ゴブリン5
敵の首魁を倒したと気が緩んだ瞬間に禁術をぶっ放した。これでゴブリンスレイヤー、あと女神官神官も消し飛んだ。今後の憂いがなくなったと喜んでいたら……生きてた。
ゴブリンスレイヤーが女神官を庇うように倒れ伏していた。無事とは言い難いが五体満足だ。いや、おかしいだろ。なんで生きてんの? 二人まとめて消し去る威力があったんだが……。
答えはすぐにわかった。おそらくロードを拘束していた二枚の《聖壁》、それからもう一度《聖壁》を唱えた三重防壁、あとロードも肉壁にして耐えたようだ。防ぎきれなくても威力を軽減させることは可能だろう。
それでも女神官を庇ったゴブリンスレイヤーは革鎧は燃え、鎖帷子は溶け、全身重度の火傷と酷い有様だが。
まぁ、一撃しのいだところで関係ない。始末するけど。
「ひっ……だ、誰ですか……?」
「毎回聞かれるな。見てわからないか? この尖った耳、緑色の肌……どう見たってゴブリンだろ」
魔剣を抜き、ゴブリンスレイヤーもろとも斬り捨てようとしたから……白木の杭が胸に突き立てられた。
ゴブリンスレイヤーだ。死んだフリをして襲撃者の隙を窺っていたらしい。
だが、残念、効かないけど。魔神王と勇者との戦いで
そもそも俺は吸血鬼じゃなくて、ゴブリンの亜種だから白木の杭に意味はない。対吸血鬼用の武器なんて俺と戦うことを想定していたようだが無駄無駄。
てか、瀕死の火傷だったのになんでピンピンしてるのかと疑問に思えば、《
何でこんなレア物を? ゴブリンの巣穴に落ちてたか? 欲しかったが残念ながら使い捨てでもう使えないな。
だからもう死ね、ゴブリンスレイヤー。杭を砕き、ゴブリンスレイヤーの頭を鷲掴みにする。片腕で宙吊りにした。万力のような握力で握り潰そうとして……。
——腕が斬り飛ばされた。
ゴブリンスレイヤーと俺の間に割り込んだ黒髪の少女。聖剣を振り下ろした彼女は嫌というほど見覚えがあった。何でお前がここにいる。
「勇——」
「お兄ちゃんから、離れろぉーっ!」
細腕とは思うない巨人のような怪力で殴り飛ばされた。お兄ちゃん? ゴブリンスレイヤーが? そんな設定知らないぞ。
ともかく勇者には勝てない。俺は即座に逃げることを決めた。まぁ、相手は逃す気はないようだけど。
「夜明けの、一撃ィッ‼︎」
太陽の爆発!
聖なる剣が放つ、翠玉色の輝き。
「竜殺しの、一撃ィッ‼︎」
稲妻の轟音!
伝説の魔剣が放つ、紅玉色の呪い。
威力は互角。相殺し、余波が破壊を撒き散らした。
勇者が滅茶苦茶睨んでいる。手を抜いたら死ぬから本気を出す。……逃げるために!
