夏の幻想郷――。
冬木での聖杯戦争の寒さをすっかり忘れてしまうほどの、暑くて平和な日々。
人里からやや離れた草原で、夕焼けに照らされながら向かい合う二人の姿があった。
アヴェンジャーを騙りし不死身の少女、藤原妹紅。
リボンにした御札で長い
ランサーのクラスで召喚された英雄、クー・フーリン。
動きやすさを重視した蒼い衣を着込み、濡れた血のように輝く朱の魔槍を握りしめている。その精悍な面差しは猛犬の如き勇ましさを備えていた。
「どういう風の吹き回しだアヴェンジャー。サーヴァントが幻想郷で無闇に暴れられねぇのは、テメェも承知だろう」
「お前の宝具は爆発とかしないし平気だろ」
「…………。妖怪の賢者さんに叱られたらどーすんだ」
「自衛はしていいんだろ? 私が喧嘩を売った。買わないなら無抵抗のお前を叩きのめして勝利宣言する」
一方的に言いつけ、妹紅は背中から炎の翼を噴出させた。
ランサーが何を言っても、勝手に戦いを挑んでやるだけだ。
「やれやれ……しまらねぇな。お前との決着がこんな形とは」
「そう? 聖杯戦争と違って余計な縛りはなんにも無い。正真正銘の真っ向勝負よ」
聖杯戦争ではお互い縛りの多い立場だった。
単純に相手の命を奪えばいい、という状況は無かった。他に目的があり、守らねばならない者、進まねばならない場所があった。
「それとも――私対策のルーン石をあっちこっち仕込んでなきゃ戦えないか? なんなら仕切り直してやっても構わないが」
もっともそれを受けた場合、こっちも色々準備しちゃう訳だが。
事前にルーン石を配置しておくのがありならこっちだって発火符や落とし穴(竹槍つき)を設置するなど幾らでも悪辣になれる。
だがクランの猛犬は獰猛に笑って見せた。
「ほざけ。喧嘩を売られた今この瞬間が、俺達の戦場だ」
「よぉし、それでこそランサーだ。私が立ち上がれないくらい殺し尽くされたら負けを認めてやるぜ。だけど私が勝ったら――」
ビシっとランサーを指さしながら、藤原妹紅は高らかに告げる。
「お前には
ランサーは結構シリアスなつもりだったので、ガクッと力が抜けてしまった。
そして幻想郷に馴染んだが故に、その注文の無茶っぷりを理解して怒声を返す。
「アホか!? そんなもんステーキはともかく、パイナップルなんて幻想郷じゃれっきとした外来品じゃねーか!? 値段が幾らすると思ってやがる!」
「イヤなら勝て」
「テメェまさか、俺との決着よりソレが目当てじゃねぇだろうな!?」
「
「言い切ってんじゃねぇよッ!!」
私にデレ期は無いのポーズで言ってのける妹紅と、ツッコミのポーズを取るランサー。
余計な縛り無しの真っ向勝負だというのに、賭けられたのはしょーもないものすぎる。
――あいつらが無事だった祝杯代わりのおねだりだとか。
――春のぐだぐだモードの時に食べ損なわせてたなとか。
そういった事はお互い口にしない。恥ずかしいし。
こうして、妹紅とランサーの最終決戦はぐだぐだと始まるのだった。
◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「先手必勝、鳳翼天翔!」
などと言いながら火の鳥を放ったものの、今更こんな雑な攻撃が通じるとは思っていない。ランサーが疾駆しながら槍で火の鳥を払い除けている間に、妹紅は素早く飛翔してがむしゃらに炎の雨を降らせた。
さすがに槍一本では手数が足りず、矢避けの加護もこれほどの面制圧をされてはしのげない。ランサーも草原を駆け回って回避に専念する。
「チッ――金ピカの時より激しいんじゃねえか!?」
「マスターを巻き込む心配が無いからな!」
「そりゃそうだ!」
武芸と敏捷の磨き抜かれた槍兵には軽口を叩く余裕があったが、しかし、地面に着弾した炎は火柱となって渦巻き、戦場は体力を奪う灼熱地獄へと変貌していく。
