とか言いたかったけど、詩と並行して進めるのが普通に辛かったので、とっとと更新する事にしました。
慣れたら一度に複数話更新するかも知れませんが、とりあえず一歩一歩。まずは並行して投稿する事に慣れていきたいと思います。
「町の様子がおかしい」
それがジャドに近づいた船長の言葉だった。自然と顔が強張るブレッドとアンジェラ。エルランドを出発するのにも大変だったのに、行く先であるジャドでも面倒事が待っているとは考えたくない。
しかしどうしようもないのが実情だった。ウェンデルに行く為の窓口はジャドのみであり、そもそもとしてただの乗客である二人に行先の決定権などある訳がないのだから。
不安を胸にジャドに到着する船。そこでは予想通りというか、最悪な情報が待っていた。
「この町は我々ビーストキングダムの獣人軍が支配した。大人しくしていれば危害は加えない!」
港についた時、諦めた顔の人間を従えながら獣人兵がそう宣言する。
勝ち誇った笑みを浮かべる獣人兵に船長は恐る恐る尋ねる。
「俺たちに、どうしろと?」
「フン。我々は理性的で一方的に略奪する事は好まない。だが、聖都ウェンデルを落とすまでに他の国に助けに呼ばれても面倒だからな。
この港から出航する事は禁止だ。せいぜいこの小さな町の中で震えて過ごしていろ」
そうとだけ言い捨てた獣人兵は肩で風を切って悠々とジャドの中へと戻っていく。
その姿が見えなくなり、十分に距離が離れたと理解したところで船長が忌々しそうに吐き捨てる。
「ケッ。物流が滞れば俺たちの仕事は無ぇ。ここで干からびろって言うのかよ。
頭まで筋肉でできている獣人には経済が理解出来ないと見えるぜ」
悪態をつくが、彼一人で解決できる問題でもないだろう。ひとしきり言いたい事を言い終えたら、船長も諦めた顔になる。
そんな彼に一礼して船を降りるブレッドとアンジェラ。そしてジャドの中へと入るが、そこには余り好ましくない風景が広がっていた。我が物顔で歩き回る獣人たちがそこかしこに見られ、中には酒瓶を呷りながら歩いている者もいる。人間たちはそんな獣人たちにビクビクと怯えながらこそこそと歩き回るのみ。
「酷いわね」
「ああ。だが、直接的な暴力は横行してないようだな。裏でどうなっているか知らないが」
言いながら町を歩き、宿を探す。休む場所を探し、獣人に聞かれない場所で秘密に計画を立てなくてはならない。表向きだけでも粛々にしていれば獣人はこちらに危害を加えないようなので、道の端っこを歩いていればいいのだからブレッドには楽なものだった。そういった事に慣れていないアンジェラは不満顔だったが、逞しい体つきをした獣人たちにケンカを売るほど自信家ではなかったらしい。
そのまま町を歩いていた二人だが、ふと視界の先に見てはいけないものを見てしまう。獣人兵が人間の子供の口を押さえて、路地裏に連れ込んでいるのだ。まだ幼い少年は恐怖の表情のまま涙を流し、いやいやと暴れているがそんなもの獣人兵にはなんの障害にもならない。嗜虐的な笑みを浮かべて子供を引きずっている。
「ッ! ブレッド!」
「チ。仕方ないな」
ここで子供を見捨てるような性根で無かった二人が、少年が連れ込まれた路地裏へと走る。
と、前にいた少女も血相を変えてその路地裏へと向かっていた。槍を手に持ったその少女の方が路地裏に近く、先にその中へと入っていく。
「アマゾネス?」
その風貌に覚えのあったブレッドが呟く。あの格好に槍とくれば、風の国ローラントで精鋭と名高いアマゾネスに違いないだろう。が、そのローラントから離れたジャドに何故アマゾネスが一人でいるのかは分からない。
分からないが、この状況では恐らく敵対はしないだろうと踏んでブレッドとアンジェラも路地裏に飛び込んだ。
果たしてそこには予想通りの光景が広がっていた。ヒックヒックと泣く子供が行き止まりの道の奥に、その前には獣人兵。そして相対するアマゾネスが獣人兵に槍を向けていた。
「なんだぁ? またサンドバックが増えてくれたのかよ」
嬉しそうに下卑た笑みを浮かべる獣人兵。槍を構えたアマゾネスは獣人兵に隙を見せないようにちらりと背後に一瞬だけ視線を向ける。
「貴方たちは?」
「加勢だ。子供を見捨てられなかったアンタと一緒だよ」
