森人は、森と共に生まれ、森と共に在る。ゆえに森は彼らに力を貸し、彼らを助ける。
この広大な密林全てが森人の味方だ。
つまり、密林は森人の腹の中も同然。密林で戦うことに長けた奴らに密林で挑んでも勝ち目はない。ならばどうするか?
簡単だ。相手の土俵で戦ってる必要はない。盤ごとびっくら返せば良い。
「《誇り高き
——《
《夜国》。広範囲を暗黒で支配し、視界を奪う奇跡。夜目が効く森人であろうとこの奇跡の前では光を失い、見透すことはできない。その範囲は森人の里全域に及ぶ。
ダンピールは続けて奇跡を使う。
「《大いなる
《極刑》……それも精神力でもって拡大した、巨樹よりも天高くそびえる巨大杭。それが森人の里を囲むように展開された。さながら里を守る城壁のように。だが実際は誰も逃さない監獄だ。
《夜国》で視界を奪い、《極刑》で逃げ場を奪う。誰一人逃さず、鏖殺するために彼は出し惜しみをしない。
そして地の利を奪う最後の策、火攻めだ。密林が邪魔だ。なら、燃やしてしまえ。単純ながら効果は絶大だ。何も見えず、里から逃げることもできない森人は状況を把握することもできず、次々と焼け死んでいく。
無論、森人にとって火は天敵。精霊に嘆願し、火勢を衰えさせる。里に火除の結界を張り巡らせる。様々な対策が成され、こうも容易く火攻めができるはずがない。
それを可能としていたのがいつの間にか降っていた雨だ。ただの水ではない。黒色の、ねっとりとした液体が降り注いでいた。
そこら中に撒かれたガソリンによって精霊の力も火除の結界も物ともせず火勢が増していく。
それを阻止しようと、あるいは仲間を逃がそうと暗黒の呪縛から抜け出した森人の猛者が行動する。そこに立ちはだかるのは異常なゴブリン達。
一体で戦場の行末を左右しかねない、
ゴブリンとは思えない知性を宿す眼をしていれば、大鎧を着込んで盾と剣を持つゴブリンもいた。
巨樹よりも天高くそびえる巨体がいれば、もはやゴブリンと呼べない異形まで。
彼らこそこそ
森人は何千年と生きる熟練者だ。ただのゴブリンでは幾ら数がいても相手の土俵では勝てない。
ゆえに少数精鋭。最強の六匹に森人は駆逐されていった。
◆◇◆◇◆
「《
《
俺は火回りが早くなるように《火球》などなるべく炎の呪文を使用して暴れ回った。
見かける森人は老若男女関係ない、生きている者には等しく死を与えた。
「貴様ぁぁぁああああああっっ‼︎」
怒りの咆哮。迫る黒曜石の刃。俺は躱し、反撃の魔剣を繰り出すが、受け流された。石器の大刀の持ち主と相対する。
若く美しい森人の戦士だ。革の鎧を身に纏い、
(あの兜……確か妖精弓手の従兄だったか?)
原作にも登場した、輝ける兜の森人。次世代の長になることが決まっている実力者。更に数千年もの練磨を重ねた技量は侮れない。経験には圧倒的な差がある。
だが、俺は負けるとは思っていなかった。確かに経験では敵わないが、経験ではどうにもできない絶対的な力の差がある俺と輝ける兜の森人にはある。
「お前は……何だ?」
「ゴブリンだよ」
一方、輝ける兜の森人は困惑した。里を襲った敵を討とうと思えば、相手はあまりに異質。
黄色の瞳に緑色の肌をした只人に似た見たこともない種族だが、まるで竜と相対したよう存在感がある。
数千年を生きる彼でも見たことない未知の怪物、それが自ら最弱の怪物と名乗ったのだ。
輝ける兜の森人の疑問を解消する間もなく、戦いは始まった。だが、戦いは俺が圧倒していた。
経験や剣術は長命種である森人が上だが、それでは覆しようのない絶望的な膂力が、なにより鋼より硬い身体には黒曜石の刃が通じない。
更に俺はこれ見よがしに木々を斬りつけ、燃やし、森人を挑発する。
決着は早かった。石器の大刀を砕き、輝ける兜の森人を追い詰める。仕留めようとした時、超速の矢が飛び、俺の眼球を捉えた。
だが、俺は不死身の肉体を持つドラゴンスレイヤー。眼球さえ硬く、矢は弾かれる。
俺は邪魔者を睨む。大弓を構え、銀河のような髪をなびかせ、見据える両目は金色。豊満な胸としなやかな肢体に、森人より長い耳は上の
