「ふぅ……よし、今日はここまでにしとくか」
「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとう、ございます……」
組手を終えると、オールマイトは荒野に敷かれた砂や小石が汗にへばりつくのも構わず、背中から地面に倒れた。しかし、激しい疲労こそ窺わせるものの、以前に比べて打撲痕は格段に少ない。
実際、組手で意識を無くすのも最近では稀なことで、ほとんどの場合終了の合図まで持ちこたえている。
オールマイトの実力が伸びているのは明白であった。
本人にもその自覚はあり、ヒーロー活動の成功と合わせて、手応えのある充実した毎日を送っている。
「おめぇも随分腕あげたなぁ」
「はぁ、はぁ……いえ、それもこれも悟空さんのおかげですよ」
「そんなことねえよ、おめぇは基本がしっかりしてたしな。オラじゃなくて前の師匠達のおかげだ。オラはただ、おめぇがまだ破れてねえ壁を越えんのを手伝ってるだけさ」
悟空の方もかなり疲労していて、息こそ上がってないが、汗だくなのはオールマイトと同じであった。
「けど、おめぇならまだまだ上を目指せるはずだ。前にも言ったろ、おめぇはパワーを活かしきれてねぇって」
「はい、覚えています」
「おめぇが本気でパンチを打つ時、拳圧で周りをめちゃくちゃにしちまうのは、力が逃げちまってるせいだ。あれはあれで技として使えるけどよ、肝心の拳そのものの威力は落ちちまう」
派手なフルスイングは一見するとパワーに満ち満ちていて強そうにも思えるが、事実は違う。エネルギーを外部にまき散らし、分散しているということに他ならない。必要な力を必要な地点に全て集約させた方が強いに決まっているのだから。
実際、悟空達超戦士の戦闘でも拳圧を意図して飛ばすことはあっても普段は放った相手にしか作用していない。打撃の応酬でも周囲に漏れ出すのは純粋な衝撃波だけであった。
オールマイトのそれは規模こそ違うものの、悟空が超サイヤ人ゴッドになった際に戦いの余波で宇宙を破壊しかけた時と同じだ。あの時の悟空はゴッドのパワーを持て余していたため、無駄なエネルギーを撒き散らしてしまっていたのだ。
実際それではビルスに通用せず、むしろ破壊を収めた後の戦いの方が白熱していたことを考えれば、その重要さは計り知れる。さらにレベルの上がっていく戦いの中で宇宙が壊れなかったのもそれが理由だろう。
もっとも宇宙崩壊の騒ぎに関しては、自力で後始末が出来るからといって悪ノリしたビルスにも責任がある。
「別に悪いってわけじゃねえんだぜ? オラ自身、拳圧を飛ばす技は使ったことあるしな。けどまあ、直接打ち込むのには向いてねえ」
「理屈は分かりますが……そう簡単には……」
オールマイト自身、悟空の言葉に感じ入ることはある。
自身持つパワー全てを……天候すら左右するパワーを、たった数十センチほどの拳一点に集中させて叩き込めたなら、それは一体どれほどの威力を秘めるのか。
それを考えると、思わず震えが走るほどだ。
「おめぇはいま次のレベルに進むための壁にぶち当たってるとこだ。オラはキッカケに過ぎねえ。進めるかはおめぇ次第だ」
「……いえ、進む他ないのです。私の目的のためにも」
「その意気だ。おめぇが倒してえ何とかって悪者は、おめぇとおめぇの師匠達の三人がかりでも敵わなかったんだろ?」
「はい。強く……そして、何より酷く邪悪な男です。必ず倒さなければならない……!」
「オラも悪りぃやつとはたくさん戦ってきたけど、おめぇの話を聞いてっとそのどいつとも違うみてえだしな。……あれ、そういやこの前そんな奴とちょっと戦ったなぁ? あいつもめちゃくちゃ悪い気を放ってたぞ」
ふと思い出したように口にした悟空。
「えっ、初耳ですよ悟空さん?!」
「ん? オラ言ってなかったか??」
「言ってませんよ!!」
*****
「悟空さん、なんで黙ってたんですか!?」
