェンジャーと契約してる=呪われてるね。
そして、なんか色々やって来た。
本編でシリアスぶってたところ申し訳ないが……初期プロットのEXTRAはギャグ増し増しで、バゼット+アンリマユもダイジェストの予定でした。妹紅とランサーが想定以上にライバル化したので、EXTRAが1/3くらいランサー編になってる感。