イリヤと不死身のサーヴァント【完結】   作:水泡人形イムス

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第6話 好きになって上げてもいいわ

 

 

 

 犬と猿までは覚えている。

 団子で餌付けをしてサーヴァント契約を結んだ。

 その後は思い出せないというか、そもそも聞いてすらいないのかもしれない。

 それでも無理に思い出そうとしたら、なぜか犬、猿、フェニックスという、バランスのおかしい構図が脳内で描かれてしまった。

 また、お団子は犬と猿に与えるもので、ゴブリンに直接使うものではなかった。

 

 ――鳥のさえずりが聞こえる。

 

 まぶたを開けると、眩しい白が飛び込んできた。

 空気は冷たく、しかし澄み渡っている。

 ありふれた朝の一幕。朝の目覚め。それだけの日常だ。

 

 ――胸と背中があたたかい。

 

 イリヤは空気の冷たさから逃れるように身をよじる。

 右半身を下にして、横向きの姿勢で眠っているようだ。だから身体の前面と背面は布団に密着していないはず。なのにどうして胸と背中があたたかいのか。

 

「んー……」

 

 思考が鈍い。

 何気なく胸に手を当てると、そこにはすでに手が当てられていた。

 だからイリヤは自然とその手に己の手を重ねる。

 そうした方が安心すると思ってそうした。それだけだった。

 

 ――まぶたを閉じる。

 

 もうしばらく、このままで。

 心地よい二度寝へと洒落込んで、ガチャリと何かが聞こえた。

 鳥のさえずりと違って耳障りだ。

 

「おや……ベッドに? …………モコウ、いつまで寝ているのです!」

 

 刺々しい声が聞こえる。誰かが喧嘩しているのか。

 耳障りだ。大人しく寝かせてもらいたい。

 

「仮にもお嬢様のサーヴァントとなったのですから、お嬢様より遅く起きるなどあってはなりません。さあ、起きなさい!!」

 

 ふいに、世界が冷たくなった。

 バサリと音を立てて布団を引っ剥がされ――妹紅と並んで眠るイリヤの姿があらわになる。

 

「お……嬢、様?」

「んうー……セラ、寒い……」

 

 とうとう我慢の限界を迎えてイリヤは抗議の声を上げるが、眼を丸くしてこちらを見つめるセラを見、ようやく意識が覚醒していく。

 

 上半身をひねって後ろを確認してみれば、妹紅が静かな寝息を立てていた。

 背中に伝わるぬくもりは妹紅の胸やお腹と密着しているからである。

 ついでに言えばお尻もあたたかい。変な意味でなく。

 イリヤは座るような姿勢で足を曲げており、妹紅もそれをトレースするような姿勢をしており、まるで、親が愛娘を膝に乗せて抱きしめているかのような形になっていた。

 腕を回してイリヤを抱き寄せており、手のひらが、丁度イリヤの胸に重なっていて、そんな妹紅の手の甲にイリヤ自身も手のひらを重ねている。

 

 姉妹のような、親子のような、とても仲睦まじく微笑ましいとも言える光景だった。

 当事者がイリヤスフィールと藤原妹紅でなければ、だが。

 

「お、お嬢様が……モコウの手篭めに……!?」

「えっ……あ、あれ?」

 

 おかしい。

 なぜ自分は妹紅と同じベッドで眠っているのだ。

 いや確かに昨晩、妹紅の部屋を訪れた。訪れて、妹紅が座って寝ていたので、なんだかよく分からない流れで同じベッドで眠ってしまったのだ。

 

「むう……あー、おはよう」

 

 妹紅もようやく目を覚まし、イリヤの胸に手を押し当てたまま半身を起こした。

 寝惚けまなこでセラを見、なぜか大仰なリアクションを取られているのに気づいて首を傾げる。

 

「どうした。何かあったか」

「こ、こ、この……悪辣外道泥棒猫ぉぉぉおおおぉおおおッ!!」

「ぐぼぁーっ!?」

 

 セラの右手が光る。

 アインツベルンのホムンクルスが誇る魔術の実力が突発的に発揮される。

 マジカルパーンチ! 妹紅は目覚ましの一発を顔面に喰らって悲鳴を上げるのだった。

 弾幕ごっこで散々弄ばれたセラがついに一矢報いた瞬間だが、突発的かつイリヤの間近だったため威力はお粗末なもので、殺害には至らなかった。残念。

 

