イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

55 / 57
第八話 ハッピーエンドの後日談

 

 

 

 キャスターが葛木宗一郎を人里に連れ帰った時、たまたま、本当にたまたま、道端に上白沢慧音とランサーとアーチャーとアサシンが大集合していた。

 キャスターの奴どうしてる? 今日はお金を渡して暇を与えてみた。これで気分転換になれば。まったく世話を焼かせる。なんて世間話をしていたのだ。

 噂をすれば影――!

 しかもアサシンは葛木宗一郎を知っていたものだから、素性は即バレである。

 

「キャスターさんのマスター? ……え? マスターとは外の世界にいるものでは?」

「正体が掴めねぇと思ってたら、魔術師じゃなかったとはな」

「というか……なぜ幻想郷にいるのだ。また八雲紫が慌てふためくのではないのか」

「はっはっはっ。どうやら活力を取り戻したようだな、キャスター」

 

 慧音とサーヴァントの包囲網に捕まり、さすがに人数が多いし事情説明も必要という事で、ひとまず寺子屋に向かう。幸い今日は休みの日。多人数で話し合うには都合がいい。

 

 

 

 空き教室に集まると、生徒が使う座布団へ思い思い座る一同。そのうち、慧音と葛木宗一郎は背筋をピンと伸ばした美しい正座をした。ランサーとアサシンはあぐらをかき、アーチャーは格好をつけているのかわざわざ敷居に片膝を立てて座り、障子戸の横合いに背中を預けた。

 必然的に教室は開けっ放しとなり、夏の風がゆるやかに流れてくる。庭木の葉は陽射しを浴びて彩りを鮮やかにし、夏の香りを醸し出していた。

 

 そうして相談を始める前に、慧音は空気を和らげようと自身の素直な気持ちを告げた。

 

「いやしかし、キャスターさんが元気になってくれたようで何よりだ。やはりサーヴァントとは、マスターがいると元気になるものなのか?」

「いやいや慧音殿。これはマスターとサーヴァントの問題ではなく……」

 

 アサシンが慧音に耳打ちしようとすると、人里だというのにキャスターは思わず手に魔力を込めてしまう。

 

「黙りなさい。余計な事を言うと、肋骨ぶちまけるわよ」

「おお怖い怖い。しかしそのような物言い、宗一郎と慧音の前で口にしてもいいのかな?」

「…………あっ」

 

 しまったという顔になるキャスター。葛木は無表情のまま流しているが、慧音は意外な一面を目撃したため驚いている。むしろこちらが平常運転で、慧音に面倒見られていた時はぐだぐだモードだっただけだが。

 

「…………アサシンさんも不死身だったりするのか?」

「比較対象が()()()では、口が裂けても不死身など名乗れぬよ」

 

 慧音の疑問を華麗に流すアサシン。耽美な顔で屈託なく笑ってみせる。――あまり引っ張っても後が怖いし。

 してやられたとばかりにキャスターはアサシンを睨むが、宗一郎と慧音の手前、騒ぎ立てる訳にもいかない。

 

「そうか。まあ、その辺りは置いておいて……葛木さんをどうすべきか相談せねばな。通常、外来人は博麗神社に連れて行き、巫女に頼んで外の世界に送り返してもらうものだが……」

「いや、それには及ばない」

 

 当の本人、葛木はすぐさま首を横に振る。

 

「数日前、夢の中で妙な女に捕まったところ、気づいたらキャスターが目の前にいた。連れ戻される前に妙な女が『ハクレイ神社』と言っていたのでな……。学校のパソコンで調べてみれば実在する神社と分かり、夏休みを利用して参拝に来てみたのだ。寂れた、人気のない神社ではあったが、賽銭を入れて祈る所作をしたところ――隣にキャスターがおり、こちらの世界の博麗神社にいた」

 

 つまりこの男、キャスターの夢を見たというだけで神社を参拝し、二人が同時にお賽銭を入れて祈った結果、幻想入りしてしまったらしい。

 まあ、外来人なんてそう珍しくもないが……。

 

「私はキャスターの力になると決めた。キャスターがこの地に居るのなら、私もそれに倣おう」

 

 葛木宗一郎は元々、世捨て人のような人間だった。

 柳洞寺や穂群原学園で世話になった面々への義理や感謝はある。

 それでも、真に彼を求めたのはキャスターだった。

 

