やって来たぞ、最初の異世界!
「へぇ、中はこうなってんのかぁ。いや、外なんだったか? まあどっちでもいいや。ところで……」
穴の向こうは、以前に全王が未来の世界を消してしまった時に漂っていた空間と似ていた。よくよく考えてみれば、何もない空間という意味では同じなのかもしれない。
辺りを見渡すと、すぐ近くからものすごく遠くまで、大小さまざまな球体が浮かんでいるのが見える。きっとアレ一つ一つが世界なのだろう。
「ところで……オラ、何処に向かってんだ??」
世界の外側に飛び出した悟空は、現在謎の引力にひかれて超スピードで何処かへ向かっていた。そこに彼の意思は介在しておらず、もちろん舞空術も使用できない。
普通の人類の動体視力であったなら、おそらく周囲を確認するような余裕すら無かっただろう。
「うーん、何処の世界に行くかはランダムって話だしなぁ——っと、おおおぉ?」
突然のL字カーブ。特段身体に負担が掛かるような感じもないが、やはり減速なしで突然視界が90度変化を起こすというのは妙な感覚で。
それでも自分で動く分にはなんちゃないのだが、これを他の何かにやられてしまうと、正直ちょっと気持ちが悪い。
「ちょ、ちょっと酔っちまったぞ……うえぇ」
そうこうと、悟空が一人で騒いでいると。
「おっ?」
目の前に、一つの球体が見えてきた。
途中に見えたそれ等に関しても同じだが、とても世界が丸々一つ入っているような大きさには見えない。
悟空はそんなこと、特に気にはしなかったが。
「どうやら、最初はこの世界っちゅうことらしいな! よぉし、それいけー!!」
指示が通じたのかは定かではないが、悟空を動かす不思議な引力は強さを増し、彼はこれまで以上のスピードで球体の中へと飛び込んでいった。
*****
「んん??」
「な、なんだこのガキ! 突然現れやがったぞ!?」
気づけば街中。悟空の知るそれとは少しばかり違うが、都で見る風景と似た部分が見受けられる。
辺りを見渡すと、一般市民のひとだかり。警察にパトカー。コスチュームに身を包んだ何者か。それに……。
「そこのキミ! すぐにこちらに来るんだ!!」
すぐ後ろには、覆面を被った数人の男達。岩の身体を持つ者に多腕の者、様々だが……共通するのはその手に持った銃器。顔を厳しく歪めながら、悟空を“見下ろしている”。
人類とはかけ離れた外見であったが、喋る豚や猫、果ては宇宙人とまで交友を持ち、自身も地球人ではない悟空からしてみれば人間の範疇でしかなかった。
「なんだ、でっけえ奴らだなぁ〜」
「このチビ、一体なにもんだ?……へっ、まあこっちに取っちゃ都合がいい」
その中の一人、常人離れして腕の筋肉が発達した男が悟空を掴みあげた。
「うわっ!? なにすんだ、おめぇ!?」
「黙ってろクソガキ! おいテメェら、なんか妙な真似しやがったらこのガキがどうなるか……わかってんだろうな、ああっ!?」
「卑劣な……! その子を解放しろ、お前たちに逃げ場はない!」
警察とともに男達を包囲していた、妙なコスチュームの者達が前に出る。
「そこのヒーローどもも近づくんじゃねえぞ、俺たちを見逃さねえとガキは殺す!!」
「チッ……悪足掻きを……!」
どうやら彼らにとっても当然悟空は想定外であったようで、状況は悪くなったらしい。
「なあ?」
「黙れ、ガキ! 命が惜しかったらな!」
「なあってば?」
当の悟空は何処吹く風かと言わんばかり。
余裕綽々といった風情なのだが、逆にそれが状況をよく理解できていない子供のように見えたため、“現在の彼の外見”と相まって、警察やヒーローと呼ばれた面々からすれば、ますます手が出しにくくなっていた。
「うるせえな、殺されてぇのか!?」
「ガキってオラの事か?」
「テメェ以外に誰がいるってんだ、鏡でも見てろ!!」
ぐいっと突きつけられた先は車の窓。そこに反射して写っているのは、特徴的な髪型をした山吹色の道着を着た少年。悟空視点で有り体を言えば、次男である孫悟天そのもの。彼よりも多少ヤンチャで野性味があることを踏まえても、瓜二つであった。
「ははっ。なんだ、オラ、ガキになっちまってらぁ……い゛い゛い゛ぃッ!?」
不思議なことに、服まで一緒に縮んでしまっているのだが、それ以上に身体の変化が衝撃的であった。
「何言ってやがんだ、このガキ……頭おかしいんじゃねえか?」
「ほっとけほっとけ。そいつの頭がどうだろうと人質に使えるのには変わらねえんだからな」
「そういやウイスさんも言ってたしなぁ……。まいったなぁ、こりゃあ……えっと、こりゃオラが14、5くれえの時か? いや、もっと小せぇかもしんねぇなぁ」
男達のことなど気にも止めずに、首根っこを捕まえられた猫のような体勢のまま考え込む悟空。ハラハラとした様子で見守る周囲の者達からすれば、気が気でない行動だ。
もちろんその心配は正しいものなのだが——それは、相手が孫悟空で無ければの話。
「とりあえずよぉ、おめぇ達悪い奴らだろ?」
「はっ、それがどうした? 今更ビビりだしたのかよ!」
背後には銀行。複数のアタッシュケース。覆面に銃を持った男達。紛れもなく、テンプレートなまでの銀行強盗であった。
