「なぁ、オールマイト〜!」
「駄目ですって、孫さん!」
オールマイトと悟空はいま、ストリートを一緒に歩いていた。行く先はオールマイトの通う大学である。
悟空は当然のようにいつも通りの派手な道着のままだが、オールマイトの方はヒーローコスチュームではなく私服姿だ。とはいえ、いつでも事件現場に赴けるように、その下にはやはりコスチュームを着込んでいた。
「だいたいアレ、本当に“個性”じゃないんですか? もう警察じゃ、ほんとゴリ押しだったんですからね?」
悟空の放ったかめはめ波のことを誤魔化すのに、オールマイトはえらく苦労した。なんとしても“個性”ではないと言い張る悟空であったが、実際問題あの破壊光線を“個性”以外の理由で説明することは、今の科学では不可能であった。
それでも、オールマイトはこの子供か大人か分からない男を見捨てられず、あれは爆発がそう見えただけであるとか、自分にはただの閃光にしか見えなかったので気のせいではないのかとか、口八丁というにも乱暴すぎる言い訳でなんとか悟空を連れ出す事に成功したのだ。
悟空の正体を調べるためにも、授業に戻るためにもとりあえずオールマイトは大学へ向かうことにしたのだが……。
「おめぇ、オラと戦ってくれねえか?」
なんてことを悟空が言い出したのだ。
聞けば、彼は武道家で、そのために旅をしているのだと言う。異世界がどうのとも言っていたが……正直この辺りはオールマイトには測りかねた。
オールマイト自身、そういう考え方をする人……所謂バトルマニアという者達の存在は知識としては知っている。戦うことを目的にヒーロー、あるいはヴィランになる者がいるという話も聞いたことがある。
しかしそれは、知っている……というだけで、理解できるということではない。
「なあなあ、戦ってくれよぉ〜。ちょっと、ちょっとでいいからさぁ!」
「駄・目です。いまは急いでいるし、そもそもあなたと戦う理由がない」
オールマイトは、誰に憚ることもない平和主義者だ。出来るなら、戦いなどしたくはないと常々考えている。
それでもオールマイトが戦っているのは、力を磨いているのは、力がなければ平和は実現できないということをよく分かっているからだ。反戦主義、暴力抑止、大いに結構。しかし、それを押し通すのに不可欠なのが、他ならぬ“力”であるというのを、彼は“身を以って”思い知っている。
だからこそ、オールマイトはこのアメリカに渡ったのだ。
「孫さん。とりあえず私の通っている大学に来てくれ。あなたの話はそこで詳しく聞かせてもらいますから」
「そこに行ったらよ、オラと戦ってくれんのかな?」
「場合によっては、それも。“考えておきます”とも」
もちろん、オールマイトにその気は無かった。——この時は、まだ。
*****
「トシ。結論から言おう」
「デイヴ……?」
時刻は夕刻。ここは、大学校舎の西側に建てられた研究棟の一角。陽の光にあまり当てられない資料も多くあるその場所は、多くの場合分厚いカーテンに仕切られており、陰気な雰囲気が漂っている。
いつもは人気とは無縁のそこにはいま、三人の男が居た。悟空、オールマイトともう一人。
白衣を着た、オールマイトと同じくらいの年頃の青年だ。
彼の名はデイヴィット・シールド。戦闘に適した“個性”こそ持ってはいないが、オールマイトを技術的な面からサポートする
オールマイトは悟空のことを知るためにデイヴィットに協力を要請した。日が落ち始める前に彼に合流したオールマイトは、悟空の遺伝子を調査するために、サンプル——注射による採血は悟空が酷く嫌がったので、髪の毛と口内粘膜を拝借した——を渡したのだ。
デイヴィットにとって、それは専門分野ではなかったのが、それくらいのことならばと快く引き受けてくれた。調査結果はすぐ出るということで、彼はオールマイトと悟空にここで待つように指示し……今に至る。
数時間後、戻ってきたデイヴィットの顔は何とも言えないものであった。青ざめているのに気分は踊っているような、その綯い交ぜの感情を抑え込もうとしてかえって不自然になっている……そんな感じだ。
「彼は、そのソンゴクウと名乗る人物は“無個性”だ。——と、いう以前に、人間ではない」
「それは、どういう……?」
「そのままの意味だよ、トシ! 彼はホモ・サピエンスではない、人類ではないんだよ!!」
デイヴィットは興奮を隠し切れないといった様子で、大きな身振り手振りとともに感情を露わにした。
「たしかにソン氏には我々と近しい部分も存在していて、子孫を残せる程度にはかけ離れていない生命体だ。だが、やはり我々とは明らかに異なる点も見受けられる!」
「ちょ、ちょっと待て。落ち着くんだ、デイヴ!」
「これが落ち着いていられるか!! いいか、トシ!? これはファーストコンタクトなんだぞ!? 彼がどういった存在であるにしろ、我々以外の知的生命がいずれかの世で繁栄しているという証左なんだ! 私の専門は遺伝学じゃないが、それにしたってこれには驚かずにいられない! はっきり言ってキミが冷静で居られる理由が私には一切理解できないよ! まったく今日はなんて日だ!?」
