「ん? デイヴじゃねえか、あいつ何やってんだ?」
オール・フォー・ワンとの接触から一年が過ぎた頃。
いま、悟空とオールマイトは共に修行をしていなかった。もちろんお互いに修行をやめたわけではない。
オールマイトは当然だが、悟空も本来のものからすれば微々たる変化だが、少なくともこの世界で鍛えた分は自身の力量が上がることを理解し、より一層厳しい修行に励んでいるほどである。
全ては、約束のため。オールマイトから言い出したことだ。
これまで通りに一緒に修行をして、組手をやっていたのではお互いに手の内は知れてしまう。かといって、一月や二月離れた程度では変わるものではない。
だから、一年。
悟空が去るその時まで、残りの時間は別々に鍛えることにしたのだ。
オールマイトは修行をつけてもらう条件として、悟空と約束した。——必ずや強敵足り得てみせる……と。
一年とは、そのために必要な時間。最近では住むところこそ同じだが、顔を合わせることも少なくなっている。
悟空との組手を当てていた時間も全てヒーロー活動に回したオールマイトは、カリフォルニアだけでなく周辺の州にまで足を運んでいる。実戦経験をさらに磨くためだろう。戦闘力だけに依らない強さを磨くには、やはり実戦が一番だ。
悟空も当然修行を続けているが、彼とて休むときは休む。
今日は丁度そのタイミングで、腹ごしらえを終えた後、悟空は街を散歩していた。
そこでふと見かけたのは、物陰から何かを見つめているデイヴィットの姿であった。
何事かと思い近づいてみても、デイヴィットは悟空に気づく様子はない。
当然ながら足音を消したりしていたわけでもなく、むしろスタスタと軽快な音を立てていたほどなのだが、余程集中しているのかまるで反応がなかった。
「なあ?」
「……」
「なあ、デイヴ。おめぇ何してんだ?」
「……」
「おい?」
「……」
「……ていっ」
「うごっ!?」
あまりにも反応が無いことに痺れを切らした悟空は、デイヴィットの脇腹に軽く突きを入れた。もちろん本気でやれば死んでしまうどころか上半身と下半身が泣き別れとなってしまうので、目一杯手加減はしている。
それでも、結構効いていたみたいで腹を抑えて蹲っているが。
「な、なにを……!?」
「おめぇこそ何やってんだ、オラさっきからずっと呼んでたのに?」
「ご、ゴクウさん? 一体どうしてここに?」
「オラ散歩してただけだ。おめぇこそどうした?」
「い、いや……私は別に……」
「ん?」
チラッとデイヴィットが見た先には、幾人かの男女。悟空の類稀な洞察を以ってすればその中の誰を見ているのかを特定するのは、然程難しい事ではなかった。
無駄遣いとしか思えない能力の利用法だが、そんなものは本人の自由である。
「おめぇ、あの女の子になんか用があんのか?」
悟空が指差したのは、金髪の女性だ。
容姿は十分に美人と呼べるもので、年の頃はデイヴィットと変わらないくらいだろう。
「えっ」
「だったらさっさと声かけりゃいいじゃねえか、オラが呼んできてやろうか?」
「ちょ、やめてくださいよ!? と、とにかくこっちに来てください……」
「わっ、なにすんだよ!?」
デイヴィットは悟空を担ぎ上げてその場から逃げ出した。
流石に不味いと考えたのだろう。科学畑のインテリとは思えない力強さと、熟練の誘拐犯の如き流れるような手並みであった。
悟空を連れて近くの公園まで走ったデイヴィットは、彼にホットドッグを買い与えて一先ず事なきを得ていた。
「んぐっ、もぐ……」
「その……ゴクウさん」
「んっ? ごくっ……なんだ?」
「ゴクウさんって既婚者なんですよね。いや、お子さんもいらっしゃるという事ですし、当たり前ですけど……」
「キコンシャってなんだ?」
「え。あ、ああ、結婚してる人のことです」
「なんだよ、ならそう言えばいいのに。たしかにオラ結婚してるぞ」
もじもじと要領を得ないデイヴィットを訝しみつつも、悟空は聞かれたことに答え続ける。
