彼女の追憶 その2『言い訳』   作:胆谷

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4話

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私は、自惚れていた、と言っていい。

”絶対”とは言葉のあやであって、現実には存在しない。

いや、むしろ、絶対と高を括っている時にこそ、イレギュラーな現実が、それこそ絶対的に降って来る。

そして私は、思い切り頬を叩かれたように、目を丸くする。

 

今日が、そんな日。

 

例えば、仕事でケアレスなミスをする。

勿論、上司には叱られるけれど、気にしないくらい、私の心は平穏だった。

例えば、社内の曲がり角で、嫌な先輩とぶつかって嫌味を言われ、しかもお茶をこぼしたって、私は平和だった。

こんな汚れは洗えばすぐ落とせるし、嫌味の一つくらいあった方が、まだ健全と言うもの。

例えば、今朝見た週末の占いは、パーフェクトに最下位だったけれど。

彼との逢瀬を思えば、世界全ての私と同じ星座・血液型の人が、果たしてみんなして最悪の週末なのかどうか、考えるまでもなく、私は勝利を確信していた。

 

しかし――。

 

占いは、当たってしまった。

 

浮かれ過ぎた私の期待のレベルは、地に落ちる勢いも、落ちた後の気だるさも、同じエネルギーをもって、私を貫いた。

彼は、来なかった。

 

勝手に約束を押し付けたのは、私の方。

元々予定があったのか、何とかなる筈だったのか、彼は、電話口で反省し、頭を下げる絵が浮かぶほど、何度も私に謝った。

 

「うん、分かった。そんなに謝らないで。大事な時だもんね。体に気をつけて、頑張って。遠野君」

 

震える手を押さえつけ、逃げるように、私は電話を切った。

あれほど求めた彼の声が、今日は私を傷つけてしまう。

彼にそんな事、させたくはなかった。

 

 

気が付くと、友人の何人かを誘って、私は、いつもの居酒屋に赴いていた。

 

「最近、やけに付き合いがいいじゃねえか、ん?もしかして俺に惚れたか?水野!」

 

上機嫌に笑い、肩に手を回す上司。

この雰囲気にも慣れたのか、全く気にならなくなっている自分に、少し驚く。

その内、一人、また一人と友人が帰っていく。

みんな家庭があり、或いは恋人が待つ部屋に戻るのだ。

そう思うと、こみ上げるように胸の奥と目蓋が熱くなった。

 

「おい、水野……お前また泣いてんのかよっ!」

 

慌てて、ハンカチで目元を押さえる。

泣く事など、何も無い。

 

すると、何を思ったか、上司が私を抱きしめた。

私は身じろぎしたが、思いの外、力が強かったのと、そして何故か居心地が良かったのとで、少しの間、身を任せた。

何と言うのだろう、父に抱かれた感じに近いような、そんな安心感があった。

 

私は、上司の胸の中で、じんわり泣いた後、「家まで送る」と上司に誘われタクシーに乗った。

 

 

気恥ずかしさと、後ろ暗さと、少しの安心と、私の心は乱れ、ドキドキと波打っている。

それが何となく心地良く、暗いタクシー内を線で照らす、外からのヘッドライトをぼんやりと眺めていた。

 

「大丈夫か?」

 

最近聞いた同じフレーズに、耳が反応する。

声質そのものは全く違ったけれど、私を気遣い、安心させようとする声色に、私は目を伏せた。

 

「水野、大丈夫か?」

 

もう一度そう言った声も、セリフも、彼とは似ても似つかない上司のものだった。

タクシーはすでに、私のマンションの前に停まっていた。

私の膝の上に置いた上司の手から、体温が伝わる。

私は、たった一人で、暗く孤独な部屋に戻らなくてはならない寂しさに、恐怖のような感情を抱いた。

お酒のせいに出来るほど、私は酔っていたし、また、遠野君のせいに出来るほど、私は彼を愛していた。

 

「水野……?」

 

再び上司が私の名前を呼んだとき、私は上司の手に自分の手を重ねるように置き、部屋まで来るように介抱を頼んだ。

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