状況を把握するのが少々遅すぎるが、それも仕方がない。悟空に、この程度の事態で危機感を持てという方が酷だろう。
「いや? それよりおめぇ達、今すぐ悪いことやめてとっ捕まれば痛え目に合わねえですむぞ?」
「ああ? このガキ、いっぺんぶん殴ってやろうか……!」
「おい、そんなガキほっとけよ、相手にすんな」
「……おめぇ達、降参はしねえんだな?」
男達は、悟空の言葉を笑い飛ばし、口々に罵った。
それが彼からの最後通告だとも知らずに。
「しょうがねえ奴らだなぁ——よっ、と」
次の瞬間。ズガンッ、と地鳴りのような音が響いた。
「うっ、ごぉぉお……!?」
「おめえ、ちょっと寝てろ」
一体いつのまに動いたのか。この場に居た誰一人として目撃することが出来なかった。男の手に捕まえられていたはずの悟空の姿が搔き消え、気づけば男の懐にその姿が。
「こ、このガキ、何しやがった!?」
「なにって、パンチに決まってんだろ? それより次はおめぇの番だぞ?」
「ひぃっ!——おぐぉっ!?」
たった今昏倒させて男の前から再び悟空の姿が消え去り、気づけばもう一人の目の前に。
強烈な蹴りを顎に叩き込まれて建物の壁まで吹き飛ばされてしまった。息はあるようだが、ピクピクと痙攣を繰り返しており、しばらくは立ち上がれないだろう。
「あとは二人だけみてぇだな。じゃ、さっさと行くぞ!」
フッと強盗達の視界から悟空の姿が消える。無論、市民達や警察にもその過程を見ることは出来なかった。
ただ、突然二人の強盗が倒れ、その背後に悟空の姿が現れた。それだけのことしか分からない。
「いえーい、ブイー!」
ただただ、はしゃぐお子様の姿に圧倒されるばかり。
悟空の本来の年齢を考えると子供っぽすぎる行動だが、どうやら肉体の方に精神が引っ張られて、少しばかり幼児化しているらしい。
誰もが呆気に取られているなか、ヒーローの一人が悟空に近づいてきた。
「き、キミ……大丈夫なのかい?」
「そんなの見りゃわかんだろ? オラへっちゃらだ」
バシバシと自分の胸を叩いて頑丈さ、健康さをアピールする悟空の姿にこの場のみんなが、思わず和んでしまう。
先ほどまでの緊迫した空気はなんだったのか……と。
しかし、大方の予想を裏切り……この事件はまだ終わってはいなかった。
「こ、の……モンスターが。——死ねぇぇぇえええ!!!」
殺さないように、壊さないようにという手加減のもと悟空は気絶させたのだが、どうやら一人だけ彼が思ったよりも頑丈な者が居たようだ。
彼は背後から悟空に狙いを定め、ピストルを発砲した。
「う、撃ちやがったぞっ!?」
「きゃあああああっ!?」
「あ、あんな子供を、なんてことだ……!」
と、悲鳴が響き渡り、発砲した男が勝ち誇ったような笑みを浮かべる中で。
「いてえなぁ、何すんだよ! 服に穴が空いちまったじゃねえか!」
などと宣うものだから、空いた口が塞がらなかった。
「このやろうっ!」
「ぐあっ!?」
軽く男を蹴り飛ばし、今度こそ悟空は男の意識を断ち切った。
「あちゃ〜。まいったなぁ、ウイスさんに注意されたばっかりだってのに……」
拳銃の弾丸くらい、身体が小さくなってパワーが制限されているとはいえ、悟空なら対処できて当然なもので、それはたとえ後ろからの不意打ちでも変わらない。
これも、悟空の油断が招いてしまったことだ。
「オラ着替えなんかもってきてねえってのによぉ……」
「き、キミ……平気、なのか?」
「ん? ああ、服に穴は空いちまったけどな。あんなもんオラにゃあ効かねえぞ。鍛えてっからな」
「な、なるほど。鍛えてるから、ね……」
当然、普通は鍛えたくらいでどうにかなるものじゃない。ましてや、推定年齢十歳前後の少年には。
本来ならすごい少年だ、と感心するか、何かトリックがあるのだろうと疑うところなのだが……。
——この世界では違う。
「ところで……キミ?」
「ん? なんだ、おっちゃん?」
「お、おっちゃ……。いや、それはともかく」
警察官と、そしてコスチュームの男が悟空の前に立つ。
ほかの者達は強盗をパトカーに乗せている最中だ。
「キミのおかげで犯人を逮捕することが出来た。そのことには感謝する。ありがとう」
「はははっ、気にすることねえよ。あんな奴らやっつけるくらい大したことじゃねえさ」
「ただし!」
男は子供を叱りつけるような顔で——事実そのような気分であり、悟空が本当は四十ほどの中年とは夢にも思っていない——悟空に詰め寄った。
「“個性”の無断使用は犯罪だよ、一度警察に来なさい! 親御さんに叱ってもらうからね!」
「えっ、個性???」
ここは、総人口の八割が異能力とも取れる身体機能——“個性”を発現させた、超人たちの住まう世界。“個性”を悪用するヴィランと、“個性”を正義のために使うヒーローが日夜戦いを続ける、そんな場所。
それが故に、悟空のパワーもまた、“個性”だと判断されてしまったのだろう。パトカーに乗せられた彼は、そのまま何処かへ連れていかれてしまう。
孫悟空の新たな冒険譚は、やはり波乱の幕開けであった。