FGO二部二章・改「狂焔之巨人王と三人のセイバー」   作:hR2

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第五話 第二のセイバー、推参!

 

 

 風が、横合いから大気を運ぶ。

 

 この世界は、厳しい。

 そこに生きる者達に、私という厳しさを受け入れてみせよと、挑んでくる。

 

 そうでなければ、

 この世界を生き抜くだけの、最低限の力すら持ち得ぬぞと————

 

 風が、雪が、白が、

 本来ならばあり得ないはずの不思議な暖かさを持って、包み込もうとする。

 

 

 それを全て台無しにする、

 

 

 

「ヴォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーン!」

 

 

 

 巨人が、いる。

 

 その後ろには、やはりまた別の巨人がいる。

 

 また別の、別の、別の、そしてまた、別の巨人が、いる。

 

 

 

「…………かー、ったく。

 どうしてテメェらみてぇな外道っつー輩共は、

 ぞろぞろぞろぞろ、ぞろぞろぞろぞろ、群れを作って()()()()()

 民草に迷惑かけねぇで生きることが、なんでできねぇ?」

 

 

 

 ならば、その前に立つ赤髪の青年が肩に担ぐ刃こそは、

 

 一振りの大身槍。

 

 

「おう、テメェら全員、(オレ)を怨んどけ。

 優しい地獄送りなんざ、期待すンじゃねぇぞ?

 地獄の鬼共に、ばらけたテメェらの身体を全部つなぎ直してもらうンだな」

 

 

 この青年には()()()()()の大型の槍。

 

 穂長一尺四寸、茎一尺八寸、取り付けたる柄の長さは六尺を超える。

 メートル法で言うならば、二メートル五十を優に越す直槍。

 

 切られし銘は二人。

 共に汗を流して鉄を鍛った昔日の友の名と、己の真名。

 

 重厚な造りのその槍を、まるで斬馬刀であるかのようにつぃと構える。

 

 

 どんな争いでも、

 大元にあるはずの業を断ち切ることができるのならば、

 

 もう二度と、誰も傷つかず、

 誰も殺められることはないはずだと、

 信じながらも、願いながらも————

 

 只今は、

 

 

 

「おし————、やるか」

 

 

 

 人の形をした修羅となり、

 

 戦の鉄火場で、一人、鉄を鍛とう。

 

 

 

 吠え狂う刀打ち。

 

 荒々しく全身全霊叩きつけるように、その()をぶん回し、肉を裂いて血を飛ばす。

 その勢いこそは、防御を全て捨てたかのような攻撃一辺倒の決死の特攻。

 

 自分は代価を支払わないという選択肢は、彼にはない。

 

 

 

 後世————、

 

 今はすでに消えてしまった正しき歴史の中で、

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 と、ある日本刀を称えた者がいた。

 

 

 

 そう、そうなのだ。

 

 この鍛治匠には————()()()()()()()()()()()が。

 

 

 

 その刃が持つ過去、未来、可能性。

 数多の持ち手によって繰り出される、

 全ての攻撃、防御、回避、捌き、いなし、弾き、あらゆる戦技、

 これまでとこれからの、()()()()()が、分かってしまう。

 

 

 ただ刀を鍛えることが、何よりも大好きだったはずなのに、

 

 どうしてなのか…………気付けば鍛治匠は、そこに到達していた(いた)

 

 

 例えその使い方を自分の肉体では実行不可能だと理解していても、

 この鍛治匠には、分かってしまう、見えてしまう、理解してしまう、

 

 何よりも————刃が作る、死という現実。

 己が槌を振るっている間も、殺し、殺され、また殺す。

 

 未だ刃とならぬ玉鋼を見ているだけでも————微かに()()()しまうのだ。

 やがて刃となるこの塊で、殺められる子供、女性、老人、その今際の際の表情、最後の叫びを。

 

 

 これは誰かの戦い方。

 誰かが殺し、誰かが殺された戦技の数々。

 己の意思で歴史をなぞり、この手を血に染める。

 

 

 割り切ってしまえば、楽だったのかもしれない。

 体は剣で出来ていて、血潮は鉄、心は硝子、と。

 そうやって自分を高める術も、あるのだろう————。

 

 どこからか聞こえてくる呼び声に、頷きつつも…………

 

 

 

「がぁぁぁぁっーーーーーーーーーーーっっっ!!?

