「孫さん、その服の着心地はどうだい?」
「ああ、悪くねえな。動きやすいしよ、オラ嫌いじゃねえぞ。こういうの前にも着たことあるしな」
翌朝。悟空はオールマイトが着ているヒーロースーツと似たような素材のアンダースーツに身を包んでいた。
オールマイトのそれには、悟空の着ている物の上に幾らかのアーマーとマントが付いている。
伸縮性の高い素材であったためスーツの方は悟空が着られるものもあったのだが、流石に彼のサイズに合うアーマーまでは見当たらず。どちらにしても悟空は付けなかったと思うが。
「それは私が着ているものの試作品なんだが、デイヴの研究室に転がっているのを持ってきたんだ。孫さんの道着は随分汚れていたしね!」
「オラ着替えとか持ってきて無かったからな。どうしようかって思ってたんだ」
「道着の方は洗っておきますよ、ほつれとか穴も空いてるし。任せてくれ、私は家事が得意なのさ!」
オールマイトの女子力は高かった。
「ところでよぉ、デイヴのやつはいねえのか?」
「デイヴは……その、朝から金策に走っているが……。ま、まあ、今日は休日だし、ヒーローとしてもオフだ。悟空さんの修行には私が付き合いますよ」
デイヴはその後しばらく悟空の前に顔を出すことはなかった。言わずもがな、バイトが忙しかったのだ。昨晩の彼の青ざめた顔と言ったら、天下一武道会の賞金を一食で悟空に喰らい尽くされた亀仙人を彷彿とさせるもので、筆舌に尽くしがたい気の毒さを纏っていた。
「私はデイヴと違って、あなたの生態より肉体面の強さに興味がある! なんせ、体育会系でね!」
「よく分かんねえけど、オラと修行してえってことだろ?」
「ザッツライト! “個性”抜きの生身でそれだけの強さなんだ、宇宙人というのは別にしても、きっと凄いトレーニングを積んだんでしょう?」
オールマイトは自分の“個性”の詳細を悟空には明かしていない。彼にとっては有り難いことに、悟空もそれを追求しなかった。
ただ強くなりたい、なる必要があるというオールマイトの言葉を聞いて、それに同調しただけだ。
ただ、悟空もちゃっかりしたもので。
「約束通り、修行中の手合わせはもちろんですが、あなたがこの世界を去る前に……必ず、全力でお相手します」
実に悟空らしい条件を突きつけてきた。
ほんの一日足らずの付き合いではあったが、既にオールマイトにも嫌というほど伝わっているバトル馬鹿っぷりだ。
「これなら、おめぇが戦う理由になんだろ?」
そう言われたときなど、オールマイトは思わず吹き出してしまった。
「でもオラよぉ、いまは弱っちくなっちまってるからな。見た目もだけんど、力もガキの頃と同じくれぇになっちまってる」
「……今更ですが、その状態で修行して意味があるんですか?」
「さあな、それはオラも分かんねえ。でも、やらねえ理由にはなんねえかんな。一からやり直してみようと思ってる」
「なるほど。——では、私もそれに付き合いましょう!」
悟空とオールマイトは拳を合わせ、ニッと笑い合った。
*****
「これはよぉ、オラが亀仙人のじっちゃんに初めてつけてもらった修行なんだ」
「亀仙人、とは?」
「オラの師匠だ。かめはめ波も、じっちゃんが編み出した技なんだぜ?」
「それでかめはめ波なんですか、私はてっきりカメハメハ大王のことだとばかり……」
「なんだそいつ、強えんか?」
「うーん、強くはないですかね……」
悟空のパワーは、言うまでもなく本来のそれよりずっと劣っている。だからこその幼児形態だ。当然修行もその辺りに合わせる必要があるのだが……。
「何しろ大昔のことだしなぁ。オラ、確かこの頃は修行しながら足で世界を回ってたはずなんだけど、流石にそれやるとオールマイトは困っちまうだろ?」
