ここ神山高校古典部部室地学準備室は今喧騒につつまれている....放課後にただ本を読んで時間を潰し、文化祭に文集を出すだけだというほぼ活動の根拠も無いこの部活には五人の生徒が所属している....この喧騒の引き金になったのはそのうちの二人、いや一人が騒ぎ立てているだけなのだが....
「・・・・だから! ふくちゃんの籤運が悪いから席が離れちゃったのよ! 折角同じクラスになれた、ていうのに〜!!」
もはやこの喧嘩の切っ掛けさえ定かでは無いこの言い掛かり....おい、もう一月も前の話まで持ち込むつもりか....? たく....
伊原摩耶花。何かにつけ俺を目の敵にする小煩い女。もともとこの古典部とは関係のない漫研所属のオタク女子だが、次にあげる俺のダチを追いかけてこの部活に入部したという一途な処もある。
「それって....僕の責任なのかな? 摩耶花??」
福部里志。この伊原には一方的に責め続けられる事を最善の遣り過し方と『悟り』を決め込んでいる校内きっての趣味人。手芸部にも所属し総務委員も務め、校内での出来事なら何でも把握してやろうと常に身構えている自称『データーベース』
「だってそーじゃん!! 中学の時からふくちゃんとは一度しか同じクラスになった事無いのよ!! そのかわり折木・・・・! なんでアンタとは
小中通してずっと同じクラスだったっていうのよ!! もう信じらんない!!」
・・・・火の粉が俺に....言い掛りもあったものじゃない。こいつら....数年振りに同じ教室になった、てだけで大いに喜ぶべき処だろう。ったく・・・・ なら!
「それはな、伊原、籤運という点に関してはお前の方が分が悪い。
お前の籤運が良かったのは同じ教室に入れた、てだけの事だ。それにお前の席は何処だったか?」
「・・・・廊下側の前から二番目だけど....?」
「で、里志、お前は?」
「クラスの真ん中、向って窓際の方だけどね」
「つまりだ、伊原が里志と同じぐらい籤運が良ければ、里志と同じ....つまり、教室の中心で愛の巣をこさえる事が出来たってわけだ。
違うか?」
「わあ! そうですね! もしそうだったら....! 摩耶花さん! 諦めないで下さい! 今が駄目でも二学期があります! それまで籤運を高める為に御百度を踏みましょう! もし宜しかったら私も御一緒に....!」
相変わらず突拍子もない....こいつの手に掛ると話があらぬ方向へと進み周りを....特に俺を無自覚に振り回す困った部長様だ。
千反田える。歴史あるこの古典部の何代目かは知らん部長様。最初からこの古典部に入部するためにこの神山高校に入学したという古典部のサラブレット....などでは無く、幼い時からのある疑問を解決するためにここ古典部に入部し、部室で俺と運命的な....俺にとってはやや災難な...出逢いを果すことになる、育ちのいい地方の農家の....やや間の抜けた人のいい娘さん、といったところの女子生徒だ。しかしながら一旦好奇心のスイッチが入ってしまうと....目の輝きが....千反田のアノ目に魅入られるとヒトは金縛りの様に動け無くなり疑問解決へと狩り出されてしまうという....恐るべし怖るべし。
「ち、ちーちゃん・・・・なにもそこまで・・・・ オレキ〜!!」
「・・・・おっ、おう・・・・コレがかの有名な・・・・恋バナ、てヤツなのか....! ナマでの遣り取りは流石に迫力があるな・・・・」
「ねねー!」
・・・・最後の科白廻しに未だ違和感を感じるのは仕方が無い。こいつ....二年の五月初旬に他校から編入....学籍は変らないらしいが....俺の教室に入ってしかも俺の前の席、さらに隣は....
