彼女の追憶 その2『言い訳』   作:胆谷

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2話、3話

=2=

 

遠野君が転勤する事になり、いよいよ私との距離が遠退き、接点も減ってしまう。

彼が、どことなく、それでいて遠慮するように私から離れようとしているのではないかと、私は気持ちがざわついた。

 

彼と、彼の気持ちを何とか繋ぎとめようと、毎日電話し、そしてメールする。

何度も何通も。

 

その事が彼の重荷にならないように、注意し、それでも健気な事実くらいは分かってくれるようにと、祈りを込め、送信した。

 

返信が来ない事が、多かった。

 

 

彼が、約束をキャンセルした。

忙しさや色んな理由があったけれど、そんな事、初めてだった。

その日の夜は、狂おしいほど、身体が疼いた。

惨めな自分が苦しくて、彼を恨んだ。

愛してると言いたかった。彼に、言って欲しかった。

 

その日求めたのは、たったそれだけだったのに。

 

私はその夜、見かけてしまったのだ。

中谷くんが女性と、本当に楽しそうに腕を組んで歩いているのを。

 

押さえていた涙が、嗚咽と共に零れ落ち、地面を濡らした。

その時、どんな心中だったのか、分からない。

ただ、止めを刺されただけだったのだ。

もう崩れる寸前の砂の城が、さざなみに押され、最後の欠片を流されてしまっただけなのだ。

 

中谷くんに期待した事は一度も、何も、無い。

それでも、私の涙の何パーセントかは、彼の味がしただろう。

 

しばらく座り込んでいた私は、嗚咽が治まると、自分でも不確かな足取りで、静かにその場を後にした。

 

 

 

「ん……うわっ!み、水野?!」

 

その驚きの声で、私も周りを見回した。

ここはどこなのだろうと、ゆっくり記憶との一致を探す。

 

「お、お前、どうした……化粧くずれまくってるぞおい」

 

なんだ、良かったと、私は安堵した。

いつも連れて行かれる居酒屋の、いつもの顔が私を見ている。

 

「あれ、お前泣いてるんか?」

 

「大丈夫です……」

 

無意識の間に何杯か飲んでいたらしく、お腹が重い。

私は、トイレに行くと、久しぶりに吐いた。

夢遊病のように彷徨い、ここに落ち着いて、知らない間に飲んで、気がつけば、上司の隣か……。

 

ドラマにしては、少し物足りないけれど、私にしては上出来の不可思議体験だ。

私は、心の底から可笑しくなって、席に戻ると、まだ酔っている振りをして上司に絡んだ。

ビールを追加し、上司に止められるまで騒いで飲んだ。

こんな事、初めてだった。

 

 

=3=

 

彼は、相変わらず中々電話に出ない。

それが遠慮から生まれた判断だという事は、私でも分かる。

 

彼は、出会った頃から、そう、初めから私に遠慮していた。

付き合って、キスをして、セックスをして、愛を確かめ合ったと思っても、彼の心は、ほんの少しも……。

 

手を伸ばしても到底、届かない。

どんなに速く走っても、追いつかない。

動悸が混乱を誘い、焦りが覚束ない足をさらに、絡ませる。

 

「待って…、行かないで……っ!!」

 

私は、飛び起き夢から覚めた。

全身が汗だくで、息を切らし、今まさに、全速力で走ってきたかのよう。

 

「どうした…?何か、あった?」

 

くぐもっているけれど、ハッキリと聴こえる、彼の優しい声。

私は、何故その声が私の部屋で聞こえるのか、その発信源を、寝ぼけた頭で考え、目をうろつかせて探した。

 

「大丈夫か?!」

 

もう一度、鮮明に聴こえる彼の心配そうな声。

早く、返事をしなければ……!

 

彼が遠退いてしまう。

 

私は、真剣になって、頭を振り、力を込めた手の中に、携帯がある事に気付いた。

 

「だ、大丈夫!ごめんなさい、大丈夫だから!」

 

すぐさま彼に伝える。

寝たまま、彼に電話を掛けたのか、彼からの着信を取ったのか。

そんな小さい疑問がどうでもよくなるくらい、彼と長く会話した。

ずいぶん久々に話した気がする。

 

胸の支えが取れたように安堵して、思わず泣きそうになる。

それでいて不透明の不安を覚えるほど、彼の言葉は私にとって、甘美だった。

 

 

週末、彼とデートをした。

突然玄関に、現れた遠野君。

何のアポもない、完全なサプライズに、私は慌てたけれど、彼は爽やかにエスコートし、リードしてくれた。

この前のキャンセルを帳消しにする、甘い一日だった。

 

眩いほど楽しい2日間はあっという間に過ぎ、彼が帰る日。

私は、切実な顔になっていたと思う。

彼の手を握り締め、私は懇願するように、彼と約束した。

 

「次も、絶対……デートして!」

 

彼は、照れたように私を見て、そして頷いた。

 

有頂天になったのか、私は興奮してその夜は遅くまで寝付けなかった。

彼の辿った跡を、指でなぞる。

じっくり時間を掛け、息が上がっていくのを、私は彼の名前を呼んで、後押しした。

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