【旧版】GOD EATER〜神喰いの冥灯龍転生〜 作:夜無鷹
雨が降っていた。
焦点の合わない視界の中で、ただその時、雨が降っていた。
雨音が何かを掻き消して、見るべき何か、見たくない何か、その全てがボヤけていた。
何かがズキリと、釘を打たれたように痛んだ。
どこがという明確なものは分からず、ただ雨音が乱す何かを乾いた眼球が捉えるたび、拒否する鼓膜が微かに雑音を拾うたび、ひどく痛んだ。
乾いている。眼球が乾いているのに、いつまでも光景はハッキリとしない。
音を拾っている。なのに、周囲の雑音という雑音の中で雨音しか拾わない。
色の無いボヤけた世界が、誰かが邪魔するように砂嵐で散らされて、消えかかる。
聞いたはずの雑音すら、掻き消されていく。
夢を見た。
夢を見た、気がした。
知らない間に落としてしまった記憶を、無意識に背いていた記憶を───。
■■■■■■■■■■
うっすらと瞼を上げる。
五秒経った辺りでボヤけた視界がハッキリと輪郭を持ち、寝ぼけた意識が覚醒する。
なんか……胸糞悪い何かを見た気がする。何だったかな……。
忘れるってことは、そんな大事な事じゃなかったんだろうな。
丸めていた身体を伸ばし頭を持ち上げると、ザァザァという音が聴覚を刺激した。
それが雨だと判断して一瞬全身が濡れると思ったが、ああそうだと思い出す。
出入口壊して、巨大倉庫を寝床にしてたんだった。
漁港というよりは商業とか、貿易とかで利用するような、そんな場所にある無骨な倉庫。
『鉄塔の森』の件から二日が経過し偶然見つけた、俺が自由に歩き回れるほど結構広めの宿泊所だ。
雨に濡れても差ほど気にしないのだが、どうしてかな……あんまりずぶ濡れになってしまうと風邪を引きそうで。
引くのか知らんけども。
いざとなったら蒸発させれば済む、とか無粋なことは考えないでほしい。それ、俺も思ったから。
上方に見える、ぐるりと倉庫を一周する窓の向こう側では、重ッ苦しい曇天がこれでもかと雨を降らせていた。
まだ、止みそうにないな……。
今後の原作イベントに関して、アイツがヤバいとかそんなのは無かったはず。
いや、約一名いたかな。あれは……ほっといても原作で回収されてたし、問題ないだろうな。
急ぐ用事もないし、アラガミいないし、気が乗らないし、何となく動くのが億劫だと思っている。
雨のせいか……?梅雨の時期とか雨が降ってるだけで、何の理由もなく気が滅入るんだよなぁ。
どーにかならんもんかねぇ。
あ、そういえば、アモルどこ行った?
キョロキョロと見回すと、
基本アラガミって何でも喰うからなぁ……。
外に放置されてるコンテナなんかも、いくつか喰われた痕跡があったな。
中身を覗いたら、きれいサッパリ無くなっていた。
元々何が入っていたのか分からないし、見当も付かないから味がどうのとかは言えないが、上手く喰うもんだと感心はした。
まぁどうせ、あのコンテナの大きさと広さだから小型アラガミか、せいぜい中型アラガミくらいしか入れなかっただろう。
だったらコンテナも喰ってけよ。世界的な清掃業者だろ?アイツら。
まあ、それはそれとして。
雨が止むまでもう一回寝るわ。
日中だけど。
───五時間後。
おはようございます、こんにちは、こんばんは。
二度寝かましてたらアモルに叩き起こされました。
暗い雲は散り散りになって、合間から陽の光が差し込んでいる。
「ピギィ、ピギィ!」
アモルが早く外に出ようと、俺の指を噛んで引っ張り出そうとしている。
体格差を考えろよ、体格差を。
寝転がったまま頑として動かないでいると、アモルは疲れたのか口を離し、残念そうに小さく鳴いて地面に腹を付けた。
あー……しょんぼりしてる……。分かったよ、行くよ。
ったく、仕方ねぇな……。
べ、別に可愛いだなんて思ってないんだからね!勘違いしないでよね!
