飛車角王手①
「うーむ」
柿崎国治は悩んでいた。
「玉狛第二も新しい戦術を生み出して、一気に飛躍した。俺もどうにかしなければいけないか----」
以前行われた、惨敗に終わったランク戦の記録は、もう穴が空かんばかりに見た。
そこで自覚した事は――隊長としての責務であった。
三雲修。
彼は弱い。
だからこそ――自分の役割をしっかりと自認し、割り切り、スパイダーという新たな戦術を生み出した。
自分達の強み――空閑遊真という絶対的エースを活かしつつ、それを戦術でサポートしていく方策を。
「――どうしたのですか、隊長?」
うんうんと唸っている内に、背後から声をかけられた。
「ん?ああ、照屋か。ごめんな、気付かなかった」
「いえいえ、集中していたようでしたので。――あ、お茶注ぎましたので、どうぞ」
「あ、ああ。ありがとう」
にこやかに二つ分の湯呑を置くと、実に自然に照屋は柿崎の横に座る。
その距離は互いに握り拳二つ分ほどの距離。近いは近い。しかしどぎまぎするには少し自意識過剰すぎると言われても仕方ない距離。
なので、気にしないよう努める。
この期待のホープ――照屋文香は様々な意外な所がある。
お嬢様育ちの文武両道。常に冷静で、判断も指示も常に的確。まさしく将来必ず隊長となるであろう女傑候補だ。
されど---意外とパーソナルスペースが近いのだなぁ、とか。お化けが怖いのだなぁ、とか。
それほど長いとはいえない付き合いの中でも、意外性というものがかなり見えてきている。
「ああ、この前のランク戦ですね」
「ちょっと戦略の巻き直しをしようと思ってな。今までのやり方は捨てずに、けどもうちょっと戦術的な引き出しを増やしたい」
「ふふ。頑張ってくださいね。私も協力しますから」
にこやかに笑いながら、ジッと彼女もまたログを眺める。
「-----そうだ、隊長」
ログが終わった瞬間を見計らい、
「どうした?」
「この前のシュークリーム、どうでしたか?」
「ああ、とてもおいしかったよ。お袋も大概喜んでいたな」
「それはよかったです!よかった、ご家族の方にも喜んでもらえたのですね」
「そりゃあもう。-----今度は自分で買ってこようかなんて言い出しているくらいでさ」
「そこまで気に入ってくれているなら、また買ってきますよ?」
「いや、流石にそれは悪いよ。仮にもお前は後輩なんだから」
「感謝を伝えるのに、先輩も後輩も関係ないですから」
ふふ、と笑いながら彼女は呟く。
「隊長。------一人で抱え込まないで下さいね」
「ん?どうした?」
「あの玉狛の三雲隊長も、一朝一夕であの戦術を生み出した訳じゃない。戦いを通じて、ずっと敗北し続けて、ようやく辿り着いた新戦術だと思うんです」
「ああ、だろうな-------」
開幕から東隊長に壁抜きされたあの試合――その反省が、あの試合の勝利を運んだのだろう。
「だから、今度は勝ちましょう。その為には私達も必死に考えて、頑張っていきますから」
いつか、こんな言葉を言われたなぁ。
――支えがいがありそうだ、と。
----本当に自分は支えられてばかりで、どうしようもない人間だ。
今、彼女は支えがいをまだ感じてくれているのだろうか?
