無能と公爵家を追放されたが、有り余る魔力は金になるらしい 作:ムノー
「このっ、我がローズバラン家の恥晒しがぁっ!」
そう言って父は近くにあった花瓶を、飾られた花ごと投げつけた。ああ、かなり高額で仕入れたとかで気に入っていた物を……また、「お前のせいで投げることになった」とかで連鎖的に怒られるのだろう。
しかしそう考えていた僕の懸念は杞憂だったようだ。
「そうか、そんなに外へ出ていきたいか! ならば今すぐに出ていけっ! そして二度と、その面を私に見せるな!」
父は腕を振り払うようにして僕に勘当を言い渡す。いつもに増して、父の怒りは強いようだ。
「……え?」
「当然の判断だよ、ニュトリ。むしろなぜ今までそうなっていなかったのか、不思議なくらいだ」
「魔力が多いから期待していたけど、何の才能も無かったなんて呆れるばかりね」
兄と姉は口々に侮蔑を含めた表情で言う。姉の言う通り、僕には魔法を扱うだけの才能が全く無かったのだ。
なまじ魔力量が多く生まれてきてしまったばかりに、家族からも周囲からも期待の目を向けられてきた。しかし、僕が魔法を扱えないと分かると手の平を返すように待遇が劣悪なものに変わっていったのだ。
もしも魔力の欠片も無く生まれていれば、ここまで虐げられることは無かったかもしれない。希望などあるから絶望も存在するのだ。
「さっさと消えなよ。お使いすらもまともにこなせない役立たずが」
兄は初めから最後まで冷淡な目をしていた。
「あんまり同じ空気を吸っていたくないわ、無能が感染ってしまうもの」
姉は僕を嘲り、影でいつも愉快そうに笑っていた。
母は僕に無関心で、その視線は僕ではなくどこか遠くに向けられていた。
僕は、そんな空気が耐えきれず、家を飛び出した。もう、ここには居場所などないのだ。
夢中で走った。
草原を、森を、山を。
口の中に血の味が混じろうとも、構わず駆けた。いっそこのまま死んでしまえばいい、そんなことさえ思うようになっていた。
だから僕はその時が来たことを、喜んで受け入れた。
うつ伏せに倒れたまま、視界は覚束ず、動くこともままならない中、僕は目を閉じた。
「ああ、これでやっと……解放される……」
その言葉はうまく声に出せたかはわからない。その代わりに止めどなく流れ出てきたのは、涙だった。
「……やっぱり、死にたくなかったなぁ」
どこかで躊躇していたから、自ら死に至るという行為に走っていなかったのだろう。自分のことながら、自分がわからなくて、情けなくて泣けてくる。
でも、もう意識が遠くなる。
次は平凡に生まれて平凡に死ねるといいな。そんなことを思いながら、僕は全ての感覚を遮断した。
次に目が覚める場所は天国か、そう思って軽くなった瞼を開けると、白い天井、白い壁、傍らに座る天使が僕の視界に映りこんだ。
「来ちゃった……か」
やけに部屋っぽい天国だなと思いながら僕は呟く。ついでに天使だと思っていた少女にも翼など天使らしきものは生えていなかった。
「へっ? あっ、ようこそ宿屋ロウレットへ」
少女は驚いた表情を見せながら丁寧に頭を下げる。宿屋、と言ったか。
「ええと、つかぬ事をお伺いしますが、ここは天国で……?」
「て、天国ですか? 一部のお客様からそういったご感想をいただくこともありますが……」
戸惑う彼女を見て、僕はようやく起き上がる。体に被せられていた布がはらりと落ち、僕は改めてそれがベッドの上だったのだと気付かされた。
「もう、お体は大丈夫なのですか? 村の外で倒れていたとお聞きしましたが」
「あ、うん。ありがとう」
「いえ、お礼ならここまで運んだお父さんにお願いします。お客様、えっと……」
「ニュトリシオン。今はただの、ニュトリシオンだけど」
「ニュトリシオンさんですね。私はショコラといいます。宿屋で働くただのショコラです」
そう言うと彼女は屈託のない笑みを向けたのだった。