悟空伝説再び!
「んぐっ、あむっ……ゴクッ。異世界??」
たった今常人の数倍以上のカロリーを易々と胃袋に収めたのは、山吹色のド派手な道着と、特徴的な髪型が印象的な男であった。服の袖から露出した太く逞しい腕周りと、分厚くそれでいて機能的な胸板は彼の並ではない戦力を窺わせる。
そして彼は、事実その見た目以上の力を有していた。
名を、孫悟空という。
戦闘民族サイヤ人のカカロットとして生を受け、同時に地球人の孫悟空として育った武道家である。幾度も世界を危機から救い、平和に貢献した人物なのだが、その本質はバトルマニアそのもの。
強者との戦いに何よりの喜びを見出すという、戦闘民族の名に恥じない根っからの戦闘狂であり、人間のレベルを遥かに超越した戦士であった。
そんな悟空が、食事の手を一旦止めて問い返した。どうやらまだまだ食べるつもりらしく、特盛りの白飯が詰まった丼から手を離すそぶりはみられなかったが。
その様子に口元を押さえて若干顔をしかめるのは、ここ数年に渡って悟空に稽古をつけてきた、ウイスその人だ。
ウイスは“この宇宙”において最強の存在であり、宇宙そのものをも消滅させてしまえる力を持つ破壊神ビルスに仕える付き人……兼、彼の師でもある、天使という役割を持つ人物だ。
本来なら人間に稽古をつけるようなことは有り得ないが、孫悟空ともう一人。彼と同等の実力を誇るサイヤ人の王子であるベジータのことは目にかけており、美味しい料理と引き換えという条件付きながら、彼らを鍛え上げていた。
事の発端は、そのウイスが発した言葉であった。
「こほん。……ええ、異世界です、悟空さん」
「異世界っちゅうと……ほかの宇宙のことか?」
「いいえ、それとはまた別です。界王神界やあの世、暗黒魔界ともまた異なります。あぁ、未来のトランクスさんが居る世界が一番近いかもしれませんねぇ?」
この世界には宇宙が十二個存在しており、いま悟空とウイスのいるここは第七宇宙だ。しかし、これはあくまで同じ世界の中に存在する別の宇宙……という理解が正しく、多元宇宙と呼ばれる代物である。
もちろんウイスは、こんなややこしいことをわざわざ悟空に説明して時間を無駄にしたりはしない。
「トランクスの??」
「ええ。それよりも更に異質で、全王様の管理下に無い外の界。まったく別の歴史を歩み、まったく別の法則に従って動いている世界のことです」
「ウイスさん、もうちょっと簡単に言ってくれねぇとオラよく分かんねえぞ?」
悟空は理解力が欠けている訳ではないのだが、如何せん興味の薄いことに関しては、理解しようという気持ちが決定的に欠けていた。
「はぁ。まったくあなたという人は……。あなたにも分かりやすく言えば、まだ見ぬ強敵がいるかもしれない別の世界ということです」
「なんだよそういうことか! ウイスさんも人が悪りぃなぁ、はじめっからそう言ってくれりゃ良かったのに! で、その別の世界ってのにはどうやれば行けんだ??」
さっきまでとは打って変わってやる気十分。持っていた丼の中身を一瞬で空にした悟空は、ウイスに詰め寄った。
「話は最後まで聞くものですよ」
……のだが、ウイスの持つ杖で頭をポカリと叩かれた。
「いたた……なにすんだよウイスさん!?」
「いいから聞きなさい。これはあなたの修行に関わることなんですから」
「えっ? オラの、修行??」
そう聞いては、大人しくならざるを得ないのが孫悟空。貪欲に強さを求め続け、限界を極め続ける彼ならば当然そうするだろうことはウイスも分かっていたが、それにしたって顕著なもので。
思わず、溜め息を一つ吐いた。
「悟空さん。以前もあなたに忠告した通り、あなたの弱点は強さ故の油断……強すぎるが故の慢心です。ベジータさんほど張り詰める必要はありませんが、また光線銃なんかに遅れを取られては、教えているこちらとしても不愉快ですからねぇ」
「わ、わるかったよぉ。もうあんなことはねえって!」
「申し訳ありませんがぜーんぜん信用できません。これはあなたのそういう悪い癖を矯正するためのものでもあるんです。完全には治らなくても、せめて光線銃にはやられないくらいになっていただかないと。ええ、光線銃には」
「そ、そう何度も言わねえでくれよ、分かってるって!? オラが悪かったって言ってるじゃねえか?!」
流石の悟空も、これにはぐうの音も出なかった。
油断が過ぎたのは紛れも無い事実で、ベジータが居なければ悟空は殺されており、ウイスが居なければ地球はフリーザに破壊されていたのだから。
「はいこれ」
「?? ウイスさん、これなんだ?」
