「さあて、いっちょはじめっか!」
「HAHAHAHAHA! 望むところですよ、孫さん!」
修行開始から二ヶ月後。
オールマイトはようやく亀仙流修行を規定の早さでこなすことに成功した。
普段はヒーロー活動や大学の授業があるため、早朝のメニューしか出来ない日も多いなかで、たった二月足らず……これはひとえに、オールマイトの努力の賜物だろう。
全メニューをこなせない日は悟空と同じ量の重りを背負った。途中からはデイヴィットの協力も取り付け、岩よりもずっと重いウエイトに変えていたというのに……だ。
“個性”も使わない条件下では、まだ無茶だと悟空もデイヴィットも忠告をしたがオールマイトはそれを覆し、反芻し、確実に血肉に変えていった。
そして今日……ついに、悟空との組手が始まる。
「組手じゃあ“個性”も使えよ、オラも全力で行くかんな!」
「当然!! では——早速行きますよ!!」
構え、そして向かい合う。
武道家である悟空に対して、オールマイトはヒーローだ。目的の違いは、構えに表れた。
あらゆる危機に備える……それが構えであり、両者ともその点においては一致する。ただし、対象が違う。
悟空の構えが自身への危険を退けるためのものであるのに対して。オールマイトのそれは、本来なら自身以上に他者を危険から遠ざけるためのものだ。
自ずと得意とする状況も分かれてきて。
「
とりわけ、突発的な事象。速攻においてはオールマイトに分があった。
突撃とともにクロスチョップを放つオールマイトの技の一つであり、かつてナムから受けた天空ペケ字拳を、パワー、スピードの両面において上回っていた。
あるいは、悟空が“本当に少年期”であったなら、スロースターターである彼はこの技を受け、ダメージを負っていたかもしれない。
しかし悟空もまた、成長している。
悟空は小さくなった身体を活かしてバク転の要領でクロスチョップを躱すと、そのまま両手を地面に付き、オールマイトの顎に目掛けて両足を伸ばした。
無論オールマイトも、悟空が回避する可能性は視野に入れている。
「
今の悟空はリーチが短いが、それは弱点であると同時に長所だ。パンチにしてもキックにしても伸び切った瞬間こそが最大威力を発揮する。リーチが短ければ、その分パワーを発揮できる地点が近くなる。要は超近距離戦に強くなるのだ。
その土俵で無理に戦おうとすれば、巨漢のオールマイトは不利となるだろう。
だからこそのOKLAHOMA SMASH。この技は本来身体を拘束された際などに遠心力でそれを振り解くために使用することが多いが、その際に発生する風圧は馬鹿にならない。
悟空の体重では、その場に踏み止まるのも難しいほどに。
「うわわっ!!?」
「隙あり!」
体勢を崩した悟空へ、オールマイトのライトストレートが打ち込まれ——しかし、失敗する。
「へへー、舞空術ー!」
「しまった、これがあったか……!?」
「お返しだぁ!!」
舞空術でオールマイトの拳をすり抜けた悟空は、カウンターでオールマイトの顔面に逆にパンチを叩き込んだ。自身の力も利用された形でまともに食らったオールマイトは身体を大きく吹き飛ばされてしまう。
「ぐぉっ……さ、流石に効く……!」
悟空の拳は岩石どころか鉄をも容易に砕く。プラス、自身の突進力だ。効かないわけがないのだが……オールマイトもまた並ではない。
ダメージはあれど、決定的ではなく。それどころか即座に反撃に移るだけの余裕を見せた。
しかし、悟空とてそれを待つばかりではない。
「今度はオラから行くぞ!」
単純に身体的パワーを比べたなら、オールマイトは悟空を上回っていた。しかしスピードにおいては別。突撃しようとしたオールマイトの出鼻を挫くその速さは、常人なら肉眼に収めることすら不可能なほどのものだ。
もはや、視野から外れる、目で追えない……などといったレベルを超えている。
再び懐への侵入を許してしまうが、オールマイトも同じ轍は踏まない。ガッシリと守りを固め、悟空の連打をガードする。
(なんと恐ろしいスピード! まるで、腕が幾本もあるかのようだ……!)