「益子さんが入部して下さってまた一段と賑やかになりましたよね! これも折木さんと一緒の教室になれたからです! フフ!」
そうなのだ・・・・一年の時は別の教室だったのが二年のクラス分けでは俺と千反田は同じ教室、しかもどういう訳か隣の席。俺の席は窓際の最後列というベストプレイスにもかかわらず・・・・
「お前が余計な気を回したからだ。まあ別に是といった害を被る事は無い様だが」
「でも、益子さん、とても興味がお有りの様でしたよ? ここに来る時も
足速にしてましたしね!」
確かに....この益子って奴、教室や授業中はいつも面倒クサそーに
机にうつ伏せになってるくせに....席に近い誼で千反田が声を掛けてそのまま雑談、そして俺達の古典部への勧誘。どうせ無理だろうとただ様子を伺って観てただけなんだが三日後....
『おお! ただ本を読むだけでお茶とお菓子が貰えるのか!!』
『ねねねっ!!』
・・・・という訳でその日の放課後俺達の後をノコノコと部室へ....いや、先頭切って歩いてたな。部活に対してこんなに意欲が有る様には思えなかったのに....まあ食いもんに釣られただけかも知らんが。
「まーちゃん! これは恋バナってモンじゃ無いのよ! ただ私達は....」
「おう....じゃあ痴話喧嘩か....! それとも痴情の縺れってヤツか!! それともシュラ....」
「もーやめて〜もーわかった!! ふくちゃん! 今回は許してあげるから! 次は....無しよ....!」
「何でそうなるかなー・・・・」
まあ、平常運転かな。里志と伊原、もうお互いの好意を隠す事なくこの有様だし。ただその中にちょっとした異分子が混入されただけの事か。異生物も....
益子薫。特別刀剣類管理局伍箇伝校の一つ、岡山にある長船学園からここ公立神山高校に中途編入してきた刀使。背の高さは摩耶花より低く、容姿も摩耶花に劣らず幼さが残る。そのせいか、長船の制服と思しき着装はダブつき気味で、只でさへダルそうに観える態度に更に輪をかけていつもクタびれて居る様な印象を周りに与えている。更に、その背丈の割に不釣合いな武装....刀使という職務はいつ如何なる時にも御刀を身から離さず....3mは有るだろう極端に長い刀を装着してでの学校生活なので在校生徒からはかなり浮きまくっている存在だ。ここに編入した経緯もまた....
「でも凄かったよねー。益子さんのあの剣捌き! 何処からもなくスッと現れてさ、一瞬の内に真っ二つだよ?! 授業中なのに皆んな窓から釘付けだったよ! ね、摩耶花!!」
「やめてよ....ふくちゃん....アレ....物凄く怖かったんだから....!」
「ああアレ....俺は窓際だったからな....」
「そうです! 教室中騒然としてました....!」
千反田....お前は俺の肩越しに顔を寄せて観入ってただろ....少しはPSと云うモノをだな....
五月の連休明けの午後の授業中、突如グランドに荒魂が発生し校内は騒然となった。震災時の避難先がグランドであった為に教室から動けず、校内放送で机の下に、との指示も好奇心には勝てず教室に居た生徒達はただ窓からの光景に食入るだけだった。
大きさはそう、体育館位だったか?高さはおよそ校舎二階分、脚も十本ぐらいで赤黒く、ニュースで観るより遥かに迫力があった。そして明かに....校舎に向かって進んで来た....
そして....ホンの瞬間に....教室の連中の目にも何が何だか分からない内に....胴が二つに切り裂かれていた。
次の日、コイツが俺の教室に編入してきた。
『ういっす....刀剣類管理局からの指令で長船からここ神山にきた....
益子 薫だ....』
当人も先生も何も言わなかったが、コイツが昨日の荒魂を....皆んなそう察したんだろう、偶々空いていた席が俺の前って事で軽く声を交わす様になったが....他の連中はコイツとの距離を図りかねている様だった。千反田を除いては....