言いながらブレッドを大鎌を抜き放ち、アンジェラは魔法の触媒にもなるロッドを構える。
とはいえ、アンジェラは魔法を使えない。そしてまた体を鍛えている訳もなく、獣人兵との戦いでは役に立たないだろう。やや下がった位置でカタカタと震えながらロッドを持つだけだ。
ブレッドとしては実はその方がありがたかったりするのは秘密である。足手纏いが一人減るだけでも大分違う。
ほんの少しだけ静寂の時間が流れ、そして獣人兵が先手をとって殴りかかってくる。
「オラァ!」
「くっ!」
狙われたのは女性であるアマゾネス。彼女は獣人兵の怪力を、持っていた槍でなんとかいなす。
ブレッドはその隙をついて大鎌を振るって獣人兵へと切りかかるが、胴を薙ぐようなその一撃は屈む事により簡単にかわされてしまった。だがそれで終わりにするブレッドではなく、振った勢いを利用した大鎌の柄の部分で獣人兵の顎をかち上げる。
「ぐっ!」
「隙ありっ!」
後退しながらたたらを踏んで下がる獣人兵に追撃するアマゾネス。鋭い突きがその槍から放たれ、獣人兵の脇腹に刺さった。
だが浅い。アマゾネスは失態に顔を歪め、獣人兵は愉悦に顔を歪める。
「オラァァァ!」
「きゃあああ!」
突きを繰り出した隙だらけのアマゾネスを思いっきり振りぬいた拳で吹き飛ばした獣人兵。ゴロゴロと地面を転がったアマゾネスは気を失ったのか、ぐったりと倒れてしまう。
そして次はブレッドの番だと、脇腹から流れる血を気にする事なくニヤニヤした笑みを彼に向けてくる。ブレッドとしてもここまできて引く訳にもいかない。じっとりと流れてしまう汗で滑らないように、大鎌を改めて強く握り直す。
ジリジリと緊張が溢れ出す中、場の空気に呑まれたアンジェラは知らずに一歩後ずさりをしてしまった。そしてドンとナニカにぶつかる感触。首筋には、獣人特有の長い毛も感じ取れる。おそるおそる背後を振り返るアンジェラ。
「ひっ!」
その口から思わず恐怖の声が漏れた。やはりというかそこにいたのは獣人。先程までこちらが二人で相手が一人でも互角以下だったのに、ここにきて相手に増援である。しかもこちらのアマゾネスは気絶してしまっていて、数でも不利だ。
固まってしまったアンジェラを冷たい目で見下したその獣人は、フンと鼻息一つ鳴らすとずんずんと彼女を無視して奥へ進んでいく。
「楽しんでいるようだな、俺も混ぜろ」
割り込んできた獣人がそう言う。
ブレッドはそこで初めて新手に気が付き、舌打ちをしながら前後両方に対応できるように態勢を変える。変えるが、勝ち目がない事は分かり切っていた。数で劣り、力で劣り、そして挟み撃ち。これで勝てる訳がないと顔を青くする。
しかし。何故か彼よりも顔色が悪いのは戦っていた獣人兵。彼は怯えた顔で新手の獣人兵の顔を凝視している。
「ル、ルガー隊長…」
ルガー。そう呼ばれた獣人は怒りで全身の毛を逆立てながらブレッドを素通りして奥にいる獣人に近寄っていく。
「人間を無駄に傷つけるなと、そう厳命したはずだ」
「い、いえ、これは、その――」
それ以上の言い訳が獣人兵から漏れる事はなかった。ルガーの一撃が命令違反を犯した獣人兵を吹き飛ばし、彼は奥の壁に叩きつけられる。壁が砕ける程の衝撃に、その獣人兵は白目を剥いて気絶してしまった。
そしてルガーは怯える子供や倒れたアマゾネス、そしてブレッドやアンジェラを見やると尊大そうに言い捨てる。
「部下が迷惑をかけたな」
そしてそのまま立ち去ってしまう。残されたのは呆気にとられたブレッドとアンジェラ、気絶したアマゾネスと怯える少年。
やがてアンジェラが口を開く。
「どうしよう?」
「どうするもこうするも。とりあえずこのアマゾネスを休める場所に運ばなくちゃな。それにあの少年も家まで送り届くてなくちゃならないし」
やる事が多い。危険は去ったが、手間の多さに仕方ないかとため息を吐くブレッドだった。
「うっ…」
とある宿屋。そこに寝かされていたアマゾネスが苦しそうな声を出し、瞼を開ける。
ベッドの傍で見守っていたアンジェラは、その声を聞いて嬉しそうに道連れを呼んだ。
「ブレッド、この子目を覚ましたわよ!」
「お目覚めか。お互いエライ目に遭ったな、アマゾネス」
