「少年、下がってるんだ。私が来たからには、もう何も心配はいらない!」
颯爽と駆けつけた青年、八木俊典。アメリカ留学とともにこちらに活動拠点を置いたばかりの、駆け出しヒーローだ。
事件と聞いて、彼は大学の授業をすっぽかしてここに来た。
ヒーローネームは——オールマイト。
「だれだ、おめぇ?」
「HAHAHA! そっかぁ、知らないかぁ、悲しい〜!」
トホホと肩を竦めるオールマイトは、少年の前へと進み出る。
「私はヒーローさ、名前はオールマイト! よろしくな、少年!」
「そりゃあいいんだけどよ、あいつとはオラが戦うんだ。邪魔すんなよ」
「HAHAHA、気持ちは嬉しいが……少年、私は大丈夫だ! ここは任せてくれ!」
どうやらオールマイトは悟空が自分のことを心配していったのだと判断したようだ。もしくは、悟空が子供特有の蛮勇を述べているのだと思い、敢えてそう口にしたのかもしれない。
悟空の今の見た目がせいぜい十歳前後——実際には十五歳前後だが——なことを考えれば、十分にあり得る結論であったが、この時ばかりは話が違う。
「おめぇ、強えな。気で分かる。あいつなんかにゃ負けねえよ」
「キ?」
「でもよぉ。あいつばっかに構ってると、“もう一人”の方にやられっちまうぞ」
「えっ、もう一人——って、うおっとぉ!?」
食膨のヴィランが振るう拳を躱したオールマイトは、そのまま悟空に聞き返す。
「待ってくれ、ヴィランはもう一人いるのか?」
「ゔぃらん? そいつはしらねえけど、悪い気を持ってるやつならもう一人、そっちの建物ん中にいるぞ」
直後に、爆発。悟空がここに訪れてすぐに遭遇したものとよく似たものだ。
「へっ……気味の悪いガキめ。せっかく後ろからBAN!って吹き飛ばしてやろうと思ってたのによぉ」
瘦せぎすの、充血した瞳が印象深い男だ。
明らかに正気とは思えない表情、そして凶悪な言動……そして、この街の惨状から察するに、破壊活動としてみればこの男の方が主犯なのかもしれない。
「まったく、2対1か。ちょっとばかし面倒だが仕方ない、まとめて……」
「おめぇ算数間違ってるぞ。2対1じゃなくて——2対2だ!!」
ドンッと。アスファルトの大地を砕きながら跳び上がった悟空の身体は、一瞬のうちに食膨のヴィランの眼前へと届き。
「でえりゃぁああーっ!!!!」
放たれた一撃は、ヴィランの顎先を強かに打ち付け、その身を数メートルに渡り後退させた。
「しょ、少年。キミは……」
驚愕とともに、着地した悟空を見るオールマイト。
そんな彼に、悟空はいつもの明るい笑顔のまま、言い放つ。
「オラ悟空、孫悟空だ!」
中華にその名を轟かせる、斉天大聖……その名はオールマイトも知っていた。
だが、目の前の少年がそうだとは思えない。
しかし、しかしなんだ。オールマイトの胸中を揺さぶり、彼自身肌で感じているこの……否定し切れないほどの力強さは!