「いえ、その……奥さんとはどういう風に出会ったんですか?」
「チチとか? なんでそんなこと聞くんだ?」
「そ、それは……その……」
「さっきの女の子と関係あんのか?」
デイヴィットにとっては残念なことに、悟空はそのことを忘れてはいなかった。
「おめぇの彼女か?」
「い、いや、彼女だなんてそんな……!?」
「なんだよはっきりしねえなぁ、違うのか?」
「……その、彼女になってもらえたらなぁ……とは」
「だったら……えっと、告白っちゅうんだったか? さっさとすりゃあいいじゃねえか?」
「それが出来たら苦労しませんよ!? ゴクウさん、何かアドバイスとか無いですかね……結婚してるんでしょう……?」
なんとデイヴィットは、成り行きとはいえ悟空に恋愛相談をしようなどという無謀な賭けに出た。
まずもって、間違いなく人選ミスという他ない。動揺して冷静な判断が出来なくなっているのだろう。まだオールマイトにでも相談した方がいくらかマシだ。
デイヴィット・シールドの人生における黒歴史の一つが決まってしまったようなものである。
「おめぇなぁ……オラが言うことじゃねえかもしれねぇけど、オラにそんなもん分かると思ってんのか?」
この時ばっかりは悟空が全面的に正しかった。
「そんなこと言わずに、なんでもいいんです!」
だがしかし、どうにも正気とは思えないデイヴィットは何故か食い下がってしまう。
“個性”研究の期待の星、超新星であるデイヴィットでも、流石に恋愛には弱かったらしい。
「んなこと言われたってなぁ……」
「何かあるでしょう、結婚するまでに色々……!」
「ねえよ、そんなもん」
「なくはないでしょう、奥さんのことは愛してるんでしょう?!」
「ああ、チチのことは好きだぞ。当たり前じゃねえか」
確かに、愛はあるのだろう。お世辞にも家庭的とは言い難い悟空が、曲がりなりにも一つところに居着いているのだから。
ただ、それは時間に育まれたところが大きそうだ。
「オラ、ガキの頃にチチから嫁に来るって言われたんだけどよ。オラ嫁っちゅうのが何かを分からなくて、貰えるもんなら貰っとくくれぇにしか思ってなかったんだ」
「え、それで本当に貰っちゃったんですか!?」
「ああ。オラ、若え頃はよく天下一武道会って世界一を決める武道大会に出ててよぉ。三度目に出場した時に、約束なんてすっかり忘れちまってたオラを追いかけてきたチチと本戦で当たったんだ。六年か七年か……とにかく久しぶりで、オラそん時はチチだって気づかなかったぞ」
「つまり、その時の縁で……?」
「ああ。オラが勝った後その場で結婚した」
「その場で!?!!」
——激震。
この時デイヴィットの胸中に走った震度は七。マグニチュードにして七.三といったところか。
デイヴィットも思わず正気に引き戻された。
「あ、ありなんですか、それ……?」
「ありもなしもねえだろ、実際結婚しちまったんだから?」
結婚式を上げ、子宝にも恵まれ、あまつさえ初孫も生まれているほどだ。
婚姻届など出しているのかどうか分からないが、少なくとも形としては間違いなく夫婦としか言いようがない。
「よく分からねえけど、おめぇもグズグズしてっとヤムチャのやつみてえにフラれっちまうかもしれねえぞ。オラ、絶対ブルマとくっつくと思ってたのに、結局あいつはベジータと結婚しちまったしな」
デイヴィットにはヤムチャが誰なのか知らなかったので、なんのことだか分からなかったが……ゾッとしない話なのは確かであった。
「まあヤムチャのやつは浮気してフラれたって話だから、どうか知らねえけどな、ハハッ」
無邪気な顔をして酷く世知辛いことをあっけらかんと口にする悟空に若干の戦慄を覚えつつ、デイヴィットは。
「あの……全然参考にはなりませんでしたけど、なんだか緊張は取れました。ありがとうございます」
「ん? なんだか分かんねえけど、よかったな?」
デイヴィットは心の中で、ヤムチャに向けて祈った。
あなたの人生に幸あれ……と。
ヤムチャ好きですよ、私。