さらに踊り狂う炎に紛れて妹紅は太陽の中へと姿をくらました。
だがランサーは即座に西日を睨むと、左手を腰の後ろに回して隠す。ギルガメッシュ戦でも使った戦術、読まれていたか。
妹紅は没する寸前の太陽を背にし、高熱の火球が数十という規模で放つ。まるで沈みかけた太陽が無数に分裂して迫るかのように。
「フェニックスの尾!! 壁のように押し寄せる多重構造の炎の弾幕、どうしのぐ!?」
「こうしのぐんだよ!!」
ランサーの左手が振り払われ、4つほどの石ころがばら撒かれる。
迫り行く不死の炎は石に近づいた瞬間、呆気なく四散して宙に消えた。
「火除けの!?」
ルーン石――――用意してたのか。
急に思い至って勝負を挑んだ手前、やっぱり準備期間を設けていいぞなんて様にならないからと考えていたが、どうやら向こうも普段から期待していたらしい。
妹紅は嬉しくなって、ランサーに向かって突進しながら両手を腰の後ろに隠した。
迎え撃つべく、地面に落ちたルーン石によって構築した火除けの結界の中でランサーが構える。
だが、サプライズならこっちだって用意している。
「そらっ!」
火の粉が舞う中ありったけの短剣を取り出し、一斉に投擲する。いったいどこに収納していて、何でそんないっぱい同時に投げられるんだという技量だが、これくらい弾幕少女の嗜みだ。
短剣はそれぞれ、地面に落ちているルーン石を的確に狙い撃っていく。
「――ッ!」
火除けのルーンを刻んだルーン石に次々に突き刺さり亀裂を走らせた挙げ句、過剰に投げた短剣はルーン石の近くの地面に突き刺さっており、その手元には発火符が巻かれていた。――ランサーのアルバイトが終わるまでの間、せこせこ作った甲斐があった。
赤墨で書かれた模様が発光し、爆発して駄目押しを加える。炎は防げても、割れたところに爆風を浴びたらどうだ。妹紅の狙い通り、ルーン石は砕け散ってその効力を失っていく。
ランサーはこれは不味いと素早く後方へと飛び退いた。
妹紅は追撃をかけるべく両手に火力を集中させる。
「半年もあれば対策くらい自然と思いつく! あの時は物資不足だったしな!」
前回はこちらの戦術が読まれていた。
今回はこちらがランサーの戦術を読んで攻略する番だ。
「
このタイミングじゃ直撃は狙えない。ならばとランサーの足元目掛けて投げつける。
紅蓮の大玉は大地に衝突するやドーム状に燃え広がり、強烈な熱気を撒き散らした。同時に火炎フィールドの熱気も、客を愉しませようと盛り上がっていく。
「なるほど――まずは足を潰そうってか」
「ご名答。さあ、どうするランサー!」
初戦の時点でランサーの機動力を評価し、足を焼いてやった。
バゼットとの再戦も逃げ回られては面倒と、足を焼いてやった。
空を飛べない敵が相手なら、足を焼けば弾幕で料理し放題。至極単純な理屈である。
ランサーの蒼衣は、足元がすでにチリチリと焦げ始めていた。このまま持久戦に持ち込んで弱らせて、強力なスペルをぶち込んでやればいい。
「ったく――だいたい、幻想郷の連中はどいつもこいつも空を飛び回りながら弾ばっか撃ってきやがって。刃を交えようって気はねーのか?」
「こういうスタイルが主流なんだからしょうがないだろ。それに足止めの必要が無けりゃ、近接戦につき合ってやる必要もない! 悔しかったらお前も空の飛び方くらい覚えろ!」
槍の届かぬ間合いから、槍の届かぬ空の上から、一方的な弾幕遊戯に勤しむ妹紅。
両手を交互に突き出しながら、次々に火炎弾を連射して追い詰める。ランサーはまだ炎に焼かれていない安全地帯へと逃げ込みながら、ニヤリと唇を歪ませた。
「なら――俺も
急ブレーキをかけて踵で地面を削ったランサーは、即座に妹紅へと向かい直して駆け抜ける。
ジャンプして飛びかかってくる気か。そんなの一度回避してしまえば的でしかないし、いっそ槍を受け止めて自爆に巻き込んでやってもいい。