 マスターを得て再契約したのなら、魔力さえ確保すれば外の世界でも現界し続けられる。

 しかしその魔力とは魂喰いによって賄われる。

 そんな生活が長続きしないのはキャスターも分かっていた。手元に聖杯があるならいざ知らず、いずれ魔術協会と聖堂教会から狙われる日々になるだろう。

 それならばいっそ、幻想郷で穏やかに――――。

 

「――そこまで仰るなら、そのように取り計らいましょう。なに、幻想郷に定住する物好きな外来人もいないではありません。サーヴァントのマスターという事で一手間かかるかもしれませんが、キャスターさんは大人しい方なので、そう問題もないでしょう」

 

 大人しいのではなく大人しかっただけなのだが、言わぬが花だろう。

 

「慧音先生……ありがとうございます。私も、宗一郎様と静かに暮らす以上の事は何も望んでいません」

 

 彼女が今抱いているのは、慎ましくささやかな願いでしかない。

 それを卑下するような者は、誰一人いなかった。

 

 アーチャーは視線を庭に向ける。

 ――ご覧の通り、特に隠し事や謀はしていない。

 皮肉気味に笑って見せると、木の枝に紛れていた影が薄らいだ。

 

 

 

 影に潜んでいたのは八雲紫が開いたスキマであり、ありていに言えば監視の目である。

 葛木宗一郎の立ち振舞いから、こいつ山育ちだわヤベーわと思いつつ、外の世界では叶えられないであろう慎ましくささやかな願いを、幻想郷でならば叶えられると思って――余計な手出しをせずひっそりと引き下がった。

 

 ――あの男は、自分自身を必要としていない人間なのだろう。

 だから『不要な人間』というルールに則って幻想入りできたのかもしれない。

 そんな人間が幻想郷で生きる道を選ぶのもまた、ひとつの在り方だ。

 

 

 

 さて、問題があるとすれば葛木宗一郎の今後の身の振り方である。

 博麗神社には旅行という形で訪れたため、最低限の身の回りのものはスーツケースごと持ち込めている。しかし最低限すぎて定住するには困るし、外の世界の金銭もこちらでは使えない。

 

「慧音先生。実は宗一郎様も、外の世界で教師をしていたのです。それに身体も大変丈夫ですので働き口には困りません。私も今までの生活を改めます。どうか力をお貸しくださいませんか?」

 

「ほう、外の世界の教師! それはなんとも興味深い。寺子屋の出資者は稗田阿求です。よろしければ後日、挨拶に行きませんか? もしかしたらこちらでも教師として教鞭を振れるかもしれませんよ」

 

 トントン拍子で進んだ。

 そしてもうひとつの問題点、彼がどこに住むかである。

 さすがに男性を慧音の家に住ませる訳にはいかない。新居を探すにしても、キャスターも有り金は全部お賽銭として使ってしまったばかりだ。

 

「それなら丁度いい場所があるぜ」

 

 助け舟は意外なところ、ランサーから飛び出した。

 彼は英霊の事をよく知らない人里の住人から、よかったら住み込みで働かないかと誘われた事もある。安い部屋を紹介された事もあった。

 さっそくランサーに案内されて向かってみれば、安価な長屋の一室が空いていた。傘張り浪人が住んでいそうな雰囲気だ。

 ランサーが大家さんと話し始めるや、あれよあれよと話はまとまり、家賃はしばらく待ってもらう約束まで取りつける。

 こうして、長屋の一室がキャスターと葛木宗一郎という『新婚夫婦』の新居となった。

 

 不慣れな幻想郷で始まった、不慣れな新婚生活。

 目を回すように大変な、けれど幸せな幻想郷生活が、ようやくキャスターにも訪れた。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「そうか。キャスターのマスターが」

 

 迷いの竹林の一角、藤原妹紅の隠れ住む家に、上白沢慧音が報告に来ていた。

 すでに日が暮れ、他に来客予定もないとあって――慧音は妹紅の膝に頭を預け、子供のようにリラックスして寝そべっている。

 妹紅はそんな慧音の銀色の髪を撫でながら、縁側から庭の様子を眺めていた。

 子供っぽい妹紅と大人っぽい慧音だが年齢は正反対であり、時には、こういう風にもなる。

 

