生意気邪竜嫁がトホってワイプ顔オチする話 作:おはようグッドモーニング朝田
オルタのバレンタイン特別クエスト
藤丸・ジャンヌ・オルタのバレンタインといえば、それ即ち敗北の歴史である。薄明かりに照らされた台所でぐぬぬと唸るオルタ。本日は2月13日。時刻は25時15分。正確にはもう勝負の日に体半分入っている。
「どうすれば……どうすればアイツにギャフンと言わせられる……?」
流し台に肘を着き、くしゃりと前髪を掴んで考え込む。指先がトントンとシンクを叩き、響いた音が薄暗いダイニングキッチンに溶けて消える。
これはまったく関係ない話だが、彼女が最小限の光量でキッチンに立っているのは光が漏れ出て現在睡眠中であろう男に迷惑をかけない、もとい計画を悟られないようにするためである。まったく関係ない話であるが。
さて、彼女が実は気配りのできる他人思いの良い子ちゃんなのではないかという疑惑はさておき、現状にもどる。オルタは、藤丸立香にバレンタインチョコで目にもの見せてやりたいのである。そして、「それはバレンタインチョコ!?オ、オルタのチョコ欲しい!欲しすぎる!え!くれるの!?ギャフン!」と言わせたいのである。
前述したように、オルタのバレンタインは敗北の歴史そのものであった。自分の顔がプリントされたチョコを渡せば普通に食われ、挙げ句「普通に美味い」と感想を言われ。
「食べるのためらいなさいよ!普通に美味いってなに!」
シンクを叩く。しかしなるべく音が立たないように。
ハートがバラバラにされた「ハートブレイクチョコ」を渡せば「めっちゃ美味い。来年もこれがいい」と言われ。
「形状への頓着の無さ!感想下手くそか!」
冷蔵庫を殴る。もちろんサイレントで。
渡し方を工夫しようとチョコレートの隠し場所を記した地図を渡すと、大量にコピー&配布され、全校生徒総出でトレジャーハントさながらの大捜索をされた。
「公開処刑が過ぎる!魔女裁判か!」
特に意味もなくオーブントースターをチーンと鳴らす。
流石にこれは戸惑うだろうとチョコで自分のフィギュアを作って渡したら、大仰な装置でケースに入れられ神棚に飾られた。かまど神も隣にチョコでできた美少女フィギュアを置かれてさぞびっくりしたことだろう。「縁起悪いわ!」と再度手渡したら舐め回すように観察された挙げ句、足先からぱっくりいかれた。そして感想。「スカートの中の再現度が甘いね。チョコは美味い」
「シンプルに気持ち悪い!」
頭を抱えて悶える。頭を台に打ち付け、誰もいない静まり返った台所に鈍い音が響く。そのまま動くことなく何かを考えるように頭をさすると。
「……あいつ脚好きよね」
何を思ったのか、おもむろに己の風呂上がりの(比較的)キレイな脚をツツツと撫でる。静止。
数秒後、爆発したかのようにボカンと赤面し、ちぎれんばかりに頭を揺すると、最初の体勢に戻る。前髪をクシャッと握り、荒い息を整える。
「とにかく!」
自分以外誰もいないのに何かを弁明するように顔を上げる。その顔は依然真っ赤なままであった。
「これ以上の敗北は私の栄光の人生において不要!今回こそ、アイツに……!立香に!」
はぁ……はぁ……!オルタ、チョコ!チョコ頂戴!早くぅ!……え!これ!す、すっごい!すごいチョコ!あっ、す、すー……すご、すごい!あー!ギャフン!って言わせてやる!