このような遠距離戦を挑んでいるのは、もはや自爆攻撃を叩き込むのが困難な相手と分かっているからこそ。しかしみずから飛び込んでくれるなら――。
ランサーが跳躍し、槍を振りかざす。
受け止めて自爆してやろうと思い妹紅はむしろ前に飛び出すが、ランサーの槍を持つ構えに違和感を抱く。
「突き穿て、死翔の槍よ!!!」
槍を逆手に握りしめた手が全力で振り抜かれ、槍を手放す。投擲だ。
宝具の真名こそ解放されていないが、強力な魔力をまとい超高速で迫ってきている。
受ける気で飛び出していた妹紅にはもう、回避する暇など無かった。通常の弾幕ごっこではありえない、被弾歓迎の戦術を狙い撃たれてしまった。
「ガッ――!?」
槍は妹紅の胸部をぶち抜くと同時に周囲の骨肉を削ぎ落とし、首の付根までズタズタに引き裂いた。もし真名を解放し対軍宝具として放っていたらこれだけではすまない。
胴体と首の皮のみで繋がっているような状態と化した妹紅は、瞳孔を開いたままランサーを睨み返す。
一方、ゲイ・ボルクはそのまま宙を翔けていくかと思いきや、獲物を仕留め終えたのを自覚して軌道を変更し、弧を描いてランサーの手元へと戻っていった。
着地と同時にランサーは朱槍をキャッチし、妹紅の肉体へと疾駆する。
「その状態で自爆はできまい! 嬲る趣味は無いが、お前相手じゃそうもいかねぇよなァッ!」
ゲイ・ボルクでも殺し尽くせぬ不死の生命。しかしその体力が有限なれば、死体を引き裂いてでも削り尽くさねばならない。
朱槍を握り直したランサーは、妹紅の頭部を真っ二つに切り裂いた。
赤い血肉と灰色の脳みそが一瞬だけあらわになるも、それらは即座に光の粒子となり他の肉体もろとも消失する。
ランサーは妹紅の復元位置を警戒して油断なく構えた。
光は――ランサーの周囲で輝き――。
「ッ!? しまった――――!」
フェニックスのオーラとなって、ランサーにまとわりついた。
即座にフェニックスの翼から無数の火炎弾が吐き出される。
即座にランサーは前方に向かって駆け出す。
炎は後方へと流れていく、しかし炎の射出装置はピッタリとくっついたまま離れない。
種明かしを受けた後のキャスターや、数多の宝具を持つギルガメッシュが相手ならともかく――他のサーヴァントに、この無敵状態に干渉する手段は無い。
憑依したまま妹紅の魂はほくそ笑んだ。これでもう、雌雄は決したと。
西の空はすでに暗くなっており、夜の帳が下りていた。
少しは聖杯戦争延長戦らしくなってきただろうか? お日様が出てる間は戦っちゃいけない――なんて言われてた事もあった。
夕焼けのような少女は、青空のような騎士に憑依し、容赦ない火炎弾幕を続けている。光弾を使わないのは矢避けの加護に引っかかるからだろう。
至近距離での火炎弾幕を避け切るなど困難極まるが、ランサーはそれをやってのけていた。
ランサーを狙って撃てば、その俊足によって回避される。
ならばと進行方向に偏差射撃をすれば、直角にカーブして鮮やかに回避する。
避けきれない弾だけを槍で振り払う。
そのようにしてランサーは防戦一方となりながらも、まったくあきらめる気配を見せない。
(……何だ? 根比べかと思ったが、さっきから西に向かって逃げている)
沈んでしまった夕日を追いかけるよう、ランサーはひたすら走っていた。
不審に思いながらも火炎弾幕を続ける。直撃はできなくとも爆風や熱気は着実にランサーの体力を削っている。ハメ技のようで釈然としない気持ちもあるが、相手がランサーならそういう気遣いは失礼だろう。このまま続けさせてもらう。
ランサーは小高い丘のてっぺんまで行くと、思いっ切り跳躍して――黄色い海へと飛び込んだ。
宵闇の中、一面に広がっているのは向日葵。
美しき太陽の畑が、ランサーのまとう篝火によって照らし出された。
(ゲッ!?)