「こっちのでけえ奴はオラがやる。おめぇはそっちのヒョロヒョロしたやつをさっさと捕まえちまえ!」
「……わかった。無理はするなよ、少年!」
オールマイト自身も、自分が言ったことがどれほど異常かは自覚していた。“個性”の使用が許されない民間人、それも子供の提案に自分は乗ったのだ。
ただ、己の直感に従い、身を任せてしまったのだ。
そして何より……それを自分は、間違いだとは思っていなかった。
「そういうわけだ。お前は私が捕らえる。抵抗はしないのが身のためだぞ」
「くっ、ははは、やってみろよ! ガキなんか頼りにする情けないヒーローのくせによぉ!」
*****
「こ、このクソガキがぁ……!」
「おめぇ頑丈なやつだな? オラあんまし手は抜かなかったってのに、てんで堪えてねぇみてぇだ」
「踏み潰してやるっ!!!」
起き上がったヴィランは悟空の方へ真っ直ぐに走り出し、スタンピングを放つ。何度も何度も、怒りのままに踏み散らし、地面が陥没し、砕け、原型を保てないほどに。
「はあ……はあ……ど、どうだ! ガキが生意気なことしやがって、ちょっと強い“個性”があるからって調子に……」
「やっほー!」
「なっ!? お、お前、なんで生きてるんだっ!?」
健在な姿で自分の肩に座り込む悟空の姿が、ヴィランの視界いっぱいに収まっていた。
その身体には傷一つなく、土煙やアスファルト片による汚れすら見当たらない。
「オラおめぇが近づいてきた時にはもうここに居たぞ。おめぇ、パワーとタフネスは大したもんだけどスピードがまるでねえや。食いすぎなんじゃねえかぁ?」
お前が言うなという話だが、そんなことヴィランには知る由もない。
「こ、こいつ……!!」
肩をはたき、再び悟空を潰そうとしたものの。
「へへ〜、こっちだよぉ〜。べろべろばー!」
「く、クソガキがぁぁぁぁ!!!」
反対の肩に移って事なきを得て、見た目同様の子供っぽい仕草で自分をコケにする悟空の姿に、ヴィランの血管はブチ切れた。
暴れ回り、無茶苦茶に自分の身体を叩きつけ、悟空を引き離そうとしたものの……。
「はあ……はあ……はあ……! こ、これでどうだ……!!」
「オッス!」
「ひいっ!?!」
「ハハハ! そんなんじゃ、オラは倒せねえぞぉ?」
だんだんと。少しずつではあるが、ヴィランの頭に一抹の不安が生まれようとしていた。
自分が完全に遊ばれている……それは理解できた。だがそれでも、当たれば間違いなく自分が勝つ。
その自信が、ヴィランの心をしっかりと支えていた。
「じゃあ、オラそろそろ決めちまうけどいいかなぁ?」
ヒョイっとヴィランの身体から降りた悟空は宣言する。どうやら遊ぶのは飽きたらしい。
「ちょ、調子に乗るのもいい加減にしろぉおお!!!!」
ハンマーナックル。両手を強く組んで振り下ろす……巨体を最大限に利用したヴィランにとっての最高威力の攻撃。
それが孫悟空へ向けて——直撃する。
度重なる破壊に耐えきれず、そうしてついに地面は崩落。深い風穴を作り上げた。
「……ハ、ハハハ。ハハハハハハハハハ!! 勝った、勝ったぞ、クソガキめ、調子に乗るからこんな間に遭うんだ!!!」
「よい、しょっと。……なあ、何がそんなに面白えんだ?」
「これが笑わずにいられるか、俺を小馬鹿にしやがったあのガキが死んだんだからな。……そう、あの、ガキが、死ん……死、死ん……? あ、あれぇ?」
そこには、ヴィランが空けた穴から事も無さげに這い出てくる悟空が。
服は埃まみれのうえ、流石に無傷とはいかなかったようで、ところどころに負傷の後は見受けられる。唾をつけてれば治りそうな、申し訳程度の切り傷とか擦り傷とか。
「な、なんで生きて……!?」
「あんなもんでオラが死ぬか! 今度はオラの番だ!」
ニヤリと笑い、拳を構える孫悟空の姿に……。
「次は本気で行くけどよぉ。おめぇ頑丈みたいだし……」
「頑丈、みたいだし……?」
「——たぶん、死にゃあしねえだろ!」
ヴィランの心の支柱は。
「……ふっ」
悟空と同じく笑みを浮かべたヴィランは、何故か彼に背を向けて周辺を閉鎖するべく遠くで動いてる警官たちの方へ走り出すと。
「——降参です、自首します!!」
「って、ありゃりゃ!?」
心の支柱はぽっきりと、呆気なくへし折れた。
*****
「やぁ、孫少年! そっちも終わったようだね!」