「まあ、流石に活動地域から離れるのは……」
「だからよ、まずは最初の修行からやっていこうと思うんだ」
亀仙流修行といえば。
「『よく動き よく学び よく遊び よく食べて よく休む』っちゅうんが、亀仙流のモットーってやつでよ。オラ、これはずっと守ってきたつもりだ。修行は厳しくねえと力はつかねえ、けどちゃんと休まねえとその力だってちゃんと出せねえからな!」
「……確かに。シンプルですが、的を射ていますね」
「それによ、この修行は技とかは別に教えねえんだ。じっちゃんにも拳法は自分で考えて自分で学べって言われてよ。かめはめ波だって、オラ別にじっちゃんに稽古をつけてもらって覚えたわけじゃねえしな」
基礎能力をひたすらに磨き上げ、独自の拳法を編み出していくのが亀仙流だ。
修行の過程や根底にある教えから、使い手の動作に似通う部分が出てくることもしばしばあるが、それでも誰一人として同じでは無い。
オールマイトにしても、若さとは裏腹に既に戦いの根底が仕上げられている。余計なことを付け足すより、今以上に力を磨くのがいいだろう。
さらに。
「こっちじゃ出来ねえ修行もあるから全く同じって訳にゃいかねえし、その分オラと組手しようぜ。そうすりゃあ、おめぇも足りねえもん身につけられっかもしれねえしな」
「……お気づきでしたか」
オールマイトに絶対的に足りないもの……それは、パワーでもスピードでもテクニックでもない。もちろんそれらを今以上に磨くのは当然だが、それ以上に必要なのは。
——経験値。それに尽きる。
「……孫さん。全てをお話しすることは出来ないが、礼儀としてこれだけは言っておきたい。——私には、倒さなければならない相手がいる」
「ああ、おめぇは心のどっかでいつも何かを気にしてるみてえだった。ただ平和を守るってのとはなんか違うって思ってたんだ」
「ええ……。奴はここから遠く離れた国に根城を置き、裏からその国を手中に収めている。百年以上も……! 私の師……母親とまで思っていた人物も、奴に敗れ、命を落とした……!」
噛みしめる。奥歯が砕けそうなほどに。そうして湧き上がる怒りを抑え込むと、オールマイトは。
「孫さん。あなたは不思議な人ですね。出会ったばかりなのに……あなたにはどうも口が滑ってしまう」
それは悟空が異世界の人間。つまり、いずれこの世界から離れてしまう存在だからというのもあるのだろう。
「私は奴を倒したい。“平和の象徴”となり、祖国を救いたい……!」
「おめぇなら出来るさ。いまは無理かもしれねえ、だけどおめぇは諦めちゃいねえんだろ? だからここに居るんだ」
「……ふふ。見た目は子供でも、やはり年の功はあなたにあるようだ」
「ハハハ! オラよくいい歳なんだから、ってみんなに叱られっけどな!」
「それはそれで、分かりますけどね」
孫悟空の不思議なキャラクターは、色んな人を巻き込んで、色んな人を惹きつけてしまう。彼はその昔、自分が悪人を呼び寄せてしまうとして蘇りを拒んだことがあったが、彼が呼ぶのは悪人だけではない。
彼の関わったストーリーには、必ず善人も現れていたのだから。
サイヤ人が来た時には皆が一致団結し、ピッコロはあろうことか悟空の息子である悟飯を庇って命を落とすという望外の変化を見せた。ナメック星では、デンデやネイル、最長老といった数々の人物に助力を受けた。未来の世界からはトランクスが現れた。魔人ブウの出現も、界王神達が来なければ知る由もなかった。
オールマイトもまた、そこに加わる新たなヒーローの一人なのだろう。無論、それは彼にとっても同じで、悟空は彼の歴史に現れたヒーローと言える。
「よし、お喋りはこの辺にして、修行すっぞー!」
