夕立が失恋する話。

恋愛事情とは余り縁のなさそうなイメージの夕立が、初めて恋を自覚する瞬間ってどんな感じかなという妄想を形にしてみました。

Pixivにも同タイトルで投稿

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ぽいぽい言ってばかりのイメージのある夕立が、ぽいぽい言う時言わない時の使い分けとかしてたらなんか良くないですか。
的なことを考えながら書いてました。
夕立ちゃんはきっと恋をしたらちょっと切なくなるくらい一途な気がします。


わたしの想いが届かなくとも

自分の瞳のように紅い太陽が水平線の向こうへと飲まれていき、外が暗くなっていく。

そんな様を横目で見ながら、夕立は頬杖をついたまま小さくため息をついた。

憂鬱だった。別に出撃が嫌なわけでもなければ、誰かと喧嘩したわけでもない。

ただただ、自分の胸の内にタールのようなドロドロしたものがたまっているのが不快でたまらなかった。

再びため息。もう何度目だろうか。こんなところを雪風にあたりでも見られたら「幸運が逃げちゃいますよ!」と何ともお優しい言葉をかけてくれるに違いない。

まあ、当の本人は遠征任務でいないからそんな言葉を言われることはないっぽい――なんて心の中で口にして、夕立は苦笑する。

太陽が海に呑まれ、外に闇の帳が降りた。灯りのついた部屋の光が、闇に包まれた鎮守府の敷地をぼんやりと照らしている。

なんとなしに夕立はどの部屋の灯りだろう、と視線を滑らせていく。

そして見た。灯りの付いた執務室の窓際に浮かびあがる二つの影を。

一つはこの鎮守府でたった一人の男性、夕立たちの提督の影。

そしてもう一つは自分と同じデザインの制服を身にまとい、髪を三つ編みにした少女の影。

それを認識した瞬間、夕立はそれまで座っていた椅子を蹴飛ばすような勢いで席を立つ。

突然の物音に、周りの仲間たちが一瞬動きを止めた。

「……夕立ちゃん?」

しまった、とあたりを見回すと伊良湖が心配そうにこちらを見ていた。

「あ、ごめんなさい……っぽい」

なんでもない、と示すために笑顔を作る。けれど、なんとなく居心地が悪くなって夕立はそのまま足早に食堂を後にした。

食堂を後にした夕立は、執務室とは反対方面――波止場の方へと向かって歩いた。

耳を打つ潮騒の音が徐々に強くなっていき、やがて波止場の端へとたどり着く。

周りには誰もいない。夕立は、静かな波止場でゆったりするのが好きだった。

けれど、そうするときはいつも隣に彼女がいた。自分の半身ともいえる艦娘、時雨。

同じ日に着任し、ずっと一緒に戦ってきた相棒。

ずっと一緒だと思っていた。共に笑い、共に泣いたあの日々がこれからもずっと続くのだと夕立は信じていた。

なのに、そんな日々は突然終わりを告げた。

『夕立。僕、提督とケッコンするんだ』

その報告を聞いた時、夕立は何も言えなかった。

『そ、そっか! 時雨、ケッコンするのね。これはビックニュースっぽい! 白露たちにも教えてくるっぽい!』

かろうじて絞り出した言葉。嘘をついたつもりはない。時雨が提督の為に一生懸命になっていたことは他の誰よりも夕立が知っていた。

時雨から提督の為に出来ることはないかと相談を受けたことだってある。夕立が真面目に考えたアイデアを時雨に笑われて、間宮アイスをご馳走されるまでむくれたのもいい思い出だ。

だから、その報告を受けた時に夕立は一緒に喜べると、そう思っていた。

なのに、いざその瞬間が来てみれば出てきたのは何ともぎこちない上っ面だけの言葉。

どうしてあんなことになったのか分からなくて、モヤモヤして。結局あの後白露たちに報告をすることもなく食堂で独り黄昏ていたのだった。

「なんで喜んであげられなかったのかな……」

そう呟きながら夕立は波止場に座り込み、膝を抱える。

海から吹く風は冷たく、それは夕立の中の暖かいものを根こそぎ奪い去ろうとしているかのようだった。

「……夕立」

背後から響く声。聞きなれたその声が、今はどうしてか恨めしい。

「時雨? こんなところに何の用?」

振り返りもせずに放った言葉は、きっと時雨の心を傷つけただろう。けれど、それは同時に夕立の心にも深く突き刺さる。そして突き刺さったソレは酸素魚雷のように炸裂し、大きな穴をこじ開けた。