慌てて火炎弾幕を中止すると、ランサーは悠々と向日葵畑の中にある小道へと着地し、してやったりとばかりに笑みを浮かべた。
「どうしたアヴェンジャー。まさかもう体力切れか?」
応じるように妹紅は憑依状態を解除すると、ボリュームたっぷりのポニーテールをなびかせながら肉体を復元させ、ランサーの前方数メートルの位置に降り立った。
「……そう来るか」
「フッ。ご存知、ここは太陽の畑。あの凶暴極まる妖怪、風見幽香のテリトリーだ。向日葵一本でも燃やしたら……後が怖いぜ?」
まさかこんな手で無敵のパゼストバイフェニックスを封じられるとは。
護衛対象のいない喧嘩なら気にせず使えると思っていたのに、ランサーは迷わず太陽の畑に逃げ込んだ。恐らくバゼット相手に使った時からパゼストバイフェニックス対策を考えていたのだ。
――他にも人里に逃げ込むとか、博麗神社の本殿に飛び込むとか、流れ弾で騒ぎになる場所でも代用できる作戦でもある。戦士の誇りを持つランサーだからこそそういった場は選ばず、そんなランサーに選ばれてしまうのが太陽の畑だった。
手のうちを晒せば対処してくる。まったく、英雄ってのは大したものだ。
道は長く続いているが、幅は1~2メートル程度しかない。
狭い、が、ランサーほどの腕前ならそれでも槍を振るえるだろう。
妹紅は迂闊に弾幕を放てば周囲の向日葵を焼きかねない。
ならば細く、鋭く――!!
「土爪、ウー!」
一瞬で身を屈ませ、地面をすくい上げるようにして腕を振るう。
途端に三筋の火線が道に沿って直進し、向日葵の黄色い色合いを鮮やかに照らし出した。
ランサーはニッと笑うと半身になって疾駆し、三本の火爪の合間を一瞬で潜り抜けて朱槍を突き出す。心臓を狙う事もできたはずだ。だがえぐられたのは左の脇腹。
「グホッ……!?」
そういえばイリヤがランサーにアドバイスした際、削るのを優先しなさいとか言っていた。
確かに一瞬で殺されるより、嬲られる方がつらい。
苦痛に喘いでいる間に第二、第三の攻撃が妹紅を攻め立てる。
続けざまに左頬から左眼にかけて切り上げられて視界の半分を喪失すると同時に、治癒阻害の呪いが傷口をジクジクと痛めつける。さらに槍の石突が振り下ろされて右膝の皿を砕いた。激痛の叫びを無理やり食いしばって抑えつけるも身体は崩れ落ちてしまう。だが割れた膝が地に着くより早く、ランサーは左手で妹紅の首を鷲掴みにして支え、力いっぱい握りしめてきた。
「ガ……ハッ……!」
窒息の苦悶に喘ぎながら体内の妖力を練って爆発しようとした瞬間、首を掴む手が持ち上げられたかと思うや上下が反転し、ランサーの酷薄な表情が見え、頭から地面へと投げ落とされた。
頭蓋を走る衝撃は意識を白濁させ、練っていた妖力が四散してしまう。
空白の隙にランサーの焦げた爪先が妹紅の鼻っ柱に食い込んだ。
(士郎は蹴らなかったぞこの野郎)
なんて愚痴を浮かべながらふっ飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。
こういう痛めつける戦いはランサーの主義に反するのだろう。だがそれをわざわざやってくるのは、妹紅との決着をしっかりつけよう心の表れ。
生憎、この状況でそれを嬉しく思う余裕は無い。
本気の戦いをやらせてやろうとしていたはずなのに、大人気なく本気を出してんじゃないという身勝手な怒りがふつふつと沸き立つ。
ようやく肉体の爆散に成功した妹紅は同時にバックステップで距離を取り、すでにランサーは槍を突き出しながら迫ってきており、両手をかざして迎撃する。
「サンジェルマンの忠告!」
一点集中の火炎放射を、向日葵畑の小道に沿って繰り出す。
これならば槍で振り払っても後から続く炎に焼かれて大ダメージを負ってしまう。
閉所での戦闘、有利になるのはそっちだけではない。
「チッ」
ランサーは舌打ちをしながら後方へと高く跳躍して回避する。
即座に妹紅は腕を振り上げ、火炎放射の軌道を空へと向けた。
「うおおっ――」
「燃えろぉ!」
炎の勢いに押されて、ランサーは空高く吹き飛ばされる。
ようやく炎を直撃させてやった。だが、あまりに咄嗟の反撃だったため溜めが足りない。
