FGO二部二章・改「狂焔之巨人王と三人のセイバー」 作:hR2
走り抜けたるは一条の斬閃。
それは斬撃にして、斬撃にあらず。
剣に生きる者だけにしかその真を分かれない、剣士から剣士へと突きつけられた究極の挑戦状。
全てを剣に捧げ、遍く世界を旅してきた剣士が辿り着いた武の極みとは、
[第二話 Blade, Blader, Bladest]
□ 「武蔵ちゃん、いっけー!」 □
▷ □ 「武蔵ちゃん、やっちゃえー!」 □ ◁
初撃を終え、無言のまま剣を構える二人に黄色い声援が飛ぶ。
□ 「マシュも一緒に応援しよう、」 □
▷ □ 「でも無理はしないようにね!」 □ ◁
「は、はい…………、ぐっ!?
痛っっ…………ぐぐぐぐ…………!」
□ 「そのまま無理に立ち上がらないで、」 □
▷ □ 「二人の戦いを見守ろう」 □ ◁
その言葉にマシュ・キリエライトは顔をしかめるも、
一つ頷き、視線を二人のセイバーへと向ける。
「————————フン」
一瞬、ごく僅かにだが確かに凍りついた。
それは無論相手の双剣使いに気付かれている。
剣士の技の真実は、同じ剣士にしか分かることはできない。
素人、例えばカルデアのマスターが見ても、なるほど、すごいことは分かる。
だが、相手の技術がどの程度なのかは、戦士にしか分からない。
戦闘者としてあらゆる修羅場を経験しているマシュはこう推論している————、
これほどの剣技を持つ者は、自分が知る数多のセイバーの中でも片手で数えるほどしかいないはず、と。
だが、二人とも分かっているようで何も分かっていない。
その技がどれほどまでに奥深く、どれほどまでに天高くあるものなのか————。
そして何より、
それが自分よりどの程度上なのか下なのかは、同じ剣士にしか測ることができない。
しかもそれは、武蔵と同程度の剣の技量を持つ剣士という但し書きがつく。
剣と共に、汗を流し、涙をぬぐい、苦痛に耐え、強敵を乗り越え、血を浴びる————
剣士だけが、剣士を理解し得るのだ。
シグルドは黙り、止まり、凍りついた。
それはつまり、
黙り、止まり、凍りつくに足りる剣の技量をシグルドが有していることに他ならない。
つまりこの女————、
「————ハッ。
だからどうした」
嗤う、嗤う、嗤い転げる。
ああ、そうだろう。
こいつの方がオレより剣の腕は上なのだろう。
一つか二つ、いや三つ四つ————そんなもの
それが人間という種。
極めて短いサイクルで誕生と死滅を繰り返す塵芥の如き有象無象。
その多さ故に、稀に
神霊の恩寵を授かるに相応しい英雄という者達。
永久不滅なる神霊では決して持ち得ない、定命の者だけが持つその光————、
その光こそ、不老にして不死であるはずの神すらも、容易に殺し尽くす。
その光を持つ者が、今オレの目の前にいる女だということ。
何ら感傷など抱くことがない、
「ちょいとアンタ」
「何だ?」
「彼女いじめたケジメはきっちり取らせるとして————。
名乗ったんですけど、こっち」
「だから?」
「相手の名前を聞いたら自分の名前も教えなさいって、
それとも、そんなことも分からない狂犬なの、おたく?」
「————————ク、」
嗤う、嗤う、嗤う。
嗤わずになど、いられるはずもない。
「クハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
ククククククククハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
拍手。
喝采。
大賛辞!
クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
道化師、もどきと続いて、今度は
素晴らしい、素晴らしいぞ、塵芥!
貴様らのアホさ加減に、今この場で嗤い死んでしまうかもしれん!!!
クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!
その頭の救えなさに免じて一つ教えてやろう」
シグルドの持つ全ての短剣が、動き出す。
三つの円を描きながら、シグルドの周りを球体状に流れ動く。
「オレの名だと?
そんなものに何の意味もない。
オレはただの、」
全ての剣が、
「————お前らの
狂暴なるシグルドの剣意によって、
嵐を超える嵐となるべく————
開戦と終戦を同時に告げんと、雪崩の如く一斉に射出される!