ウイスから手渡されたのは、文字のようなものが刻まれただけで他に装飾もないシンプルな銀色の腕輪であった。刻まれている文字は地球のものとは似ても似つかず、悟空には読めなかった。
何処と無く不思議な空気を漂わせる腕輪で、やはりこれも神の道具の一つなのだろうと思えるだけの威厳のようなものが感じ取れる。
「なんか、ザマスのやつが持ってた時の指輪みてえだな」
「おや、珍しく鋭いじゃないですか。たしかにこれは時の指輪と似たもので、
「空の腕輪?」
「ええ。もっとも、“この世界”には何の影響も与えない道具ですから、使用は界王神以外でも可能な代物ですが」
そう言いながらウイスは悟空の右手首に空の腕輪をはめた。悟空の手首と比べるとかなりサイズが大きかったのだが、彼の手首に収まった途端に縮み、ぴったりとフィットした。
「ん?? ウイスさん、オラこういうのあんま好きじゃねえんだけどなぁ」
「まあまあ。そう言わずに。使う時だけ付けてくれればいいんですよ。とりあえずほら、手を前に掲げて」
「こ、こうか?」
「ええ、お上手です。ではそのまま。開け……と、強く念じてください」
「……よぉし」
目を瞑り、意識を集中させる。……すると。
「はい、よく出来ました」
「こいつは……?」
目の前には、摩訶不思議な……いくつもの色が混ざり合い、解けたかのような煌びやかな色合いの“穴”が出現していた。
悟空はほとんど条件反射的に、穴の向こうの気を探ったのだが。
「な、なんだこりゃあ。この穴ん中からはまるっきりなんにも感じねぇ……」
「ふふっ。“中”というのは、正しくありませんね。正確には“外”です」
「外?」
「ええ、この世界の外。12の宇宙のいずれとも違う世界へ通じる亜空間です。空の腕輪の“そら”は“くう”。……時の指輪が時間を操るように、この空の腕輪は空間を操れるんですよ」
「ひぇ〜〜! よく分かんねえけどすげえんだな、これ! じゃあよ、要するにこの穴はやっぱり?」
「はい、あなたの思っている通りです」
外の世界。異世界へと繋がる道といったところ。それを理解した悟空の行動は実に素早かった。
「じゃ、ウイスさん。オラちょっくら行ってくる!」
「いけません」
「——ぐえっ!?」
首筋へ、手刀一発。
いつかにビルスからもらった手刀ほどの大ダメージは受けていないが、それで完全に動きを止めてしまう辺り、流石という他ないだろう。
「話は最後まで聞けと言ったでしょう。私はまだ終わったなんて一言も言ってませんよ?」
「いちち……だからって酷えよ、ウイスさん」
「それだけ、大事な話ということです」
首を押さえながら悟空が立ち上がる頃には穴も消えていた。
どうやら、使用者の意識が逸れると腕輪は効果を発揮してくれないらしい。
「いいですか。この腕輪には、訪れた先の世界へ与える影響を最小限に抑えるために、装着者のチカラをその世界の法則に準じたレベルまで封じてしまう効果もあるのです。早い話、弱くなってしまうんです」
「ええ、マジかよ!? って、もしかして……」
「強さに自信がありすぎるなら、弱くなってみるのもいいんじゃないかな〜、と思いまして! もちろんあなたがフルパワーを発揮できる世界も存在すると思いますが、そうそう有り得ないと思っていただいて結構ですよ。実際、あなたはそれだけ強いのですからね」
青天の霹靂という言葉を悟空本人は知らないだろうが、彼の精神に到来した衝撃はまさにそれ。強くなろう強くなろうと修行をしていたのに、まさか修行のために弱くならなければいけないとは露ほども思っていなかった。
「あなたの実力が制限されれば、そのぶん強敵も増えるんですから良いこと尽くめじゃないですか? この機会に技を磨くのもいいですし、未知の世界の武術体系を学ぶことだって出来ちゃうんですよ?」
「あー。そう聞いちまうと、ちょっとワクワクしてきたかもしれねえなぁ」
どうやらウイスは悟空を焚きつけることに成功したようだ。
「でもよぉ。これでオラが異世界に行ってる間も、ベジータの奴は修行してチカラつけてんだろぉ?」
それでもやはり、ライバルということもあってベジータのことが気になるらしく、不満も残っているようだ。
「あなたとベジータさんはもう既に別の道を歩んでいるんですから、同じ修行というわけにはいかないでしょう? あなたはあなたの、ベジータさんはベジータさんの修行をすればいいんですよ」
「そういうもんか?」
「そういうものです」
とりあえず、その件に関してはどうにか悟空も納得したらしく。