ランサーを見失わないよう炎を消して目を見張れば、やはりランサーは無事のまま、太陽の畑の外側に立っている木に突っ込んでいるところだった。
葉の生い茂った枝をへし折りながら地面に落下して転がる。
体勢を立て直す暇なんか与えてやるもんかと、妹紅はすぐさま飛翔。向日葵を焼かない高度になるや背中に炎の翼を生やして噴射させ、あっという間にランサーに肉薄する。
火爪と自爆の多段攻撃をぶち込んでやる。
そう決意した妹紅に向かって、ランサーは起き上がると同時に何かを投げつけた。
咄嗟に火爪を振るう。――木の枝だ。
攻撃の手段だと勘違いしたので火爪の威力が空回りしてバランスを崩し、即座にランサーの蹴りが妹紅の腹に突き刺さる。内臓を揺さぶられる気持ち悪さは呼吸を一時的に停止させた。
先程ランサーが突っ切った木の幹に叩きつけられた妹紅は反射的に枝を掴み、へし折りながら振り払った。瞬間、ひらりと待った木の葉が炎上し、手裏剣のように回転しながらランサーに向かって飛来する。
即席スペル、葉っぱ発破――といったところか。
すでに立ち上がっていたランサーは槍を回転させた風圧で木の葉を跳ね飛ばすと、またもや妹紅に肉薄し槍を振るった。
両手両足の付け根を的確に切り込まれて出血する。筋肉と神経が断裂し身動きが取れず、そのまま木の根っこまでずり落ちていく最中、今度は顔面に膝蹴りを喰らった。
「ングッ――」
前歯をへし折られて口いっぱいに血の味が広がる。血の味は命の味。自分がまだ生きている事がこれでもかとばかりに伝わってくる。
血は命。
命は火。
火は力。
溢れんばかりの熱量を体内で暴発させてやる。
視界の中、ランサーはすでに退避していた。やはり安々と自爆を受けてはくれないか。
木の幹は大きく削れ、真っ黒に焦げてしまった挙げ句、枝の半分は吹き飛んでしまった。
構わず木の上に肉体を再生し、枝の上に乗っかってランサーを見下ろす。
「まったく、女の顔を叩き割るなんて……それでも英霊か」
「俺だって好きでいたぶってんじゃねぇよ。恨むんなら死ねない己が身を呪いやがれ」
「言われずとも恨み恨み恨み尽くして恨み果てたさ。よくも蹴ってくれたな、恨んでやる」
「ケンカ売ってきたのはテメェだろうか、逆恨みしてんじゃねぇよ」
「イヤだ、する」
「ったく、物騒な奴に絡まれたもんだ。こりゃキチッと始末しねぇとな」
楽しいから戦う。楽しむために戦う。
そんな気持ちはお互いにもう尽き果てていた。
聖杯戦争の因縁。
ランサーとバゼットにお返しをしてやるというこだわり。
共にアヴェンジャーを倒そうという約束。
様々な理由を置き去りにして、二人は今、純粋に目の前の敵を倒したいと思っている。
「それでこそだ、ランサー!」
「かかってきな、アヴェンジャー!」
妹紅は再度飛翔し、槍の届かぬ間合いから火炎弾幕を放つ。もう一度足元を焼き払って体力を削りまくってやる。こっちの体力も結構削られてしまった、安全策でも文句は言うな。
ランサーはそれを避けながら即座に石を投げ返してきた。――何かルーン文字が刻まれている。
木の枝に突っ込んだ後、枝だけでなく石ころも拾い、仕込んでいたのだ。
石は力強く発光し妹紅の目を一瞬くらませた。その間にランサーが跳躍して飛びかかってきて、妹紅も火爪を振るって迎撃する。
甲高い音が夜の
火の粉に照らされた妹紅とランサーは、二人そろって歯を剥いて笑い合っていた。
「オラァッ!」
朱槍が旋回し、柄で肩を打ちつけられた妹紅は一足早く地面へと落下する。
頭上から槍を突き出したランサーが降ってくるよりも早く、がむしゃらに地を蹴って落下地点から逃走する。背後で着地音がし、妹紅は全力で身を捩った。
鋭い横の斬撃が肋骨を切り裂き、内側にある生き肝をも破裂させた。
生き肝に溜まった蓬莱の薬が、血しぶきと一緒に散る。
妹紅はニッと笑いながら、さらに身体を横回転させる。独楽のように回りながら全身に炎をまとい、巨大な火柱を巻き起こす。
「これは――!」
「自滅火焔大旋風――!!」
巨大な炎の渦の中に妹紅は身を潜め、圧倒的火力を以てランサーへと迫る。