「妹紅もキャスターさんの事は気にかけていただろう?」

「――まあ、あいつに未練を植えつけたのは私みたいだしな。その未練がこんな形で報われるとは夢にも思わなかった」

「…………妹紅も、外の世界に残してきたマスターの女の子に会いたい?」

「私は幻想郷を捨てないし、あいつも家族を捨てたりしない」

 

 膝の上で、慧音が頭を動かした。

 視線を感じたが、妹紅はそれに応じようとせず、庭を眺め続ける。家庭菜園はだいぶ掘り返してしまった。バーサーカーには自分と同じ量の食事しか与えていないが、飯抜きにするのが可哀想でついつい一日三食与えてしまうし、自分も食べないとバーサーカーも食べない。

 律儀で紳士なのはアインツベルンにおいて美徳だったが、この小さな家ではちょっと困る。

 

「……葛木さんは、聖杯戦争後の冬木をご存知のはずだ。気になるなら……」

「ハッピーエンドのその後ってさ、あまり考えないようにしてるんだ」

 

 慧音の言葉を遮りながら、その銀の髪に自身の白髪(はくはつ)を少しだけ絡めてみる。

 同じ銀髪でも、やはり色や艶には個人差がある。

 あっちは細くて滑らか。最高級の絹のように指の合間をサラサラと流れていく。

 こっちは太くて瑞々しい。高級な毛皮のように指の間でフワフワと躍る。

 どっちが良い悪いではなく、違うものだという認識が無いものねだりをさせてしまう。

 

「……どうして?」

「せっかくめでたしめでたしで幕を下ろしたんだ。それでいいじゃないか」

 

 どうせ最後は全員デッドエンドなんだし。――そう漏らしそうになって、妹紅は唇をきつく閉じた。そんな心の声はしっかり慧音に届いていたので、久々の膝枕から身を起こす。

 

「ハッピーエンドの後日談、私は好きだな。直後に不幸になってしまうのなら、それはハッピーエンドではないと思うよ」

「直後ってどれくらいの期間? 一年? 十年? 百年?」

「妹紅はイジワルだ」

 

 たしなめられたので、妹紅は逃げるように顔をそむけてしまった。

 聖杯戦争の直後、バーサーカーが穏やかでいるのだから、きっと巧く行ったと思ってきた。けれどそれはせいぜい、大聖杯の撒き散らす"泥"からマスターを守れたという程度の意味でしかない。

 だから実のところ――ハッピーエンドで終わったのかどうかすら、妹紅には知る由も無かったのだ。

 知るのが怖いと、思う自分が居る。

 

「……そろそろ帰らないと。明日からまた、キャスターさんと葛木さんの事で忙しくなるし。じゃあ妹紅、またな」

 

 慧音は靴を履いて庭に下りると、てくてくと歩き出す。

 あまり長引かせても意固地になりそうだという判断もあったが、実際、明日から忙しくなりそうなのであまり長居もできないのだ。膝枕のおかげで活力は十分得られたし。

 そんな慧音の背中に、妹紅はためらいがちに声をかけた。

 

「――――そのうち、顔を出すよ」

 

 特に期日を決めていない、逃げの姿勢の言葉である。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 それから数日が経って――。

 葛木宗一郎は寺子屋の新人教師となり、外の世界の知識も交えつつ授業を行うようになった。

 同僚の上白沢慧音は今までキャスターの面倒を見てくれた恩人であり、関係は良好。キャスターも慧音相手ならば妙な嫉妬をする事もせず、内職や寺子屋の下働きなどで家計を支え、まず長屋の家賃をしっかり払う事から始めようとした。

 まだまだ足りないものばかりだが、宗一郎と力を合わせ、歩幅を合わせ、寄り添っての生活は充実したものだった。

 

「慧音先生、お疲れ様」

「キャスターさん、葛木先生を迎えに? 相変わらず仲睦まじいな」

 

 その日、キャスターは宗一郎を迎えに寺子屋を訪れていた。

 日没が遅い夏場、授業を終えてもまだ空は青々としているが、日本特有のジメジメした暑さはつらい。――が、キャスターは自分の衣服に暑さ除けの魔術をかけているので平気だった。