「わ、悪かったってデイヴ! もうオールマイトにも十分怒られたって! 仕方ねえじゃねえか、まさかオールマイトが倒そうとしてる悪者だなんて思わねえもんよぉ?」
悟空の話を聞き出したオールマイトはデイヴィットの研究室に戻り、彼にもその話を聞かせた。悟空から聞き出した相手の特徴、そして“個性”を与えられたと思わしき怪物の存在。
邪悪だと断言されるほどの気配も含め、オールマイトとデイヴィットは、悟空が戦った相手は間違いなくオールマイトが狙う目標——オール・フォー・ワンであると断定した。
オールマイトとデイヴィットは、何故黙っていたのかと悟空を酷く追及したが、彼にも言い分はある。
オール・フォー・ワンの特徴など悟空は聞かされていなかったし、“個性”という特殊能力を沢山の人間が持っているのは知っていても、それを複数持つ者は原則として存在しないことなど知らなかった。
悟空には先日対峙した相手がオール・フォー・ワンとその尖兵であることなど思いもよらなかったのだ。
「だからって普通は喋りますよ! 報告・連絡・相談は基本でしょう?!」
「オラそんなの知らねえよぉ……」
「ま、まあ……過ぎたことを言っても仕方ないさ、トシ。聞けばもうこの国には居そうにない。少なくともカリフォルニア周辺には」
今の悟空に感知できるのはせいぜいアメリカ全土とカナダ、メキシコを巻き込む程度。それも国土の中心地点から感知した場合で、ここカリフォルニアからでは感じ取れるのは国土の三分の二と太平洋をちょっとといったところ。それも大きな気やよく知っている気に限られ、意識しなくても認識できるのは戦闘中のものくらいだ。
それでも十二分に広大と言えるが、宇宙規模で探れる本来のポテンシャルと比べると心許ないものであった。
悟空の感知範囲から逃れて数日。国に戻るという趣旨の発言も踏まえれば、既にアメリカには居ないと考えるのが自然だろう。
「瞬間移動で追うことはできなかったんですか?」
「無理だ、オラの瞬間移動は気を感じられないとどうしようもねえからな。たぶん、あいつの瞬間移動みてえな技はオラが探れる範囲より遠くまで跳べるんだ」
「あの男、そんなことまで出来たのか……!」
悟空はいまの状態でもなんとか瞬間移動が可能だった。
だが、瞬間移動自体は出来ても、気の感知力が落ちているため、結果としてそれも弱体化している。以前のように他の星に跳べるほどならば、あるいはオール・フォー・ワンの転移がもっと近距離のものであったならば話は違っていたかもしれない。
「それによぉ、おめぇが倒す敵なんだろ? オラが倒さなくてよかったじゃねえか?」
「ゴ、ゴクウさん……そういう問題では……」
「そうですよ、倒せていたなら、私でなくともよかった……! 日々を安穏と過ごす人々を、悪が嗤い、戯れに踏み躙る……そんな悲劇が一日でも早く終わってくれるならば……!」
「トシ……」
オールマイトは悟空とは根本から異なる。
悟空にとっては戦闘こそが目的だが、オールマイトにとっては戦闘は手段でしかないのだから。
「……おめぇの言いてえことも分かるけどよ。オラは本来、ここにいる人間じゃねえ。この世界のことはこの世界に住むやつらにどうにかして欲しい」
未来を見据えての言葉なのは、オールマイトにもデイヴィットにも分かった。
普段の陽気さが嘘のように真剣な悟空の物言いにも、感じ入るものがあった。
しかし。
「あなたなら、すぐにでもオール・フォー・ワンを打倒できるかもしれない!! 理屈は分かる、しかしどうしてもそれが頭をよぎってしまう!!」
ずっと思っていたことだ。
心の片隅に追いやってはいたが、何度も口から出そうになった言葉だ。
「あなたはそれほどまでに強い! もしかしたらオール・フォー・ワンよりも! あなたの目的が強者との戦いであるなら、善悪は関係ないはずだ!」
「オールマイト、おめぇ……」
オールマイトにも、師・志村菜奈の仇を自分で討ちたいという気持ちはある。
そして、それは自分にしか出来ないことだとも思っていた。