 

 ……………………あー、痛え、派手に飛ンじまったな、痛ぇ痛ぇ。

 よっと。

 

 くたばったはずが何で生きちまってるのかさっぱり分からねぇが、

 ぶん殴られりゃ血が出てえれぇ痛ぇってのは、変わらずか。

 

 逃げねぇ、か。

 こんだけやっちまえば尻まくって逃げ出しちまいそうなもんだが————、

 因果だな」

 

 

 

 遠い昔に決めたのだ、

 それならば————全て背負おうと。

 

 あらゆる罪業、あらゆる怨念、あらゆる因果を。

 分かるのならば、分かるはずなのだから。

 全ての元にある、()()を。

 戦を終わらせ、悲しみを終わらせ、負の連鎖を断ち切り、殺戮の輪廻を止める()()が。

 

 

 

 ()()をもし断ち切れる刃があるのならば————

 

 全てが分かり、全てを背負う己でなければ、鍛えられないはず。

 

 だからその一刀を、この身は今も追い求める。

 

 

 

「ガオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

 

 

 最後に残った一人の巨人。

 一際大きい体躯のそれは、一際大きな大声を張り上げ、やはり一際大きな槍を叩きつけにくる。

 仲間を全て殺したこの人間を、決して許さないというように。

 

 青年、槍を左に持ち替え、

 一振りの脇差を右に取り出す。

 

 

「————唯、空也」

 

 

 押し潰す敵刃と振り抜かれた短刀が交錯。

 

 

「             !?」

 

 

 まるでそこに初めから何も存在しなかったように短刀が走り抜いた。

 敵の石槍をその穂先ごとなんら抵抗を生じさせず断ち切り、

 

 信じられぬ現実に硬直してしまった巨人の腕を、鍛治匠が駆け上がる————!

 

 

 

 剛の旋風が首を刎ね、

 

 血煙吹き上がるよりも早く、投げつけられた大身槍が脳髄を貫き穿つ。

 

 

 

 

 

 天元の花が咲いた異聞帯。

 

 その花の香りが、一つの縁を呼び寄せた。

 

 鉄を携えやってきたのは、一人の刀打ち。

 

 二つの剣が、再開を果たそうとしている。

 

 

 

 第二のセイバー、千子村正————ここに推参。 

 

 

 

 

 

[第五話 第二のセイバー、推参!]

 

 

 

 

 

『————うーーーーーっし! 上がりだ」

 

 

 

「わー」「わー」「わー」「わー」

「おー」「おー」「おー」「おー」「おー」「おー」

 

 

「ねーねー、なんて書いてあるの?」

「なんてなんて」「なんてなんて」

 

 

「こいつか?

 これはな、臨兵闘者皆陣列前行。

 臨む兵、闘う者、皆、陣を(なら)べて前を行く」

 

 

「はー」「はー」「はー」「はー」「はー」「はー」

「なんなの?」「それなに?」「どんな意味なの?」

「なんかかっくいー」「すごー」「すごーー」

 

 

「おめえ達をちゃんと守ってください、っとまぁこんな感じのおまじないだ」

 

 

「りーん」「ぴょー」「トー」「しゃ?」「かい」「じん」「れーつ」「ざい!」「ぜん!」

「かっくいー」「すごそう」「トー」「トー」「トー!」

 

「こっちこっち!」

 

「こっち!」「こっちはなに?」

「こわい顔」「こわい顔してるー」「もしかして」

「ぼくたちのこと怒ってるの?」「ええ? 怒ってるの??」「怒られちゃってるの?」

 

 

「ははっ、違うって。

 こいつはお不動サンっつってな、こーんな怖い顔してお前らを傷つけようとする悪い奴らを、こっちくんなって睨み付けてンのさ」

 