 慧音から宗一郎の教師としての働きっぷりを聞かされ、ちょっと融通が利かないところがあって困るなどと言われていたところに、後片づけを終えた宗一郎がやって来た。

 慧音に挨拶をすると、二人はともに長屋へと帰る。

 まだ正式に結婚した訳ではないが、人里の面々からは外来人の若夫婦として認識されていた。

 そうして、長屋に到着すると――。

 

「――久し振り」

「――どうも、こんにちは」

 

 なぜか戸口の前で、ポニーテール姿の藤原妹紅と、眼鏡に黒いベストとスカートを着用したライダーが並んで待っていた。

 夫婦二人の時間に訪ねてこられて、キャスターの眉がピクピクと引きつる。

 そのかたわらで葛木が淡々と口を開いた。

 

「藤原妹紅か、おおよそ半年ぶりだな」

「――名乗ったっけ?」

「キャスターと上白沢先生から話は聞いている。こちらでキャスターが世話になったそうだな」

「世話を焼いたのは慧音とア……。まあ、だいたい慧音だ。気にするな」

「そうか。まあ上がれ。用があるのだろう?」

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 藤原妹紅は気の迷いから葛木宅を訪ねるのをためらっていたが、生活が落ち着くまで待ってやっていたと言い訳をした。

 紅魔館住まいかつ、人里や他のサーヴァントとの交流が浅いライダーは、今日になってようやく葛木宗一郎の幻想入りを知り、急いで駆けつけてきたそうだ。彼女もまた、訊ねたい事があった。

 

 慧音から寺子屋の不用品として分けてもらった使い古しの座布団を並べて妹紅とライダーを座らせ、対面にて葛木が姿勢のいい正座をする。

 キャスターはいったい何が始まるのか不安になりながら、もてなすための粗茶を入れていた。湯呑みはアーチャーが古道具屋からもらってきたもので、特に価値は無い。

 

「――とりあえず、ライダーから質問したら?」

「よろしいのですか? キャスターの家に先に到着したのは貴女ですが」

「葛木がいるって聞いて駆けつけてきたんだろ? じゃ、そっちが先でいいよ」

「…………では、お言葉に甘えて」

 

 安い長屋なので台所と居間は繋がっているし、寝室が別にある訳でもない。夜になったら居間にせんべい布団を敷いて寝る。そんなプライベート空間にて、妹紅とライダーは用件の譲り合いを終えた。

 

「……葛木宗一郎。貴方は間桐慎二や衛宮士郎の通う学校で、教師をしていたはずです」

「そうだな。それがどうかしたか」

「間桐…………桜という生徒を、ご存知ですか」

 

 その質問に意外そうな反応をしたのは妹紅だった。

 しかし構わず宗一郎は答える。

 

「ああ。彼女がどうかしたか?」

「少々、縁がありまして。聖杯戦争終結後、彼女が元気にしているか気がかりだったのです」

「ふむ。……療養を終え、以前通り学校に通っていたな」

「……そうですか」

「…………しかし彼女と親しい藤村先生が言うには、以前よりだいぶ明るくなったようだ。どうも家庭環境が改善されたらしく、家族の話をよくするようになったらしい」

「――ッ! それは本当ですか」

「ああ」

 

 その言葉に、ライダーは安堵の息を吐く。

 ずっと気がかりだった問題が、とうとう解消されたのだ。

 一方妹紅はどこか不満気だ。

 

「なんだ、私の言ったコト信じてなかったのか?」

「……正直、貴女の事はよく知りませんので……どこまで信じていいものかと」

「葛木の言葉なら信じるのかよ」

「桜は……藤村という教師を慕っていましたから」

 

 確かに桜ちゃんと2回しか顔を合わせていない妹紅より、常日頃から親しくしていた相手の発言の方が信憑性が得られるだろう。たとえ又聞きだったとしてもだ。

 

「ただ兄の間桐慎二は、妹の変化に戸惑っているようだったな」

「なにい!? 慎二の奴、生きてたのか!?」

 

 宗一郎の補足に妹紅が大声で驚いた。てっきり自分が焼き殺してたか、瓦礫に埋めてしまったものかと。臓硯の孫とはいえ慎二だから別にいいかと自分に言い聞かせていたのに。

 

