――世界を放浪してから何百年……いや、何千年経ったのか。
人々からあの醜い戦の記憶が消え、今や記録にしか残っていない。
魔神族と女神族。
たった二つの種族によって引き起こされた戦――聖戦。
数えきれない犠牲を出し、オレが……オレたちが絶望に囚われた忌まわしき戦。
あの時、神々に逆らったのが間違いだったのか。
後悔はしていない。だが、自分の心に正直に従った結果が聖戦の勃発だ。
実の弟から恋人を奪い、嫌なことから逃げて押し付けて、今まで味方だった者たちに刃を向けた。
殺した。
殺した。
殺した。
全てはオレの自己中心な行動のせいだ。同胞に殺意を向け、敵に従った。
救った。
救った。
救った。
人間を、妖精を、巨人を――そして怨敵であるはずの女神を幾度も救った。
どれだけ罵られようとも、どれだけ切り刻まれようとも、どれだけ殺されようとも償えない罪を犯した。
オレ一人の裏切りが魔神族に敗北と屈辱を齎し、仲間を失望させた。
そして、そのツケはすぐに払わされた。
魔神族を統べる者――魔神王。
女神族を束ねる者――最高神。
二柱の神に、オレたちは呪いをかけられた。
永遠にオレたちを縛り付ける呪縛。
どうしたらいいなんて、答えは見つからない。
――永遠にこの世を、彷徨い続けるのだろうか。
砂漠を抜け、海を渡り、その遥か先まで歩いた。
永遠にも思えるその旅の道中、様々な人間に出会った。
暗い過去を持ちながらも、明るく前を向いている奴。
親友に裏切られ全てを失い、荒れていた奴。
辛い過去を持っていたが、それを乗り越えた奴も多かった。
しかし、オレは未だに乗り越えることができていない。受け止めることすら、やめてしまいたい。
投げ出したい。全てを捨てたい。だがそれは許されない。
オレに残されたたった一つの役目。それを果たすまではまだ――。
気まぐれで立ち寄った街のベンチに座り、目の前を通っていく人々を眺めながら、道すがらに購入したパンを齧る。
美味い、とは言えない代物だが、正直食べられれば何でも良いし、どうでもいい。隣にアイツがいない飯に、味なんてあるわけがない。
口の中が乾くのを感じ、水分が欲しくなった。
口直しのために酒でも飲みに行こうかと立ち上がった矢先に、目の前を走って行った子供が派手に転倒した。
膝を擦りむいたのだろう。傷口を押さえ声を上げて泣き伏せた。
「うわーん! 痛いよー!」
「だ、大丈夫? 血が出てるから、まずは水で洗い流そうね。そうすればすぐに治るからね?」
「う……うん……」
転んだ男の子を母親が抱き上げ、小走りで何処かへ去っていく。ほんの一瞬の出来事だったが、あの男の子は親の愛情をキチンと感じただろう。
怪我をした我が子の手当てをする。当たり前の光景だったが、オレはどうしてもそれを羨ましく思った。
ふと空を見上げれば、そろそろ日が沈もうとしていた。夜になる前に宿に戻ろうと腰を上げて、歩き出す。
その日は、よく眠れなかった。
翌朝。宿を出たオレは街の外れにある森の中に居た。
別段目的を持って来たわけじゃないが、今は少し気分を落ち着かせたい気分だった。
穏やかな鳥の
かつてのブリタニアではまともに見ることも感じることもできなかったが、こうして自然を感じるのも偶には良いな、と思う。
空を見上げ、ゆっくりと流れていく雲を眺めていると、草を揺らす音が耳に入る。
そちらに視線を向けると、まだ子供であろうソードウルフがオレに不思議そうな目を向けていた。
普通の動物ならオレの気配に怯えて逃げるはずなのだが、コイツは何故か逃げない。
妙なこともあるもんだな。
オレに対して警戒を抱いていないせいか、その立ち振る舞いは隙だらけだ。
だからと言って、どうこうする気は無いが。
小さく舌を鳴らして呼んでみると、少したどたどしいがオレの元までやってきた。そのままオレの横にどっかりと座り込み、やがて寝息を立て始めた。
……呑気な奴だ。親はどこにいるんだか。……親に変な誤解でもさせちゃ面倒だな。
そう考え、親の元に返してやろうと立ち上がったとき、背後から殺意に塗れた瞳がオレたちを射抜いた。
ソイツは迷うことなくオレを――いや、狙いはソードウルフか。
オレに気を許す動物は珍しく、いつの間にかちょっとした情が湧いていたらしい。
