私は、少し憧れていたのかもしれない。
当たり前のように、誰かの為であれる。
そういう在り方に。
だって私は私の為に生きて来たもの。
病を抱えた身体を。この身体のまま私は私を幸せにしたかった。
――ありがとうくまちゃん。茜。小夜子。
私を幸せにしてくれた人たちに、感謝を伝えたい。
だから今度は、私が誰かを助けてあげられたら。
それは、とても、とても、素晴らしい事だと思う。
※
「本部内に、敵----?」
三雲修は思わず――オペレーターからの警告を反芻した。
何故だ?
どんな手段を以て敵は本部内に入ったのか?
気にはなる。
だが――それよりも重要な事がある。
今この本部には――民間人の避難者がいるのだから。
「----く!」
三雲修は、すぐに部屋を飛び出した。
民間人の無事を、確認しなければならない。
※
「――あ」
保護された少年は、物陰に隠れていた。
少年は施設の一室にボーダー職員に案内された後、ここに居れば大丈夫だと一言伝えられ一人残された。
その後。
聞こえて来た。
職員の末魔が。
喉を詰まらせたようななうっ、という声と共に、その後に逆流してきた血液を吐き垂らす音が鳴り響いた。
それを聞いて、思わず――。
「ヒッ-----!」
そう、言葉にしてしまった。
それが――間違いだった。
こちらに近付いてくるトリオン兵の足音が聞こえて。
そして――ドアをぶち抜く音もまた聞こえて来た。
物陰に隠れた少年を探して、異形のトリオン兵がこちらを探していた。
「――こっちだ、トリオン兵!」
カン、という乾いた音が呆気なく鳴り響いた。
棒切れか何かだろうか。部屋に入らんと歩を進めたトリオン兵の横顔に叩きつけられたそれは、コロコロと床に転がって行った。
トリオン兵はその方向へ振り向くと――ゆったりとした足取りで棒切れが投げられた方向へ向かって行った。
――よし。
あのトリオン兵を、民間人の方から気を逸らす事には成功した。
あとは。
そう。
出来るだけ自分がこの場所を離れて。
――囮に、なるだけだ。
トリオン兵がこちらへ向かって来る。
戦闘体ならばいざ知らず、生身の自分で助かる術はない。
三雲修は、当然のように――そう思い、実行した。
逃げる。
逃げる。
出来るだけ、出来るだけ民間人から引き離せるように――。
肉薄する死の象徴に、恐怖を感じながらも。
しかし、
「ねえ」
逃げている、その先に。
「そういう事をするのが当たり前だなんて、思わないで」
今自分の身体を突き刺さんと襲い掛かるトリオン兵との間に。
「ね?」
三雲修は驚愕の表情でその光景を見ていた。
逃げている道すがら。その曲がり角。
走り抜けたその先、そこにいたのが――。
自分とトリオン兵との間に躍り出た――那須怜の、姿。
音もなく。
那須怜の腹部を突き刺す、トリオン兵の姿があった――。
・ ・ ・
「久しぶりね、三雲君」
静かで、されど明瞭な声が耳朶を打つ。
「お久しぶりです、那須先輩」
「ふふ。会いたかったわ。今丁度訓練が終わった所だったから、急いでこっちに来たの――お勉強中?」
「えっと、はい」
那須怜。
この女性との付き合いも、かれこれ一年が経とうとしているというのに、未だに話す時に落ち着かない。
悠然としておきながらも、時折見せる茶目っ気とか、思わぬ積極性にこちらがどうしても対応しきれない。それ故に、ちょっと身構えてしまう。
「いやあー、那須さん。お久しぶり。暫くぶりですなぁ]
「うん。久しぶり、宇佐美さん。ごめんね、お邪魔しちゃって」
「いやいや、むしろ邪魔しているのはこちらのほうなのでお気になさらず~」
「----三雲君、もう帰り?」
「は、はい。キリのいい所まで終わったら帰ろうかと思います」
「それじゃあ、それまで待っておくわね。-----解らない問題があったら遠慮なく聞いていいわよ。宇佐美さんに」
「って、ちょっと私ですか~。そこは那須さん自身が教える所でしょ!」