誤解を正せば、もちろんオールマイトとて驚いた。それはもう、とても。
驚いたのだが……大興奮の親友のあまりの有り様に、それを露わにし損ねてしまったのだ。
「か、彼と話をさせてもらっても!?」
「そ、そいつはもちろん構わな……」
「Yes!! じゃあトシ、キミはちょっと待っててくれ! 私は彼と語り合い、生命の神秘に触れなければならないからな!」
ガッツポーズを決めた後悟空に駆け寄り、質問攻めの目に合わせているデイヴィットに苦笑しながらオールマイトは。
「やれやれ。本当に嘘じゃなかったんだな、孫さん」
オールマイトの目から見ても悟空は嘘をついているようには見えなかったが、自覚のない嘘というのは多々あるものだ。もしかしたらそういうことではないのか、とも思ったのだが、どうやら違うらしい。
自分の見る目の正しさを誇るべきなのか、まさかこんな大ごとになるとはと溜息をつけばいいのか、オールマイトには分からなかった。
「この分だと、異世界云々も真実なのかもしれないな」
*****
「ほう! じゃああなたは異世界人な上に宇宙人なんだな? ははっ、実にアンビリーバブルだ! この腕輪で? なるほど確かにこの質感はこの世界にあるどの金属とも違うような……なに、パワーを封じる能力だって!? 知れば知るほど興味深い……!!」
悟空は既に虫の息であった。
言われるがままに答えているうちに、既に外は真っ暗になってしまっている。
小一時間などというレベルではない。なんなら調査結果が出るまで待たされていた時間とさして変わらないくらいの時間が経過しているのだから。
一つ言えば二つ聞かれ、二つ言えば八つ聞かれる。悟空にとっては地獄も良いところで、今ではデイヴィットの成すがままにされている。
ジレンの拳を食らった時よりも効いているかも知れない。なんせ、あの時よりずっとぐったりしているほどで、もうオールマイトに試合を申し込む元気も残っていない。
いくら身体は頑丈でも、慣れないこと+苦手な分野という条件は悟空のメンタルをガリガリと容赦なく削り取ってしまった。
「っと、今日はもう良い時間だな。そろそろやめにしようか」
「や、やっと終わりかぁ。オラ死ぬかと思ったぞぉ……一瞬閻魔のおっちゃんの顔が見えちまったもんな……」
「続きは明日にしよう」
などと言い出したものだから。
「い゛い゛い゛いっ!? も、もう勘弁してくれよぉ!?」
「HAHAHA! 冗談だよ、ソン氏。随分と参考になった、感謝しますよ!」
「ほっ……オラこれ以上質問攻めにされてたら本当に命が危なかったぞ……」
「ちょっと大袈裟なんじゃないですか、それは?」
悟空と違い肌ツヤも出会った時より良く、上機嫌のデイヴィット。同じだけの時間を、同じ内容の会話に当てているのにこれでもかというくらい両者の状態には差があった。
「大袈裟じゃねえぞ、オラこういうのは本当に苦手なんだからよぉ。しっかしおめぇ、変わってるよなぁ。オラがいくら話しても他の奴は信じてくれなかったんだぜ? それなのにおめぇ、オラのことすぐ信じてくれたもんなぁ?」
「確かにあなたの話はあまりにSFチックで、尚且つファンタジーだ」
「??」
「ああ、いや……要するに信じがたいことだったんだよ。私達にとっては。でも、遺伝子までは嘘はつかない。あなたが言っていることが真実だと、他ならないあなた自身が証明してくれた。それだけのことです」
「ふーん? ま、オラ難しいことはよく分からねえけどよ。おめぇが面白えやつなのはよく分かったぞ」
すると、横で会話を聞いていたオールマイトも悟空に同意した。
「そう! デイヴは実に面白く、エキサイティングなやつなんだ! 孫さんは見る目がある!」
「ハハハ! オラの子供もよぉ、学者やってんだけど、アイツとちょっと似てるかもな! アイツもすげえ頭いいんだぜ? オラはこんなだけんど!」
そうして雑談もそこそこに、三人は大学の門を出ると。
「今夜は良い話を聞かせてもらった、ディナーは私が奢ろう!」
——デイヴィット・シールドは、言ってはならない台詞を口にしてしまった。
「ほんとかぁ! オラこの世界の金なんか持ってねえし、助かるぞ!」
「おっと、そいつは私もご相伴にあずかっていいのかな、デイヴ?」
「もちろんさ、トシ。キミはソン氏と私を巡り合わせてくれた、キューピッドなんだからな、遠慮はいらないとも!」
デイヴィットは胸をドンと叩くという、科学者っぽくないマッチョな表現で自分の頼り甲斐をアピールし、二人を夕食に誘った。行きつけのバーガーショップで、自分の好きなメニューを勧めながら、談笑でもしようと……そんな軽い気持ちで、“誘ってしまった”のだ。
……その後に起きた惨劇は、語るまでもないことだろう。