「HAHAHA、望むところです!」
こうして二人の修行はスタートした。
「おめぇ、あの“個性”っちゅうの使ったらダメだからな?」
「当然です、修行になりませんからね!」
悟空の方もパワーを抑えて負荷を増やすというので、オールマイトも二つ返事で引き受けたのだが。
オールマイトは後——それも割りと近い将来——に、その安請け合いを後悔した。
「まずは走るぞ、スキップしながらだかんな?」
「イエッサー!」
「スキップスキップランランラン〜! スキップスキップランランラン〜!」
「す、スキップスキップランランラン〜、スキップスキップランランラン〜」
牛乳配達のバイトなど悟空には探せなかったので、彼は早朝のうちに舞空術で代わりのコースを見つけておき、ついでに元のそれより距離も増やした。街中では負荷が不十分だと思い、近くの荒野をスタートし、山に入ってジグザグ走行。
バランス感覚の修行のためにわざわざ崖っぷちに丸太をスタンバイしておき、それを越えたのちは激流を渡るのではなく登るように変えた。もちろんどちらも、一歩間違えば死の危険がある。
「それそれー! 逃げねえと踏み殺されちまうぞー!」
「ちょ、置いていかないでくださいよ孫さん!?」
なお、恐竜は見つからなかったので、山を越え降りた先にある草原のバイソンの群れに突っ込んだ。
言葉では伝わりにくいが、アメリカバイソンの体重は500キロを優に超える。その群れが暴れ出したならどうなるか……想像に難くないだろう。
「オッス!」
「おー、坊主。さっきぶりだな。そっちの兄ちゃんか、畑手伝ってくれるってのは?」
「オラも手伝うぞ、よろしくな!」
「こっちこそ頼むぞ、坊主。……おい、坊主? トラクターとか使わねえのか?」
「ああ、修行になんねえからな。オールマイト、ここを手で耕すんだ」
「……テ?」
「ああ、素手でな! 早くやんねえとおっちゃんの仕事の邪魔んなっちまうから急ぐぞ!」
アメリカの畑はハンパじゃなかった。流石に国土が違う。
悟空が昔耕したものより広いかもしれない。
「朝飯が遅くなっちまったな。オラそこで魚とってくるからよ、火ぃ起こしといてくれ」
食事は自給自足だ。ここにランチさんは居ない。
「次は本当は勉強なんだけどよ、オラここの住人じゃねえし勉強ってのも……」
「いやいや、悟空さんもしばらくこの世界に住むんですから、一般常識くらいは学びましょう」
「ええ〜!! お、オラそんなのいいよぉ!?」
ウルトラハードな修行の最中、ちょっとしたオールマイトの反撃も踏まえつつ。
「もう昼だしな。飯食ったら休憩だ、しっかり休んどけよ、これも修行だかんな?」
「HAHAHA、ノープロブレムです! 私は寝つきはいい方Zzzz……」
そして午後からは。
「ここから向こうの小島まで泳いで、それを10往復すんだ」
「あそこですか。なかなかの距離ですが、それくらいなら……」
ちなみにその辺りの海域は、サメが生息していることで有名だ。オールマイトは見落としていたが、遊泳禁止サメ注意の看板が近所に建てられていた。
「ちゃんとロープくくっとけよ? 簡単に解けちまったら意味ねえかんな?」
「はい、ですが……何をするんですか?」
余談だが、スズメバチは地球上で最も人間を殺している非常に危険な生き物だ。決して修行に利用するような真似をしてはいけない。
「ふぅ〜、今日はこれくらいにしとくかな」
「あ、ありがとう……ございました……」
「明日はこの岩を背負ってやるからな? それに、もっと早くやんねえと組手の時間も取れねえし、ペースも上げてくぞ?」
悟空がドスン、と岩を地面に置くとともに、オールマイトは地面に突っ伏した。