「…あの男の子は、大丈夫、ですか?」
「この状況で真っ先に他人の心配かよ」
まだ意識が朦朧としているだろうに。アマゾネスは痛んだ我が身よりも助けようとした少年の方が気になるらしい。この献身ぶりにはブレッドもほとほと呆れた。
「大丈夫。あなたが気絶した後、ルガーとかいう獣人の隊長が出てきて、あの獣人を一撃でやっつけちゃったの。
それで解放された後は、男の子の親を探して引き渡して、あなたをここまで運んだってワケ」
「そう、ですか。ご面倒をおかけして申し訳ありません……」
「気にすんな。子供を守った名誉の負傷だろう」
言いながらブレッドはカップからお茶を人数分注ぎ、それぞれに配る。
それを一口飲んだあたりでようやくアマゾネスの意識もはっきりしてきたようだ。
「あのー。ここはどこでしょうか?」
「ジャドにある、バイゼルの息がかかった宿屋だ。名乗りが遅れたが、俺は商業都市バイゼルのブレッド」
「私はアルテナ王国のアンジェラ」
「あ、これはご丁寧に。私はローラント王国、アマゾネス隊隊長のリースと申します」
ぺこりと頭を下げるリースだが、その言葉に目を見開くブレッド。
「アマゾネス隊隊長!? それって確か、ローラント王国の王女が務めていた筈。
ってことはあんたはつまり――」
「……いえ。もうローラント王国はありません。そういう意味で私は王女ではないのです」
沈痛な面持ちで言うリースに、これはただ事ではないと表情を引き締めるブレッドにアンジェラ。
そして語られる悲劇。
断崖絶壁と吹き上げる風によって堅牢な守りを誇っていたローラント王国だが、たった二人が侵入した事で崩されてしまった。
侵入したのはナバール盗賊団の忍者たち。その狼藉者はまだ幼いリースの弟、エリオットを誑かしてローラントを守る風を止めてしまう。それと同時に毒ガスを城内にばら撒いて混乱させ、ジョースター王の命を奪って戦いの趨勢を決めてしまった。こうしてローラント王国はナバール盗賊団に国を奪われてしまったのだ。
リースは一人落ち延びるのが精一杯で、他の者は安否すら分からない。だがしかし、今際の際でリースの父であるジョースター王が察知した事によればエリオットは死んでいる訳ではなく、敵によって拉致された可能性が高いとのことだった。
そしてリースはエリオットを助け出す事とローラント王国再建を決意する。だが、少女一人でなんとかなる問題ではもちろんなく、生前のジョースター王が言っていた事を思い出したのだった。すなわち、困ったことがあったら聖都ウェンデルにいる光の司祭様を頼りなさいと。
「漁港パロから船に乗って城塞都市ジャドについたのはいいのですが、獣人に支配されているせいでウェンデルに行けず、困っていたのです」
そう話を締めくくるリース。大変な身の上の話を聞いた気がするが、そういった意味ではアンジェラも負けてはいない。勝って嬉しいものではないだろうが。
「あんたも大変だったのね。私もアルテナの王女なんだけど、ちょっと困った事になってね。光の司祭様を訪ねるところだったの」
そう、今度はアンジェラがリースに身の上話を聞かせ始める。
それを聞き流しながらブレッドは思案にふける。この世界情勢は何かがおかしいと。
ナバールといえば義賊として有名だ。悪辣に富める者から財を奪い、力無き者に施していく。それが誇り、強者から奪い取る事こそが盗賊の矜持なのだと。それ故にバイゼルでは蛇蝎の如く忌み嫌う者も少なくないが、そんな者ばかりでも決してない。一本筋を通す信頼できる者達だと感じいる者も少なくなかった。
かくいうブレッドもそのうちの一人である。かつて商人だったネコ族のニキータというナバール盗賊団の一員とは今でも交流があり、かつては彼らが最も嫌うのが王制だと語っていた。貧しき者から税として金を奪い、自分だけが豪奢に暮らす。それが許せないのだと。
それが何をどう間違えれば国を滅ぼし、奪う事になるのか。王制は嫌えども、その統治下で人は安寧を得る事は分かっているとも語っていた彼らが王族から金銭を奪うのは理解できるが、国を奪うという事が全く理解できない。誇りも民も、全てを苦しめて自分だけが利益を得る。それはナバール盗賊団が最も嫌った姿そのものではないのか?