 

 

       ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 妹紅に手篭めにされたなどという勘違いをされたままではたまらないので、イリヤはしっかりと誤解を解こうとした。

 結果、手篭めだとかロリコンだとか、そういった方向性の勘違いは駆逐できたのだが。

 

「んっ。イリヤもモコウと仲良くなった。よかった」

 

 と、リズに締めくくられてしまった。

 これにはイリヤも納得いかない。

 

「ぐぬぬ……モコウめー! マスターを陥れるなんて卑劣な事して、何が狙いなの!」

「酷い風評被害だ」

 

 言い訳と文句が飛び交う朝を終えると、妹紅はまた街へ行こうとした。

 イリヤ無しでは車もクレジットカードも使えない。

 それでも一人なら空を飛んで行けばすみ、お金のかかる事をしなければいいと言われてしまう。確かにそれなら妹紅一人でも街を楽しめるだろう。お金を使わなくても観光はできる。

 しかしこの迷惑で世間知らずな幻想人間を野放しにする理由がアインツベルンにはない。

 妹紅を城に留める口実として、イリヤは提案した。

 

「弾幕ごっこ、しましょう」

 

 

 

 妹紅は強い。悔しいがそれは認めねばならない。

 バーサーカーの方が確実に絶対に最強であるとイリヤは確信しているが、セラとリズでは歯が立たないのは先日の弾幕ごっこで立証済みだ。

 相手は天の杯(ヘブンズフィール)で、推定幻想種で、偽サーヴァントさえ務めている。

 仕方ないと言えば仕方ないが、舐められっぱなしなのは気に入らない。

 

「妹紅の弾幕を攻略して、負かせてやりなさい! これは訓練であると同時に、アインツベルンの誇りを賭けた実戦なのよ!」

「お任せください! 必ずやお嬢様のご期待に応えてご覧にいれましょう!!」

「弾幕ごっこ、イリヤは楽しそうに見てる。だから私も楽しい」

 

 やる気満々のアインツベルン陣営。

 外の広場に出て、城壁の前にバーサーカーを座らせたイリヤは、その膝を椅子にして観賞体勢。

 魔術を得意とするセラ、ハルバードを得意とするリズと相対した妹紅は、みずからの熱気を高めて弾幕ごっこを開始する。

 

「スペル――蓬莱人形!!」

 

 赤と青の光弾が列をなして無数に出現する。妹紅からではなく、バトルフィールドの外周にだ。

 それらは端っこから順々にセラとリズへと迫ってくる。

 その密度は決して侮れるものではないが、外から内に迫ってるという事は、当の妹紅は無防備。攻撃のチャンスとばかりにセラとリズは飛びかかった。

 で、それに合わせて妹紅は黄の光弾を円形にして放ってくる。

 出鼻をくじかれた二人は撃墜され、それでもと立ち上がって戦いを継続するも、縦横無尽に飛び交う三色弾幕に翻弄されてしまった。

 

 三色。三色の弾幕。

 三匹。三匹のお供――犬と、猿と、なんなのだろう。

 少なくともフェニックスではないはずだ。

 桃太郎の続きを後で訊ねようと決定しながら、イリヤは三人の演じる弾幕遊戯を観賞した。

 

 

 

       ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 メイド二人は結局、戦場を制圧せんばかりの弾幕に押し負けてしまった。

 命の取り合いなら、リズは弾を浴びながら一直線に妹紅の首を狙えもしたが、生憎これは遊戯であり訓練である。いちいちリズとセラに大怪我なんかさせていられない。妹紅は死んでもいい。

 

 リズとセラがそれなりに疲労したため、妹紅も昼食の準備を手伝うと言い出して、セラがお断りしてしまったので、イリヤがGOサインを出し、合作決定。

 

 白いご飯とお味噌汁という日本食はとても美味しかったが、負けじと張り切ったセラによる鴨肉のソテーは絶品であり、そちらに軍配が上がった。

 ちなみに一番美味しかったのはリズの作った生ハムとトマトのカルパッチョである。

 妹紅大喜び。

 

 午後は各々、城の掃除やら何やらで過ごし――。

 