「まあな。ちょっと拍子抜けしちまったけど」
「こちらも捕縛に成功したよ。協力に感謝する……が、“個性”は無闇に使うもんじゃないぞ! 法律で禁止されているんだからね!」
「だからよぉ、その“個性”っちゅうのオラ使ってねえぞ。オラさっきのヤツ蹴っぽった以外は何もしてねえ」
「え、いやぁ。しかしなあ。あれは“個性”による身体強化だろう? 嘘はいけないぞ、孫少年?」
「オラ嘘なんかついてねえって。それにオラ少年でもねえ、たぶんおめぇより歳食ってるぞ?」
「……ワッツ?」
そうして悟空は、警察署で言ったような会話を再びオールマイトを相手に繰り返した。するとまたもや良い方へオールマイトが勘違いを起こしてくれて、事無きを得る。
「いや……なるほど。孫少年……じゃなかった孫さん、これはとんだ失礼をしてしまったようだ」
「気にしてねえからいいよ、別に。それよりおめぇよ、オラと——」
「た、大変です、オールマイト!!」
「ん? どうしたんですか、そんなに慌てて?」
悟空の言葉を遮り、駆け寄ってきたのはヴィラン達を護送すべく集まっていた警官のうちの一人だ。
慌てふためくその様子から、緊急じたいというのはすぐに見て取れた。
「あ、あなたが捕らえたヴィランが……」
オールマイトが捕まえたヴィランは、触れた無機物を爆発物に変える“個性”を持っていた。
「あいつ、この周囲に時間をかけて完成させた大規模な時限爆弾をセットしていると供述していて……苦し紛れにしても、真に迫っていて、それで……!」
「落ち着いてください! それで、場所については何か言ってなかったんですか?」
「いえ、何も……」
「そいつはなんとも、面倒な置き土産を残してくれたもんだ……!」
「……たぶん、あのクルマがそうだぞ」
「えっ……?」
悟空が指差す先には、これほどでたらめに破壊されていたにも関わらず、不自然なほど損傷の少ない大型車が一台止まっている。
「……分かるんですか、悟空さん?」
「ああ。あのクルマからおかしな気が感じられる。……でも、時間はあんまりねえかもしれねえな、ドンドン気が高まってるぞ!」
「お、オールマイト、この子供は……?」
「いいんです、どちらにしろ時間は無い。賭けてみましょう……!」
警官を静止し、オールマイトはその自動車を掴み上げると。
「
その剛腕を惜しげもなく振るい。はるか……はるか真上、どの建物よりも高い上空にまで投げ捨てた。
「——ばぁかが!!!」
「!?」
「あの程度の高度で爆発の被害が抑えられると思ったのかよ、新米ヒーローが!! 俺がどれだけの期間注ぎ込んでアレを作ったとおもってやがる!!!」
声が上がったのは、悟空とオールマイトが立つその場ではなく。先ほど警官が走ってきたその方向。
その声の主は、当然爆弾魔のヴィランだ。
「街ごと吹き飛ばすのには失敗したが、それでも半分はぶっ飛ぶ……! は、はははは!! これで俺のことを誰も無視できねえ!! ざまあみろ!!!」
「く、クレイジー野郎め……!!」
もしも男の言うことが本当ならば、この場にいる誰一人として……いや、この周辺に住む住民も含めて、全員が射程圏に入る。オールマイトとて、何も考えずにあの高度に投げた訳では無い。
自動車の破片などによる被害が広範囲で事故を起こさないように抑えたのだが……それが今回は裏目に出た。
「——大丈夫だ」
たしかにこのままでは、大きな被害は免れなかった。——しかしそれは、この男が居なければの話。
「オラが居る!」
そして悟空は、腰だめへと両手を添える。
「かぁぁぁあああああ!!! めぇぇぇえええええ!!!」
幾度となく、それは悟空のピンチを打ち破ってきた。
「はぁぁぁあああああ!!! めぇぇぇえええええ!!!」
いつの日も、彼を支えてきたこの技は……異世界においても、なお健在。
見るがいい、異世界。これぞ亀仙流が誇る必殺の奥義!
——孫悟空伝説における、最初の1ページだ!
「波ぁぁぁぁあああああああああああああ——ッ!!!!!」
突き出した両手から放たれる極大の光柱。まばゆい輝きとともに放たれたそれは、上空の目標を的確に射抜き、爆風ごと全てを消滅させた。
「孫さん……あなたは、本当に一体……!」
オールマイト、八木俊典と孫悟空。
二人がこの日、この場所で出会った意味とは、果たして……。