「な、何故ここに⁉︎ 逃げろと言ったはずだ!」
「貴方を置いてはいけないわ」
「戦いの最中に見せつけんなよ」
何、ラブロマンスしてんの? だが、相手がどんな関係かなんて知ったことではない。元より森人は鏖殺する。むしろ、あちらから来てくれて手間が省ける。
森姫と輝ける兜の森人の連携は見事だった。声を掛け合うこともなく助け合い、互いの力を限界まで引き出していた。これが愛の力か、なんて思った。……まぁ、俺に対しては悪足掻きだったけど。
そう時間もかからず、二人は倒れ伏した。
「終わりだな。死ぬ前に最後のお別れぐらいはさせてやるよ」
「別れ? 違うな、我らは自然に還るのだ。この身が朽ち果てようと決して引き裂かれることはない」
「そうよ。自然に還って私たちは一つになるの。永遠にこの人と共に在り続けるわ」
「還る森は燃えているが?」
……いらつく。ゴブリンになってまともな恋愛もできない俺に当てつけるように、砂糖を吐きそうな甘い台詞をペラペラと。
さっさと始末しようかと思ったけどやめた。二人の仲が引き裂かれないっていうなら、試してやる。
俺は森姫の首に牙を突き立て、吸血鬼化させた。森姫……改めて妖精吸血鬼の豹変は凄まじかった。いや、正直吸血鬼化がここまで性格に影響を及ぼすとは思わなかった。
愛した男を自ら殺すくらいには精神性が邪悪になってる。吸血鬼化すると精神も汚染されるのか? 俺は性格なんて変わらなかったが……ゴブリンだから?
ちょっとラブラブなのがむかついてやったが、思ったより酷いことになった。輝ける兜の森人が絶望に染まった顔で死んでる。
「ご主人様、次は誰を殺しましょうか?」
「あぁ、うん。……ちなみに同胞を殺すのに抵抗とかは?」
「私はご主人様の眷属、あんな森の虫共と一緒にしないでください。害虫駆除になんの抵抗があると?」
妖精吸血鬼は森姫と同一人物とは思わないことにした。別人と考えた方が混乱しなくて済む。
まぁ、そろそろだ。もう
背囊から
そして森人の里に終焉が訪れる。
《極刑》による閉鎖空間。里を呑み込む災。この状況こそダンピールの最大の仕掛けだ。
炎の精が風の精を消し去り、踊り手のいない里内に風の精が舞い込む。しかし、火の精に熱せられ、風の精は上空に追いやられる。舞い上がる風の精と混ざり合い、火の精はより強く、より熱くなる。
前世において『火災旋風』と呼ばれる現象だ。
森人の里を炎の竜巻が包み込む。竜巻内は千度を超える高温にして秒速百メートルに達する旋風の地獄だ。これに耐えられる森人はおらず、例え耐えようと呼吸ができず窒息する。誰も助からない。
今宵。神代より続いた森人の里は跡形もなく焼け落ちた。生き残りは誰もおらず、この大事件がゴブリンの手によるものだと知られることはなかった。
◆◇◆◇◆
森人の里を滅ぼし、約束は果たした。これで魔神王から何か言うことはないだろう。世界を滅ぼすなり、勇者と殺し合うなり、好きにしてくれと他人事だった。なのに……。
……なんで魔神王に呼び出されてるんだ?
いや、理由はわかる。手柄を立てたので褒美をくれるらしいから、取りに来いって話だ。
ただ相手は魔神王だしな。素直に喜べない。というかもう混沌と秩序の戦争なんて関わりたくない。
でも、行かなければならない。例えるなら、会社の上司に飲み会やるから来てくれと言われて断れない平社員の気分だ。
まぁ、敵勢力の一角を滅ぼした立役者を殺すなんてことはないだろう。気楽に行こう。
「——どうせ、こんなことだと思ったよ‼︎」
「夜明けの、一撃ィッ‼︎」
太陽の爆発!
俺は死に物狂いで避ける。反撃の呪文は軽々と防がれ、避けられた。
更に魔神王のとんでもない威力の術が俺もろとも勇者を滅ぼそうとする。
魔神王と勇者。この世の頂上決戦に俺は巻き込まれていた。
魔神王が俺を呼び出したのは勇者の力を削る捨て駒にするためだった。勇者も俺を見るなり斬りかかってくる。
故郷の仇とか、お兄ちゃんの敵とか、喚いていた。お前の故郷なんて知らないし、勇者に兄がいたことも初耳なんですが?