決意は硬いがこれももちろん小声である。配慮深い。
むん!と気合を入れて腕まくりをするオルタ。怨敵をぶっ飛ばしてやろうという気概がありありと見て取れる。しかし悲しきかな。暖房のついていない2月のキッチンは寒かった。まくっていた袖を丁寧に戻し、両手を合わせてサスりサスりと暖める。どうにも締まらない開戦の合図であった。
さて、戦の始まりであると意気込んだはいいものの。今年はどう攻めるべきだろうと考える。どうすればあの朴念仁をぶっ飛ばせる?どうすればあの男に「ハァハァ……オルタ様チョコ欲しいですぅ……じ、焦らさないで早くチョコちょうだいよぉ!……食べていいんですか!やったぁぁぁ!……ん!?こ、こりは……!ウマい!ウマいぞぉぉぉ!筋肉肥大!目からビームどぉん!口からも光線ズババァ!東京都壊滅!締切延長!ギャフン!」と言わせることができるだろう。勝利条件は……
「……そういえば結局何がしたいのかよく考えてなかったわ」
今までひたすら自分が辱められるだけだったこともあり、何を以って自分の勝利であるのか、よくわからなくなっていた。チョコを湯煎しながら考える。今までの自分の姿を。敗北にまみれた、我がバレンタインの歴史を。
赤面、赤面、赤面……。
思い至った。我がバレンタインの軌跡は、敗北とともにあり、その敗北には必ず恥辱にまみれた赤面があったと。
そう、つまり、彼女は辱められることで敗北したのだ。
「なるほど……そういうことね」
これがわかれば話は早いわ、といやらしく口角をつり上げるオルタ。今までは自分が恥辱に濡れ、赤面することで敗北感を味わった。ならば勝つための、かの藤丸立香に辛酸を舐めさせる条件はただ1つ。
カッと目を見開く。
「アイツの顔を馬鹿みたいに赤くさせてやるわ!」
甘いチョコレートで辛酸を舐めさせるってなんか面白いわね、と楽しそうにヘラを振るうオルタ。フフフ、アハハハと悪意を多分に孕んだ笑い声が部屋に広がりゆく。相変わらず寝ている誰かさんに気を使ってボリューム小であるが。バレンタインは乙女の戦場であるという。世間のきらびやかな戦場とは少し違った陰気な戦場が、ここでも繰り広げられているのだった。
ちなみにここまで全て薄暗いキッチンでの出来事である。控えめに言って情緒不安定だ。
夜が明け、2月14日、バレンタイン本番。ジャンヌ・オルタは勝利を確信していた。今手元にあるこの箱の中身のことを考えるだけで口元が歪む。いけないいけないと思いつつも、この後訪れるターゲットの羞恥にまみれた表情を想うとどうにも我慢できないようだ。
春がそう遠くないことを予感させる、比較的暖かな昼下がり。藤丸立香はリビングでのんびりとタブレットを眺めている。
(フフフ……マヌケそうな顔して。これからどんなことが自分に起こるかわかっていないようねぇ)
ジャンヌ・オルタはそれを不敵に見つめ、これから訪れる大勝利へと思いを馳せているのであった。最早彼女には栄光の未来しか見えていない。これまでの敗北は今回で勝利へと変わるのだ、決して無駄ではなかったのだ、と。
日差しの差し込むリビング。個人の思惑がなんであれ、時計の針はチクタクと進んでいく。世間様とはズレた職に就いているためにこんなのんびりとした平日が許されているが、それも無限ではない。そろそろ立香の痴態でも見ようかしら、と椅子から立ち上がる。机に手を置き、よっこいせと体を持ち上げたその瞬間、彼女の脳裏に閃光がほとばしる。
(どうせなら……公衆の面前で赤っ恥晒させてやろうかしら?)
まさに悪魔のごとき閃き!天才的発想!どうせ勝つのならば徹底的に、完全に、完膚なきまでに勝利してやろう。第三者のギャラリーにもその瞬間を目撃してもらおう。そんな邪な感情が己の野望を更に強く燃え上がらせた。ククク、と捻くれた笑いが漏れるのを自覚する。コホン、と咳払いを一つ。これから怨敵を狩場に誘い出すというのにそんな笑い声を聞かせてしまったら、相手に無用な警戒をさせてしまう。相手の姿を確認。こちらに気づいた様子はない。タブレットと必死ににらめっこをして、何やら指でタンタンとリズミカルに画面をタップしている。最近ご執心なアイドルのプロデュース業務だろうか。浮気の可能性あり。後で尋問ね、と額に浮かぶ青筋を隠す。ンッ、と喉を鳴らし声の質に違和感がないか確認する。大丈夫。
臨戦態勢に入ったオルタは、平静を装ってターゲットの背後に近づく。立香は自分が陰謀の只中にいることも知らず、呑気に「お料理得意なんです!お料理得意なんです!」と狂ったように繰り返している。
「ちょっとアンタ」
「いったぁ!」
なんとなくムカついたので脳天にグーを落とすオルタ。ゴッという野太い音。窓の外でピチチと鳥が鳴いた。彼女の目の前にはのほほんとした男の顔。なんとも平和である。復讐の炎がすぐ間近まで迫っていることも知らずに、とオルタは内心ほくそ笑む。そんな腹の中を見透かされないように、平常運転を心がけて、こちらを見上げる立香を罠が待ち構えるランデヴー・ポイントへと誘う。
「今日は夕飯、外で食べましょう?」
さぁ、勝負の時間がやってきたぞと己を鼓舞するオルタ。少し汗ばむ手のひらをギュッと抑え込む。暖色の淡いライトが店内を照らし、周囲のささやかな喧騒が動悸を強調する。ニコニコと笑いかけながら食後のブレイクタイムを談笑と共に花咲かせる男、藤丸立香。ここまでは順調だとプランの完成度を称賛し、自分の勝利を疑わないジャンヌ・オルタ。
(あとはこのチョコレートを渡すだけ……!それで、勝ち!)
なんてスマートな罠への誘い方!したたか!あまりにしたたか過ぎる!デキる女だわ、私!