実際、悟空の連打は腕を物理的に倍にしてしまう怪人・天津飯を相手にしてすら遅れを取らなかった。
一つ一つの一撃が軽いというわけでもない。
重さこそオールマイトに譲るが、腕ごと貫かんばかりの抉りこむように放たれる拳は、今まで体験したことのない打撃だ。
「だが!!」
——だからこそ、乗り超える甲斐がある!
守るばかりでは話にならない。少しずつ、少しずつ防御を手放していく。
当然そうすれば防ぎきれなかった悟空の打撃は身体を打ち据えることとなり、オールマイトの口から苦悶の声が漏れる。しかし、確実に余裕が生まれ始める。
そうして作ったリソースは、反攻のために消費される。
「ここだぁ!!」
「ぐあっ!?」
溜めに溜めた一撃。
ラッシュの合間合間のほんの一瞬に向けて放たれた
地面を削りながら転げ回る悟空の有り様は、人身事故どころではない。
他者に死すら予感させるもの。
「……し、しまった、やりすぎたか!?」
「いちち……効いたぞぉ、今のは。やるなぁ、オールマイト!」
だが、悟空のタフネスは見た目不相応もいいところ。常識外れに尋常ではない。
一瞬心配になったが、“やはり”杞憂だったようだ。
「私のベストヒットを受けておいて、軽く立ち上がってくれるものだ……!」
「軽くじゃねえよ、結構痛かったんだからな? おめぇだってオラのパンチ食らってもピンピンしてたじゃねえか」
二人とも、理由は違えど戦いの中で笑顔を浮かべる者同士。
両者の戦いを第三者が見ていたなら、奇妙に思ったことだろう。
「よっしゃ、続き続き〜!」
「HAHA! あなたは本当に楽しそうに戦いますね」
闘争を望みつつも、決して悪ではない。むしろ無邪気といってもいい悟空に対して、オールマイトは苦笑する。
「ハハッ、まあな! オラ変わってるってよく言われっけどベジータはサイヤ人なら当然って開き直ってたぜ?」
「ベジータさんというと……もう一人のサイヤ人でしたか。息子さん達は違うんですか?」
「うーん、悟飯のやつは勉強の方が楽しいみてぇだし、悟天は遊びたい盛りだしなぁ」
とはいえ、ベジータの息子のトランクスも含めて三人ともここぞというところで好戦的なところを表に出す時がある。
ハーフとはいえ、戦闘種族は戦闘種族なのだろう。
「悟飯はそれでも最近は鍛え直したんだけどよぉ、悟天の方は修行嫌えだからな。オラ達が現役で居られんのもあと四十年くれぇだし、たまにゃあ鍛えてくれねぇかと思ってんだけどなぁ」
「よ、四十年も現役で居られるなら急がなくてもいいと思いますが……」
もっとも、そうそうサイヤ人に勝てる者など現れることはないし、孫のパンも生まれたばかりだというのに舞空術で飛び回るほどの将来有望っぷりだ。
「それよか、さっさと再開しようぜ、時間なくなっちまう!」
「HAHAHA、ブレませんねあなた!」
再び悟空とオールマイトは激突する。悟空の手刀に対して、オールマイトは初志貫徹、拳を叩きつける
衝撃波を無作為に撒き散らしながら両者は互いの裏をかこうと打撃を重ねて続けるが、ここでオールマイトは。
「孫さん!」
「どうした、タンマか?」
「いいえ! ただ——今度は本当の本気でお願いします!」
「! ハハ、バレちまったか……」
乱打戦を続けながら、二人は言葉を交わす。
オールマイトは最初から気づいていた。
今の自分では、悟空に及ばないだろうということを……。
パワーやスピードといった単純な話ではない。技と……そして何より、戦いの年季が違いすぎる。