 

「おぉー」「へー」「まぁー」「おふどうさんだー」

「んんー、こんな顔? くわっ!」

「こうじゃない、くわっ!」

「こうよ、くわっ」「えー、こうだよ、くわっ!」

「くわっ」「くわっ!」「くわっ」「くわわっ」「くわっくわ!」「くぅぅわぁぁ!!」

「くわっ」「くわっ」「くわわ」「くくく、わわわ!」「くわっ!」「くわっ!「くわっ!」

 

「くわっ!」

 

 

「ははは、そっくりだぜ、おめえ達」

 

 

「ありがとー」「ありがとう」「ありがとー」

「みつかいさまありがとう」「ありがとう、みつかいさま」「みつかいさまありがとー」

 

 

「だぁーから、(オレ)はそンなご大層なもンじゃねぇって。

 (オレ)は————、カルデアのもンだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村を離れ一人、村正は歩を進める。

 

 聞けば、さっきのような村がまだ多数あるらしい。

 

 山に篭って刀を鍛えたい気持ちもあるにはあるが、

 それよりも、子供らの安全がきちんと確保されていることを確かめておきたい。

 

 結界が似たような状況になっている村が、恐らくある。

 

 ほつれかけていた結界を結び、破魔と退魔の印を加えた。

 巨人が押し寄せてもあの結界は崩れないし、そもそも近寄ることすらないはず。

 

 何故そんなことが分かるのか、何故できるのか、そもそもここはどこなのか、

 そんなことより————

 

 

「かるであって、何だ?」

 

 

 かるであ? カルデア? 華留出阿?

 

 分からない。

 何故自分はそんな言葉を知っていたのか、そして何故そう言ったのか。

 

 あの場では、そう言うのが自然なように感じられたのだ。

 

 

「分からン、まるで分からねぇ」

 

 

 なるほど、英霊、サーヴァント、スキル、宝具。

 そういった由来不明の知識があるにはある。

 

 

「分からン」

 

 

 第一、()()()は誰なのか?

 自分はこんな外見の人間ではなかった。

 

 

「考えても無駄か。

 鳥頭の(オレ)に分かるわけねぇもンな」

 

 

 ならば今は、歩くのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————ンだぁ?」

 

 

 どれだけ歩いただろうか?

 

 ふと、何かに導かれるように視界を動かすと、異物を捉えた。

 

 

「っっっ!?」

 

 

 それが何なのか理解するよりも早く、

 

 身体は走り出していた。

 

 地面を蹴り、前へ前へと身体を運ぶ。

 

 

 早く、早く、速く、速く————!!

 

 走る、走る、走る、走る————!!

 

 

 自分が見える光景が何を意味しているかなど、まるで分からない。

 

 只今は兎にも角にも走り続ける。

 

 一分でも早く、一秒でも早く、その場所に行かなくてはいけないのだから————!!

 

 

 

 

 

 音が聞こえ出す。

 

 大気撼わす砲音と、火花散らす鋼の戟音。

 

 それに加わるのは、

 

 

 

「ぜりゃっ!」

 

 

「きゃぁっ…………!!」

 

 

「っ!!!」

 

 

 

 生死入り乱れる戦さ場にて、他を打倒せんとする兵士達の声。

 

 

 号砲炸裂、

 

 

「きゃぁ!!??」

 

 

 直撃をもろに食らってっしまった羽の生えた少女、即座に消滅。

 

 

 対峙しているのは、身長六尺を超える大男。

 

 

「おらっ!!」

 

 

 否、

 

 この男が持つ内なる輝きと外を照らす光を鑑みれば、大男という表現は的外れか。

 

 これなる男こそ、

 

 

「もらったぁ!!」

 

 

 虹の夢を紡ぐ、快男児。

 

 

 

 

 最後に残った少女に対し、砲口がその狙いを核へと定め、

 

 轟音と共に射出された砲撃が、吸い込まれるようにひた走り————!