ソードウルフに飛びかかったソイツの牙が肉を穿つ前に、横っ腹に拳を打ち込む。
その衝撃に耐えきれず腹部が消し飛び、残った部分が木の幹に叩きつけられる。木が揺れ木の葉がひらひらと舞い落ちる中、飛び散った鮮血が自然を穢した。
拳打の余波で木々が揺れるが、それもすぐに収まった。
「……
草の上に倒れている死体を観察し、口元から覗く凶悪な牙を見てそう呟く。
ちらりとソードウルフを見ると、相も変わらず呑気に寝ていた。一瞬の攻防だったとはいえ、今ので起きないか。
一匹で放り出すと、生存競争には間違いなく負けるな。
「……オレには関係ない」
逡巡の後に踵を返そうとすると、裾を引っ張られる。
足元を見ると、オレが去ろうとしたことを察したのか、ソードウルフが座りながらオレを見上げていた。
……なんだ、コイツ。
しゃがみこんで頭を撫でてやると、尻尾を振って擦り寄ってくる。
「一緒に来るか?」
そう問いかけると、ソードウルフは静かに頷いた。
――新しい相棒ができたな。
その後もふらりふらりと旅を続け、いつの間にか子供だったソードウルフは立派に成長していた。自分で獲物狩ってくるため手間がかからなくて楽だ。
オレは料理なんてものはできないので、いつもは街で何かを買ったり、木の実なんかを食って生きていってる。
「不味……」
久しぶりにガッツリ肉が食いたいと思い肉を調達し、下手に手を加えると悲惨なことになるのは火を見るより明らかだ。故に焼いただけなのだが、何故か不味い。
少し持ち上げて見てみても、普通の見た目をしている。……しかし不味い。
元々の味が悪いのか、それともただ焼くだけだと駄目なのか。恐らくは後者だろうとあたりをつけ、捨てる訳にもいかないので全て胃に収める。
そのタイミングでソードウルフ――ソル――も戻り、火消しをして立ち上がる。
「ソル、次はどっちに行く?」
「バウッ」
オレの問いかけに、吠えることで答えるソル。その方向は西だ。
そういえば、永いことそっち側には行ってなかったな。久しぶりに足を運ぶか。
そんな軽い気持ちで歩み出し、ソルと共に西へ向かった。
特に急ぎの旅でも無く、徒歩で向かっていたため少し時間はかかったが、何の障害も無く進んだ。
途中でオーダンの村で休みを挟み、そこから再び歩き出す。
オーダンの村の先には、危険な猛獣などが多数生息している。
一般人にはとてもじゃないが対処できるものじゃなく、ときには聖騎士――危険度によっては見習い――が出張ってくることもある。
例えば、今オレの目の前で興奮している猪の危険度はそこまで高くはない。聖騎士見習いが二人、もしくは三人も居ればで倒せる程度だ。
「ブモォッ!」
猪はオレを正面から見据え、威勢良く鳴いた。
それと同時にオレの強さを本能的に感じ取ったのか、更に興奮する猪。ここで逃げても戦っても同じ、そう判断したのだろうか。
数回ほど地を蹴ってオレに狙いを定め、砂煙を巻き上げながら猛スピードで突っ込んで来た。
横を見れば、ソルは早く終わらせろとばかりに大きな伸びをして、その場で丸まった。
コイツ……。
衰える気配の無いスピードだが、オレにとっては遅すぎる。
腰に差してあるナイフを抜き、切っ先を向ける。解体用だが切れ味は十分。
一直線に突撃してくる猪に向け、軽く縦に一閃。
それだけで猪の肉体は真っ二つに切断され、やがて別れた二つの体が大きな音を立てて倒れる。
晩飯がゲットできて良かった。流石に連日木の実は遠慮したい。
猪を解体しながらそんなことを考え、一通り終えたところで休憩のため手頃な切り株に腰掛ける。
しかし……今日は野宿になるな。
周囲を見渡しても集落らしきものは確認できない。それに加え、もう日が沈んでいる。
適当な木の上で寝るか。
そう考えて跳躍し、一番大きかった木に着地する。
ソルもオレの近くで寝るようだ。
「……おやすみ」
短くそう告げ、目を閉じた。
日が昇り始め、朝日によって目が覚めたオレは、朝飯の調達のために森の中に入っていた。
ある程度の距離ならば一瞬で移動できるため気負うことなく探索する。
しばらく森を探索していると、様々な生物の気配を感じる中で、1マイルほど離れた地点から人の気配を感じる。それも一人や二人ではなく、数十人規模の。