その穴から冷たく、ネバついたナニカが夕立の心に流れ込んでくる。

ソレは何もかもを恨んでしまえ、憎んでしまえ、とささやいてくる……ような気がした。

どうして、なんで。何がこんなに気に入らないの――

海の底へ沈んでいくかに墜ちていく気持ちにあらがうようにギュッと自分の膝を抱え込む。

……ふと、潮騒の音に交じって背後からかすかにうめき声とも吐息ともつかない音が聞こえてきた。

それは時雨が何かを言おうとして、しかし何も言葉が見つからない時に出す音だと夕立にはすぐに分かった。

「ねえ夕立……その、隣に座っていいかな」

時雨の言葉に、夕立はほんの少し座っている位置を左にずらした。別にそんなことをしなくたって、時雨が隣に座るスペースはあったのだけれど。

「ありがとう」

いつもと変わらぬ柔らかな声でお礼を言った時雨が、隣に座る気配を感じた。

気まずくて、夕立は時雨とは反対の方に顔を背ける。

「…………」

「…………」

沈黙。互いに話すこともなく、ただ潮騒だけがあたりに響く。夕立の体はもうとっくに冷え切ってしまっていた。

今更ながらに知覚した肌寒さに、思わず体を震わせる。その寒さが、なんだか今の自分の心を表しているみたいで無性に泣きたくなった。

泣くもんかと唇を強く噛んだ時、時雨の手がブランケットを自分の肩にかけるのが見えた。

「あ……」

思わず隣にいる時雨の方を見る。時雨は、悲しさを隠しきれない下手くそな笑顔を浮かべ、夕立を抱き寄せた。

「ちょ、時雨っ……」

抵抗しようと思った時には、既に時雨に抱きしめられていた。無理な態勢で抱きしめられたものだから、折角時雨が掛けてくれたブランケットが夕立の肩から外れて地面に落ちる。

「ごめんね夕立……」

震えた時雨の声が耳元で響く。

「え……?」

どうして時雨が謝るの。その言葉は、しかし夕立の喉元から先に出ることはなかった。

「僕は、ずっと夕立のことを分かってるつもりだった。他の誰よりも、キミのことを理解してるつもりだった」

どうしてそんなに泣きそうな声をしているの。時雨は、何も悪くないのに――

「でも、いつの間にか僕は自分のことだけしか考えてなかったんだ。今日、それが分かった」

違う、それはあたしの方――

「ずっとそばにいたキミの気持ちも考えないで、僕は提督と結ばれることばかり考えてた。キミが僕を応援してくれるその優しさに甘えて……ごめん……」

しばらく、何も言えなかった。何か言葉にしようとしても、口から出るのは『声』とも呼べない音ばかり。

「なんで……?」

やっとのことで絞り出した声はひどく震えていた。それと同時に夕立の頬を暖かい何かが伝っていく。

「なんで……? ずっと、ずっとあたしは時雨が提督とああなることを望んでいたのに……! 時雨が嬉しいことは、あたしにとっても嬉しいことのはずなのに……!」

暖かい何かは、とめどなく頬を伝って落ちていく。

「なのにどうして……? どうしてこんなに辛いの? どうしてこんなに苦しいのっ……?」

心の中に沈殿していた何かが溢れ出す。それを止める術はもう夕立には残っていなかった。

「あたし、ずっとお祝いしてあげようって思ってた……! 時雨に笑っていてほしくて、そういう時が来たらいっぱいお祝いしようって……!」

「夕立……」

「でも、ケッコンするって言われた時……ショックだったっ……! ずっとそばにいた時雨が、提督さんが……ずっと遠い場所に行っちゃったみたいだった……!」

そこで夕立は小さく息を呑んだ。出撃任務でMVPをとったとき、自分をほめてくれた提督。構ってくれと提督にじゃれついて、困ったように笑いながらも相手をしてくれた提督。