「――で、ブレッドに助けられてエルランドを脱出してね。こうして光の司祭様に会いに来たんだけど、こうしてあんたと同じくジャドで足止めを喰らってるの」
「そう…アンジェラさんも大変だったのですね」
「さんなんていらないって。気楽にいきましょう、ね」
にこやかに笑うアンジェラにリースも朗らかな笑いで返す。身の上を話し合ってお互いにある程度打ち解けたらしい。
そして次にアンジェラはジト目でブレッドの方を見やる
「で。あんた何を考えこんでいるのよ、ブレッド」
「ちょっと違和感を感じてな。俺が知るナバール盗賊団と、リースから聞くナバール盗賊団が一致しないんだ」
「…私が嘘を言ったとでも言うのですか?」
眦をきつくするリースだが、それをどうどうと押し留めるブレッド。
「そう結論を急がないでくれ。リースがここにいる状況と、ローラント陥落の話に矛盾はない。少なくとも嘘は言ってないだろう」
「じゃ、違和感って何よ?」
「……ナバール盗賊団がローラント王国を襲う。それがおかしい」
そう言って先程まとめた考えを口に出していくブレッド。それを厳しい面持ちで聞くリース。
話が終わった時、リースは思わず大声を出してしまう。
「でも! ローラントを襲ったのは間違いなくナバール盗賊団でしたっ!!」
「その事実は正しいのだろうな」
冷静に言葉を返すブレッド。それにイライラした声をあげるアンジェラ。
「結局何が言いたいのよ、あんたは」
「起こった出来事だけに意識し過ぎるなって事だ。ナバール盗賊団が自分を全否定するような事をやらかしたんだ、これは単純にナバール盗賊団を倒せば終わる話じゃないぜ。裏に何が潜んでいるのかは分からないが、事はかなり大きい」
「――それは国の滅亡よりも、ですか?」
重い言葉で語るリースを、軽く受け流すブレッド。
「自分の国の滅亡よりも重い事はないだろう。だが、一つの国の存亡で終わる話じゃないって事さ」
そう言って話を締めくくる。
そしてブレッドは思う。光の司祭に話すのは悪い事ではないのかも知れないと。
アンジェラが言うにはアルテナは他国への侵略を企てているらしい。ローラントはナバールによって滅ぼされ、ビーストキングダムによってウェンデルは狙われている。関連性のない国々が他国への侵略を同時に起こすなど異常という言葉ではすまない。世界大戦でも起こる方がまだ自然だ。
だがしかし、ブレッドに何ができる訳もない。世界情勢を前にしては彼はただの無力な商人でしかないのだ。ならば仕入れた情報を光の司祭に渡す、それも大切かも知れない。
ほんの気まぐれで雪原に残った足跡を追いかけた結果、世界を巻き込む大騒動に足を踏み入れている予感がブレッドにはひしひしと感じられた。
この程度で世界の大騒動とはまだ甘いと、それを知るのはもう少し先の話。
「難しい話はいいけど、私はいつになったらウェンデルにいる光の司祭様とやらに会えるのよ?」
分からない事はどうでもいい、それよりも目先の目的を達成する事を考えるアンジェラ。それはそれで正しい思考回路だろう。まあ、思考放棄とも言えるかも知れないが。
とにもかくにも、この場にいる三人は光の司祭がいるウェンデルを目指すという目的で一致している。ここに至ってブレッドさえ光の司祭への相談事ができたのだ。ならば追加で一人増えても問題ないだろうとブレッドは勝手に判断した。というか、仕方がないというべきか。
「バイゼル商業組合は世界中の街に支部を置いている。それはもちろんこのジャドも例外じゃない」
「?」
「いきなりなんなのよ?」
語り出すブレッドを訝しげに見るリースとアンジェラ。それを受けてブレッドは薄く笑う。
(本来なら密輸に使われるものだけどな)
「獣人が表口だけ見張っていても、裏口まで見張っているとは限らない。調べてみたら…ビンゴだった。
地下道を通って街を出る通路はバイゼル商業組合が確保しているらしい。ジャドはこの大陸全体の玄関口でもある、薬とか急いで運ばなけりゃいけないモノも少なくない。
