やはり奉仕部にくる依頼はどこか間違っている。 作:クルル
八幡の質問の意味を汲み取った雪ノ下の瞳が大きく見開かされる。雪ノ下も気づいたのだろう。現在進行形で起きている不思議な事態に。そして現状でも気付く気配の無い由比ヶ浜を実際に見て、雪ノ下の表情から余裕が無くなっていた。どこか緊張した面持ちになり女子生徒の返答を待っている。
「え?なになに?ゆきのん何かあったの?ヒッキーもいきなり変な質問してるし」
この状況でも気付けないのは、短に由比ヶ浜の頭の中が残念なだけなのか判断がつかなくなって来そうなので無視である。無視された由比ヶ浜は、憤慨しているが雪ノ下も今は由比ヶ浜に構っている余裕が無いのか静かに女子生徒を見ている。
「ふふ、調べてくれないのに私の事を話せだなんて。言うと思いますか先輩?」
その喋り口調はあざとい後輩を思わせるが、先程から笑っている表情が怖いとさえ思っている八幡は、神経を逆撫でされている気分だった。それは、雪ノ下も同じなのか右手で左腕を抱いていた。由比ヶ浜だけはいつも通りだが、そのいつも通りの様子が何故かおかしくも見えてしまう。
「ゆ、ゆきのん顔色悪いけど大丈夫?」
「っ!触らないで!」
由比ヶ浜に肩を触られた瞬間雪ノ下の叫び声が部室に反響した。息を切らしながら由比ヶ浜を完全に否定した雪ノ下は、後悔の念を持ったまま謝ろうとしているがその言葉が出る前に由比ヶ浜は部室を飛び出してしまう。
「ゆい...がはまさん」
消え入りそうな声が由比ヶ浜に届くことは無いだろう。由比ヶ浜の走り去る前にハッキリと涙が見えた。今の雪ノ下の気持ちは、恐らく八幡にしか分からないだろう。由比ヶ浜からしてみれば急に雪ノ下の体調が悪そうに見えて心配で近付いたら拒絶された。それは、友達のいなかった八幡には到底理解が及ぶことの無い苦しみと哀しみなのだろう。雪ノ下も後悔の念に刈られ呆然と立ち尽くしている。
「これでは、依頼する状況ではありませんね。私は失礼します。きっと見付けてくれることを期待していますよ」
それじゃあ。という声を最後に女子生徒は奉仕部を出ていく。残ったのは、意味の分からない恐怖心と由比ヶ浜に対する後悔だけ。
「雪ノ下、あれは仕方ないと思うぞ?俺だってあの状況で声かけられてたら飛び退いてたと思うし」
「...慰めてくれているのかしら?でも、そうね...とても怖かった。というより気味が悪かったわ」
少し落ち着いたのか椅子に座り深呼吸をする雪ノ下。今雪ノ下は何を思い、何を考えているのだろうか。由比ヶ浜に謝ろうとしているのか、七不思議を見つけようと思っているのか。八幡には分からない。だが最後に言った言葉。見付けてくれることを期待していますよ。この言葉の意味が八幡には、胸の中でずっと引っ掛かっていた。
「由比ヶ浜はどうするんだ?流石にこのままってわけにはいかないだろ?」
「そうね...ちゃんと謝るわ」
そんな状態で謝れるのか?そう聞こうとしたが雪ノ下の瞳には、ちゃんと覚悟が見えていた。これなら大丈夫だろうと、八幡は帰ろうと出していた本を鞄にしまい立ち上がる。どうせこの分では、奉仕部の活動は出来ないだろう。そう思い帰ろうとすると雪ノ下から、声がかかる。
「その..出来れば着いてきてくれないかしら?」
「は?」
雪ノ下は、由比ヶ浜に連絡したあと八幡を含めて、雪ノ下のマンションに集まり事の顛末を話す事になった。八幡も一緒にというのは、短に一人で帰るのが怖いのが見て取れたが先程の後では仕方がないと、特に聞かずにその案に了承した八幡は、雪ノ下と共に由比ヶ浜がマンションに来るのを待っていた。
ピンポーン。という音が鳴り由比ヶ浜が来たと思った雪ノ下は、マンション入口のオートロックを外そうと思い画面を覗くと声にならない叫び声を上げてその場に倒れていた。雪ノ下の叫び声に慌てて雪ノ下に駆け寄ると両肩を抱いて震えていた。画面には何も写っていないが雪ノ下が見たときには、写っていたのだろう。それも今日トラウマになった人物が。
雪ノ下の頭を優しく撫でる。今の八幡にはこれくらいが精一杯だった。それでも雪ノ下は、八幡の制服の袖を掴み涙を流す。落ち着くまでは、と雪ノ下の頭を優しく撫でているともう一度ピンポーンと音が鳴り響いた。雪ノ下は、腰が抜けているのか立ち上がれそうにない。家主ではないが許してくれるだろうと画面を覗くと由比ヶ浜が見えた。画面越しからでも赤く腫れぼったくなっていると分かる目は、真っ直ぐにマンションに注がれている。
「雪ノ下。由比ヶ浜来たからオートロック解除するけどどれ押せば良いんだ?」
「右上のボタンを押して、それで開く筈だから」
覇気の無い雪ノ下の声を聞きながらボタンを押すとオートロックの扉が開き由比ヶ浜が中に入ってくる。未だに制服の袖を掴んでいる雪ノ下に離した方がいいだろ?と聞くが下を向いてうつ向いてしまって返事が返ってこない。無理矢理話す事は出来るが、それは良い策ではないだろう。今の雪ノ下は、誰の目から見ても雪ノ下ではなかった。
コンコンと控えめにノックされた扉を開く為に玄関まで移動しようとすると雪ノ下もそのままついてくる。これから謝らなくてはいけないのに、謝る本人がこれでは上手くいく気がしない。由比ヶ浜だって雪ノ下とは仲直りしたい筈だ。だから、雪ノ下が話さない分八幡が変わりに話せば問題ないのだろう。だが雪ノ下は、それでいいのか?普段の雪ノ下なら絶対に許さないだろう。そんな確証が出来てしまうほど雪ノ下は負けず嫌いでもあるのだ。八幡が話すことによって雪ノ下の自尊心は傷付くのか?それは雪ノ下の今までの努力を無為にしてしまう事にならないか?