「《血に飢えた
《
血の暴走。吸血鬼の奥の手。膂力や治癒力が大幅に上昇し、更に吸血鬼固有の奇跡限定で威力を跳ね上げる。その力は魔神王に勝るとも劣らない真祖に近しい。
ただし、並の吸血鬼では数分で力を使い果たし、灰になってしまう諸刃の剣だ。
元より長期戦は不利。出し惜しみはせず、全力で切り抜ける。
◆◇◆◇◆
結論から言うと負けた。何なのアレ、パワーもスピードも出鱈目で、こっちの攻撃はひょいひょい避けられた。全て勘で避けたらしいから、どうしようもない。
何とかゴブリンスレイヤー達を盾に勇者に大技を撃たせずに、俺の攻撃は直線上にゴブリンスレイヤー達が入るようにして避けられないようにしてギリギリ渡り合えた。
それでも勇者は強過ぎた。《
勇者の呪文は、威力も高く連発もできるが俺の不死身の肉体を傷つけるほどではないから問題ない。問題なのは聖剣だ。あれは防げないし、勇者が目で追うのがやっとの速度で振り回すから避けるのもままならず、何回も斬られた。
何が言いたいかと言うと勇者は超チートだった。
上半身と下半身が泣き別れして、そんな事を考えられる俺はある意味余裕がある。てか、上半身だけでも傷が癒えるんだから俺の身体も大概チートか。
それから衝撃の新事実が発覚した。俺、むかし勇者に会ってた。かつてゴブリンスレイヤーと遭遇した開拓村。あの時、頭を焼いてくれた小娘が勇者だった。
道理で恨まれてるはずだ。故郷を滅ぼした元凶だからね。で、ゴブリンスレイヤーに助けられて牧場で暮らしていたと。………チートな超勇者とゴブリン絶対殺すマンが義兄妹? 何その最悪の組み合わせ。原作ブレイクにしても限度がある! 神様はそんなに俺を殺し……いや、これに関しては自業自得か。
生き延びれたのは剣聖吸血鬼と妖精吸血鬼が助けてくれたからだ。留守番の二人が何で居たからというと、俺がどこか抜けていそうで心配だったらしい。
まぁ、無様を晒している時点で言い返せない。思えば真っ先に逃げたロードが一番利口だったかもしれない。
吸血鬼と化した剣聖に動揺し、隙を突いた妖精吸血鬼が超遠距離狙撃した矢で勇者が負傷。その後は《
しかし、勇者もかつての仲間が相手じゃまともに戦えないか。いい事を知った。勇者と遭遇したら剣聖吸血鬼を積極的にぶつけよう。
それにても再認識したが……。
「………ゴブリンってやっぱり弱いな」
牧場を襲ったゴブリン軍は全滅した。千匹もいて数十人の冒険者に負けるとは。勇者がいたとはいえこれは予想外。
更に誤算だったのは
手塩にかけて育てた
多分、吸血鬼になってパワーアップした剣聖吸血鬼と妖精吸血鬼の方が強いんじゃないか? 剣聖吸血鬼は勇者と互角に打ち合ってたし、妖精吸血鬼も勇者を射抜いて見せた。……というか。
「別に下半身は持って帰らなくてもよかったんだが……」
「もし治らなかったら、どうするんです。夜伽の世話もできなくなります」
「それは聞き捨てならないわ。一番は最初に吸血鬼にして頂いた私よ」
「——もう少し恥じらいを持て! お前ら、処女だろうが‼︎」
俺は知っている。どれだけ妖美な女を演じたところで、こいつら未体験の生娘だって。吸血鬼は血の味でわかるんだよ。まったくいい歳して処女なんて笑い話だ。俺は経験ある。十年くらい前に襲った村娘が初めてだったけ?
……あ、待て。そんな怖い顔で迫らないで。わかった。話せば分かる。だから……ズボンに手をかける! 止まれ、主人の言うことを、あぁーーーーっ⁉︎
◆◇◆◇◆
戦争は終わった。牧場は無事でゴブリンは全滅。冒険者の勝利と言えるだろう。
だが、勝鬨が上がることはなく、勝利の宴が開かれることもなかった。
冒険者ギルドに戻った彼らは誰もが力無く倒れこみ、葬式のような重苦しさが支配していた。
誰もが傷つき、疲れ果て、勝利と呼ぶには失ったものが多過ぎた。
ゴブリンスレイヤーの呼び掛けに応じて集った冒険者。生還したのは半数だけ。辺境の街を拠点にする数多の冒険者たち、その内の半分がゴブリン相手に命を落としたのだ。
街中の冒険者が集まり、白金等級までいる。ボロい稼ぎと思い意気揚々と馳せ参じた冒険者を襲ったゴブリンの大軍団。想定を遥かに超えた圧倒的な数、そしてゴブリンとは思えない強大な怪物たちに冒険者は苦戦した。勇者がいなければ全滅していたのは冒険者かも知れない。
とても勝利とは呼べないよくて痛み分けだろう。