「ちょっと。壁が薄いんだから、あまり大声を出さないでくれる?」

 

 お茶を入れ終えたキャスターは、まず宗一郎にお茶を出し、次に客二人、最後に宗一郎の隣に座る自分の席の前へと置いた。

 客が用事があるのは宗一郎だが、キャスターとしては親しくもない女を近づけさせたくない。

 ただ――そういう意味で、藤原妹紅に抱く感情が複雑だった。

 だって、彼女は……。

 

「ライダーの質問は終わりか? じゃ、次は私だな。……衛宮士郎。あいつんち、どうなってるか分かる?」

「生徒のプライベートまで把握している訳ではないが、一成から多少、聞いてはいる」

「一成?」

「柳洞寺の次男で、衛宮の友人だ。……何やら家族が増えて難儀しているらしい。曰く、遠坂と同じ魔性の娘が増えたと」

「魔性……」

「帰宅時間も早くなり、以前のように仕事を手伝ってもらえないと言っていたな」

「…………そうか」

 

 心当たりがたっぷりあるらしく、妹紅は湯呑を手に取り口元を隠しながら苦笑した。目元が笑っているのでバレバレである。聖杯よりマスター派の女サーヴァント二人にとっては特に。

 

「ああ――――安心した」

 

 希望的観測しか伝えられなかった彼の代わりに、藤原妹紅は以前聞いた言葉を吐き出した。

 これで妹紅も肩の荷が下りた。確認にも行けず、確認する方法も無く、穏やかなバーサーカーを見て大丈夫だと楽観するだけの日々もようやく終わった。

 茶をすすり、安堵を味わう妹紅。

 葛木も湯呑に手を伸ばし、ふと思い出して言葉を続ける。

 

「それと家政婦も二人雇ったらしく、商店街で挨拶をした事がある」

「…………ん?」

「お前のように白い髪をした西洋人の女性の二人組だった」

「ブフォッ!?」

 

 茶が変なところに入ってしまう妹紅。

 口元に手を当て、見ていて苦しくなるくらい咳き込んでしまった。

 宗一郎様との部屋を汚さないで欲しい。キャスターは真摯に思う。

 しばらくして咳が収まった妹紅は、ポツリと呟いた。

 

「――――そうか。生きてたのか」

 

 うつむいたまま、決して表情を見せようとせず――小さく肩を震わせている。

 生きていた、という言葉だけで幾ばくかの事情を察したキャスターは、幻想郷に来てから妹紅に言われた言葉を思い出す。

 

『お前のマスター、葛木宗一郎って奴だろ? 殺さず敗退させておいたから安心しろ』

 

 ――――よかった。生きていたのですね。

 

 そんな風にキャスターも思ったのだ。だから彼女はハンカチを取り出すと、そっと、妹紅の顔の前に差し出した。

 ハンカチを受け取った少女はまず口元を抑えると、軽く目元にも当ててから身体を起こす。

 

「んっ、ありがと」

「――どういたしまして」

 

 こうして、二人の来客の用事は円満と言える形で終わりを迎えた。

 

 

 

       ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 空はまだ明るいが、長屋のあちこちから料理の音や匂いが漂ってくる。

 妹紅とライダーが外に出ると、キャスターが見送りに来て、妹紅に小さく会釈した。

 

「お礼を言いそびれていたわね。――ありがとう。あの人を見逃してくれて」

「いいさ。こっちも色々聞かせてもらえた」

「それと、ちゃんと働き出して分かったのだけど……こないだ慧音先生から頂いたお給金、私がした仕事に比べて、やけに額が多かったのよね。もしかして――」

「私じゃないぞ」

 

 遮るように言い切った妹紅は、少しためらってから言葉を続けた。

 

「アサシンの奴も心配してたぞ。顔を合わせたら挨拶くらいしてやれ」

「……ええ。覚えておくわ」

 

 どうやら、そちらが犯人のようだ。

 キャスターは少しだけ驚いてから、穏やかな笑みを浮かべて二人を見送った。

 

 

 

 妹紅とライダーは連れ立って人里を歩く。

 お互い、外の世界の心残りを解消してスッキリしていた。

 

「なんだかんだ、サーヴァントも幻想郷に馴染んだな」

「私は紅魔館暮らしなのであまり分かりませんが」

「馴染んでるよ」

 