ふと、思った。
※
「なあおいザキ」
咥え煙草の不良面が唐突に絡んできた。
訓練とランク戦が終わった辺りで。
「----諏訪先輩どうしたのですか?」
まさしくチンピラといった出で立ちのこの諏訪という男。柿崎は嫌ってはいなかった。ただ、時々面倒くさいと思うだけである。
「お前、照屋とデキてるって本当か!?」
唐突に、唐突な事をこの男らしくデリカシーの欠片もない声音で吐き出した。
勘弁してほしい。
「-----そんな訳無いでしょ」
はぁ、と一息つきそう返す。それ以外に出来ることはなかった。
「おお、そうか。それだったら別にいんだよ。邪魔したな」
「----何なんですか、一体」
「いや、別に惚れた腫れたなんざ好きにしろってのが俺の持論だけどよ。ほれ、あれじゃん。大学生が高校生に手を出したら犯罪らしいじゃん?俺もさー、さすがにザキみたいな有望な後輩の将来を潰したくはない訳よ」
「心配は無用です」
ほら。こういう事を言われる。
さすがに、そんな事をやらかす程子供じゃない。
惚れた腫れたの感情と、先輩に対しての敬愛をごっちゃにするほど馬鹿じゃない。
照屋という女性はとにかくよく出来た人間だ。
目上の人間をしっかり立てる。しっかりと敬意を持って接する。
それだけではなく、頼るべきところはしっかりと頼る分別だって持っている。
そんな出来た女の出来た気遣いを、気があると勘違いするのは何よりもやってはいけない事だ。
------と思うは自分ばかり。周りはそうと捉えてくれないようで。
「気を付けとけよ?――あれよあれよと噂なんて広まっていくもんだからよ」
「噂?」
「おう。一緒に飯を食いに行っていただの。シュークリームやら服やら買っていただの。そういう噂だよ」
「ああ、何だその事か。別に大したことじゃない」
防衛任務で遅くまで付き合わせた礼に飯を驕った。お袋が気に入ったシュークリームの店を教えてもらい、その礼に弟の誕生日プレゼントの服選びに付き合った。
ただそれだけの話だ。
別に、それほど大きな話ではないはずだ。
「もう結構ボーダーでも噂になっているんだからな。こっちだって小佐野がギャーギャーうるせぇからわざわざお前に確認しに来てやったんだよ」
「それは----困るな」
「何が?」
「俺はともかく、照屋がな----」
年頃の高校生が、こんな男と噂になるなんていい気はしないだろう。
「まあ、実際手を出してねえなら別にいいや。ほんじゃ~な~。捕まんなよ~」
「捕まりません!」
諏訪はするりと現れ、するりと消えていった。
はぁ、と一息つき――柿崎もまた、自分の部屋へ戻って行った。
「----ふむん」
そう陰で一つ頷いている姿など、想像すらせずに――。
※
「ねえ、隊長」
「ん?どうした?」
「本当に申し訳ないのですけど---一つお願いをしてもいいでしょうか?」
照屋は申し訳なさそうに柿崎の眼前に立つ。
「おう。いいぞいいぞ。何をすればいい?」
「実は-----」
「-----成程な。犬と遊びたい、か」
「私の家、ペットを飼うのが禁止されていまして----。一度でもいいから、犬と遊んでみたくて-----」
意外ではあった。そうか彼女は犬好きだったのか。
何と言うか、本当に-----始めてかもしれない。
こういう、本当に年下っぽいお願い事というのは。
「その、隊長のお家では犬を飼っていらっしゃるとお聞きしまして------恥を忍んで、といいますか----」
珍しく言い難そうに口調が淀んでいる照屋に、柿崎は笑いながら応答した。
「ああ、いいぞ。うちの犬で良ければ、いくらだって遊んでやってくれ」
「ありがとうございます!」
パッ、と花咲く様な眩しい笑顔――いつも良くも悪くも表情が一定の間に変化する照屋にしては、珍しい表情であった。
「じゃあ、いつにする?」
「今度の日曜日なんかどうですか?――あ、ご両親は?」
「ん?いるけど。――あ、会いたくないなら犬だけ連れ出してこようか?」
「いえいえ。――いつもお世話になっているお礼も一緒に出来たらなぁ、と思っていただけですから」
ニコリと笑って照屋文香はそう言った。
「いやいや。大袈裟だな。むしろ世話になっているのは俺の方だ」
「ふふ、隊長。謙遜しないで下さい。隊長のおかげで、今私はここにいるんだから。――それじゃあ、隊長のお母さんも気に入ってくれていたようなので、またシュークリームでも持ってご挨拶に伺います」
そんな二人の様子を――部屋の端から巴虎太郎と宇井真登華は見ていた。
「虎太郎------よーく見ときなさいよ。隊長と文香を」
「ん?なになに-----普通に仲良く話しているだけに見えますけど----」
「いーや、違うんだなこれは。-----まあ、あれはね、虎太郎」
宇井はいつものほんわりとした表情のまま、
「----多分飛車角王手の絵図まで読んだ、詰将棋だね」
二人の笑い声を聞き、宇井はそう断言した。
これは詰みの物語。
自覚無きまま詰まれ詰まされ、そして埋められていく未来の絵図。
そんな絵図を無自覚に描き続ける――男の物語。
ワートリのヒロインは、なんだかんだで皆旦那を尻に敷きそう。そんな感じがします。