「んー・・・・今日の陽ざしも心地いい・・・・」
「おう・・・・頭が顎から溶けそうな勢いだしな。益子の旦那・・・・」
「ねー・・・・」
とある日の昼食時、前の席のコイツは俺に正面を向けて机の上に顎を乗せて伏せている....
購買のサンドウィッチと野菜ジュースも俺の机に乗せて。ここ数日はこんな感じだ。今日の俺の昼食は行きのコンビニで購入したカレーパンにシリアル、すっかり温くなったヨーグルト飲料だ。
そして隣りには....席をくっ付けてニコニコと手製の弁当を食す千反田の笑顔....
「ウフフっ! 薫さんはいつも気持ち良く寛いで居りますね! 何か秘訣でもお有りなんですか?」
「まあ、益子サンは授業中でも許されてるんだろ。先生も何も言わないし。やはり任務の方が重視されてて学業は疎かになっても構わない、という事だよな、旦那」
「おう・・・・オレはこの学校では特別待遇だしな....ただここで寝泊りして、適当に授業受けて、HRの後は放課後TEA TIME....こんな高校生活、オレの人生最初で最後かもな....」
この益子の旦那の普段の生活というものを俺達は想像することが出来ない。元々ここいら一帯で刀使と云う職種の女子を拝むこともこれまで滅多に無かったのだ。だからこの益子の旦那との付き合い方も今一つ掴みにくい。そして、何でこの高校に居を構えているのかも。だが....
「コレ・・・・食っていいぞ....オレ食欲ないしな」
「おっ、いいのか? じゃあ遠慮な....」
俺に対してはお互い捌けた態度を取れてきたか。ここはひとつ好意に甘えて....
「駄目です! 薫さん、昼食はきちんと食べましょう! 決められた時間に食事を取る事で食べ物が正しく自分の身体の血となり肉となり....!」
「おい....わかった・・・・旦那、ほら、ちゃんと食え....!」
「おお....昼飯抜くだけでこんな大弁舌を聞かされるとは....! 流石民間校は違う! なあ、旦那!」
それは違う....この千反田と云うのも少しばかり....て事だが、千反田は千反田ですんなり教室に馴染んでいるしな。
「フフッ、二人とも旦那旦那って! あ! 私のことも旦那って呼んで下さい! 三人揃って旦那って、何か楽しそうですよ? うふふ!」
こういう奴だ....ここまでくればもう何も申し上げる事は無い。人徳の為せる技だ....
「・・・・おお! HRも終わりか! さあ行くぞ我が部室へ!!」
「いま起きたとこじゃ無いか....?」
「そうですね、よくお休みしてましたよ?」
コイツの活動は放課後に始まる。この教室から少なからず離れた所にある地学準備室、それが俺たち古典部の部室だ。またもウキウキしながら歩いているな....選択授業や体育の時はダラ〜と移動してるのに、ここへの距離には苦にならないらしい。
「益子の旦那さん? 今日は頂き物のチョコレートですよ! 一箱持って来ましたから
目一杯お食べ下さいね!」
「おお・・・・マジか....! 飲むものと云ったらやっぱり!!」
「ハイ! 紅茶です! 部室に着いたら早速お淹れしますね」
「おー!! チタンダの旦那! 恩に着るぜ!!」「ねねー!!」
・・・・ここんとここの繰り返し。まあこの旦那が来る前からそうなんだが....千反田のダンナがあの好奇心を発揮しなければな。今の所あの病気も小康状態だし、里志の奴も千反田を焚き付けなければ俺の日常も日々是安泰だ。よし! このままこの安寧の生活を保つぞ....!