 妹紅はうんと背伸びをする。20cm以上の差がある長身のライダーは、その様子を羨ましげに見ていた。やはり女の子は小さい方が可愛いのだ。

 通りに出ればあちらこちらから食べ物の匂いが漂ってきて、食欲を刺激する。ライダーは妹紅の首筋を眺めた。吸血鬼は不死者の血に興味が無いようだが……。

 

「飯時か。ライダーはどうする?」

「えっ? ああ、いえ、私は紅魔館で頂きますから」

「そうか。私も家で食べようかな? 旦那にも早く教えてやりたいし」

「…………よくバーサーカーと一緒に生活できますね。潰されたりしません?」

「しないよ」

 

 そんなうっかりをするほど危険なサーヴァントだったら、イリヤの隣になんていられない。

 ライダーとも別れた妹紅は、一人でブラブラと通りを歩き、今日の夕飯をどうするか思案する。

 

「…………セラ、リズ」

 

 結局、約束のステーキとパインサラダは食べられなかった。まあ、イリヤこそ守り通したもののアインツベルン城はあの有り様。ご馳走抜きにされても仕方ないか。

 それはそれとして、食べたいな、ステーキとパインサラダ。パイナップルは城で食べた事があるけれど、あれをサラダにするっていうのは想像がつかない。紅魔館のメイドに頼めば作ってもらえるだろうか?

 などと考えていると――茶屋でアルバイトをしているランサーを見つけた。

 

 アーチャーは衛宮切嗣の一件以来、なぜか棘が抜けたように思う。

 アサシンは自由を満喫しているし、燕に対抗心を燃やして楽しそうだ。

 ライダーは紅魔館での生活に馴染んでいる。

 バーサーカーはいつも通り。

 キャスターもようやく新しい生活を始められ、毎日が充実しているようだ。

 ランサーはどうなのだろう? バゼットの一件以来、少し気が抜けたように思える。

 

 そういえば、バゼットとの決着はつけたが、ランサーとはまだだった。

 別に争う理由なんかもう無いのだけど――。

 

「…………………………」

 

 妹紅は茶屋に入った。

 

「いらっしゃいませー。って、アヴェンジャーじゃねぇか。まあいいや、奥の席に行きな。注文は決まってるか?」

「ああ」

 

 ニッと、攻撃的な笑みを浮かべて。

 

「終わったらツラ貸せ」

 

 つい、喧嘩を売ってしまった。

 

 

 

       ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツ。半年ほど行方不明になり、魔術協会からはすでに死亡扱いされていた彼女は、復帰のため幾つもの手順を必要とした。

 

 ランサーと一緒に過ごした嘆息の七日間。

 アンリマユと一緒に過ごした幾つもの夜の聖杯戦争。

 耳につけられたイヤリングを『新しい腕』でそっと撫でる。

 

 アインツベルンにいたアヴェンジャー。

 夢の中で一緒に戦ったアヴェンジャー。

 二人は違うものだと分かる。

 そして自分の最初のサーヴァント、ランサー……。

 彼から、何かを、託された気がする。

 

「それで、話っていうのは?」

 

 衛宮邸の居間にて、家主の妹となった少女イリヤスフィールがつまらなそうな顔で訊ねてきた。台所では私服メイドのセラが夕食の国産和牛ステーキとパインサラダの準備をしながら聞き耳を立てており、部屋の隅では私服警備員リズが扇風機の前に寝転がっている。

 ――何かあればすぐ分かる位置に控えていると言い換えてもいい。

 虎穴の中、大人しく正座しているバゼットではあるが、魔術協会の執行者である彼女にとってこの程度の虎穴など脅威にもならない。

 だが、別に騒動を起こしにきた訳ではない。

 

「……聖杯戦争で何があったのかを、改めて聞きたいと思いまして」

「……報告はすませてるし、教会のシスターに聞けば分かるでしょ?」

「貴女から聞きたいのです。あのアヴェンジャーのマスターであった貴女の口から」

 

 イリヤは胡散臭そうに目を細めた。

 それは当然だ。話していい事はカレンに話し終えている。これ以上となると魔術の家系の内情や手札といった、秘匿して当然の事柄に言及しなくてはならない。

 サーヴァントの真名はもちろん、クラスですら報告する義務は無い。

 