俺が一番強い、とか自惚れたことないのに世界最強クラスの決戦なんかに巻き込まないでほしい。
勇者の聖剣にバターのように斬られ、魔神王の呪文にチーズのように溶かされた。不死身の肉体とはなんだったと言いたい。
幸い、魔神王と勇者の力が拮抗したおかげで逃げられた。勇者の仲間が邪魔しようとしたが、魔神王クラスでなければ怖くない。斬り合いでは剣聖を圧倒する膂力を持つ俺の剣で斬り伏せ、知恵比べでは賢者を超える竜の叡智を持つ俺の術が勝った。
巻き込まれた腹いせに魔神王の宝物庫から呪具を頂き、勇者の仲間から剣聖を吸血鬼にしてやった。
まず呪具はよくわからない。とりあえず強力そうなのを掻っ払ってきたが、この奇怪な腕の彫像は何に使うの?
次に剣聖は吸血鬼になって性格ががらりと変わり、俺の眷属になったことに不満はないらしい。
曰く、私より強い男のお嫁さんになりたいが、見つからず行き遅れになると不安だったらしい。
そしたら、妖精吸血鬼と剣聖吸血鬼が喧嘩を始めた。どちらが第一夫人だとかで。え、結婚は確定事項? 怪物にそんな風習は……なんでもないです。睨まないで。
ちなみに賢者は吹き飛んだからどうなったかわからない。
◆◇◆◇◆
魔神王が討伐され、勇者は史上十人目の白金等級冒険者に認定された。
都では盛大に祝典が開かれ、辺境の街でも祭りが催された。
だが、ゴブリンスレイヤーには関係ないことだ。彼は変わらずゴブリン退治をしている。
今日もゴブリン退治の依頼を受けようとしていた。
「到着ぅー!」
ギルドの扉が勢いよく開かれ、活発な声が響く。
現れたのは年若い少女だった。駆け出し冒険者にも見える年頃だが、そうでないのは一目でわかる。
身に纏った鎧には魔術の守りが、腰に帯びた重厚な剣は尋常ならざる業物だ。何より、首から下げだ認識票は——白金。
いま話題の勇者の登場に、ギルド中がざわつく。
「わわ! すごいですよ、 ゴブリンスレイヤーさん! 勇者様です!」
「そうか」
ただ一人、ゴブリンスレイヤーだけはゴブリン退治の依頼を物色して見向きもしない。興奮する女神官にも相変わらずな対応。このまま何事もなかったように彼はゴブリン退治に赴くのだろう。……だが、今回は違った。
「あっ、いたぁー!」
勇者はゴブリンスレイヤーを見つけると目にも留まらぬ速さで彼我の距離を走破し……。
「お兄ちゃんー! 会いたかったよぉーっ!」
ゴブリンスレイヤーに抱きついた。勇者の発言にギルドの時間が止まった。そして彼女の言葉を理解し、絶叫が上がった。
「お兄ちゃん⁉︎ オルクボルグが⁉︎」
「これは驚きですな。小鬼殺し殿の妹が勇者とは」
「しかし、かみきり丸とは似ても似つかん性格しとるの」
妖精弓手、蜥蜴僧侶、鉄人道士が感想をもらす。女神官が驚きながらゴブリンスレイヤーに声をかける。
「ご家族なら言ってくださいよ。びっくりしました」
「違う」
「そうだよ。僕とお兄ちゃんは家族じゃないよ。牧場で一緒に暮らしてたから、そう呼んでるだけ」
ゴブリンスレイヤーの否定を勇者が引き継いで説明する。
「では、牧場の方々の?」
「ううん。僕はお兄ちゃんに助けてもらったんだ。帰る場所もなかった僕をお兄ちゃんが頼み込んで牧場に置いてくれたんだよ!」
「それって……」
それだけで冒険者ならば察せる。ゴブリンスレイヤーが受ける依頼はゴブリン退治だけ。そして帰る場所を失ったということは彼女の故郷は、ゴブリンに滅ぼされたということだ。
その時のことを思い出したのか寂しそうな顔をした勇者がゴブリンスレイヤーに話しかける。
「お兄ちゃん」
「なんだ」
「……
それだけでゴブリンスレイヤーが顕著に反応した。勇者が誰のことを言っているのか理解したのだ。
「どこだ」
「魔神王と一緒にいた。……でも、逃げられちゃった。僕の仲間もあいつに……」
「……そうか」
「また……また守れなかった! 皆の、故郷のみ仇を打つどころか、また仲間を失った! もう失わないように強くなったのに!」
ゴブリンスレイヤーに縋り付き、涙を流す勇者。剣聖を攫われ、賢者はいつ目覚めるかわからない。自分の胸の内を吐き出す。ゴブリンスレイヤーの前だけ勇者はただの女の子に戻れた。
ゴブリンスレイヤーはただ黙って彼女の慟哭を訊いていた。