「だって宇佐美さんの方が頭いいじゃない。私が今の三雲君に教えられる事なんて何も無いもの」
「そんなそんな謙遜なさらずに。あ、それじゃあお茶でもどうぞ」
「ありがとう。頂くわ」
-----ニコニコと笑みながら那須は宇佐美と話し込んでいる。
何となくこの状況に座りの悪さを感じているという事は、まだまだ自分は未熟なのだろうなぁ、などと三雲修は思うのでした。
※
「――修君」
「あ、はいな----れ、玲さん」
「うん。――受験勉強は順調?」
「はい。----とはいえ、合格水準まで全然まだまだですけど」
「目指す場所は、医学部だものね。この時点で合格水準まで持ってこれる人なんていないわよ。ただでさえボーダーの仕事もあるのに、修君は頑張っているわ」
「あ、はい。ありがとうございます。-----でも、実際まだまだですけどね」
三雲修と那須玲。
二人は横並びになりながら、三門市の街を歩いていた。
「ねえ修君」
「はい」
「-----手、繋いでほしいな」
「-----はい」
男の子にしては、ちょっとだけ細身な。けどやっぱり自分よりも骨太な感覚が伝わる――そんな、三雲修の掌。
そんな掌が自分の手の上で不器用に定位置を探す。そんな素直な動きが玲は好きだった。
「-----ありがとう」
三年という月日は、本当に人を変える。
背丈が伸びた。体つきもがっしりとしてきた。
でも、変わらないものもある。
ちょっと野暮ったく感じられる眼鏡とか。真面目そうな表情とか。素直に現れる表情とか。
本当に――変わってほしくない所は、何処までも何時までも変わらない。
「――今日だったわね。私が移植手術を受けたの」
「はい」
「ありがとう」
「――だったら、僕の方こそありがとうございます。あの時、庇ってくれて」
「どういたしまして。――そして、ありがとう。私の側にいてくれて」
「------」
「研究が進んで、こうして私もちょっとずつ身体がよくなってきて。-----時々、思うの。こんなに幸せでいいのかしら、って」
「------玲さん」
「だから、伝えなきゃって思うの。ありがとう、って。私は今幸せですって。私を幸せにしてくれている人達に」
ふふ、と一つまた笑って、玲はジッと修を見る。
「ありがとう修君。――私に命を与えてくれて、ありがとう」
きゅ、と微かな力が掌から伝わってくる。
ああ。
こういう所だ。
こういう所が――この人の、紛う事なき魅力なんだ。
落ち着いているように見えて――その実、誰よりも情熱家。
飾らないまま、そのままの姿で、誰よりも仲間思いの人で。
「-----玲さん」
「なぁに?」
「僕は------玲さんが今を幸せだと思ってくれているなら、とても嬉しいです」
「――」
豆鉄砲を食らった。
そんな珍しい表情を、玲は浮かべていた。
それ位――この手の台詞がこの奥手な少年の口から出るのが珍しかったから。
「僕だけじゃない。熊谷先輩も、日浦も、志岐先輩も――皆、玲さんが幸せなら嬉しいんです。だから玲さんを幸せにしたいって思っているんです。だから、今玲さんが周りの人のおかげで幸せを感じているのは、当たり前の事なんです。玲さんが今まで積み重ねてきた事、その全てが今の玲さんに、集約されているんだと思うんです」
豆鉄砲から我に返り、ジッとその声に耳を傾けていた。
絶対に聞き逃してたまるものか、といった様相で。
「だから――だから。幸せでいいのか、なんて言わないで下さい。玲さんが幸せなおかげで、幸せになっている人もいるんです。それだけなんです。別に難しい事じゃないんです」
「――本当に」
那須玲は繋いだ手をいったん離すと――両腕で修の腕を抱きかかえた。
「素直な人ね」
そう言いながら、――彼女は涙を瞼に溜めながら、微笑んだ。
そして幾度も再確認するのだ。
――自分はボーダーに入って本当によかった、と。
栞ちゃん有能可愛い。
-----来週から月刊かぁ。スクエア購読しようかなぁ。うーむ。