ようやく集落を見つけられたと安堵し、未だに寝こけているソルを起こすために引き返した。
さてさてさーて、変に警戒されなきゃいいが。
世界を放浪する傭兵、とでも誤魔化しておくか。
「しっかし、オーダンの村の先にまた村とはな。知らないうちに発展してきてんだな」
「ワフッ」
あんなに弱かった人間が、今やブリタニアの支配者か。
やっぱり、昔とは何もかもが違うな。
魔神族と女神族は伝承の存在とされて、実在しているというのを信じていない奴しかいないのだろう。
確か、妖精族もお伽話として語られてるんだったか。
――と、そんなことを考えているうちに、人の気配がより強く感じられるようになってきた。
森の中を走り抜け、着いた先は小さな村だった。
堂々と正面から入って行くと、村人らしき青年に呼び止められた。
「おい小僧、こんなところで何をやっているんだ? どうやってここまで来た?」
見知らぬオレを警戒し、身体を強張らせながらもオレを睨みつける男。
さて……何て答えるか……。何を言っても警戒されそうだな。
しかし、このまま黙っていても埒があかないので、両手を上げて危害を加える意思が無いことを伝える。
しばらくオレをじろじろと見ていた男だったが、害意は無いと感じ取ったのか瞳から警戒心が薄れた。
男が口を開こうとしたとき、腰のポーチに目が留まったのか。
「……ん? 坊主、それは?」
「これか? 道中に襲われた猪の肉だ。筋張って固い上にそこまで美味くなかっけどな」
「そりゃお前、そのまんま焼いて食うなんて早々無えぞ? ……それにしても、こりゃありがたい話だ」
「何がだ?」
「お前さんの持ってる肉……猪って言ったよな? ソイツがここ最近俺たちの畑を荒らしててな……」
なるほど。
……とすれば、かなり良いタイミングで来れたな。運が良い。
オレはすっかり警戒を解いて自然体で話している男に声をかける。
「なあ、一つ頼みがあるんだ」
「ん? 何だ? 何でも言ってみな!」
「しばらくの間、オレを泊めてくれないか?」
「ああ! ウチで良ければ泊まっていってくれ!」
快諾してくれたのは嬉しいが、少し警戒心が薄すぎないかと心中で苦笑する。
宿に困っていたのも事実なので、ありがたく受け取っておくが。
ソルのことについて危惧されたが、心配は無いと説得して何とか連れ込んだ。
軽く村の中を案内してもらい、男――サイナスという名前らしい――に事情を説明してもらった。
初めは渋い顔をしていた村人たちも、事情を聞けばむしろ是非泊まっていってと皆一様に笑顔を浮かべた。
正直言って、こんな得体の知れないオレを受け入れてくれるとは思っていなかった。
粗方回り終え、最後に村長の家の前に来た。サイナスが言うにはかなりノリが軽いらしく、老人とは思えないほどだと。
その時の様子を思い出しているのか、困ったように笑いながらドアを叩いた。
「はーい」
すると、中から聞こえてきたのは老人の声――ではなく、まだ若い、少女の声だった。
「――ッ!?」
その声を聞いた瞬間、オレの身体は縛り付けられたように動きが停止した。
鈴の音のような、心地よい声音。誰よりも優しく、他の誰よりも愛した人物。
「あっ、サイナスさん。今日はどうされました? ……そちらの方は……?」
「な……んで……」
声が震える。視界がブレる。思考が回らない。
嗚呼、毎度こうだ。彼女の姿を見る度に、嘆き、悲しみ――歓喜に満ち溢れる。
荒い呼吸を抑えて彼女を見る。
腰まで伸ばした癖一つない絹のような銀色の髪と、宝石を想起する碧い瞳。
「ああ、実は畑荒らしの猪を狩ってくれたんだ。そのお礼として俺の家に泊めてくれってな」
「なるほど! ありがとうこざいます! ……あ、私はエリザベスと申します。貴方は……?」
――ああ、知ってるさ。
「オレは、メリオダス。よろしくな、エリザベス」
――これで、105人。
「メリオダスさんですね! 私もお礼がしたいので、是非上がって行ってください!」
「ああ……」
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」
「いや、何でもない。大丈夫、大丈夫だ」
「そうですか……。ですが、一応」