 夕食担当を買って出た妹紅は、セラへのリベンジのため改めて焼き鳥を作ってきた。

 昨日のタレは即席だったためか、今日のタレは改良されて味わい深くなっており、素材の味を活かした塩の焼き鳥や、食感の面白い鶏皮なども披露された。

 セラはそれらに舌鼓を打ちつつも、さらに対抗心を燃やしてしまう。

 

「セラとモコウって、本当に仲がいいね」

 

 などと言うリズにはいったい何が見えているのだろう。

 不思議に思って、イリヤは訊ねてみた。

 

「セラはモコウのコト好きなの? 嫌いなの?」

「好きとか嫌いとかではありません。ただ、お嬢様の従者として不適切な部分が大量にありすぎるというだけなのです。私はそれを指摘しているだけにすぎません」

 

 分かりやすい答えである。

 その場で妹紅にも訊ねてみる。

 

「モコウはセラのコト好きなの? 嫌いなの?」

「元気だし働き者だし、料理も上手、嫌いじゃないぜ」

 

 セラが頬を染めたのは怒りであって、照れた訳ではない――はずだ。

 イリヤだって、妹紅と仲良しなんて勘違いをされたら不愉快な――はずだ。

 

「……あれ?」

 

 しかし自問してみれば、不愉快だという答えはもう見当たらなかった。

 じゃあ、なんなのだろうと自問を続ける。

 

 サーヴァント。

 マスターの側にずっといて、マスターを守ってくれる存在。

 お爺様からそう教わった。

 サーヴァントとは何も召喚した英霊だけを示す言葉ではない。

 洗脳こそできなかったが、妹紅がサーヴァントである事を受け入れ、そう在ってくれるのなら。

 そう在り続けてくれるのなら――。

 

 

 

       ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「また添い寝してもらいたいのか?」

「バーサーカーに命令して朝まで殺し続けてもいいのよ」

 

 夕食もお風呂もすませた後。

 パジャマ姿のイリヤは、妹紅を自室へと呼びつけた。

 妹紅もまたピンクのパジャマに着替えており、その上からガウンを羽織って、ベッド脇の椅子に腰掛けている。暖炉の火は点いたままだし、ベッドに入れてやる理由もない。

 イリヤはベッドの上に座って、下半身は布団にしまっている。まだ寝るつもりはないが、寝ようと思ったらすぐにでも寝られる体勢だ。

 

「昨日の続き」

「やっぱり添い寝か」

「モモタロウの続きを聞かせなさい」

「……? 最後まで聞かせただろ」

「途中で寝ちゃったわ」

「そうなのか。相槌してたのに」

 

 生憎記憶に無い。返事も無意識にしていただけだろう。

 

「服の裾を掴まれてたせいでベッドから出られなかったし」

 

 生憎記憶に無い。妹紅が寝惚けて夢でも見たのだろう。

 

「まあいいや。桃太郎……また最初からか?」

「そうね。そう長い話でもないんでしょう?」

「そうだな。昔々あるところにお爺さんとお婆さんがいました――」

 

 犬と猿に続く第三のお供は雉だった。

 戦力的にどうなのかというお供を連れて、桃太郎は鬼ヶ島のオニを成敗。――ゴブリンやオーガやデーモンとの違いがよく分からないが、有角らしい。

 取り返したお宝を持って凱旋し、お爺さんお婆さんと幸せに暮らすというシンプルな結末。

 

 今度は最後まで聞けたので満足だ。

 特に面白い訳ではなかったけど、半端なままだと気になってしまうので。

 

「キビダンゴってどういうの? 普通のお団子とは違うの?」 

「あー……キビって穀物があるんだ。それを混ぜた団子だな」

「妹紅は食べた事ある?」

「ある。でも普通の団子のが美味いぞ。ついでに言えばセラの作ったデザートの方がずっとな」

「モコウは本当にセラが好きなのね。リズとも巧くやってるみたいだし」

 

 バーサーカーとも楽しんでいた。お互いに戦いを楽しんでいた。

 

「貴女と相性が悪いのは、わたしだけか」

「そうなのか? 弾幕観賞したり、一緒に買い物に行ったり、バーベキューだってしたのに」

「うっ……」

 

 さらに言えばこうして寝物語をさせている。

 添い寝も許してしまった。

 傍目からは仲良くしているようにしか見えない。

 

