Blind Diva 作:クミちゃん
そして、湊友希那はその別れを受け入れる事は出来るのか。
「おーい友希那〜、起きてる?」
「……? ……リサ?」
薄暗い病室で横になっている一人の歌姫。アタシの声に気付いてくれたのか、身を起こして首を左右に動かしている。
「よ、良かった〜これで起きてなかったらショックだったぞ〜?」
起きているかどうかは正直運頼みだったが、いい方向に転じてくれたようだ。しかし、友希那の灰色に濁った瞳が見ている方向はこちら側なのは確か。だが、アタシのいる場所から少しズレた何もない場所を直視している。
「リサ、リサ……どこ? 手を……手を握って……くれないかしら……?」
「ぁ……うん!」
友希那のその手と声は震えていた。今まで孤独で何も見えない世界にずっといたのなら、納得せざる終えない。すかさず友希那の手を、蘭がアタシにやったように優しく包む。
「良かった……リサの声が幻聴なのかと思ったけど、本物ね……ねえ、リサ?」
「うん……うん……っ!」
せめて友希那の前では元気なアタシを演じようとしたが、呆気なく失敗して涙する。友希那の状態がより悪化しているように感じたから。手を握るどころか、アタシは無意識のうちに友希那を抱きしめていた。
「こんな出来損ないになった私の為に……泣いてくれてるの?」
「当たり前、じゃん……っ! これで泣かないほうが……おかしいよ……友希那は、出来損ないなんかじゃ、ない……っ」
そんな一人抱きしめながら泣き続けるアタシを、友希那も優しく抱きしめてくれた。友希那から伝わるその暖かさがアタシの感情を増大させて、流れる涙の量が増える。
「優しいのね、リサは……本当に」
違う、そんな事ない。アタシなんて、全然大した存在じゃない。
そう言おうとするが、溢れる涙が邪魔をする。なんでアタシがこんなに泣いているんだ。本当に泣きたいのは……友希那の方だというのに。
「私……夢を見たの。何か、とても大事な……忘れてはいけない重要な何かがある夢を。もしリサが良ければ、聞いてくれないかしら?」
「うん……っ、いいよ。その夢の話を聞かせて?」
涙を拭いながらそう言う。それを聞いた友希那がゆっくりと口を開いてアタシにその内容を話し始めた。
アタシが用事でいなかった土曜日、◯◯業者が来ることを聞いた友希那は部屋で作曲をしていた。だが、徹夜が響いたのか途中で眠ってしまったらしい。
数時間の眠りから目覚めた友希那が一番疑問に思ったのは、下があまりにも騒がしかった事。◯◯業者が来るから少し騒がしくなるのは分かるが、明らかにその程度の音には感じられなかった。どうしたのだろうかと階段を降りてる途中で両親の姿を見た
……ところまでが夢で見た部分らしい。
「不思議だったのは、父さんと母さんなのはわかるのだけれど、殆どモザイクをかけられているようであまり見えなかった事ね……一体なんなのかしら」
「それと、何回か記憶を思い出そうとすると……まるで自分の体がやめろと言っているように酷い頭痛が……っ、襲うの」
今その頭痛が来たのか、顔を歪めながら友希那はそう言った。
夢の内容を聞いて、アタシは薄々その先がどんなものなのか想像が出来てしまった。おそらく、その時に友希那が見たものは……
「……? リサ、どうしたの?急に黙り込んで」
「え……あぁ、ごめんごめん! ちょっと考え事を……ね」
そう……。と友希那が言うと、再び沈黙がその場を支配した。その沈黙が永遠に続く……
……なんて事はなく、何かを思い出した様子の友希那がアタシに言葉をかけた。
「あっ、リサ。前に言ったわよね、『また起きた時』に父さんと母さんの事を話すって」
「……! ……そ、それは」
アタシは息を呑んだ。友希那がそう言ってくると思っていなかった。顔を渋くして、事実を伝える事を躊躇してしまう。
「なにか言いにくい事なの?」
どう言えばいいか分からず、また場が静かになる。
「……なら、無理して聞きはしないわ。本当はとても気になるけれど」
アタシが戸惑ってる事がわかったのか、気を使って、この話題をやめさせようとする。
このままじゃ駄目だ、ここを逃したら、もう……今日言うチャンスは巡っては来ない筈だ。
「ち、違うよ友希那! ……実はさっき、考え事してたって言ってたでしょ? それは、友希那のお父さんとお母さんについてだったんだ」
「……それなら、なんでそこまで言いづらそうなの?」
「うん……それについてなんだけど」
……今ここで伝えるんだ、今井リサ。友希那に教えなくては。
もう、覚悟を決めた。
「友希那、アタシが今から言う事は全部……本当の事、なんだ」
「…………わかったわ」
緊張で震える体に無理を言わせる。
深呼吸をする。一回……二回……よし。
心を落ち着かせ、アタシは静かに友希那に向かって言った。
「友希那のお父さんとお母さんは……亡くなったんだ」
「………………え?」
今、リサはなんと言った? 死んだ? 父さんと母さんが、死んだ? 幾らリサでも、冗談が過ぎる言葉にしか思えなかった。
「リ、リサ……? あまりにそれは、じょ、冗談が過ぎるわよ?」
「…………」
なんで……なんで黙るの? ここは、いつものように冗談だよと言う所なのに……!