「おいっ、目を覚ませ! 寝ているだけだろ⁉︎ 王様になるまで死ねないと言っていたじゃないか‼︎」
「落ち着いてください!」
「そうです! この人はもう……」
「うわあああああああああああっ‼︎」
女騎士の慟哭。寝かされた重戦士に縋り付く。どれだけ泣こうと彼が起きることはない。いままで戦った怪物の中でも一、二を争う強敵、小鬼将軍との激戦の果てに彼は命を落とした。
全身全霊を尽くした末に相打つ。冒険者の死に様としては幸運だったのか、相手がゴブリンで不運だったのか。それは重戦士にしかわからない。
「痛てて………」
「とうぶん、
「はんっ、これくらいすぐに——痛っ、傷口を突くな!」
槍使いも大怪我を負った。小鬼巨人が死を悟った瞬間、槍使いだけでも道連れにしようと拳を繰り出したのだ。直撃こそ免れたものの只人が受けるには重すぎる一撃だった。冒険者家業はしばらく休業になるだろう。
傷口を触る魔女も意地悪をしているのではなく、体を大事にしてという彼女なりの愛情表現だ。
「……どうしてこんなことに」
冒険者ギルドに満ちる嘆きと悲しみに女神官は呟く。彼女はゴブリンに仲間を全滅させられた。だから、ゴブリンの恐ろしさを知っている。だけどここまで悲惨な結末になるとは考えていなかった。
「俺の見通しが甘かった、群れの規模を見誤り、多くの冒険者を犠牲にした」
「違うよ、お兄ちゃん! あいつが、あいつが全部仕組んだことだよ‼︎ あいつは最初からお兄ちゃんを狙ってた! そんなの誰にもわからないよ!」
「それでも、俺が呼び掛けなければ彼らは死ななかった」
ゴブリンスレイヤーは冒険者を巻き込んだことを後悔していた。ダンピールの狙いが自分だと知らず、大勢を死なせ自分は勇者から貰った護符のおかげで平然としている。
勇者が悪くないと言おうと彼は自分が許せなかった。
「あの、ゴブリンスレイヤーさん。……あれは……あのゴブリンは、
女神官はおずおずと問う。ゴブリンスレイヤーと勇者以外でダンピールを目撃した彼女だけ。その存在を知ったたらこそゴブリンだとは思えなかった。
只人に酷似した容姿。流暢に共通語を話せる知性。勇者と互角に渡り合う戦闘力。
いまでも瞼を閉じれば鮮明に思い出せる。あの恐ろしいゴブリンの姿。
勇者とダンピールの戦いは速すぎて女神官には消えては突然現れるようにしか見えなかったが、剣を打ち合うだけで轟音が響き、衝撃が大気を震わせる。
次元の違う呪文の応酬。雷撃が走り抜け、業火が燃やし尽くす。杭が剣山のようにそびえ立ち、死の熱風が吹き荒れる様は天変地異を目の当たりにしたようだ。
まさに神代の戦い。かつて起きた混沌と秩序の神々の戦いはあのような凄まじいものだったのだろう。
「……ゴブリンだ。吸血鬼の力を得て……あの異常な硬さは、おそらく別の怪物の力も得ているな……吸血鬼を想定して用意した武器も無駄だった」
「……
予想を超えた勇者との因縁。そして力の凄まじさに女神官は絶句した。
ドラゴンと吸血鬼。世の中で最も有名な怪物だ。知名度もさる事ながらその強大さは知れ渡っている。
その強大な力を得たゴブリンが存在することに彼女は恐怖した。
「…………」
冒険者ギルドの片隅。妖精弓手は手に持ったものを見て、呆然としていた。
「どうして……」
それは一本の矢。鏃は芽、矢羽は葉。鉄を用いない森人が使う矢。だが、その矢に彼女は見覚えがありすぎた。
「どうして、これが……」
これは勇者を射抜いた矢だ。その矢に見覚えがあった妖精弓手が譲り受けたものだ。
「これは……」
でも、いまでも信じられない。この矢の持ち主は死んだはずだ。彼女の故郷とともに。それでも見間違うはずがない。
「これは、姉様の……」
故郷の悲劇からまだ一ヶ月も経たず、悠久を生きる森人にとっては瞬きするような時間だ。
最初は信じられず故郷に戻り、全てが焼け落ちた惨状を目にしてようやく現実を受け入れた。あの時、ゴブリンスレイヤー達が支えてくれなければ彼女は立ち直れなかっただろう。
死んだと思っていた大好きな姉。生きているかもしれないという希望と、何故勇者を射抜いたのかという疑問。
「どういうことなの、姉様……?」
生きていたのは嬉しい。でも、勇者を射ったということは敵になってしまったのか。あの気高き姉が何故、混沌に与してしまったのか。そもそも本当に姉の仕業なのか。
答えは見つからず、彼女の心に不安が広がっていく。