オルタの自画自賛が止まることを知らない。実際はさりげなく繋がれた手に滅茶苦茶どぎまぎしたり、コートを脱いだときにチラリと見えたシャツの隙間から覗く鎖骨にドキリとしたり、緊張で今流行りのジビエ料理の味がわからなかったりとそこまでスマートではなかったが、その辺は彼女にとってあまり重要ではないらしい。なんにせよ、勝利は揺るがないものだと思っているのだ。
「いやー、昼間暖かかったから油断したけど、やっぱり夜は冷えるね」
「そうね」
「いつもみたいにお腹出して寝てたら風邪ひいちゃうよ?」
「そうね」
「オルタが楽しみにしてたプリン食べちゃったんだけど、許してくれる?」
「そうね」
「新しいノートパソコン欲しいんだけど、買ってもいい?」
「そうね」
勝利は揺るがないのだ!
ここぞとばかりに都合がいいように利用されていることなどつゆ知らず、オルタはタイミングを図っていた。
(洒落た店内、明るすぎない照明、周囲の目、食後の休憩……こいつは今油断しきっているに違いない……。ここだ。ここしかないわ!)
いざ、勝負の刻。まぁ勝利の方程式は見えているのですけど!とはオルタの主観。旦那の浪費を見逃している事実は見えていない。
「ねぇ」
しおらしげな演技も交えて立香に話しかけるオルタ。食後のコーヒーに口をつける目の前の怨敵はやけにニコニコしながらそれに応じる。
「なに、オルタ」
(なぁにヘラヘラしてんのよコイツは!今から衆人環視の前で大恥晒すっていうのに!)
新しいパソコンが買えるからである。
「ほら、今日バレンタインでしょう?今年もチョコ作ってあげたわよ。ありがたく受け取りなさい」
上品で丁寧なラッピングが施されているそれをカバンから取り出し、渡す。罠だとは知らずに、嬉しそうに受け取るアホ(オルタ目線)。
「わ、ありがとう。オルタのチョコ、毎年手が込んでて美味しいから楽しみなんだよ」
「馬鹿ね。そんなことどうだっていいじゃない。今回のはシンプルだから、あまり期待しないでちょうだい」
危ないわねこの天然野郎……ナチュラルに照れさせようったってそうはいかないわよ。
たぶん立香が意図していないであろう弱パンチで赤面させられそうになるオルタ。平静を装う。視界の中心に天然馬鹿(オルタ目線)を置きつつ、端で周囲を確認する。堂々とバレンタインがなんだかんだとバカップル(死語)のようなことをしているのだ。ある程度の関心を集めていることがわかる。
(キテる!見てる!これは勝てる!)
栄光の瞬間まで秒読みであると確信する。近づいてくるゴールに興奮しつつ、ほら開けてみなさいよ、と催促する。いいの、やったーなどと呑気にする眼前の男。もうニヤニヤと崩れる顔を抑えることなどできない。
これまでは、凝りすぎていたのだ。どのように立香に、こう、形容しがたい気分を味わわせてやろうか、と工夫に工夫を重ね、趣向を凝らした。その結果、こっちが辱められていたのだ。こちらの戦略が高度すぎたため、あの馬鹿には伝わらなかったのだ。それが敗北の要因だ。ならば、と今回は先程も言ったようにシンプルに攻めることにした。馬鹿でもわかる恥辱を、ヤツに与えてやることにしたのだ。このチョコは原始的な嫌悪感を目の前の男に抱かせるだろう。それを食わせるのだ。周囲の目がある中で。きっと恥ずかしさから真っ赤になって震えて許しを請うてくるに違いない。あぁ、なんていい気分なのだろう。これまでの恥辱に濡れた歴史が、今報われる。藤丸立香にさんざん泣かされてきたジャンヌ・オルタたちよ。私はやったぞ。この男に復讐してやったぞ。さぁ、その箱を開けろ。そしてその普段はボヤッとしてるけどスイッチが入ったら結構、いや少しだけ凛々しくなる私的にはそこそこ好みの顔面を歪めて真っ赤にするのよ。
邪悪な思惑をその表情に隠すこともしなくなったオルタ。歓喜に思わずコロンビアする。
そしてその目の前で包装を解き、箱を開ける立香。そしてその中身を視認し、驚きをその双眸に露わにする。
その中身とは……!
数秒後
「うわっオルタのうんこ美味ぁぁぁぁ!!すごっ!漫画うんこもリアルうんこもどっちも美味いよ!ねぇほら見てオルタ!すごく美味しいよオルタのうんこ!」
「や、やめなさい!そんな大声で言わないで!私が悪かったから!ねぇ、ホントやめて!お願いだからぁぁぁ!」
盛大に赤面し、涙さえ溢しながら慌てふためくジャンヌ・オルタ。彼女のバレンタインの歴史は、やはり敗北と共にある。
オルタのバレンタイン特別クエスト 失敗
盛大な前振り。約束された勝利のオチ。飲食店では騒いではいけません。持ち込んだチョコを食べるのも控えましょう。