「....比企谷君」
そこまで考えて震えた雪ノ下の声を聞いて考えることを辞めた。今の状況で最も最悪なのは雪ノ下の自尊心が傷付く事とか、今までの努力を無為にしてしまうとかそういう話ではない。由比ヶ浜という雪ノ下の『友達』がいなくなってしまうことが一番の最悪だった。それに比べれば後で雪ノ下にどう言われようがどう思われようが些細なことだ。
「よお、由比ヶ浜」
「や、やっはろ...二人とも」
何も返せないでいる雪ノ下の行動に勘違いしたのか由比ヶ浜が瞳に涙を浮かべている。このままでは不味いと思い、震えている雪ノ下の変わりに八幡が代弁した。
「悪いが由比ヶ浜。中に入ってくれるか?外が怖いらしくてな」
「え?...外が怖いって?」
嗚咽混じりの由比ヶ浜の声を半ば切り上げて由比ヶ浜の腕を引いて中に入れ鍵をかける。その瞬間だった。
「由比ヶ浜さん、本当にごめんなさい」
雪ノ下が八幡から離れて由比ヶ浜に抱き付きながら謝罪したのは。
「ゆきのん...あたし、ゆきのんに嫌われちゃったんじゃないかって」
「馬鹿ね。そんなことある筈無いじゃない」
実に狙い通りではないが仲直り出来て安心するが目の前で百合百合されるのは厳しい。正直雪ノ下の家から、帰らなくては行けないので怖くないと言えば嘘になる。それに時間も遅く現在は夜7時をさしている。時間もないので説明だけはしておきたいので、この場所にいるだけでも辛いが無理矢理でも話しかけることにした。
「そろそろ今日の本題を話さないか?」
八幡の言葉に雪ノ下と由比ヶ浜は少し離れリビングに戻ってくる。雪ノ下は何故か目線で、着いてきなさいと指示すると紅茶を三人分淹れ始めた。恐らく話をする前に作りたかったのだろう。およそ自動販売機で売られているよりも気品が高く、匂いも濃厚で実際高いであろう茶葉を仕様し雪ノ下の洗練された紅茶は絶品である。
「さて、それでは今日何があったのか話すわ」
雪ノ下の目は真剣で真っ直ぐで、そして八幡と由比ヶ浜を一つのソファで三人座っている。雪ノ下が真ん中なのだが八幡にとっては、居心地が良いとは言えない。由比ヶ浜はチラチラと此方に視線を向けてくるし、雪ノ下との距離はゼロだ。つまり肩が触れている。そこまでしていないと落ち着かないのか、この状況になったところでいつもの雪ノ下らしく覇気のある声に戻ったので仕方ないと自分に言い聞かせ、由比ヶ浜から送られてくる視線には目をそらすことで無視することにした。
「その前にだ、雪ノ下。一つ確認しなければいけないことがある。この話を由比ヶ浜が聞くかどうかだ。聞かないで理解しているのなら何も怖いことはない。俺とお前が最初そうだったようにな。でも知ってしまえば由比ヶ浜だって俺達と同じ恐怖心を味わうことになる」
「そうね...無理にする話ではなかったわね。ごめんなさい。私の中でも、まだ整理がついてないのよ」
いつもの雪ノ下なら気付けただろうことに気付けないのは、頭の中で本当に整理がついておらず混乱しているからだろう。八幡だって最初から冷静だった訳じゃない。だからあの時雪ノ下に分かるように説明したし、そのせいで雪ノ下を混乱させてしまっている。由比ヶ浜が分かっていないのは、本当に運が良かったからだろう。
「あたしは、聞きたいな。二人がどうしてそんなに怯えてるのか分からないし、それに、ゆきのんが...大切な『友達』がこんなに辛そうなのに、あたしだけが何も分かってないなんて嫌だよ...」
「由比ヶ浜さん...」
由比ヶ浜の決意も固く、雪ノ下も頷いてる。由比ヶ浜にこれだけ言われたら話さない訳にもいかないだろう。
「それじゃあ説明するが、順を追ってだな。由比ヶ浜、今日の放課後女子生徒が奉仕部に入ってきただろ?」
「うん。いろはちゃんのクラスだって言ってたね」