その商隊に混ぜてもらって、とりあえずジャドから脱出しよう。目指すのはジャドとウェンデルの間にある、湖畔の村アストリア」
話が先に進みそうな事を聞いて。アンジェラは満足そうに、リースは嬉しそうに頷く。
もちろん話はそこで終わらないが。
「それでだが、俺たち以外の護衛を一人雇う事になったらしい」
途端に嫌そうな顔をするアンジェラ。
「ぅぇ? 変なのがくっ付いてくんの? パスパス」
「無茶言うな、こっちが頼んでる立場だ。嫌ならついてくるなと言われるのがオチだぞ」
言うだろうなと、予想した通りの言葉を吐くアンジェラにブレッドは嘆息する。王女さまだったせいか、彼女は基本的にワガママだ。家臣でもないのに窘めなければいけないブレッドはいい迷惑である。
対して同じく王女だったリースは物分かりがいい、とはいえなかった。ちょっとだけ困惑したように眉を顰める。
「こちらから頼んでいる立場ですし、会う前から嫌とは言いませんけど…」
もしも性格が合わなかったりする相手ならご遠慮願いたい。そう口調で語っていた。こっちから相手に合わせなければいけないケースも多くあり、今回もそれに該当するとは考えが及んでいないらしい。
事前に顔合わせをしたブレッドは向こうもかなりアクの強い性格をしていると把握していた為、面倒な事になりそうだとため息を吐きそうになる。
「ようよう、黙って聞いていたら言いたい事を言ってくれるお嬢ちゃんたちだな」
面倒な事になったとため息が漏れた。
諦めた、というか、達観した気持ちで振り向けばそこには粗野な顔をしてこちらを無表情に見る剣士。
「あー。こっちが俺たちと一緒にアストリアに向かう事になったフォルセナの傭兵、デュランだ」
「デュランだ。よろしくしてくれなくていいぜ」
胡散臭い者を見る目でこっちを見やるデュランにも譲歩という表情は見えない。そんなデュランを面倒事が増えたと言わんばかりに睨みつけるアンジェラ。
「何よ失礼ね! 会うなりよろしくしてくれなくていいぜ、ですって!」
「……」
出会い頭に言われた厳しい言葉にリースも表情を固くする。だが、デュランの視線はそっちに向いていない。
彼が見据えているのはアンジェラただ一人。
「へ。俺はな、魔術師がでぇっ嫌ぇなんだ! 遠くからこそこそと人を狙うしかできない臆病者。
そのくせ戦場から離れれば態度はデカイときやがる」
「なっ!?」
「獣人から体を張って守った奴がいるとは聞いたが、体を張ったのはそのブレッドとやらと奥で寝込んでいるアマゾネスだろ?
傷一つ受けていないのに、何様だよオマエ」
カァっと顔を赤くするアンジェラ。怒りと屈辱で震える彼女だが、反論の言葉は出ない。
アンジェラはただ見ているだけだった。リースが傷つき倒れ、ブレッドが獣人に挟み撃ちに遭うのを見ているしかできなかった。
もしも魔法が使えたら、こんな想いになる事はなかっただろう。精一杯自分も戦ったと、胸を張る事をできただろう。今の自分はそれさえもできないのだと理解して――アンジェラの怒りと屈辱は、悲しみと惨めさに変わった。
「~~~! ぅぅぅぅぅっ!!」
「お、おい、なんだよ。これくらいで泣くなよ」
デュランを精一杯睨みつけたまま、ポロポロと涙を流すアンジェラに慌てるデュラン。どうやらこの男、女の涙には弱いらしい。
がしがしと頭を掻きながら言い過ぎたと頭を下げるデュラン。
「分かった、俺が悪かった。お前も魔法で一緒に戦って子供を守ったんだよな。なっ?」
「ぅぅぅぅぅぅぅぅっ~~~!!」
それができればこんな惨めさはないと、一層歯を食いしばって涙を流すアンジェラ。段々とオロオロ落ち着きを無くすデュラン。最初の言葉でデュランを睨みつけたリースだが、おおよそ悪意がアンジェラに向いていた事と彼女の事情を知っていたが為に、今はポンポンとアンジェラの背中を叩いて慰めている。
思っていたのとは少し違ったが、それでもやはり無い協調性にブレッドは深く疲れた息を吐くのだった。