その隣には、いつも時雨がいた。それが当たり前のことだと、ずっと思っていた。

だけど本当は――

「あ……はは……そっか、そうだったんだ……」

頬を伝う暖かいものは止まらない。穴の開いた心の中で、ようやく何かがつながった。

時雨の悲しみを帯びた目を見て、夕立はうつむきながら小さく笑う。

「あたしも……好きだったんだ。提督さんのこと……」

どうして時雨のケッコンするという言葉にあれほどショックを受けたのか。提督の隣に立つ時雨の姿を見た時、どうしてあれほど心が乱れたのか。その理由がようやくわかった。

けれど、この想いが報われることはない。気づくのが、遅すぎたのだ。

「……あーあ。もっと早く気づけば良かったっぽい」

もう真っ暗になってしまった水平線の方を向きながら、努めて明るい声でそう口にして夕立は笑顔を作る。

時雨の顔は見れなかった。見たら、下手くそな笑顔を作っているのがバレると思ったから。

「夕立……僕さ……」

何かを言おうとした時雨の言葉を遮るように夕立は言葉を紡ぐ。

「時雨。あたしは、時雨と提督さんを応援するよ。だから……だからね……」

胸の内に込み上げるものを必死で抑えてマフラーを握る。ここで笑顔を崩してしまったら、時雨がこの先ずっと今日のことを引きずっていくのは容易に想像できた。

「時雨、幸せになって! 夕立、時雨と提督さんの為ならもっともっと強くなれるから!」

そう言って、夕立は今度こそ時雨の方を向いて笑顔を浮かべる。それは誓いだ。時雨と、提督への。そして、他ならぬ自分に対しての誓いでもあった。

「夕立……うん。僕も、頑張るよ。妹にそこまでされたら、お姉ちゃんが頑張らないわけにはいかないからね」

「あー! そこでお姉ちゃん風吹かせるっぽい!? 確かに夕立の方が妹かもしれないけど、艦娘としては夕立の方が……ハックシュン!」

「あはは。さあ、もう戻ろう。今日は暖かいお風呂にゆっくりつかるんだよ。夕立」

「また妹扱いして! 夕立そこまで子供じゃないっぽい!」

いつもと変わらないやりとり。けれど、今までとはちょっと違う時雨との関係。

自分の想いを提督に伝えるつもりはない。しまい込んだその想いは、いつか自分の心をむしばむ劇毒となってしまうかもしれない。

それでも、大好きなあの人と、大好きな時雨が笑っていられるならあたしはきっと――

そんな夕立の心とは裏腹に歩みは徐々に遅くなって、並んで歩く時雨から遅れていく。

「夕立?」

ついに、夕立はその場に立ち止まる。時雨の心配そうな表情をみて、思わずうつむいた。

けれどすぐに顔を上げ、時雨を真っすぐと見つめて夕立は口を開く。

「ねえっ。もし、もし今……」

あたしが提督さんに想いを告げたとしたら。その言葉を告げるより早く、若い男の声が辺りに響き渡った。

「おーい! 時雨! 夕立は……見つかったんだな。良かった」

それは二人にとってなじみのある声。『時雨を』心配するその声に、夕立は気づかれないように小さくため息をつく。

もう、あたしの入る隙間はないっぽい――

「提督さん、ごめんなさいっぽい! ほら時雨、戻ろう!」

時雨の手を引いて、夕立は笑った。もう大丈夫、と。

そんな彼女を見守るように、満月が夜空で輝いていた。

 

「みんな! 今日は提督さんと時雨のケッコン祝いっぽい! いっぱい食べて、いっぱい騒ぐっぽい!」

あれから少しして、提督と時雨は正式にケッコンカッコカリをした。鎮守府で初めてのケッコンということもあって皆が二人を祝福した。

それならばと、夕立が率先してお祝いのパーティーを開くことにしたのだ。

そして今、目の前には幸せそうな笑顔を浮かべる提督と時雨がいる。

喜びを体現しているかのような二人の姿に、心の片隅がチクリと痛む。

目の前にいるはずの大好きな二人が、とても遠く感じられて泣きそうになった。

けれど夕立は首を振って、胸に手を当てる。

(それでも、これがあたしの選んだ道。だったら、あたしは……)

大きく息を吸い込んで、夕立はいつもの無邪気な笑顔を浮かべ、手に持ったクラッカーを鳴らした。

「さあ! 最高に素敵なパーティしましょ!」

 


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