そう、そもそもそこがおかしい。依頼をしに来る。つまり、頼み事を自分より年上の先輩に頼むのに自分の名前を言わないなんてどう考えても可笑しなことだ。そして一番おかしいのは、誰の目からも明らかにおかしなことなのに、おかしなことだと認識するまでおかしなことだと思えなかったことだ。それを由比ヶ浜に伝えるには、おかしなことを理解してもらう必要がある。
「由比ヶ浜は、女子生徒の名前を知ってるか?」
「そんなの女子生徒ってあれ?」
「そう。俺達は知らないんだよ。そいつの名前を」
名乗られてないからな、と付け加えて説明すると、由比ヶ浜も今まで不思議に思わなかったのが不思議に思えて来てるようで顔に焦りが見えた。
「で、でも!ただ言い忘れてただけかもしれないし!」
「由比ヶ浜さん。それは有り得ないわ」
そう。何故なら雪ノ下は、知らない相手が依頼に来たときには名前とクラスを聞いてるのだ。今日の事を思い出そうとしても何故か雪ノ下が女子生徒の名前を聞いたのかどうか思い出せないのも不思議だが、今はそれよりも話さなくきゃいけないことがあった。
「それに雪ノ下。さっき何を見た?」
八幡の言葉で目に見えて動揺する雪ノ下は、紅茶をゆっくりと飲み込み、深呼吸をしてから話し出した。
「私が見たのは、笑顔で此方を見つめる。今日の依頼人の姿だったわ」
予想はしていたが、実際に見た雪ノ下としてはたまったものではないだろう。由比ヶ浜も顔を蒼白とさせ体も震えている。八幡自身も、今から帰らなくてはいけないのだ。正直言えるなら泊めてほしいと頼みたいくらいだった。時計の時間を確認すると時刻は8時をさしていた。これ以上遅くなるのは避けたいため、立ち上がる。
「...どこに行くの?」
掠れるような雪ノ下の声に一瞬座ろうと思ったが流されて同い年の異性の家に泊まってしまったなんて事実、世間は許してはくれないだろう。特に雪ノ下陽乃が黙っていないだろう。小町に同じような奴がいたとしたら、許さない自信があった。
「帰るんだよ。そろそろ帰らないと、危ないしな」
怖いとは、流石に言えずに遠回しの言葉になってしまう。
「別に...今日くらい泊まっていっても構わないのだけれど...」
「いや、それはまずいだろ」
雪ノ下が泊まりの提案をするなんて、普段なら有り得ないだろう。だが少なくとも女子生徒は、雪ノ下の住んでいる場所を知っていた。それは、家の前まで来たので確かである。だが、それでも八幡がここに泊まるわけにはいかない。
「あたしは...ヒッキーなら良いよ?」
何が良いんだよ、心揺らいじゃいそうになるだろうが。確かにこの状況で女子二人を置いていくのは忍びない気もしたが、八幡の中にある自意識が泊まりだけは駄目だと言っている。それにポケットの携帯が震えていることから小町からの電話だろう。帰りが遅くなると言ってはあるが帰らないとは言ってない。
「お前らが良くても、俺が良くねーんだよ。小町から電話来たみたいだしな」
電話に出ると小町ではない女性の声が聞こえてくる。聞き覚えのある声だった。普段から聞いているようで聞いていないような、というより母さんだった。
《八幡!あんたこんな時間まで小町一人にしてなに遊んでるの!遊びに縁がなかったあんただから、安心してたのに。不良になっちゃったの?お母さん悲しい!》
この無駄にハイテンションなのは、間違いなく母親だ。小町そっくりというか、小町が似たのだろうが、ほんと父親に似なくて良かったとさえ思うときがある。仕事の都合上滅多に帰ってこない母さんが家に帰ってきている。いつもなら気にもしないが、今日はいてくれるだけで安心感が違う。
「今帰ろうとしていたとこだから。それに滅多に帰ってこない母さんだって悪いだろ?」
この時八幡は気付くべきだった。両隣に悪魔のように微笑む雪ノ下と由比ヶ浜がいることに。
長いですかね?切り良いところで毎回切ってますので差が激しくなるかもです!
お気に入りありがとうございます!