「わかったよ、ここまで強くなれたのだってウイスさんのおかげだしな」
「ちゃんと
「サンキュー! じゃ、もう話終わったかな??」
「まったくあなたは、せっかちでいけませんねぇ。まだいくつか注意事項があるんですから、ちゃんと聞いてください」
そうしてウイスは悟空が完璧に理解できるまでじっくりと言って聞かせた。それを要約すると、四項目ほどに分かれる。
・行き先はランダム。一度行った世界には任意に跳べて、元の世界にはいつでも戻れる。
・一つの異世界に居られる時間は五年。それが過ぎたら強制退去され、違う世界へ送られる。次に同じ世界に入れるようになるのがいつになるかは分からない。
・チカラの制限が肉体にまで影響を与え、現在よりも若い姿を取ってしまうこともあり得る。あるいはもっと大きな変化も。
・異世界に行っている間、元の世界では時間は緩やかに流れており、異世界で数年過ごしてもこちらでは数日程度。加齢もそれに準ずる。
「ここまでは解りましたね? では、最後にもう一つ」
「なんだよまだあんのかぁ……オラ疲れてきたぞぉ……」
「これで最後ですから、ちゃんと聞いてください。一番大事なところなんですよ?」
げんなりとした様子の悟空であったが、ウイスの神妙な表情に押されて、自身もそれを引き締めた。
「この腕輪は確かにあなたの実力を封じます。——けれど、それは完全ではありません」
「完全じゃない?」
「悟空さん。あなたのパワーはこの神具の能力を大きく超えているんですよ。だから完全には封じ込められず、あなたの意思一つで簡単に枷は外れてしまいます」
「え、そうなんか? でもオラ、そんなズルはしねえぞ。修行にならねえもんな?」
確かに悟空は、そんな真似をすることはないだろう。それはウイスにも分かっていた。
だから、ウイスが言いたいのはそんなことではない。
「いいですか? 封じるのは理由があるからなんです。タブーを破れば、待っているのは強烈なしっぺ返しです」
「しっぺ返しってえと……一体、なにが起きちまうんだ?」
「まず、その世界に居られる時間が引き出したパワーの分だけ加速度的に減少していきます。しかし、これは些細な問題です」
大事なのはもう一つ。
「大きすぎるあなたのチカラは、必ずその世界に歪みを生じさせてしまうでしょう。そしてそれはきっと、災いをもたらします。有り体に言って——世界の危機、というものです」
そしてウイスは言い含めるように人差し指を立て、ビシッと悟空の鼻先に突きつけた。
「この腕輪は我々の世界には至って無害。ですが、他の世界には大きな影響を与えかねない代物です。強敵に勝負を挑むのは構いませんが……いいですか? 決してその世界の重要な出来事には関わってはなりませんよ? あなただって世界を滅ぼしたくなんかないでしょう?」
「わ、分かったって。オラそこまで悪りぃヤツじゃねえよ」
「それはこちらも承知してますが、トラブルメーカーの自覚はお有りで?」
「そ、それを言われっちまうと、オラ弱えんだけど……」
今日だけで何度目になるか。ウイスは深く。深く溜息をついた。
「せめて何か起こしてしまったなら、解決してから次の世界に行きなさい。わかりましたね? それと、くれぐれも腕輪は……」
「大丈夫だって、無くしたりしねえよ!」
「私は別に無くなっちゃっても構わないんですけどね。あなた、帰ってこれなくなりますよ?」
如何に次元に風穴を開けられるほどのパワーを持っていても、開けた先の次元が今いる世界だとは限らないだろう。そもそも、何処かへ通じているのかすら分からない。
何もない、虚無の空間である可能性すらあるのだから。
「仮にも神の道具、そう簡単に壊せるものじゃありませんが、あなたのフルパワーと同等以上の何かの手にかかれば一溜まりもありません。くれぐれも注意してください」
「オッケーオッケー! そんなに心配しなくたって何とかなるさ! なあ! もうオラ行っていいんかな、ウイスさん?」
「やれやれ……」
もう待ちきれないとばかりにいい歳こいて地団駄を踏む悟空の様子に、呆れたようにウイスは肩を竦めた。
「ええ、もう行って構いませんよ」
「よっしゃあ!! いくぞ、開けーーー!!!」
飛び上がって喜びを表した悟空。若き日の、いつかの彼と同じように。
そして、その叫びに呼応した空の腕輪が無限に広がる異世界への道を生み出すと……万感の想いを馳せ、悟空は世界を飛び出した。
「一体どんな強えヤツがいんだろうなぁ! オラ、わくわくしてきたぞ!!」
——今再び、悟空の大冒険の幕が切って落とされるのであった!