 

 

 

「           えっ?」

 

 

「ん!?」

 

 

 

 必殺を刻むはずだった砲弾が、空へと消える。

 

 

 

「————おう、大丈夫か?」

 

 

 

 間一髪で間に合った村正、死滅するより選択肢がなかった少女を腕に抱き、その死地より救出するのに成功。

 

 彼女を地に下ろすと、

 

 その前へ、進み出る。

 

 

「————あな、 !?

 ぐぅぅぅ————…………!?」

 

 

「しばらく、じっと休んでろ。

 あンのデカイのは、(オレ)が何とかしてやる」

 

 

 その両拳に力を込め、

 男の目を見る。

 

 こんな輝いた瞳を持つ人間に出会ったのは、生まれて初めてだった。

 

 少女を救い、この男と刃を交えようとも何ら異存はないが、

 どこか、心のどこか奥底が、この男と敵対して良いのだろうかと異論を申し立てようとしている。

 

 

「一つ、尋ねるが、」

 

 

「おう?」

 

 

「おたく、オフェリアのもう一騎のサーヴァントか?」

 

 

「どこのどいつだ、そいつは?』

 

 

「いや、お前、サーヴァントだろ?

 俺がいうのも何だが、マスターは誰だ?」

 

 

(オレ)はその、さーゔぁんと、ってやつのはずだが、誰に呼ばれたのか分からねぇ。

 ますたー? さあな。

 どんな事情でお前らがやりあってたのかも、見当つかねぇ。

 だがな————でもさ、」

 

 

 髪の色と同じく、その瞳も、燃え上がる。

 

 

 

「目の前で苦しんでいる人がいるのに、それを放って知らんぷりだなんて————、

 オレには、絶対にできない」

 

 

 

「フ、

 ハハハハハハハハ!

 いいこと言うじゃねえか、色男!!

 助けたいから助けた、事情は知らん、か。

 いいねえ、同じ男として敬意を送るぜ!

 つってもま、こっちはこっちでやらなきゃなんねえんでね、

 退けねえ」

 

 

 巨大なる砲に、魔力が充電され弾となる。

 

 

「話が早くて助かる。

 じゃ、()るか」

 

 

 村正、一振りの刀を喚び、白刃を抜く。

 

 

「おっ————!?

 おおおおおおお!!??

 その片刃!! その曲がり具合!!

 まさか、まさかまさかまさか、まさかッッッ!!??

 お前、ジャポンのサムゥライか!?」

 

 

「侍だぁ?

 悪い冗談やめてくれ。

 (オレ)は————ただの刀打ちだ!」

 

 

 洗練には程遠い構え。

 しかし、刻まれた記憶が担い手を導くのは、紛れもない戦場の剣。

 

 走る————無造作、大胆を通り越した強引すぎる接近。

 

 

「行くぜ、サムゥライ!!」

 

 

 砲兵、弾を散らし距離を取る。

 自分よりも大きい砲を抱えているはずが、その敏捷性、高いと言わざるを得ない。

 

 放たれた魔力弾が着弾を繰り返し、爆風を撒き散らし村正の接近を防ぐ。

 

 が、

 

 

「うおっ!?」

 

 

「ど、————らぁぁ!!」

 

 

 村正の一刀、いきなり届く。

 

 虚をついた斬撃。

 まさかこちらの攻撃をものともせず()()()()()()()()()()()()()という特攻は、信じがたいことに()()()の不意をつけた。

 

 しかし、

 

 大きい。

 その砲は大きすぎる。

 大きすぎるが故に————それは、盾ともなる。

 

 弾く————。

 村正の白刃が生じさせる大気のうねりを何度も肌に感じながらも、汗ひとつ見せない。

 

 回り込もうかという村正へ、一つ手を打つ。

 小型魔力弾の連射で的確に追い続け、再び距離を取ることに成功。

 

 

「意外と器用だな、髭面!」

 

 

 村正、その身体に負った幾つもの裂傷から血を流しながらも、その声から苦痛は感じられない。

 

 

「髭面ぁ?

 おいおい、困るぜ、サムゥライ!