「……モコウはわたしのコト好きなの?」

「……は? んー、嫌いではないけど」

 

 奥ゆかしい日本人は好意を素直に伝えないと聞く。

 しかしそれを差し引いても、妹紅の態度は分かりやすかった。

 聖杯の願い目当ての従属――それは事実だ。しかし願いのためだとしても、決して嫌う相手と組みはしない。そういう奴だと、もう分かっている。

 

「モコウがわたしのコト好きなら、わたしもモコウのコトは好きになって上げてもいいわ」

 

 あっけらかんとイリヤは言う。

 あまりにもストレートに向けられた好意に、妹紅は思わず背筋を正して固まった。

 何か言おうと口を開いて、言葉が浮かばなかったのか一度顔をそらす。それから改めて困惑気味な返事をした。

 

「……よく、恥ずかしげもなく言えるな」

「わたし、優しくされるの好きだもの。最初はモコウのコト嫌いだったけど、サーヴァントになった後はわたしのために色々やってはくれている訳だし――もう嫌わなくてもいいかなって」

「さいですか」

 

 妹紅ははしたなく右足を左足の膝に載せ、右足の膝に右腕で頬杖をついた。

 照れが抜けてしまったのか、屈託のない呆れ顔を浮かべている。

 

「まっ、私としては聖杯を使わせてもらえるんなら、それで十分さ」

「――使わせないわよ。本来バーサーカーだけでお釣りがくるところを、特別に参加させて上げてるだけなんだから、モコウの取り分は無いわ」

「旦那は願いが無いんだろ? 余るじゃないか、くれ」

「……余らないわ。大きな魔法のために使うんだから」

「それでも余るかもしれないだろ。余ったらでいいから」

「……余ったら、ね」

「よし、言質取った」

 

 余らないと言っているのに。

 イリヤの願いが天の杯(ヘブンズフィール)である以上、他の誰かの願いを叶える余裕なんてない。

 それをきちんと理解したら、妹紅は、イリヤから離れていくのだろうか。

 

 聖杯のために聖杯戦争に参加して、アインツベルンを捨てた()()()のように。

 

「ねえ、モコウ――」

 

 訊ねずにはいられなかった。

 イリヤは表情に影を落としながらも、まっすぐに妹紅の紅眼を見つめる。

 

「聖杯で願いが叶えられなくても、わたしのサーヴァントでいてくれる?」

 

 唇をきゅっと結んで、妹紅の唇が如何なる言葉を紡ぐのかを待つ。

 聖杯のためにしつこく絡んで、媚びすら売ってきた妹紅。

 今はまだ交渉次第でなんとかなると思っているようだが、駄目だと判断したなら――。

 

「駄目なら駄目で仕方ないさ。願いが叶うアイテムが期待ハズレだったなんて珍しくもないしな」

 

 妹紅はあっさりと答えた。

 本心だろうか。駄目でも最後まで一緒にいてくれるだろうか。

 サーヴァントとは、ずっとマスターの側にいて、守ってくれて、味方をしてくれて、絶対に裏切らない忠実な存在なのだと、お爺様は言っていた。

 偽サーヴァント・アヴェンジャーなどと気楽に自称するこの少女は。

 

「モコウ」

 

 名前を呼んで、イリヤは視線を落とす。

 

「――寝物語、違うの聞かせて」

「またか? 桃太郎を話したばかりだろ」

「いいから、違うの聞かせなさい」

 

 逃げるように布団に潜り込んで、妹紅の反論をシャットアウトする。

 沈黙は十秒かそこらだったと思う。

 分かりやすい、というか明らかに聞かせる意図のため息をしてから、妹紅は語り出した。

 

「昔々、お爺さんとお婆さんが――」

「またお爺さんとお婆さん!?」

「日本の昔話はだいたいお爺さんとお婆さんで始まる。今回は舌切り雀だ」

 

 誤魔化したバチが当たったのか、その晩聞かされたお伽噺はホラー要素が強かった。

 しかし今回は最後までキチンと聞いて、妹紅が部屋を出て行くのを確認してからイリヤは眠りにつけた。半端なところで区切られると気になってしょうがないもので。

 これで今夜はスッキリした気持ちで眠れる。

 そう思って、目を閉じて数十分。まったく眠れる気配が無かった。

 目が冴える、と言うよりは何かが足りない感じ。

 最高級のベッドなのに、ぬくもりが物足りない気がしてしまう。

 