身体を起こして立ち上がり、首やら背中、尻尾を伸ばして、人で言うところの背伸びをする。
俺が軽く準備運動をしている前で、アモルは嬉しそうに左右に素早く浮遊移動しては小刻みに跳ねる。
純粋というか素直というか……。
のそのそと歩いて倉庫から顔を出し、右、左、右、上とまずは様子見。
ま、アモルはお構い無しにサッと出ていくけど。
あれ絶対一匹で徘徊してたら即オサラバするな。警戒心というものがないのか、あの白フグ。
右は海、左は更地同然の内陸。
海には用がない。
ふよふよと勝手にどっかへ行ってしまいそうなアモルに向け、呼び掛けと注意の意を込めて軽く低く
俺の声に気付いたアモルは数メートル離れた場所でピタッと止まり、振り返って持ち前の俊敏性を発揮し足下まで戻ってきた。
「ピギッ!」
ちゃんと言うこと聞いたよ、偉いでしょと言わんばかりに、アモルはその場でくるくると回った。
あーはいはい、偉い偉い。俺の言いたいことが伝わって何よりだ。
はい、じゃあ行くぞー。
特に反応を見せず、俺は内陸の方へと歩き出す。
一方アモルは、俺の素っ気ない態度に腹を立ててしまったようで。
「ピギィ……!ピギッ!ピィギッ!」
俺の背後で数度跳ねたあと、尻尾の幽膜に噛みついてきた。
ハッハッハッ、そんな事で俺の気を引けると思うたか雑種風情が。
だが、俺は寛大
なーんて、某金ピカ慢心王風に無視してはいるが……。
気にせず歩くたびにアモルが噛んでいる箇所の神経に、嫌な感覚が伝わってくるんだけれども……。
「ピギッ!ピギッ!」
突然、尻尾に噛み付いていたアモルが、俺を追い越して約十メートル先に躍り出た。
機嫌が治ったらしいアモルは、立ち止まった俺の前で………って、あれ?なんか咥えてね?
物凄く親近感の沸く白い布的な……的な。
あれれー?おっかしいぞー?
焦る以前に目から汗が……。
アモルは咥えている白い布的なアレを、満足そうに器用に頬張って捕食した。
俺の一部をそんな……おやつ感覚で……。
目頭が熱くなる俺を知ってか知らずか、アモルは満腹とばかりにゲップを漏らす。
ああ……満足したようで何よりです……。
───一時間後。
港を離れ、それなりに内陸へと入ってきた。
どこも似たような景色だ。
半壊、全壊した建物とひび割れた道路、散乱している瓦礫。
アラガミに喰い荒らされて、アスファルト下の土が剥き出しってのもザラだ。
その中でも特に広大で、土が剥き出しになっている場所があった。
水田とか畑の農耕地だったであろうそこで、大型のアラガミ、ヴァジュラ相手に余裕綽々の立ち回りを見せ付けている人物がいた。
赤いチェーンソーの神機……もしや……。
結果の分かりきった戦いの行く末を見届け、ふと思う。
なんで観戦してんだろ。
だってあの人、ヴァジュラ倒して一直線にこっち来てるもん。タバコ吸いながら来てるもん。
あーここで逃げたら、古龍として面目丸潰れの危機が………って、もう遅いか。
ヴァジュラを討伐した神機使いリンドウは、犬座りしている俺の前で立ち止まり、微笑を浮かべた。
「よぉ、『歴戦王』。一年振りくらいか?」
あ、結構フランク。
いや、違う違うそうじゃない。
まぁ、あれか。敵対意識の低さに関しては、ショウとリイサに並んでるからなこの人。元のいい加減さとか、そういう性格が関係してるんだろうけど。
アモルは例の如く、俺の後ろに隠れている。ちゃっかりしてやがるな。
「なんだ?言葉忘れちまったか?それとも別個体だったか……?」
俺が応答しないと見るや否や、リンドウは緩めていた警戒心を強め戦闘態勢に入りつつあった。
荒事は勘弁願いたい。
俺は前脚の爪を立てて、長らく使っていなかった文字を思い出しながら出来るだけ小さく、地面に書いていく。
“残念ながら、同種は見たことないな。『ゼノ・ジーヴァ』は俺だけだと自負している”
「ほぅ……お前さんが言うなら、そうなんだろうな。ならいいんだ」
警戒心は解けたが、「ゼノは俺だけ」という言葉にリンドウが妙に安堵しているように見えた。
危険視されていたのは知っていたが、極東一のバケモノさんが顔に出すとは思っていなかった。
“ならいいって……『歴戦王』呼びもそうだが、そこまで危険視されているのか?”
