まったり書いていきますが、お付き合い頂けたら幸いです。
世界にしんしんと雪が降る。常冬の大陸で重い荷物を担ぎ、ブレッドは一人寂しく歩いていた。
「ハァ。たる…」
白い息を吐く。こんな代わり映えのしない大地を黙々と歩くなんてかったるい事この上ない。アルテナからエルランドまでの道筋、モンスターや盗賊が出る為に普通はキャラバンを作って行動するのだが、ブレッドがそれをしない理由は至って単純。キャラバンに遅刻しておいて行かれたのだ。
「、情けね」
出来るならブレッドも安全の理由とかで次のキャラバンを待って移動したかったのだが、次のキャラバンは当分組まれる予定はない。どうやら理の女王の魔力減少による気温低下の影響でエルランドに流氷が流れ込み始め、定期船が入れなくなったらしい。つまり輸出入に使う荷物を運ぶ必要もなくなる訳で、キャラバンが組まれるはずもない。数日後に出航するエルランドからジャドへの定期船が最後らしく、それを逃すと次の春までこの国に閉じこめられかねない状況だ。行商人であるブレッドに月単位を生き抜く蓄えなどある訳がなく、極寒の大地ではロクに薬草もとれないだろうし、仕事もそうあるとは思えない。つまりその定期船に乗れないという事は直接命に関わるという事だ。幸い現在地はエルランドまで後一日といったところで、来年の暖かくなる頃に愉快な死体として発見されるといった事態は回避出来そうである。
「ん?」
と、そこでブレッドは足下にある足跡に気がついた。
「なんだ、これ?」
小さめの足跡は恐らく女性のもの。雪が降っているのに足跡が残るという事はごく最近ここを歩いたという事で、キャラバンでは複数の足跡が重なるから違う。エルランドから山菜を採りに来たにしては町から離れすぎている。そもそも、そこらの女性一人でこんな所までこれる程、最近のモンスターと盗賊は甘くない。ならばブレッドと同じような、キャラバンを逃した行商人とかいった人種だろうか? だがそれにしては方向がおかしい。人里から離れる方向に足跡が続いている。
「…………」
しばらく考え込んでいたブレッドだが、結局足跡を追う事にした。定期船までもう少し時間がある事だし、こんな時期にこんな所で人の痕跡を見つける物珍しさと寂しさも手伝ってブレッドは足跡を追う。
サクサクと雪がなる。黙々と歩くブレッドはすぐに異変に気がついた。この足跡は人里から離れている訳ではない、ただ単に迷走しているだけらしい。
「こりゃ追いかけて正解だったかな」
独り言。足跡の歩幅が短くなってる事、だんだんとハッキリしている事。それらから考えて足跡の主はもう体力の限界を迎えているらしい事が読みとれる。
「急ぐか」
足をより早く動かす。それに伴って足跡が、その主により近づいてきている事を教えてくれる。と、
キャアァァァ!!
悲鳴が聞こえると同時、ブレッドは全速力で走り出す。その最中、得物である大鎌を握る事ももちろん忘れない。
そして走り出してからほんの数十秒、目の前にはモリを持った半人半魚のモンスターが、倒れた女性を囲うようにたむろっていた。
「サハギンッ!」
ブレッドの声で2匹のサハギンは同時にこちらを向く。ちなみに3匹目のサハギンは雪で倒れ伏していた。恐らくは足跡の主である女性が1匹だけは始末出来たのだろう。
「行くぞっ!」
注意をこちらに引きつける為にそう大声をあげると、案の定2匹のサハギンはブレッドに向かってモリを振り回し始めた。ブレッドも走った勢いそのままにサハギンに肉迫し、そのブレッドを串刺しにしようと2匹同時にカウンターの要領でモリを突き出してくる。
「ふっ」
そのうちの片方を体捌きでかわし、もう一つは大鎌の石突きで払う。そして払った勢いを損なわずに刃の部分がサハギンに当たるように調節して――
ザシュ
――生々しい音と同時、サハギンの首が飛ぶ。頭を失った体は力を失い、血を撒き散らしながら雪に倒れ込む。残るは1匹、ブレッドとサハギンは睨み合う。
「シャア、キシャァァァ!!」
仲間が皆殺しの目に遭った最後の1匹は、激怒の感情そのままに目を血走らせて隙を伺ってくる。それを確認しつつ、ブレッドは隙を見せないように小物入れから包み紙にくるめた粉末状の薬を取り出した。