 その日、イリヤはみずからの肩を抱き、身体を丸めて眠った。

 

 

 

       ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 翌朝になって、セラと顔を合わせてすぐに訊ねる。

 妹紅のベッドは、使われた形跡があったのか。

 答えは否だった。イリヤと添い寝してあのベッドの使い心地を理解したはずなのに、一人にすると相変わらず壁際に座って寝ているなんて。

 イリヤは一番いいベッドでありながら、昨日ほど安らかな眠りにつけなかったというのに。

 イライラを抱えたまま食卓につき、妹紅が屈託のない笑顔でソーセージにかじりつくのを見ていたらつい、こんな事を口走ってしまった。

 

「モコウ。今夜はお爺さんとお婆さんから始まらないお伽噺を聞かせなさい」

「あー?」

 

 きょとんとされてしまう。

 二日連続でお伽噺をさせたんだから、別にそんな驚かなくてもいいのに。

 むしろ、セラが物凄い勢いで驚いてしまった。

 

「お嬢様がモコウに籠絡されたー!?」

「わお、仲良し」

 

 セラは大口を開けて腹の底から悲鳴を上げつつ、ショックの余りティーポットを放り投げてしまう。リズがすかさずキャッチ。さすがはアインツベルンのメイド、死角なし!

 呆れつつ、イリヤは紅茶の香りを楽しみながら余裕の態度で言う。

 

「わたしがモコウを籠絡したの」

 

 イリヤが妹紅を好きになったのは、妹紅がイリヤを好きだからである。

 順番的に考えてこれで正しい。絶対に確実に正しい。

 

「籠絡してもされてもないってば」

 

 呆れ顔の妹紅が紅茶をすすった。

 日本茶じゃないんだからすするのはやめてもらいたい。

 そしてさらにセラの驚愕と興奮は留まるところを知らないらしく、怒りが黄金のオーラとなって立ち昇る。

 

「おのれ! おのれおのれおのれおのれおのれ! おのれぇー! 雑種(ニンゲン)の分際でぇぇぇ!」

「イリヤ。セラが添い寝して寝物語する役目に立候補だとさ」

「んなっ――!? わ、私は決してそのようなつもりは……ええい、表に出なさい! 今度という今度こそアインツベルン式の教育を叩き込んで差し上げます!!」

 

 そんな調子でまたもや弾幕ごっこの流れとなり。

 

「せっかくだしこれから毎日やりましょうか。見てて楽しいもの」

「イリヤが楽しいなら、私も楽しい」

 

 イリヤが提案して、リズが了承して、セラも上等だとばかりに受けて立ち、妹紅も身体がなまらずにすむと乗り気で、バーサーカーは我関せずながらイリヤと一緒に観戦するのは欠かさない。

 そんな日常が追加された。

 城壁の外の広場で今日も炎がメイドと踊る。

 

「こんな大量の遠隔攻撃を避け続けるなんて状況、そうそうあるとは思えませんが」

 

 と、戦闘内容自体にセラは不満があるようだったが。

 確かに弾幕ごっこという性質上、妹紅のスペルは特殊すぎる。

 魔術師ならこんな大量の弾数は出せないし、英霊のキャスターでも数を減らして速度と威力を上げるのではないかとイリヤは思う。

 

 弾幕ごっこほど()()()()()()()()()()()()()()がいたとしても、戦うのは妹紅かバーサーカーだ。わざわざセラとリズに特訓させる意義は無い。

 

 それでも弾幕の隙間で踊るセラとリズはとても活き活きしていて。

 弾幕を放つ妹紅の笑顔はお日様みたいに眩しくて。

 椅子になってくれているバーサーカーも、ほんのちょっと楽しそうに感じられて。

 

 ああ、いいなと。

 イリヤは思うのだった。

 

 

 

       ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 妹紅の隙を突きもう一歩のところまで接近したリズが、反撃の光弾をモロに顔面で受けてしまって、セラもその看病が必要となったため――その日の昼食も妹紅の仕事となった。