「————————っ!」
速きこと、迅雷の如く。
それは最早、嵐とは到底形容できない、刃群の死檻。
正真正銘、初撃から全力を尽くした短剣の連続投擲。
「あれが…………セイバー・シグルドの本気…………っ!」
抜かれていたのだ、手を。
刃一つ一つが意思を持って状況判断しながら獲物の急所へと飛んでいく
上下左右、短剣が襲いかからない方角など存在しない。
もしこの場に竜種がいたとしても、あの刃の地獄の中では十秒と持たずに穴だらけと変わる。
あれを使われたら————果たして自分はマスターを守りきれただろうかと、マシュの背中に冷たいものが走る。
それだけではない。
飛び交う短剣はその軌道・勢いを細かく変えながら、シグルドの元へと帰ってくるものがある。
その刃を、
「————シッ!」
再度拳で打ち出し、さらなる勢いで持ってして武蔵の身体を突き穿とうとする。
さらに、
「————————」
その右手、魔剣を打ち出す準備を既に完了している。
期すのは必殺、己に相応しい最強の一撃。
一度開けた刃獄の釜の蓋は、決して閉じることなく大口を開けている。
縦横無尽に貫き続ける刃達は、もはや空間そのものを埋め尽くす剣勢で飛び交っている!
「こんな…………デタラメ、どんなサーヴァントでも…………」
躱せない、凌げない、防げない————
マシュの頭が、自然と下を向いて
□ 「でも、武蔵ちゃん、」 □
▷ □ 「さばいているよ?」 □ ◁
「え————………………
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
シグルドの額に、
全く信じられないことだが————、この勝負、
武蔵は泰然たる巌の身、垂直に立つ背は曲がりも反りもしない。
不動でありながら、不動ではない。
カルデアの者達の目には動いてないように見えるが、その実動いていることをシグルドは知っている。
極々僅か、極めて微小な回避行動が、短剣を弾く双剣操作の体捌きに吸収されている。
不動ではないが、不動のように見えるのだ。
刀を振りながら短剣をさばききり、シグルドとの距離を詰める————
言葉にすればこれで終わるが、それがどんなに荒唐無稽な絵空事なのかはシグルドが射出する短剣の荒れ狂う様を見れば誰でも分かる。
嗚呼、それなのに————
武蔵は着実に距離を縮めているのだ。
先刻のマシュとの戦いとは比べ物にならないほどの剣戟音は決して休むことなく音に音を重ねて音を掛け続ける。
刃と刃の激突のフラッシュが、まるでそこにもう一つの太陽があるかのように輝き続けて止まることがない。
その光の影響で、こちらからは武蔵の姿を視認することは難しいが、
この音と光が未だ止まっていないことこそ、武蔵が健在である何よりの証。
たった二つ、たった二つしかないはずなのだ。
だがその双剣、神楽を舞っているかのように武蔵の身体を離れることなく、己へと降りかかる刃の厄災を一つ残らず打ち据える。
届かない。
竜殺しの英雄の刃を持ってしても、届かないのか————?
「————小癪」
接近戦では、分が悪い。
魔剣一つで敵の双剣を相手にするは、ほぼ無理だとシグルドは判断している。
剣士が最も無防備になるのは攻撃をし終わった後ではない、攻撃している最中。
ところがこの常識が双剣使いには通じない。
右で攻撃しながら左で守り、左で突きながら右でさばく。
攻撃と防御が一体となるのだから。
だからこその中間距離での連続投擲。
間合いを保ち、一つでも当たりさえすれば崩れた体勢へ魔剣投擲、詰みにすればいい。
だが…………
その一つは、一体、いつ、当たってくれるというのか?
そんなことよりも————!
「————————ッ」
理由はまるで分からないが、自分はこの女に
何故だ、何故何故何故何故、何故なのか!?