このスペルを止めたいのであれば体力削りではなく即死を狙うべきだが、姿が見えないのでは狙いが定まらず、迂闊に手を出せば炎に巻かれてしまう。
ランサーはバックステップで距離を取るが、妹紅は地面に焼け跡を刻みながら獰猛に追いかけ続ける。
「クッ――ならばもう一度! 尽き果てるまで殺してやるぞアヴェンジャー!」
ランサーは全力で大地を疾走して距離を離すと、Uターンして火炎竜巻に向かった。
先程も放ったこの宝具、されど朱槍に集う魔力は比較にならない。
燃費に優れ、宝具を連発できるのが彼の強味。しかしこの全力の投槍は違う。渾身の膂力と魔力を込めて放つ全霊の一投。バックアップの無い今、おいそれと連発はできない。
だがアヴェンジャーは高火力の竜巻をまとって姿を隠しており、近づいて突き刺せば反撃を受けてしまうし、投げるとしても正確な居場所が分からなければ敵の眼前で武器を手放す事になる。
ならば対軍宝具の殲滅力で火焔竜巻そのものを吹き飛ばし、その内側に潜む妹紅も全身丸ごと粉微塵にしてやればいい。
宝具を投槍の形で解放には助走をつけた後に全力の投擲が発動条件となっている。移動速度で勝るランサーならば助走距離を稼ぐのは容易。
跳躍し――朱槍を振りかざす。
「
対軍宝具が炸裂する。
聖杯も、マスターも、アラヤも無い。それでもここで退いたら誇りが死ぬ。
音を置き去りにして、朱色の閃光は闇夜を穿つ。マッハ2で飛翔する砲弾の如き一撃は巨大な火焔竜巻を突き破り、あっという間に四散させる。その内側に潜んでいた人間もろとも。
朱槍は大地に衝突して爆音を轟かせ、大地がズシンと一度、大きく揺れた。
火の粉、土煙、魔力光が噴き上がり、これは後で妖怪の賢者様に文句を言われるなとランサーを自嘲させる。
妹紅の姿は跡形もないが、どうせすぐ復活するのだろう。迂闊に近づいてまた憑依されてはたまらないとランサーは慎重に距離を取って手をかざす。
地面に突き刺さっていたゲイ・ボルクが浮かび上がり、回転しながらランサーの手元に向かって戻ってきた。――光の尾を引きながら。
「――――何ッ?」
光が――槍に集まる。
槍に――フェニックスのオーラが生えている。
呪いの朱槍に、真紅のフェニックスが憑依していた。
だがそれが不死鳥の形をしていたのは一瞬の事。またたく間に光は人型に集まって肉体を形成するや、残忍な笑みを浮かべた藤原妹紅が、朱槍を掴んで獰猛な笑みを浮かべていた。
「ランサァァァ――ッ!!」
叫びながら、ライバルの得物である朱槍を振り上げる。
咄嗟にランサーは半身を引いて回避し、鼻先を魔槍の穂先がすり抜けていく。
ザクッと音を立てて槍の先端は地面に突き刺さり、しかし妹紅はその槍を軸にして回転蹴りを繰り出した。ランサーの頬に踵をめり込ませてバランスを崩させた直後、もう片方の足でボディを力いっぱい蹴り上げてやる。
ありったけの勢いと火力を込めた蹴りは女の細脚でありながら、ランサーの肉体を3メートルほどふっ飛ばし――妹紅も槍を持ったまま飛翔して追いかける。
勝利の笑みを浮かべて、猛犬のように睨み返してくるランサーに向け、最後の一撃を放つ。
「凱風快晴飛翔脚――――ッ!!」
的確に鳩尾を狙って、渾身の火力を込めた火脚を叩き込むと同時に背中から炎の翼を全力噴射。バーサーカーの体躯すら揺るがす高火力スペルの一撃によって、ランサーを地面へと叩きつける。
「ガハッ――――」
その衝撃によってランサーの身体は大の字になって跳ね上がり、身動きの取れない空白の時間の間に、朱槍が振り下ろされた。
◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
二人の人影が、夜の中、動きを止めていた。
槍を突き立ててうずくまる妹紅の下で、大の字になったランサーが寝そべっている。
穂先はランサーの首の横の地面に埋まっており、その首筋には一筋の傷がついていた。
先程まで猛獣のような表情だった二人だったが、妹紅はすでに屈託のない子供のような面差しとなっており、ランサーは疲れたように無表情だ。
「――私の勝ちだな」
「――
ランサーが訊ねると、妹紅は槍を離して立ち上がった。
「必要ないだろ。真剣勝負をしたんだから」
「ったく。なんだかんだ、お前も甘いよな」
