ボーダー本部の一室。
ランク戦を終え休憩に入っていた照屋文香と、偶然そこに居合わせた迅悠一は和やかに談笑していた。
ぼんち揚げをばりぼりと食べ続ける迅に、しょうがないですねとにこやかに微笑みながら手持ちのお茶を紙コップに注ぎ、差し出した照屋。そのまま和やかに雑談が始まったのであった。
互いの話の中心は、――柿崎隊長について。
心中、本当に愛されているなぁと思いながら聞いていると、話題が少し転換していく。
「ねぇ迅さん」
「何だい、照屋ちゃん」
迅悠一は実力派エリートである。
エリートと呼ばれる人種に実力無き者がいるのかといえばやはりイエスなのだ。故に自らは頭文字で実力を示すのだ。
彼は未来視のサイドエフェクトを持っている。
対面した相手の未来が見える。
その能力故に、彼はボーダーの為、市民の為、常に粉骨砕身動き回っている。
それだけ働いているのだ。実力もあるのだ。
そんな彼も時折セクハラを仕掛ける程度の子供らしさは持っている。
主に被害者は、キッチリとその後に制裁を返してくれる芯の通った女性なのだが。
迅とて、本気で女の子を傷付けたくはない。自分のセクハラで心にダメージを負わせたとあらば、それは実力派エリートの名折れである。
ちゃんと、セクハラをする――というよりできるだが――相手は選んでいるつもりである。
しかし。
見てしまった。
いくつもの枝分かれする未来の中――仮に、照屋文香にセクハラをかましてしまったら、というifを。
その結果、
「迅さんの未来視で得た情報は、やっぱり隊員には伏せなければいけないのですか?」
「うーん。そうだねぇ。はっきりとそう決められている訳じゃないけど、言ってしまう事で未来が変わることもあるからなぁ。やたらめったらに言う事は出来ないかなぁ」
「成程----。やはり色々考えていらっしゃるのですね」
迅は照屋文香を〝S級セクハラ禁止指定人物”として認定するに至った。
「けれども、よりよい未来を手繰り寄せる為に、未来を言う事もある訳ですね」
「そりゃ、当然」
うんうんと、お互い頷く。
「よりよい未来-----ならば、迅さん」
「うん?」
「組織ではなく、例えば個人レベルの幸せの為に未来視の力を使う事に抵抗はありますか?」
「時と場合によるかなぁ」
「ふむん。どんな時で、どんな場合ですか?」
「この力を使って手に入れる幸せが、その人の為になるかどうかだね。ならない場合は使わない」
「成程」
得心あり気に、照屋は一つそう相槌を打った。
「場合によっては、迅さんの未来視に頼りきりになっちゃうかもしれないですしね。そうなるとその人の為にならない」
「そうだよ。そうなんだよ。ここら辺も、この力の使い所の難しさだね」
「逆に――為になる場合は、どんな時でしょうか?」
「例えばだけど。一つの目標を持って本当に頑張っていて、あと一つ、あと一押し、って所で間違った方向に行こうとしている人がいるとしたら――使っちゃうかもなぁ。今まで頑張ってきた事が全部水の泡となるかもしれないような状況に、あと一歩で踏み入れそうになっている人がいたらね」
「ふふ。迅さんは、とてもいい人なのですね」
「ああ。なんてったって、俺は実力派エリートだからね」
「ふふ――じゃあ、迅さん。私の目を見て下さい」
「うん。いいよ]
ニコリと微笑み、照屋は迅の目を見る。
――その眼は、
「ありがとうございます。――では、迅さん。私は今間違っている方向に進んでおりますでしょうか?」
その声はとても軽そうに見える。
しかし、その眼から見える未来は、
「――いや。間違いない。照屋ちゃんは凄くいい方へ向かっている。それだけは保証する」
「そうですか。――ありがとうございます」
照屋文香は――少し。ほんの少しだけ、喜色をその表情に浮かべて、迅悠一に一礼した。
「本当に――こんな未来は珍しい」
恐らく、照屋はこの先に何をするべきか自分で考え即断で行動し続けている真っ最中なのだ。
寝られた計画。素早い判断と行動。