「あれ? 鍵が....アラ!? 摩耶花さん! 福部さんも!」
「うす、先に入ってたのか。ん? どうやって?」
「ああ、ホータロー、千反田さん、益子さん、お先だよ!」
「チーちゃんゴメン! 私たちの方が先に終わったみたいで、職員室から鍵借りてきちゃった!」
「あらあら? でも私の持ってるこの鍵、この資料室のですよ? ん??」
「ああ、たぶん摩耶花の持ってきたのはマスターキーだよ。そういえば、ほら、ホータロー、
思い出さないかい? 僕たちが初めて千反田さんと出逢ったのもたしか....」
「おう、そうだったな。あれからもう一年も経つのか」
「え? ふくちゃん何の話?」
「そうです! 一年前の私にいったい何があったんです!? わたし....気になります!!」
「・・・・どうだ、千反田というのはこういう奴だ。益子の旦那」
「まあ、よくは分からんが、そうか・・・・成る程....ククッ!」
「ん??」
何気なく話を益子の旦那に振ったところ....ツボに嵌ったようだな。コイツと俺はどういう訳かその辺のところで気が合うらしい。余計な事にはエネルギーを消耗させないところも。
「それはそうと、千反田さん! これ見て!」
「ちょっ、ふくちゃん!!」
「なんです? えーと、これは・・・・誰です??」
「おい・・・・お前ら....何でこんなもん持ってんだ?」
「ねね?」
里志の手に持っていた物....雑誌か?
「こいつは刀剣類管理局の機関紙じゃないか。なんで伊原の旦那が持ってんだ?
こいつは伍箇伝校に通う生徒の実家にしか届かないモンだぞ」
「マーちゃん旦那って....これは知り合いから借りたもので....読んじゃダメだった....?」
「別に悪くはないが、ちょっと以外だったからな。ん? その写真・・・・
へへっ! 旦那も好きだねぇ〜!」
「えっ....あっ!! も〜やめてっ! 旦那って!! それにこれは ・・・・
そうよ、悪いっ!? わたし!!こーゆうの大好きなのよ〜っ!! もう!!
ふくちゃんのバカっ!!」
おお、伊原のこの身の置き所のない態度! 滅多に観られるものじゃない....!
日頃の恨みだ、とくと拝見することとしよう。
「で? どちら様なんです? この写真の方??」
「このお方は誰あろう! 刀剣類管理局に所属する全国の刀使の中で! たった数人しか抜擢されていないという! 特別祭祀機動隊の前衛を司る超エリート集団の中の一人! 特別遊撃隊第一席!
獅童真希! 様! で在らせられますぞ! 控えよろ〜!!」
「ねね〜!!」
「わかったからも〜やめてっ!! ふくちゃんっ!! 恥ずかし〜っ!!」
ああ、顔を伏せてしゃがんで....里志、少しやり過ぎだぞ....
「わあ! 素敵な殿方ですねー! ひょっとして、益子の旦那さんのお知り合いでは?」
「えっそうなの!! マーちゃん! ホント!?! じゃじゃじゃあ!!
どんなヒト?!? 趣味は!? 好みのタイプはっ!?!ねえマーちゃんっ!!!」
「お、おい! お前ら落ち着けっ!! ナンか勘違いしてる様だがコイツは男じゃ無い!
オンナだ! オレ達と同類だ!!」
「ええっ、 そうなんですか? 旦那さん!」
「イヤ〜ッ!!ソコがイイんじゃないの〜っ!!! キャ〜ッ!!!」
「・・・・おい....里志、いったい何がどういう事だ・・・・?」
「つまり、70年代の少女コミックマニアである摩耶花にとってはどストライクな
キャラクターってことだよ、ホータロー」
なるほど、さいで....しかしこんなにはしゃいでる伊原というのも....ひょっとして
初めてじゃないのか??
「どうだい? ホータローも。ハイこれ! この写真だよ」
「ん、....ほう....釣り合わないな・・・・」
「ん? 僕とかい? そりゃそうさ。三次元の世界は永遠に二次元の理想には追い付かないもんさ」
写真も二次元に入るのか? なんて位相物理学的....? な問はともかく、伊原の奴め、
明日になったらもっと居た堪れなくなるぞ....ヒヒヒ。
元ネタ
マスターキー 氷菓・アニメ第1話