エリザベスがオレに手を翳し、光が放たれる。
「今……のは……」
「最近発現した力なんです。怪我や病気を治せるので、とても重宝しているんです」
微笑みながらそう言うエリザベスの横顔を見て、心が諦観に支配されるのが分かる。
もう、そこまで来てるのか。
やりきれない思いと共に、胸に激痛が走った。
サイナスの家に滞在してからしばらくが経った頃、サイナスが不意にオレに話を振ってきた。
「そういえばメリオダス」
「どうした?」
「いや、ちょっとした不思議な話なんだけどよ、エリザベスがこの村に来たのはほんの三ヶ月ほど前なんだよ。んで、ここからが本題なんだけどよ。――実は俺、昔にエリザベスと瓜二つの女の子を見たことがあるんだ」
「……ほっほーう。それは確かに不思議な話ですなあ」
「だろ? そんで……メリオダス、お前によく似た男もいた」
先程とは打って変わって真剣な表情を浮かべるサイナス。
オレが口を開くまで待つつもりなのか、サイナスは腕を組んでオレを見下ろす。
場を沈黙が支配し、時の流れが遅くなったような錯覚を覚える。
言うわけにはいかない。これはオレと、エリザベスと、奴らとの問題だ。部外者が……ましてや人間が関わっていい問題じゃねえ。
――ハッ。
そんな言い訳をつらつらと並べる自分を嘲笑する。結局は自分が可愛いから、それらしい理由を並べているだけだ。
本心では分かっている。
エリザベスのことも、オレのことも、全てはオレたち自身が引き起こしたことだ。
そこに『介入して欲しくない』という建前で防御している。
深いところまで知られれば、まず間違いなくエリザベスもオレもここにいられなくなる。
そしてなにより、一時の幸福をオレは捨てきれない。
だから、オレは嘘を吐いた。
「さてさてさーて? なんのことやら。お前の見間違いだったんじゃねえか? 第一オレとそっくりだったんなら、今頃大人になってるはずだろ?」
「……そうだな、確かに、そうだ。悪かったな、突然変な話をして」
「気にすんな、お前もそういうお年頃ってことだろ?」
「俺はもうすぐで三十なんだが……」
そんなにガキに見えるのか……、としょぼくれているサイナスを放って、外へ出る。
夜空には金色の月が煌々と光を放っていて、地上を照らしている。
気晴らしに歩くか。
沈んだ気分を持ち直そうと、腐葉土を踏みしめる。こうして色々なことに意識を集中させると、沢山の情報が舞い込んでくる。
それに意識を逸らして、逃げた。
そうして村から少し離れた場所までくると、見慣れた背中が視界に入った。
木々の隙間から入り込む月光を反射して輝く銀髪に見惚れ、息をすることも忘れてその場に立ち尽くした。
やがて、エリザベスもオレの存在に気づいたのか、振り返る。
ちらりと見えた右目には、人間には無い紋様が浮かんでいたのが見えた。
「メリオダスさん、どうしたんですか? こんな時間に」
「ちょっと風に当たりたくてな。エリザベスは?」
「私はいつも、ここで夜空を眺めるんです」
「そっか……」
微笑んでそう語るエリザベスの目には、星の輝きが映っていた。
――更に月日が経ったある日。
「はぁっ……!」
村人の右肩から左脇腹にかけての裂傷にエリザベスが手を翳し、淡い光を放つと、みるみるうちに傷が塞がっていく。
徐々に痛みが引いていっているのか、激痛でまともに動かせなかった体を起こす。
「まだ起き上がっては駄目! もう少しだから、それまで待ってて」
無理に起き上がろうとする村人を布団に倒し、再び傷口に手を翳す。
すると、僅かに残っていた傷は完全に塞がり、元通りの体に戻った。
村人は今度こそ起き上がり、ペタペタと自分の体を触る。
「おお……! 流石だな、エリザベスちゃん。まるで伝承にある女神族だな!」
「まさかそんな……やめてください」
「はっはっはっ! 照れるな照れるな!」
照れ臭そうに笑うエリザベスと、その横で大笑いをする村人。
――日に日にエリザベスの治癒の力は増していっている。それは村人たちにとっては喜ばしいことだが、オレはどうしても喜べない。喜んではいけない。
先程村人が『女神族のようだ』と言っていたが、まさにその通りだ。
未だ高まる人外染みた治癒力と、それに比例して本来の魔力も取り戻してきている。