「アタシさっき言ったけど……事実なんだ。父さんと母さんが亡くなったのは本当なんだよ、友希那……っ!」
リサの口から、冗談と言う言葉が出てくる事は一度もなかった。逆に返ってきたのは、ついさっきのが本当だという言葉だけだった。
頭が真っ白になるとは、まさにこの事を言うのだろうか。考える事さえ忘れてしまったのか、何も言葉が浮かばない。
逆に……一つ、脳内で勝手に再生されるものがあった。
それは……
「う……ぁ……?」
「ゆ、友希那?」
リサの言葉も聞こえない。私は再生されているものに釘付けになっていた。
今まで閉ざされていた記憶なのだろうか。父さんと母さんの姿を見た後の映像のように思えた。
――
『父さん……? 母さん……? 何かあっ……た……の……』
階段を降りる途中で見た両親の姿は、自分の思っていたものとは到底違うものだった。
『え……?』
白い壁一面を染める、紅色の鮮血。
力なく床に倒れている血に濡れた親の姿。
そう、私の両親は死んでいた。
呆気なく、何も言葉を発する事なく横たわっていた。
――
「ぁ……! あぁあっ……!」
脳内で映し出される残酷という言葉だけでは語ることのできない惨劇の光景。恐怖に体がガタガタと震え始め、歯が何度もぶつかりガチガチと音を鳴らす。
「ゆ、友希那! 大丈夫!?」
――
そして、倒れている両親の奥でニヤケながら私を見ていた男が二人。まるで“良いものを発見した”と言っているようなその表情は、逃げようとした私の体をその場に留めさせた。
『こりゃ相当な美人さんだ〜! ……なぁ、俺らだけであの美人さんと
『キャハハハ! そいつぁ名案だ!』
怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い!!
怯え、血液さえも凍りついている私と対照的に、ゲラゲラと笑う男達は
なんで、なんで私がこんな目に……! そんな心の叫びは誰にも届くことはない。
『……つ〜事で、お嬢ちゃんの部屋に連れて行ってもらおうかぁ〜!?』
己の欲望にまみれた片方の男がそう言う。そして私に紅く染まった汚い手が迫る。
そして、その手が私の肩に触れ――
――
「嫌ァ!! 来ないで! 来ないでぇ――――っ!!」
映像はここで途切れた。いや、正確には自分が途切れさせたと言ったほうが正しいだろうか。なぜなら、私が耐えられず叫びだしたのだから。
「友希那! 落ち着いて!」
リサが近づいてくるその音が一瞬、男の音と同じように感じた。感じてしまった。
「私に、近づくなァ!!」
「きゃっ! 友希、那……!」
気がつけば私はいつの間にか、こちらに来たリサの手を振り払っていた。
仕方がなかった、一瞬であれ、あの男達が近づいてくる音だと思ってしまったのだから。仕方ない……仕方ないのよ……!
一人唸っていると、私の叫びを聞いたのか人が二人入ってきた。
「友希那ちゃん!? どうしたの!?」
入ってきた人の声が聞こえるが、一体誰なのだろうか? 聞いたことがあるはずなのに、何もわからない。今の私はそれほど混乱していた。
「一体友希那ちゃんはどうなってるんだ!?」
別の人の声だろうか。その声を聞いて、私は先程の暴れていたのが嘘のように、ガタガタと震え始める。
男、男、男……男男男男男男男男男男!
自分の最も恐れている存在が、今目の前にいる。
殺される、死んじゃう。
死ぬ……? 私……死ぬの……?
嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!
「………………ぁ」
するとどうだろう。私の体から一気に力が抜けた。後ろに倒れていくのがわかる。
突然起こった事に戸惑いを感じた。だがそれよりも、この苦痛から逃れられるのならと、嬉しさも感じた。
「……もう、行こう。そろそろ時間だ」
「そうね……リサ、行くわよ」
「…………うん」
アタシの父さんを見て、最終的に脳がこの以上の負荷は危険だと判断したのだろう。友希那は気絶した。
地面に倒れた友希那をベッドに戻して、父さんの後に続いて病室から出る。別れの挨拶は言えなかった。
アタシの気分は、最悪。これ以外に何といえばいいのだろう。
「リサ、大丈夫。あなたが悪いんじゃないのよ。逆に今日言わなかったら、余計に友希那ちゃんを傷つけていたと思うわ。よく頑張ったわね」
落ち込んでいるアタシにそう言って、母さんはアタシを優しく抱きしめた。
「……うん、ありがとう。お母さん」
お陰で軽くなった……
……なんて事はない。まだその部分は良いとして、アタシが心配しているのはその後のことだ。もし友希那が再び起きた後、友希那が一体何をするのかわからない。もしかしたら、自殺してしまうんじゃ……そう思ってしまうのだ。そう思うと、ただただ心配でしかない。
でも、そればっか考えて、親に心配をかけさせる訳にはいかない。感謝の言葉を言って、親にアタシはなんとか一人で大丈夫という感じを出しておく。せめて表面だけは明るく振る舞わなければ。
外に向かう廊下にあった大きな鏡のまえを通り過ぎる途中で、鏡に向かって無理矢理にでも笑顔を作ってみせる。
「…………」
……うんっ、良い顔してる。この調子で、明日も頑張らなきゃ!
そうしてアタシは鏡から視線を外し、外にある車の所へ向かうのだった。
彼女は分かっていなかった。鏡に映っていた自分の笑顔が、あまりにも本人が思っていたものとは全く違う表情だったことに。
前回投稿が遅くなるとは言いましたが……ここまで皆様を待たせてしまい、本当に申し訳ございません。
今回の話で漸く、友希那に真実を話しましたが、これからどうなっていくのか楽しみにしていてください。
また次話投稿もかなり遅くなると思いますが、最後まで付き合っていただけると嬉しい限りです。
それでは、また次回でお会いしましょう。
※この小説をお気に入り登録してくださった方々、本当にありがとうございます。これからも頑張っていきますので、温かく見守ってくださると嬉しいです。