——だが、世界には孫悟空が現れた。
オールマイトはもちろん、ワン・フォー・オールを手放す前の志村菜奈や高校時代に散々彼を打ちのめしたグラントリノですらも悟空には敵わないだろう。
オール・フォー・ワンと対峙した時と同様に、三人がかりであったとしても勝てる保証はないほどだ。
その点では悟空もオール・フォー・ワンと変わりない。
気の感知に精通してきたオールマイトは、悟空と自分の力量差をそのままオール・フォー・ワンとの力の差に当て嵌めて考えていた。
だからこそ、今の自分ではオール・フォー・ワンには絶対に勝てないのが理解できてしまった。
「悟空さん……あなたなら、きっと……!」
「……オラが居ねえと」
「えっ……」
「——オラが居ねえと、守れねえんか?」
ふと、オールマイトは我に返った。
悟空の見せた表情は今までのどれとも違う。
いつも朗らかで、こんな厳しい顔を見せるのは初めてのこと。戦う時に時折浮かべるような険しさとはまた別の……まるで突き放すかのようなそれ。
「おめぇ達の世界だ、おめぇ達が守らねえでどうするんだ」
思わずハッとさせられる程度には、衝撃的だった。
「私は……」
「おめぇが焦ってんのは分かる。けど今はその時じゃねえ、おめぇが国を離れたのだってそのためだろう?」
「トシ、少し落ち着け。ゴクウさんの言うことはもっともだ」
「分かってはいる……だが……」
「オールマイト。おめぇなら絶対あいつを超えられる。おめぇにはまだまだ先があんだからな」
そして悟空は、オールマイトに分かるようにハッキリと笑顔を浮かべてみせた。
「“世の中笑ってる奴が一番強い”……オラもそう思う。おめぇの師匠の言葉だろ?」
志村菜奈の言葉……以前、たしかに悟空に教えた。彼は受け答えこそ淡白だったが、それでも覚えてくれていたようだ。
オールマイトは近くに置いてあった実験器具のミラーを手鏡代わりに覗き込んでみるが……そこに居たのは、辛気臭い顔をした、師匠の教えをまるで守れていない自分だった。
「……トシ、焦るな。まだ日本では、キミと志を同じくするヒーローが戦ってくれている。猶予はあるんだ、ヒーロー達が作ってくれている」
「デイヴ……」
「悪党のために沈んでやるなんて、それこそナンセンスってものだろう?」
デイヴィットもまた、少しばかりぎこちなくはあったが、笑顔でオールマイトの肩を叩いた。
「そうだな。……いやぁ、私としたことが取り乱してしまったな! 悟空さんもすみませんでした、おかげでカツが入った気分ですよHAHAHA!」
無理している節は多少あるが、それでもオールマイトは笑うことを選んだ。
デイヴィットの言う通りで、オール・フォー・ワンの喜ぶような顔を浮かべてやるのは、たしかに癪だ。おかげで、どうせなら笑い飛ばしてやろうという気にもなれたのだ。
「ハハッ、オラ別に何もしてねえさ」
「いや、筋違いなお願いをしてしまいましたからね」
「仕方ねえさ、オラだってあんまりいい気はしねえ。それでもオラ、ここに来る前に言われてんだ、その世界の事情にオラがあんまり関わり過ぎるとロクなことが起きねえって」
ウイスの言ったことが本当なら、あるいはこの世界でもっとも強いヴィランかもしれないオール・フォー・ワンを悟空が倒してしまうと、あまり良い結果は生まれないかもしれない。
「そんな事情があったとは……」
「別にそんなの無くったって、オラの答えは一緒さ。オラこの世界にゃあ五年しか居られねえからな。極力この世界の人間でなんとかした方がいい」
「異邦人に頼り過ぎること自体があらゆる意味で危機を招く、ということか……」
「デイヴ……こんな時までメモを取るのかい? キミも筋金入りだな?」
「筋金入りの正義バカのキミには言われたくないな、トシ?」
悟空がこの世界に居られるのはあと二年。その間にどこまで強くなれるかはオールマイトに分からない。
だがそれでもオールマイトは笑うことを選択した。
師の意思を継ぎ、自らの力で平和を守るために。