「アインツベルンがインチキしたって疑ってる訳ね。生憎、監督役は問題ないと判断したわ」

「いえ、そうではないのです。ただ……」

 

 ランサーはアヴェンジャーを好敵手を認め、バゼットと共に倒すと約束した。

 そしてバゼットの退場後も、聖杯戦争を続けたと聞いている。ならば――。

 

「ランサーは最後まで戦い抜いたのか、アヴェンジャーとの決着をつける事はできたのか。せめてそれだけでも確かめておきたいのです」

 

 夢の中で更に見た夢の中で、バゼットは醜態を晒し尽くしたとはいえ、アヴェンジャーと決着をつけた。無様な敗北ではあったが――生き残った。

 ランサーはどうだったのだろう?

 本当にただそれだけが、気がかりだった。

 

「――ランサーはアーチャーと相討ちになって消えた。最後の戦いでアインツベルンのサーヴァントは消滅して、セイバーが生き残った。わたしが見ていたのは自分のサーヴァントの戦いだったから、ランサーとアーチャーがどんな風に戦ったかは知らない」

「……そう……ですか」

 

 では叶わなかったのか。アヴェンジャーとの決着は。

 バゼットはうつむきながら、耳元のイヤリングを撫でる。

 ――ランサーとアヴェンジャーが一緒に居た神社の光景。

 たとえあれがただの夢だったとしても、せめて夢の中でも構わないから、彼が約束を果たせればいいと思った。

 そして願わくば、彼の勝利を――。

 

「まあ……アヴェンジャーには色々と枷をつけて戦わせちゃったから、それさえ無ければアヴェンジャーの勝ちよね」

 

 が、イリヤはあっけらかんと言ってのける。

 殊勝な気持ちになっていたバゼットはムッと顔をしかめた。

 

「何を言います。ランサーはアヴェンジャー対策を講じていました。次に戦えば、勝つのは彼だったはずです」

「わたしのアヴェンジャーは不死身なの。宝具が通じなかったのを忘れたのかしら?」

「私の拳は通用していました。ランサーなら攻略法を見抜き、対処できるはずです」

「フンッ。アヴェンジャーはランサーの足止めを突破したわ! アヴェンジャーの勝ちよ!」

「つまり、ランサーを倒さずアーチャーに任せたという事ですよね? 勝てるならなぜ戦わなかったのです?」

「あの時は色々……急いでたから仕方なかったし……」

「そもそも状況がよく分かりません。アヴェンジャーとアーチャーは組んでいたのですか? そしてアヴェンジャーとセイバーが戦って、アヴェンジャーが敗れたと? ならば別に不死身という訳ではありませんよね」

「あ、あれは戦って負けた訳じゃないもの! それにアヴェンジャーとランサー両方能力をちゃんと把握してるわたしが、アヴェンジャーが勝つって言ってるのよ? 信じなさい!」

「ムッ。貴女がランサーの能力を把握していると?」

「そうよ。だってあいつ一時的にわたしと組んだし、お寿司だってご馳走したんだから」

「く、組んだ!? 貴女がランサーと!? ……えっ? ではランサーの足止めを突破したアヴェンジャーとは、貴女を裏切ったのですか?」

「裏切ってないもん! ちょっと方向性が違っただけだもん!」

「ますますもって分かりません! いったい何があったんですか聖杯戦争!?」

 

 こうして――聖杯戦争の結果があまりにも不透明なため、十年後、聖杯戦争を復活させようとする勢力が魔術協会に現れてしまう。

 遠坂凛と衛宮士郎は、時計塔のロード・エルメロイ二世と協力して、聖杯戦争復活を阻止しつつ聖杯を解体しようと奮闘する事になる。

 そうなれば必然的に小聖杯イリヤも巻き込まれ、前任者バゼットも全盛期を迎えた状態で関わってきたりするのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 そして、今の話は――二人のマスターが関与しない場所に、二人のサーヴァントが居る。

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンのサーヴァント、偽アヴェンジャー。

 第三魔法体現者、蓬莱の人の形、藤原妹紅。

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツのサーヴァント、ランサー。

 クランの猛犬、光の御子、クー・フーリン。

 

 あるいは約束のため。

 あるいは挟持のため。

 あるいは意地のため。

 あるいは気まぐれのため。

 あるいはマスターのため。

 あるいは自分自身のため。

 あるいはライバルのため。

 

 冬の森で出遭った二人の遠回りな道のりが、夏の幻想郷で重なろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 




 妄想、第六次聖杯戦争!
 聖杯戦争復活を阻止できず、魔術協会の野郎どもがサーヴァント召喚成功してしまう!