不快な苛立ちが募り、また一つ距離を詰められる。
「————————————くッ!」
あの不愉快極まる
あらゆる方向、あらゆる角度から突っ込んでくる短剣の全てをさばくため、武蔵が両手に持つ双剣は常人では視認することは到底不可能。
シグルド・武蔵
その域の者ならば知れる者もいようか————、
何故シグルドは開幕からずっと押されているのか、そして何に苛立っているのかを。
武蔵は、常にどちらかの刀を
その剣に、シグルドは押され続け、苛立ち続けているのだ。
武蔵の身体の中心を表す縦の一本線があるとする、これを中心線という。
同様に、この中心線はシグルドにも存在する。
二つの縦の中心線を繋ぎ、三次元空間上に平面を作る。
武蔵が置く刀は、この面の上に位置している。
自他の中心線が描き出すこの面上に刀を置くということは————、
その双剣、ここでも攻防が一体となっている。
武蔵はただシグルドの攻撃を凌いでいるのではない。
凌ぎながら攻撃している————押しているのだ。
驚嘆すべきはその正確性。
ミリ単位どころの話ではなく、その千分の一のマイクロ単位で見ても誤差がまるでない。
真に中心を押さえているのだ。
さらに武蔵が今いるのは千刃乱舞するシグルドの刃檻の中。
右で払い左で打ち据え、両手双剣を目まぐるしく動かしている。
それでいて、武蔵は常に片方の刃で中心を取り続けている。
異常すぎる、その技量。
魔神か鬼神かと疑わざるを得ない剣の技。
「チッ————————!」
だから、押される。
理由分からず、焦燥する。
油汗が、出てきてしまう。
武蔵が仕掛けているこの中心の取り合いこそ、
相手に中心を取られたのなら、取り返すため一手仕掛けなければならない。
そうしなければ、押される、押され続ける。
後ろに下がるか、左右に逃げるか————しかしそれは答えではない。
体勢と位置が変わろうとも、武蔵は常に中心を取ってくる。
付け焼き刃は通用しない。
そして、武蔵が中心に置く刀があるからこそ、
それがシグルドからすれば武蔵の
何よりも大きいのが、
例えそれが未知なものだとしても、シグルドほどの力量を持ってすれば難なく破壊しよう。
だが、
相手は、宮本武蔵————。
己よりも、間違いなく上の剣域にいる相手。
分が悪い、そういうしかないのか…………。
悪夢でしかない。
北欧最大といってもいい竜殺しの英雄譚を持つ剣士が、何もできずに押され続ける剣士が存在するなど————。
シグルドは何度も後方へ飛び退き、距離を保とうとしているが、
詰める。
武蔵はその距離を詰めてくる。
空間を縮めているかと見まごうばかりの精妙なる足さばき。
下がらざるを、得ない————。
両者の距離が、信じられないことに段々と縮まっていき————、
「疾ッ!」
「————ぐ!!」
▷ □ 「届いた!」 □ ◁
刃が織り成す監獄を打ち砕くよう払われた、力強い右の一閃。
何本もの短剣を弾き飛ばすその刀勢、魔剣でなければ止めること叶わなかった。
あらゆる無駄を削ぎ落とした末に残った、完璧に合理化された体さばき。
そこから生成される剣撃は、最小動作で繰り出されたもの。
されど、刃に乗るその威力————竜の鱗すらも断ち切るほどの力が宿っている!
投擲準備を終えていた魔剣が中断。
だが、手に握る魔剣の刀身が放つ魔力が、破滅させるべき敵を前にして一段と燃え上がる。
武蔵は、遂に己の斬り間にシグルドを捉え、
シグルドは、魔剣を両の手で持ち、剣士としての全力のスタイルとなる。
「チッ」
「さーて、お楽しみはこれからよ」
「驕るな。
馬鹿は死んでも治らないとはどこの言葉だったか。
お前は、オレが、
そして始まる全力対全力、全開対全開。
二本の刀を操る双剣使いと、
一振りの魔剣を握りながら何十もの短剣を意のままに飛ばす剣士。
双方あらん限りの力と技を駆使して激突。
絶人の剣士が二人、死力を尽くす。
その刃で首を刎ねんと何十手先を見据えているか余人には見当もつかない攻防が開幕する。
「ハッ!!」
武蔵!!
凄まじい技の冴え、研ぎ澄まされた業の極み、見切ること困難な術技的な速さ。
それは剣豪として到達可能な頂点の中の頂点にいるからこそ可能となる、最強の一刀。
鳴り散らす刃、弾け飛ぶ閃光。
何よりも————その一振り一振りには鬼神すらも断たんとする凄みがある!