エリザベスが全てを取り戻したとき。
それは終わりであり、同時に始まりだ。
――オレは再び、囚われた。
――どうして。
「逃げろ! ここは俺たちが――」
「父ちゃん! 父ちゃん! 離せよ母ちゃん! 父ちゃんが死んじまうだろうが!!」
――いつからだ。
「サイナス! お前も早く来い!」
「村長は先に避難してろ! 誰かが足止めしねえと!」
「サイナス! 駄目! 戻ってきて!」
――ぐちゃり、と。
エリザベスの叫びを掻き消す生々しい音が、やけに響いた。
赤く、禍々しい腕がサイナスを握りつぶし、サイナスだったモノが地に堕ちる。
鋭い爪を用いて逃げ惑う村人を切り裂き蹂躙し、果敢にも立ち向かった者たちの魂を喰らう。
――オレの、せいか。
慟哭が響き渡り、平和だった村は一瞬にして瓦解した。畑も、家も、人も。
何もかもが破壊されていく。オレは呆然とそれを見ているしかなかった。
予想もしなかった――いや、言い訳はやめよう。もしもの事態が起きたときの対策を、何も考えずに過ごした。
あまりに平和に浸かりすぎていた。
あまりに長い間血生臭い戦場から離れていた。
腑抜けていた。
そんな救いようの無い自分に憤怒を抱いた。
村人がせめてもの抵抗にと持ち出した剣を拾い、赤色の魔神へと斬りかかる。
オレの存在に気づいた赤は漆黒の炎を射出するが、奴よりも上位であるオレに効くはずもなく。
――瞬きの間に、その肉体を両断した。
魔神の破壊活動を止めた頃には、もう何もかも遅かった。木々には漆黒の炎が燃え移り、僅かに残った村人たちも例外なく骨も残らず燃やし尽くされた。
残ったのはオレと、エリザベスのみ。
日常なんてものは、些細なことであっさりと崩れる。
昔に聞いた言葉だ。
今になってその意味を、村の壊滅という代償を払って理解した。
直後に、背後で光に満ちた魔力が膨張し、弾け、雨のように降り注いだ。
――"聖者の涙"
魔神の攻撃を幾度も喰らって尚、村人たちをも治療していたエリザベスは、最後の魔力を振り絞りこれ以上広がらないようにと炎を掻き消した。
既にエリザベスから感じられる魔力は、0に等しい。しかし、この土壇場で全て取り戻したのか、両目に女神族特有の紋様が浮かんでいる。
エリザベスは膝をついて泣き噦るオレの頰に手を添える。
「やっと……思い出した……メリオダス……」
「エリザベス……っ! エリ……ザベス……!」
「泣か……ないの……また……会……る…………ら……」
エリザベスの手から力が抜け、魔力が消えた。
それはつまり、エリザベスの絶命を意味する。
「あ……ああぁぁあぁぁぁ!!!」
軽率に留まった自分を責める。
腑抜けていた自分を憎む。
何も考えていなかった自分を殺したくなる。
――いくら後悔しても、もう戻ってこない。
サイナス、村長。二人は余所者であるオレに優しく接してくれた。
薬剤師のばあちゃん。よく変な薬を飲まされたが、子供が風邪を引いたときは治してやっていた。
まだ若かった夫婦。息子に剣術を教えてくれとせがまれ、それをよく側で見守っていた。
狩人だったじいちゃん、商人だったおっさん。
未来のあった子供たち。
考えれば考えるほど、憎悪と憤怒が湧き上がる。
自分に、同胞に、神々に――世界に。
ただただ吠えた。
恋人を失った激情は留まるところを知らず、三日三晩、吐き出し続けた。
あの村は、地図から消えた。
天災に襲われたと噂され、人々は近寄らなくなった。
あの日、あの村に居て生存したのはオレのみ。エリザベスを除く他の者は死体すら残らなかった。
いつしかそれも過去の出来事となり、オレは再び世界を放浪している。
今はダナフォールという街に滞在し、騎士団長という立場にいる。充実していたとはお世辞にも言えないが、決して気を緩めなかった。
今度は何があっても助けられるようにと。
そして、運命の時は来た。
「――おい、何で私を助けたんだ? このお人好しめ!」
顔立ちも、声も、そっくりそのまま。
ただ違う所と言えば、少しキツめな性格だった。
『何があっても、例え私がまた死んでも、いつかこの呪いを解くと約束して!』
脳裏に、二度目の最後が映し出される。
今度こそ、守る。
――そう誓ったのだから。