「悪いが、この人が心配だからな。すぐに終わらせて貰う」
風の向きは問題ない。薬を空気中にバラまくと、それは風にのってサハギンにまで届く。
「シャア、シャア! シャア……」
そしてそれが届いた途端、サハギンは今までの事が嘘みたいにおとなしくなった。
「…………シャ」
狂気に満ちた目は鎮み、退屈そうな色が顔を出す。まるで今までの激情が嘘のように。ブレッドの調合した強力な鎮静剤。特異性があり、この薬はサハギンにしか効かないけれども、零下の雪原を渡る際に保険としていくつか調合していた物の一つだった。
薬によって落ち着いたサハギンはブレッド達に背中を向けて歩き去っていく。それを確認したブレッドはすぐに倒れている女性に目を向けた。
「って、うわぁ」
とたんに目を背けたくなった。いや、別に重度の怪我をしていて人間の形をしていないとかいうスプラッタな事態になっている訳ではない。腕や足にいくつかのアザや切り傷がある他は問題は無さそうだ。じゃあ何で目を逸らしたくなるかと言えば、その女性の格好だ。赤いレオタードのような物に手足の先端を覆うような服。二の腕も太ももも肩も隠していない上に、体のラインが丸分かりだ。扇情的では確かにあるのだが、それより何より見ていて寒々しい。
「ま、まあとにかく助けないと」
ブレッドは軽く女性を診察する。恐らくサハギンに頭を石突きで殴られたのだろう、頭にタンコブが出来ていた。そして多分、それが失神の原因。加えて当然ながら体が冷えきっていた。もしもブレッドが通りかからなかったらまず間違いなくサハギンに殺されていたか、さもなければ凍死していただろう。
とりあえずブレッドは切り傷と打撲に対して簡単な処置をして、脱いだ外套で女性の体をくるむ。後は暖かくしておけば自然に目を覚ますだろう。
「って言ってもなぁ」
そちらに視線を向ければ、首の無いサハギンと全身をめったうちにされたサハギンが。血の臭いに誘われて、そう遠くないうちにモンスターが押し寄せて来る事は想像に難くない。つまり、ここで女性の目覚めを待つのは得策ではない。
「仕方ないか。ったく、たる…」
女性を担いで元来た道を引き返す。アルテナとエルランドを結ぶ街道ならば、ここよりは少しは安全なはずだった。
「ハァ。マジでたるい」
夜、ブレッドは疲れのため息を吐く。あれから人一人と重い荷物を抱えながら足場の悪い雪を歩き続け、比較的安全そうな場所についたら寝床を用意して女性を寝かせる。体を暖めなくてはならないから火を熾して、その管理と火の光に寄ってくるモンスターを警戒しなくてはいけないから寝ずの番だ。しかも目の前でスヤスヤと気持ち良さそうに眠る女性もいるせいで、更に気分も重くなる。
(それだけ疲れていたんだろうな)
そう思う。雪の世界では有り得ない格好で、しかもロクに持ち物も持たずに倒れていた女性。どこをどう考えても事情がありそうである。その事情如何によっては更にかったるい事態になりかねない。
「ま、乗りかかった舟だよな」
ブレッドはそう一人ごちてコップを傾ける。が、既に中身は無くなっていた。顔をしかめながら火にかけたヤカンを取り上げると、中のお湯をポットに注ぐ。ポットの中にはコーヒー豆が入っており、しばらく蒸らして香ばしくなったそれをコップに移して飲む。
「ほぅ」
口から温かい息が漏れた。ついでにガサゴソと音をたてながら荷物を漁って――
「……ん」
隣から声が漏れてきた。チラリと視線を動かしてみれば、もぞもぞと動く女の子。そのまままた眠るかと思いきや、女の子は目を開けながら体を起こした。
「ここは……?」
「アルテナとエルランドの街道だよ」
ブレッドが声をかけたらビクリと体を動かして女の子は顔を向けてきた。
「……なによ、アンタ」
「開口一番がそれかい。俺はサハギンに襲われてた君を助けた者だよ。職業っていうなら、旅人とか商人っていうのが正しいかな。名前はブレッド、よろしく」
女の子は目を瞬いた後、罰が悪そうに視線を逸らす。