「——————フン」
刃の監獄地獄は勢いを止めない。
回り続け走り続け、主の悪意を成し終えるまで短剣達には一秒の休息もない。
だが————魔剣の一振りという本来ならば駄目押しの一手を持ってしても、
その剣へ、
武蔵の双剣を崩せない!
もはや何合打ち合ったかなど無意味。
殺す
「劣勢、か」
武蔵は、押し。
シグルドは、下がる。
いや、下がらされている。
武蔵が刀に乗せる斬撃力が高すぎるが故に、受け止めたシグルドが後ろへ下がらされる。
だが、下がるということは距離が開くということ。
距離が開けば————冷徹な剣士の思考が、武蔵に短剣を雨あられと浴びせかける。
「あーーー!
ほんとしつこい!!」
冗談のような二刀の操作。
およそ剣に生きる者であれば、一目見てしまえば生涯忘れえぬ光景と映るであろう。
繰り返す。
接近・激突・吹き飛ばし・後退がくるりくるりと繰り返す。
戦闘開始から一体どれくらいの時間が経ったのか。
しかしこの二人、
ダメージで言えば五分の無傷だが、剣の内容は武蔵で押しに押しまくっている。
何度目か分からない接近を、再び、武蔵が仕掛けようとしたその時————!
▷ □ 「——————は………………?」 □ ◁
「————————あっ————————!」
「ガッ————ッ!!?」
シグルドの体が、
武蔵の左の突きを魔剣で首ギリギリで受け止めるのに成功したのだが、
両足が地面より離れ、宙を飛ばされる。
分からなかった、カルデアのマスターには何が起こったのか分からない。
マシュほどの戦闘経験を積んだ者でもようやく、武蔵が何か仕掛けた
シグルド、虚をつかれたのは事実だが、その仕掛けの
二度目を食うことはもう絶対にない。
だが、その刺突により体勢崩され首に穴を開けられるのを寸前で防ぐも、大きく吹き飛ばされる。
当然のごとく追いすがっている武蔵。
両手に持つ二刀を死を告げる鳥のごとく羽ばたかせ————御首を貰いに、駆ける!
今のシグルドの状態を表す言葉は
飛び上がるには、跳躍前の動作が大きいし、跳躍後の位置と体勢を相手に教えてしまう。
人間の関節には可動域が存在する以上、着地する相手の死角に簡単に回り込める。
ジャンプしながらの攻撃とは、術技的には完全な死に技。
わざわざその場にとどまって攻撃を受けてやるほど、敵対者は優しくなかろう。
その
飛ぶ己よりも武蔵の走法の方が速度は上!
つまりシグルドの着地点こそ————、
決して逃れられない絶対の死地となる!!
しかしその刃が、風切り音を残して冬の空気を切り裂いた。
「——————フン、ムサシといったか」
シグルドが、空中で静止する。
己の短剣を呼び寄せて、その腹に足を置き空中の足場としたのだ。
「忘れん、その名」
その台詞一つを捨て置いて、
悪意に満ちた赤い瞳の英雄は、短剣を使い空を走り、去っていった。
「おーわー〜、器用ねぇ〜あいつ。
ふーん。
あんな使い方もできるんだ」
脅威は去り、
武蔵が手に持つ二刀を鞘に収める。
「久しぶり————っていうほど久しぶりじゃなかったりするんだけどね、私としては。
まさか
やーーーねーーーーもーーーーー!
それもこれも、運命の赤い糸ってやつ!?」
「————!?」
▷ □ 「ゴホゴホゴホ!?」 □ ◁
□ 「不束者ですがよろしくお願いします」 □
「せせせ、先輩の左手の薬指には物理的には何の糸も指輪も巻かれていないと申しましょうか何といいましょうか、ええええと、その、うぅぅぅぅぅぅ」
「もー! 顔真っ赤にしちゃって!
かーいいなーもーー! うりうり〜〜」
「あう、ああううううぅぅぅ…………」
「それで?
ここでも
本来ならば、この世界では実現するはずのない再会。
ずれてしまった歯車の回転が引き寄せた、有り得ざる剣の異邦人。
英雄の花嫁が存在しない異聞帯に転がり込んだ、
その剣が斬るのは、
果たして、一体何となるのか————。
(第三話へ続く)