 こんないい男を形容する言葉はジャポンにもあるだろう?」

 

 

「訂正すっか、そこの三枚目!

 くっちゃべってっと、気付いた時には地獄の一丁目に行っちまうぞ!?」

 

 

「ハハハハハ!

 やれるもんならやってみな!

 しっかし、こんなケンカ、いつ以来だろうなぁ?

 おっと、待てよ、サムゥライは喧嘩ご法度だったか!?」

 

 

「だから、テメェも分かンねぇやつだな。

 (オレ)は刀打ち、鍛治士だよタコ助!!」

 

 

 一度接近されたことで村正の走力を計れたのか、距離が縮まらない。

 

 いや、それよりも()()()

 次なる村正の行動を正確に読んでいる。

 一つ一つの砲撃が、一人の指揮者によって導かれる楽団の音楽のように複雑に絡み合い、導き合い、村正を圧倒していく。

 

 

「随分と速ぇじゃねぇか。

 国崩ってのは、どっしり腰を落ち着けて使うもンじゃねぇのか!?」

 

 

「ふっ。

 古に孫子曰く! 『兵は拙速なるを聞く』!!

 自慢じゃないが、俺の砲は()()

 俺より速い砲兵なんて————、古今東西どこ探したって、見つからねえと保証する!!」

 

 

 天秤は、砲兵へ傾き続ける。

 

 勝機を手繰り寄せるには、一手打たねばならない。

 何故ならば、

 

 

「————がっ!!?」

 

 

 削られている。

 村正、敵の砲撃を無傷でやり過ごせていない。

 

 

「————あンま調子乗ってっと、」

 

 

 しかし、

 

 

「怪我すっぞ!!」

 

 

 手なら、ある。

 

 

 

「————————————は?

 うぉぉぉ!??」

 

 

 

 ()()()、刀を。

 

 狙いは甘すぎたといわざるを得なかったが、砲兵は怯み、そこへ鍛治匠が走り出す!

 

 

「おまえ!!

 カタァナはサムゥライの魂だろうが!!

 投げてどうすんだ、投げて!!」

 

 

「だーからオメェ…………」

 

 

 例えそれで距離を縮められようとも、

 正確につけられた狙いが、

 

 

「百姓だってなぁ————、」

 

 

 砲口を、村正へと導き、

 

 

「————持つときゃ誰だって持つんだよ、刀なんてもンはな!!」

 

 

 発射!

 

 

「っ!!」

「んなっ————————!?」

 

 

 突っ込んだ、()へ。

 

 砲撃と地面の間の僅かな距離へ、頭から突っ込みやり過ごす。

 

 手をついて跳ね上がり、

 

 

「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 上げた気炎をそのままに、間合いを零とすべく接近、

 空拳の右を固め、砲兵の顎を打ち抜くように、振り————!

 

 

 だがその鉄拳が激突するより早く、

 その砲口が()()を向いた。

 

 

「ぐッッッッッ!?」

 

 

 爆風が、村正の身体を押し倒そうとする。

 

 

 

「悪いな、サムゥライ。

 奥の手は隠しておくもんだろ?」

 

 

 

 発射の衝撃と着弾の爆風を利用し、()()()()()()()砲兵。

 

 爆風でたたらを踏んでいる村正へ狙いを定め————、

 

 砲弾が、雨と注がれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土煙が、ようやく晴れる。

 

 

 

 そこには、仁王立ちする村正の姿がある。

 

 身体中より血を流しているが、重症ではない。

 相手が本気で殺す気だったら、自分は既に死んでいることは分かっている。

 

 とどのつもり、相手が言ったように、これは、喧嘩なのだ。 

 

 

 

「——————おう、」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「行くあてぐれぇあンだろ?