「よろしく。それと、ありがと」
女の子の返事を聞きながら、ブレッドはコップとパックンチョコを取り出して女の子に押しつける。
「ほれ、体が冷えてるし体力も戻ってないだろう? コーヒーを淹れるから飲んでおけ」
「……頂くわ」
ブレッドの淹れたコーヒーを両手で掴んで口元に近づける女の子。一口飲むと、ホゥ……と息を吐きながら、ようやく人心地ついた温かい顔をする。
「で、君の名前は?」
が、ブレッドの言葉に再び女の子の表情が固くなる。しばらく返事に迷っていたようだが、やがて観念したように口を開いた。
「……アンジェラ」
今度はブレッドの表情が固まる。
「アンジェラァ!? 王女アンジェラかアンタ!」
「うるさいわね! もう少し静かにしなさいよね!!」
驚きの声をあげたらすかさず怒鳴られた。
「あ、いや。すまん。で、その王女様がなんでこんな所にそんな格好で一人なんだよ」
ブレッドの至極当然の言葉に、アンジェラは言い淀む。どこまで言えばいいのか、どこまで言っていいのか、その判断を決めかねているといった風だった。
そしてやがて、意を決して口を開く。
「お母様に殺されかけたの」
「はぃっ!?」
どこまでも突拍子のない言葉に、ブレッドの目が点になる。
「へ、ぇぇえ? あれ、確か理の女王って親族は居なかったよな? それで、え? 唯一の跡継ぎのハズの娘を殺すのか?」
ブレッドの最後の言葉に、アンジェラがビクリと体を震わせる。
「あ、すまない」
それを見てすかさず謝るブレッド。ついでに深呼吸をいくつかして心を落ち着ける。
「それで……辛い事を聞くが、何でわざわざ理の女王が実の娘を殺そうとしたんだ? って言うか、どうやって逃げられたんだ?」
ブレッドの配慮のない言葉に、アンジェラの機嫌が一気に傾いていく。
「……デリカシーが無いわね。なんでそう、ポコポコと人の神経を逆撫でする事が言えるのかしら!?」
睨みつけてくるアンジェラに、それでも余り表情を変えないブレッド。
「性分だな。特に旅なんてしていると、情報はいくらあっても足りないなんて事は無いから。
まあ、無理に聞き出そうとは思わないさ。ところで、これからどうするのかの当てはあるのか?」
機嫌の悪さをサラリとした口調でかわし、話を逸らす。
「……どうしましょう」
逸れた話の方が本当にアンジェラを悩ましている問題である為か、あっさりとアンジェラは話題変換にのってくる。そして頭を抱えて途方に暮れるアンジェラ。
パチパチと薪がはぜる音がする。雪国の夜、冷える体を火とコーヒーで暖めながら、二人に静かな時間が流れる。
「聖都ウェンデル。知っているか?」
やがてブレッドがポツリと呟いた。その言葉にアンジェラが顔をあげる。
「もちろん知ってるわよ、マナの女神様の総本山じゃない。それがどうかしたの?」
「それだけじゃない。ウェンデルにいる光の司祭様はあらゆる相談事に道を示して下さるらしい。だからウェンデルには純粋に参拝に来る者だけでなく、悩み事を抱えてくる者も後を絶たない」
ブレッドの言葉に耳を傾けるアンジェラ。
「どうだ? 俺には、というか誰にも相談できないような悩みなんだろう? なら、ウェンデルに行って光の司祭様に相談してみないか?
俺も旅の途中だ。ウェンデルまでだったら付き合ってもいいぞ」
ブレッドの言葉に少しだけ頭を働かすアンジェラ。だけど答えは決まっていた。どうせ他にどうしようも無いし、そもそも城の中で蝶よ花よと育てられてきた身なのだ。独り放りだされてもたちどころに困り果てるのは目に見えている。
アンジェラはブレットの瞳を見る。
「ええ、決めたわ。私を連れて行って、聖都ウェンデルに」
ちなみにニコニコ動画に投稿されている『女子3人を主人公にして聖剣3』というゆっくり動画を見て連載を決意しました。
面白かったので、興味がありましたら是非見て頂きたいです。
……宣伝、大丈夫ですよね? 見落としてダメと書かれていたら消します。別に何も書かれていなかったらもっと宣伝します。
第2話の作成は終わっているので、本日21時に予約投稿しておきます。
興味があれば、是非読んで下さい。