『長船ってどこなんです? その制服は? 刀使と云うお仕事は普段はどの様にお過ごしで? どうしてそんなに眠そうなんです? 本当にその御刀を振る事が出来るんですか?? それにこの生き物....わたし、気になりますっ!!』
『・・・・ウグ・・・・』
コイツ自身、周りの生徒には関心が無い様なので寧ろほっとかれて欲しかったのかも知れんが....相手が悪かった。あの目に魅入られて仕舞ったら....まあ鉾先が俺から逸れてこっちは万々歳だがな。
「まあな、あれはたまたまこの辺を定期巡廻してたからだ。荒魂が発生した時オレが一番近かったからな」
「ねえ益子さん、鎌倉に一括管理されていたノロもこの辺りの神社や祠でお祀りされる事になったんだよね。詳しい事は話せないかも知れないけど、この地域での荒魂の発生が増えたのもやっぱり....」
「....里志!」
「ふ、く、ちゃん!?」
「あぁ....ごめんごめん!! つい気になっちゃって」
「でも、ちゃんとお祀りしていればノロも荒魂には成らないって云いますし、この前の荒魂も祀られるんですよね!」
「ああ、中規模の御社にな。一応ノロを祀る系譜の神社だ」
里志の言いたい事もわかる。確かにここ一年の間にこの地域一帯に荒魂を確認、鎮圧する度合が増えた。
去年の鎌倉、東京での騒動での後始末で、管理局側がそれまで二十年もの間鎌倉に貯蔵されていた大量のノロを全国各地に、つまり各社へ分祀するという一方的な通達を全国の神社関係者に送り、それまで仮の御神体を祀っていたノロの系譜の神社にも昔の様に本物のノロを安置、御祀りする事となった。
それからだ。荒魂が出現する事が多くなったのは。何が関係があるんじゃ無いかと里志じゃなくても勘繰るのに無理はない。ただコイツ本人には気遣って誰も訊かなかっただけだ。
「コイ....益子サンは現場での鎮圧が主な仕事だろ、こう云う事を訊ねるだけ野暮ってもんだ」
「ああ....オレはただ上からの命令で動く哀れなコマにしか過ぎん。ここに来たのだって....社畜って奴は辛いもんだぜ! お前らも社会に出てから覚悟しとけや....!ヒヒっ」
「でも! この校舎内で寝泊りして居るんですよね! どうしてですか?私わたし、気になり....」
「そこまでだ、 千反田。察してやれ」
「はい・・・・すいません益子さん」
シュンとしたな....好奇心を抑えるのも時には親切ってことだぞ。
「それも命令だ。訳は知らん。おそらく宿泊代の経費をケチっただけだろう。まったくあのおバサンときたら....でも、ここは心地いいな....こんなにノンビリするのも二年振りか・・・・」
「ねね・・・・」
コイツ....いやコイツの連れの生き物....色々聞きたい事もあるがもういい。しかし何故この生き物は出会った時から俺の頭の上で巣をこさえて居るんだ? もう慣れて来たが....
この転入生が教室に入ってから一時限後、突如この生物が乱入してきた。教室中飛び跳ねて室内の生徒達に引っ付いては飛び跳ね....引っ付いては....最終的にはナゼか俺の頭の上に納まった。前の席のコイツには『すまねえ、旦那....!』と気の無い謝罪を受けたが。
さらに、この生物、授業中は大人しく俺かコイツの頭や肩に渦くまってはいるが、休み時間になると....連中にとっても教室のマスコット扱いになったし....そこで俺は何気なくこの生物の行動を観察し、ある法則を発見した....その結果は黙して語らず、永遠に封印する事とする。この教室の女子を敵に廻してまで真実を語る事はあるまい・・・・
「ねねー・・・・」
そして俺、折木奉太郎。....まあ俺の事はもういい....面倒だ....何せ俺のモットーは『やらなくていい事はやらない。やらなくてはいけない事は手短かに』だからな・・・・