その即断ぶりを自分でも客観的に理解しており、ブレーキを踏みこむ準備もしっかりしている冷静さ。
そんな女性が、照屋文香である。
「――なあ、柿崎。俺はお前になんて言葉を言うべきか解んないけどさ」
フッ、と迅は一人笑む。
「お前はもう本当に、逃げられない」
見てしまった。
見てしまったのだ。
幾千、幾万、幾億。無限に分岐し連鎖し拡がっていく未来。
無限の変化を許容する未来の最中。
そんな中で照屋文香は――どんな未来の中においても、柿崎国治の隣を歩いているのだから。
愛されているなぁ、とまた一つ息を吐くのだった。
※
照屋文香と柿崎国治は、商店街を歩いていた。
柿崎の飼い犬を引き連れて。
「ごめんな。買い物に付き合わせちゃって。-----全く、お袋も人使いが荒い」
「いえいえ。犬の散歩させてくださいと言ったのは私です。そのついでに買い物に行くだけじゃないですか。-----それにご夕食のお呼ばれもいただきましたし」
「嫌だったら無理に付き合う必要なんてないんだぞ?」
「嫌な訳無いじゃないですか。とても楽しみです」
犬が好きであるが、犬を飼えない家庭事情の照屋の珍しい私的なお願い。
それは柿崎の家の飼い犬を散歩させてほしいというささやかにも程があるものであった。
柿崎としてみれば、不甲斐ない隊長に愛想もつかず付き合ってくれる頼もしい隊員である。我儘なんていくら言っても構わないといつも言っているのだが、二人共そんな事を聞き入れる訳もない。
そして――いつも隊長にお世話になっているお礼です、と実家にわざわざシュークリームとプリンを土産に持ってきた照屋に、母は(何故か)感激と共に家に上げたのであった。
その後リビングでお茶と共に会話をして更に感激。女子高生相手に息子のアルバムを取り出し一緒に見ながら破顔する母親は実に気味が悪かった。
犬の散歩なんていくらだってしてもいい。なんだったら一緒に夕飯も食べましょう。ああ、どうせだったら息子を荷物持ちに好きなものを買ってきてちょうだい、――と。あれよあれよと夕飯まで一緒に食べる事に。
さすがにそれは迷惑だろうと口を挟もうとしたが、照屋も照屋でしっかりと気遣ってくれたのだろう。ありがとうございます、と一言言い放ち無事夕飯を共にする事が決まった。
「それに――ふふ。子供の頃の隊長、とても可愛かったです」
「やめてくれ----」
「今日は何にしますか?隊長の好きなものを作りますよ」
「いやいや。何で照屋が作るんだよ。今日はお客さんなんだから、好きなものを買って作ってもらうのは照屋だろう」
「そういう訳にはいきませんから」
そう言って、彼女は微笑む。
――何というか。時折その笑顔に不安を覚えてしまう瞬間がある。
自分はそれほど頭がいい訳ではない。
隊を率いる時は当然思索を巡らすが、普段生活をしている中では直感的に判断を行う事が多い。
その直感が、何かを訴えかけているような気がするのだ。
その何かは解らないけれど。
――でも。
「さあ、隊長。行きましょう。今日は隊長のお母さんと一緒にうんとおいしいものを作りますから」
この笑顔を向けられる事が、悪い事なわけがないよなぁ、とも同時に思うのであった。
※
即断即決。
現状の把握をした上で、適切に情報を集め、それを基に素早く判断を下す。
いつもそうだ。
テレビにあの人が映った瞬間から、自分はこういう風に生きる人間なのだと知った。
この人を支えたいと思っている、という現状の把握。
ボーダーに入る為の手段。柿崎国治が自らの隊を作ろうとしているという状況。――それを知る為の情報収集。
ボーダー入隊をし、柿崎隊に入る――という判断。
そして思った。
自分の判断は間違ってなかったと。
――支え甲斐という言葉は、何だか不思議だ。
私がいなければ駄目だ、だから支えなければならない。――これは何だか違う。
多分、こういう事。
――この人は、きっと凄くなる。だから支えてあげたい。
これが、正解なのだ。
間違いなく。
ヒュース君、鋼の錬金術師になるの巻。やべぇっすわエスクード。