オールマイトは日本にいる間、常に師・志村菜奈や彼を鍛えるために教師となったグラントリノといった格上を相手に訓練してきた。
その経験から来る洞察力が、悟空の秘めた力を見抜いたのだ。
「あなたはきっと、単純な戦闘能力でいえば私の恩師達より上だ」
オールマイトの現在の実力は、その“個性”——ワン・フォー・オールを以ってすら、グラントリノに及ばない。技量、そして何より経験値の差が師を超えさせてはくれなかった。
実際、師を殺めた怨敵に挑みかかろうと意気込んでるところを完膚なきまでに叩きのめされ、諌められたくらいだ。
「きっとあなたは私を圧倒したくないんだ。そうでしょう?」
「……」
圧倒的な戦いとは、もはや戦いとは呼ばない。蹂躙だ。それを孫悟空という男が好むとはオールマイトには思えなかった。
「けれど、それではダメなんです!」
アメリカに来たのは、武者修行というだけではない。……日本に居たのでは、きっとオールマイトは我慢ができなかったからだ。
力も磨かないまま敵に——オール・フォー・ワンに挑み、無様に犬死するとグラントリノに見抜かれたからだ。
苦渋の決断だった。
師の守ろうとした国を離れ、力を高めるためという名目でオールマイトはここに居る。
しかし、いつまでもこのままで居るつもりは毛頭なかった。
「私の戦う相手は、そういう相手なんです! だが……孫さん、あなたとの約束は守る! 反故にしようというわけじゃない!」
孫悟空という存在は、オールマイトにとって渡りに船であった。
この世界にとっては全く異質な強者であり、尚且つ善に属する人。その強さは“個性”によるものではない。
——一部でも、その実力を自分に取り込めたなら。
「だがまず! あなたに私を鍛えていただきたい!」
オールマイトの言葉はどこまでも真っ直ぐで、それは悟空にも伝わった。
「おめぇの気持ちはよく分かった。……けどオラ、あんまり人に修行つけんのは得意じゃねえんだ。正直向いてねえって自分でも思う」
その昔ピッコロが言ったように、悟空は誰かに修行をつけるのには向いていない。自分の身体であれば幾らでもいじめ抜けるが、他人が相手だとどうしても情けをかけてしまう。
亀仙流の修行は信頼する師匠である亀仙人が考えついたものであるという自信が、その遠慮を減らしてくれていただけのことで、それ以上にオールマイト自身の意思でついてきたというところも大きかった。
「だからオラ……」
「——いいんですか?」
「へっ?」
「いいんですか? あなたが本気で私を鍛えたなら——私は、あなたの強敵になると思いますよ?」
「!」
約束は守る。その言葉が意味したのは、これだ。
「どうですか、戦いたくないですか? 強くなった、この私と!」
……その提案に。
「——分かった、そこまで言われちゃ仕方ねえな。それに正直……オラ、戦ってみてえと思うしよ」
悟空の胸中は、たしかに疼いていた。
「……っ!! ありがとうございます!!!」
「けどオラ、本当に誰かに教えるなんて久々だかんな。どうなってもしんねえぞ?」
「もちろん、覚悟は出来てますよ!」
そう答えた瞬間。悟空は拳の雨を掻い潜り、オールマイトの鳩尾へ肘を入れた。
一撃ではなく、タフなオールマイトでも絶対に耐えられないように三発を重ねて。
「う……ぐ、おおお……!?」
「だったらオラも、こっからはパワー全開でおめぇの相手をするからな」
こうして悟空とオールマイトの修行は真のスタートを切るのであった。
ちなみにオールマイトの渡米理由、現在の実力は劇場版特典の描き下ろし漫画を参考にしています。