「そりゃあな。まあ俺の推測なんだが、お前さん……その気になればゴッドイーターなんか敵じゃないんだろ」
俺は目を見開いた。
リンドウの声色自体は非常に軽いものだが、自身の推測と言いつつ極東支部の総意が含まれている気がする。
だからゴッドイーター達は無闇に攻撃を仕掛けてこなくなったのか、と考えるのは愚考だろうか。
いや、俺の地道な努力が、と思うより真実味があるのは間違いではないはず。
それでも「ゴッドイーターは敵じゃない」ってのは………。
“買い被りすぎだ。だったら俺は手っ取り早い食糧として、今頃あんたを殺しにかかっている”
「ハッハッ、物騒だなぁ。ま、そうか」
勿論、冗談だ。だが、リンドウの笑い声は冗談と分かった上で乾いている。
冗談半分、本音半分として受け取っているのだろう。
ベテランならでは、と言ったところか。
“聞きたい事がある”
俺は不意に、先日の『鉄塔の森』の件について疑問が浮かんだ。
「ん?なんだ?」
“ショウはともかく、なぜ他の連中は俺に言葉が通じることを知らないんだ?”
知っていたとして、ソーマあたりの態度は変わらなかっただろう。だが、楽観者コウタはダメ元で、コミュニケーションを
それが皆無どころか一触即発、敵意剥き出しだった。
人望の厚いリンドウが情報源となれば、信憑性の高いものとして扱われ広く知れ渡り、今以上に敵対意識は薄くなる……と思う。
だから先日の刺々しさは、「知らない」ことを前提にすると相応しいと思える。
全て憶測と予想の域を出ないが……。
穏便に済むなら、それ以上の事はない。そんな信条を持つ俺の思考回路が甘いのだろうか。
俺の質問に目を通すとリンドウは、「あー…」と間の抜けた声を漏らし視線を逸らす。
それからバツの悪そうな顔でタバコの煙を吐き、頭を無造作に掻いた。
「報告、してなくてだな……」
……あれだ、俺がもし人の身体であったなら、
何かしらあるのでは、と勘繰っていたが杞憂だったらしい。
誰か釘バット持ってきて。真面目に考察した記憶をかっ飛ばしたいから。
“随分といい加減……”
「悪い、ちょっと待ってくれ」
文を書いてる最中に、そう言って止められた。
何事かと手元からリンドウへ視線をずらせば、彼は片耳に手を当てて何かに聞き入っているようだった。
あー通信機器、インカムからの声を聞いてんだな。
「……何?極東支部にアラガミが……?誰かいないのか?………そうか」
非常に苦い顔をしていた。緊急事態らしい。
書きかけの文字を消し、率直な疑問を改めて書く。
“何かあったのか?”
「あー……いや、まあ、ちょっとな」
歯切れが悪い。拠点について、そう気安く言える事ではないか。
相当よろしくない状況の裏付けでもある。
さっきのやり取りから察するに、極東支部にアラガミが接近。群れか単体かはともかく、あの表情からして支部に残っているゴッドイーターは少ないか全くいない、または戦力とは呼べない新人か。
防衛班ひっくるめて人員が心許ないのだろう。
だとしたら、アラガミの群れが接近しているのか?
ま、ここで株を上げておけば、今後は色々と楽になるかもしれないな。
“提案がある”
「なんだ?手早く済ませてくれよ?」
“方角さえ教えてくれれば、極東支部まで飛んで行ってやるが?”
「………は?」
素っ頓狂な声を上げ、リンドウは吸いかけのタバコを落としてしまった。
「あー……本気か?」
“本気じゃなけりゃ言わない。それに、ここで恩を売っておくのも悪かないだろ”
“あんたに、選択肢はほぼ無いと思うが?早く助けに行きたいならな”
いつか到着するであろうヘリを待つより、居合わせたやけに協力的なバケモノに飛んでもらった方が、時間的にも早さ的にも良いと思わないかね?
リンドウは肩を
「性格が悪いなぁ、お前さん。良い提案としか言わざるを得ないな。しかしまあ、奇特なバケモノだ」
“何言ってんだ”
俺は笑うという表情が作れない代わりに、腹の底から低い唸り声を出した。
“善し悪しもない。何かにとっての脅威だからこそ、バケモノなんだろうよ”
後半アモルが空気……くそぅ、唯一のアイドル枠が……。
次回は多分リクエスト回になるかと。
それでは、また。