 ならさっさと帰っちまいな」

 

 

 

 村正、砲撃を()()()()()集中させるため回避行動を取らなかった。

 後方で身体を休める彼女が撃たれないように。

 

 ただ、ひとしきり砲弾を浴びた今なら分かる。

 相手は彼女を狙う気など、最初からなかった。

 

 相手からすれば、傷つく女性を捨て置けず盾となって戦う————

 見事な()()()()()といえよう。

 双方同時に倒そうと思えば倒せたが、それは違う。

 そういう戦いではない、これは、喧嘩なのだから。

 

 

 

「————オルトリンデ」

 

 

 

「ンぁ?」

 

 

 

「オルトリンデ、それが私の名前」

 

 

 

「おるとりんで、

 オルトりんで、

 オルトりンデ————オルトリンデ、オルトリンデ、

 オルトリンデ。

 オルトリンデ、か。

 ははっ、可愛らしいおめえさんにぴったりのいい名前じゃねぇか。

 (オレ)は村正、千子村正だ」

 

 

 

「千子————村正…………」

 

 

 

 村正の名前を呟いた戦乙女、その羽を広げ、空へと帰っていく。

 

 

 

「ムラァマサ…………?

 どっかで聞いた、な…………?

 うーっと…………確かそんな名前の切れ味がすげえカタァナがジャポンにあると————ああ!

 お前、鍛冶屋(forgeron)か!?」

 

 

「はぁぁ…………もう何も言えねぇ…………」

 

 

「分かってる、

 鍛冶屋だってサムゥライなんだろ、ジャポンでは!?

 だからお前はサムゥライ・ムラァマサだ!!

 ハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 

「…………あれだな、つける薬がねぇってやつか」

 

 

「と、そっちの真名聞いちまったんで俺のも伝えないとフェアじゃないな。

 俺はナポレオン。

 アーチャー、ナポレオン・ボナパルトだ」

 

 

「なぽれおん?

 悪りぃ、聞いたことねぇ」

 

 

「ぐっ!?

 意外とグサリとくるな、その言葉…………。

 それで、どうする?

 俺としちゃお前さんとやりあう理由がなくなったんだが…………?」

 

 

「あン? ————なめンな。

 殴られっぱなしで終われる喧嘩が、どこにあるよ?

 悪りぃが、もちっと付き合ってもらうぞ」

 

 

「いいねえ、いいねえ。

 お前に連れられて、こっちも暖まってきたとこだ。

 最後まで付き合うぜ、サムゥライ・ムラァマサ」

 

 

「————ンな抜けたこと抜かして、」

 

 

 そして村正が、刀を、

 

 

「死ンじまっても、知らねぇぞ?」

 

 

 ————————抜いた。

 

 

 

 

 

「は……………………?

 ————————————はぁぁぁ!?

 オイオイオイオイオイオイオイオイ!?

 なんだよ、そりゃ!!??」

 

 

「見りゃ分かンろ、()だよ、()

 

 

()()()()()()()!?

 (poignée)がお前の身長よりデカいじゃねえか!!」

 

 

 村正が両手で持つ刀、

 ナポレオンの言葉通り、柄だけで村正を超えている。

 

 その柄長、六尺四寸、約一メートル九十六センチ。

 両手で構える、というよりは、地面に置きながら持っているが正しいか。

 

 

「鹿島の神様へ刀納めるか、って若けぇ時分に思いたってな。

 聞いた話じゃ、鹿島神宮に納められてる韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)の二代目は、刃渡り七尺超えって話じゃねぇか。

 そンじゃま、()()()()()()()()()()()()()()()って馬鹿やらかした結果だよ、こいつは。

 神サマの刀なんだ、()()()()()()()()()()()()

 (オレ)としちゃぁ、この()()が出来上がったンで、()()()()()にするかと思ったンだがよ、()()()で断念だ、世知がねぇなぁ。

 でかすぎるンで蔵には入らねぇ、持ち運べねぇ、近所の神社に頼ンでも引き取り拒否。

 すったもンだの大騒動の挙句ボツだ、あー、今思い出しても腹ン内がきりきりするな。

 

 戒めだよ、こいつは。

 調()()()()()()鹿()()()()()()()()()、ってな」

 

 

 光を反射して美しい直線を描く刀身は、長く、大きく、太い。

 だが、()()()