 食材はたっぷり揃っているし、日本の調味料も買い揃えたばかり。張り切って振る舞われた料理は意外や茶色控え目だった。

 白いご飯、野菜とキノコと肉団子のスープ、玉子焼き、ほうれん草のおひたし――なかなかカラフルである。だがしかしやはりと言うべきか、茶色い料理が一品あった。

 味噌ダレをかけた唐揚げだ。茶色いものに茶色いタレをかける茶色い料理。

 

「お前等が茶色茶色って文句言うから、今回は気を遣ったんだぞ。つーか今朝のソーセージだって表面は茶色だろ。日本料理は茶色だらけなんて妙な偏見は持つな」

「いや別にそんな偏見持ってないわよ……日本の代表的料理と言ったら寿司と天ぷらでしょ?」

 

 変なところで意地っ張り。呆れながらも、今では愛嬌と感じられる。

 そして普段から愛嬌100%のリズが首を傾げて質問してくる。

 

「日本の代表料理……カレーライスとラーメンじゃないの?」

「天竺と大陸の料理だろそれ」

 

 妹紅のツッコミは至極まっとうに思えたが、そもそも天ぷらのルーツもポルトガルにある。

 起源が他国であろうと国の代表になる事は可能なのだ。

 そしてこの場に日本人は妹紅だけであり、妹紅は数百年ほど幻想の世界で暮らしていたため――

()()()()に対する理解度はイリヤ達以下という有り様。

 聖杯から現代知識を付与されているバーサーカーは、バーサーカーであるが故に理性がなく、日本感を肯定も否定もできない。

 故に、何が正しくて何が間違いなのか正確に知る術はアインツベルンに存在しなかった。

 だが正しくても間違いでも、イリヤも妹紅もセラもリズも料理を美味しく食べている。

 

「まあ、モコウの料理は意外と美味しいから細かい事はどうでもいいわ。ふふっ。セラは和食を作れないから、新鮮で楽しい。二日に一食くらいモコウに任せようかしら?」

「ええー? 私はもっとセラとリズの料理が食べたいし、街で色んなもの食べたいんだが」

「くっ……私が和食を作れないのを見抜き、お嬢様に取り入るとは……なんと卑劣な! しかし唐揚げなら私でも作れ……くうっ! このタレが! 味噌ダレが美味しい!」

「セラ、うるさい」

 

 そしてもちろんバーサーカーの分も用意されていて。

 姦しい少女達の笑顔や怒り顔や呆れ顔――様々な表情を眺めながら。

 理性なき口元を、ちょっとだけ緩めるのだった。

 

 

 

       ◆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

「――ここから先はアインツベルンのテリトリー。一歩でも踏み込めばもう、こちらの侵入は知覚されたものと考えていいでしょう」

「ハッ――御三家とやらのサーヴァントなら期待してよさそうだな。キャスターの奴は不完全燃焼だったから、ちっとは楽しめるといいんだが」

 

 アインツベルンの森、その手前に一組の男女の姿があった。

 赤い髪にスマートなスーツ姿の女性と、気安い表情を浮かべながらも精悍さを損なわない――真紅の長槍を携えた蒼衣の男性。

 二人はお揃いのイヤリングをしていた。槍の穂先のような形をしたルーン石。

 これこそが、女がサーヴァントを"召喚"するために使った触媒でもある。

 

「サーヴァントのすべてが出揃った訳ではありません。貴方の参戦理由が全力の戦いだとしても、今回はあくまで調査が目的だと忘れないでください」

「わぁってるよ、マスターの指示には従うさ。しかし――信じていいのか?」

「――中立の監督役でありながら、アインツベルンから不審なものを感じるとわざわざ忠告してくれたのです。贔屓や肩入れではなく、聖杯戦争の進行に問題がないか確かめたいだけでしょう」

「だったらテメェでやればいいだろうに」

「彼は信頼に足る男です。我々としてもせめて、アインツベルンのサーヴァントが何のクラスかくらいは確かめたいところ。さあ、行きましょう――ランサー」

「おう。任せろや、バゼット」

 

 蒼き装束の槍兵は意識を切り替え、獰猛な戦士の笑みを浮かべた。

 

 

 

 




 イリヤと妹紅もすっかり仲良くなりました。
 次回、あの人が体験した『嘆息の七日間』の一幕となります。
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