ランサーも上半身を起こすと、痛む腹を抑えながら苦笑を浮かべた。
結局、バゼットとの約束は果たせなかった事になる。
しかし妙に気持ちがスッキリしていた。
ようやく――彼の聖杯戦争は終わったのかもしれない。
『第二の生を謳歌したいという欲求、あるいは
いつか、妖怪の賢者から聞いた言葉を思い出すと、ふいにランサーの身体が軽くなった。
身体から――魔力の光が昇っていた。
「お、おい。ランサー?」
「あー、負けた負けた。俺もバゼットも、完璧に負けちまったよ。だが――これでもう、心残りも無くなった」
もう、ランサーが幻想郷に居続ける理由も無い。
せっかく幻想郷に馴染んだが、先んじて英霊の"座"に帰らせてもらおう。
「お前の勝ちだ。――じゃあな、
最初で最後、アヴェンジャーの名前を呼んで、ランサーは目を閉じる。
肉体も、精神も、光に溶けて消えていく。
思い通りに行かない事ばかりだったが、此度の召喚、なかなか面白かった――。
「待てい」
ベシンと、妹紅はランサーの頬を叩いた。
いい雰囲気に浸っていたランサーは一瞬目を丸くし、すぐに目を吊り上げて怒鳴り返す。
「何すんだテメェ!」
「それはこっちの台詞だ! 負けた方がステーキとパインサラダおごる約束だろ!?」
「おまっ――本気で言ってたのかよ!?」
「当たり前だよ!?」
お互いビックリして見つめ合う。
ランサーは真剣勝負するための口実のひとつだと思っていた。実際、妹紅も口実のひとつとして口にしたのは否めないが、我ながらナイスアイディアだとも本気で確信していた。
「こちとら旦那のせいで色々入り用なんだよ! 金欠なんだよ! たまには贅沢したいんだよ!」
「知るかバカ! テメェも人里でバイトしろ!」
「コミュ障の私にそんなコトできるか!」
「どこがコミュ障だ!」
実際人付き合いは苦手である。特に一般人相手は。
なんで人間って相手の素性を知りたがるんだろうね? いや、よく知らない奴を雇うのも怖いけどね。物を盗んで逃げるかもしれないし。心当たりがあってつらい。岩笠に謝りたい。
「それにまだ一勝一敗一分だろ!? 中途半端なまま逃げるな!」
「――ああっ!? 俺が二敗一分で負け越してるだろ?」
「ハァッ!? どーゆー計算してんだバカ! まず、森で戦ったのは引き分け。柳洞寺での大乱闘は直接戦った訳じゃないからノーゲーム。士郎とセイバーを逃した時のも同じ扱い」
「柳洞寺での最終決戦――お前は俺という英雄を乗り越えて、先へ進んだ。――お前の勝ちだ」
「三人がかりで手も足も出なかった挙げ句、アーチャーに任せた隙に先に進んだだけだ。アレは私の負けのはずだ!」
「俺は結局アーチャーに殺されたんだよ! お前とセイバーが生き残っただろうが!」
「知るか馬鹿! ガタガタ言うとステーキにするぞ!」
「同じ手がそう何度も通用すると思うな!
バゼットに向けた言葉を自身に向けるランサー。その眼光は生命力と闘志に満ち溢れている。
妹紅もそれに応じて力強く言い返す。勝利の余韻なんて空の彼方にかっ飛んで消えた。強敵への対抗心がメラメラと燃え上がっている。
二人してギャアギャア騒いでいると、いつの間にか、ランサーを包む光は消えていた。
彼にまだ未練があるのかどうかは不明だが、もう大人しく消える雰囲気ではないらしい。
そうして口喧嘩を続けていると――。
「私の向日葵を傷つけたのは、貴方達かしら」
と、酷く冷たい声が横合いから聞こえた。
見れば、夜なのに日傘を広げている妖怪が立っていた。四季のフラワーマスター風見幽香だ。
向日葵を傷つけないよう戦ったはずだが、実はちょっと、被害を出していたらしい。
マズイ。妹紅とランサーは青ざめた。すでに本気の大喧嘩をして疲労困憊だというのに、こんな究極加虐生物の相手なんかしていられない。
二人が当惑している間に、幽香はもう、得物を獲物に向けていた。
「死んで詫びなさい」
瞬間、日傘から極太の光の本流が放たれる。
エクスカリバーの光に呑まれたライダーって、こんな気持ちだったのかなぁと妹紅は思った。
二人が消し炭になろうとした瞬間――。
「