【ケース1】
 打倒アインツベルンを目指すゴルドルフ・ムジーク(Apocryphaで"黒"のセイバーのマスターになったゴルド・ムジークの息子さん、FGOではカルデアの新所長を務める愛されキャラ)の召喚したセイバーは何とニーベルンゲンの歌に謳われる英雄『ジークフリート』と来たもんだ。
 防御系宝具パワーでどんな攻撃を真正面から受けてもびくともしない!
 竜殺しの魔剣も火力抜群! 強いぞ凄いぞジークフリート!

 ゴルドルフさんは冷徹な魔術師(笑)らしく、アインツベルンの娘をマスターにさせまいと追い詰めるぞ。流石にセイバーが優秀なので圧倒的。ドヤ顔を決めつつ降参するよう忠告する。
 追い詰められたイリヤは苦肉の策で詠唱も触媒も召喚陣も無しに――――。
 赤々とした輝き!
 燃え盛る炎の翼!
 現れたそのサーヴァントは…………。

「バーサーカー、霊烏路空! 召喚に応じたよ!」
「誰よ!? そこはモコウかバーサーカーが召喚されるべきでしょ!?」
「あの太っちょとセイバーを排除すればいいのね? 核熱――ニュークリアフュージョン!!」

 20XX年――冬木は、核の炎に包まれた!
 それもこれもガス会社のせいなんだ!




【ケース2】
 時計塔で修行してパワーアップした凛ちゃんもサーヴァントを召喚して対抗するぞ!
 ランサーを引いたと思ったらなんかその……"うっかり"のせいで混線したらしくて、ちっちゃい吸血鬼のお嬢様がやって来てしまって……。
 スピア・ザ・グングニル! ――オーディンの幼女化!? またやってくれたな型月!
 でもゴルドルフさんのセイバーからなんかグングニルと違うって言われちゃうんだ。まあ弾幕をぶん投げてるだけだからね。
 さらに固有結界『紅色の幻想郷』で紅魔館とその住人達を召喚するぞ! なんかペガサスに乗って張り切ってる子もいますね。間桐家の新当主さんと共闘しよう。



【ケース3】
 オカルト求めてやって来た通りすがりの秘封倶楽部初代会長、宇佐見菫子。
 偶然と事故が合わさりマスターに選ばれてしまい、やはり通りすがりのゴルドルフさんに保護されながらの珍道中。
 キャスターとしてカセンちゃんあたり召喚する?
 それとも二度と聖杯戦争なんか起こさせないアラヤくたばれとガチギレしてる紫様?
 あるいは妹紅さんとマスター&スレイヴの関係を築いちゃった寝取り狸マミゾウさん?

「へー、そう……モコウはこのタヌキ女のスレイヴになったんだ…………」

 イリヤは激怒した。必ず、かの不死鳥の少女をしばかねばならぬと決意した。
 聖杯戦争そっちのけで修羅場っちゃうアインツベルンの娘と、面白がってからかっちゃうマミゾウ。そして振り回される菫子とゴルドルフさん。
 ご機嫌取りのためゴルドルフさんお手製トロットロのカルボナーラが振る舞われる! しかしライバルはあれから十年の研鑽を積んだ衛宮士郎とセラだぞ。なんてハイレベルな戦いなんだ。



 ――――いかん、ギャグ展開しか思いつかない。
 というか十年後の冬木組とか最盛期バゼットさんとかどう書いたらいいか分かんないよ。
 実はイリヤは肉体の成長も復活してるので、アイリさん似のナイスバディに成長してて、身長もかつてのサーヴァントを追い抜いてるんだ…………いやバーサーカーの方ではなく。
 残念ながらちゃんと読んだ事はないけど漫画の『アーネンエルベの一日』でおっきくなっちゃったイリヤの画像なら見た事ある。モコウより大きい!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。