 目線が自然と吸い込まれるような妖しい輝きがある。

 そして、()()()

 ナポレオンの目にもそう映る、誰の目にも()()()()()()()()()()()()

 

 確かにこれは村正のいう通り、武器という兵装ではないのかもしれない。

 その刃長は九尺九寸五分、メートル換算で約二メートル九十八センチ。

 三メートルにはわずか届かないが、柄を含めた全長では四メートル半を超える。

 

 これを()()として使うのは、人の身では不可能。

 

 

「でもよ————、

 ()()()()()()()鹿()()()()()()テメェの面ぶン殴るにはちょうどいいクズ鉄だろ、

 なぁ、なぽれおん?」

 

 

「ハ————、

 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!

 よし、決めたぁッ!

 俺ぁ決めたぜ、サムゥライ・ムラァマサ!!

 この喧嘩が終わったら、お前を我が軍の切り込み隊長にスカウトする!!」

 

 

「終わった時には、おめえ、死ンでンぞ?

 どうせ一度きりしか振れりゃしねぇ。

 ————構えろ、なぽれおん。

 どっちが早ぇか、()()()だ」

 

 

 

 その挑戦状に、ナポレオン、魂の奥に火がつく。

 

 持つ砲が、音を上げながら変形、

 

 その大砲が、真なる姿を世界に示す。

 

 

 

「お前に最大の敬意を表し、()()()いかせてもらう!」

 

 

 

 砲口は光を蓄えながら、砲手の狙いに従う。

 外すはずもない砲撃。

 

 村正の膂力、ナポレオンには見当がついている。

 そう、切っ先を見るには顔を大きく傾けないといけないあのバケモノ刀、村正ならどの程度の速度で振れるか試算は終えている。

 かつ、今、村正には()()()()()()()()()()

 つまり、スキル怪力などの()()()()()()()()()()させる隠し手はないと判断。

 

 

 

「五」

 

 

 

 そしてその常識的な思考を推し進めれば————、

 勝つのは自分、どう転んでもこちらの方が早い。

 まるでギロチンの刃のように佇むあの刀よりも、早い、絶対にこちらが。

 振り下ろすよりも、倒れ込むよりも、間違いなくこちらの砲が早く直撃する。

 

 

 

(quatre)

 

 

 

 だが、と言わざるを得ない。

 もしかしたらこいつなら何かするんじゃないのか、やってくれるんじゃないか、

 そんな、()()()()()()()のだ。

 

 それは————、

 不可能を可能にし、だからどうした、と言ってのける何か。

 

 

 

「三」

 

(trois)

 

 

 

 ナポレオンは己がどういう存在か自覚している。

 人理の英雄、可能性の男。

 人々の願いと期待に応えるもの。

 人が持つ可能性を体現した存在。

 

 そんな自分が————

 

 

 

「二!」

 

(deux)!」

 

 

 

 ()()()()()()()のだ。

 燃えるようにまっすぐな目をした、村正の面構えに。

 

 ナポレオンが体現する可能性とは、

 人々の願い、もしそうあってくれたらという想い。

 村正が内包する可能性は、おそらく違う。

 

 

 

「一!!!」

 

(un)!!!」

 

 

 

 そして、気付く、

 それは、()()()ではなく、()()()可能性なのだ。

 託される可能性ではなく、自分が望むことを成し遂げる可能性。

 その核となるのは、どこまでも追い求める()()()()()()()

 何があっても、どんな犠牲を支払ってでも成し遂げる()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()————その確信が可能性として感じるのだ。

 

 他者からなのか、自分からなのか。

 違うようでどこか自分と似た男が目の前にいる。

 

 

 

 ————なら、俺らが組めば最強ってことじゃねえか!?

 

 そう不敵に笑い————!!

 

 

 

 ゼロ(zéro)

 

 

 

「どらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「『凱旋を高らかに告げる虹弓(アルク・ドゥ・トリオンフ・ドゥレトワール)』っっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 喧嘩の華が、異聞帯に咲く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(第六話へ続く)

 

 

 

 

 

 

 


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