唐突にアーチャーが飛び出してきた。詠唱しながら二人の前に着地し、光り輝く七枚の花弁を盾とする。大規模妖力砲撃によって花弁と大地は激しく揺さぶられる中、意外な人物の登場に妹紅とランサーはあんぐりと口を開ける。
邪魔が入ったと察した幽香は、その相手を確かめるべく砲撃を停止させた。それに合わせてアーチャーも花弁を喪失させると、首だけ振り返って叫んだ。
「早く立て! 逃げるぞ!」
「よし撤収! アーチャー、足止めしてくれてもいいぞ!」
「テメェ盗み見してたのかよ!?」
「逃すものですか!」
各々好き勝手をほざきつつ、幽香が再び弾幕を放ち、冬木からのつき合いである三人は散開して逃げ出した。そんな中、幽香が目をつけたのは赤衣のサーヴァント、アーチャーだ。
「私のスペルを防ぐなんて、やるじゃない」
「――向日葵を焼いたのは妹紅だろう? そっちへ行け」
「幻想郷で唯一枯れない花で、貴方の花を散らしたいのよ」
「――勘弁してくれ」
こうしてアーチャーの地獄の追いかけっこが始まった。
巨大な閃光がたびたび夜空を照らし、時々短い地震が発生する。
その騒動は小一時間ほど続いて――風見幽香は不意に足下の花を見下ろすと、日傘を引いた。
「今日のところはこれくらいにしておきましょう」
「……なにか企んでいるのではあるまいな」
「観戦くらいなら構わないけど、遠くからコソコソ覗き見されるのは趣味じゃないわ」
と、幽香が指先をタクトのように振るうと、アーチャーの足元にあった草が、夜だというのに急に花を咲かせた。
「"花の魔術師"らしく、大人しく花を咲かせていればいいのよ」
「…………花の魔術師……だと!? それはまさか」
「夢幻館にいた頃にちょっとね。どこかの塔に閉じ込められて大人しくなったと思ったのに」
などと言いながら、風見幽香は去っていった。
残されたアーチャーはとりあえず、花の魔術師が幻想郷を覗き見している件を八雲紫に報告しに行くべきか迷った。なにせ、ランサーが投げる方の宝具を解放したばかりだ。アラヤの干渉に過敏な賢者としては気が気じゃないだろう。
アラヤの外部からの干渉は結界でバッチリ弾くので、妹紅やバゼットのようなケースでなければ早々問題など起きないが、幻想郷の内側で宝具は、悪い影響が出そうなもので。
◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アーチャーが地獄の追いかけっこをしている間に、妹紅はほうほうの体になって竹林の我が家に生還した。蒼月が射し込む薄暗い庭の端に、バーサーカーは律儀にあぐらをかいてじっと家主の帰りを待っていた。
それを確かめた妹紅は予定より遅くなった事を申し訳なく思いながら、けれどそれ以上に楽しい気持ちで歩み寄る。
が、さすがに疲れたので、丸太のように太い膝にぐったりと倒れ込み、もう半年ほどのつき合いになる相棒の顔を見上げる。
そういえば、イリヤに膝枕してやった事はなかった。慧音にはたまにするのだけど。
バーサーカーはよく椅子になっているが、膝枕になった事は生前含めてあるのだろうか。椅子なら頑丈で頼もしいが、枕じゃ硬くて居心地が悪いだけか。
それでも構わず、妹紅はバーサーカーのあぐらの上にすっぽりと収まる。
「旦那、今日は土産話がいっぱいあるぞ」
「……………………」
「何から話したもんか……順番通りでいいか。人里に行って葛木に会ってきたんだけど……聞いて驚け。なんと、セラとリズの奴が――――」
バーサーカーは返事をしなかったし、表情も変えなかった。
けれど語り終えるまでじっと、妹紅の楽しげな顔を見つめていた。
夜は更けていく。
幻想郷らしい、騒がしくも楽しい夜が。
バーサーカーは相棒&天敵。
ギルガメッシュはボス敵。
ランサーはライバル。
戦うたびにお互い対策を練り直すので厄介。延々続けたら最終的にどう落ち着くのかは謎。
――イリヤと妹紅の物語は本編で語り終えているため、EXTRA編は基本的に他サーヴァントのための物語でした。
アーチャーは邂逅するし、キャスターは参拝するし、ランサーはマスターとライバルとの決着をつけるし、アサシンとライダーはエンジョイ勢。
そんなこんなで割と平和な幻想郷での日々も次回で完結です。